前回の記事で述べたSAINT I trial について議論したい.SAINT は Stroke Acute Ischemic NXY-059 Treatmentの略である.このNXY-059は,free radical scavengerであって,すでに動物モデル(focal ischemiaのreperfusion model)にてその有効性が示されている.すなわち,基礎研究で得られた有効性を臨床にtranslateしようということで企画された大規模臨床研究である.SAINT I はdouble-blind, placebo-controlled phase III studyであり,治験にエントリーした患者数は1,722 名にも及ぶ(24カ国・158施設;アジアではマレーシア,韓国,シンガポール,香港が含まれているが,悲しいかな日本は仲間外れ).対象はNIHSS が6点以上で,四肢の麻痺を認める発症6時間以内(!)の脳梗塞患者.NXY-059 治療(点滴静注)は3日間行われる.Primary endpointは,発症90日目のmodified Rankin scale,さらに副次Primary endpointとしてNIHSSを用いている.
結果として,placebo群847名,NXY-059 群858名がランダムに割り付けられ,うちt-PA(Alteplase)が併用されたのはそれぞれ29.4%,28.0%であった.modified Rankin scaleはNXY-059 群が有意に良好(p= 0.038)であったが,NIHSSおよび死亡率に関しては両群で有意差を認めなかった.NXY-059 群にとくに問題となる副作用はなかった.興味深いことは,t-PAを使用した症例において,NXY-059群では症候性脳出血の頻度が2.5%であったのに対し,placebo群では6.4%であった点である(p=0.036).
さて本研究を考察したい.まずSAINT I trial は,まだFDAに承認されたわけではないものの,動物モデルでの有効性が始めてヒトにおいても確認された最初の神経保護薬であると考えられる.しかし,その効果は残念ながら,さほど大きなものとは言えない.やはり責任血管が完全閉塞してしまった(再灌流のない)脳梗塞では,病変部位(penumbra)に薬剤が届く効率はきわめて悪いのだろう.むしろ興味深いのはt-PAとの併用の効果である.Post-hoc analysisの結果であるのは残念だが,それでもfree radical scavengerはt-PA使用後の症候性出血を抑制する可能性が出てきた.これはfree radicalやMMP9などの上昇に伴うischemic vasculopathyを抑制する効果によるものかもしれない.今回の研究から分かることは,free radical scavengerはどんな脳梗塞に効くというものでは決してないこと,かつ早期投与であっても効果がそれほど強力ではないということ,そして従来のようにニューロンのみをターゲットにした治療薬では効果が得られない,すなわち神経・血管すべて(neurovascular unit)に対して保護作用をもたらす薬剤でなければ脳梗塞の神経保護薬になり得ないということである.いずれにしても,現在,症例数(とくにt-PA併用症例)を増やしたSAINT II trialや,脳出血に対するNXY-059の効果を検討するCHANT trialが進行中で,その結果が待たれる.
つぎに日本が誇るエダラボン(商品名ラジカット)について考察したい.このfree radical scavengerは,1993~1996年に行われたphase III placebo-control double-blind controlの結果を踏まえ,2001年から使用可能になっているが,論文としては2003年にようやく発表されたわが国の臨床第III相試験の1件のみである.これによると総症例数は252例で,エダラボン群125例,プラセボ群127例と割り付けてある(Cerebrovascular Dis 2003; 15; 222-229).しかし,現在承認されている用法に合致した発症24時間以内に治療を開始した症例は,エダラボン群42例,プラセボ群39例とかなり少ない.また本研究の特徴としては,①軽症患者が多く(穿通枝領域の血栓性小梗塞に該当する患者が多いと言われている).② post-hoc stratified analysisを用いており,本当にRCTと呼んでよいのか怪しい(コホート研究レベル?).おそらく動物モデルでの結果を考慮してみても,エダラボンをreperfusionのない症例に使用しても効果はあまり期待できないと考えるのが妥当であろう.個人的には,おそらくNXY-059と同様,t-PAとの併用か,もしくは皮質と比較して抗酸化物質含量の少ない白質領域の脳梗塞(ラクナ梗塞)でしか効果を発揮できないような気がする.
エダラボンを外国の友人に話しても誰も知らない.世界に先駆けて承認されたという宣伝の神経保護薬エダラボンではあるが,ちょっと世界に自慢できる感じではない.また患者さんの後遺症を軽減したいという純粋な気持ちから,この薬剤を今現在,使用している神経内科医も多数いると思われるが,その効果は必ずしも保障されたものではないということを認識すべきである.そしていつも書いていることだが,日本の薬剤承認のメカニズムはどこかおかしいことも強調したい.世界で使用されていて承認されるべき薬剤がいつになっても承認されず,検討が不十分なエビデンスの乏しい薬剤がむしろ承認されてしまう.薬剤は,そのエビデンスレベルを十分に理解した上で使用しなければならない.
NEJM 354; 588-600, 2006
結果として,placebo群847名,NXY-059 群858名がランダムに割り付けられ,うちt-PA(Alteplase)が併用されたのはそれぞれ29.4%,28.0%であった.modified Rankin scaleはNXY-059 群が有意に良好(p= 0.038)であったが,NIHSSおよび死亡率に関しては両群で有意差を認めなかった.NXY-059 群にとくに問題となる副作用はなかった.興味深いことは,t-PAを使用した症例において,NXY-059群では症候性脳出血の頻度が2.5%であったのに対し,placebo群では6.4%であった点である(p=0.036).
さて本研究を考察したい.まずSAINT I trial は,まだFDAに承認されたわけではないものの,動物モデルでの有効性が始めてヒトにおいても確認された最初の神経保護薬であると考えられる.しかし,その効果は残念ながら,さほど大きなものとは言えない.やはり責任血管が完全閉塞してしまった(再灌流のない)脳梗塞では,病変部位(penumbra)に薬剤が届く効率はきわめて悪いのだろう.むしろ興味深いのはt-PAとの併用の効果である.Post-hoc analysisの結果であるのは残念だが,それでもfree radical scavengerはt-PA使用後の症候性出血を抑制する可能性が出てきた.これはfree radicalやMMP9などの上昇に伴うischemic vasculopathyを抑制する効果によるものかもしれない.今回の研究から分かることは,free radical scavengerはどんな脳梗塞に効くというものでは決してないこと,かつ早期投与であっても効果がそれほど強力ではないということ,そして従来のようにニューロンのみをターゲットにした治療薬では効果が得られない,すなわち神経・血管すべて(neurovascular unit)に対して保護作用をもたらす薬剤でなければ脳梗塞の神経保護薬になり得ないということである.いずれにしても,現在,症例数(とくにt-PA併用症例)を増やしたSAINT II trialや,脳出血に対するNXY-059の効果を検討するCHANT trialが進行中で,その結果が待たれる.
つぎに日本が誇るエダラボン(商品名ラジカット)について考察したい.このfree radical scavengerは,1993~1996年に行われたphase III placebo-control double-blind controlの結果を踏まえ,2001年から使用可能になっているが,論文としては2003年にようやく発表されたわが国の臨床第III相試験の1件のみである.これによると総症例数は252例で,エダラボン群125例,プラセボ群127例と割り付けてある(Cerebrovascular Dis 2003; 15; 222-229).しかし,現在承認されている用法に合致した発症24時間以内に治療を開始した症例は,エダラボン群42例,プラセボ群39例とかなり少ない.また本研究の特徴としては,①軽症患者が多く(穿通枝領域の血栓性小梗塞に該当する患者が多いと言われている).② post-hoc stratified analysisを用いており,本当にRCTと呼んでよいのか怪しい(コホート研究レベル?).おそらく動物モデルでの結果を考慮してみても,エダラボンをreperfusionのない症例に使用しても効果はあまり期待できないと考えるのが妥当であろう.個人的には,おそらくNXY-059と同様,t-PAとの併用か,もしくは皮質と比較して抗酸化物質含量の少ない白質領域の脳梗塞(ラクナ梗塞)でしか効果を発揮できないような気がする.
エダラボンを外国の友人に話しても誰も知らない.世界に先駆けて承認されたという宣伝の神経保護薬エダラボンではあるが,ちょっと世界に自慢できる感じではない.また患者さんの後遺症を軽減したいという純粋な気持ちから,この薬剤を今現在,使用している神経内科医も多数いると思われるが,その効果は必ずしも保障されたものではないということを認識すべきである.そしていつも書いていることだが,日本の薬剤承認のメカニズムはどこかおかしいことも強調したい.世界で使用されていて承認されるべき薬剤がいつになっても承認されず,検討が不十分なエビデンスの乏しい薬剤がむしろ承認されてしまう.薬剤は,そのエビデンスレベルを十分に理解した上で使用しなければならない.
NEJM 354; 588-600, 2006