人工知能(AI)やその医療応用に関心があり,5月25~26日に開催された「IBMワトソン・サミット2016」に参加した.近未来,医療は大きく変わることを実感させられる会であった.もっとも進歩が見込まれる領域は,ガンに対するゲノム医療だろう.東京大学医科学研究所の宮野悟教授のご講演は示唆に富むものであった.まず宮野教授は,ガン研究は急速な進歩のため,医療従事者が追いつくことができず,臨床的に困難な状況に陥っていることを以下のように指摘された.
1)関連論文の指数関数的増大・・・ガン領域だけで2014年に20万の論文が報告され,フォロー困難な状況になっている(膨大な電子化知識の氾濫).
2)シークエンスデータの爆発的増加・・・シリコン・シークエンサーが登場すれば,全ゲノムは100ドル,1時間で読めてしまう時代に突入する.パーソナルゲノム医療(★)が現実化する.
3)ガン・ゲノム研究の進歩・・従来,蛋白をコードしている全ゲノムの1.5%程度しか調べてなかったことに加え,タンパクをコードしていないノンコーディングRNAにも役割があることが明らかになった.
4)ガン遺伝子の多様性の発見・・・一個人の同じガン組織のなかでも想像を越える多様性があること,遺伝子も生涯不変という常識は否定され,加齢とともに変異が蓄積し変化していることが明らかになった.
★パーソナルゲノム医療:個々人の遺伝子(パーソナルゲノム)の特徴を知り,かかりやすい病気を発症前から環境を含め予防し治療する医療
これらの結果生じる医療ビッグデータ,ゲノム・ビッグデータを人間の能力で扱うのはもはや不可能である.東京大学医科学研究所では,これらの臨床シークエンス研究に,IBMワトソンを使用している.その詳細は明らかにされなかったが,遺伝カウンセリングや生命倫理に対する体制も整備され,確実に新時代の医療に突入したという実感を持った.
ワトソンとは何か?それはコンピューターでありながら,人と同じように情報から学び,経験から学習するコグニティブ・テクノロジーと言える.そこには「Watson Corpus」と呼ぶコーパス(知識ベース)が構築されている.膨大な数の医療文献や化学物質データベース,ゲノム情報,特許情報などに加え,薬の副作用情報や医療機関が持つさまざまな臨床情報が統合されている.ガンに関しては,「Watson for Oncology」という取り組みがなされ,米国有数のガン専門病院であるMemorial Slone Kettering Cancer Centerにてワトソンの「教育」が行われた.まず8000時間,その後,年2000時間のペースで「教育」がなされたという.
Watsonが学習した膨大なデータの使いみちは以下のようになる.まずパーソナルゲノム情報を調べると,遺伝子変異が続々出てくる.これをどう解釈し,どう治療方針に活かすか,つまり「副作用のないベストフィットな治療をいかに決定するか」が現在の医療,人間の力では難しい.これをワトソン(Watson Genomic analytics)にやらせるわけだ.パーソナルゲノムデータから,ガンの原因となっている遺伝子の候補を寄与度の高い順にリストアップし,治療標的となる遺伝子変異と分子標的薬の候補が示される.そして「エビデンスボタン」を押すと,その治療方針の根拠が示される.かつてインターネットでMEDLINEにキーワードを入力し,論文リストが表示された時の衝撃以上のインパクトを感じる.
日本での導入は,ガンや治療効果の人種による差や,治療ガイドラインの違いなどによりすぐに行えるものではないようだ.またガン以外の領域については未着手のようである.しかしガン領域のようなパーソナルゲノム医療・個別化医療は早晩,他の領域にも波及し,人工知能の導入が必要になるだろう.そうでなければ高額な分子標的薬により医療制度は破綻してしまうものと思われる.ガンの領域における医療の変化を注視する必要がある.
IBM Watson Health
1)関連論文の指数関数的増大・・・ガン領域だけで2014年に20万の論文が報告され,フォロー困難な状況になっている(膨大な電子化知識の氾濫).
2)シークエンスデータの爆発的増加・・・シリコン・シークエンサーが登場すれば,全ゲノムは100ドル,1時間で読めてしまう時代に突入する.パーソナルゲノム医療(★)が現実化する.
3)ガン・ゲノム研究の進歩・・従来,蛋白をコードしている全ゲノムの1.5%程度しか調べてなかったことに加え,タンパクをコードしていないノンコーディングRNAにも役割があることが明らかになった.
4)ガン遺伝子の多様性の発見・・・一個人の同じガン組織のなかでも想像を越える多様性があること,遺伝子も生涯不変という常識は否定され,加齢とともに変異が蓄積し変化していることが明らかになった.
★パーソナルゲノム医療:個々人の遺伝子(パーソナルゲノム)の特徴を知り,かかりやすい病気を発症前から環境を含め予防し治療する医療
これらの結果生じる医療ビッグデータ,ゲノム・ビッグデータを人間の能力で扱うのはもはや不可能である.東京大学医科学研究所では,これらの臨床シークエンス研究に,IBMワトソンを使用している.その詳細は明らかにされなかったが,遺伝カウンセリングや生命倫理に対する体制も整備され,確実に新時代の医療に突入したという実感を持った.
ワトソンとは何か?それはコンピューターでありながら,人と同じように情報から学び,経験から学習するコグニティブ・テクノロジーと言える.そこには「Watson Corpus」と呼ぶコーパス(知識ベース)が構築されている.膨大な数の医療文献や化学物質データベース,ゲノム情報,特許情報などに加え,薬の副作用情報や医療機関が持つさまざまな臨床情報が統合されている.ガンに関しては,「Watson for Oncology」という取り組みがなされ,米国有数のガン専門病院であるMemorial Slone Kettering Cancer Centerにてワトソンの「教育」が行われた.まず8000時間,その後,年2000時間のペースで「教育」がなされたという.
Watsonが学習した膨大なデータの使いみちは以下のようになる.まずパーソナルゲノム情報を調べると,遺伝子変異が続々出てくる.これをどう解釈し,どう治療方針に活かすか,つまり「副作用のないベストフィットな治療をいかに決定するか」が現在の医療,人間の力では難しい.これをワトソン(Watson Genomic analytics)にやらせるわけだ.パーソナルゲノムデータから,ガンの原因となっている遺伝子の候補を寄与度の高い順にリストアップし,治療標的となる遺伝子変異と分子標的薬の候補が示される.そして「エビデンスボタン」を押すと,その治療方針の根拠が示される.かつてインターネットでMEDLINEにキーワードを入力し,論文リストが表示された時の衝撃以上のインパクトを感じる.
日本での導入は,ガンや治療効果の人種による差や,治療ガイドラインの違いなどによりすぐに行えるものではないようだ.またガン以外の領域については未着手のようである.しかしガン領域のようなパーソナルゲノム医療・個別化医療は早晩,他の領域にも波及し,人工知能の導入が必要になるだろう.そうでなければ高額な分子標的薬により医療制度は破綻してしまうものと思われる.ガンの領域における医療の変化を注視する必要がある.
IBM Watson Health