Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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筋萎縮性側索硬化症ではglymphatic systemの障害が生じている

2024年12月21日 | 機能性神経障害
筋萎縮性側索硬化症(ALS)と原発性側索硬化症(PLS)におけるglymphatic systemの機能を縦断的に評価した研究が,カナダ・カルガリー大学等からBrain誌に報告されました.

対象はALS患者18名,PLS患者5名,健常者22名の合計45名で,0か月,4か月,8か月の3つの時点でMRIを用いてglymphatic systemの機能を測定しました.方法は拡散テンソルイメージング(DTI)を用いてglymphatic systemを間接的に評価するDTI-ALPS法というものです.

さて結果ですが,ALS群のglymphatic機能(DTI-ALPS指数)は,健常者およびPLS群に比べて有意に低下していました(図1).この低下は,4か月,8か月と,病期が進行しても持続していました(図2).



一方で,PLS群では健常者と同等にglymphatic機能が維持されていました.またALS患者におけるDTI-ALPS指数の低下は年齢とともに顕著になりましたが(図3),疾患の進行度や機能評価スコア(ALSFRS-R)との関連は認めませんでした.



以上より,ALSの病態機序にglymphatic systemの障害が関与する可能性が示唆されました.また同じ運動ニューロン疾患であっても,ALSとPLSではglymphatic systemの障害に関しては異なることが示されました.つまり両疾患で,異常タンパクの蓄積具合が異なる可能性があります.

今後,glymphatic systemの評価指標が,ALSの診断バイオマーカーや治療標的に応用できるか検討されるものと思われます.またglymphatic systemは睡眠と密接な関連がありますので,ALSにおける睡眠障害が影響しているか,今後明らかにする必要があると思いました.もしかしたらALSにおける睡眠の改善が治療になるということもあるかもしれません.

Sharkey RJ, et al. Longitudinal analysis of glymphatic function in amyotrophic lateral sclerosis and primary lateral sclerosis. Brain. 2024 Dec 3;147(12):4026-4032.(doi.org/10.1093/brain/awae288

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コロナ後遺症オンライン研修会 ~神経症状や認知機能への影響及び合併疾患を有する方の診療~

2024年11月22日 | 機能性神経障害
コロナ後遺症オンライン研修会 ~神経症状や認知機能への影響及び合併疾患を有する方の診療~ (12月15日(日)開催)

東京都主催のコロナ後遺症オンライン研修会にて講演をさせていただくことになりました.対象は医師,看護師,薬剤師などの医療従事者等とのことです.よろしければ下記よりご登録ください.参加申込は12/10(火)13時までとのことです.
https://www.corona-kouisyou.metro.tokyo.lg.jp/iryomuke/kensyu/


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ハンセン病を正しく理解しよう!

2024年10月31日 | 機能性神経障害
ハンセン病に関するミニレクチャーを行いました.ハンセン病は,主に皮膚と末梢神経に影響を及ぼす抗酸菌感染症です.1873年,ノルウェーの医師Armauer Hansenにより原因菌Mycobacterium lepraeが発見されました.

ハンセン病の日本での新規発症は極めて稀ですが,ハンセン病の流行が依然として続いている地域で感染した在日外国人の方々の発症は生じています.今回,診療の機会がありましたので,この病気の歴史を若い先生方や医学生に伝えようと思いスライドを作りました.具体的には,我が国でかつて「癩・らい(=病気でただれるの意)」という差別的ニュアンスを含む病名で呼ばれていたこと,さらに隔離政策が行われたことで患者さんが偏見や差別に苦しんだこと,その偏見や差別はいまなお根強く残っており,社会的支援が必要とされていることを伝えたいと思いました.私は北條民雄(1914-1937)の自身の体験に基づく短編小説「いのちの初夜」を読んでこの歴史を学びました.

YouTubeを検索しても,ハンセン病の歴史と現状に関する動画も複数,見ることができます.以下より講義で使用したスライドをご覧いただけます.
https://www.docswell.com/s/8003883581/ZN1JDV-2024-10-31-132126

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機能性神経障害患者さんに「医原性の害」を与えないために ―ヒポクラテスの誓いの観点から―

2024年09月28日 | 機能性神経障害
古代ギリシャの医師ヒポクラテスが残した「ヒポクラテスの誓い」は,医師が患者を治療する際の倫理的なガイドラインとして今なお広く尊重されています.その中でも最も重要な教えの一つが「まず,害を与えない(Primum non nocere)」です.もちろん医師は患者さんに害を及ぼさないよう最善を尽くしています.しかし無意識のうちに「医原性の害(iatrogenic harm)」をもたらしていることがあります.その代表例が機能性神経障害(FND),歴史的にヒステリー,心因性疾患,解離性障害,転換性障害,身体表現性障害,心気症などと呼ばれてきた疾患への対応です.コロナ禍以降,複数の病院を受診したものの診断がつかず,回り回って来院したFND患者さんを少なからず診療しました.そのような患者さんは適切な対応がなされなかったため症状が悪化したり,精神的に傷ついたりしていました.このためFNDへの取り組みの必要性を感じ,先輩や仲間の先生方のお力をお借りして「機能性神経障害診療ハンドブック」を作ったわけです.

今回,Brain誌に掲載された総説は,FNDにおける「医原性の害」に焦点を当て,その原因と対策を提案しております.とくに重要なのは2つの表です.

◆「医原性の害」の8つの原因(表1)
① 誤診による不必要な治療:他の神経疾患と誤診されることによって,FND患者さんが不必要な薬物治療や手術を受けるケースが頻繁にあります.
② 誤診による心理社会的な害:誤診により他の疾患からFNDに診断が変わり,患者さんは混乱したりアイデンティティの喪失感を抱き,精神的な苦痛を経験します.
③ 診断と治療の遅れ:FNDの診断が遅れ,適切な治療を受けられない期間が長引くと,症状の慢性化やQOLの低下が起きます(FNDも治療が遅れると回復困難になります).
④ 医療現場での暴行や不適切な対応:緊急医療の現場では,FND患者に対する不適切な診察や対応(不要な痛み刺激や,意識障害を呈する臥位の患者の顔に手を落とすなど)が報告されています.
⑤ ラベリングによるスティグマ:FND患者は「仮病」とか「偽発作」として扱われることがあり,社会的なスティグマに苦しむことが多く,患者さんの自尊心を傷つけ,治療への意欲を削いでしまいます.
⑥ 機能性障害の概念の誤用と誤解:FNDが「精神的な問題」と誤解され,患者が正当な治療を受けられないことがあります.
⑦ 過小診断や過剰診断:FND患者が他の神経疾患も併発している場合,それが診断や治療の過程で見逃されることがあります.FND患者の新たな症状が出現した際に,十分な検査が行われないケースもあります.
⑧ その他の疾患との混同による誤診:精神疾患等を有する患者さんに対して,十分な評価を行わずにFNDと診断されることがある.

◆ 医原性の害を軽減するための5つの方法(表2)
① 誤診のリスクを減らすための診断基準の明確化:FNDは「除外診断」ではなく,診断基準,具体的には「陽性徴候」に基づいて正確に診断されるべきです.これにより,誤診のリスクが大幅に軽減されます.
② FNDを早期に診断リストに含める:診断の早期の段階からFNDを考慮することで,診断の遅れによる害を減らすことができます.
③ 教育・啓発を行う:医療従事者に対する教育を強化し,FNDに関する最新の知識を普及させることが重要です.患者さんのコミュニケーション不足やスティグマを防止します.
④ FNDに対する医療サービスの改善:FNDに対する治療の提供が,他の神経疾患と同等に行われるよう,リソースの充実や研究資金の増加が求められます.
⑤ 患者団体や専門家との連携強化:患者団体や専門家との協力を強化し,FNDに対する社会的認識を向上させる必要があります.

この論文は,医療現場においてFND患者のケアを改善し,被害を最小限に抑えるための重要な指針となるものだと思います.オープンアクセスですのでぜひご一読ください.
Mcloughlin C, Lee WH, Carson A, Stone J. Iatrogenic harm in functional neurological disorder. Brain. 2024 Sep 6:awae283.(doi.org/10.1093/brain/awae283


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麻薬性鎮痛薬(オピオイド)によるCHANTER症候群の初めての病理所見と本邦初報告の意外な経過

2024年09月11日 | 機能性神経障害
図1Aと図2bの海馬のギザギザ,見慣れない所見だと思います.基底核/海馬/小脳の浮腫と制限拡散(restricted diffusion)を伴うこの画像所見をCerebellar Hippocampal and Basal Nuclei Transient Edema with Restricted Diffusion (CHANTER) と呼びます.この画像を呈するCHANTER症候群は,オピオイド(麻薬性鎮痛薬)使用後に生じる急性中毒による脳症です.急性小脳浮腫は徐々に増悪し,閉塞性水頭症に進行するパターンを呈します.この画像所見を知っておくことで早期診断が可能になり,外科的処置を含めた積極的な浮腫対策ができるようになります.



この症候群が初めて記載されたのは2019年(Jasne AS. et al)で,2022年から論文報告が増加しています.Mallikarjunらはフェンタニル(鎮痛薬として使用される非常に強力な合成オピオイド)の過量使用後に発症した3症例を報告しています.背景には「オピオイドクライシス」,すなわち米国で社会問題化している麻薬性鎮痛薬中毒患者の激増があります.日本はオピオイドに対する規制が厳しいと言われていましたが,一部に不適切使用があるとも言われて,さらに症例報告もなされはじめ,今後,この画像所見に遭遇する可能性があります.興味深い症例報告を2つご紹介します.
Jansen N, et al. CHANTER syndrome in the context of pain medication: a case report. BMC Neurol. 2024;24(1):249.(doi.org/10.1186/s12883-024-03748-3
Jasne AS, et al. Cerebellar Hippocampal and Basal Nuclei Transient Edema with Restricted diffusion (CHANTER) Syndrome. Neurocrit Care. 2019;31(2):288-296.(doi.org/10.1007/s12028-018-00666-4
Mallikarjun KS, et al. Neuroimaging Findings in CHANTER Syndrome: A Case Series. AJNR Am J Neuroradiol. 2022;43(8):1136-1141.(doi.org/10.3174/ajnr.A7569

【初めての病理所見の報告】
米国の報告.45歳男性.薬物依存の既往.意識障害にて救急搬送.尿検査でフェンタニルとカンナビノイド陽性.頭部CTで両側小脳半球の大きな低吸収域,脳幹圧迫と閉塞性水頭症あり.第2病日の頭部MRIでCHANTERを認めた(図2).減圧開頭術および後頭蓋窩組織の切除,C1椎骨の椎弓切除が行われたものの,発症4日後に死亡し剖検が行われた.病理所見は以下になる.
1)部位:小脳,海馬,淡蒼球の対称的かつ広範な浮腫,壊死,出血.とくに海馬のCA1領域と淡蒼球が顕著.
2)好酸球性神経細胞壊死の存在:低酸素性・虚血性損傷を反映.
3)血管変化:壊死した血管および反応性の血管変化が小脳や海馬で認められる.
4)軸索の膨化およびマクロファージ浸潤:淡蒼球および内包では,軸索の膨化や泡沫状のマクロファージの存在が観察され,亜急性の梗塞を示唆する.
5)出血および壊死:小脳における大きな出血と壊死.



つまりCHANTER症候群はオピオイドの細胞毒性のみならず,低酸素・虚血の両方の機序が関与していることを示唆しています.これまでの実験モデルを支持するものらしいのですが,標的治療法を開発するためには,より正確な細胞経路を明確にする必要があります.
Schwetye KE, et al. Histopathologic correlates of opioid-associated injury in CHANTER syndrome: first report of a post-mortem examination. Acta Neuropathol. 2024 Aug 31;148(1):33.(doi.org/10.1007/s00401-024-02797-9

【遅発性低酸素性白質脳症を呈した本邦例の報告】
京都大学の意識障害患者の症例報告で,当初,一酸化炭素(CO)中毒と診断されたものの,のちにオピオイドであるトラマドールの過剰摂取が判明しました.急性期MRI所見は,両側淡蒼球と小脳の異常信号を認め,CHANTER症候群が示唆されました.集中治療により意識レベルは回復したものの,入院3週目頃から徐々に意識状態が悪化.25日目の頭部MRIで新たなびまん性白質異常信号が認められ,遅発性低酸素性白質脳症(delayed post-hypoxic leukoencephalopathy;DPHL)が疑われました(図3).これは急性低酸素症の回復後に神経・精神症状が出現する病態で,ほとんどの症例はCO中毒に伴うものですが,一部は過剰なオピオイドの使用に関連して発症するそうです.脳脊髄液ミエリン塩基性蛋白の著しい上昇あり.58日目から高圧酸素療法を試験的に開始したところ,患者の状態は徐々に改善しました(計63回施行).この症例からもCHANTER症候群の病態では脳虚血が関与することが伺えます.



オピオイドの使用はおそらく整形外科疾患領域を中心に増加傾向にあるのではないかと思います.上記のような症例の増加を防ぐため,オピオイドの適切な処方を呼びかける必要があります.
Jingami N, et al. Case report: Consecutive hyperbaric oxygen therapy for delayed post-hypoxic leukoencephalopathy resulting from CHANTER syndrome caused by opioid intoxication. Front Med (Lausanne). 2024 Apr 17;11:1364038.(doi.org/10.3389/fmed.2024.1364038

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機能性運動障害に合併する疾患―頭痛とパーキンソン病に関する2つの論文―

2024年08月14日 | 機能性神経障害
近年,欧米において機能性神経障害(functional neurological disorder; FND)の疾患概念が確立し,適切な診断および治療について盛んに検討が行われています.本邦でも,徐々にその理解が進んでいるものの十分とは言えず,その啓発は今後の重要な課題と言えます.FNDのひとつ,機能性運動異常症(functional movement disorder; FMD)に関して興味深い論文が2報ありましたのでご紹介します.

【その1.FMDでは頭痛を高率に合併し,合併のタイミングで特徴が異なる可能性がある】
FNDでは主症状以外に,疲労>記憶障害>頭痛>排尿障害といった関連症状を合併することが知られています(Eur J Neurol. 2021;28:3591-3602).FMDでも頭痛が頻繁に見られますが,その特徴を評価した研究はほとんどありません.スペインからFMDにおける頭痛の発生率,特徴,合併のタイミングを調べた観察コホート研究が報告されました.

結果はFMD患者51名のうち,40人(78%)が反復性の頭痛を呈していました.頭痛の強さは中等度から重度が多く(83%),約2/3は9日/月以上の頭痛を認めました.頭痛による障害の程度は高く,HIT-6中央値(四分位範囲)は62(49–66)でした.頭痛に伴う症状としては悪心・嘔吐,光過敏・音過敏,運動麻痺・不安定性,視覚症状,言語障害を認めました(図1).



ICHD-3による診断は片頭痛または片頭痛疑い(probable migraine)が23人(58%),緊張型頭痛が11人(27%),新規発症持続性連日性頭痛(NDPH)が2人(5%),一次性運動時頭痛が1人(3%),分類不能が3人(7%)でした.頭痛の合併タイミングは,FMDの発症前が28人(70%),FMDの発症後が5人(12%),同時が6人(15%)でした.最後の群では,6人中4人(67%)が発症から連日の頭痛を訴え,2人はNDPHの基準を満たしていました.

以上より,頭痛はFMDにしばしば合併すること,また片頭痛や緊張型頭痛に加えて,NDPHが認められる可能性が示唆されました.興味深いのは,頭痛の特徴がFMDの発症前後,もしくは同時に始まるかで異なる可能性がある点です.同時発症はより重要なのかもしれません.いずれにせよFMDでは頭痛に注意し,認める場合は積極的に治療を行うこと,ならびに多数例での前向き研究を行うことが必要と考えられます.
Riva E, Kurtis MM, Valls A, Franch O, Pareés I. Beyond movement: Headache in patients with functional movement disorders. Headache. 2024 Aug 1.(doi.org/10.1111/head.14804

【その2.FMDをパーキンソン病の新たな前駆症状と考えて検討すべきである】
FMDは他の神経変性疾患にも合併することがあり,特にパーキンソン病(PD)は有名です(アルツハイマー病やPSPでは稀です).最近のコホート研究や症例集積研究から,FMDがPDの診断に先行して認められることが注目されています.つまりFMDがPDの前駆症状である可能性があります.この現象をどう考えるべきか,英国のKailash Bhatia先生らが検討した総説がMov Disord誌に発表されています.

まずFMDがPDに先行する機序について3つの可能性を提示しています.
1.初期のPDをFMDと誤診している可能性
2.不安,うつ病,疲労,痛みなどのPDの非運動症状が,FNDにおいても共通のリスク因子として作用する可能性
3.早期の神経変性(特にドーパミン神経伝達の欠乏)がFMDをきたす可能性
とくに著者は3の可能性を考えておられるようです.図2はFMDとPDが共通する脳のネットワークや機能障害に関連している可能性を議論したものです.難しいのですが,具体的には運動生成の変化,運動の自動性の喪失,フィードフォワード運動信号と最終的な運動出力の感覚信号との間の不一致として理解されるエージェンシーの喪失,感情処理の障害が提示されています.



臨床的に必要なのは,FMDとPDの誤診を避けるために,①それぞれの陽性徴候を積極的にチェックすること(とくにFMDの陽性徴候をマスターすること),②レム睡眠行動障害,自律神経障害,嗅覚低下など,PDのその他の非運動症状をチェックすること,③発症早期では感度が低いDATスキャンに診断を依存することをやめること(DAT陰性=FMDではなくPDでもあり得るということです),が大切になります.
Matar E, et al. Functional Movement Disorder as a Prodromal Symptom of Parkinson's Disease-Clinical and Pathophysiological Insights. Mov Disord. 2024 Aug 9.(doi.org/10.1002/mds.29958


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上肢の機能性運動異常症に対する理学療法(注意をそらす技術とフィードバックを活かす)

2024年07月08日 | 機能性神経障害
機能性神経障害のひとつ,機能性運動異常症の治療法は難しく,情報も限られています.認知行動療法を試みても症状が改善しない場合,次の一手はリハビリになります.Tremor Other Hyperkinet Mov誌に,外来リハビリが有効であった2症例のケースレポートが出ていて「こうやって治療するのか!!」ととても参考になりましたのでご紹介します.

症例1: ジャグリング(お手玉)を使う
21歳女性.19歳から眼瞼開閉障害と口周囲けいれんに悩まされていた.治療としてジャグリングを導入した.これは症状から注意をそらす効果がある.まず1つのボールから始め,慣れてきたら2つ,3つと増やしていった.その効果を鏡で直接,確認してもらったり,ビデオで撮影して後で再生してもらったり,自分で認識しながら,症状を制御することを促した.3週間後,症状は消失し,仕事に復帰した.1年以上.再発はない.→ジャグリングのような注意をそらす技術とフィードバックを組み合わせることが有用である.



症例2: 触覚と聴覚をうまく使う
58歳女性.左手の振戦,疲労,痛みで6年間悩んでいた.治療として質感(テクスチャー)による感覚刺激とリズム運動課題を行った.異なる質感の物体,例えば,砂,布,プラスチックなどに触れることで感覚入力が増え,振戦への意識をそらした.また手拍子や足踏みなど,リズムに合わせた動きを取り入れることで,手の動きがしやすくなるだけでなく,症状からも注意をそらすことができた.ビデオフィードバックを用いて症状の回復を視覚化した.治療の結果,改善し,仕事に復帰した.

つまり機能性運動異常症の治療は以下の3本柱からなります.
1. 心理教育: 患者が自身の病状を理解し受け入れることを促進する(=認知行動療法).
2. 注意訓練: 患者の注意を症状からそらし,症状の軽減を図る.
3. 自己効力感: 患者の主体性を高め,個々の興味を取り入れることで治療の効果を高める.


今回の論文は,このうちの2と3に関わるわけです.従来の理学療法とは異なり,機能不全や影響を受けた肢体に焦点を当てず,自動的な内在的な動きを重視し,病的な動きを減少させることを目指すということになります.大変勉強になりました.
Degen-Plöger C, et al. Individualized Physiotherapy of Upper Body Functional Movement Disorder - Two Illustrative Cases. Tremor Other Hyperkinet Mov (N Y). 2024 Jun 28;14:29.(doi.org/10.5334/tohm.895)フリーアクセス

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機能性神経障害診療ハンドブック 予約開始と先行販売のご案内

2024年05月25日 | 機能性神経障害
機能性神経障害(FND)は,ヒステリー,心因性疾患,転換性障害,身体表現性障害,心気症,詐病など,さまざまな病名で呼ばれてきたcommon diseaseです.歴史的に見ると,戦時中に心的ストレスの影響で患者数が増加したのは有名ですが,現代においてもパンデミックやコロナワクチン接種の影響で患者さんを診る機会が大幅に増えました.近年,海外を中心にFNDに対する診療は大きく変わりつつあります.とくに症状は偽りではなくかなりの苦痛と障害を伴うこと,FNDを示唆する陽性徴候から積極的に診断する必要があること,正しい診断・治療を行えば改善する患者さんが少なくないことを医療者は認識する必要があります.

本邦でも日本神経学会や日本臨床神経生理学会が,教育コースやシンポジウムを行ってきましたが,FNDの正しい診療が十分に浸透しているとは言い難い状況です.このため日本神経学会は,2022年に「機能性疾患/精神科領域疾患セクション」を設置し,FNDに対する診療レベルの向上を目指した試みを開始しました.またこれまでなかった本格的な教科書を作る必要がありました.下記に示すエキスパートの脳神経内科医,精神科医の先生方にご協力いただき,標題の本がついに完成しました.

また脳神経内科,精神科の境界領域にはFNDだけでなく,向精神薬による薬剤誘発性運動障害がありますし,カタトニア・カタプレキシー・PNES・常同運動・チックなどの運動障害もあります.さらに認知症や自己免疫性脳炎など2領域にまたがる疾患もあります.本書ではこれらについても独立した章として取り上げました.FNDにファーストタッチしうる総合診療科の先生方にも役立つものと思います.本書が多くの先生方や患者さんのお役に立てば望外の喜びです.

なおアマゾンではすでに予約開始されました.29日からの第65回日本神経学会学術大会でも先行販売されます.
アマゾン予約ページ
中外医学社HP 

【目次と著者】
I 機能性神経障害 ―総論―
1 FNDの診断治療の考え方 (園生雅弘)
2 歴史から学ぶ(1):シャルコー以前のヒステリー (柴山秀博)
3 歴史から学ぶ(2):シャルコーの火曜講義録に見る機能性神経症状 (岩田 誠)
4 歴史から学ぶ(3):精神分析とヒステリー (加藤隆弘)
5 転換性障害の精神科的概念 (吉村匡史)
6 FNDとフェミニズム (飯嶋 睦)
7 診療のコツ・注意点 (廣瀬源二郎)
8 受診診療科により異なる診療のコツ・注意点 (堀 有行)
9 Stroke mimicsとしてのFND (下畑享良)
10 身につけるべき症候学 (園生雅弘)
11 FNDに間違いやすい神経疾患を通してFNDを考える (福武敏夫)
12 FNDを合併しやすい神経疾患 (今井 昇)
13 コロナウイルス感染症の後遺症 (大平雅之)
14 COVID—19とFND (下畑享良)
15 FNDに合併しやすい精神疾患 (是木明宏)
16 FNDの病態 (冨山誠彦)
17 電気生理学的検査 (関口輝彦)
18 FNDにおける脳画像研究の現状について (吉野敦雄)
19 治療(1):脳神経内科的アプローチ (神林隆道)
20 治療(2):心身医学・精神医学的アプローチ (福永幹彦)
21 FNDに対するリハビリテーション医療 (角田 亘)
 
II 機能性神経障害 ―各論―
1 機能性運動麻痺 (安藤哲朗)
2 機能性感覚障害 (関口兼司)
3 機能性振戦 (渡辺宏久)
4 機能性ジストニア (下畑享良)
5 機能性ミオクローヌス (守安正太郎 花島律子)
6 機能性チック (藤岡伸助 高橋信敬 坪井義夫)
7 機能性パーキンソニズム,およびパーキンソン病に合併しやすい機能性運動障害 (武田 篤)
8 機能性歩行障害 (大熊泰之)
9 機能性発作性運動障害 (田代 淳)
10 機能性顔面障害 (仙石錬平)
11 機能性発声障害 (竹本直樹 讃岐徹治)
12 小児の機能性運動障害 (久保田雅也)
 
III 薬剤誘発性運動障害
1 Neuroleptic malignant syndrome(NMS,悪性症候群) (服部早紀 岸田郁子 河西千秋)
2 セロトニン症候群 (長田高志)
3 ドパミン拮抗薬によるパーキンソニズム (関 守信)
4 遅発性ジスキネジア (野元正弘)
5 薬原性アカシジア (稲田俊也)
6 急性ジストニア (宮本亮介)
7 レストレスレッグス症候群 (岡 靖哲)
8 抗うつ薬による運動障害 (佐光 亘)
9 薬剤誘発性振戦・ミオクローヌス (坪井 崇)
10 薬剤誘発性運動障害・薬剤誘発性小脳性運動失調 (太田康之)
 
IV 境界領域の運動障害
1 せん妄とカタトニア (西尾慶之)
2 過眠症・カタプレキシー (鈴木圭輔 小俣伸介 木村真由香)
3 心因性非てんかん発作(PNES) (赤松直樹)
4 PNESにおける脳波検査 (村田佳子)
5 常同運動(Motor stereotypies) (野村芳子)
6 チックとTourette症候群 (星野恭子)
7 ADHD,ASD,OCDと運動障害 (金生由紀子)
 
V 境界領域の精神・神経疾患
1 レビー小体型認知症 (織茂智之)
2 前頭側頭型認知症 (渡辺宏久)
3 ハンチントン病 (長谷川一子)
4 自己免疫性精神病 (木村暁夫)
5 自己免疫性運動障害 (大野陽哉)

最後になりますが,真摯な思いを込めた素晴らしい原稿をご執筆くださった先生方に深く御礼申し上げます.




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機能性神経障害「La Lésion Dynamique(動的病変)とは何か?」Mark Hallett教授の講義より

2024年04月15日 | 機能性神経障害
いつもより早起きして,開催中の米国神経学会年次総会2024のPresidential plenary lectureを拝聴しました.圧巻はGlymphatic Systemを提唱したMaiken Nedergaard教授の講義と,運動異常症のオーソリティである米国NIHのMark Hallett教授の機能性神経障害(FND)の講義でした.ここでは後者についてご紹介します.

タイトルは「Functional Neurological Disorder: La Lésion Dynamique」でした.「La Lésion Dynamique(動的病変)」は,Jean-Martin Charcotがヒステリーの病態として唱えた概念で,この言葉が彼の著作や講義でしばしば使われました.Charcotは催眠療法で改善するヒステリーを生理的・動的な疾患と考え,「La Lésion Dynamique(動的病変)」という概念を唱えました.しかしそれが具体的に何を意味するのかは不明でした.

Hallett教授は2006年,FNDの病態・診断・治療は不明で,患者数が多いにも関わらず何もできず,患者はあちこちの病院をdoctor shoppingせざるを得ない状況について「a crisis of neurology」,つまり神経学は危機に瀕していると述べました.その後,Hallett教授のチームは,「動的病変」の解明,つまり心理的な要因が脳のどのような部位にどんな影響を及ぼすのかを検討しました.その結果,種々のMRIや機能画像を用いて,①扁桃体の解剖学的異常,②辺縁系の結合性の異常,③辺縁系の過活動が生じていることを見出しました.そしてFNDは実際に存在するリアルな疾患であること,Charcotが考えたように,神経変性や神経炎症などと並らぶ1つの病態と考えるべきと強調しています.そしてもっと責任病変や病態生理を学ぶ必要があり,それこそが治療法の改善につながると述べています.さらなるFND研究が「神経学の危機」に終止符を打ち,多くの患者を救うとも述べています.日本はFNDの臨床や研究が海外より遅れていますが,さらに取り組む必要性を感じました.
AAN Annual meeting 2024. Presidential plenary lecture
Robert Wartenberg Lecture: Functional Neurological Disorder: La Lésion Dynamique. Mark Hallett, MD, FAAN



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パンデミック後 急増した機能性チック様行動を症候で原発性チックと見分ける

2024年04月05日 | 機能性神経障害
機能性チック様行動(functional tic-like behaviors;FTLB)は機能性神経障害(functional neurological disorders; FND)のひとつです.パンデミック以降,世界中の運動障害クリニックでFTLBが劇的に増加したことが報告されました.原発性チックに似た動作や発声を呈します.すなわち,FTLBをトゥレット症候群と区別する必要があります.今回,カナダから両者の症候の違いについて検討した横断研究が報告されました.

対象は236名(20歳未満)で,原発性チック195名(75%男性;平均年齢10.8歳)とFTLB 41名(98%女性;16.1歳)です.二変量モデルでは,FTLBはcopropraxia;下品な動作をする(オッズ比15.5),単語を言う(14.5),coprolalia;下品な言葉を言う(13.1),popping;ぽんと音を立てる(11.0),whistling:口笛を鳴らす(9.8),単純な頭部の動き(8.6),自傷行為(6.9)と最も関連していました.つぎに多変量モデルでは,FTLBは依然として,単語を言う(13.5)および単純な頭部の動き(6.3),そして年齢と関連していました.逆に原発性チックでしばしば認めるthroat clearing tics(咳払いする動作)はFTLBの12.2%のみと少ないことが分かりました(0.2)(図).



以上より,単純な頭の動きと言葉の発音を認め,咳払いする動作を認めない場合,症候学的にはFTLBを考えるということになります.逆に3つの音韻チック(popping noises, whistling,clicking)はトゥレット症候群ではまれということも分かりました(それぞれ2%,4%,6%).以上より,発症年齢が遅く,症状が急速に進展し,上述の症候を認める場合,FTLBを考え,誤った診断をしないことが重要ということになります.
Nilles C, et al. What are the Key Phenomenological Clues to Diagnose Functional Tic-Like Behaviors in the Pandemic Era? Mov Disord Clin Pract. 2024 Jan 25.(doi.org/10.1002/mdc3.13977

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