Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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魚の骨の誤嚥は椎骨動脈を損傷しうる!

2024年08月31日 | 脳血管障害
Stroke誌にびっくりする写真が掲載されていました.84歳の中国人男性が魚の骨を誤って飲み込み,喉の不快感と血痰にて受診.CTアンギオグラフィーによってC4椎骨の上縁に3.0 cmの高密度線状物体(=魚の骨)が確認され,その骨がなんと左椎骨動脈を貫通していました(図A).また咽頭壁は腫脹していました.X線では左咽頭側および食道周囲に空気が検出されました.耳鼻咽喉科医と脳神経内科医がチームを作り,喉頭鏡を使用して咽頭から魚の骨を取り除くことができたそうです.しかし左椎骨動脈のV2セグメントからの造影剤の漏出が確認されたため(図B),止血のために被覆ステントが動脈に挿入され,出血は止まりました(図C).その後,患者は抗生物質治療を1週間受け,無事に退院しました.図Dは摘出された魚の骨です(大きいですが,何の魚か分かりませんでした).



それにしても「魚の骨が椎骨動脈を損傷しうるのか!」と驚いて,咽頭と椎骨動脈の位置関係をアトラスで確認しました.案外近いことを理解しました.魚の骨による椎骨動脈損傷の診断と治療の流れがよく分かる症例報告でした.
Wang J, e al. Vertebral Artery Rupture due to Ingestion of a Fish Bone. Stroke. 2024 Sep;55(9):e254-e255.(doi.org/10.1161/STROKEAHA.124.048326

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アミロイドβが認知症を来すメカニズム ―新たなアルツハイマー病の治療標的IDO1―

2024年08月30日 | 認知症
アルツハイマー病(AD)において脳内に蓄積するアミロイドβがなぜ最終的に認知症を来すのかいくつかの仮説はあるもののよく分かっていませんでした.非常に興味深い研究がスタンフォード大学からScience誌に報告されました.この研究では,記憶を司る海馬におけるグルコース代謝に注目しました.具体的には,インドールアミン-2,3-ジオキシゲナーゼ1(IDO1)という酵素に着目しています.IDO1はトリプトファン(TRP)をキヌレニン(KYN)に変換する際の律速酵素です.このKYNはアリールハイドロカーボン受容体(AhR)との相互作用を通じて,炎症や腫瘍において免疫抑制を引き起こす代謝物だそうですが,同時に「アストロサイトにおける糖代謝を抑制する作用」があります.アストロサイトは通常,解糖系により,ニューロンにエネルギーを供給するための乳酸を生成し,ニューロンのシナプス活動を支えていますが,KYNがこれを抑制してしまうことを示しています.

研究ではまずマウスおよびヒトiPSC由来のアストロサイトを用いて,アミロイドβやタウオリゴマーがアストロサイトのIDO1を活性化し,KYNの生成を増加させることで解糖系と乳酸生成を抑制し,ニューロンへのエネルギー供給が妨げられることが示しています.

アミロイドβ・タウ → アストロサイトのIDO1↑ → KYN↑ → 解糖系(乳酸)↓ → ニューロンへのエネルギー供給↓

つぎにこの系においてIDO1阻害剤がこれらのプロセスを回復することを示しています.さらにマウスモデルを用いて,IDO1を阻害することで,海馬のグルコース代謝が改善され,ニューロンへのエネルギー供給が増加し,その結果,長期増強(LTP)と呼ばれるシナプス可塑性が回復することを示しています.LTPは学習や記憶の基盤となる神経回路の強化を意味します.

図左は,健常な状態において,アストロサイトが解糖系を通じて乳酸を生成し,それをニューロンに供給することで,ニューロンのミトコンドリア呼吸とシナプス伝達がうまくいく様子を示しています.図中央はADで,アミロイドβやタウオリゴマーがアストロサイトのIDO1を活性化し,KYNの生成が増加し,AhRを介して解糖系を抑制し,乳酸が減少することを示しています.図右では,ADでもIDO1阻害剤によってKYNの生成が抑えられ,アストロサイトの解糖系が正常化し,ニューロンへの乳酸供給が回復する様子を示しています.



そうなると気になるのは臨床応用できるIDO1阻害剤があるかですが,現在がん治療薬として開発されている「PF06840003」という薬剤があるそうです.この薬剤がAD治療にrepositioningできる可能性があります.またAD以外の神経変性疾患でも栄養療法の有用性が報告されていますが,その背景にあるエネルギー障害に対してIDO1をターゲットとした治療戦略が有効であるかもしれません.今後,研究が拡大する可能性を感じました.
Minhas PS, et al. Restoring hippocampal glucose metabolism rescues cognition across Alzheimer's disease pathologies. Science. 2024 Aug 23;385(6711):eabm6131.(doi.org/10.1126/science.abm6131

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Shimizu反射をどのように用いるか?

2024年08月29日 | 医学と医療
当科では朝の時間をつかって神経症候学の勉強会をしております.私がコツコツ収集した神経症候の写真や動画のパワーポイントを順に見て解説していきます.これまで顔面編,眼球運動編,口腔咽頭編,手足編,皮膚編が終わり,今週の第9回目は反射編に入りました.その前編として腹壁反射・腹筋反射解離,上下肢の逆転反射とその解釈,さまざまなクローヌスとその誘発法,そしてBabinskiの5大反射とその間を埋める反射の講義をしました.最後のトピックスの例がタイトルのShimizu反射です.つまり上腕二頭筋反射(C5およびC6)と下顎反射(橋)の間には高位レベルの空白がありますが,それを埋める反射がShimizu反射(C3およびC4)になります.

Shimizu反射の正式名称はscapulohumeral reflex(Shimizu)で,整形外科医である清水敬親先生が報告されました(文献1).肩甲棘中央部ないし肩峰を叩打し(図1A, B),肩甲骨挙上と肩関節外転を観察します(図1C).ルーチンで行ってもよいですし,忙しい外来などでは上腕二頭筋反射の亢進がある時に,この反射を追加すると良いように思います.つまりShimizu反射が低下・消失していればC3-4椎間板高位に障害があることが分かり,亢進していればより頭側に障害があることが分かります.図1Bのように患者さんの背後から叩打しても良いですが,福武敏夫先生は,患者さんの正面から施行するために,肩甲棘中央部の前方の僧帽筋縁を叩打していると著書に書かれています(文献2).この反射は海外の動画でも分かりやすく紹介されています(https://www.dailymotion.com/video/x3bvbz_the-scapulohumeral-reflex-of-shimiz_news).

(文献)
1. Shimizu T, et al. Scapulohumeral reflex (Shimizu). Its clinical significance and testing maneuver. Spine (Phila Pa 1976). 1993 Nov;18(15):2182-90.
2. 福武敏夫.肩甲上腕反射(Shimizu)の変法.脊髄臨床神経学ノート―脊髄から脳へ―.三輪書店2014. pp15


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マイハンマー 2024(No 28-35) ―この1年の成果―

2024年08月27日 | 医学と医療
医学部4年生に対する神経診察の実習が開始となり,診察用のハンマー(打腱器)について説明しました.私はハンマーを集める趣味があります.2年前にブログで紹介したときの写真を見ると19本,昨年は8本ほど増えて27本,この1年では7本増えていました(図1).面白いものがあるので解説します.



28.Taylor型(柄がリング状).現在,もっとも世界で使用されているタイプで,米国の小児神経内科医John Madison Taylor(Philadelphia)が 1888年に開発したものです.三角のゴムの素材や色,重さが異なるものは複数持っていますが,柄の部分はいずれもほぼ同じでした.しかしこのハンマーは柄の部分がリング状に穴が空いています.輸入品.

29. Rabiner型.Rabiner型は円盤型打腱器の1つ.Babinski(1857-1932)が考案した柄がニッケルで覆った鉄製のBabinski型を,Rabiner(1892-1986)が改良し,柄を円盤に対して垂直だけでなく,水平方向に付け替えられるようにしたものです.さらにこのハンマーは柄を伸縮できるようにしてあります.日本神経学会卒前・初期研修教育小委員会が医学生・研修医のために作成した学会公認ハンマー.近日,日本神経学会学会員1万人到達記念のプレミアムハンマー(金色のロゴ)の作成中です.

30.Queen Squareカナダ型.Babinski型に似ていますが,柄がプラスチック製です.右下の写真のNo. 21は竹製で,Queen Square型と呼ばれます(英国Queen SquareのNational Hospital for Nervous Diseasesの看護師であったMiss Wintleが1920年代に考案したと言われています).その竹の部分をプラスチックにしたものが通称Queen Squareカナダ型です(田代邦雄.Clin Neurosci 2004; 8: 892-6).輸入品.

注:過去にブログに記載したNo. 11-13(図2)は以前まとめてBabinski型と書いてしまいましたが,正確には11. Babinski型,12. Queen Square型,13. Rabiner型であることが分かりました.



31.Queen Squareカナダ型.国際医療福祉大学の竹内英之教授が教えてくださった名大〜横浜市大一門愛用の夏目製作所製ハンマー.柄がプラスチック(ナイロン)製で適度にしなるため,ヘッドに加速度がついて速い叩打ができ,反射が出やすく,しかも反射にムラが少ないと言われています.自分も試しましたが,慣れが必要なようで正確に腱を叩けず練習中です.

32. Déjerine型.Déjerine型はJoseph Jules Déjerineによるフランスモデルで,ヘッドが円筒型である点が特徴です(No. 9, 10, 20).海外から取り寄せましたが,柄が木製?(竹製?)で,かつ年季を感じさせる中古品で驚きました.どこで作られたのか,誰が使っていたのか,とても気になります.

33. Skoda型.No. 32とともにこの1年で1番の収穫.神経学の父Charcot(1825-1893)の有名な1887年の火曜講義のリトグラフのなかに書かれている打腱器であることが高橋昭先生らが紹介しており,古典的なハンマーとして知られていました(図3).チェコの医師Josef Skoda (1805-1881)が開発したハンマーで,Charcotは膝蓋腱反射を誘発するのに最適なハンマーと考えたそうです.のちに改良されBuck型(No. 22)ができたそうです.



34.大貫型.日本の歴史的打腱器の1つ.軽すぎて腱反射は出しにくいです.ただ大貫先生がどなたか,調べても分かりませんでした.日本の歴史的打腱器としては,No. 23の吉村型は吉村喜作先生,ほかに上述の田代先生の論文によると入澤型,三浦型,勝沼型が知られています.名称の由来が書かれていませんでしたが,おそらく順に入澤達吉先生,三浦謹之助先生,勝沼精藏先生なのではないかと考えています.

だんだん新しいハンマーの収集の難易度が高くなってきました.まだ持っていないタイプのハンマーとしてWintrich型,Vernon型,Krauss型があるのですが,いずれも歴史的価値のあるものなので入手は難しいかなと思います.日本の歴史的打腱器の収集などコツコツやっていきたいと思います.

あとおやっと思ったのは,上述の勝沼型の勝沼精藏先生は名古屋帝大内科教授で,川原汎先生の流れをくむのだと思いますが,どこで勝沼型からQueen Squareカナダ型にスイッチしたのかなということです.私が学んだ新潟大学はTaylor型が一般的で,円盤型を使っている先生はほとんどいなかったように思います.ハンマーに関わる各教室の歴史なども伺ってみたいと思いました.


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日本神経学会 2024年度 医学生・研修医のための脳神経内科ウェブセミナー (医学生・研修医に限らず,どなたでもご参加いただけます)

2024年08月26日 | 医学と医療
2024年9月8日(日) 10:00から,標題のウェブセミナーを開催します.
オーガナイザーは奈良県立医大の杉江和馬先生で,今回のテーマは「新時代を迎える脳神経内科」です.

講演1.「動画でマスターする不随意運動」
日本神経学会広報委員会委員長/岐阜大学脳神経内科教授   下畑 享良 先生

講演2.「ダイナミック脳卒中学~その魂とcutting edge」
岩手医科大学医学部内科学講座脳神経内科・老年科分野教授  板橋 亮 先生

講演3.「神経難病の明るい未来~Charcotも驚くALSのこれから~」
滋賀医科大学脳神経内科教授                漆谷 真 先生

講演4.「神経免疫疾患と生きる患者さんの送りたい人生を支える!脳神経内科医の醍醐味」
九州大学大学院医学研究院神経内科教授           磯部 紀子 先生

講演タイトルから各先生の気合いの入りようが伝わってくる感じがします! 医学生(3年生~6年生)・初期研修医を主な対象としておりますが,どなたでもご参加頂けます.若い脳神経内科医にとっては専門医試験対策,ベテランの先生には生涯教育としてお役立ていただけます.参加費は無料です.ただし事前申込が必要で,個人もしくは団体申込(大学ないし出身大学ごと)をお願い致します.
★ぜひ各ご教室,ご施設の先生がたより,医学生・研修医にお声がけいただけますと有り難く存じます.下記よりお申し込みをいただけます.最終締切は2024年9月7日(土)17:00までまです.どうぞ宜しくお願いいたします!!

日本神経学会 2024年度 医学生・研修医のための脳神経内科ウェブセミナー


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ハキム病とハキム博士をご存知ですか?

2024年08月23日 | 認知症
水頭症の国際学会「Hydrocephalus 2024」が9月13日~16日に名古屋で開催されます.当科からは大学院生の山原直紀先生がシンポジストに選ばれました.以下が演題名です.
Naoki Yamahara, Takayoshi Shimohata. Cerebral perfusion SPECT may help predict shunting effectiveness in patients with PSP and Hakim’s disease.
医局会の予行は堂々としたプレゼンでした.みんなでいろいろ質問しましたが,そのなかに「そもそもHakim’s diseaseって何?」という質問がありました.簡単な説明をしましたが,きちんと解説したいと思います.

ハキム病は聞き慣れない病名ですが,特発性正常圧水頭症(iNPH)のことです.いつからそのように呼ばれるようになったかというと最近のことで,以下の総説で提唱されました.
Tullberg M, et al. Classification of Chronic Hydrocephalus in Adults: A Systematic Review and Analysis. World Neurosurg. 2024 Mar;183:113-122.(doi.org/10.1016/j.wneu.2023.12.094
国際水頭症学会がガイドライン改訂の前に,まず名称を整理する必要があると考えシステマティックレビューを行いました.発症年齢,症状,病態生理等に基づいて,下記の7つに分類し,iNPHを「Hakim’s disease」と変更することを提案したわけです(https://www.qlifepro.com/news/20240125/inph-hakims-disease.html)
①Hakim’s disease,②Early midlife hydrocephalus,③Late midlife hydrocephalus,④Secondary hydrocephalus,⑤Compensated hydrocephalus,⑥Genetic hydrocephalus,⑦Transitioned hydrocephalus
グループは「iNPHをハキム病と名称を改めることで,アルツハイマー病やパーキンソン病と同等なレベルまで国際的な認知度を高め,症状が重症化するまで発見されない患者を減らすことに貢献したい」と述べています.脳外科の先生方が主体の議論であったため,脳神経内科領域ではいまひとつ注目されてないのかもしれません.

次の疑問は「Hakimって?」です.これはこの疾患を提唱したSalomon Hakim博士(1922 - 2011)に由来します(図1).コロンビアの脳神経外科医かつ発明家と,国際水頭症学会のHPに紹介されていました(https://ishcsf.com/salomon-hakim/).Hakim博士は幼少期から物理学や電気学に強い興味を示しました.コロンビアのボゴタで高校を卒業し,22歳で医学部に入学しましたが,その後も電気に対する情熱を持ち続け,消化器の電気出力や低電圧が子宮収縮に与える影響などを研究していました.



1950年代に脳神経外科と神経病理学を学ぶために渡米しました.そこで脳室が肥大しているものの大脳皮質に障害のない症例の存在に気づき研究を続けました.1965年にHakim博士と上司のAdams博士が3症例の報告をしています.進行性の神経症状を呈する患者で,腰椎穿刺では脳脊髄液圧が正常にもかかわらず,圧を下げることで臨床的な改善が見られました.脳室の拡大が症状を引き起こす原因である可能性を指摘しています.その後,Hakimは脳脊髄液の圧を調整する安全な単方向弁を発明し,1966年に臨床に導入しました.現代のすべての弁は彼の発明に基づいて作られているそうで,種々の発明は28以上の米国特許になったそうです.

原著を読んでみましたが,前半はMRIがない時代,血管造影と気脳写で脳室の拡大を示しています(図2.この情報による診断能力に驚かされます).



後半は「物理学の論文ですか!」という感じで,5つのFigureを使って,パスカルの法則を球形の弾性容器に適用し,直径が増加すると圧力が低下するものの,面積が拡大するにつれて壁にかかる力が増加することを示しています.つまり脳脊髄液圧が正常範囲内であっても,脳室が拡大することで脳にかかる力が増加し,症状が持続または悪化する可能性があることを示すものです(図3).iNPHの管理において,圧力と脳室の大きさの両方を考慮する重要性を強調しているのですが,今まで考えたことのない観点で,Hakim先生,すごいなあと思いました.



Hakim S, Adams RD. The special clinical problem of symptomatic hydrocephalus with normal cerebrospinal fluid pressure. Observations on cerebrospinal fluid hydrodynamics. J Neurol Sci. 1965 Jul-Aug;2(4):307-27.(doi.org/10.1016/0022-510x(65)90016-x

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研究をする理由 ―若い研究者,医師,そして医学生にぜひ見ていただきたい動画―

2024年08月20日 | 脊髄小脳変性症
私は大学院生時代に脊髄小脳変性症のひとつ,歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)の研究を行っていました.その研究が新聞報道され,そのお蔭で何人ものDRPLA患者さんやご家族からご連絡や激励をいただきました.そのなかに塩沢淳子さんと娘さんのクリちゃんがいました.いまもSNSなどでやり取りをしておりますが,その塩沢さんから「先日,ハワイの医大生に話をしました.後半ドクターも話をしていて,下畑先生のリベラルアーツのに通じるものがあると感じました.是非後半だけでも見てください」というご連絡をいただきました.

YouTube動画:Don't give up hope!希望を捨てないで!

塩沢さんと,脳神経内科医のKore Kai Liow先生(Hawaii Pacific Neuroscience)がとても大事なことを話しておられ,感動して目頭が熱くなりました.20分弱の動画で,前半はクリちゃんやご主人の病気のこと,そして後半が最新の治療研究についてになります.若い研究者,医師,そして医学生に見ていただきたいです.なぜ私たちがが研究をするのか,その理由が分かります.そして最後に驚くような奇跡も起こります.


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ALSに対するブレイン・コンピュータ・インターフェース(BCI)技術の発展・多様化と大きな意義と限界

2024年08月20日 | 運動ニューロン疾患
最新のNew Eng J Med誌にALSにおけるBCI技術に関する印象的な論文が3つ掲載されています.この治療は今後きわめて重要で,本邦でも脳外科,工学との連携を進め,極力早期に実現すべきと強く思いました.

【論文1.患者と家族へのインタビュー】
米国のALS患者さんとその家族がBCI技術を利用してコミュニケーションを回復する様子をインタビューとして聞くことができます.会話困難になった患者さんがBCI技術により取り戻した声を聞くことができます(むしろリスニングしやすいです).https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMp2407613)
ご本人にとって言葉を失い,家族,とくに娘とのつながりを失うことが最も辛いことでした.孤立がストレスを増大させ,多くの問題を悪化させました.言語の喪失がALSの最も残酷な側面のひとつであると述べています.しかし再び自分の声でコミュニケーションを取れるようになり,日常生活が大きく改善しました.「自分らしさを取り戻し,家族や友人との深い会話ができるようになった.再び娘の父親になれたことに感謝している」と述べておられます.
Restoring Lost Speech: ITT Episode 36. N Engl J Med. 2024 Aug 15;391(7):e13.(doi.org/10.1056/NEJMp2407613)

【論文2.短期間に極めて高い精度で脳波から音声出力するBCI技術】
上記の患者さんが使用したBCI技術「音声ニューロプロステーシス(prosthesis:人工器官)」に関するカリフォルニア大学デービス校の研究です.患者の脳活動をリアルタイムで解読し,それをテキストに変換して音声出力する技術です.具体的には,患者の話そうとする意思を左中心前回に埋め込まれた256個の電極を介して脳波から解読し,これを使用して音声として出力します(図1, 2).以前,録音した患者の声を使ってかつての声のように発音することができます.移植のわずか25日後に99.6%の精度で音声に変換することができました.12万5000語の語彙を使用しても90.2%の精度を達成し,最終的には97.5%の精度で約8ヶ月間使用されました.この技術は,ALS患者のコミュニケーションを大きく改善し,日常生活での使用が可能であることが示されました.
Card NS, et al. An Accurate and Rapidly Calibrating Speech Neuroprosthesis. N Engl J Med. 2024 Aug 15;391(7):609-618.(doi.org/10.1056/NEJMoa2314132)





【論文3.6年間の長期使用が可能であったBCI技術】
研究に参加した時点で58歳のオランダのALS患者に対する埋め込み型BCIの長期経過を追跡した研究です.前述のBCI技術とは異なる方法で,脳の電気活動を利用してマウスクリックのようなコマンドを生成し,文字の選択や介護者の呼び出しなどを行う技術です.BCI技術の使用頻度は視線入力装置がうまく使えなくなったり,瞬目ができなくなってから増加し,日常生活で使用されました.導入の6年後から徐々に使用が減少しました.最終的にBCIの制御の正確性が低下した7年目で使用は終了しました(図3).その時点では大脳の神経信号の振幅が減少し,頭部CTでは進行性の萎縮を認めました.つまりBCI技術の使用には限界があることが明らかになりました.
Vansteensel MJ, et al. Longevity of a Brain-Computer Interface for Amyotrophic Lateral Sclerosis. N Engl J Med. 2024 Aug 15;391(7):619-626.(doi.org/10.1056/NEJMoa2314598)



【まとめ】
異なるタイプのBCI技術の使用事例が示されており,技術の多様性と進化が分かります.BCI技術が個々の患者さんのニーズや疾患の進行度に応じてさまざまな形で適応可能であることが示されたことになります.一方で,BCI技術には神経変性の大脳への波及という時間的な限界があることも示されました.しかし最初のインタビューが示すように,一定期間と言えども,患者さんが「自分らしさ」を取り戻し,家族や友人とコミュニケーションできる意義は極めて大きく,本邦でもBCI技術の実用化が進むことを強く期待したいと思います.


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感染症が認知症を引き起こすメカニズム

2024年08月18日 | 認知症
感染症がアルツハイマー病などの認知症の発症と関連することが注目されていますが,そのメカニズムは不明です.最新号のNature Aging誌に以下を示した研究が報告されています.
◆感染症ごとに特定の部位に脳体積の減少が生じること
◆その脳体積の減少は認知症リスクと関連すること
◆感染症ごとの免疫プロテオームの変化,遺伝的素因が認知症に関連すること


対象は主に英国UK Biobank(49万5896人)とフィンランドの複数のコホート(FPS,HeSSup,STW)(27万3132人)のデータが使用されました.脳画像データはボルチモア長寿研究(BLSA)から得られたもので,特定の感染症が脳体積に与える影響を平均5.3年追跡し,平均3.4回のMRIを施行しました.対象となる感染症は6種類で,インフルエンザ,ヘルペスウイルス,その他のウイルス感染症,上気道感染症(URTI),下気道感染症(LRTI),皮膚・皮下感染症です.COVID-19は含まれていません.

【脳の体積と認知機能への影響】
特に側頭葉の灰白質および白質領域において,脳体積の減少を加速させることが確認されました(図1).
①インフルエンザ:側頭葉および後頭葉の灰白質の体積減少
②ヘルペスウイルス(HHV):側頭葉の白質の体積の減少

③種々のウイルス感染症:側頭葉の灰白質の体積の減少
④上気道感染症(URTI):側頭葉全体の体積減少
⑤下気道感染症(LRTI):側頭葉の白質と後頭葉の灰白質および白質の体積減少
⑥皮膚・皮下感染症:側頭葉および後頭葉の灰白質の体積減少



またいずれの感染症も,認知症リスクを増加させました(図2).とくに血管性認知症との関連が強く,ついで認知症(全原因),アルツハイマー病のリスクが増加しました.これらの感染症が脳の血管系に対して影響を及ぼし,血管性病変(BBB破綻)を通じて認知症リスクを高める可能性を示唆しています.さらに全身性の感染症では認知症リスクが高いことが示唆されました.



【プロテオミクス分析による関連するタンパク質と遺伝学的素因】
プロテオミクス分析ではそれぞれの感染症に特徴的なプロテオームの変化が認められました.
①インフルエンザ:MME(ネプリライシン),DEFB4A,RAG1など
 MMEはアミロイドβの分解酵素で,その発現低下はアミロイドβの蓄積を引き起こす.DEFB4AやRAG1は免疫応答に関連し,その活性化は神経炎症を促進する.
②ヘルペスウイルス(HHVs): TREM2,GFAP,NfLなど
 TREM2はミクログリアにおける重要な受容体である.TREM2増加は過剰なミクログリア活性化を引き起こし,神経炎症を促進する.GFAPやNfLは神経損傷の指標である.
③下気道感染症(LRTIs):MASP1,ITGB6,PACSIN2など
 MASP1は補体系の活性化に関与し,炎症反応を強化する.ITGB6は細胞接着に関連するタンパク質で,炎症応答の制御に関与する.PACSIN2は神経細胞におけるシグナル伝達に関与する.
④上気道感染症(URTIs):IFIT3,FOXP3など
 IFIT3はウイルス感染に応答する抗ウイルスタンパク質で,強力な免疫応答が引き起こされる.FOXP3は免疫抑制に関与するタンパク質.
⑤複数の感染症に共通するタンパク質:260種類のタンパク質が少なくとも1つの感染症と関連し,うちの35種類が脳体積の変化と関連した.PIK3CG,PACSIN2,PRKCBなどが含まれており,これらは認知機能低 下やアルツハイマー病の血漿バイオマーカー(Aβ42/40比,GFAP,NfL,pTau-181)とも関連した.

またITGB6とTLR5の遺伝子変異は,それぞれ側頭灰白質および全脳体積の減少と関連していました.

【病態機序モデル】
感染後に血漿中で発現が増加した病原性タンパク質(pathogenic proteins)と,減少した保護性タンパク質(protective proteins)が特定されました(図3).これらのタンパク質の変化が,免疫プロテオームの変化,血液脳関門の破壊,遺伝的要因,アルツハイマー病関連タンパクへの影響を介して,脳の萎縮や認知機能の低下に寄与する可能性が示されました.



この研究はおそらくUKバイオバンク研究で,COVID-19が脳萎縮をもたらし認知症を招くことがきっかけとなり,その他の感染症ではどうなるかを検討したものと思います.そして世界中の最善と考えられるデータ・サンプルを駆使して明確な結論を導いた点に研究の凄みを感じました.
Duggan MR, et al. Proteomics identifies potential immunological drivers of postinfection brain atrophy and cognitive decline. Nat Aging. 2024 Aug 14.(doi.org/10.1038/s43587-024-00682-4


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CANVASから考える慢性咳嗽の神経メカニズム

2024年08月17日 | 脊髄小脳変性症
CANVAS(cerebellar ataxia, neuropathy, and bilateral vestibular areflexia syndrome)に認める特徴的なひきつるような慢性咳嗽(smasmodic cough)の機序はよく分かっていませんでした.しばらく前に文献1の研究が報告され,咳の原因としてGERDや食道の蠕動障害(esophageal dysmotility)が関与している可能性が示されました.これを証明するために食道マノメトリーや24時間食道内pH確認を行っています.ただし本当にこれだけが理由かと個人的には思っていました.
文献1.Palones E, et al. J Neurol. 2024 Mar;271(3):1204-1212.(doi.org/10.1007/s00415-023-12001-9

もうひとつ興味深い総説がフランスから発表されました.図1ではまずCANVASにおける慢性咳嗽の有病率がこの10年間の論文で徐々に増加していることを示しています.おそらく慢性咳嗽が認知されてきたことが一番の要因と考えられます.



つぎに「cough hypersensitivity syndrome(CSS)」の概念を紹介しています(表1).これは通常では咳を引き起こさないような軽度の刺激に対して,過剰な咳反射が生じる状態です.CHSは原因が明らかでない慢性咳患者に見られることが多く,図2に述べる神経機構が関与していると推察されています.つまり咳嗽を来す神経過敏性は,主に後根神経節や迷走神経,延髄の孤束核・傍三叉神経核などの変性により引き起こされるというものです.

表1.Cough hypersensitivity syndromeの特徴
1)喉や胸の上部の易刺激性: 咽頭,喉頭,上気道の異常感覚
2)非咳嗽性刺激による咳の誘発(allotussia): 例として,話すこと,笑うこと
3)吸入刺激への咳感受性の増加およびトリガーの増加(hypertussia):
4)制御が難しい咳発作
5)トリガー要因:機械的刺激(歌う,話す,笑う,深呼吸),温度変化(冷たい空気),化学的刺激(エアロゾル,香り,臭い),仰向けになること,食事



1. 後根神経節
後根神経節が萎縮し,感覚神経細胞が傷害される(neuronopathy).これにより神経が過敏になり,通常では咳を引き起こさない程度の刺激でも強く反応する.
2. 迷走神経
迷走神経の障害により,喉頭や気道の粘膜に終止するC線維(化学感受性侵害受容器)やAδ線維(低閾値機械受容器)が,刺激に対して過敏に反応する.
3. 孤束核および傍三叉神経核
迷走神経からの感覚信号が処理される延髄の神経核である.迷走神経からの感覚信号入力に過敏になり,信号処理に異常をきたすことで,わずかな刺激でも強い咳反射が誘発される.

治療については,GABAアナログ(抑制性神経伝達物質)やオピオイドが効果的である可能性が記載されています.また,P2X3アンタゴニスト(感覚神経終末に存在するATPに反応する受容体で,咳反射の発動に関与する)の効果についても言及されていますが,その具体的な効果はまだ不明です.脳神経科内科医と呼吸器科医の協力が重要と書かれています.
文献2.Guilleminault L, et al. Cerebellar ataxia, neuropathy and vestibular areflexia syndrome: a neurogenic cough prototype. ERJ Open Res. 2024 Jul 29;10(4):00024-2024.(doi.org/10.1183/23120541.00024-2024

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