Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

なぜIgG4抗体が主役となる自己免疫疾患でIVIgが効きにくいか?

2025年01月30日 | 自己免疫性脳炎
自己免疫性ノドパチーなど,IgG4抗体が関与する自己免疫疾患に関する総説がNeurol Neuroimmunol Neuroinflamm誌に公開されています.IgG4抗体による自己免疫疾患の病態機序,そしてその病態に合わせた免疫療法として何が最適かを解説しています.結論を言うと,IgG4抗体は,他のIgG抗体サブクラス(IgG1~IgG3)と異なり,炎症を介さず,主にタンパク質間相互作用を妨害するため,IVIgの主要な作用メカニズムが働かず,効きにくいということになります.

この論文のポイントは図1です.(A)は IgGの解説です.2本のH鎖と2本のL鎖で構成されます.そしてFc断片に自然免疫細胞のFc受容体が結合することで,貪食作用を可能にします.またIgGは特定の抗原に結合する2つの抗原結合断片(Fab)を持ちます.つぎに(B)のIgG1~IgG3抗体は,2つの同一の抗原結合部位(青色)を持ち,それらが同じ抗原(赤)に結合します.つまり同一抗原に2つのFab armで結合します.この状態を二価性(bivalent)+単一特異性(monospecific)を持つと呼びます.そして(C)の IgG4抗体では,2本のH鎖とL鎖が非共有結合によって結合しています.このためIgG4抗体は,一方のFabアームが他のIgG4分子と交換されるという「Fabアーム交換」を継続的に行います.この結果,IgG1~IgG3のように同一の抗原と強く結合することができません(図の1つは黄,もう1つは黒で書かれています).この状態を一価性(monovalent),二重特異性(bispecific)を持つと呼びます.



IgG4抗体は2つの特徴を持ちます.第1は,炎症を引き起こす能力が極めて低いということです.IgG4はC1q補体に結合できないため,補体を介した細胞傷害を起こしません.またマクロファージや他の免疫細胞に存在するFc受容体に対する結合が弱いため,抗体依存性細胞傷害(ADCC)やファゴサイトーシス(貪食作用)を誘導しにくい特徴があります.第2はIgG4抗体はタンパク質間の相互作用を直接阻害するということです.このため,例えばランヴィエ絞輪に存在する接着分子(例:Contactin-1,Neurofascin-155,Caspr1)の結合を妨げ,神経伝導障害を引き起こします.これが自己免疫性ノドパチーです(図2).同様の病態としては,MuSK抗体陽性重症筋無力症,LGI1抗体関連脳炎,Caspr2抗体関連脳炎,IgLON5抗体関連脳炎,DPPX抗体関連脳炎があります.これらの疾患では,MuSK,LGI1,Caspr2,IgLON5,DPPXといった神経伝導やシナプス伝達に関与する分子がIgG4抗体の標的とされ,機能不全が引き起こされます.



治療に関して,なぜIVIgが効果を示しにくいかについても論じられています.それは上述した通り,IgG4抗体は補体を活性化せず,Fc受容体を介した免疫応答も誘導しないため,IVIgの主要な作用メカニズムが働かないためです.しかしIgG4抗体は短命のB細胞や形質細胞によって産生されるため,リツキシマブなどのB細胞除去療法が効果的であり,長期的な疾患の安定化が期待されます.自己抗体のIgG抗体サブクラスを理解することの大切さを示す論文ですが,自己抗体が病原性を有する細胞表面抗原抗体においてとくに重要と言えるかと思います.

Querol L, Dalakas MC. The Discovery of Autoimmune Nodopathies and the Impact of IgG4 Antibodies in Autoimmune Neurology. Neurol Neuroimmunol Neuroinflamm. 2025 Jan;12(1):e200365. doi: 10.1212/NXI.0000000000200365.

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

COVID-19による脳神経障害のメカニズム ~Experimental Neurology誌特集号のご案内~

2025年01月29日 | COVID-19
このたび,海外医学ジャーナル Experimental Neurology 誌の特集号でGuest Editorを務めさせていただきました!特集号には,アクセプトした6本の論文が掲載されておりますので,ぜひご覧いただければ幸いです.
特集号はこちら
初めてのGuest Editorの経験は非常にチャレンジングでしたが,大変有意義なものとなりました.世界最大規模の学術出版社であるElsevier社による投稿論文の査読プロセスを経験できたのは勉強になりました.解説動画を何本も視聴しながら,Chief Editorのサポートを受けてなんとか務めを果たしました.特に苦労したのは,依頼した査読者に断られることが多かった点ですが,そんな中でも快くご協力くださった日本の先生方には心より感謝申し上げます.

【掲載論文の概要】
特集号のEditorialでは,採択された6本の論文の内容を解説しています.簡単にその概要を以下にご紹介します.
1. Long COVIDによる脳血管障害の治療標的
 DPPIV(ジペプチジルペプチダーゼIV)を中心に,代謝や炎症経路から血管機能障害を議論し,DPPIVを治療標的として提案しています.

2. コロナウイルスの神経毒性とアルツハイマー病への影響
 HCoV-OC43感染がアミロイドβの蓄積を促進し,アルツハイマー病の病態進行を加速させる可能性について論じています.

3. COVID-19急性感染期の中枢神経病態に関する縦断的報告
 感覚・運動皮質の活性化や神経炎症の役割を神経画像と生理学的評価を通じて詳述しています.

4. ACE2を介したCOVID-19後の認知機能障害の分子メカニズム
 ACE2やカルシウムシグナル経路が認知機能障害に関与することを示し,可溶性ACE2を治療薬として提案しています.

5. COVID-19による中枢神経の神経炎症経路
 血液脳関門の破壊やミクログリア活性化などのメカニズムを解明し,予防と治療への薬物や生活習慣の介入を提案しています.

6. スパイクS1タンパク質によるNLRP3依存性神経炎症と認知障害
 スパイクタンパク質がミクログリアのNLRP3インフラマソームを活性化し,神経炎症と認知障害を引き起こすメカニズムを明らかにしています.

最後に
Long COVIDやCOVID-19に関連する神経変性疾患や脳血管障害の軽減・予防には,中枢神経系への影響を深く理解し,それを基にした治療戦略の構築が不可欠です.この特集号が,研究者や臨床医の皆さまにとって新たな知見やインスピレーションを提供し,さらなる研究と臨床の発展に貢献できれば幸いです.私のEditorialは以下のリンクからご覧いただけますので,ぜひお読みください.
Editorialはこちら



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

なんと腎臓から始まるパーキンソン病!!αシヌクレイン病理の新たな伝播経路

2025年01月26日 | パーキンソン病
パーキンソン病やレビー小体型認知症は,異常なαシヌクレイン(α-Syn)の蓄積によって進行する神経変性疾患です.これまでもα-Synは腸管で産生され,迷走神経を介して脳へ伝播するという仮説が注目されてきました.しかし,中国から腎臓が新たなα-Syn形成の起点となり得ることを示した研究が,Nature Neuroscience誌に発表され,非常に驚きました.

著者らはパーキンソン病患者や慢性腎疾患(CKD)患者の腎臓を検討しました.この結果,α-Synがこれらの患者の腎臓周囲の神経線維や血管に蓄積していることを確認しました.さらに腎臓に蓄積したα-Synが腎神経を介して脊髄や脳に伝播することを,動物モデル(α-Syn A53Tマウスの腎臓に病的α-Synプリオン様線維を注射するモデル)を用いた実験で明らかにしました.この腎神経は腎臓と脳を結ぶ自律神経で,交感神経と副交感神経が含まれています.腎臓で蓄積したα-Synは,この神経経路の求心性線維を通じて,まず脊髄の側角に到達し,そこから脊髄を上行して,孤束核や青斑核などの脳幹領域に伝播します.さらに黒質緻密部や線条体,海馬,大脳皮質,嗅球といった中枢神経系全体に広がり,病理変化を引き起こすことが免疫染色やトレーサー実験にて示されました(図1).



つぎに腎神経を切除する実験が行われました(図1).この結果,脊髄や脳幹,黒質緻密部,線条体などの中枢神経系でのα-Syn蓄積が完全に阻止されることが確認されました.これにより,腎神経が病的タンパクの伝播において主要な役割を果たしていることが証明されました.またα-Synが中枢神経系に到達すると,線条体や黒質緻密部におけるドパミン神経細胞の減少が生じ,これに伴う運動障害が観察されました.一方で,腎神経を切除した場合,この運動障害は顕著に改善しました.

さらに血中α-Synの主要な供給源である赤血球の役割にも注目されました.野生型マウスに対して放射線照射を行い,骨髄細胞を破壊したあと,α-Synノックアウトマウスの骨髄を移植しました.つまりこのマウスでは移植後に産生される赤血球はα-Synを持たないこととなり,血中α-Syn濃度が著しく低下しました.このマウスではα-Syn病理が軽減され,脳内での異常蓄積が抑制されました.また運動障害も顕著に改善しました.

腎障害とパーキンソン病の関連を文献検索するといろいろ報告があり,1例を挙げると,CKDや尿蛋白がパーキンソン病の発症リスクに与える影響を調べた研究が,韓国から報告されています(Nam GE, et al. 2019).腎機能が低下し,eGFRが30未満の場合,パーキンソン病発症のハザード比(HR)は1.47と顕著に増加すること,そして尿蛋白が1+以上のケースでもHRは1.12に上昇することが示されています(図2).パーキンソン病は脳だけの病気でないことを改めて実感しました.さらに血中α-Synを標的とした治療法(例えばα-Syn抗体もそのひとつと言えます)が,パーキンソン病やレビー小体病の進行を抑制する新しい治療アプローチとなり得ることを示した点で興味深い論文です.



Yuan X, et al. Propagation of pathologic α-synuclein from kidney to brain may contribute to Parkinson’s disease. Nat Neurosci. 2024.(doi.org/10.1038/s41593-024-01866-2

Nam GE, et al. Chronic renal dysfunction, proteinuria, and risk of Parkinson's disease in the elderly. Mov Disord. 2019 Aug;34(8):1184-1191.(doi.org/10.1002/mds.27704

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

典型的なPSP/CBS症例にはIgLON5抗体関連疾患はまず含まれていない!ではどのような時に疑うか?

2025年01月24日 | 自己免疫性脳炎
ご紹介する論文は,本邦の多施設共同研究「JALPAC(Japanese Longitudinal Biomarker Study in PSP and CBD)」の一環として行われた研究で,進行性核上性麻痺(PSP)や大脳皮質基底核症候群(CBS)の診断基準を満たす症例におけるIgLON5抗体関連疾患の頻度を調査したものです.岐阜大学をはじめ,鳥取大学,東名古屋病院,新潟大学など多くの医療機関によるものです.とくに大学院生の大野陽哉先生が頑張りました.

IgLON5抗体関連疾患は稀な自己免疫性脳炎ですが,運動障害や睡眠障害,球麻痺など多岐にわたる症状を呈します.一部の患者では,PSPやCBSに類似した症候を呈することがあります.しかし,臨床的にPSPやCBSと診断された症例におけるIgLON5抗体の頻度は海外における小規模な研究のみで十分に調査されておらず,本研究はその実態を明らかにすることを目的としました.

2014年から2021年にJALPACに登録された350人の患者のうち,223人がPSPまたはCBSの診断基準を満たしました(平均年齢73歳,男性が55%).PSPは106人で,その中にはリチャードソン症候群(PSP-RS),PSP-P,PSP-PAGF,PSP-Cなどのサブタイプが含まれていました.一方,CBS患者は161人で,改訂ケンブリッジ基準やアームストロング基準に基づいて診断されてました(図上).



さて結果ですが,全患者の血清を用いてIgLON5抗体をcell-based assayにて検索しましたが,いずれの患者からも抗体は検出されませんでした.この結果から,PSPやCBSの診断基準を満たす患者においてIgLON5抗体関連疾患はまずないか,あっても極めて低い可能性が示唆されました.研究の限界として,脳脊髄液での抗体検索ができなかった点が挙げられますが,過去の検討では脳脊髄液にのみ抗体が認められた患者はごく稀であることから,今回の結果に大きな影響はないものと考えられました.またJALPACの登録がMDS-PSP基準の発表前に始まったため,この診断基準が適用されていないという問題点もあります.

そうなると,どのような時にIgLON5抗体関連疾患を疑うべきかという点に関心が移ります.最近,この疾患が発見されて10年が経ち,Grausらが総説を発表していますが,そのなかで患者が病院を訪れるきっかけとなった症状を示しています(図下).多い順に球麻痺症状(構音障害・嚥下障害),異常歩行,運動異常症,睡眠障害ということが分かります.つまりPSPやCBSに類似するものの「どうも変だぞ!?」と考える臨床力が重要で,具体的には非典型的症候や進行が早いなど経過がおかしい場合にIgLON5抗体関連疾患を疑う必要があるということです.

Ono Y, Takigawa H, Takekoshi A, Yoshikura N, Aiba I, Hanajima R, Kowa H, Kanazawa M, Tokuda T, Tokumaru AM, Morita M, Hasegawa K, Nakashima K, Ikeuchi T, Kimura A, Shimohata T; JALPAC Study Group. Frequency of anti-IgLON5 disease in patients with a typical clinical presentation of progressive supranuclear palsy/corticobasal syndrome. Parkinsonism Relat Disord. 2025 Jan 15:107289.(doi.org/10.1016/j.parkreldis.2025.107289

Graus F, et al. Anti-IgLON5 Disease 10 Years Later: What We Know and What We Do Not Know. Neurol Neuroimmunol Neuroinflamm. 2025 Jan;12(1):e200353.(doi.org/10.1212/NXI.0000000000200353

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

マンガン中毒に伴うパーキンソニズムにビオチンが神経保護効果をもつ

2025年01月23日 | 運動異常症
マンガン(Mn)中毒に伴う神経毒性が,パーキニズムを引き起こすメカニズムを解明し,それに対するビオチン(ビタミンB7)の保護的効果を明らかにした米国コロンビア大学などのチームによる研究が,Science Signaling誌に報告されています.ビオチンは細胞のエネルギー代謝に不可欠な補酵素として働き,特にミトコンドリアの呼吸やドパミン生成に関与しています.

この研究では,ショウジョウバエを用いたマンガン毒性モデルを作成し,パーキンソニズムの病態を再現しています.具体的には,マンガンがショウジョウバエの寿命を短縮し,運動機能を低下させることが確認しています.またドパミンを生成する酵素であるチロシンヒドロキシラーゼ陽性ニューロンの数が減少し,実際にドパミン濃度も低下していることも分かりました.さらにミトコンドリアの形態異常と,リソソームの数とサイズの増加も観察されました.これらの結果は,マンガン曝露が神経細胞に深刻なダメージを与えることを示しています.

そしてこれらのモデルを用いて,マンガンが神経細胞にダメージを及ぼすメカニズムを明らかにするため,メタボローム解析(代謝物の網羅的解析)を行いました.その結果,脳および全身でビオチン代謝に大きな変化が生じることが明らかになり(図左上),とくにビオチン濃度は,脳で約2.7倍,全身で約2倍に増加していました.ビオチン代謝が低下しているため,代償性に増加していると考えられました.

ビオチンは脳のエネルギー代謝やドパミン生成に重要な役割を果たす補酵素であり,その代謝異常はニューロンの障害と密接に関連していると考えられます.さらに,食餌にビオチンを添加することでマンガンによる運動障害(図左下)やニューロン喪失が軽減されることが示され,ビオチンが神経保護作用を持つことが明らかになりました.



加えて,ヒト由来のiPS細胞を用いて分化させた中脳ドパミン作動性ニューロンモデル(図右)でも,ビオチンがマンガン曝露によるミトコンドリア障害やニューロン喪失を抑制することが確認されました.これらの結果は,ビオチンがマンガン中毒に対する有効な介入手段となる可能性を示しています.興味深いことに,パーキンソン病患者の脳では,ビオチントランスポーターの発現が増加していることをデータベースから確認しており,ビオチン代謝がパーキンソン病の発症や進行に関与している可能性も著者らは考えているようです.今後の臨床応用が期待されます.

それにしても適切な疾患モデルができたのであれば,網羅的なメタボローム解析は治療標的の同定に非常に強力だと実感しました.とても印象に残った論文でした.

Lai Y, et al. Biotin mitigates the development of manganese-induced, Parkinson’s disease–related neurotoxicity in Drosophila and human neurons. Science Signaling. 2025;18(eadn9868). (doi.org/10.1126/scisignal.adn9868


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

頭部外傷は単純ヘルペスウイルスを再活性化してアルツハイマー病リスクを高める!!

2025年01月21日 | 認知症
1月19日に,日本内科学会の「第52回内科学の展望(奈良県立医大 吉治仁志会長)」にて講演をさせていただきました.今年のテーマは「臓器機能不全の未来予想図―Future Perspective for Organ Failure―」でした.セッションI「臓器不全の現状と未来予想図」では肝不全,心不全,腎不全,呼吸不全について,セッションII「機能不全の現状と未来予想図」では骨髄機能不全,ホルモン分泌機能不全,膵外分泌機能不全,そして私は老化による脳の機能不全として,アルツハイマー病治療の現状と課題について講演させていただきました.昨今話題のアミロイドβ抗体薬について概説したあと,未来予想図として「タウ標的療法」を目指したブレイクスルーと,認知症の新たな危険因子として注目すべき「難聴」と「ウイルス感染」について解説しました.つまり私の未来予想は,タウ標的療法の実用化と,補聴器の使用と,単純ヘルペスウイルス(HSV1)への対策(抗ウイルス薬,ワクチン)が重要になってくるのではないかということです(3月19日までオンデマンド配信があり,3時間以上の視聴で認定内科医・総合内科専門医の認定更新のための研修単位が10単位取得できます.詳細は下記をご覧いただければと思います).
https://www.naika.or.jp/meeting/prospect52/



この講演の直後に,HSV1対策の重要性をさらに実感させる論文を読みましたのでご紹介します.頭部外傷はアルツハイマー病(AD)のリスクを高めることが知られています.また慢性外傷性脳症(CTE)というボクサーやアメフト選手などにみられる認知症も知られています.一方,単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)は,およそ8割の人が60歳までに感染しますが,高齢者の脳に潜伏し,APOE遺伝子e4アリル保因者においてADのリスクを高めることも知られていました.米国タフツ大学と英国オックスフォード大学のチームは「頭部外傷がHSV-1を再活性化し,ADに関連する表現型を引き起こす」という仮説を立てて検証実験を行い,その結果をScience Signaling誌に報告しました.

著者らはまずAPOE e4の人由来のヒト誘導神経幹細胞(hiNSC)を立体培養し,脳の細胞構造や機能を再現する3次元モデル(脳オルガノイド,ミニ脳)を作製しました.このモデルに軽度閉頭損傷(CHI:closed head injury)という外力を加え,脳外傷後の病理学的変化を観察しました.そしてHSV-1を潜伏感染させると,CHIによる脳外傷がHSV-1を再活性化させ,アルツハイマー病に関連するアミロイドβやリン酸化タウの蓄積,さらには炎症性グリオーシスをもたらすことを確認しました.注目すべきは,1回のCHIよりも複数回(3回)のCHIが顕著な変化をもたらした点です.具体的には3回のCHIによりウイルス遺伝子(UL29)の発現が20倍以上に増加し,アミロイドβとリン酸化タウの蓄積も大幅に増加しました(図1).



さらに,HSV-1再活性化後に炎症性サイトカインIL-1βの発現増加が生じることも示されました.IL-1β抗体を用いてこれを抑制すると,アミロイドβ蓄積やグリオーシスが抑制されました(図2).つまり神経炎症を標的とした治療が頭部外傷による神経変性を抑制する可能性が示唆されました.著者らは抗炎症療法や抗ウイルス療法が発症リスクを抑える治療となり得ると結論づけています.最近,HSV-1に対し,リン酸化タウが神経細胞を保護する機能をもつことが報告されていますし( Cell Rep. 2024 Dec 26:115109. doi.org/10.1016/j.celrep.2024.115109),ADとウイルス感染は極めて密接な関連があるという様相を呈してきたと思います.

Cairns DM, et al. Repetitive injury induces phenotypes associated with Alzheimer's disease by reactivating HSV-1 in a human brain tissue model. Sci Signal. 2025 Jan 7;18(868):eado6430.(doi.org/10.1126/scisignal.ado6430



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

免疫チェックポイント阻害薬関連筋炎において食道機能障害が生じる!

2025年01月20日 | 筋疾患
当科の大野陽哉先生,國枝顕二郎先生らによる症例報告です.免疫チェックポイント阻害薬(ICI)関連筋炎に伴って食道機能障害が生じる可能性を示した初の報告であり,症例の診療経過を詳しく示しました.

症例は69歳の乳がん治療中の方で,ICIのひとつであるペムブロリズマブの治療後に筋力低下を発症し,ICI関連筋炎と診断されました.嚥下困難などの自覚症状はありませんでしたが,炎症性ミオパチーでは食道機能障害が生じうるため,嚥下機能検査を実施しました.この結果,ビデオ嚥下造影検査(VFSS)では,食道下部にバリウム残留が認められました(図1).



また高分解能マノメトリー(HRM)では上部食道括約筋の開口障害および食道蠕動運動の欠如が確認されました(図2).これらの所見は,免疫療法により部分的に改善したものの,完全には回復しませんでした.具体的には上部食道(横紋筋)は改善しましたが,中部から下部にかけての平滑筋の蠕動運動は改善せず,食道壁の筋組織の違いがその背景にあると推測されました.



以上より,下記の3点が示されました.①ICI関連筋炎では食道蠕動運動が欠如しうる(逆流性誤嚥による肺炎や突然死のリスクになりうる),②免疫療法によって上部食道括約筋の機能は改善が見込めるものの,食道全体では機能回復に限界がある,③無症状のことがあり,検査による早期発見が重要である.この経験を踏まえ,当科ではICI関連筋炎の患者においては食道機能を評価するようにしています.
Ono Y, Kunieda K, Ohno T, Fujishima I, Shimohata T. Esophageal Dysfunction in Immune Checkpoint Inhibitor-related Myositis: A Case Report. Intern Med. 2024 Dec 26.(doi.org/10.2169/internalmedicine.4254-24

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ハンチントン病の新しい発症メカニズムの発見!CAGリピートは神経細胞でさらに伸長する

2025年01月18日 | 舞踏病
ハンチントン病(HD)は,常染色体顕性遺伝を呈する神経変性疾患で,原因は huntingtin(HTT)遺伝子内のCAGリピートの異常伸長です.HD患者は36回以上(ほとんどの場合40~49回)になります.未解明な点が多く,代表的なものとしては以下が挙げられます.
1)細胞型特異性:主に線条体の中型有棘ニューロン(SPNs)が喪失するが,インターニューロンやグリア細胞は生存すること.
2)長い潜伏期間:典型的には40~50歳で運動症状が現れるが,それ以前は認知機能や運動機能が健常者と同程度であること.
3)HTT遺伝子変異が神経変性を引き起こす具体的なメカニズム

最新号のCell誌に,マサチューセッツ工科大学およびハーバード大学などの研究チームが,体細胞内でのDNAリピート拡大がこの疾患にどのように影響するかを明らかにした研究が報告されました.これまで脳組織全体や血液サンプルから抽出したDNAを用いてリピートの長さを測定する方法が一般的でしたが,この研究では単一細胞でのCAGリピート長の測定と,同一細胞でのRNA発現解析を同時に行える技術を開発して検討した点が画期的と言えます.

研究チームは,患者群50名と対照群53名の線条体組織を解析し,線条体ニューロンの減少が病気の進行と共に顕著になることを示しています.直接経路(線条体から出発し,直接,内節淡蒼球および黒質網様部に投射する)および間接経路(線条体から出発し,まず外節淡蒼球に信号を送り,そこから視床下核を介して淡蒼球内節および黒質網様部に間接的に投射する)という2種類のニューロンについて解析を行い,間接経路ニューロンが早期に失われやすいことが明らかにしました.この変化は舞踏運動の出現に関与している可能性があります.

また患者脳を細胞ごとに解析し,HDを引き起こすHTT遺伝子のCAGリピートが,病気の進行に伴い体細胞内で増加することを発見しました!とくに線条体のニューロンでは,初期にはリピートが安定しているものの,加齢とともに徐々に伸長し,特定の閾値を超えると急速に毒性を発揮することを示しました.この現象は「somatic expansion(体細胞伸長)」と呼ばれ,白血球DNAでは見られない脳特有の変化であることも確認されました.

注目すべき発見は,CAGリピートの数が150を超えるとニューロンが急速に傷害されるという点です.CAGリピートは通常は40程度ですが,時間が経過し80を超えると急速に拡大し,150,500を超えると神経毒性を持ちます.つまり「変異したHTTタンパク質の慢性的な毒性」ではなく,「リピート数が閾値を超えることで突然細胞が死ぬ」という新たなメカニズムを提唱するものです.これがニューロンの遺伝子発現を変化させ,細胞死を引き起こすということです.図で説明すると,「Phase A」では,体細胞内でCAGリピートが緩やかに拡張する.この段階は数十年という長い時間をかけて進行し,臨床的な症状は現れません.「Phase B」では,CAGリピートが急速に拡張し,短期間(数年)で150リピートを超える段階に達します.この急速な拡張が,遺伝子発現に影響を及ぼす準備段階となります.「Phase C」では,CAGリピートが500回以上に達し,これが原因で500以上の遺伝子発現が異常を来す段階に入ります.この段階は数か月という短期間で進行し,細胞内の転写機構や神経機能に深刻な影響を及ぼします.最終段階である「Phase D」では,脱抑制危機(de-repression crisis)が発生し,神経細胞が不可逆的に死に至ります.このプロセスにより,HDの特徴的な神経変性が完成します.図の下部は,年齢と線条体ニューロンの生存率の関係を示しています.



また研究では体細胞伸長は,DNA修復酵素(特にMSH3)による減少である可能性が高く,修復過程でCAGリピートが誤って伸長されると考えています.よってMSH3や関連する酵素をターゲットにしてCAGリピートの伸長を抑制することで,症状の発現を遅らせたり進行を抑えたりする治療法が考えられます.すでに発症している患者においても,まだ毒性閾値を超えていないニューロンに作用して病気の進行を遅らせる可能性があります.今回の研究は,HDの発症・進行における新しいメカニズムを示すだけでなく,将来の治療法開発に向けた重要な基盤となる可能性があります.

最初に紹介した3つの問題点について完全解明ではないかもしれませんが,大きな進展が得られました.CAGリピート病は私の学位論文のテーマですが,このようなメカニズムがあるとは夢にも思いませんでした.おそらくHD以外のCAGリピートでも同じことが起きているのではないかと思います.SCA6やCAGリピート以外のリピート病(例:筋強直性ジストロフィーや脆弱X症候群など)はどうなのかも気になります.近いうちにどんどんデータが報告されるのではないかと思います.
Handsaker, Robert E. et al. Long somatic DNA-repeat expansion drives neurodegeneration in Huntington’s disease. Cell, January 16,(doi.org/10.1016/j.cell.2024.11.038

研究チームへのインタビューです.
https://youtu.be/hd8Uukrocps

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

タウのリン酸化はヘルペスウイルス1型感染から神経細胞を保護している!!アルツハイマー病治療戦略へのインパクト

2025年01月15日 | 認知症
アルツハイマー病(AD)の病態にアミロイドβやリン酸化タウ(p-tau)が関与します.しかしこれらを脳に蓄積させる要因はよく分かっていません.しかし近年,ADとウイルス感染の関連が注目されており,そのなかにはヘルペスウイルス1型(HSV-1),帯状疱疹ウイルス,新型コロナウイルスなどが含まれます.今回,Cell Reports誌に掲載されたイスラエルと米国からの研究では,HSV-1とタウリン酸化の驚くような関係が示されています.

著者らは,まず,ヒトのAD患者の脳サンプルを用いて,HSV-1感染がタウのリン酸化を引き起こすことを明らかにしました.具体的には,HSV-1タンパク質のICP27(ウイルスの遺伝子発現を調節し,宿主細胞の免疫応答を抑制してウイルス複製を促進する重要な役割を果たします)が進行したAD脳サンプルで顕著に増加し,これがp-tauと共局在していることを確認しました.図1では,ICP27とp-tauが進行したADの嗅内皮質および海馬で強く共局在する所見が示されています.



つぎにHSV-1感染がタウのリン酸化を引き起こす可能性について検討しました.HSV-1感染はcGAS-STING経路(細胞内のDNAを認識するcGASが活性化され,STINGを介して免疫応答を引き起こし,炎症や抗ウイルス応答を促進する経路です)を介してタウのリン酸化を起こすことを確認しました.つまりHSV-1のDNAを認識することでこの経路が活性化されるようです.そしてこの経路の下流にあるTBK1(TANK-binding kinase 1)がタウをリン酸化し,ICP27の発現を抑制することで,HSV-1タンパクの発現を減少させ,神経細胞の生存率を向上されることが実験的に示されています(図2).



以上よりこの研究は,タウのリン酸化がHSV-1感染に対する自然免疫応答として機能し,神経保護的な役割を果たす可能性を示したものです.cGAS-STING-TBK1経路がタウのリン酸化を引き起こし,それがHSV-1タンパク質の発現を抑制することが明らかになり,ADの発症・進行における単純ヘルペスウイルス感染の役割と,それに対する免疫応答の重要性を示した研究と言えます.

しかしよく考えるとこの論文の今後のAD研究への影響は大きいように思います.
1)HSV-1感染がADの進行に関与する機序が示されました.つまりHSV-1感染のワクチン等による制御がAD予防の重要な標的となり得ることを示唆しています.
2)HSV-1に対するリン酸化タウの神経保護能が示されました.現在,アミロイドβ抗体からタウを標的とする抗体等の治療薬に関心が移りつつありますが,これらによるタウの除去は,上記の免疫応答を妨げ,予期しない影響を引き起こす可能性が大きいです.つまりHSV-1感染に対する免疫応答が抑制され,神経細胞の生存に不利な影響を与える恐れがあります.

ADの病態はかなり複雑で,その治療戦略も混沌としてきた感じがします.個人的にはタウよりウイルス感染制御が現実的な治療のように思いました.

Hyde VR, et al. Anti-herpetic tau preserves neurons via the cGAS-STING-TBK1 pathway in Alzheimer's disease. Cell Rep. 2024 Dec 26:115109.(doi.org/10.1016/j.celrep.2024.115109

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

片頭痛患者におけるCGRP関連抗体薬の心血管安全性がリアルワールド・データで確認された!!

2025年01月12日 | 頭痛や痛み
片頭痛治療において非常に重要な論文が報告されました.片頭痛は女性に多い疾患で,世界中で15%もの人が罹患していると言われています.近年,片頭痛特異的な予防薬として,CGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド)またはその受容体を標的とするモノクローナル抗体が臨床応用され,非常に大きなインパクトを与えています.一方で,CGRPは心血管系における保護的な役割があるとされており,CGRPを阻害するこれらの薬剤が心血管疾患のリスクを増加させる可能性について懸念がありました.

JAMA Neurology誌の最新号に,フロリダ大学を中心とするグループから,米国Medicareに登録された片頭痛患者を対象に,CGRP関連抗体薬と米国で慢性片頭痛に対し承認されているボツリヌス毒素A(onabotulinumtoxinA)の心血管安全性を比較した後ろ向きコホート研究が報告されました.2018年5月から2020年12月までのデータを用い,心筋梗塞や脳卒中といった心血管イベントの発生率を調べました.またCGRPは末梢血管を拡張させる強力な作用を持つ神経ペプチドであるため,副次評価項目として高血圧クライシス,末梢血管再建術(末梢血管疾患が新たに生じたか,もしくは既存の疾患が増悪したかを反映する指標),Raynaud現象(指先などの末梢組織における血流調節の障害を示唆)も調べています.

さて結果ですが,計9153人の片頭痛患者が参加し,CGRP関連抗体薬群が5153人(年齢57.8歳,女性83.6%),ボツリヌス毒素A群は4000人(年齢61.9歳,女性83.8%)でした.追跡期間の中央値は,前者が4.3か月(四分位範囲:2.0~9.5か月),後者が4.4か月(1.6~8.8か月)でした.この追跡期間中,主要評価項目である心筋梗塞または脳卒中の複合イベントの発生率において,両群間で統計的に有意な差は認められませんでした(調整後ハザード比[aHR]:0.88,95%信頼区間[CI]:0.44–1.77).下図のフォレストプロットが分かりやすく,CGRP関連抗体薬とボツリヌス毒素Aを比較したリスクの調整後ハザード比と95%信頼区間がプロットされています.例えば,心筋梗塞のaHRは0.86(95% CI:0.30–2.48),脳卒中のaHRは0.90(95% CI:0.35–2.27)と,いずれもリスク増加は示されていません.なお,この結果は,高齢者や既存の心血管疾患を持つ患者でも一貫しており,CGRP関連抗体薬の安全性が支持されるものでした.



また,副次アウトカムとして調べられた高血圧クライシス,末梢血管再建術,Raynaud現象についても,以下のようにリスクに有意差はありませんでした.
高血圧クライシス(aHR: 0.46,95% CI 0.14–1.55)
末梢血管再建術(aHR: 1.50,95% CI 0.48–4.73)
Raynaud現象(aHR: 0.75,95% CI 0.45–1.24)

まとめると本研究は,片頭痛患者におけるCGRP関連抗体薬の心血管安全性をリアルワールド・データで示した初めての大規模研究であり,特に高齢者や心血管疾患を有する患者にとって重要なエビデンスを提供しています.一方で,追跡期間が短かったことや,Medicareデータに基づくため臨床的な詳細情報が不足している点など,いくつかの限界も指摘されています.著者らも,今後さらに長期間の追跡や他の集団における検証が必要であると述べています.しかしCGRP関連抗体薬の安全性を裏付けるデータが示されたことは,日常診療において非常に大きな意義があると言えます.

Yang S, et al. Cardiovascular Safety of Anti-CGRP Monoclonal Antibodies in Older Adults or Adults With Disability With Migraine. JAMA Neurol. 2025 Jan 6.(doi.org/10.1001/jamaneurol.2024.4537


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする