遺伝性神経変性疾患であるハンチントン病(HD)の進行を遅らせる可能性のある治療法として,β遮断薬の効果を検討した観察研究が,アメリカのアイオワ大学を初めとするチームによって行われ,JAMA Neurology誌に発表されました.まさか古典的な心臓の薬であるβ遮断薬にそのような作用があるとはとても驚きました.
まず背景ですが,HD患者では心拍数の上昇や血圧の上昇など交感神経系の過剰な活性化が認められることが知られており,これが病状の進行に関与している可能性が示唆されていました.β遮断薬は交感神経の活性を抑制する作用があるため,HD患者に対して治療的な効果が期待されるのではないかという仮説が立てられました.
国際的な縦断的研究プラットフォーム「Enroll-HD」のデータを活用し,β遮断薬がHDの発症時期や症状進行に与える影響を検討しました.具体的には約150の研究施設から提供された縦断的データを解析しました.HDの発症前段階にある「前運動型HD(premanifest HD;preHD)」の患者と,症状が顕在化した「初期運動型HD(early motor-manifest HD;mmHD)」を対象にしました.参加者はβ遮断薬を1年以上使用しているグループと,使用していないグループに分けられ,それぞれの症状の進行が比較されました.
まずpreHD患者ですが,β遮断薬使用群174名では,非使用群174名に比べて,運動症状の年次リスクが有意に低いことが分かりました.また運動症状の診断が下されるまでの期間を示した生存曲線(図1)では,β遮断薬使用群は非使用群よりも34%低いリスクでした(ハザード比0.66, P=0.02).つまりβ遮断薬がHDの症状の出現を遅らせる可能性が示唆されました.
続いてmmHD患者ですが,β遮断薬使用群149名では,非使用群149名に比べて,症状の進行が有意に遅いことが分かりました.運動スコア(total motor score;TMS),総合機能スコア(total functional capacity;TFC),および認知機能スコア(symbol digit modalities test;SDMT)の進行速度を比較した結果,β遮断薬使用群のスコア悪化速度は非使用群よりも有意に遅いことが分かりました(図2).例えば,TMSの年間悪化速度は,β遮断薬使用群で2.62ポイント/年であったのに対し,非使用群では3.07ポイント/年でした.また選択的β遮断薬使用者は,いずれのスコアも非使用群より進行速度が遅くなりましたが,非選択的β遮断薬では有意差は見られませんでした.
本研究は観察研究であるため,因果関係を確定することはできず,さらなる臨床試験が必要ですが,β遮断薬がHD治療の新たな可能性を開くものであることが示されました.β遮断薬が交感神経系にどのように作用し,HDの進行に影響を与えるかについて,さらなるメカニズムの解明が必要と思われました.またいかに難攻不落の神経難病の治療シーズをどのように見出すか最新の科学技術が駆使されていますが,このように臨床症状の中に隠れていることもあるのだなと,観察することの大切さを認識しました.
Schultz JL, et al. β-Blocker Use and Delayed Onset and Progression of Huntington Disease. JAMA Neurol. 2024 Dec 2.(doi.org/10.1001/jamaneurol.2024.4108)
まず背景ですが,HD患者では心拍数の上昇や血圧の上昇など交感神経系の過剰な活性化が認められることが知られており,これが病状の進行に関与している可能性が示唆されていました.β遮断薬は交感神経の活性を抑制する作用があるため,HD患者に対して治療的な効果が期待されるのではないかという仮説が立てられました.
国際的な縦断的研究プラットフォーム「Enroll-HD」のデータを活用し,β遮断薬がHDの発症時期や症状進行に与える影響を検討しました.具体的には約150の研究施設から提供された縦断的データを解析しました.HDの発症前段階にある「前運動型HD(premanifest HD;preHD)」の患者と,症状が顕在化した「初期運動型HD(early motor-manifest HD;mmHD)」を対象にしました.参加者はβ遮断薬を1年以上使用しているグループと,使用していないグループに分けられ,それぞれの症状の進行が比較されました.
まずpreHD患者ですが,β遮断薬使用群174名では,非使用群174名に比べて,運動症状の年次リスクが有意に低いことが分かりました.また運動症状の診断が下されるまでの期間を示した生存曲線(図1)では,β遮断薬使用群は非使用群よりも34%低いリスクでした(ハザード比0.66, P=0.02).つまりβ遮断薬がHDの症状の出現を遅らせる可能性が示唆されました.
続いてmmHD患者ですが,β遮断薬使用群149名では,非使用群149名に比べて,症状の進行が有意に遅いことが分かりました.運動スコア(total motor score;TMS),総合機能スコア(total functional capacity;TFC),および認知機能スコア(symbol digit modalities test;SDMT)の進行速度を比較した結果,β遮断薬使用群のスコア悪化速度は非使用群よりも有意に遅いことが分かりました(図2).例えば,TMSの年間悪化速度は,β遮断薬使用群で2.62ポイント/年であったのに対し,非使用群では3.07ポイント/年でした.また選択的β遮断薬使用者は,いずれのスコアも非使用群より進行速度が遅くなりましたが,非選択的β遮断薬では有意差は見られませんでした.
本研究は観察研究であるため,因果関係を確定することはできず,さらなる臨床試験が必要ですが,β遮断薬がHD治療の新たな可能性を開くものであることが示されました.β遮断薬が交感神経系にどのように作用し,HDの進行に影響を与えるかについて,さらなるメカニズムの解明が必要と思われました.またいかに難攻不落の神経難病の治療シーズをどのように見出すか最新の科学技術が駆使されていますが,このように臨床症状の中に隠れていることもあるのだなと,観察することの大切さを認識しました.
Schultz JL, et al. β-Blocker Use and Delayed Onset and Progression of Huntington Disease. JAMA Neurol. 2024 Dec 2.(doi.org/10.1001/jamaneurol.2024.4108)