学生や神経内科学をはじめて学びにきた前期研修医の質問には時々答えにつまることがある.たとえば「ミオトニアは不随意運動ですか?」「retropulsionはどうなったら陽性なんですか?」という具合だ.前者は誘発して起こる現象だし,「神経症候学(平山)」の不随意運動の部分にも記載がないので不随意運動ではないのだと思うが,後者の質問についてはちょっとうまく答えられなかった.
パーキンソン病の重症度の指標であるUPDRSを取られる方はご存じだと思うが,retropulsionはその中の評価項目の一つでもある.Retropulsionを評価するためには,患者さんの後ろに立ち,肩を後方に引き,姿勢反射障害の有無をチェックする.これがpull testと呼ばれる試験であるが,この試験に関するhistorical reviewを見つけたので紹介したい.
まずパーキンソン病における姿勢反射障害の歴史について述べてあり,その記載はRomberg(1853年)の時代にまで遡るそうだ.1880年代に入りCharcotが患者の洋服を引っ張り,姿勢反射障害を評価するようになり,時を経て1960年代になりHoenとYahrが患者の胸骨を押して評価する方法を始める(push testという;危険なので避けるべき).最終的に1980年代に入り,パーキンソン病界の大御所Stanley Fahnがpull testの形にまとめ,1987年にはUPDRSのitem 30にpostural instabilityとして取り込んだ.
次にreviewの著者は,1991年の国際学会でmovement disorderの専門医27人にpull testに関する質問を行った結果を記載している.それによるとpull testの方法や評価方法は案外まちまちであることが分かる.例えば,うち1名ではまだpush testを行っていたり,患者と検者の距離が近かったり離れていたり,患者が引かれる強さがばらばらであったりしたそうだ.使用目的についてはパーキンソン病のstagingのほか,ハンチントン病やdopa-responsive dystonia,atypical parkinsonism(PSP)の診断に使っているという答えがあった.また引っ張られたあと,後方へ何歩,足が出た場合,姿勢反射障害陽性とするかについては,1歩でも動いたら陽性が4人,2歩以上で陽性が14人,3歩以上で陽性が6名とばらばらであった!(おそらく何歩足が出て,自分で立ち直れたと正確に記載しておくことのほうが重要なのだろう)
ではどのようにこの検査を行えばよいか?UPDRSにおけるpull testについては以下のように推奨されている(Neurology 62; 125-127, 2004も参照).
1. 検査の前に患者さんに後方に引っ張ることを説明すること
2. そして患者自身が倒れないように努力し,必要があれば後方に足を出しても良いことを説明すること
3. 実際に評価する前に,少なくとも一度は練習をさせてみること
4. 患者は直立し,前屈みにはならず,また歩幅は適度に離しておくこと
5. 素早く強く引っ張ること(日本語訳が難しいが,briskly and forcefullyと言っている)
6. 検者は患者を受け止める用意をするが,少なくとも3歩患者が足を出せる距離を保つこと
7. もし患者さんが自分よりも大きい場合には検者の背後にさらにサポートする人についてもらうこと
実際の評価方法は,UPDRSに倣って,以下のように記載すればよい.
0. 正常
1. 後方突進あるが,自分で立ち直れる.(注;ここで何歩という記載をすればよい)
2. 姿勢反射がおきない.検者が支えなければ倒れてしまう.
3. きわめて不安定.自然にバランスを失う.
4. 介助なしでは立てない.
このhistorical reviewはMov Disord (2006)のものだが,嬉しいことにDVDも付いていて,Fahn自身による解説とpull test実演を見ることができるので一度ご覧いただきたい.パーキンソン病における転倒のしやすさは,もちろん姿勢反射障害のみによるものではなく,pull testのみでその予測ができるわけではないが,pull testは簡単に行える試験だし,もしretropulsionが陽性であれば生活指導,たとえばドアを引いて開けるときや,引き出しを引いて開けるときには後方への転倒に気をつけるように本人・家族に指導することもできる.
さあ明日は学生さんと一緒にpull testに再挑戦だ.(pull testについてご意見などあればぜひ教えてください)
Move Disord 21; 894-899, 2006
Neurology 62; 125-127, 2004
パーキンソン病の重症度の指標であるUPDRSを取られる方はご存じだと思うが,retropulsionはその中の評価項目の一つでもある.Retropulsionを評価するためには,患者さんの後ろに立ち,肩を後方に引き,姿勢反射障害の有無をチェックする.これがpull testと呼ばれる試験であるが,この試験に関するhistorical reviewを見つけたので紹介したい.
まずパーキンソン病における姿勢反射障害の歴史について述べてあり,その記載はRomberg(1853年)の時代にまで遡るそうだ.1880年代に入りCharcotが患者の洋服を引っ張り,姿勢反射障害を評価するようになり,時を経て1960年代になりHoenとYahrが患者の胸骨を押して評価する方法を始める(push testという;危険なので避けるべき).最終的に1980年代に入り,パーキンソン病界の大御所Stanley Fahnがpull testの形にまとめ,1987年にはUPDRSのitem 30にpostural instabilityとして取り込んだ.
次にreviewの著者は,1991年の国際学会でmovement disorderの専門医27人にpull testに関する質問を行った結果を記載している.それによるとpull testの方法や評価方法は案外まちまちであることが分かる.例えば,うち1名ではまだpush testを行っていたり,患者と検者の距離が近かったり離れていたり,患者が引かれる強さがばらばらであったりしたそうだ.使用目的についてはパーキンソン病のstagingのほか,ハンチントン病やdopa-responsive dystonia,atypical parkinsonism(PSP)の診断に使っているという答えがあった.また引っ張られたあと,後方へ何歩,足が出た場合,姿勢反射障害陽性とするかについては,1歩でも動いたら陽性が4人,2歩以上で陽性が14人,3歩以上で陽性が6名とばらばらであった!(おそらく何歩足が出て,自分で立ち直れたと正確に記載しておくことのほうが重要なのだろう)
ではどのようにこの検査を行えばよいか?UPDRSにおけるpull testについては以下のように推奨されている(Neurology 62; 125-127, 2004も参照).
1. 検査の前に患者さんに後方に引っ張ることを説明すること
2. そして患者自身が倒れないように努力し,必要があれば後方に足を出しても良いことを説明すること
3. 実際に評価する前に,少なくとも一度は練習をさせてみること
4. 患者は直立し,前屈みにはならず,また歩幅は適度に離しておくこと
5. 素早く強く引っ張ること(日本語訳が難しいが,briskly and forcefullyと言っている)
6. 検者は患者を受け止める用意をするが,少なくとも3歩患者が足を出せる距離を保つこと
7. もし患者さんが自分よりも大きい場合には検者の背後にさらにサポートする人についてもらうこと
実際の評価方法は,UPDRSに倣って,以下のように記載すればよい.
0. 正常
1. 後方突進あるが,自分で立ち直れる.(注;ここで何歩という記載をすればよい)
2. 姿勢反射がおきない.検者が支えなければ倒れてしまう.
3. きわめて不安定.自然にバランスを失う.
4. 介助なしでは立てない.
このhistorical reviewはMov Disord (2006)のものだが,嬉しいことにDVDも付いていて,Fahn自身による解説とpull test実演を見ることができるので一度ご覧いただきたい.パーキンソン病における転倒のしやすさは,もちろん姿勢反射障害のみによるものではなく,pull testのみでその予測ができるわけではないが,pull testは簡単に行える試験だし,もしretropulsionが陽性であれば生活指導,たとえばドアを引いて開けるときや,引き出しを引いて開けるときには後方への転倒に気をつけるように本人・家族に指導することもできる.
さあ明日は学生さんと一緒にpull testに再挑戦だ.(pull testについてご意見などあればぜひ教えてください)
Move Disord 21; 894-899, 2006
Neurology 62; 125-127, 2004