Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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もうひとつのARIA!の提唱 ―抗体療法に伴う医原性脳萎縮と開示が求められるデータ―

2025年02月22日 | 認知症
アルツハイマー病に対するアミロイドβ抗体薬(レカネマブ,ドナネマブ)の臨床試験では,実薬群で脳体積の減少が速く進むという「矛盾した」結果が報告されています.これに対し,昨年10月のLancet Neurol 誌の「Personal View」欄で,「アミロイド除去に伴う偽萎縮(amyloid-removal-related pseudo-atrophy)」という新たな解釈が提唱されました(文献1).これは,脳体積の減少は,アミロイドβ除去による生理的な変化で,病的なものではないというものです.私もブログでご紹介しましたが,感想として「現時点で脳萎縮は安全と結論づけるにはデータが不十分で,長期試験や個々の患者レベルのデータ解析が必要だ」と書きました(https://tinyurl.com/28yfo5u9).

最新号のLancet Neurol 誌のCorrespondenceに「偽萎縮」に対する反論が掲載されています(文献2).オーストラリア,英国,米国の3人の研究者によるものです.タイトルは「Amyloid-related iatrogenic atrophy of the brain: data transparency is an urgent safety priority」で,「偽萎縮」とはまったく反対の立場で,アミロイド除去に伴う医原性脳萎縮(amyloid-related iatrogenic atrophy;ARIA!)という新たな解釈を提唱しています!(表は2つのARIAの違いです)



3人はやはり,上述したように,脳体積の減少と認知機能の関連について,個々の患者レベルのデータが公開されていないことを指摘し,治療効果を適切に評価するためには,脳体積の変化が認知機能や臨床転帰にどのように影響するのかが分からないまま議論するという,透明性が確保されない状況では,有害な副作用を過小評価するリスクがあると警鐘を鳴らしています.

つぎにアミロイド除去による脳体積減少の正確な機序はいまだ不明であるのに,「偽萎縮」という用語を使って神経変性や炎症の影響を過小評価すべきではないと指摘しています.その根拠として,①抗体療法を受けた患者の剖検で,アミロイド斑の減少と同時に神経細胞の喪失やミクログリアの活性化が報告されていること(例としてアミロイドβワクチンAN1792を提示).②ドナネマブ(TRAILBLAZER-ALZ試験)では,アミロイドβがほとんど存在しない白質においても有意な脳体積の減少が観察されており,アミロイド除去による「偽萎縮」では説明がつかないこと.③βセクレターゼ(BACE)阻害薬を用いた研究では,アミロイド斑の除去がほとんど起こらないにもかかわらず脳体積の変化がみられること,を挙げています. この3人の反論に対するreplyも掲載され,ミクログリアはアミロイド除去の過程で一時的に活性化されるが,長期的にはその活性は低下するなどとさらに反論しています.しかし個々の患者データに公開による透明性の確保には同意しています.

ヒポクラテスは「Primum non nocere(まず,害を与えないこと)」と言っています.一部の患者さんに治療が害を与えているということがないかを十分に検証することが重要です.この治験の関係者は,脳萎縮をきたした患者の認知機能の変化,加えてARIA(アミロイド関連画像異常)をきたした患者の認知機能の変化といった個々人のデータを開示すべきと思います.

(文献)
1. Belder CRS, et al. Brain volume change following anti-amyloid β immunotherapy for Alzheimer's disease: amyloid-removal-related pseudo-atrophy. Lancet Neurol. 2024 Oct;23(10):1025-1034.
2. Ayton S, et al. Amyloid-related iatrogenic atrophy of the brain: data transparency is an urgent safety priority. Lancet Neurol. 2025;24(3):189-190.


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頭部外傷は単純ヘルペスウイルスを再活性化してアルツハイマー病リスクを高める!!

2025年01月21日 | 認知症
1月19日に,日本内科学会の「第52回内科学の展望(奈良県立医大 吉治仁志会長)」にて講演をさせていただきました.今年のテーマは「臓器機能不全の未来予想図―Future Perspective for Organ Failure―」でした.セッションI「臓器不全の現状と未来予想図」では肝不全,心不全,腎不全,呼吸不全について,セッションII「機能不全の現状と未来予想図」では骨髄機能不全,ホルモン分泌機能不全,膵外分泌機能不全,そして私は老化による脳の機能不全として,アルツハイマー病治療の現状と課題について講演させていただきました.昨今話題のアミロイドβ抗体薬について概説したあと,未来予想図として「タウ標的療法」を目指したブレイクスルーと,認知症の新たな危険因子として注目すべき「難聴」と「ウイルス感染」について解説しました.つまり私の未来予想は,タウ標的療法の実用化と,補聴器の使用と,単純ヘルペスウイルス(HSV1)への対策(抗ウイルス薬,ワクチン)が重要になってくるのではないかということです(3月19日までオンデマンド配信があり,3時間以上の視聴で認定内科医・総合内科専門医の認定更新のための研修単位が10単位取得できます.詳細は下記をご覧いただければと思います).
https://www.naika.or.jp/meeting/prospect52/



この講演の直後に,HSV1対策の重要性をさらに実感させる論文を読みましたのでご紹介します.頭部外傷はアルツハイマー病(AD)のリスクを高めることが知られています.また慢性外傷性脳症(CTE)というボクサーやアメフト選手などにみられる認知症も知られています.一方,単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)は,およそ8割の人が60歳までに感染しますが,高齢者の脳に潜伏し,APOE遺伝子e4アリル保因者においてADのリスクを高めることも知られていました.米国タフツ大学と英国オックスフォード大学のチームは「頭部外傷がHSV-1を再活性化し,ADに関連する表現型を引き起こす」という仮説を立てて検証実験を行い,その結果をScience Signaling誌に報告しました.

著者らはまずAPOE e4の人由来のヒト誘導神経幹細胞(hiNSC)を立体培養し,脳の細胞構造や機能を再現する3次元モデル(脳オルガノイド,ミニ脳)を作製しました.このモデルに軽度閉頭損傷(CHI:closed head injury)という外力を加え,脳外傷後の病理学的変化を観察しました.そしてHSV-1を潜伏感染させると,CHIによる脳外傷がHSV-1を再活性化させ,アルツハイマー病に関連するアミロイドβやリン酸化タウの蓄積,さらには炎症性グリオーシスをもたらすことを確認しました.注目すべきは,1回のCHIよりも複数回(3回)のCHIが顕著な変化をもたらした点です.具体的には3回のCHIによりウイルス遺伝子(UL29)の発現が20倍以上に増加し,アミロイドβとリン酸化タウの蓄積も大幅に増加しました(図1).



さらに,HSV-1再活性化後に炎症性サイトカインIL-1βの発現増加が生じることも示されました.IL-1β抗体を用いてこれを抑制すると,アミロイドβ蓄積やグリオーシスが抑制されました(図2).つまり神経炎症を標的とした治療が頭部外傷による神経変性を抑制する可能性が示唆されました.著者らは抗炎症療法や抗ウイルス療法が発症リスクを抑える治療となり得ると結論づけています.最近,HSV-1に対し,リン酸化タウが神経細胞を保護する機能をもつことが報告されていますし( Cell Rep. 2024 Dec 26:115109. doi.org/10.1016/j.celrep.2024.115109),ADとウイルス感染は極めて密接な関連があるという様相を呈してきたと思います.

Cairns DM, et al. Repetitive injury induces phenotypes associated with Alzheimer's disease by reactivating HSV-1 in a human brain tissue model. Sci Signal. 2025 Jan 7;18(868):eado6430.(doi.org/10.1126/scisignal.ado6430



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タウのリン酸化はヘルペスウイルス1型感染から神経細胞を保護している!!アルツハイマー病治療戦略へのインパクト

2025年01月15日 | 認知症
アルツハイマー病(AD)の病態にアミロイドβやリン酸化タウ(p-tau)が関与します.しかしこれらを脳に蓄積させる要因はよく分かっていません.しかし近年,ADとウイルス感染の関連が注目されており,そのなかにはヘルペスウイルス1型(HSV-1),帯状疱疹ウイルス,新型コロナウイルスなどが含まれます.今回,Cell Reports誌に掲載されたイスラエルと米国からの研究では,HSV-1とタウリン酸化の驚くような関係が示されています.

著者らは,まず,ヒトのAD患者の脳サンプルを用いて,HSV-1感染がタウのリン酸化を引き起こすことを明らかにしました.具体的には,HSV-1タンパク質のICP27(ウイルスの遺伝子発現を調節し,宿主細胞の免疫応答を抑制してウイルス複製を促進する重要な役割を果たします)が進行したAD脳サンプルで顕著に増加し,これがp-tauと共局在していることを確認しました.図1では,ICP27とp-tauが進行したADの嗅内皮質および海馬で強く共局在する所見が示されています.



つぎにHSV-1感染がタウのリン酸化を引き起こす可能性について検討しました.HSV-1感染はcGAS-STING経路(細胞内のDNAを認識するcGASが活性化され,STINGを介して免疫応答を引き起こし,炎症や抗ウイルス応答を促進する経路です)を介してタウのリン酸化を起こすことを確認しました.つまりHSV-1のDNAを認識することでこの経路が活性化されるようです.そしてこの経路の下流にあるTBK1(TANK-binding kinase 1)がタウをリン酸化し,ICP27の発現を抑制することで,HSV-1タンパクの発現を減少させ,神経細胞の生存率を向上されることが実験的に示されています(図2).



以上よりこの研究は,タウのリン酸化がHSV-1感染に対する自然免疫応答として機能し,神経保護的な役割を果たす可能性を示したものです.cGAS-STING-TBK1経路がタウのリン酸化を引き起こし,それがHSV-1タンパク質の発現を抑制することが明らかになり,ADの発症・進行における単純ヘルペスウイルス感染の役割と,それに対する免疫応答の重要性を示した研究と言えます.

しかしよく考えるとこの論文の今後のAD研究への影響は大きいように思います.
1)HSV-1感染がADの進行に関与する機序が示されました.つまりHSV-1感染のワクチン等による制御がAD予防の重要な標的となり得ることを示唆しています.
2)HSV-1に対するリン酸化タウの神経保護能が示されました.現在,アミロイドβ抗体からタウを標的とする抗体等の治療薬に関心が移りつつありますが,これらによるタウの除去は,上記の免疫応答を妨げ,予期しない影響を引き起こす可能性が大きいです.つまりHSV-1感染に対する免疫応答が抑制され,神経細胞の生存に不利な影響を与える恐れがあります.

ADの病態はかなり複雑で,その治療戦略も混沌としてきた感じがします.個人的にはタウよりウイルス感染制御が現実的な治療のように思いました.

Hyde VR, et al. Anti-herpetic tau preserves neurons via the cGAS-STING-TBK1 pathway in Alzheimer's disease. Cell Rep. 2024 Dec 26:115109.(doi.org/10.1016/j.celrep.2024.115109

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アミロイドβ抗体(アデュカヌマブ)はAβ・タウ動物モデルで,タウ病理・神経変性を抑制せず,グリア細胞を活性化する

2025年01月08日 | 認知症
アルツハイマー病(AD)に対し,近年,アミロイドβ(Aβ)を標的とした抗体療法が臨床応用されました.しかし抗体療法がタウ病理や神経変性に及ぼす影響については十分明らかにされていません.これは過去の動物モデルを用いた研究の多くは,Aβ病理に特化した動物モデル(APP/PS1や5xFADなど)を使用し,タウ病理を持たないモデルが中心であったためです.

Brain誌に,米国マサチューセッツ総合病院らのグループによる研究が掲載されています.この研究では,Aβプラークとタウ病理の両方を持つトランスジェニックマウスモデル(APP/PS1xTau22)を用い,抗Aβ抗体「アデュカヌマブ」の効果を検証しています.著者らは,6カ月齢のAPP/PS1✕Tau22マウスにアデュカヌマブまたは対照IgGを週1回,30mg/kgの濃度で12週間投与し(図上),治療終了後,9カ月齢の時点で,Aβプラークの除去効果やタウ病理への影響,さらには神経変性やグリア細胞の反応を評価しています.

まずアデュカヌマブはAβを除去し,Aβプラークの沈着が約70%減少しました.この効果は,特に小型のプラーク(10-140 µm²)の除去で顕著でした.図左下は,治療群におけるAβプラークの明らかな減少を示しています.しかし大型プラーク(180 µm²以上)の除去は限定的であり,完全なAβ除去は達成できませんでした.

一方,Aβ除去がタウ病理や神経変性に与える効果は限定的であることが分かりました.タウの異常リン酸化(AT8;図右下)や神経原線維変化は治療にも関わらず進行しており,海馬CA1領域の神経細胞数(NeuN染色)の減少,樹状突起の縮小,さらには後シナプス(PSD95)の消失もアデュカヌマブ治療で改善されませんでした.以上より,Aβ抗体療法単独ではタウ病理に関連した神経変性を十分に抑制できないことが示されました.

加えて印象的だったのは,Aβ抗体療法はグリア細胞に予期しない影響を及ぼしたことです.つまりAβプラーク周囲でのIba1陽性ミクログリアの増加が生じ,さらにGFAP陽性アストロサイトの増加も顕著でした.また微小出血の頻度が増加することも確認され,治療の安全性についての課題も浮き彫りになりました.

この動物モデルがどれほどヒトのアルツハイマー病を模倣したものかという批判はあるかと思いますが,少なくとも従来モデルよりは改善されていますので,この研究は,Aβ抗体療法の課題を示したものと言えると思います.Aβ除去だけでは,タウ病理や神経変性の進行を効果的に抑えることは難しい可能性が示唆され,今後はタウやグリア細胞もターゲットとした複合的な治療戦略が求められる方向に進むのかもしれません.
Welikovitch LA, et al. Hyman, Tau, synapse loss and gliosis progress in an Alzheimer’s mouse model after amyloid-β immunotherapy, Brain, 2024;, awae345, https://doi.org/10.1093/brain/awae345



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アミロイドβ抗体薬による脳萎縮は「アミロイド除去関連偽萎縮である」は本当か?

2024年12月18日 | 認知症
アルツハイマー病では,脳の萎縮(=体積の減少)が病態の進行を示す重要な指標とされてきました.しかし,アミロイドβを除去するアミロイドβ抗体薬(レカネマブ,ドナネマブなど)の臨床試験では,治療群において脳体積が対照群よりも速く減少するという「矛盾した」結果が報告されています.過去のブログでも紹介しました(https://tinyurl.com/2bzfv7wq).

これに対してLancet Neurology誌の「personal view」欄に「アミロイド除去に伴う偽萎縮(amyloid-removal-related pseudo-atrophy)」という新しい解釈が提唱されています.この抗体薬による脳萎縮は神経変性の加速を意味しないという説です.

この論文の中でも重要なのは図1A-Fの6つのグラフです(AとEのみ提示).
A. 脳全体の体積減少とアミロイド除去量:
抗体薬によるアミロイド除去が多いほど,脳全体の体積減少が顕著となる.

B. 脳室体積拡大とアミロイド除去量:
アミロイド除去量が多いほど,脳室拡大が顕著となる.
C・D. ARIA発生率との関連:
ARIAの発生率が高い抗体薬では,脳の体積減少や脳室拡大がより顕著となる.
E・F. 臨床転帰(CDR-SBスコア)との関連:
脳の体積減少や脳室拡大は,必ずしもCDR-SBスコアの悪化と相関していない.




著者らはこのE,Fのデータより,治療群では脳体積が減少しながらも認知機能の低下は抑制される傾向があるとし,脳の体積減少が「治療の悪影響」ではなく,アミロイドβ除去による反応と捉えています.そして脳体積の減少は,アミロイドの除去,その周囲のグリア細胞や炎症細胞への影響,アミロイド関連画像異常(ARIA)や液体シフト(脳脊髄液動態への影響)に関連する可能性が高く,真の萎縮ではなく,「偽萎縮」と呼ぶのが適切であると述べています.つまりこれらの脳体積変化は治療効果の一部だということです.

しかし著者らも述べていますが,この脳萎縮が真に「安全」かつ「治療効果の一部」と言えるかについては,長期的なデータが不足しています.議論された臨床試験は18〜24か月程度の観察に留まっており,脳萎縮を呈した患者の認知機能の長期フォローアップが必要だと思います.また個々の症例データが議論されていない点も問題で,ApoE遺伝子多型やARIA,さらにドナネマブで報告されている24週の時点のNfLの一過性増加(=神経軸索の損傷)などと脳萎縮の関連を検討する必要があると思います.

私の感想をまとめると,興味深い「personal view」とは思いますが,現時点で「脳萎縮は安全」と結論づけるにはデータが不十分で,長期試験や個々の患者レベルのデータ解析が必要だと思います.今後の臨床試験や症例報告にて,脳の体積変化に注目することが重要だと思います.最後にもう1点,この論文の利益相反(COI)ですが,7名の著者中,Biogenの記載があるのが5名,Eisaiが4名,Lillyが3名です(いずれともCOIがない著者は2名).論文の透明性が確保されているわけですが,最終的にはこの情報をもとに読者が批判的に論文を評価することが求められます.
Belder CRS, et al. Brain volume change following anti-amyloid β immunotherapy for Alzheimer's disease: amyloid-removal-related pseudo-atrophy. Lancet Neurol. 2024 Oct;23(10):1025-1034.(doi.org/10.1016/S1474-4422(24)00335-1

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オリーブオイル摂取を増やし,マヨネーズをオリーブオイルに換えると認知症を予防できそう!

2024年12月08日 | 認知症
アメリカのハーバード大学を中心とする研究チームによる大規模なコホート研究が,JAMA Network Open誌に掲載されています.この研究では,認知症予防に有効らしいとされてきた地中海式食事(野菜や果物,全粒雑穀類,豆類,オリーブオイル,適量のワイン等;図1)のなかでオリーブオイルに着目し,米国成人において認知症予防に有効かを検討しています.具体的にはオリーブオイル摂取量が,認知症関連の死亡リスクを減少させるかを調べています.またマーガリンやマヨネーズ,バター,植物油といった他の脂質をオリーブオイルに置き換えることで,死亡リスクに変化が生じるかも評価しています.



方法としては,なんと28年間にわたり医療従事者を対象に実施された「看護師健康調査(NHS)」と「医療従事者追跡調査(HPFS)」のデータを用いています.対象は1990年時点で心血管疾患やがんを持たない9万2383人で,4年ごとに行われた食品摂取頻度アンケートを基にオリーブオイル摂取量を推定しました.摂取量は「月1回未満,0〜4.5g/日,4.5〜7g/日,7g/日以上」の4つのカテゴリーに分類し,認知症関連死亡リスクとの関連を分析しています.食事の質は,地中海式食事スコア(AMEDスコア)およびAlternative Healthy Eating Index(AHEI)で評価しました.

さて結果ですが,1日7g以上のオリーブオイルを摂取する群は,月1回未満の群と比較して認知症関連死亡リスクが28%も低いことが示されました(ハザード比[HR] 0.72, 95%信頼区間0.64-0.81, 図2).この効果は,遺伝要因であるAPOE ε4遺伝子や食事の質(AMEDスコアおよびAHEI)で調整した後でも認められました.ただし性差では,女性でこのリスク低下の効果が顕著であったのに対し(HR 0.67),男性では0.87で有意差は認められませんでした(残念).

さらに,マーガリンやマヨネーズを1日5 gのオリーブオイルに置き換えた場合,認知症関連死亡リスクがそれぞれ8%(HR 0.92, 95% CI 0.88-0.96)および14%(HR 0.86, 95% CI 0.80-0.93)低下しました(図3).しかし,バターや他の植物油(大豆油,菜種油など)と置換しても効果は認められませんでした.



以上より,オリーブオイルの摂取を増やし,マーガリンやマヨネーズをオリーブオイルに置換することで認知症予防につながる可能性があるようです.オリーブオイルにはモノ不飽和脂肪酸や抗酸化物質(ビタミンE,ポリフェノール)が含まれ,これらが抗炎症作用や神経保護作用を通じて認知症リスクを低減している可能性があります.研究の限界としては,観察研究であるため因果関係の確定ができない点や,対象者が医療従事者のみであった点が挙げられると思われます.またオリーブオイルの種類(エクストラバージン,バージン,ピュア,精製)による違いは分かりません.しかし,28年という長期の追跡期間と大規模なデータを用いている点はこの研究の強みと思います.

おそらく高品質のエクストラバージンオイルを,1日7g以上を目安に取ると良いように思います.大さじ1杯(約13.5g),小さじ1杯(約4.5g)なので,小さじ1杯半程度になります.サラダ1人分に小さじ1~2杯をかけたり,フランスパンにつけたり,パスタやスープに小さじ1杯をかけるという感じかと思います.女性で効果が顕著ですが,私も試してみようと思います.
Tessier AJ, et al. Consumption of Olive Oil and Diet Quality and Risk of Dementia-Related Death. JAMA Network Open. 2024;7(5):e2410021.(doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2024.10021

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アミロイドβ抗体ガンテネルマブにおける副作用ARIAの危険因子はAPOE遺伝子に加え,大脳白質病変,アミロイドβ病理の重症度なども関与する

2024年11月21日 | 認知症
JAMA Neurology誌の最新号に,アミロイドβ(Aβ)抗体ガンテネラムブを用いた臨床試験(GRADUATE I/II試験)において認められた副作用,アミロイド関連画像異常(ARIA)の特徴や危険因子を詳細に検討した研究が報告されました.世界30カ国288施設のデータをもとに解析しています.

対象は50歳から90歳までの早期アルツハイマー病患者1939名で,ガンテネラムブまたは偽薬を116週間投与されました.さらに希望者には追加治療(PostGraduate試験)が行われました.治療中は定期的に頭部MRIが実施され,ARIAの発生状況がモニタリングされました.

結果として,ガンテネラムブを投与された患者の24.9%がARIA-E(浮腫)を発症し,その多くが治療開始後64週以内に発生していました.うち約20%が中枢神経系症状(頭痛やめまいなど)を認めました.

APOE ε4遺伝子はホモ接合体(2コピー保持)ではリスクが顕著に上昇しました(ハザード比4.65).ホモ接合体ではARIA-Eに加え,ARIA-H(出血)リスクも高い結果でした.ヘテロ接合体(1コピー保有)でもリスクは上昇しました(ハザード比2.0).またFazekasスコア(大脳白質病変の指標)が高い場合(ハザード比1.65)や,Aβ関連病理の重症度を反映する脳脊髄液中Aβ42濃度が低い場合(ハザード比0.40)もARIA-Eのリスクが上昇しました.さらに脳表ヘモジデリン沈着症や微小出血もARIA-Eの発生リスクと関連していました.



またARIAを呈した群とARIAを呈さなかった群の間で,試験終了時点(116週目)における認知機能スコアやADLの変化に有意差はありませんでした.ただし重症ARIA-E(中枢神経症状を伴うARIA-E)の場合,個々のケースでは認知機能の低下が認められました.

以上より,本研究はAβ抗体療法の開始前に,ARIAリスクを個々の症例で評価し,安全モニタリング計画を立てる重要性を示唆しています.MRIの微小出血,脳表ヘモジデリン沈着症に加え,大脳白質病変(これは恐らく血管のアミロイド沈着による虚血性?変化を反映する)や脳脊髄液中Aβ42の低下の程度を加味する必要があるかもしれません.他の抗体にも当てはまりそうですが,絶対ではありませんので,それぞれの抗体薬で検証する必要はあると思います.
Salloway S, et al. Amyloid-Related Imaging Abnormalities in Clinical Trials of Gantenerumab in Early Alzheimer Disease. JAMA Neurol. 2024 Nov 18:e243937.(doi.org/10.1001/jamaneurol.2024.3937

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認知機能が正常で,アルツハイマー病バイオマーカー陽性の人々への診断は慎重であるべきである!

2024年11月03日 | 認知症
JAMA Neurologyの最新号にアルツハイマー病(AD)の診断と定義に関する重要な議論が掲載されています.著者の国際作業グループ(IWG)は多くの大学や医療機関に所属する専門家たちで構成されたものですが,アルツハイマー協会(AA)により提唱された最新のAD診断基準について見直しを求めています.

2018年以降,ADはバイオマーカー(アミロイドやタウ)に基づいて定義される動きが加速しています.特に,AAによる新しい基準は,認知機能が正常であっても,アミロイドβやタウタンパクに関するバイオマーカーが陽性であればADと診断することを提案しています.これに対し,IWGは,ADを純粋に「生物学的概念(biological entity)」として扱うことの臨床的・社会的影響についての懸念を表明し,ADを「臨床-生物学的構造(clinical-biological construct)」として再定義する必要性を強調しています.つまりこの論文では,バイオマーカーはADの早期診断や研究において重要であるものの,「これらのバイオマーカーのみでADを診断することは危険を伴う」という立場を取っています.バイオマーカーは「病理的過程の指標」としての役割を果たすものであり,疾患そのものを決定づけるものではないという立場です.

要点は以下の3点です.
1.認知症がなく,ADバイオマーカーのみが陽性の認知機能が正常な人に対し,ADと診断することは慎重であるべき.
2.これらの人々は「ADリスク状態」とみなすべきであり,病気そのものと診断することは不適切である.
3.ADの診断は臨床症状とバイオマーカーの組み合わせに基づくべきで,認知機能障害が伴わない限り診断を行わないようにすべきである.


1の「認知機能が正常でADバイオマーカー陽性の人々への診断は慎重であるべき」については,研究においてはバイオマーカーの有用性が高く評価されているものの,臨床現場ではその限界が明白と述べています.実際,認知機能が正常な人がバイオマーカー陽性であっても,その多くはADの症状を生涯にわたって発症しないことが知られています.このため,IWGは2の「認知機能が正常なバイオマーカー陽性者をADリスク状態として扱うべき」としています.これにより,不要な心理的負担や社会的影響を避けることができます.

またIWGは,3の「ADを診断する際にバイオマーカーだけでなく臨床症状も考慮する必要がある」と提案しています.これにより,ADの診断が臨床症状と生物学的根拠の両方に基づいた,より正確で包括的なものとなるという立場です.さらにIWGは,認知機能が正常な人に対するバイオマーカー検査は研究目的でのみ行うべきとし,診断目的では避けるべきだと述べています.これにより,診断の不確実性を低減し,患者や社会に対する不要な不安を回避することができるとしています.



個人的な意見はIWGの立場に賛成です.AD治療薬を開発する立場の人の一部は,生物学的な定義により治療の可能性をどんどん追求しようと考えると思います.しかし実際の臨床になると上述したような問題が生じ,倫理的配慮が必要で,そう簡単には行かないです.研究者,医療関係者のみでなく,倫理学者などの他領域の専門家,患者・家族などさまざまなステークホルダーがこの問題に関して議論することが必要だと思います.今後,臨床症状とバイオマーカーのバランスを取った新しい診断ガイドラインの策定をすること,そして認知機能が正常でバイオマーカー陽性の人々が将来どの程度ADを発症するのかを明確にするための長期的なコホート研究を行うこと,そして患者と医療者に対する十分な教育とガイダンスの提供が求められるように思います.

Dubois B, et al. Alzheimer Disease as a Clinical-Biological Construct-An International Working Group Recommendation. JAMA Neurol. 2024 Nov 1. doi:10.1001/jamaneurol.2024.3770.


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アルツハイマー病におけるアミロイドβ抗体薬は,背景死亡率に対し2.6~3.9倍,死亡リスクを増加させる!

2024年10月25日 | 認知症
アルツハイマー病(AD)の病態修飾薬であるアミロイドβ抗体薬(レカネマブ,アデュカヌマブ)に関する新たな報告がプレプリント(未査読)論文として発表されました.シンシナチ大学のEspay教授らによる報告です.この研究は,アメリカのFDA(食品医薬品局)の副作用報告システム(FAERS)のデータに基づき,これらの抗体薬を使用したAD患者の死亡率が,一般的なAD患者,もしくはこれらの抗体薬の臨床試験の患者と比較してどの程度異なるかを評価したものです.つまり,これらの抗体薬のリアルワールド(日常の臨床現場)での死亡率が,臨床試験およびFAERSで報告された年齢範囲(75~84歳)の一般的なAD患者の死亡率(背景死亡率)を上回るかどうかを評価しています.背景死亡率は2020年の75〜84歳のAD患者の死亡率である100,000人あたり229.3人を基準にしています.

さて結果ですが,FAERSデータにおいて,レカネマブで25人,アデュカヌマブで27人の死亡が報告されていました.エーザイとバイオジェンは正確な処方数を開示しておらず,治療された正確な患者数が不明であるため,患者数を2,000人から10,000人の範囲に仮定し,以下の解析をしました.

まず図1ですが,リアルワールドで,レカネマブ(相対リスク[RR] = 2.6; 95%信頼区間[CI]: 1.4-3.8)およびアデュカヌマブ(RR = 3.9; 95% CI: 1.4-6.5)により治療した患者の死亡率は,背景死亡率,そしてレカネマブ(RR = 1.87; 95% CI: 1.1-2.6),アデュカヌマブ(RR = 2.7; 95% CI: 1.7-3.7)の臨床試験での死亡率と比較して高いことが分かりました(図1).



つぎに図2は,10,000人あたりの抗体薬による過剰死亡率を示しています.過剰死亡率とは,背景死亡率と比較して,レカネマブやアデュカヌマブを使用したことで生じた追加の死亡を意味します.上述したように実際に投与された患者数が不明であるため,2,000人から10,000人の範囲を仮定し,それぞれの値の過剰死亡率が示されています(投与人数の分母が大きくなるにつれ過剰死亡率は低下します).そしてレカネマブを最大の10,000人に投与したとしても,死亡率の増加を認めました.具体的にはレカネマブでは10,000人あたり21人の過剰死亡が推定され,アデュカヌマブでも41人の過剰死亡が推定されていました.死亡率相対リスク(RR)も示されていますが,背景死亡率に対してレカネマブ使用者は2.6倍,アデュカヌマブ使用者は3.9倍の死亡リスクがあることが示されています.



著者がDiscussionで述べていることは以下のとおりです.①FAERSは任意登録システムであることから,上述の死亡率の推定値は過小評価している可能性があること.それでもレカネマブを最大の10,000人に投与したとしても死亡率の増加を認めたことは重要な意味を持つ.最近,欧州医薬品庁(EMA)およびオーストラリア政府の治療用品局(TGA)は「安全リスクを上回る臨床的な利益が認められない」として,レカネマブ不承認の判断を下しているが,上記の結果はこれらの決定を後押しする.②これらのデータを,インフォームドコンセントの際に患者,家族に提示すべきであること.これらの情報は弱い立場にあるAD患者を守るためにとても大切である.いずれの主張も納得できるものです.

個人的に思ったのは,AD患者の一部にはアミロイドβ抗体薬により最悪の転帰を示す一群が存在するということなのだと思います.それは恐らく,抗体薬により脳血管の破綻や,脳血管における炎症が強く生じる一群だと思います.この抗体薬を臨床応用するのであれば,その一群を使用開始前に全力で探す必要があります.企業は,今回の研究の限界となっている投与症例数のデータだけでなく,リアルワールド死亡例の臨床的特徴(MRI所見およびApoE遺伝子検査など)を速やかに公開する必要があると思います.

Dwivedi AK et al. Excess Mortality in Alzheimer’s Patients on Anti-Aβ Monoclonal Antibodies. Research Square. https://doi.org/10.21203/rs.3.rs-5282702/v1



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てんかん発作がアルツハイマー病の進行を促進する!? ―焦点とタウ病理の非対称性―

2024年10月24日 | 認知症
アルツハイマー病(AD)は,健康な高齢者に比べててんかん発症のリスクが2〜3倍高く,特に焦点発作(部分発作)の発症はADの進行と関連している可能性が指摘されています.しかし,ADにおける焦点発作とタウ・アミロイドβの蓄積との関連についてはよく分かっていませんでした.Neurology誌にマサチューセッツ総合病院(MGH)から,焦点発作を認めたAD患者(AD-Ep)において,焦点とタウ・アミロイドβの蓄積,および脳の萎縮の関連を検討した研究が報告されました.

対象は8名のAD-Ep患者で,タウおよびアミロイドPETイメージングと頭部MRIを実施し,てんかん発作の焦点のある半球でのタウやアミロイドβの蓄積について検討しています.てんかん発作を認めないAD患者群(AD-NoEp)14名も検討しています.この結果,AD-NoEp群と比較して、AD-Ep群ではタウの非対称性蓄積が顕著であり,特に焦点が存在する半球側にタウの蓄積が強く認められました(前頭葉,側頭葉外側,頭頂葉外側+内側に強く蓄積).また,アミロイドβの蓄積や脳萎縮も,焦点が存在する側に強い非対称性がありましたが,タウの非対称性ほど顕著ではありませんでした.図1の白い矢印は,焦点が存在する側においてタウ・アミロイドβの蓄積が多い領域を示します.黄色い矢印は,焦点の反対側に蓄積が見られた領域を示しています(つまり例外もある).



著者らは,焦点発作を伴うAD患者が一般的なADとは異なる病理的特徴を呈すると指摘しています. AD-Ep患者におけるタウの非対称性が顕著であることから,焦点発作がADの進行に影響を及ぼす可能性を指摘しています.つまり焦点発作=神経ネットワークの過剰な興奮(hyperexcitability)が片側の病理変化を助長し,ADの進行を早めると考えられ,ADの新たな治療につながる可能性があると述べています.

ただあくまでも観察的研究であり,てんかんがADの病理変化を引き起こすのか,それとも既存の病理がてんかんを引き起こすのかについては結論が出せないとも言っています.私も同感で,結論を出すには今後,縦断的研究が必要になると思います.

Lam AD, et al. Association of Seizure Foci and Location of Tau and Amyloid Deposition and Brain Atrophy in Patients With Alzheimer Disease and Seizures. Neurology. 2024 Nov 12;103(9):e209920.(doi.org/10.1212/WNL.0000000000209920

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