Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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人魚の眠る家

2015年12月18日 | 医学と医療
久しぶりに読後の感想を書きたくなった本.一般の人にももちろんお勧めできるが,医療に関わるひと,とくに神経内科医には衝撃が大きいかもしれない.死の定義(脳死)をめぐる感情と理性の対立,小児臓器移植に対する問題提起,そしてBrain Machine Interface(横隔膜ペーシングなど)の発展がもたらす想像を超える状況と,盛りだくさんの内容が見事に凝集している.今年読んだ小説のなかで一番の傑作,オススメ.

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ALSでは病状の進行停止や改善が起こりうる!

2015年12月15日 | 運動ニューロン疾患
近年,ALSでは,症例によって進行の程度が多様であることが知られるようになった(文献1・左図).しかし病状の進行停止や改善が起こりうることは,報告はあるものの必ずしも認識されていない.むしろ,一般的に進行停止や改善は起こりえないものと考えられており,臨床試験において,それらが認められた場合には治療介入の効果があったと判断される.今回,ALS に対する大規模臨床試験データベースPRO-ACT(Pooled Resource Open-Access ALS Clinical Trials)の解析の結果,ALSでは自然経過で,病状の進行停止や改善が起こりうることが報告され,臨床的に重要と考えられたので紹介したい.

方法は,17の臨床試験を含むPRO-ACTデータベースに登録された症例に対し,ALS機能評価スケール(重症度スコア)であるAmyotrophic Lateral Sclerosis Functional Rating Scale (ALSFRS) ないし改訂ALSFRS (ALSFRS-R) の変化を評価した.2つのスケールが用いられたのは,登録期間が20年と長いため,途中でALSFRSの改訂が行われたためである.登録から6,12,18ヶ月の時点でのスコアの変化をヒストグラムにしたのち,不変例(スコアが変わらない症例)の頻度,および改善例(スコアが改善した症例)の頻度を算出した.改善例の定義は,180日間の間隔でALSFRS-Rの変化の傾きを,最小二乗法を用いて算出し,正の値(改善)を示す症例としている.

さて結果であるが,まず不変例の頻度を図右に示す.
6ヶ月 25%(3,132名中)
12ヶ月 16%(2,105名中)
18ヶ月 7%(1,218名中)
すなわち不変例は,半年であれば1/4で認められることがわかる!分母となる症例数は期間が長くなるに連れて減少するが,1年にわたって不変の症例も1/6も存在する

一方,改善例については,180日間の評価では14%(1,343名中)に認められた.しかし,4点以上の改善が少なくとも12ヶ月以上続くような症例は1%に満たなかった.プラセボ群のみにおける解析も行ったが,同様の結果であり,以前,見落とされた治療薬の効果によるものではないと考えられた.このような改善例は,男性,罹病期間の長い症例,進行が緩徐な症例で認められた.年齢や発症部位とは関係がなかった.

以上より,まずALSでの病状の進行停止や改善は,とくに短い観察期間においては起こりうることを認識する必要がある.すなわち臨床試験において,短い観察期間においてこれらが認められても,即,治療介入による効果と判断することは危険であると言えよう.

また改善例をどのように考えればよいのかも重要である.短期間,もしくは複数ではないポイントにおける改善は,測定バイアスや対症療法が奏効した可能性を考える必要がある.これに対して,長期間の持続的な改善は稀ではあるものの興味深く,いくつかの可能性が考えられる.具体的には,診断がALSではなくALS mimic syndrome(ALSと似た臨床像を呈する別の疾患)である可能性,進行を抑制する内因性因子が存在する可能性,進行をもたらした環境因子が除去された可能性,もしくは効果が確認されていない治療法が奏効した可能性である.著者らによると一番考えやすいのは,抗体介在性のALS mimic syndromeで,その候補としてLRP4抗体が関与する疾患(※)が挙げられている.さらに,ALSの進行よりも回復が上回るような何らかの遺伝子多型を有するような症例である可能性もある(このような事例はHIVで知られているらしい).著者は今後,改善が見られた症例を集積し,LRP4抗体価の測定や全ゲノム解析を行う予定であると述べている.

そして論文の中では述べられていないが,進行停止,改善例の存在とその頻度の情報は,患者さんや家族にとって非常に大きなニュースである.ALSは絶えず進行する疾患というイメージがあるが,一部の症例ではそうではないことは希望にも繋がるし,発症後の生活設計を考える上でも重要である.医療者もこの事実をよく理解し,病状説明においてはこの情報を伝える必要がある.さらに機序の解明は,進行抑制の治療のヒントになる可能性もある.以上の意味でとても大切な論文といえる.

本研究のlimitationとしては,臨床試験に登録したALS症例は,一般的なALS症例と背景因子が異なる可能性があるということが挙げられる.しかし,本研究はALSの多様性,治療介入の効果の判定,疾患の理解や病状説明において非常に重要な論文であることには間違いはない.

※ LRP4抗体は重症筋無力症の新しい自己抗体として注目されているが,近年,LRP4が運動神経と直接相互作用し,骨格筋から運動神経に向けた逆行性輸送に関わることが知られている.同じく逆行性輸送に関わるDynactin 1の重要性が本邦からも報告され,興味深い.

文献1.Swinnen B, et al. The phenotypic variability of amyotrophic lateral sclerosis. Nat Rev Neurol 10;661–670, 2014.

文献2.Bedlack RS et al. How common are ALS plateaus and reversals? Neurology 86; 1-4, 2016. 

(いずれの論文もオープンアクセスですので,原文をご覧いただけます)



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トランスレーショナル・リサーチの実践 ―産官学 若手研究者がリーダーシップを発揮する時―

2015年12月11日 | 医学と医療
米国研究製薬工業協会(PhRMA)が実施する「第3回ヤングサイエンティスト・シンポジウム」のお手伝いをさせていただいた.本会では,トランスレーショナル・リサーチ(TR)に関わる産官学の若手研究者たちが,異なる立場の参加者と現状の課題解決に向けたディスカッションを行うことを目的とした.
第1部での産官学を代表する3名の先生のご講演を拝聴後,第2部ではワークショップが行われた.アカデミア(大学等)研究者,製薬企業,知財や研究支援などに関わる多彩なメンバーが,4つのグループに分かれて,「企業ニーズとアカデミア・シーズのミスマッチについて」「TRに求められる人材とは?」というテーマについて議論した.第3部では各グループからの発表が行われ,さらに議論が行われた.以下,私なりにまとめてみたい.

1)アカデミアの問題点
人材の評価基準の見直しが必要(論文ばかりが評価され,特許は成果が出るまでに時間がかかる割に評価されにくい)
知財に関する意識が乏しい者が多く,すぐに学会・論文発表してしまう.
知財に関しても,地方では難しく,また地方でなくてもライフサイエンスに詳しい担当者がいるとは限らない
知財を維持する資金に乏しい
創薬・医療機器開発のロードマップがイメージできない
拠点病院でないと環境整備が困難で,産学連携までたどり着かない
ビジネスモデルや企業導出がわからない

2)企業の問題点
アカデミアとの共同研究は権利関係が複雑で非効率になりやすいので敬遠しがち.
アカデミア側がある程度,しっかりしたデータを揃えないと話し合いにならない.
臨床情報入手,生体由来の検体入手が困難

3)両者の問題点
産学の意見交換がうまくいってない(マッチングが難しく,かつ地方だと情報が乏しい)
特許を出すタイミングにミスマッチがある(アカデミアは大学院生の学位取得の問題などもあり早急に出願することが多いが,企業は十分な検討後,出現することを好む)
創薬シーズに対するイメージがそもそも異なる(アカデミアは,治療方法のアイデア自体を指すことがあるが,企業は低分子化合物などのモノそのものを考えている)

4)対策
アカデミア研究者の教育(Research & Development,知財など)
TRについて幅広い知識をもつイノベーションリーダーを育て,そのもとでOn-the-Job Trainingを行う
特許出願・権利化のインセンティブ(業績として評価する,AMED審査での優遇)
産学の話し合いの場を早期から増やす
患者団体との関係構築(米国に倣った寄付後の税制優遇:ただし日本は寄付に関して違った文化を持っているとの指摘もあり)
良いシステムを作ったところは,他にも積極的に示す
いきなり産学連携するのは難しい場合も多く,その場合,ベンチャーと組んでデータを強化したあとに,企業と組むことも考える


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