私の尊敬する世界的な免疫学者多田富雄先生(以前のブログ記事参照 その1, その2)が,脳梗塞発症後1年間の闘病の記録,およびその後6年間に書かれた随想を加えたエッセイ集を刊行なさった(寡黙なる巨人).脳卒中治療を行う神経内科の若い先生に是非読んでいただきたい1冊である.ややもすると脳梗塞の勉強は病型分類とかt-PAのタイミングとかにばかり関心が注がれてしまいそうになるが,この本を読んでいただけると,それ以上に大切なこと,たとえば脳卒中患者さんの気持ちやリハビリの意義,充実した人生とは何か,といった様々なことがらを深く考えるきっかけになるのではないかと思う.
闘病記を拝見すると,右片麻痺,失語,重度の仮性球麻痺を発症した直後,多田先生は絶望に身を任せるばかりで暇さえあれば死ぬことばかり考えていたそうだ.しかしそれがリハビリを始めてのち,ご自身の中にもう一人の自分,つまり前の自分ではない「新しい人」が生まれてきたことを契機に,考え方が徐々に変わってきた過程を詳細に記述なさっておられる.
「それは電撃のように私の脳を駆け巡った.昨夜,右足の親指とともに何かが私の中でピクリと動いたようだった(中略)もし機能が回復するとしたら,元通りに神経が再生したからではない.それは新たに創り出されるものだ.もし私が声を取り戻して,私の声帯を使って言葉を発したとして,それは私の声だろうか.そうではあるまい.私が一歩を踏み出すとしたら,それは失われた私の足を借りて,何者かが歩き始めるのだ.もし万が一,私の右手が動いて何ものかを掴んだとしたら,それは私ではない何者かが掴んだはずなのだ(中略)新しいものよ,早く目覚めよ.それはいまは弱々しく鈍重だが,彼は無限の可能性を秘めて私の中に胎動しているように感じた.私には,彼が縛られたまま沈黙している巨人のように思われた」
なぜ前の自分ではない「新しい人」を巨人と呼んだかというと,期待が大きかったからでも期待に答えて彼が大きく育ったからでもない.ただ杖で歩こうとするときの不器用な動作,立ち上がれないでしりもちをついたら,どんなにあがいても起き上がれないという無様な姿からそう呼んだそうである.おそらく脳の中で起こった「可塑性」をこのように体感されておられるのであろう.
その後,多田先生はリハビリを続け,例の百八十日リハビリテーション診療報酬改定の白紙撤回運動に取り組み,その運動は中医協の土田会長の英断ともいえる改定案を引き出し大きな前進をもたらした.しかしながら,その後の厚労省の対応は「緩和措置」という名のもとに,ありとあらゆる手段を用いて,改定案をほとんど骨抜きにしてしまった.失語のため口数の少ない「寡黙な巨人」はいまも厚労省の役人とのあいだで弱者の人権を護る戦いを続けているのである.個人的にこの週末は思い悩むことがあったが,この本を読んで勇気をいただいたような気がする.
寡黙なる巨人
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PS; あと松井秀喜選手親子の書かれた「父から学んだこと、息子に教えられたこと」も素晴らしい本だった.
闘病記を拝見すると,右片麻痺,失語,重度の仮性球麻痺を発症した直後,多田先生は絶望に身を任せるばかりで暇さえあれば死ぬことばかり考えていたそうだ.しかしそれがリハビリを始めてのち,ご自身の中にもう一人の自分,つまり前の自分ではない「新しい人」が生まれてきたことを契機に,考え方が徐々に変わってきた過程を詳細に記述なさっておられる.
「それは電撃のように私の脳を駆け巡った.昨夜,右足の親指とともに何かが私の中でピクリと動いたようだった(中略)もし機能が回復するとしたら,元通りに神経が再生したからではない.それは新たに創り出されるものだ.もし私が声を取り戻して,私の声帯を使って言葉を発したとして,それは私の声だろうか.そうではあるまい.私が一歩を踏み出すとしたら,それは失われた私の足を借りて,何者かが歩き始めるのだ.もし万が一,私の右手が動いて何ものかを掴んだとしたら,それは私ではない何者かが掴んだはずなのだ(中略)新しいものよ,早く目覚めよ.それはいまは弱々しく鈍重だが,彼は無限の可能性を秘めて私の中に胎動しているように感じた.私には,彼が縛られたまま沈黙している巨人のように思われた」
なぜ前の自分ではない「新しい人」を巨人と呼んだかというと,期待が大きかったからでも期待に答えて彼が大きく育ったからでもない.ただ杖で歩こうとするときの不器用な動作,立ち上がれないでしりもちをついたら,どんなにあがいても起き上がれないという無様な姿からそう呼んだそうである.おそらく脳の中で起こった「可塑性」をこのように体感されておられるのであろう.
その後,多田先生はリハビリを続け,例の百八十日リハビリテーション診療報酬改定の白紙撤回運動に取り組み,その運動は中医協の土田会長の英断ともいえる改定案を引き出し大きな前進をもたらした.しかしながら,その後の厚労省の対応は「緩和措置」という名のもとに,ありとあらゆる手段を用いて,改定案をほとんど骨抜きにしてしまった.失語のため口数の少ない「寡黙な巨人」はいまも厚労省の役人とのあいだで弱者の人権を護る戦いを続けているのである.個人的にこの週末は思い悩むことがあったが,この本を読んで勇気をいただいたような気がする.
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