Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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不眠症に対する認知行動療法(CBT-I)セミナーに参加しました!

2023年09月18日 | 睡眠に伴う疾患
ときどき父から「睡眠専門医の資格を持っていても,親の不眠症ひとつ良くすることができないのか・・・」と嘆かれます.私も我ながら不甲斐なく思います.さてこの週末,日本睡眠学会第45回定期学術集会(横浜)に参加し,指導医講習会と標題のセミナーに参加しました.「認知行動療法(Cognitive Behavior Therapy;CBT)」は心理療法のひとつで,私が関心を持っている機能性神経障害の治療でも使われます.しかし脳神経内科医には馴染みがなく,しっかりする勉強する必要性を感じていました.

【認知行動療法はストレス反応の4つの側面のうち「認知」と「行動」にアプローチする】
まずCBTの考え方についてまとめます.ストレスを感じる出来事が起きた時に「頭の中に浮かぶ考え(認知)」,「感じる気持ち(感情)」,「体の反応(身体)」,「振る舞い(行動)」に注目します(図1).



つまり「ストレス反応」は上記の4つの側面に分けられるわけですが,それらは互いに影響を及ぼし合い悪循環を生み出します.CBTは,この4側面のうち,自分の意志でコントロールしやすい「認知」や「行動」の幅を広げたり,変えたりすることで,気分や身体を楽にして,ストレスとうまく付き合っていけるようにすることを目指します.つまり「認知」と「行動」に以下の技法によりアプローチする心理療法がCBTになります.

◆行動:生活リズムを整えたり,喜びや達成感がある活動を増やす「行動活性化」という技法
◆認知:出来事に対する考えを見直したり,考えの幅を広げたりする「認知再構成」という技法

参考:そもそも認知行動療法(CBT)ってなに?(NCNP病院ホームページ)

【不眠症に対する認知行動療法】
不眠症に対する治療として,日本では睡眠薬が一般的で,心理療法はほとんど実施されていません.しかし不眠症に対する認知行動療法(CBT for insomnia;CBT-I)はすでに治療プロトコールが確立しており,エビデンスレベルも高く,米国などの海外では第一選択の治療となっています!睡眠薬のような即効性はありませんが,治療終了後も効果が持続するというメリットがあります.

CBT-Iの目的は,不眠の原因となっている生活や睡眠習慣を明らかにし修正することによって睡眠改善につながる生活習慣を身につけることです.一回50分のセッションを合計5~6回実施します(図2:東京新聞より引用).



CBT-Iのセミナーでは,以下のようなものを学びました.

1.患者さんとの治療関係の構築と睡眠状態の把握
2.不眠症を理解する(睡眠教育,睡眠衛生教育)
3.眠りを促すリラックス法(漸進的筋弛緩法)
4.適切な睡眠パターンを取り戻す(睡眠スケジュール法)
5.再発予防

以下がキーワードの解説です.
◆睡眠ダイアリー(日誌):睡眠日誌を記録するだけで生活習慣と睡眠の関連に気づいて不眠が改善する人もいる
◆睡眠教育・睡眠衛生:不眠の発生メカニズム,睡眠段階と年齢の関係,体温と睡眠,睡眠と覚醒リズム,生活習慣と睡眠などの正しい知識を学ぶ.
◆漸進的筋弛緩法:身体の様々な部位に力を入れて抜くことを繰り返し,力の抜き方を習得する技法.寝る前に筋弛緩法を実施してリラックス状態で入床する.
◆睡眠スケジュール法:実際に寝ている時間と寝床で横になってる時間のずれを修正する.例えば実際の睡眠時間が6時間の人が,10時間寝床に入っていたとすると睡眠の密度が薄くなり,質が低下してしまう.そこで睡眠の質を高めるために,臥床時間を実質の睡眠時間+30分に設定し,それに合わせて就床-起床時刻を決め,1週間実施する,高い睡眠の質を確保しながら実際の睡眠時間を伸ばしていく.

日本睡眠学会の「不眠症に対する認知行動療法マニュアル(図3)」は前半がマニュアル,後半が実際に使える説明資料になっていてオススメです.薄めの本ですが,私もこれを読んで概略が掴めました.父にも1冊お送りしました.



またCBT-Iを実践するためのアプリ「サスメド Med CBT-i 不眠障害用アプリ」も厚生労働省より医療機器製造販売承認を取得し,近日使用可能になるそうです.ただし治療効果は,個別治療>マニュアルに基づく治療>アプリでの治療の順になります.

一般の医師が外来で行うのは難しく,セミナーの参加も心理療法士の方が多いのかなと思いました.しかし医師もこの内容を理解していれば,患者さんへの不眠症への指導は大きく変わる感じがしました.

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なぜ加齢によりぐっすり眠れなくなるか? ―新しい認知症予防薬へ―

2022年02月28日 | 睡眠に伴う疾患
私は日本睡眠学会の専門医ですが,父から「親の不眠も治せないのに専門医とは・・・」と言われています.私は苦笑しながら「加齢により誰もが睡眠の質は低下するので,目が覚めるのは仕方がないのですよ」と言い訳をします.事実,この「睡眠の断片化」と呼ばれる現象は,種を超えて加齢で観察されます.しかしそのメカニズムはよく分かっておりません.

今回,スタンフォード大学から,視床下部の一部の神経細胞によって生成され,覚醒のために重要な役割を果たすヒポクレチン(別名オレキシン)に注目した画期的な研究がScience誌に報告されました.ちなみにこのヒポクレチンの分泌は日内変動し,哺乳類では日中で高く(よって覚醒する),夜間に低下します(よって眠くなる).またヒポクレチンが欠損する疾患が,過眠症を呈するナルコレプシー(Ⅰ型)です.

研究チームは,若齢と老齢マウスを選び,光遺伝学的手法を用いて,老齢マウスのヒポクレチン神経細胞は,若齢マウスと比べて約38%減少していることを確認しました.つぎに残存するヒポクレチン神経細胞は刺激に対してより感受性が高く,膜電位が脱分極し,過興奮性であることを明らかにしました.つまり神経細胞が頻繁に発火して,覚醒発作を引き起こすわけです.この機序を解明するため,細胞機能に重要な生物学的スイッチである電位依存性カリウムチャネルに着目しました.そして老齢ヒポクレチン神経細胞は,KCNQ2/3チャネルを介した再分極M電流の障害を認め,さらにKCNQ2チャネルの喪失が起きていました.単一核RNA-seq解析により,老齢ヒポクレチン神経細胞では前駆体prepro-Hcrt mRNAの転写が亢進し,さらにKCNQ2ファミリーサブタイプKCNQ2-1/2/3/5の割合が減少していることが分かりました.以上より,加齢により,再分極に関わる電位依存性カリウムチャネルが減少した結果,ヒポクレチン神経細胞の過興奮性が生じて,睡眠から覚醒への移行閾値を下げて「睡眠の断片化」が生じているものと考えられました.

この理解が正しいか検証するため,若齢マウスのヒポクレチン神経細胞におけるKCNQ2/3遺伝子を選択的にノックアウトすると睡眠断片化が引き起こされました.さらに若齢マウスにKCNQ2/3阻害剤を投与すると睡眠が断片化し,覚醒時間が延長しました.逆に老齢マウスにKCNQ選択的活性化剤(フルピルティン)を投与すると睡眠の質が改善し,さらに認知機能も改善しました!

本研究は加齢による睡眠の断片化のメカニズムを明らかにし,まったく新しい睡眠薬の開発につながるものです.そして不眠症は認知症の重要な危険因子ですので,KCNQ2/3チャネルを標的とする治療薬は高齢者の睡眠の質を改善するだけでなく,認知症の新たな予防薬となる可能性があります.臨床応用は極めて大きなインパクトをもたらすものと期待されます.

Li SB, et al. Hyperexcitable arousal circuits drive sleep instability during aging. Science. 2022 Feb 25;375(6583):eabh3021.




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うとうとしたときに「ひらめき」が湧く!

2021年12月13日 | 睡眠に伴う疾患
写真は手に鉄球を持ったトーマス・エジソン像です.エジソンは発明がうまくいかなくなると,鉄球を持って肘掛け椅子で昼寝をしました.睡魔に襲われて眠ると手にした鉄球が落ちますが,その音で目が覚めたときにインスピレーションが湧き上がったという有名な逸話があります.

それから100年以上経った今,フランスの研究者たちが,睡眠と覚醒の間の移行期,すなわち深い眠りの直前のうとうとし始める頃(睡眠医学的にはノンレム期のstage N1)に共通する脳活動が,創造的な閃きを引き起こすか検証しました.ちなみにこの時間帯は,筋が弛緩して,ヒプナゴジア(hypnagogia)と呼ばれる半覚醒状態になりますが,通常は外部から起こされない限り本人は気づきません.

さて実験は103名の眠りやすい参加者が集められ,ほとんど瞬時に解くことができる隠れたルールがある数学の問題を,そのルールを知らずに受けました.その後,右手にボトルを持って,暗い部屋の中で目を閉じて椅子に座って眠ってもらいました.そしてstage N1に15秒以上眠ることで,この隠れたルールを発見する確率が,眠る前の約3倍になりました(覚醒では15/59人:30%であったのに対し,N1後は20/24人:83%).この効果は深い眠りに入ると消失しました.

以上より,睡眠中には創造的なスイートスポット(creative sleep spot)が存在する可能性が示唆されました.さすがエジソンという感じですが,私も早速,ペットボトルを持って試してみたいと思います.
Sci Adv. 2021 Dec 10;7(50):eabj5866.(doi.org/10.1126/sciadv.abj5866)



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REM睡眠行動障害の臨床研究における倫理

2021年01月12日 | 睡眠に伴う疾患
REM睡眠行動障害(rapid eye movement(REM)sleep behavior disorder; RBD)は,夢内容の行動化を呈する睡眠時随伴症(パラソムニア)である.長期的な経過観察で,αシヌクレイノパチーの発症(phenoconversion)が高率に認められる.RBDは,他の検査(例えばドーパミン神経画像:doi.org/10.1093/brain/awaa365)との組み合わせによりαシヌクレイノパチーの早期診断を実現する可能性があり,病態修飾療法への応用が期待されている.その一方で,将来の発症リスクの告知は,患者に動揺をもたらす恐れがある.しかし患者には知る権利があることから,適切な時期や方法を事例ごとに検討した上で告知し,告知後はRBDに対する生活指導と治療を行い,精神的にも支援する必要がある.これら臨床倫理的問題については,2017年に総説「Rapid eye movement(REM)睡眠行動障害の診断,告知,治療」を執筆したので,ご一読いただきたい(doi.org/10.5692/clinicalneurol.cn-000961).今回,有名な高齢者コホートの追跡研究であるロッテルダム研究を行っているオランダのチームが,既報の文献と,その研究における経験を踏まえ,RBDの臨床研究に対する倫理的ジレンマについて議論した論文を報告したので紹介したい.

著者らが重視した問題は,「RBDのスクリーニングで陽性と判断された場合,研究参加者に情報を伝えるべきか?さらに睡眠ポリグラフ検査(PSG)にてRBDが示唆された参加者には,将来,αシヌクレイノパチーを発症するリスクについての情報を提供すべきか?」という2点になる.すなわちインフォームド・コンセントとリスク開示という2つの問題を議論している.

まず図のように,伝えることの利点と問題点を整理した後,結論として,研究参加者には,研究に参加してもらった理由や,参加したあとに起こりうること(trajectory)を知らせることは不可欠で,十分な情報提供を行うべきと述べている.しかし,RBDスクリーニング検査や単回のPSGが陽性であった場合の臨床的意義は確実ではなく,すなわち偽陽性の可能性もあることを考えれば,参加者にRBDの診断や将来の発症リスクについての詳細な情報を早期に提供することで,不必要に悩ませるべきではないと述べている.個人的には納得できる見解だと思った.



最後に倫理的ジレンマに直面する今後の研究への推奨を以下のようにまとめている.臨床研究に関連した内容であるが,RBD患者さんに対する日々の臨床にも参考になると思う.

【倫理的推奨事項】
1)研究計画書の作成において,初期の段階から倫理学者を参加させる.
2)コホート研究に参加するためのインフォームド・コンセントの一環として,疾患リスク情報の開示を伴う可能性のある追加研究の可能性について参加者に伝える.
3)詳細すぎる情報を提供して不必要な苦痛を与えないように,研究参加後に起こりうることを参加者に伝える.
4)研究計画書を作成する際には,リスク情報の開示に対する参加者または患者の希望を考慮に入れる.
5)リスク情報は安全な環境で,できれば知識のある主治医が伝えるべきであり,手紙や電話での情報伝達は避ける.
6)研究で用いられる診断基準は,臨床診断基準とは異なることが多い.これらの違いと研究結果の不確実性を認識する.参加者に情報を伝える際には,個々の研究結果の不確実性を認識する.
Dommershuijsen LJ, et al. Ethical Considerations in Screening for Rapid Eye Movement Sleep Behavior Disorder in the General Population. Mov Disord. 2020;35:1939-1944. (doi.org/10.1002/mds.28262)

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ショートスリーパー(短時間睡眠者)の遺伝子とメカニズム!

2019年09月13日 | 睡眠に伴う疾患
【ショートスリーパーとは】
私は20歳代の頃から睡眠時間が短く,ずっと4.5-5時間睡眠だった.最近は4.5時間が続くと風邪を引きやすい気がして,意識して長めにベッドにいるが,それでも6時間眠れることは年に数回もなく,決まって3時か4時には目が覚める.目覚ましで起きたこともない.3時台からメールを送信し,人から驚かれる.5時間も眠れば会議でウトウトすることはない.国際睡眠分類第3版でいうところのショートスリーパー(短時間睡眠者)である.定義は「日常的に毎晩平均6時間未満の睡眠時間しかとらなくても,睡眠・覚醒についての訴えがない」状態で,「体質的な睡眠欲求の減少」とも記載されている.歴史上の有名な人はナポレオン,エジソン,サッチャー,日本だと森鴎外,野口英世などだが,2009年の発見までショートスリーパーのメカニズムは全く謎に包まれていた.

【ショートスリーパー1番目の遺伝子】
職業や受験勉強などの睡眠環境やコーヒーなどの刺激物によらない短時間睡眠は,natural short sleep(NSS)と呼ばれる.NSSは通常,孤発性(非遺伝性)である.私も遺伝性ではないが,一部に家族例がみられる(familial NSS; FNSSと呼ぶ).2009年にUCSFのFu教授らは,FNSSの原因遺伝子を初めて同定した.具体的には転写抑制遺伝子DEC2にミスセンス変異を見出し,Science誌に報告している.この遺伝子は概日リズムに関わると考えられている.Fu教授らは50家系以上の家族例を集積したが,DEC2遺伝子変異はその後,孤発例で1例認めただけで稀であった.そして10年をかけて,優性遺伝形式を示す1家系において 2番目の原因遺伝子を同定し,最新号のNeuron誌に報告した.

【2番目の原因遺伝子は意外なものであった】
連続する3世代わたり4~6時間の短時間睡眠を呈した家系(図)に対し全エクソーム解析を行い,短時間睡眠者全員にβ1アドレナリン受容体をコードするADRB1遺伝子におけるミスセンス変異(A187V変異)を見出した.既知の遺伝子変異で,10万人あたり約4人の稀な変異であることがデータベース上で公開されている.中枢神経のノルアドレナリンシグナルが睡眠を調整することは知られ,中枢神経α1ないしα2アドレナリン受容体についても検討もなされてきたが,β1受容体は今まで注目されておらず意外な結果であった.



【遺伝子変異がβ1受容体にもたらす影響】
まずin vitroの研究が行われた.β1受容体はGタンパク質共役型受容体で,ノルアドレナリンと結合するとアデニル酸シクラーゼが活性化されcAMPが産生されるが,A187V変異によりβ1受容体分子は不安定となり分解が早く,かつノルアドレナリン結合後のcAMP産生の低下(機能障害)も認められた.

次にA187V変異を持つ遺伝子改変マウスを作成したところ,野生型と比べ,睡眠時間は1時間ほど短く,ヒトの表現型を再現した.さらに覚醒している間はより活発に動くことが明らかになった.

【β1受容体陽性神経細胞は覚醒を調節する】
さらに遺伝子改変マウスを用いて,β1受容体が高発現する領域が,睡眠調節に関わる橋背側であること,そしてβ1受容体陽性神経細胞の活性は,生理的状況において,覚醒時とレム睡眠中に高く,ノンレム睡眠時には認めないことが分かった.このことから橋背側のβ1受容体陽性神経細胞が覚醒を調節する可能性を疑い,光遺伝学的手法を用いてこれらの神経細胞を刺激すると,ノンレム睡眠中のマウスは予想通り覚醒した!

最後にマウス脳スライスを用いて,A187V変異を有する神経細胞は容易に活性化されやすいことが示された.遺伝子変異により,アゴニストにより興奮する(覚醒を促す)神経細胞数は保たれるものの,アゴニストにより抑制される(睡眠を促す)神経細胞数が減るため,相対的にβ1受容体陽性神経細胞は活性化しやすくなり,覚醒に作用して睡眠時間が短縮すると考えられた.なるほど,β遮断薬の副作用に眠気があることも頷けるわけだ.

【本研究の意義】
1)NSSの一部は遺伝性であることが改めて示された.睡眠は複雑であるが,一部は遺伝子が規定していることを意味する.
2)睡眠の恒常性に橋背側のβ1アドレナリン受容体陽性神経細胞が関与することが示された.この知見は新たな睡眠・覚醒のメカニズムの解明につながる可能性がある.

ちなみにFu教授を取材したneuroscience newsの記事によると,機序は不明ながら,ショートスリーパーはより楽観的で,活動的で,マルチタスクが得意であるばかりか,痛みに対する閾値が高く,時差ボケが少なく,長寿であるそうだ(本当かな!?).もし睡眠時間短縮やこれらの良い効果のメカニズムが分かれば,多くの人に役立つ夢の治療薬につながるのかもしれない.

Neuron. 2019 Aug 28. pii: S0896-6273(19)30652-X.

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肥満防止のための第3の方法 -寝室の照明とテレビを消そう-

2019年06月20日 | 睡眠に伴う疾患
肥満防止の2大生活指導は「ダイエットと適度の運動」であるが,第3の方法が加わることになりそうだ.それは「寝室の照明やテレビを消して,暗くして眠る」ということである!どうしてこんな話になったかというと,(1)肥満が年々増加し,パンデミック状態になったと言われる米国での検討で,肥満の増加と夜間の人工光の曝露時間が相関するという指摘があること,(2)動物実験で,睡眠中の人工光曝露により,睡眠ホルモン・メラトニンの分泌や時計遺伝子の発現が抑制され,それに引き続いて睡眠の分断と概日リズム(体内時計)障害が生じ,それらが摂食行動の増加をもたらし肥満を生じさせることが観察されたことが背景にある.睡眠医学が好きな私はこれらの知見を承知しており,寝室の照明やテレビをつけて寝ることが好きな家族に「消したほうがいいよ」と注意してはしばしば文句を言われ,ケンカの種になっていた.

さて話は戻るが,夜間の人工光が実際にヒトにおいても肥満をもたらすかについてはよく分かっていなかった.これまでの研究は,夜間に高レベルの光に曝露する夜勤労働者を対象としたものが多く,一般人に当てはめられるかは不明で,一般人を対象とした大規模な調査研究が待たれていた.今回,JAMA Internal Medicine誌に掲載された論文は,米国女性4万4000人近くを対象とした調査Sister Study(2003年~2009年)を解析したもので,調査参加者には調査開始時とその5年後に追跡調査を実施したものであり信憑性が高い.

対象はアメリカ人ないしプエルトリコ人の35~74歳の女性で,調査開始時にがんや心疾患の既往がなく,交替勤務者や妊婦ではない43722名(55.4±8.9歳)である.夜間の人工光の光源は,小型の常夜灯や時計付きラジオ,窓から差し込む街灯の光,テレビ,室内用照明などさまざまであったため,対象を①曝露なし(n = 7807),②部屋のなかでの小さな照明 (n = 17320),③部屋の外の窓から差し込む照明 (n = 13471),④室内用照明ないしテレビ(n = 5124)の4群に分類した.肥満の定義は,全身性肥満はbody mass index [BMI] ≧30.0とし,中心性肥満は腹囲≧88 cm,ウェスト・ヒップ比≧0.85,もしくはウエスト・身長比≧0.5とした.またBMI≧25をoverweight(太り過ぎ)と定義した.

さて結果であるが,調査開始時において,4群の比較で,睡眠中の光曝露が多いほど肥満の有病率が高くなることが分かった.BMIでは相対リスク(PR)が1.03(95%CI, 1.02-1.03),腹囲ではPR 1.12(95%CI,1.09-1.16), ウェスト・ヒップ比ではPR1.04(95%CI, 1.00-1.08), そしてウエスト・身長比ではPR 1.07(95%CI, 1.04-1.09)であった.交絡因子(睡眠時間,食事,カフェイン,アルコール,身体活動など)の調整後もいずれも有意な相関を示した.5年間の長期的な経過観察でも,光への曝露は肥満に相関した(RR 1.19(95%CI,1.06-1.34)).

④室内用照明ないしテレビ群は,①曝露なし群と比較すると,5㎏以上の体重増加はRR 1.17(95%CI, 1.08-1.27; P < .001),つまり体重が5 kg以上増加する確率が17%高く,BMIでも10%以上の増加がRR 1.13(95%CI, 1.02-1.26; P = 0.04)で,13%高かった.長期的な経過観察の評価でも,2群を比較すると,BMI≧25であった太り過ぎ状態が維持ないし増悪する頻度はRR, 1.22(95%CI,1.06-1.40; P = 0.03)と高く,BMI≧30であった肥満が維持ないし増悪する頻度もPR 1.33(95%CI, 1.13-1.57; P < .001)と高かった.

結論は,照明やテレビをつけて寝る人は,つけずに寝る人と比較して,肥満率が高いということである.しかし,論文の問題点として,調査データは自己申告によるものであり,光の照度や質(スマートフォンなどの電子機器によるブルーライト)の影響については不明であることが挙げられる.著者らは夜間に浴びる光が直接肥満を引き起こす直接的な原因となっているのかを完全に証明できたわけではないと注意を促しつつも,近年,「暗い部屋で睡眠を取ることを推奨すべき」とする根拠が増えつつあり,今回の結果もその一つであると述べている.いすれにしても肥満の生活指導に「人工光への曝露を避ける」は追加すべきと考えられる.今後の関心は,前方視的な介入研究,つまり睡眠習慣の改善が実際に肥満をどれほど改善するかに移っていくものと考えられる.

最後に感想を述べる.一連の研究は「照明をつけて寝ると太る」という知ってしまえば非常にシンプルなことでも,それを科学的に推測し,証明することがいかに大変なことであるかを如実に示す例でもある.世の中に存在するさまざまな「エセ科学」に惑わされないためにも,科学的リテラシーを身につける,つまり科学的エビデンスを確立することは容易ではなく,労力と熱意が必要であることを理解する必要がある.

JAMA Intern Med. doi:10.1001/jamainternmed.2019.0571


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「四当五落」は誤りだった@新潟日報「座標軸」

2016年12月27日 | 睡眠に伴う疾患
「四当五落」という言葉がある.1日4時間睡眠でがんばった受験生は合格し,5時間以上だと落ちるという意味である.これは本当かという議論が実は以前からあった.個人的には間違いだと考えていて,先日,講演させていただいた睡眠に関する市民公開講座で根拠とともにお話したところ,地元紙に記事として取り上げていただいた!その要旨は「脳は寝ている間に,日中,取り入れた情報を整理し,記憶として固定(定着)させるので,学習したことを効率的に固定させるためには,睡眠時間を削ることはもったいないことなのだ」ということだ.

根拠として,2011年にNat Neurosci誌に報告された論文を紹介したい.この論文は,記憶の固定には徐波睡眠と呼ばれる深い睡眠段階が重要であることを示している.脳波をモニターし,徐波睡眠にあるときに,ビーッという音を鳴らして,(起こすことなく)浅い睡眠段階に移行させると,寝る前に行った課題の記憶が低下すること,そして機能的MRIの評価で,記憶を符号化する脳の部位である「海馬」の活動が低下することが示されている.つまり「海馬」が関わる記憶は,深い睡眠によって固定されることを意味している.

受験生のいるご家庭から反響があった.記事を読んだ受験生が「脳を研究する大学の先生も言っているのから,もう寝るよ」と言って早くから寝てしまったとご両親が嘆いているそうだ.ちょっと心配になってきたが,もちろん睡眠前にしっかり記憶することが大切だ.一定の睡眠時間を前提にした勉強計画を作っていただきたい.

Diekelmann S et al. Labile or stable: opposing consequences for memory when reactivated during waking and sleep. Nat Neurosci. 2011 Mar;14(3):381-6. 





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注目の「レム睡眠行動障害」を理解しよう!@日本睡眠学会

2016年07月08日 | 睡眠に伴う疾患
レム睡眠行動障害(RBD)は,レム睡眠中に夢の内容に合わせて体が動き出してしまう睡眠障害です.日本睡眠学会のシンポジウム「パーキンソン病関連疾患における睡眠障害(座長:平田幸一教授,井上雄一教授)」にて,このRBDに関する講演をいたしました.RBD患者さんは,のちに症状が大きく変わり,パーキンソン病やレビー小体型認知症,多系統萎縮症などの神経変性疾患(αシヌクレイノパチー)を発症する可能性があります(phenoconversionといいます).今回,RBD患者さんの診療の際に思った,以下の5つの臨床的疑問について勉強しまとめました.

1)RBD症例のphenoconversionの頻度や時期はどこまで分かっているのか?
2)RBD症例に対する病状説明や治療はどうすればよいのか?
3)αシヌクレイノパチー症例において,RBDを合併する頻度や,RBDを合併した症例の特徴は分かっているのか?
4)αシヌクレイノパチーに合併するRBDをどのように治療すればよいのか?
5)RBDをαシヌクレイノパチーの病態抑止療法/先制医療にいかに活かすか?

分かったことは,RBDはその症状への対処のみならず,将来の神経変性疾患の発症リスクの告知という極めて難しい臨床倫理的問題を伴うこと,ならびにαシヌクレイノパチーに対する病態抑止療法実現の鍵を握ることから,正確な理解と適切な対応が必要であるということです.ぜひスライドを御覧ください.

スライド
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睡眠時無呼吸症候群に対するCPAP療法で肥満は改善するか?

2016年03月15日 | 睡眠に伴う疾患
睡眠時無呼吸症候群(SAS)の増悪因子としては,男性,高齢,肥満,口腔の形態などが知られている.とくに体重は重要で,10%の増加で,SASの重症度を示す無呼吸・低呼吸指数(AHI)は32%も増加し,中等症以上のSASに6倍の頻度で増加する.SASに対する治療としてCPAP(Continuous Positive Airway Pressure)が行われ,とくに重要な治療となっている.CPAP治療後の体重変化は以前から注目されていたが,当初,少数例の検討で体重は減少するという報告が散見されたものの,近年はそれを否定する研究が報告されていた.Thorax誌に,CPAP後の体重変化についての初めてのメタ解析の結果が報告されたので紹介したい.

メタ解析の対象となった論文は,最低4週間以上,治療介入が行われた無作為対照試験で,評価項目はBMI(体格指数)と体重とした.結果として,25試験,3181名の肥満者が対象となった.

さて結果であるが,なんとCPAPはBMIを有意に増加させ,体重も増加させてしまった.詳しく結果をみると(図1のフォレストプロット),効果量(effect size)を示すHedgesのgとその信頼区間,さらに異質性(メタ解析の結果のばらつき)を示すI(2)統計量を順に示すと,BMIについてはHedgesのg=0.14, 95% CI 0.07-0.21, I(2)=16.2%,体重についてはHedgesのg=0.17, 95% CI 0.10-0.24, I(2)=0%.つまり,効果量はさほど大きくはないが,異質性は低く,データの信頼性は高いという解釈になる.公表バイアス(publication bias:研究を公表するときにpositiveな結果が,negativeな結果より公表されやすい)をファンネルプロット(図2)で評価すると,効果量の対称性が確認され,公表バイアスは乏しいことが確認される.

さらにメタ回帰分析を行ったところ,年齢,性,治療前BMI・体重,SASの重症度,CPAPのコンプライアンス,検討期間,研究デザイン,食事療法や運動の推奨は,CPAP後の体重増加に対する予測因子とはならなかった.CPAP後のBMI増加に対しては唯一,治療前の体重が予測因子となった.

ではなぜ体重が増えるのだろうか?複数の原因が指摘されているが,もっとも重要なのはCPAPが睡眠サイクルとエネルギー代謝に与える影響である.つまり徐波睡眠時(ステージN3;深睡眠)ではエネルギーは同化されるが,CPAP治療前は徐波睡眠が少なく,異化に傾いて生体物質を分解する方向にあったものが,CPAP治療後は徐波睡眠が増加し,同化に傾いて生体物質を貯蔵する方向に進むというものだ.ほかにマウスではSASによる間欠的低酸素は,lipolysis(脂肪分解)を招くことが知られていて,CPAPは脂肪分解を抑制することで体重増加をもたらした可能性がある.

いずれにしても,医師も患者さんもSASに対するCPAP療法を開始した場合,それだけで安心してはダメで,肥満を認める場合は体重を減らすための治療を平行して行う必要があることを認識する必要がある.

Drager LF, et al. Effects of CPAP on body weight in patients with obstructive sleep apnoea: a meta-analysis of randomised trials. Thorax. 2015 Mar;70(3):258-64.



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朝型人間の特徴と遺伝子

2016年02月29日 | 睡眠に伴う疾患
私は朝3時には起きてしまう.夜10時頃にはとても眠く,布団に入ったと同時に眠りに落ち,目覚ましをかけることはほとんどなく,目覚めは爽快である.図は「朝型夜型質問紙」の結果だが,やはり「超朝型人間」の判定である.自分はなぜこんなに早起きなのだろう,ずっと疑問だった(笑).

ビジネス書等で,朝型になる方法とかメリットがよく取り上げられているが,自分の場合,努力したことはない.学生のころはこれほど朝型ではなかったが,医師になってからこの傾向が顕著になった.逆に夜型の人もたくさんいるが,このような朝型・夜型は,睡眠の「概日リズム(約24時間周期で起こるリズム)」の位相がずれた結果,生じると考えられてきた.このリズムは視床下部にある体内時計「視交叉上核」にて形成されている.

この概日リズムは複数の遺伝子(時計遺伝子)により制御されている.最初に線虫で同定されたper,マウスで同定されたCLOCK,ヒトでは家族性睡眠相前進症候群において同定されたPER2などが有名である.また概日リズムは,網膜からの光刺激によっても調節を受けている.ただ,上記のような時計遺伝子群が,朝型・夜型人間の形成に影響しているかについては分かっていなかった.

今回,自分の長年の疑問に答える研究がNature Communicationsに掲載された.米カリフォルニアのDNA解析サービス会社「23andMe」が,8万9283人を対象とした調査を行い,各人に朝型,普通型,夜型人間と申告させた後,全ゲノム関連解析(GWAS)を行い,さらに睡眠や健康の状況などを調査した.結果として,まず朝型は女性に多く,高齢化するほど頻度が高くなることがわかった.GWASの結果,朝型人間に関連する15個の遺伝子座が同定され,そのうち7つは概日リズムとの関連が確立されている遺伝子の近傍にあった(RGS16,VIP,PER2,HCRTR2,RASD1,PER3,FBXL3).例えばRGS16は長い概日リズムに関与,VIPは視交叉上核の重要な神経ペプチドである血管作動性腸管ペプチドをコードし,HCRTR2はナルコレプシーの原因となるヒポクレチン受容体2をコードしている.そしてRASD1やPER3,FBXL3は光感知を制御する遺伝子群である.つまり朝型は概日リズムや光感知を調節する遺伝子により規定されている可能性があるのだ!

さらに朝型人間の特徴が示されている.年齢や性別に関わらず,夜型人間と比較して,(1)不眠症に悩まされたり,8時間以上の睡眠を必要とするケースが少ない(オッズ比それぞれ0.66,0.67).(2)またうつの合併も少なく(オッズ比0.64),(3)BMI(肥満指数)では過度のやせや肥満が少なかった.つまり朝型人間は不眠症やうつ,肥満になりにくく,毎晩8時間以上の睡眠を必要とすることもない(たしかに自分も不眠の心配はなく,8時間眠るなどありえないshort sleeperで,かつノーテンキである).逆に夜型はこれらになりやすい可能性がある.

つまり朝型・普通型・夜型を規定する体内時計は,生まれ持った遺伝子に規定されているもので,トリクルダウン効果(他の現象にも波及するという意味)により,体重や気質などの他の生物学的・心理的プロセスにも影響が生じている可能性がある.ただし,メンデルの無作為化解析では,遺伝子と表現型の因果関係は得られず,著者らはこうした結果は必ずしも因果関係を意味するものではないと述べている.なお,23andMeは体内時計に作用する薬剤を開発しているReset Pharmaceuticalsという会社と契約を結んだそうで,おそらく今回の遺伝子解析データをもとに治療薬開発が行われるのだろう.

それにしても今回のような結果を読むと,ビジネス書で勧められるような朝型への生活スタイルの変更は,そもそも夜型の遺伝子を持っているひとには難しいのかもしれない.

Hu Y et al. GWAS of 89,283 individuals identifies genetic variants associated with self-reporting of being a morning person. Nat Commun. 2016 Feb 2;7:10448.

日本語版朝型-夜型(Morningness-Eveningness)質問紙による調査結果. 心理学研究. 1986; 57: 87-91.



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