Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

MDSJ 2024 イブニングビデオセッション13症例

2024年07月14日 | 運動異常症
第18回パーキンソン病・運動障害疾患コングレス(大会長 村松慎一先生)のイブニングビデオセッションにて,当科森泰子先生が「しびれ感,筋力低下とともに不随意運動を呈した60歳男性」の発表をしました.手袋靴下型のしびれ感,四肢筋力低下とともに認知機能障害,四肢の顕著なミオクローヌス(陽性+陰性?),偽アテトーゼを呈しました.前医で行ったIVIG,IVMPとも無効.脊髄MRIで神経根の肥大.脳脊髄液タンパク著明高値.以上よりノドパチーを疑い,血清Caspr1抗体陽性が判明.中枢神経症状にもこの抗体が関与した可能性を疑い,脳脊髄液中を検索したところやはり抗体陽性(Caspr1は中枢神経にも存在します).ラット脳を用いた免疫染色でも陽性.リツキシマブによる治療を行ったところいずれの症状もほぼ消失・・・ということでCaspr1抗体が自己免疫性脳炎を来しうる可能性を初めて示した症例報告でした(投稿中).

以下,その他の12例のメモになります.とても勉強になりました.
1.頭痛とともに四肢の不随意運動を繰り返す20歳代女性
拍動性頭痛時に出現する上下肢の安静時・姿勢時の不規則なミオクローヌス.
診断:孤発性の片麻痺性片頭痛:遺伝子解析は未施行(片麻痺なし,かつ不随意運動も上肢と下肢で左右が同側でない点はatipicalか.機能性ミオクローヌスも鑑別に上がりそう?)

2.下肢不随意運動を認めたアレキサンダー病(59歳男性)
脳幹から脊髄のtadpole appearanceを示す遺伝子診断で確定したアレキサンダー病の両下肢の不随意運動を何と表現するか?
症候:周期性四肢運動障害が覚醒時に出現したものという意見もあったが,一定間隔をおいて出現する三重屈曲現象様であり,脊髄自動反射(spinal automatism)ではないかということになった.

3.音楽ゲームプレイ中に不随意運動が出現した20歳代男性
左右の手指をつかって非常に早くタップする,いわゆる「音ゲー」を長期間行ってきたところ,左手指がうまく使えなくなった.
診断:音楽ゲームに伴うfocal task-specific dystonia

4.高齢発症で四肢舞踏運動を呈した白質脳症の1例(74歳女性)
全身性の舞踏運動で,左下肢にやや目立つ.MRIでは大脳白質のびまん性信号異常.脳脊髄液オリゴクローナルバンド陽性.
診断:AQP4抗体陽性NMOSD(近年,AQP4抗体陽性例でびまん性白質病変を呈した症例報告はあるが,症候が非典型的なので,他の抗神経抗体が存在する(double positive)可能性も検討すべき.抗体としては自己免疫性舞踏病を来す抗体としてはNMDAR,CV2/CRMP5,LGI1,IgLON5などがあるとコメントさせていただいた.


5.パーキンソニズムで発症し,下肢の痙性と認知機能障害を呈した39歳男性
常染色体潜性遺伝性の早発型パーキンソニズム.姿勢保持障害,下肢痙性,認知機能低下,L-DOPA反応性あり.
診断:PARK7(DJ-1遺伝子変異)

6.薬剤性口舌ジスキネジアの1例(50歳代男性)
口舌ジスキネジア,spasmodic dysphoani.スルピリド,リスペリドンにより増悪.薬剤性が疑われたが,家族内類症あり.L-DOPA反応性あり.
診断:DYT5(瀬川病)

7.歩けるけど走れない13歳女子
3歳から歩けるけど走れなかった.走ると膝が曲がらなくなりスピードが出ない.開閉剛を繰り返すとだんだん困難になる.症候の評価は意見が分かれた(muscle stiffness?dystonia?neuromyotonia?)針筋電図正常.
診断:Brody病(ATP2A1遺伝子複合ヘテロ).運動誘発性の筋硬直を特徴とする常染色体劣性ミオパチーとのこと.きわめて稀な疾患で本邦初の報告.

8.しびれ感,筋力低下とともに不随意運動を呈した60歳代男性
診断:中枢神経症状を伴うCaspr1抗体関連ノドパチー

9.2相性の顎開口ジストニアに対しホスレボドパ/ホスカルビドパ持続皮下注射療法が奏効したパーキンソン病男性
症候:CSCIに伴うdiphasic dystoniaとして,jaw-opening dystoniaが出現した症例.

10.感染性腸炎に対して意識障害と刺激誘発性の姿勢異常を呈した54歳男性
ベトナム渡航後の感染性腸炎後の構音障害,意識障害,心肺停止.経過中に吸引で手足を引っ込めるような運動異常を認めた.症候からPERMや脳皮質硬直などが議論されたが,診断はGM1+,GD1a+でBickerstaff脳幹脳炎とのこと.

11.踊るような激しい四肢の不随意運動を呈した42歳男性
上肢ジストニア,下肢バリズム様の不随意運動.MRIのは正常,しかしDAT取り込み低下.
診断:dancing-feet dyskinesiaを伴ったGBA遺伝子変異を伴うパーキンソン病(dancing-feet dyskinesiaという既報があるとのこと)

12.原因不明の進行性不随意運動を呈する男性例(48歳)
体幹ミオクローヌス.歩行時に左手を前方に伸ばし手指に不随意運動が出現する.頸部にも不随意運動.症候はexercise-induced dystoniaで,診断については遺伝性ジストニアやハンチントン病などが議論されたがまだ診断不明とのこと.車椅子は非常にうまく操れる(車椅子サインはFNDでもよく見られるが・・・)
診断:未確定

13.両下肢の筋力低下と振戦が目立った50歳女性例
亜急性に進行する安静時振戦,起立時の振戦,下肢の筋力低下.腱反射やや亢進.
診断:Basedow病に伴うthyrotoxic myopathy.



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

多系統萎縮症におけるvocal flutter(音声粗動)と2つの臨床的意義

2024年02月12日 | 運動異常症
MSA-P 3例を対象とした興味深い症例集積研究が報告されています.パーキンソン病との鑑別にvocal flutter(音声粗動)という徴候が利用できるかもしれないというものです.図は出してもらった声を解析したものですが,ピンクの部分はpitch glide,すなわち音の高さを徐々に変化させる(一つの音から別の音へと声を滑らかに移動させる)状況で,500 ミリ秒の長さを示していますが,この間に3症例では健常者には認めない10回,9回,7回の「ゆらぎ」を認めます.Vocal flutterという現象です.vocal tremorという徴候もありますが,vocal tremorは1-3 Hzと低周波数であるのに対し,flutterは8Hzを超える高周波数で,両者は音響的には区別できるようです.著者らはflutterの原因として,MSAに認める喉頭機能障害を推測しています.



じつはこの論文にも引用されてますが,私たちのチームは以前,「MSAでは覚醒時に喉頭披裂筋の振戦様運動が生じること,かつこれが鎮静下の声門外転不全の重症度を示す指標となる可能性があること」を報告しています(Ozawa T et al. Mov Disord. 2010;25:1418-23).よってMSAで声にふるえが出るのは当然と思っていたのですが,この研究のように客観的にそれを示すことを考えませんでした.方法は比較的簡単で,同じ音(この論文では「あ」の音)を持続的に発声し,つぎにピッチを変えてもらい,それをPraatというフリーウェアで録音すると簡単に音声信号を視覚化できてしまいます.

この論文を読んで思ったのは,vocal flutterはMSAとPDを鑑別するだけでなく,MSAにおいて声帯開大不全が存在することを示唆するマーカーになる可能性があるということです.声帯開大不全の評価はプロポフォール鎮静をかける大掛かりな検査になるので,vocal flutterで代用できれば有益だと思います.MSA患者さんの診察に,持続的発声を追加したいと思います.

Mir MJ, et al. The Vocal Flutter of Multiple System Atrophy: A Parkinsonian-Type Phenomenon? Mov Disord Clin Pract. 2024 Feb 5.(doi.org/10.1002/mdc3.13988


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

進行性核上性麻痺および特発性正常圧水頭症の合併例の臨床的特徴とシャント術の効果

2024年01月23日 | 運動異常症
進行性核上性麻痺(PSP)と特発性正常圧水頭症(iNPH)の両方の診断基準を満たす症例が少なからず存在します.シャント術が有効であった症例の報告もありますが,その病態は不明で,シャント術が有効である症例の頻度や,どのような症例で有効なのかも不明です.このような日常診療の疑問を見逃さず,答えを見出す取り組みが大切ですが,この問題に専攻医の山原直紀先生がトライしてくださいました.

両者の合併例13例を後方視的に検討した単一施設の研究です.PSPのうちiNPHにも該当したのは15.7%(13/83例:結構多い!)で,病型は全例PSP-RSでした(図).シャント術は5/11例(45.5%)で有効,つまり有効例が少なくないことが分かりました.



つぎにシャント術が有効であった5例とその他6例の2群に分け,臨床・画像所見の比較を行ったところ,脳血流SPECTの前頭葉血流低下に有意差を認めました(P = 0.018:下図).3年以上,効果の持続している症例も2例認めました.

以上より,PSPとiNPHの合併例はPSP-RSが多く,シャント術の効果予測において脳血流SPECTが有効性である可能性が示唆されました.少数例を対象とした後方視的解析なのでエビデンスとしては弱いですが,シンプルな臨床研究でもアイデア次第で患者さんの治療に繋がっていきます.山原先生にはさらに頑張っていただきたいと思います.

山原直紀, 吉倉延亮, 下畑享良.進行性核上性麻痺および特発性正常圧水頭症の合併例の臨床的特徴とシャント術の効果.臨床神経2024(advance publication)(ダウンロードフリーです)


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

COVID-19 脳への感染とセンメルヴェイス反射

2023年12月21日 | 運動異常症
センメルヴェイス反射(Semmelweis reflex)」をご存知でしょうか?反射と言っても神経診察の教科書には載っていません.オーストリアの医師Semmelweis(1818-1865;図)は,出産した母親が産褥熱で死亡する原因が,分娩を担当した医師の手が汚染していたためであることに気づき,予防法として次亜塩素酸カルシウムを使用した手洗いを提唱,これにより死亡を劇的に減少させることに成功しました.しかし周囲の医師は長年行ってきた自分たちのやり方が母子の死の原因であったという指摘を認めず,批判し,彼を医療界から排斥しました.このように「通説にそぐわない事実を拒絶し認めないこと」を「センメルヴェイス反射」と呼びます.



さて米国UCデービス校のDr. Danielle Beckmanは,Twitter(@DaniBeckman)で脳へのSARS-CoV-2ウイルス感染を認めない研究者達の態度を「センメルヴェイス反射」として批判しています.パンデミック当初,多くの研究が,このウイルスは脳細胞には感染しないと断定し,神経細胞にACE2受容体もないと報告しましたが,その後,嗅覚伝導路を介して感染・伝播するだけでなく(Cell Rep. 2022;41(5):111573),複製することが示されました(Nature 612, 758–763 (2022)).

下図は彼女がTwitterで提示したものですが(おそらくサルの感染実験です),スパイクタンパク(🟣)が脳のほとんどすべての細胞に認められ(ニューロンやグリア細胞のACE2受容体に結合しているそうです),ウイルスの複製を示す二本鎖RNA(🔴)が神経細胞の細胞体(🟢)にのみ認めます.つまりこのウイルスは複製するためには神経細胞を好んで使うようです.そして軸索はビーズ状になり,断片化,変性しますが,ウイルスが軸索輸送を利用して伝播し障害を受けたためと考えられます.



病理学的検索でウイルスが検出されなかった理由として,神経向性ウイルス感染症の過去の実験モデルで,ウイルス感染後すぐに脳からウイルスが排除される事例があること,ほとんどの剖検研究では組織処理までの時間が動物モデルと比べ長く変化しやすいこと,感染神経細胞は早期に死滅し,検出を免れている可能性があることを挙げています.

また動物実験でも通常のマウスではACE受容体にウイルスが結合しないため,サルを用いるか,ヒトACE2受容体を発現する遺伝子改変マウスを使用する必要がありますが,ほとんどの研究室はこれらを利用することができないため,感染を確認できないようです.

SARS-CoV-2ウイルスが脳に感染し,さまざまな機序で認知機能障害を引き起こしうることを理解し,極力感染防止を行う必要があります.「センメルヴェイス反射」に陥ることなく科学的事実を認め,対策を立てる必要があります.

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

医療者・科学者のバービー人形の分析@今年のBMJ誌クリスマス論文 🎄

2023年12月20日 | 運動異常症
世界一有名な人形「バービー」は,来年,デビュー65周年を迎えます.「私たち女の子は何でもできる」というスローガンのもと,バービー人形は建設作業員,教師,獣医から裁判官,科学者,医師に至るまで,あらゆる職業に就いてきました.しかし医療者や科学者のバービー人形を分析し,どのような職種に就いているのか,また専門的に正確かを検討した先行研究はありません.英国の一流医学誌BMJ誌の名物企画,クリスマス論文に,医療者・科学者のバービー人形を検討した記述的量的研究が報告されました!

主要評価項目はバービー人形(およびバービーブランド以外の比較人形群)がどのような医療・科学サブスペシャリティに従事しているかを明らかにすること,およびこれらが臨床現場および実験室の安全基準を満たしているかを明らかにすることです.

結果ですが,92体のバービー人形が対象となりました:医師(n=53),科学者(n=10),科学教育者(n=2),看護師(n=15),歯科医師(n=11),救急隊員(n=1).バービーブランド以外の人形65体(医師(n=26),科学者(n=27),看護師(n=7),歯科医師(n=2),エンジニア(n=2),MRI技師(n=1)も分析しました.



バービーブランドの医療者人形(n=80)は,主に子ども(66%、n=53/80)を対象にしており(小児科関係),大人を対象としている人形はわずか3体(4%)のみでした.つまりバービー人形は幅広い医学的サブフィールドを表現することはできていませんでした.



また12体の科学者人形のうち,髪型や服装に関して適切な個人防護具の要件をすべて満たしているものはありませんでした.付属品としては白衣,顕微鏡,聴診器,眼鏡など,子供たちがステレオタイプ的に医療者や科学者を連想するものが付属していました.比較群の人形はバービー人形よりも幅広い年齢層と民族のグループを提供していましたが,やはり適切な個人用保護具を着用しておらず,職場において怪我や感染症に見舞われる深刻なリスクを抱えていました.

以上より,医療と科学をテーマにしたバービー人形は,明日の医療者・科学者の育成に役に立ちます.玩具会社は,これらの人形が臨床現場と実験室の安全基準を満たすことを目指すこと,そして医療と科学の職種をもっと多様化すべきことが大切と思われました.とくに若い女の子たちのためにも,女性がまだ少数派である医学的・科学的サブスペシャリティへのバービー人形の進出を検討すべきと考えられました.単なるおもしろ論文ではなく,子供たちの未来を考えると,じつは大切な論文のような気がします.
Klamer K. Analysis of Barbie medical and science career dolls: descriptive quantitative study. BMJ. 2023 Dec 18;383:e077276.

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

安楽死・医師介助自殺における倫理@第11回難病医療ネットワーク学会学術集会

2023年12月02日 | 運動異常症
「死にたい」と話される患者さんにしばしば遭遇しますが,そのようなときに患者さんや主治医の若い医師にどのように声をかけたらよいか悩みます.「死にたい」という気持ちが本当に強くなると,その先には安楽死や医師介助自殺(physician-assisted suicide; PAS)という選択肢があり,実際にスイスでのPASを希望される患者さんが増加していること(デスツーリズム)が報道されています.また日本でも安楽死を法制化しても良いのではないかという意見も聞かれます.学術集会の大会長講演では,難病と安楽死・PASの倫理について議論しました.以下,要旨とスライドです.

◆安楽死・PAS・尊厳死の議論をする前に,それぞれの定義を正しく理解する必要がある.
◆安楽死を合法化した国において安楽死の目的は,肉体的苦痛の解放から,精神的苦痛の解放に変化した.その後,認知症や神経難病患者における増加が生じた.
◆オランダではすでにALS患者の死亡の25%が安楽死・PASになっている.
◆難病患者等からの「安楽死後臓器提供」が4つの国で合法化され,増加している.
◆カナダでは安楽死と緩和ケアが混同されている.
◆安楽死・PASを合法とした国で「すべり坂=本人の意思に反した安楽死」が起きている.
◆安楽死は「自己決定権」を根拠として行われている.
◆現代は個人の「自己決定権」が絶対視され,患者の家族や医療者などと患者の関係など,「関係のなかの医療」という視点が乏しい.          
◆「自己決定だから仕方がない」と安直に考え,向き合わないのでなく,「自己決定」の理由や背景を理解する必要がある.
◆精神的苦痛は安楽死によってのみ解決されるものではない.
◆死を望む人に対し,なぜ死にたいのかを理解しそれを思いとどませること,そして十分な緩和ケアのスキルを身につけることが大切である.

下図は今回ご紹介した本ですが,とくに「安楽死が合法の国で起こっていること」はご一読をお勧めします.
スライドへのリンク


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

パーキンソン病治療に革命をもたらすか!硬膜外脊髄電気刺激療法

2023年11月10日 | 運動異常症
将来のパーキンソン病(PD)治療を大きく変えるgame changerになるかもしれない研究がNature Medicine誌に報告されました.驚くべき報告です!発症30年が経過し,深部刺激療法を行っているものの,高度のすくみ足と転倒を認める62歳フランス人患者が,硬膜外脊髄電気刺激により歩行が可能になったというスイスからの報告です!

PD患者では,神経伝達物質ドーパミンを産生する神経細胞が障害された結果,「脳と脊髄の間のコミュニケーションが損なわれている」わけですが,植え込んだ脊髄インプラントは,大脳一次運動皮質の神経活動(つまり歩行意思)を記録しつつ,適切なタイミングで脊髄を刺激することで,患者の希望に沿った動作ができるようになるようです.

しかしそれにしても「なぜPDに対し脊髄刺激で歩行できるようになるのだろう?」と思いました.疾患のためうまく働かなくなった錐体外路をバイパスするということなのかなと思いましたが,さらに横山和正先生(東静脳神経センター)から「脊髄反射を利用するということですかね.今回の治療学会講演で藤原俊之先生が話をされていました」とコメントと下記文献をいただいて,理解が深まりました.

藤原俊之.歩行障害のリハビリテーション治療―経皮的脊髄電気刺激―.Jpn J Rehabil Med 2018:55:757-60.

この文献を読んで,歩行における「脊髄反射の重要性」が分かりました.「locomotor circuit(歩行運動関連回路)が脊髄に存在し,脳からの下行性入力により脊髄にあるlocomotor circuitに刺激が入るとステレオタイプな筋収縮による歩行運動が起こる」「このlocomotor circuitは脊髄反射から構成されている」「歩行運動だけを見るとその運動は脊髄反射により再現が可能」・・・だから大脳一次運動皮質の神経活動をトリガーにして,タイミングを合わせてlocomotor circuitの活動を脊髄刺激で上げるのですね.

チームはまず神経毒MPTPによるアカゲザル・モデル9頭でこの治療法の有効性を確認し,つぎに前述のPD患者1名における検討に移りました.刺激を最適化するためにセンサーを身体に取り付け,歩行障害パターンのデータを収集しました.そして脚が最も必要とするときに脊髄が刺激されるような設定を行い,脚の動きを正確に調整できるようにしました.この結果,動画のように歩行は顕著に改善しています.他の患者にも有効かどうかは不明ですが,今後,さらに6人にこの治療を行う予定だそうです.問題点は,侵襲的治療であることと,かなり高額な治療になることです.しかし進行期の運動症状に対して他の治療アプローチではここまでの改善は実現できておらず,当面,この治療法を中心に進んで行きそうな気がします.
Milekovic T, et al. A spinal cord neuroprosthesis for locomotor deficits due to Parkinson's disease. Nat Med. 2023 Nov 6. doi.org/10.1038/s41591-023-02584-1.

Parkinson’s spine stimulator ‘allows me to walk 5 kilometres without stopping’

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

感銘を受けた「作業療法の曖昧さを引き受けるということ」

2023年10月24日 | 運動異常症
作業療法士(OT)はリハビリにおける専門職の一つで,患者の「作業」に焦点を当てた治療・支援を得意としています.今回,「作業療法の曖昧さを引き受けるということ」という,ふたりの作業療法士の先生が書かれた本を読みました.内容の半分がOTの臨床現場を描いたマンガで,半分が解説です.本当に素晴らしい本で,医療者,患者さん,家族など,多くのひとに読んでいただきたいと思いました.

ただタイトルの意味はすぐには分かりにくいと思います.「曖昧さ」とは「『この患者さんには〇〇をする』と画一的・機械的に決められないこと」を指します.つまり個別性・自由度が高く,掴みどころがないため,その選択が確かかどうか断定できないのがOTの仕事だということです.これは脳神経内科医の仕事も同様で,根本療法がない神経難病の場合はまさに一緒です.絶対的なhow toが存在しないということです.著者は,2名のOTの先輩・後輩を通して,「曖昧さの正体」を紐解いていきます.そして最終的に「何をするのか?」と考えるのではなく,「なぜするのか?」を患者さんとともに考えて協働することの大切さを教えてくれます.

そして考えさせられる言葉のオンパレードでした.「拒否されない=ラポールが取れている,ではない」「答えの出ない状況に耐える(=negative capability)」「仮説を正当化する解釈をしていないか?」「眼の前の状況を中立的にとらえるトレーニングをしよう」「障害の受容を,受容できている,できていない,という二項対立的に捉えると,途端に患者の姿が見えなくなる」「人の心理状態は直線的に変化しない」「その人らしさに関する情報を,家族や多職種と共有することで実現できることがたくさんある」・・・いずれも大切なことだと思います.ぜひご一読ください!!

【追伸】話はそれますが,本書を読み,やはり脳神経内科医はリハビリを学ぶべきだと思いました.専攻医時代に内科だけ研修し,リハビリのみならず,精神科,脳神経外科,小児科などの周辺領域を学ぶことができない現在の専門医制度は非常に弊害が大きいと改めて思いました.患者さんのために良い脳神経内科医を育てる必要があります.

作業療法の曖昧さを引き受けるということ(医学書院)



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

手の空中浮遊(Arm levitation)

2023年10月05日 | 運動異常症
7月に開催されたMDSJのビデオセッションにて,専攻医下郷雅也先生が発表し,会場にどよめきをもたらした症候です.Neurol Clinical Neurosci誌に報告しました.

50代右利きの女性で,2年前から左腕を不随意に,ゆっくりと頭上に挙上する症状が,繰り返し出現するようになりました.右腕を使わなければ,自分の意志で左腕を下げることはできませんでした.じつは私が外来で初診し,手の空中浮遊(Arm levitation)にしては上がり過ぎだろうと思い,機能的神経障害(functional neurological disorder; FND)を疑い,いろいろなFNDの診察手技を試みました.例えば左腕から注意をそらしても減少せず(distraction),左腕に注意を向けても増加しませんでした(attention).精神疾患や身体化障害はなく,逆に神経診察で運動失調,パーキンソニズム,腱反射亢進を認め,困惑しました.入院していただき,下郷先生がしばらく隠れて観察していても,上肢の挙上は持続しました.MDS MSA criteriaでclinically probable MSAを満たし,MRIでputaminal rim sign,DATで取り込み低下,SPECTで右優位の両側前頭葉低灌流を認めました.十分な文献検索のうえ,手の空中浮遊はFNDによるものではなく,器質性のものと結論づけました.



本例より2つの新しい知見が得られました.第1に,MSAでもArm levitationを呈することがあること(ただし病理学的に確定したわけではなく,タウオパチー等の可能性もあります).ちなみに原因疾患として,進行性核上性麻痺,大脳皮質基底核変性症,脳卒中,ヤコブ病が報告されています.第2にArm levitationでは腕が肩関節を超えて上昇することがあるということです.調べた限り,本症例のように肩関節を超えて頭部に達した症例はありませんでした.

下郷雅也先生による最初の症例報告ですが,しっかりまとめてくださいました.若い先生方が症例報告を執筆する習慣が身につきつつあり,とても頼もしく感じています.

Shimozato M, Yoshikura N, Kimura A, Otsuki M, Shimohata T. Arm levitation in multiple system atrophy. Neurol Clinical Neurosci. 02 October 2023.(doi.org/10.1111/ncn3.12780

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

可逆的な脳ドーパミントランスポーターシンチ異常

2023年08月12日 | 運動異常症
【パート1.カタトニアとは?】
カタトニアは,広範な運動,言語,行動の異常によって特徴づけられる複雑な神経精神症候群です.統合失調症や気分障害に認められることが多いため,精神科領域にみられる神経症候と考えがちですが,感染症(ウイルス性脳炎,神経梅毒,SSPE,プリオン病等)や自己免疫性脳炎(NMDAR脳炎,傍腫瘍症候群,SLE),変性疾患(ハンチントン病,パーキンソン病),低/高ナトリウム血症,自閉症,アルコール離脱症候群,薬剤性などさまざまな原因で生じ,ときどき経験します. 症候学的には,重力に抗して姿勢を自発的・能動的に維持し(posturing),受動的にとらされた姿勢を重力に拮抗したまま保持し(カタレプシー:catalepsy),屈曲の際に検査者に蝋(ろう)を曲げるような感触を与えるという筋トーヌスの特徴を示します(waxy flexibility).



上記の3つがカタトニアでよく認められる運動異常症ですが,他にも多くの特徴があり,正確な診断のためには,この現象の全スペクトルを認識することが重要です.DSM-Vでは以下の12項目のうち,3項目を満たせばカタトニアの診断が可能になります.
1.昏迷(stupor)
2.カタレプシー(cataplexy:受動的にとらされた姿勢を重力に拮抗したまま保持する)
3.蠟屈症(waxy flexibility:他者が姿勢を取らせようとすると,ごく軽度で一様な抵抗がある)
4.無言症(mutism)
5.拒絶症(negativism:指示や刺激に対して反対する,あるいは反応がない)
6.姿勢保持(posturing:重力に抗して姿勢を自発的・能動的に維持している)
7.わざとらしさ(mannerism:普通の所作を奇妙,迂遠に演じる)
8.常同症(stereotypies:反復的で異常な頻度の,目的指向のない運動)
9.外的刺激の影響によらない興奮(agitation)
10.しかめ面(grimacing)
11.反響言語(echolalia:他人の言葉を真似する)
12.反響動作(echoplaxia:他人の動作を真似する)

治療についてはRCTは不足してエビデンスレベルは高くないものの,ベンゾジアゼピン系薬剤が第一選択薬とされ,N-メチル-d-アスパラギン酸受容体拮抗薬も有効であると考えられています.具体的にはロラゼパム,ジアゼパム,ゾルピデム,アマンタジン,メマンチン,トピラマート,オランザピンの有効性を示した前方視的試験,症例集積研究があります.電気けいれん療法(ECT)は薬物治療に抵抗性の患者に用いられます.カタトニアを早期に完全に消失させるためには,その根本的な原因を特定し,治療する必要があります.以下の総説がお薦めです.動画が3つほどありますが,フリーで見ることができます.次回,意外なことが判明したカタトニアのDATスキャンについて議論します.
Wijemanne S, Jankovic J. Movement disorders in catatonia. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2015 Aug;86(8):825-32.

【パート2.DAT-SPECTの集積低下が回復する疾患】
DAT-SPECTは,パーキンソン病(PD)やレビー小体型認知症(DLB)などの診断に役立つ画像診断法です.岐阜大学チームは自己免疫性脳炎に伴うパーキンソニズムの2症例におけるDAT-SPECTの集積低下が免疫療法で改善しうることを報告しています(文献1, 2).ただし集積が回復する機序は不明です.

さてDAT-SPECT集積低下の改善を認めたうつ病5症例が鹿児島大学精神科から報告され注目を集めています.全例女性でカタトニアも認めました.Yahr 2度のパーキンソニズムを2名で,認知機能低下を3名で認め,2人はDLBの診断基準をprobableで満たしていました(ただしMIBG心筋シンチに異常はなく,レム睡眠行動異常症や嗅覚障害もなし).治療として抗うつ薬,ベンゾジアゼピン,カタトニアに対するロラゼパム,ECTが行われ,うつ症状,パーキンソニズム,認知機能障害は軽快しました.DLBの2名はいずれも診断基準を満たさなくなりました.同時にDAT-SPECTの集積低下も改善しました!



考察されることは以下の3点です.
1)5症例に認めたDAT集積低下は,うつ病よりもむしろカタトニアと関連している.逆にカタトニアの病態の一部に,線条体のドパミン作動性伝達障害が関与している可能性がある.
2)5症例におけるDAT集積低下は,恐らくαシヌクレイノパチーに伴うものではない.
3)集積低下が回復した機序は不明.

以上より,カタトニアでは可逆的なDAT-SPECT集積低下を認めることが示されました.DAT-SPECTで集積低下を認め,DLBを疑っても,カタトニアを合併する場合は,慎重に診断する必要があります.

1) Fuseya K, et al. Mov Disord Clin Pract. 2020 May 5;7(5):557-559.

2) Ono Y, et al. Autoimmune encephalitis presenting with atypical parkinsonism: A case report and review of the literature. Neurol Clin Neurosci 28 April 2023

3) Arai K, et al. Aging-Related Catatonia with Reversible Dopamine Transporter Dysfunction in Females with Depressive Symptoms: A Case Series. Am J Geriatr Psychiatry. 2023 Jun 2:S1064-7481(23)00310-X.

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする