Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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なぜ加齢によりぐっすり眠れなくなるか? ―新しい認知症予防薬へ―

2022年02月28日 | 睡眠に伴う疾患
私は日本睡眠学会の専門医ですが,父から「親の不眠も治せないのに専門医とは・・・」と言われています.私は苦笑しながら「加齢により誰もが睡眠の質は低下するので,目が覚めるのは仕方がないのですよ」と言い訳をします.事実,この「睡眠の断片化」と呼ばれる現象は,種を超えて加齢で観察されます.しかしそのメカニズムはよく分かっておりません.

今回,スタンフォード大学から,視床下部の一部の神経細胞によって生成され,覚醒のために重要な役割を果たすヒポクレチン(別名オレキシン)に注目した画期的な研究がScience誌に報告されました.ちなみにこのヒポクレチンの分泌は日内変動し,哺乳類では日中で高く(よって覚醒する),夜間に低下します(よって眠くなる).またヒポクレチンが欠損する疾患が,過眠症を呈するナルコレプシー(Ⅰ型)です.

研究チームは,若齢と老齢マウスを選び,光遺伝学的手法を用いて,老齢マウスのヒポクレチン神経細胞は,若齢マウスと比べて約38%減少していることを確認しました.つぎに残存するヒポクレチン神経細胞は刺激に対してより感受性が高く,膜電位が脱分極し,過興奮性であることを明らかにしました.つまり神経細胞が頻繁に発火して,覚醒発作を引き起こすわけです.この機序を解明するため,細胞機能に重要な生物学的スイッチである電位依存性カリウムチャネルに着目しました.そして老齢ヒポクレチン神経細胞は,KCNQ2/3チャネルを介した再分極M電流の障害を認め,さらにKCNQ2チャネルの喪失が起きていました.単一核RNA-seq解析により,老齢ヒポクレチン神経細胞では前駆体prepro-Hcrt mRNAの転写が亢進し,さらにKCNQ2ファミリーサブタイプKCNQ2-1/2/3/5の割合が減少していることが分かりました.以上より,加齢により,再分極に関わる電位依存性カリウムチャネルが減少した結果,ヒポクレチン神経細胞の過興奮性が生じて,睡眠から覚醒への移行閾値を下げて「睡眠の断片化」が生じているものと考えられました.

この理解が正しいか検証するため,若齢マウスのヒポクレチン神経細胞におけるKCNQ2/3遺伝子を選択的にノックアウトすると睡眠断片化が引き起こされました.さらに若齢マウスにKCNQ2/3阻害剤を投与すると睡眠が断片化し,覚醒時間が延長しました.逆に老齢マウスにKCNQ選択的活性化剤(フルピルティン)を投与すると睡眠の質が改善し,さらに認知機能も改善しました!

本研究は加齢による睡眠の断片化のメカニズムを明らかにし,まったく新しい睡眠薬の開発につながるものです.そして不眠症は認知症の重要な危険因子ですので,KCNQ2/3チャネルを標的とする治療薬は高齢者の睡眠の質を改善するだけでなく,認知症の新たな予防薬となる可能性があります.臨床応用は極めて大きなインパクトをもたらすものと期待されます.

Li SB, et al. Hyperexcitable arousal circuits drive sleep instability during aging. Science. 2022 Feb 25;375(6583):eabh3021.




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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(2月26日)  

2022年02月26日 | 医学と医療
今回のキーワードは,COVIDワクチン4回目の接種で,オミクロン感染に対してはわずかなブーストしか得られない,オミクロン株に対するT細胞応答は,8割の感染者およびワクチン接種者で維持される,BA.2系統の重症度はBA.1系統と同程度である,65歳以上においてCOVID-19診断後の最初の3日間は急性虚血性脳卒中のリスクが10倍増加する,COVID-19生存者ではさまざまな精神疾患の発症リスクが高い,です.

今回は最初の2つの論文で,オミクロン株に対するmRNAワクチンの限界が示されています.ひとつめの論文では3回目のワクチン接種は中和抗体反応を高めるため重要であるものの,それ以上回数を増やしても限度があり,いつまでも高め続けることはできない可能性を議論しています.2つめの論文は,mRNAワクチンはT細胞応答を介する防御機構をもたらしますが,オミクロン株に対しては維持されているものの,一部の個体では低下していることが示されました.以上を踏まえると,オミクロン株のような新たな変異株に対する次世代ワクチンの開発が必要な状況になってきました.さいわいBA2系統(ステルスオミクロン)の重症度はBA1系統と同等のようですが,次世代ワクチンが登場するまでは,感染拡大を極力抑えてより深刻な変異株の誕生を防ぐ必要性を感じます.

◆COVIDワクチン4回目の接種で,オミクロン感染に対してはわずかなブーストしか得られない.
Nature誌のNEWS欄で,イスラエルのプレプリント論文(doi.org/10.1101/2022.02.15.22270948)を議論している.mRNAワクチンの銘柄に関係なく,4回目の接種で,中和抗体のレベルは上昇するものの,そのレベルは3回目の接種直後に観察されたレベルを上回らず,ワクチンが上限に達したことが示唆された(図1).つまり現在のmRNAワクチンは3回目の接種で「免疫力の上限」に達し,いつまでも抗体反応を高め続けることはできないと考えられた.言い換えると,4回以上の接種は,おそらく時間の経過とともに失われる免疫力を回復させるだけと言える.また4回目の接種を行っても,軽症または無症状のオミクロン感染症の予防効果が低いこと,およびブレークスルー感染者でもウイルス量が多く感染力が高いことから,次世代ワクチン開発の緊急性が高まっていると述べている.以上より,3回目のブースター接種はきわめて重要であるが,若くて健康で危険因子がない人では,4回目接種の効果が乏しい可能性がある.しかし重症化するリスクの高い人たちにとって有益である可能性があり,イスラエル,チリ,スウェーデンなどいくつかの国では,高齢者などに4回目接種を行っている.ただし,この試験はサンプル数が少なく,不確実性が大きい可能性も指摘されている.
Nature. Feb 23, 2022(https://www.nature.com/articles/d41586-022-00486-9)



◆オミクロン株に対するT細胞応答は,8割の感染者およびワクチン接種者で維持される.
オミクロン株は抗体反応から逃れることができる変異を有するが,スパイクおよび非スパイクタンパク質における変異がどの程度T細胞の認識に影響するかは不明である.先行感染,ワクチン接種,およびブースター接種を受けた個体のT細胞応答について検討した研究が報告された.この結果,オミクロン株に対するT細胞応答は,ほとんどの感染者およびワクチン接種者で維持されていた.しかしオミクロン株スパイクに対するT細胞反応性が50%以上低下している個体が約21%同定された(デルタ株の場合よりも高い頻度).機能的なCD4+およびCD8+メモリーT細胞応答について検討したところ,このオミクロン株スパイクに対する認識の低下は主にCD8+T細胞で観察され,HLAクラスI制限エピトープから逃れるものと考えられた.一方,ブースター接種は,オミクロン株スパイクに対するT細胞応答を増強した(ただし9%の個体でT細胞反応性は低下していた).以上より,中和抗体とは対照的に,オミクロン株スパイクに対するT細胞応答は維持されていることが示唆された.しかし一部の個体ではブースター接種も含め,反応性が低下していた.
Cell. 2022 Feb 3:S0092-8674(22)00140-4(doi.org/10.1016/j.cell.2022.01.029)

◆BA.2系統の重症度はBA.1系統と同程度である.
オミクロン株BA.1系統は,デルタ株と比較して,入院や重症化のリスクが低いことが示されている.一方,BA.2系統が世界各地で増加している.BA.2はBA.1と比較して,より感染しやすく,より重症化しやすいとの報道がある.今回,プレプリント論文ではあるが,南アフリカにおけるBA.1とBA.2の重症度を比較した研究が報告された.2021年第49週(12月5日)から2022年第4週(1月29日)にかけて,BA.2感染者の割合は,3%(931/3万1271人)から80%(2425/3031人)に増加していた.2022年第2~3週で,BA.2が優勢に置き換わった(図2).また入院率はBA.2で3.6%,BA.1で3.4%,入院のオッズは両者で差がなかった(調整オッズ比(aOR)0.96).入院した患者において,重症化に関連する因子を調整した後,重症化のオッズを調べると,両者で差がなかった(aOR 0.91).以上より,BA.2はBA.1よりも優勢となりうるが,重症化については同程度であることが示唆された.
MedRxiv . Feb 19, 2022(doi.org/10.1101/2022.02.17.22271030)



◆65歳以上において,COVID-19診断後の最初の3日間は急性虚血性脳卒中のリスクが10倍増加する.
米国からCOVID-19と急性虚血性脳卒中(AIS)のリスクとの関連を検討した研究が報告された.2020年4月から2021年2月までにCOVID-19と診断され,2019年1月から2021年2月までにAISで入院した65歳以上の健康保険プログラム・メディケアのfee-for-service(診療ごとの個別支払い)を行う3万7379人を対象とした.COVID-19の診断時年齢の中央値は80.4歳(四分位範囲73.5-87.1歳),女性が56.7%であった.感染曝露日(day = 0)のAISをリスク期間に含めると,COVID-19診断後0~3日,4~7日,8~14日,15~28日の感染群と非感染群の疾病発生率の比(incidence rate ratio;IRR)は,10.3,1.61,1.44,1.09であった(図3).脳卒中の既往がない人や若い人ほど関連が強かったが,性別や人種・民族を問わず,ほぼ一貫していた.
Neurology. Feb 3, 2022(doi.org/10.1212/WNL.0000000000013184)



◆COVID-19生存者ではさまざまな精神疾患の発症リスクが高い.
米国からCOVID-19生存者における精神疾患の発症リスクを推定したコホート研究が報告された.感染後30日間を生き延びた15万3848人のCOVID-19群と,2つの対照群,すなわち感染なしの対照群(563万7 840人),ないしパンデミック前の歴史的対照群(585万9 251人)を比較した.主要評価項目は1年後の1000人当たりのハザード比および絶対リスク差とした.結果は,COVID-19群は,不安障害(ハザード比1.35,リスク差11.06/1000人・年),うつ病(同1.39,15.12),ストレス・適応障害(同1.38,13.29),抗うつ薬の使用(同1.55,21.59),ベンゾジアゼピンの使用(同1.65,10.46)のリスクを増加させた(図4).オピオイド,薬物乱用も増加した.また,COVID-19群では,認知機能低下(1.80,10.75)や睡眠障害(1.41,23.80)の発症リスクも高くなった.精神科での診断や処方を受けるリスクも増加した(1.60,64.38).歴史的対照群を用いても同様の結果であった.以上より,COVID-19生存者ではさまざまな精神疾患の発症リスクが高く,優先的な取り組みが求められる.
BMJ 2022;376:e068993(doi.org/10.1136/bmj-2021-068993)



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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(2月19日)  

2022年02月19日 | 医学と医療
今回のキーワードは,オミクロン株では再感染が多い,誤情報・偽情報を主張する医師をめぐる米国の現状,です.

今週はNature誌とJAMA誌の論評が目に留まりました.前者は英国の検討で,オミクロン株は従来の変異株と異なり,再感染率が高いことを紹介しています.英国では新規感染者数がなかなか下がりきりませんが,その原因のひとつに再感染があるということです.南アフリカでは速やかにピークアウトしましたが,一時的なロックダウンが有効であったと考えられています.これに対し英国はコロナ規制を緩和・解除の方向ですので,再感染は増加するものと思われます.日本でも今後,再感染率に注目する必要があるように思います.

一方,後者では医師による誤情報・偽情報について議論しています.専門性の高い医師による誤情報・偽情報は言論の自由の範囲外の「過失」であり,「職業倫理に反する行為」と言えるという意見が紹介されています.本邦でも人々の健康の不利益に直結する医師の誤情報・偽情報は放置されていますので,真剣に議論する必要性を感じます.

FBで読みにくい方はブログ()をご覧ください.

◆オミクロン株では再感染が多い.
Nature誌のNEWS欄で,オミクロン株による再感染の問題が議論されている.英国保健安全局が収集したデータによると,イングランドでは65万人以上がおそらく2回感染しており,そのほとんどが過去2カ月間に再感染している.11月中旬以前は,COVID-19の報告例のうち再感染が占める割合は約1%であったが,現在は約10%に増加している.同局では,前回の感染から少なくとも3ヵ月後に感染した場合,その感染を「再感染の可能性」と見なしているが,それより早く再感染した症例もあるため,再感染率はさらに高くなるものと考えられる.これは従来の変異体では認めなかった特徴である.この原因として,オミクロン株は免疫防御機能を回避することができるため,ワクチン接種者や過去に感染した人々にも感染でき,感染者急増に拍車をかけていると考えられる.感染が今後どのように増加し,病院が対応できるかを評価するためには,再感染率を把握することが重要である.
Nature. Feb 16, 2022(doi.org/10.1038/d41586-022-00438-3)



◆誤情報・偽情報を主張する医師をめぐる米国の現状.
JAMA誌が医師による誤情報,偽情報に関する米国の現状を議論している.医師による誤情報,偽情報は昔からあったが,ソーシャルメディアの登場により,今回のパンデミックでは劇的に増加した.また政治的なアイデンティティーと絡み合っていることも特徴である.誤情報,偽情報を主張する医師は,科学者ではない人には説得力のある専門的な言葉で表現することが多い.なぜなら一般の人にはそれを否定する知識がないためである.

しかしこれらに対する苦情も増加している.昨年12月,米国の成人2200人を対象に行った世論調査では,78%がCOVID-19に関して誤情報,偽情報(例;ワクチン,マスク,イベルメクチンなど)を意図的に広めた医師は懲戒されるべきだと回答した.患者と医師の信頼を損ない,またワクチン接種拒否などに直結するため(*),人々の健康に直接影響を及ぼすという点で最も悪質である.医師会や専門委員会もこれらの医師の懲戒処分に同意している.
*ジョンズ・ホプキンス大学は,米国で200万~1200万人が,誤情報,偽情報のためにCOVID-19ワクチンを接種していないと推定している.

しかし実際に懲戒処分を受けた医師はほとんどいない.その理由として医師免許を停止・取り消しできるのは州の医療委員会であること,職業を規制する法律や規則に違反していないこと,医師は同僚を避難しにくいこと,そして医師の言論の自由が挙げられる.これに対し,デマを広める医師が懲戒処分を受けないことに対抗する非営利団体「No License for Disinformation」が設立された一方,医師免許を停止できる州の医療委員会の権限や委員会自体をなくそうとする政治的活動も起きている.また医師の言論の自由に関して,専門的な言論は同じく扱えないという意見がある.例えば脳腫瘍ではないのに脳腫瘍であると言った場合,それは言論の自由ではなく,過失である.一般的な医学的証拠に真っ向から反した発言をすることは,職業倫理に反する行為と言える.
JAMA. Feb 16, 2022.(doi.org/10.1001/jama.2022.1083)



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垂直方向性核上性注視麻痺を呈する疾患はPSPだけではない

2022年02月18日 | 医学と医療
カンファレンスでALSに合併した垂直方向性核上性注視麻痺が議論になりました.この所見は進行性核上性麻痺(PSP)の代名詞のようになっていますが,実はきわめて多くの疾患で認められます.図は下記のすぐれた総説に記載されていたものをまとめたものです.ただほとんどの疾患は,経過や神経症候からPSPと鑑別が可能です.

問題になるのは他のパーキンソン症候群に合併した場合です.この総説では,PSP以外の疾患の場合,早期から核上性注視麻痺が出現するわけではないと強調しています.例えば大脳皮質基底核症候群(CBS)を呈する典型的な大脳皮質基底核変性症(CBD)では,核上性注視麻痺は進行例の18~59%に認められますが,病初期ではより少なくなります.ちなみに臨床的にCBSを呈するPSPでは,核上性注視麻痺は病初期で20%,全経過で最大50%という報告があります.



Kassavetis P, et al. Eye Movement Disorders in Movement Disorders. Mov Disord Clin Pract. Jan 25, 2022

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死を望む人に対し医療者は何をすべきか ~難病の倫理的・法的・社会的課題(ELSI)~

2022年02月13日 | 脳血管障害
名古屋大学 勝野雅央教授に機会をいただき,標題のタイトルにて講義を行いました.ELSI(エルシーと読みます)とは,倫理的・法的・社会的課題(Ethical, Legal and Social Issues)の頭文字をとったものです.「新しい科学技術・医療技術を開発し,社会実装する際に生じうる,技術的課題以外の課題」を指します.

講義ではまず代表的な難病として,筋萎縮性側索硬化症(ALS)と多系統萎縮症(MSA)を取り上げ,その臨床倫理的問題について解説しました.神経難病において一番影響の大きかった科学技術の実装はなんといってもポータブル人工呼吸器ですが,まずその登場が疾患に及ぼした影響と倫理的問題を議論しました.その後,MSA患者において報道され,患者・家族・医療者に大きな衝撃を与えた医師介助自殺や,ALS患者における嘱託殺人といった事例を紹介し,死を望む人に対し医療者は何をすべきかについて考えました.ぜひご意見やご批判をいただければと思います.参考図書として,以下の本を紹介しました.

◆松田純.「安楽死・尊厳死の現在-最終段階の医療と自己決定 (中公新書)(https://amzn.to/3sziPxt)」
◆フーフェラント―自伝・医の倫理(北樹出版)(https://amzn.to/3HOXPJm)
◆レネー・C. フォックス.生命倫理をみつめて―医療社会学者の半世紀(みすず書房)(https://amzn.to/34QfnX4)
◆シェリー・ケーガン.「死」とは何か(文響社)(https://amzn.to/3LvwKxd)
◆神経倫理ハンドブック( Brain and NERVE 2020年7月号)(医学書院)(https://amzn.to/3HJFUnu)






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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(2月12日)

2022年02月12日 | 脳血管障害
今回のキーワードは,新規抗ウイルス薬パキロビッドは多くの併用薬剤に影響を与える,long COVIDの神経・精神症状の有病率は高く,とくに精神症状は時間の経過とともに増加する,11~17歳の青年においても感染3ヵ月後の評価でlong COVIDを認める,子供へのワクチン接種の推奨と,子供を対象とする臨床試験の実施が必要である,です.

一昨日,厚労省は,ファイザーの抗ウイルス薬パキロビッド(パクスロビド)を特例承認したと発表しました.軽症者向け内服薬の承認は,メルクの「モルヌピラビル」についで2つめです.日本でもすでに約4万人分が納入済みで,早ければ14日から医療現場に供給を始めると報道されています.ただし重要な問題があります.本剤(nirmatrelvir錠/リトナビル錠併用)は,リトナビルでCYP3Aにおける薬物代謝を阻害して薬剤の血中濃度を保つ薬剤であるため,CYP3Aで代謝される薬剤の血中濃度をほとんどの場合で上昇させます.代表的な薬剤はカルシウム拮抗薬,スタチンですが,とても多くの薬剤が影響を受けます.このため併用薬の確認は厳密に行う必要があります.

その他,今回ご紹介する論文はいずれもlong COVIDに関するものです.小児にもlong COVIDが生じる可能性を議論する論文が複数出ています(図1).とくにNature誌は,小児は重症化しにくいと言って,小児におけるワクチン接種を推進せず,感染拡大を容認する国々に対して厳しい批判を行っています.


◆long COVIDの神経・精神症状の有病率は高く,とくに精神症状は時間の経過とともに増加する.
成人のLong COVIDに関するメタ解析が報告された.発症後3~6か月(中期)および6か月以上(長期)で比較を行った.2020年1月~2021年8月に発表された1458論文のうち,19論文(患者数1万1324名)が対象になった.神経症状の有病率は,疲労37%,ブレイン・フォグ32%,記憶障害27%の順に多く,さらに注意障害22%,筋痛18%,嗅覚障害12%,味覚障害11%,頭痛10%と続いた.精神症状は睡眠障害31%,不安23%,抑うつ12%の順に多かった(図2).



また精神症状は,中期と長期の比較で,いずれも時間経過とともに有病率が大幅に増加した(図3).



入院した患者は,入院していない患者と比較して,感染後3カ月,またはそれ以上経過した時点で,嗅覚障害,不安,抑うつ,味覚障害,疲労,頭痛,筋痛,睡眠障害の有病率は減少した.しかし入院は記憶障害の頻度が高いことと関連した(オッズ比1.9).以上より,long COVIDの主要な神経症状は,疲労,認知障害(ブレイン・フォグ,記憶障害,注意障害),睡眠障害で,精神症状の頻度も高い.さらに経時的に増加する.これらを改善する治療を確立するためのランダム化比較試験が求められる.
J Neurol Sci. 2022 Jan 29;434:120162.(doi.org/10.1016/j.jns.2022.120162)

◆11~17歳の青年においても感染3ヵ月後の評価でlong COVIDを認める.
ロンドンから,非入院の青年におけるlong COVIDを検討したCLoCk研究が報告された.2021年1月から3月の間にPCR陽性となった11~17歳の青年で,質問表に回答した3065人と,陰性の3739人と比較した.それぞれ1084名(35.4%)および309名(8.3%)に症状があり,かつそれぞれ936名(30.5%)および231名(6.2%)が3つ以上の症状を有していた.3ヵ月後,陽性者のうち2038名(66.5%),陰性者のうち1993名(53.3%)が何らかの症状を呈し,また各群928名(30.3%)および603名(16.2%)に3つ以上の症状があった.陽性群で最も多かった症状は,疲労感(39.0%),頭痛(23.2%),息切れ(23.4%)で,陰性群では疲労感(24.4%),頭痛(14.2%),その他(15.8%)であった.PCR陽性群は,陰性群に比べて,長期にわたるCOVID症状を持つ確率が高く,3つ以上の症状を訴える割合が陽性群で29.6%,陰性群で19.3%であった(リスク比1.53).以上より11歳から17歳の青年でも,感染の3ヵ月後,long COVIDを呈する可能性が示された.
Lancet Child Adolesc Health. 2022 Feb 7:S2352-4642(22)00022-0.(doi.org/10.1016/S2352-4642(22)00022-0)

◆子供へのワクチン接種の推奨と,子供を対象とする臨床試験の実施が必要である.
Nature誌が子供のlong COVIDに関連する論評を発表した.まず上述のCLoCk研究を取り上げ,英国だけでも数万人の子どもや若者がlong COVIDに罹患する可能性を議論している.子供の感染が増えれば,子供のlong COVIDが増えるだけでなく,多くの人に感染が拡大することになる.よって子供たちの大半がワクチンを受けていない国において,子供は重症化しにくいからと言って感染拡大を容認することは,政府は責任を放棄していると言える.
また子供のlong COVIDの研究に関して,10代の子供を対象としたものは少なく,11歳以下の子供を対象としたものはさらに少ない.また現在進行中のCOVID-19関連の臨床試験のうち,10代や青年を対象としたものはない.これは医学界では一般的に認められる.大人が先に研究され,子供は後回しにされるのは,安全上の理由もあるが,治療を子供で試す前に大人で試すことができるためである.しかし,今後,臨床試験に若い世代を参加させる必要がある.もちろん,11歳以下の子どもたちのデータを得るのは難しく,また,保護者からのインフォームド・コンセントの取得といった課題もある.それでも,もしこのまま何もしなければ,long COVIDをきたす子どもたちは今後も増えつづけ,そして治療もなく取り残された存在になるであろう.
Nature. 2022 Feb;602(7896):183.(doi.org/10.1038/d41586-022-00334-w)


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専門診療ができないことは医師の離職につながる@東京都COVID-19重点医療機関

2022年02月08日 | 医学と医療
「東京都COVID-19重点医療機関における医師の実態調査」の第2報を日本医師会雑誌に発表いたしました.同志社大学久保真人先生,荏原病院木村百合香先生,小寺志保先生らとともに行いました.

第1報では,重点医療機関3病院に勤務する医師のバーンアウト尺度の点数が,過去の研究結果と比較して高いことを示しました.第2報では,3病院の常勤医師(313人)に対する調査のうち,自由記述欄を分析しました.その結果,記載内容は12の概念に分類され,診療科別の頻度を示したものが表になります.最も頻度が高かったものは「専門診療ができない」で33.3%,続いて「やりがいがない」が25.0%,「体制への不満」が21.9%でした.



概念を原因と結果に分けて,因果関係を調べたところ,「専門診療ができない」ことは「やりがいがない」や「退職」と結びつきが強いことが分かりました.過去の研究でも,医師のバーンアウトは離職の増加,医療過誤に直結することが知られており,理解できる結果でした.重点医療機関では目に見えない形の医療崩壊が生じていると言えます.メンタルヘルス対策に加え,専門診療に従事する機会を模索することが重要と考えられます.

久保真人,小寺志保,井石秀明,東海林裕,下畑享良,木村百合香.東京都COVID-19重点医療機関における医師の実態調査―自由記述の分析から.日医雑誌150;2021-5, 2022
 




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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(2月5日)  

2022年02月05日 | 医学と医療
今回のキーワードは,オミクロン株流行下におけるワクチン未接種者の入院率(=重症化)はブースター接種者の23倍高い,COVID-19感染は嗅覚受容体遺伝子が存在する核構造を破壊して嗅覚障害を引き起こす,です.

今回は気になった論文は多くなかったのですが,ご紹介する2つの論文はいずれもとても印象的でした.1つめはオミクロン株に対するワクチンの効果を明確に示すものです.軽症と言われてきたオミクロン株感染でも重症者が増加していることが報道されていますが,オミクロン株感染におけるワクチン未接種のリスクとブースター接種の効果を啓発する必要があります.2つめはおそらく嗅覚障害の機序を解明したインパクトのある論文で,なぜ感染をほとんどしない嗅覚神経細胞が機能しなくなり,回復後に匂いの正しい認識ができない後遺症が生じるのか十分説明するものです.

◆オミクロン株流行下におけるワクチン未接種者の入院率は,ブースター接種者の23倍高い.
米国CDCは,オミクロン株流行中の2022年1月8日の時点のワクチンの有効性について検討した.カリフォルニア州ロサンゼルス郡におけるCOVID-19の発症率(感染率)は,ワクチン未接種者では,ブースター接種者の3.6倍,ブースターを接種していない2回接種者の2.0倍高かった.また入院率は,ワクチン未接種者では,ブースター接種者の23.0倍(!),2回接種者の5.3倍高かった.これらの発症率や入院率は,同じ地域でデルタ株が優勢だった頃と比べて低いものの,未接種者ではそれらのリスクが高いことが分かる.図1は18歳以上の居住者における年齢調整済みの14日間の感染率と入院率を示す.以上より,ワクチン接種していてもオミクロン株感染は起きてしまうが,それでも感染率は低く,かつ入院(=重症化)を減らす効果は依然として高い.米国の未接種者の多くは,ワクチン接種者の間で感染が拡大していることを,ワクチンが効いていないためだと述べているが,このデータを見ればオミクロン株に対する効果は明白である.個人や医療を守るために未接種者にこのデータを伝えること,またブースター接種を推進することが必要と考えられる.
MMWR Morb Mortal Wkly Rep. ePub: 1 February 2022. (doi.org/10.15585/mmwr.mm7105e1)



◆COVID-19感染は嗅覚受容体遺伝子が存在する核構造を破壊して嗅覚障害を引き起こす.
COVID-19に特徴的な嗅覚障害のメカニズムと有力な仮説として,嗅覚神経や嗅球に感染していなくても,支持細胞が感染し,そのため嗅覚神経へのサポートが不十分となり発症する可能性がCell誌に報告されていた(doi.org/10.1016/j.cell.2021.10.027).米国コロンビア大学から,この報告を否定し,新たな仮説を提唱する研究が報告された.まずハムスターにSARS-CoV-2ウイルスを感染させても,支持細胞数は減少するものの,嗅覚神経の感染は稀で細胞数も減らなかった.しかし嗅覚受容体遺伝子の発現が感染直後より低下し,そのシグナル伝達系もダウンレギュレーションしていた.この機序を調べるため,HiC法という方法を用いて,核内のゲノム構造を網羅的に調べた.なぜなら染色体上に散在する嗅覚受容体遺伝子が接近してできるクラスターを形成しているためである.この構造化された区域をtopology associating domain(TAD)と呼び,ゲノムはTADが約2000個集まってできている(図2).


https://en.wikipedia.org/wiki/Topologically_associating_domain

そして驚くべきことに,この嗅覚受容体遺伝子のTADは感染後すぐに崩壊してしまい,この結果,遺伝子発現が低下する.TADの崩壊は,感染ハムスターの血清により引き起こされることから,おそらくサイトカインが原因分子だが,直接の原因分子は同定できなかった.以上より,感染により嗅覚受容体遺伝子が集まる核構造が消滅し,嗅覚受容体の発現が低下して嗅覚障害が生じる.ただし嗅覚神経細胞は生存しているため,やがて遺伝子の再構成が生じるが,完全にもとには戻らず,嗅覚は正常化せずに嗅覚錯誤や幻嗅が生じうる,という可能性が考えられる.パンデミック後,何度も使ったフレーズであるが,このウイルスの恐ろしさ,手強さを改めて感じた.
Cell. Feb 2, 2022(doi.org/10.1016/j.cell.2022.01.024)



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