今回のキーワードは,
COVID-19重症例では老化に関連する遺伝子発現の変化が生じて認知機能低下につながる,症状出現後230日目でも非呼吸器系組織でウイルス複製が生じること,ヒト脳に感染後も複製しうることが示された,脂肪組織へのSARS-CoV-2ウイルス感染は局所・全身性炎症の誘発を通して重症化に寄与する,急性期の遺伝子発現パターンで数カ月後に生じるlong COVIDの症状を予測できる,COVID-19は糖尿病の新規発症リスクを66%高める,ウイルス受容体ACE2の発現を減少させる薬剤が発見されなんとウルソであった,COVID-19ワクチン後に体位性起立性頻脈症候群(POTS)が生じるが,COVID-19感染後よりも5.35倍低い,です.
米国では「ウイルス持続感染が long COVID の原因」という仮説を検証する大規模研究Long COVID Research Initiative(https://lc19.org/)が進められ,どの臓器がリザーバーなのか議論されています(リザーバーとはウイルスが潜む組織・細胞のことで,帯状疱疹ウイルスでは感覚神経節,サイトメガロではマクロファージ,EBウイルスではB細胞などになります).COVID-19患者の剖検は日本では極めて稀ですが,米国では脳を含めた剖検が多数行われていて,ヒトの各臓器におけるウイルスの検出や,感染後の遺伝子発現の検討が報告され始めています.そして,
症状出現後230日目でも非呼吸器系組織でウイルス複製が生じていることや,脂肪組織にも感染し炎症反応が生じて予後の増悪を招くこと(肥満が予後不良因子であることの説明),感染後13日目の視床から複製能を持つSARS-CoV-2ウイルスが回収されたこと!等,気味の悪い論文が報告されています.おそらく持続感染の人体への影響が分かるには年単位でのフォローが必要だろうと思われます.油断はせず,引き続き感染予防やワクチンは極力行うべきと思います.
◆COVID-19重症例では老化に関連する遺伝子発現の変化が生じて認知機能低下につながる,
COVID-19重症例では老化が加速することを示す知見が集積されつつある.COVID-19と加齢はともに認知機能の低下を伴うことから,COVID-19は加齢と同様の分子シグネチャー(痕跡)を示す可能性がある.米国からの研究で,COVID-19重症者 21人,無症候感染者1人,非感染者22人.アルツハイマー病1名,ICUや人工呼吸器の治療歴がある非感染者9人を含む54人の死後脳の前頭葉皮質の全トランスクリプトーム解析(RNA-seq)が報告された.この結果,老化に伴って変化する多くの生物学的経路が,重症COVID-19でも変化していた.トランスクリプトームの変化において,認知機能低下とCOVID-19との間にも強い相関を認めた.さらにCOVID-19が加齢と同様の遺伝子発現パターンを示すか検討したところ顕著な類似性を認めた.つまり加齢で発現が増加する遺伝子は重症COVID-19でも発現が増加し,加齢で発現が減少する遺伝子は重症COVID-19でも減少していた.最後にCOVID-19と加齢の関連を説明する病態メカニズムを検討した.COVID-19患者サンプルからSARS-CoV-2ウイルスRNAは検出されなかったが,腫瘍壊死因子(TNF)およびI/II型インターフェロン応答経路の発現が上昇していた.既報でもTNFとインターフェロンは,脳の老化と認知機能の低下に関与していることが示されている.以上より,
COVID-19感染者では,TNFおよびインターフェロンによって媒介される老化に関連する遺伝子発現変化が生じ,認知機能低下につながる可能性が示唆された.著者らはCOVID-19サバイバーの神経学的フォローアップの重要性と,重症患者の急性期における炎症管理が神経保護につながる可能性を強調し,「パンデミックが社会にどのような影響を及ぼすか備えるためにも重要な知見であるが,この結果は何年か先にならないと分からないかもしれない」とインタビューに答えている.
Nat Aging (2022).(doi.org/10.1038/s43587-022-00321-w)
◆症状出現後230日目でも非呼吸器系組織でウイルス複製が生じること,ヒト脳に感染後も複製しうることが示された.
COVID-19の呼吸器以外の感染負荷やウイルスが消失するまでの時間については,特に脳においては十分に解明されていない.米国NIH等の多施設共同研究が報告され,COVID-19で死亡した44名の患者の剖検を施行(うち11名は中枢神経系を広範囲に採取),急性感染から症状発現後7ヶ月以上までの,脳を含む人体全体のSARS-CoV-2ウイルスの分布,複製,細胞特異性のマッピングと定量化が行われた.この結果,SARS-CoV-2ウイルスは,重症のCOVID-19で死亡した患者を中心に,全身に広く分布することが分かった.具体的には,感染初期では呼吸器組織に有意に高いウイルス負荷を示したが,症状発現後2週間の間に非呼吸器系の複数の部位(心筋,リンパ節,坐骨神経,眼組織,そして硬膜を除く中枢神経のすべての採取部位;図1)でウイルス複製が確認され,14日以降で,27例中14例で少なくとも1つの組織で活発なウイルス複製中に生成されるサブゲノムRNAが検出され,さらに数ヶ月間(症状発現後230日目でも)非呼吸器系組織でウイルス複製が起こる可能性が示された(組織内の残留血液や肺からの二次汚染は否定的と考えられた).
驚くべきことに,改良型Vero E6細胞株を用いて,13日目の視床から複製能を持つSARS-CoV-2ウイルスを回収しており,SARS-CoV-2ウイルスはヒト脳に感染したのち複製する能力を有することを決定的に立証している.
また注目すべきは,早期患者では呼吸器系組織では,非呼吸器系組織と比べSARS-CoV-2 RNAは100倍以上高かったにもかかわらず,後期患者ではこの差が非常に小さくなっていたことである.つまり非呼吸器組織におけるウイルスクリアランスの効率の悪さが示唆された.これはSARS-CoV-2ウイルスが免疫を回避するメカニズムが存在するものと推測される.将来的には,このウイルスのクリアランスを促進する治療アプローチの開発が必要である.
Nature (2022).(doi.org/10.1038/s41586-022-05542-y)
◆脂肪組織へのSARS-CoV-2ウイルス感染は局所・全身性炎症の誘発を通して重症化に寄与する.
肥満はCOVID-19の予後不良因子として知られるが,その機序は不明であった.SARS-CoV-2ウイルスの脂肪組織への感染が関与するかを検証するため,COVID-19による剖検例(入院後1~12日後に死亡)の評価と,in vitroでのSARS-CoV-2ウイルス感染に対する脂肪組織の反応について検討した研究が米国スタンフォード大学から報告された.剖検例では,脂肪細胞にSARS-CoV-2 RNAを確認し,それに伴う炎症細胞浸潤も確認された(図2).そして感染の標的となる細胞として,脂肪細胞および炎症性脂肪組織常在マクロファージが同定された.成熟脂肪細胞はSARS-CoV-2感染に対して許容状態であった.マクロファージは不稔感染(※)を示したが(※ウイルスの増殖が途中で終わり完全なウイルスが作られないため細胞破壊が起こらないこと),SARS-CoV-2ウイルスは感染マクロファージとバイスタンダー脂肪前駆細胞の両方で炎症反応を引き起こした.
以上より,脂肪組織へのSARS-CoV-2ウイルス感染が,脂肪細胞内でのウイルス複製,および脂肪組織に存在するマクロファージへの感染による局所および全身性炎症の誘発を通して,COVID-19の重症化に寄与する可能性が示唆された.
Sci Transl Med. 2022 Dec 7;14(674):eabm9151.(doi.org/10.1126/scitranslmed.abm9151)
◆急性期の遺伝子発現パターンで数カ月後に生じるlong COVIDの症状を予測できる.
Long COVIDは臨床的に不均一で,分子病態は不明である.米国より急性期後も経過観察を行ったCOVID-19入院患者で全血遺伝子発現プロファイリングを実施した165名を対象とした研究が報告された.退院1年後の後遺症と関連する急性期の遺伝子発現パターンを同定した.抗体産生細胞である形質細胞において,急性期に相反する2種類の遺伝子発現パターンを示す後遺症のサブセットを同定した.具体的には,肺に後遺症を抱える患者では,免疫グロブリン関連遺伝子の発現量が減少していた.一方,嗅覚・味覚障害,睡眠障害などの後遺症を持つ患者では,抗スパイク抗体価に依存した免疫グロブリン関連遺伝子が高発現していた.
同じ形質細胞で観察されたこれらの相反するパターンはlong COVIDの異なる臨床像につながる複数の独立したプロセスの存在を示唆し,かつそれらは急性感染時にすでに存在していた.つまり急性期のデータを用いて,数ヵ月後,患者に何が起こるかを予測できる可能性があること,また急性期の重症度だけではlong COVIDの分子過程を説明できないことが示唆された.
Nat Med (2022).(doi.org/10.1038/s41591-022-02107-4)
◆COVID-19は糖尿病の新規発症リスクを66%高める.
COVID-19が,糖尿病の新規発症を引き起こす可能性が指摘されている.COVID-19感染者において新たに診断される糖尿病の発生率を推定することを目的としたメタ解析が報告された.COVID-19患者427万747人と対照群4320万3759人からなる適格基準を満たす8研究を同定した.年齢の中央値は43歳,50%が女性であった.COVID-19は糖尿病発症の66%高いリスクと関連していた(リスク比1.66;95%CI 1.38;2.00)(図3).リスクは年齢,性別,試験の質によって影響を受けなかった.以上より,
COVID-19は糖尿病の新規発症リスクの高さと関連することが示された.回復後は耐糖能(血糖値)のモニタリングが必要である.
Sci Rep 12, 20191 (2022). (doi.org/10.1038/s41598-022-24185-7)
◆ウイルス受容体ACE2の発現を減少させる薬剤が発見され,なんとウルソであった.
ACE2のようなウイルス受容体の調節による感染予防は,ワクチン接種を補完する新しい予防アプローチとなる可能性がある.しかしACE2の発現を制御する機構は不明であった.英国ケンブリッジ大学からNature誌にACE2の発現メカニズムに関する研究が報告された.消化器系や呼吸器系を含む複数の感染組織において,ACE2の転写を直接制御する因子として核内受容体ファルネソイドX受容体(FXR)が同定された.さらに利胆目的に日常診療で使用されるウルソデオキシコール酸(UDCA;商品名ウルソ)と市販の化合物であるz-guggulsteroneが,ヒト肺,胆管細胞,腸のオルガノイドおよびマウスとハムスターのそれぞれに対応する組織で,FXRシグナルを抑制し,ACE2発現を減少させることが示された.またウルソの内服はヒトの鼻上皮細胞におけるACE2発現も低下させた(図4).移植に使用されなかったヒト肺を用いた感染実験も行われ,ウルソを添加した血液を灌流させると感染は抑制された.さらに実臨床でも肝疾患でウルソを使用された人と,そうでない人を比較すると,入院は30%,ICU入室は10%減っていることを確認した.以上より,
ACE2発現を制御するFXR経路の修飾が,感染の軽減に有益である可能性が示唆された.今後の臨床試験が期待される.
Nature (2022).(doi.org/10.1038/s41586-022-05594-0)
◆COVID-19ワクチン後に体位性起立性頻脈症候群が生じるが,COVID-19感染後よりも5.35倍低い.
体位性起立性頻脈症候群(POTS;postural orthostatic tachycardia syndrome)は,起立時に血圧はあまり変化しないにもかかわらず,心拍数が異常に増加し, 失神前駆症状・運動不耐・疲労・ふらつき・眩暈などの起立性不耐を示す.原因は不明であるが,軽度の自律神経障害やβ受容体過敏性が推定されている.SARS-CoV-2ウイルス感染後にも生じるが,COVID-19ワクチン接種との関連については不明である.米国からワクチン後POTSの検討が報告された.ワクチン接種者28万4592人において,オッズが最も高い副反応は心筋炎,自律神経失調症,POTS,肥満細胞活性化症候群,尿路感染症であった.ワクチン接種後90日目のPOTSは曝露前90日目よりも高く,オッズ比は1.33であった.
POTSは,COVID-19ワクチン接種後に診断される頻度は増加するが,その頻度はCOVID-19感染後よりも5.35倍低かった.COVID-19ワクチンとPOTSの関連についてはさらなる研究が必要である.
Nat Cardiovasc Res (2022).(doi.org/10.1038/s44161-022-00177-8)