Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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ワーファリン使用量を予測する ―オーダーメイド医療体験―

2007年02月26日 | 脳血管障害
 ワーファリンはビタミン K に拮抗し,ビタミン K 依存性凝固因子の産生を抑制して,抗凝血作用を発揮する.抗凝固療法の基本的薬剤として汎用されるが,使用に際しては出血の危険性が常にあり,プロトロンビン時間(PT-INR)測定は不可欠である(米国でワーファリンは,救急外来に担ぎ込まれる医薬品の副作用として第2位の薬剤.ちなみに第1位はインスリン.JAMA 2006).厄介なことに薬剤感受性における個体差は大きい.特に治療初期にはPT-INR測定を頻回に行い,治療域を逸脱しないように注意する必要がある.

 ワーファリンに対する感受性の個体差のメカニズムが解明され,各個人のワーファリン使用量を予測することできればとても有用と考えられる.つまり,各個人に最適な予防法や治療法を可能とする医療「オーダーメイド医療」がワーファリン内服による抗凝固療法においても実現できないかというアイデアである.この発想は,2005年にワーファリンの使用量を規定するvitamin K epoxide reductase complex 1 (VKORC1) 遺伝子の存在が報告され一気に現実味を帯びた(NEJM 352:2285-2293, 2005).具体的にはこの遺伝子のSNPs(一塩基多型)により,低用量ハプロタイプ(A)と高用量ハプロタイプ(B)に分けてみると,AAを有する人のワーファリン平均使用量は2.7±0.2 mg/日であるのに対し,ABでは4.9±0.2 mg/日,BBでは6.2±0.3 mg/日とBハプロタイプを持つに従い使用量は増加した.これはVKORC1 mRNAレベルがハプロタイプ毎に異なっており,ワーファリン使用量の相違はVKORC1遺伝子の転写レベルの違いに相関するものと結論付けられた(ちなみに日本人では,約18 %のひとは薬剤感受性が低いハプロタイプを有すると言われている).

 となると,ワーファリン使用量がVKORC1遺伝子によってのみ規定されのるかという疑問を持つが,現在はワーファリン使用量の決定因子として,効果の大きい順に①VKORC1遺伝子多型,②体表面積,③CYP2C9*3遺伝子多型,④年齢,⑤CYP2C9*2遺伝子多型が判明している.④⑤は薬剤代謝に関与する肝代謝酵素チトクロームP450の遺伝子多型である.2006年11月にはStanford大学,NIHなど欧米,韓国,日本など世界20以上の研究機関が集まり,Warfarin consortiumが形成された.全世界からワーファリン使用者のSNPs情報と臨床情報を集めて,SNPsとワーファリンの適正使用法を決定しようとする会議で,3000例以上の症例を集める予定だそうだ.

 とはいえ,ワーファリンにおける「オーダーメイド医療」の実現はもう少し先のことのように思われるが,必ずしもそうではない.例えばWARFARIN DOSINGというwashington大学やNIHが運営するフリーのウェブサイトを見てほしい.ここででは,身長・体重・治療開始前INRや内服スタチン名などの情報を入力することで,ワーファリン使用量を推定してくれる.VKORC1やCYP2C9の遺伝子型を入力する欄があるが,アメリカではすでにcommercial baseで調べてくれるサービスがある.

 さらに,心房細動患者を対象にして,遺伝子検査結果に応じてワーファリン使用量を調節する臨床試験が今月から始まっている(Medco社とMayo clinic共同研究).このプロジェクトでは、心房細動患者約1000人の血液がMayo Clinicに送付され,結果は速やかに医師に送付され,医師はワーファリン使用量を調節する.

 ただ,自分で紹介しておいて言うのもおかしな話だが,ビタミンK摂取量などの環境因子によっても凝固能が影響を受けることは言うまでもなく,同一の患者であってもPT-INRの値が大きく変動することを少なからず経験する.また昔からワーファリンの開始時の内服方法にはいろいろ工夫もあり,こんなにまで莫大な予算を使って抗凝固療法に「オーダーメイド医療」を導入するメリットがあるのかとも思ってしまう.皆さんはどうお考えだろうか?

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読書案内

2007年02月20日 | 医学と医療
今日は,最近,気に入った本をいくつか紹介したい(本の題名をクリックするとAmazonにリンクします).

高次脳機能障害 どのように対応するか
 高次脳機能障害を正しく診断し,理解することはなかなか難しいことである.頑張って理解しようと専門の本を買ってきても診断方法や責任病変は書かれているが,どのようなリハビリを行い,どのように患者さんに対応すべきか,そしてご家族にどのような心構えをするよう指導するか,などはどこにも書いていない.本書は慈恵会医科大学のリハビリ科の先生がお書きになられた本であるが,医療関係者にとっても,患者さん・ご家族にとっても上記の問題を考える上で極めて示唆に富む内容となっている.以前紹介した「脳から見たリハビリ治療」も素晴らしい本であったが,これらを読むと神経内科医はどんどんリハビリの分野に参入すべき思わずにいられない.

家族のための<認知症>入門
 認知症を心配されてご家族に連れてこられたお年寄りが外来を受診するというケースが増えている.検査を行い,診断をつけて,各原因に合わせた治療を開始するわけだが,それだけでは不十分である.家族はどのように患者さんと向き合うべきか知りたいのである.ただし外来という限られた時間内に十分な説明をすることは難しいし,また介護や接し方について十分な知識をもっているかというとかなり怪しくなってくる.私はそんなとき本書をご家族に推薦している.とくに第3章,第4章は秀逸で,介護の具体的実践法や,介護者が負担を抱え込まない知恵を教えてくれる.家族のみならず医療関係者も大いに勉強になる本.

不動心
 ニューヨークヤンキース松井秀喜選手の書いた本.実は私は大の松井選手ファンで,いまもヤンキースのスタジャンを身にまとい仕事に出かけたりするが,本書を読んで松井選手のファンであることに改めて誇りをもった.ぜひ中学生とか高校生のような若い方々に勧めてもらいたい.「努力できることが才能である」ことを改めて認識できたし,彼を囲む人々の素晴らしいことばの数々に感動した.

不都合な真実
 アメリカ元副大統領のアル・ゴアさんが書いた地球温暖化に警鐘を鳴らす本.彼は今から17年前に息子さんの交通事故というつらい出来事を経験したそうだ.しかし,その経験を糧にして,それまで持っていなかった力を得たそうだ.それは「子供たちのつながりがいかに貴重かを感じる力,そして,子供たちの将来を守り,子供たちに残していく地球を守る私たちの義務がいかに厳粛なものであるかを感じる力」だそうだ.子供たちの将来を守るためにぜひ多くの方々に読んでいただきたい(それにしてもこの人が大統領になっていたら世界はかなり違っていたかもしれないなあ.大統領と言えば,大統領と関係がある2人の女性に関する本(ヒラリーとライス アメリカを動かす女たちの素顔)もなかなか面白かった).

以上,ご参考までに.
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意図的に目を開けられない脊髄小脳変性症

2007年02月17日 | 脊髄小脳変性症
 顔面失行は顔面筋の運動が反射的・自動的には正当に行えるが,随意的・意図的には正しく遂行できない状態をいう.特定の運動が著しく障害される場合を限局性失行といい,開眼失行,閉眼失行,眼球運動失行,発語失行,嚥下失行などに分離される(神経症候学.平山2006).開眼失行は意図的に開眼ができない状態であり,上眼瞼挙筋を支配する動眼神経の核上性機能障害によって生じると考えることができる.眼瞼痙攣を伴うことも,伴わないこともある(眼瞼痙攣を認める場合には開眼失行とは呼ばない立場もある).機序に関しても名前の通り「失行」と捉える立場と,局所の「ジストニア」と考える立場がある.開眼失行は,進行性核上性麻痺(PSP)やパーキンソン病患者さんにおいてときどき経験することがある.

 今回,遺伝性脊髄小脳変性症に開眼失行を合併した症例が新潟大学から報告された.1例は遺伝性脊髄小脳変性症2型(SCA2)であり,もう1例はマシャド・ジョセフ病/ SCA3である.さらに遺伝性出血性毛細血管拡張症Rendu-Osler-Weber disease(ROW)に開眼失行を合併した症例もあわせて報告している.いずれの症例も各基礎疾患を発症後に,明らかな眼瞼痙攣を伴わない開眼失行が出現している.開眼失行を合併したSCA2およびROWとしては初めての報告である.

 興味深いことに,いずれの症例も眼瞼痙攣を認めないにもかかわらずボツリヌス毒素注射が開眼失行に有効であった.すなわち,開眼失行は外見上,明らかな眼瞼痙攣を伴わないような症例であっても,「ジストニア」が原因で生じている可能性が考えられた.これら神経疾患に伴う開眼失行では,眼瞼痙攣を認めなくてもボツリヌス毒素注射が有効であることを認識し,積極的に治療すべきと考えられた.

 ちなみに本報告のROWでは,肝内での動脈・門脈シャントが存在しており,この結果,マンガン脳症が生じたものと考えられた.マンガン脳症ではパーキンソニズムやT1強調画像での基底核の高信号を呈することが知られているが,本例でもこれらの所見を認めた.キレート剤はパーキンソニズムと画像所見の改善をもたらしたが,開眼失行には無効であった.錐体外路症状を認め,T1強調画像で基底核の高信号を呈する症例に遭遇したら,マンガン中毒や肝硬変の合併を疑い検索を行うことも重要である.

Mov Disord. 2007 Jan 31; [Epub ahead of print]

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曲がり角にきた脳虚血に対する神経保護薬

2007年02月12日 | 脳血管障害
 International Stroke Meeting @ San Franciscoに参加した.一番注目された演題はまだ論文として発表されていないSAINT IIの最終報告ではなかっただろうか.SAINT I(Stroke Acute Ischemic NXY-059 Treatment) は過去に本ブログでも紹介したが,free radical scavenger NXY-059が「世界初の神経保護薬」となる可能性を示した研究である.FDAでの認可を目指し,症例数(とくにt-PA併用症例)を増やしたstudyがSAINT IIなのである.

 方法は発症6時間以内の脳梗塞3306症例に対してNXY-059の効果を,primary endpointを発症90日後のmRS(modified Rankin scale)を用いて評価した.さて結果であるが,NXY-059群とplacebo群間でmRSに有意差は出なかった(涙).NIHSSなどのsecondary endpointや死亡率でも有意差はなかった.さらにt-PA+NXY-059併用患者710名と,t-PA+placebo患者715名の比較でもmRSに有意差はなかった.SAINT-Iで注目を集めた再開通後の脳出血合併頻度に関しても,今回は両群間で差はなかった(つまり再開通後のreperfusion injuryに対しての有効性を証明できなかった).大惨敗の結果である.また脳出血に対してNXY-059を用いたCHANT studyの結果も報告されたが,これも効果を証明できなかった.結果,AstraZeneca社はNXY-059からの完全撤退を余儀なくされた.ほかにも日本でphase IIが行われ有効と報告されたastrocyte modulatorであるONO-2506(arundic acid)を用いたRREACT studyや,血小板GPIIb/IIIa受容体抗体であるAbciximabを用いたAbESTT-II studyの結果も報告されたが,いずれも無効であった.何とも学会場は重苦しく,学会を通して反省会をやっているような雰囲気さえ感じた.

 脳虚血に対する神経保護療法研究が曲がり角にあることは間違いない.アメリカでSTAIR(Stroke Therapy Academy Industry Roundtable)という戦略会議が始まって以来,2000-2005の6年間で治験が行われた85の神経保護候補薬のなかで,FDAに認可されたものはt-PAひとつのみである.また最近のtrialはendpointを達成できず,中止となるものが多いという状況も報告された.これを受けて,plenary sessionのなかで,神経保護薬の開発に関して,「A new roadmap for neuroprotection(神経保護に関する新しい研究指針)」が提案された.それはphase IIないしIIIの治験に到達する前に,4つのステップをクリアする必要性を提案するものである.具体的には,①動物モデルは有効性を示しただけではだめで,実験の質の高さをアセスメント・スコア(10項目10点満点;peer reviewを受けたか,体温コントロールは適切か,マスク化,ランダム化,適切なモデル,サンプルサイズなど)にて点数化する必要がある.これで質の高さが証明できればヒトでの検討に移る.②まずヒト組織(神経培養細胞,OGDモデル)を用いて有効性を確認する,③つぎに薬剤が脳に本当に到達しているのか,PETにて評価する(例えば薬剤をC11で標識し,治療標的部位となるペナンブラ領域に到達しているかをPET`上で確認する),④さらにTIA後の症例やminor strokeの既往のある症例などでの効果判定する.これらすべてのステップをクリアできれば治験に入ることができるというものである.何とも高いハードルに思えるが,このシステムが導入されれば,たしかに無効な薬剤は早期の段階で除外できることになるだろう.
 
 いずれにしても動物実験で有効性が示されたNXY-059が,ヒトで効かなかった原因をきちんと検討することが大切であろう.NXY-059が効かないとなると,日本が世界に誇る神経保護薬free radical scavengerエダラボン(ラジカット)が本当に効いているのか心配になるのは私だけではないだろう.エダラボンに関してもちゃんとポスター発表があったが,ラットとマウスの脳梗塞での有効性を示したというもので,動物で効いたのだからworld-wideに治験を行い,効果を証明したいという考察であった.本邦ではすでに使われている薬剤でもあり何とも不思議な話であるが,新しいroadmapに従い,上記の4段階をクリアできている薬なのか評価しても良いのかもしれない.

International Stroke Meeting
Comments (6)
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ALSと一番(?)間違いやすい病気

2007年02月02日 | 運動ニューロン疾患
 ALSの診断はきわめて慎重に行なう必要があるが,確実な診断を下せる検査が存在しないため,基本的には臨床像や他の鑑別すべき疾患を丹念に除外して診断することになる.球麻痺症状,上位ニューロン徴候,下位ニューロン徴候が揃えば診断も比較的容易だが,常にそれらが揃うとは限らず,その場合には診断確実性のグレード化を行いながら診断をつける(El Escorialの基準).ただし,診断のグレードが低いほど,ALS以外の他の疾患である可能性も残る.

 個人的にALSとの鑑別が一番難しいと思う疾患は封入体筋炎(IBM)である.発症年齢は50歳以上で多く,成人の炎症性筋疾患としてはPM/DMに次ぎ,16-30%を占めるとされ,孤発性である.筋力低下は四肢・体幹に見られるが,遠位筋・近位筋いずれも生じうる.大腿四頭筋が侵されることや,手首や手指の屈曲が侵されることがある.筋電図ではunitがlong durationを呈することがあることは比較的知られているが,筋疾患であるのに関わらず,何とfasciculation(!)や腱反射亢進を伴うことが報告されている(Arch Neurol 58; 1253-1256, 2001).ではALSとどう鑑別すればよいのだろうか?

 一番,有用な検査はどうも筋のCTないしMRIのようである.大腿部の筋肉ではかなり特徴的な所見を呈することが知られていて,筋MRIを行ったIBM 9例中7例で,大腿四頭筋のintensityの変化が見られ,かつそのうちの5例で,大腿四頭筋のうち,なぜか大腿直筋は侵されず,それ以外のvastus lateralis, intermedius, medialisの3つの筋にはっきりと異常信号が確認できる.また下腿レベルでは腓腹筋内側のみが侵される(Muscle Nerve 24; 1526-1534, 2001).もしこのパターンが見られれば,IBMを疑い筋生検にて確定診断を行うべきである.とくに大腿における大腿直筋がスペアされるパターンは他の疾患で見た覚えはなくIBMに特異性の高い所見であると思われる.ALSを疑いつつも経過のわりに症状の軽い症例や,大腿四頭筋に萎縮が強い症例では,IBMを確実にrule outすることが必要であろう.

Comments (8)
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