Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

ハンセン病を正しく理解しよう!

2024年10月31日 | 機能性神経障害
ハンセン病に関するミニレクチャーを行いました.ハンセン病は,主に皮膚と末梢神経に影響を及ぼす抗酸菌感染症です.1873年,ノルウェーの医師Armauer Hansenにより原因菌Mycobacterium lepraeが発見されました.

ハンセン病の日本での新規発症は極めて稀ですが,ハンセン病の流行が依然として続いている地域で感染した在日外国人の方々の発症は生じています.今回,診療の機会がありましたので,この病気の歴史を若い先生方や医学生に伝えようと思いスライドを作りました.具体的には,我が国でかつて「癩・らい(=病気でただれるの意)」という差別的ニュアンスを含む病名で呼ばれていたこと,さらに隔離政策が行われたことで患者さんが偏見や差別に苦しんだこと,その偏見や差別はいまなお根強く残っており,社会的支援が必要とされていることを伝えたいと思いました.私は北條民雄(1914-1937)の自身の体験に基づく短編小説「いのちの初夜」を読んでこの歴史を学びました.

YouTubeを検索しても,ハンセン病の歴史と現状に関する動画も複数,見ることができます.以下より講義で使用したスライドをご覧いただけます.
https://www.docswell.com/s/8003883581/ZN1JDV-2024-10-31-132126

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

神経難病のアドバンス ケア プラニング・collaborative decision making

2024年10月29日 | 医学と医療
第12回難病医療ネットワーク学会@弘前のなかでもっとも印象に残った講演は,荻野美恵子先生(国際医療福祉大学)による標題の教育講演でした.取ったメモを教室メンバーに送り,自身のアドバンス ケア プラニング(ACP)のあり方を考えてもらいました.以下,そのなかの要点を5つ書き出しました(私の解釈も含まれているかもしれませんが,ご容赦ください).

1.「延命治療」という言葉には用心する
自分が今後どうなるかほとんど分かっていない状況での「延命治療は嫌だ」という言葉を鵜呑みにしてはいけない.例えば胃ろうは延命治療ではない.その人がその人らしく生きるチャンスを与えるものであり,意味のある時間を持つことができることを理解して頂く必要がある.

2.「治療の自己決定」はそう簡単にできるものではないことを理解する
治療方針は最初からそう簡単に決められるものではない.つまり医師は患者さんの最初の言葉を,そのままそれが最終結論だと受け取ってはいけない.患者さんの考えは振り子のように振れて徐々に収束していくものだ.また本人が自己決定できる(=自己決定能力がある)場合でも,本人ひとりに決めさせるのではなく,必ず本人と医療チームが十分に話し合い,合意形成することが大切である.



3.治療方針はいつでも変えられることを伝える
重要なことは,まだ治療を決めなくて良いときに最終決断させないことである.治療についての選択はいつでも変えることができることを理解いただく必要がある.

4.「もう考えたくない」と言う患者には話を聞きつつ時期が来るのを待つ
例えば「人工呼吸器を装着するかどうか,この問題は考えたくない」とほとんど議論を拒否される場合がある.そのような場合は,患者の話をじっと聞きながらチャンスを待つ.そうすると「ここだ」という時が来る.そのときに例えば人工呼吸器を装着した患者の事例を紹介する.大切なことは装着しなかった場合だけでなく,装着した場合のことも両方知っていただき,そのうえで決断してもらうことである.

5.専門家としての意見を恐れずに伝える
専門家としての意見は,パターナリズムのおしつけではない.「患者さんの希望はこうだから・・・」と言って,専門家が逃げてしまってはいけない.患者さんはプロとしての意見を求めている.おせっかいになってほしい.

朝のカンファレンスの際に,各先生方の感想や意見を述べていただき議論しました.「いままで延命治療という言葉を使っていたが,そのネガティブな影響に気付いた」「人工呼吸器の装着に関する各選択肢の意味を正しく伝えていきたいと思った」「治療の意思決定支援を医療チームとして行っていくことは重要だと思う」「治療の意思決定は入院中だけでなく,むしろ外来における継続したやり取りが大切になる」といった意見が聞かれました.



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

岐阜県における難病患者さんの就労相談の現状と取り組みからみえてきた課題

2024年10月28日 | 医学と医療
タイトルは第12回難病医療ネットワーク学会@弘前にて,岐阜大学病院の医療支援課 野口史緒さん,看護部 齊藤麻衣子さんらを中心とするチームが発表した演題です.嬉しいことに最優秀演題賞をいただきました!多くの人にこの取り組みについて知っていただきたいのでご紹介します.キーワードは「超短時間労働」です.

近年,難病患者さんへの就労は重要な問題となっています.とくに神経難病は進行性,再発性であるため就労が難しいのです.また岐阜県は全国と比較して,中小規模事業所や非正規雇用の割合が高く,就労が一層難しいものになっています.このため岐阜県の難病診療連携拠点病院である岐阜大学医学部附属病院が中心となり,治療と仕事の両立支援に関するネットワークの体制構築を目指して,この問題に対する調査と啓発,支援を開始しました.

野口さん,齊藤さんらはまず就労支援の課題を明らかにするため,県内46医療機関における就労相談の現状に関する調査を行いました.結論として就労相談体制はあるものの,7割の医療機関では就労相談の実績はなく,両立支援指導料加算件数は0件でした.相談内容は仕事復帰の不安,復職準備が多く,関係機関との連携はハローワークが最多でした.

啓発に関しては,2022年から岐阜市が行っている「超短時間雇用創出事業」を主たるテーマにした研修会を行いました.これは長時間働くことが難しい人への社会参加・自立を推進するため,週20時間未満という今までにない新しい雇用に取り組むというものです.人手がほしい企業と,超短時間ワーカーをマッチングし,両者にとってメリットのある雇用を創出しようという取り組みです.また研修会後のアンケートから,相談機関とその役割がわかるリーフレットがあると嬉しいという意見があり,2024年度は岐阜県独自の就労支援に関するリーフレットの作成に取り組んでいます.「超短時間雇用」の仕組みがうまく広がっていくと良いなあと思っています.「超短時間雇用創出事業」については以下のリンクをご覧ください.
https://www.city.gifu.lg.jp/kenko/syougaisyafukushi/1015770/index.html





  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

進行性核上性麻痺の新たなリスク遺伝子と病態におけるオリゴデンドロサイトと補体の重要性

2024年10月26日 | その他の変性疾患
進行性核上性麻痺(PSP)の新たな遺伝的要因と病態機序について,米国Mount Sinai医科大学から重要な知見が報告されました.PSPにおける最大規模のゲノムワイド関連解析(GWAS)で, PSP患者2779人(なんと2595人は病理診断で確認済み)と5584人の対照群を検討し,PSPのリスク遺伝子を解析した研究です.その結果,6つの独立したPSP感受性遺伝子座を特定しました.その中には,既知の5つの遺伝子座(MAPT,MOBP,STX6,RUNX2,SLCO1A2)と,新規の1つの遺伝子座(補体C4A)が含まれていました.さらにC4A遺伝子のコピー数変異がPSPのリスクに関係することが示されました.C4Aは補体系に関連したタンパクであり,PSPにおいて補体の関わる炎症反応が神経変性に関与する可能性が考えられました.このため補体C4Aを標的とした検討がなされました.

この研究で特に注目されるのは,PSPの病態進行にオリゴデンドロサイトが関与している可能性が示唆された点です.オリゴデンドロサイトの重要性は2022年にも指摘されていました.図の上段はC4A(マゼンタ),リン酸化タウ(AT8,緑),およびOLIG2(オリゴデンドロサイトのマーカー,茶色)の三重免疫染色です.対照群(a)ではリン酸化タウとC4Aはほとんど染まりませんが,PSP群(b)ではOLIG2陽性のcoiled body(PSPで認めるオリゴデンドロサイトにおけるタウ蓄積:緑および茶色)においてC4Aの共局在が示されています.一方,アストロサイト(tufted astrocyte)や神経細胞(神経原線維変化)ではC4Aは陰性でした.またC4A陽性軸索数(c)は,PSP群で有意に多く,C4A陽性軸索の長さ(d)は,PSP群で有意に短いことも分かりました.C4Aα鎖の免疫ブロット(e)ではPSP群で有意に発現レベルが高いこと,さらに末梢血全血におけるC4A mRNA発現(f)もPSP群で有意に高いことが分かり,診断マーカーとして使用できる可能性も出てきました.



以上より,PSPは単なるタウタンパクの異常に起因する神経変性疾患ではなく,免疫系・補体系が病態の進行に深く関与することが示唆されました.PSPやその他のタウオパチーにおいて,C4Aやオリゴデンドロサイトが治療標的として検討されることになると思います.
Farrell K, et al. Genetic, transcriptomic, histological, and biochemical analysis of progressive supranuclear palsy implicates glial activation and novel risk genes. Nat Commun. 2024 Sep 9;15(1):7880. doi: 10.1038/s41467-024-52025-x.

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アルツハイマー病におけるアミロイドβ抗体薬は,背景死亡率に対し2.6~3.9倍,死亡リスクを増加させる!

2024年10月25日 | 認知症
アルツハイマー病(AD)の病態修飾薬であるアミロイドβ抗体薬(レカネマブ,アデュカヌマブ)に関する新たな報告がプレプリント(未査読)論文として発表されました.シンシナチ大学のEspay教授らによる報告です.この研究は,アメリカのFDA(食品医薬品局)の副作用報告システム(FAERS)のデータに基づき,これらの抗体薬を使用したAD患者の死亡率が,一般的なAD患者,もしくはこれらの抗体薬の臨床試験の患者と比較してどの程度異なるかを評価したものです.つまり,これらの抗体薬のリアルワールド(日常の臨床現場)での死亡率が,臨床試験およびFAERSで報告された年齢範囲(75~84歳)の一般的なAD患者の死亡率(背景死亡率)を上回るかどうかを評価しています.背景死亡率は2020年の75〜84歳のAD患者の死亡率である100,000人あたり229.3人を基準にしています.

さて結果ですが,FAERSデータにおいて,レカネマブで25人,アデュカヌマブで27人の死亡が報告されていました.エーザイとバイオジェンは正確な処方数を開示しておらず,治療された正確な患者数が不明であるため,患者数を2,000人から10,000人の範囲に仮定し,以下の解析をしました.

まず図1ですが,リアルワールドで,レカネマブ(相対リスク[RR] = 2.6; 95%信頼区間[CI]: 1.4-3.8)およびアデュカヌマブ(RR = 3.9; 95% CI: 1.4-6.5)により治療した患者の死亡率は,背景死亡率,そしてレカネマブ(RR = 1.87; 95% CI: 1.1-2.6),アデュカヌマブ(RR = 2.7; 95% CI: 1.7-3.7)の臨床試験での死亡率と比較して高いことが分かりました(図1).



つぎに図2は,10,000人あたりの抗体薬による過剰死亡率を示しています.過剰死亡率とは,背景死亡率と比較して,レカネマブやアデュカヌマブを使用したことで生じた追加の死亡を意味します.上述したように実際に投与された患者数が不明であるため,2,000人から10,000人の範囲を仮定し,それぞれの値の過剰死亡率が示されています(投与人数の分母が大きくなるにつれ過剰死亡率は低下します).そしてレカネマブを最大の10,000人に投与したとしても,死亡率の増加を認めました.具体的にはレカネマブでは10,000人あたり21人の過剰死亡が推定され,アデュカヌマブでも41人の過剰死亡が推定されていました.死亡率相対リスク(RR)も示されていますが,背景死亡率に対してレカネマブ使用者は2.6倍,アデュカヌマブ使用者は3.9倍の死亡リスクがあることが示されています.



著者がDiscussionで述べていることは以下のとおりです.①FAERSは任意登録システムであることから,上述の死亡率の推定値は過小評価している可能性があること.それでもレカネマブを最大の10,000人に投与したとしても死亡率の増加を認めたことは重要な意味を持つ.最近,欧州医薬品庁(EMA)およびオーストラリア政府の治療用品局(TGA)は「安全リスクを上回る臨床的な利益が認められない」として,レカネマブ不承認の判断を下しているが,上記の結果はこれらの決定を後押しする.②これらのデータを,インフォームドコンセントの際に患者,家族に提示すべきであること.これらの情報は弱い立場にあるAD患者を守るためにとても大切である.いずれの主張も納得できるものです.

個人的に思ったのは,AD患者の一部にはアミロイドβ抗体薬により最悪の転帰を示す一群が存在するということなのだと思います.それは恐らく,抗体薬により脳血管の破綻や,脳血管における炎症が強く生じる一群だと思います.この抗体薬を臨床応用するのであれば,その一群を使用開始前に全力で探す必要があります.企業は,今回の研究の限界となっている投与症例数のデータだけでなく,リアルワールド死亡例の臨床的特徴(MRI所見およびApoE遺伝子検査など)を速やかに公開する必要があると思います.

Dwivedi AK et al. Excess Mortality in Alzheimer’s Patients on Anti-Aβ Monoclonal Antibodies. Research Square. https://doi.org/10.21203/rs.3.rs-5282702/v1



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

てんかん発作がアルツハイマー病の進行を促進する!? ―焦点とタウ病理の非対称性―

2024年10月24日 | 認知症
アルツハイマー病(AD)は,健康な高齢者に比べててんかん発症のリスクが2〜3倍高く,特に焦点発作(部分発作)の発症はADの進行と関連している可能性が指摘されています.しかし,ADにおける焦点発作とタウ・アミロイドβの蓄積との関連についてはよく分かっていませんでした.Neurology誌にマサチューセッツ総合病院(MGH)から,焦点発作を認めたAD患者(AD-Ep)において,焦点とタウ・アミロイドβの蓄積,および脳の萎縮の関連を検討した研究が報告されました.

対象は8名のAD-Ep患者で,タウおよびアミロイドPETイメージングと頭部MRIを実施し,てんかん発作の焦点のある半球でのタウやアミロイドβの蓄積について検討しています.てんかん発作を認めないAD患者群(AD-NoEp)14名も検討しています.この結果,AD-NoEp群と比較して、AD-Ep群ではタウの非対称性蓄積が顕著であり,特に焦点が存在する半球側にタウの蓄積が強く認められました(前頭葉,側頭葉外側,頭頂葉外側+内側に強く蓄積).また,アミロイドβの蓄積や脳萎縮も,焦点が存在する側に強い非対称性がありましたが,タウの非対称性ほど顕著ではありませんでした.図1の白い矢印は,焦点が存在する側においてタウ・アミロイドβの蓄積が多い領域を示します.黄色い矢印は,焦点の反対側に蓄積が見られた領域を示しています(つまり例外もある).



著者らは,焦点発作を伴うAD患者が一般的なADとは異なる病理的特徴を呈すると指摘しています. AD-Ep患者におけるタウの非対称性が顕著であることから,焦点発作がADの進行に影響を及ぼす可能性を指摘しています.つまり焦点発作=神経ネットワークの過剰な興奮(hyperexcitability)が片側の病理変化を助長し,ADの進行を早めると考えられ,ADの新たな治療につながる可能性があると述べています.

ただあくまでも観察的研究であり,てんかんがADの病理変化を引き起こすのか,それとも既存の病理がてんかんを引き起こすのかについては結論が出せないとも言っています.私も同感で,結論を出すには今後,縦断的研究が必要になると思います.

Lam AD, et al. Association of Seizure Foci and Location of Tau and Amyloid Deposition and Brain Atrophy in Patients With Alzheimer Disease and Seizures. Neurology. 2024 Nov 12;103(9):e209920.(doi.org/10.1212/WNL.0000000000209920

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

パーキンソン病の進行はαシヌクレイン抗体の長期使用で抑制できる!!

2024年10月19日 | パーキンソン病
アルツハイマー病に対するアミロイドβ抗体は,細胞外に蓄積するタンパクを標的にするのに対し,αシヌクレインやタウ抗体は細胞内で作用する必要があり,抗体療法が有効である可能性は低いと考えられてきました.しかし近年,タウ抗体が細胞内でタウの分解を促進することが分かってきており,αシヌクレイン抗体も同様に有効性を発揮する可能性があります.候補となっているαシヌクレイン抗体は3種類あり,プラシネズマブは凝集したαシヌクレインを主に標的とし,BIIB054はフリーフォーム,MEDI1341は両方の形態に作用すると言われています.

最新号のNat Med誌に,プラシネズマブの早期パーキンソン病(PD)患者の運動機能に対する効果を検討したPASADENA試験が報告されました.この研究はロシュ社による第II相試験で,その目的はプラシネズマブ(PRX002/RG7935;月1回の静脈内投与)の効果を評価することです.最初の12ヶ月間は偽薬群と実薬群に分かれた二重盲検試験,その後,偽薬群はプラシネズマブに切り替えられ,すべての参加者が5年間のオープンラベル延長に進みました.この時期の偽薬群はないため,代わりに,PPMIコホート(国際的な観察研究)を外部比較群として使用しています.

図1は試験のタイムラインが示され,遅延開始群が最初の1年間偽薬を投与された後にプラシネズマブに切り替えられたこと,早期開始群は試験開始からプラシネズマブを継続して投与されたことが示されています.これにより,両群の治療開始タイミングの違いを踏まえた効果の比較が可能となります.



まず最初の12ヶ月間の二重盲検期間では,MDS–UPDRS Part IIIスコアの変化をみると,実薬群は偽薬群に比べて運動機能の進行が抑えられていましたが,主要評価項目であるMDS–UPDRS総合スコアの改善は有意ではありませんでした(2022年に報告:N Engl J Med. 2022;387(5):421-432).

つぎに5年間のオープンラベル延長フェーズについては,運動機能を示すMDS–UPDRS Part IIIのスコアは,早期開始群および遅延開始群のいずれにおいても,PPMIコホートと比較して進行が抑えられていました.とくにOFF状態とON状態のいずれにおいても,プラシネズマブ群はスコアの悪化が大幅に抑制され,早期開始群でスコアのOFF状態の進行が65%,ON状態では118%抑えられており,遅延開始群でもそれぞれ51%,94%の進行抑制が見られました.また日常生活の運動機能を示すMDS–UPDRS Part IIでも,早期開始群が−40%,遅延開始群が−48%の改善を示しました.これらの結果は,プラシネズマブが運動機能の低下を長期的に抑制する可能性を示唆しています.

図2は上記の結果がグラフ化されています.治療開始後の数年で早期開始群と遅延開始群のスコアをPPMIコホートと比べると顕著な差が生じたことが分かります.しかし早期開始群と遅延開始群の間で,開始早期からすぐに差が現れるわけではなく,3年目から4年目にかけて明確になってきたことが言及されています.プラシネズマブの効果は時間をかけて発現する可能性があるようです.またDaT-SPECTでは,脳画像上の改善は見られなかったことから,プラシネズマブはドーパミンシナプスの機能維持に寄与するものの,輸送体の機能には直接的な影響を及ぼさない可能性が示唆されました.



以上より,プラシネズマブは早期PD患者の運動機能の進行を抑制する有望な治療法である可能性が示唆されます.しかしオープンラベル延長研究であるため偽薬群がなく,プラセボ効果の影響を完全に排除することが難しい点が問題です.今後,効果と安全性を検証するさらなる長期的な試験が必要と考えられます(現在PADOVA試験=P2b試験という別のプラシネズマブを用いた臨床試験が進行中です).

Pagano G, et al. Sustained effect of prasinezumab on Parkinson's disease motor progression in the open-label extension of the PASADENA trial. Nat Med. 2024 Oct 8.(doi.org/10.1038/s41591-024-03270-6

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

進行性核上性麻痺(PSP)様の症候を呈する自己免疫性脳炎と傍腫瘍性神経症候群を見逃さないために注意すべきこと

2024年10月17日 | 自己免疫性脳炎
ご紹介する論文は当科の大学院生,山原直紀先生が初めて挑戦して英文総説です.共著者も意見をしたりチェックをしたりしましたが,ほぼ自分で書き上げて立派なものだと思いました.進行性核上性麻痺(PSP)は核上性注視麻痺,姿勢保持障害,パーキンソニズムなどを呈するタウオパチーですが,稀ながら自己免疫性や腫瘍に関連したケースでも似た症候が現れることがあります.治療可能であることから,近年,注目されています.

私たちは,自己免疫性脳炎(AE)や傍腫瘍性神経症候群(PNS)が引き起こす,いわゆる「PSP mimics」に注目し,これらの症例をいかに診断し,どのように治療すべきかを検討するためにナラティブレビューを行いました.IgLON5抗体,Ma2抗体,Ri抗体などの自己抗体が関与する症例についての詳細なレビューを行っています.いかに診断をするかが重要で,その要点は下記のTable 3にまとめられていますが,このような特徴を持つ場合にはAE/PNSの可能性を考慮する必要があります.

【PSPに類似したAE/PNSを示唆する臨床的特徴】
(1) 若年発症(40歳未満)
(2) 急性または亜急性の進行
(3) 腫瘍の合併
(4) 脳脊髄液異常(蛋白上昇,細胞増多,IgG idex↑,OCB陽性など)
(5) PSPを示唆するMRI所見がない
(6) PSPで認めない各種抗体に特徴的な症状(IgLON5抗体では睡眠障害,行動変化,呼吸不全,起立性低血圧,Ma2抗体ではナルコレプシー様症状など)
(7) PSPではあまり認めないその他の症候(顕著な体重減少,運動失調など).

オープンアクセスでフリーにDLできますので,ご一読いただければと思います.
Yamahara N, Takekoshi A, Kimura A, Shimohata T. Autoimmune Encephalitis and Paraneoplastic Neurological Syndromes with Progressive Supranuclear Palsy-like Manifestations. Brain Sci. 2024, 14(10), 1012; https://doi.org/10.3390/brainsci14101012


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

誤解されがちなレプリコンワクチン,作用と効果を科学的に正しく理解しよう!

2024年10月14日 | COVID-19
レプリコンワクチン接種者の入店拒否などの騒動が報道されていますが,「レプリコンワクチンって本当はどうなの?」という質問を何人かに聞かれました.最近,臨床試験の結果も出ているので,まとめておきたいと思います.まず,このワクチンはスパイクタンパクの遺伝子に加えて,RNAレプリカーゼという酵素の遺伝子も組み込んだmRNAワクチンです.従来のコロナワクチンでは,インフルエンザワクチンなどと比較して「長寿命抗体産生細胞」ができにくいため(Nature Med 2024;doi.org/10.1038/s41591-024-03278-y),抗体価が短期間で低下するという重大な欠点があります.ワクチンの効果切れ状態は,高齢者では生命予後に関わりますし,若い人でもlong COVIDや認知機能低下のリスクがありますので,抗体価が長く持続するワクチンの開発が急務です.

【少ない接種量で,効果の持続期間が長いことがメリット】
mRNAワクチンは細胞内でスパイクタンパクが一過性に産生され,免疫応答が誘導されます.一方,レプリコンワクチンでは,細胞内で一過性に発現したRNAレプリカーゼがスパイクタンパクをコードするmRNAをコピーして,接種後1週間程度mRNAが維持されるため,接種後8日程度までスパイクタンパク質が発現します(その後,mRNAは低下・消失します).また投与量も従来より少ない量で済みます(mRNAは約6分の1です).

【レプリコンワクチンが作り出すのはスパイクタンパクのみで,感染性のあるウイルスを生成しない】
なぜこのような騒動が起きたのか考えると,おそらく「自己増幅型」という名称だけ見て,このワクチンの原理を調べなかった人が,誤った考えを広げてしまったのかなと思います.重要な点は,「レプリコンワクチンが作り出すのはスパイクタンパクのみであり,感染性のあるSARS-CoV-2ウイルスを生成しない」ということです.この点は,従来のmRNAワクチンと同じです.話題になっている「シェディング(shedding)」というものは,ワクチンの成分が他に伝播して健康被害を起こすという仮説です.その根拠となっている論文を読みましたが,単なる仮説で「スパイクタンパクが特定のアミノ酸配列を持つため,プリオン病理に関与する可能性」などが書かれています.このジャーナルはPubMedにも収載されておらず,反ワクチンの内容を掲載することで知られ,査読も不十分で信頼性が低いようです(https://ijvtpr.com/index.php/ijvtpr/article/view/23).

【臨床試験で分かったこと】
さて,最新のLancet Infect Dis誌に,日本国内の11の臨床施設において実施され,レプリコンワクチンARCT-154(商品名コスタイベ)のブースター接種による免疫応答の持続性を,従来のmRNAワクチンであるBNT162b2(コミナティ:ファイザー)と比較した研究が報告されています.接種後の抗体価推移を示す図A,Bでは,50歳未満および50歳以上の年齢層におけるWuhan-Hu-1株に対する中和抗体価の変化が示され,いずれもARCT-154がBNT162b2を上回る結果を示しています.図C,Dは,50歳未満および50歳以上のOmicron BA.4-5株への中和抗体価を示していますが,やはりARCT-154が長期間にわたり高い免疫応答を維持しています.以上より,ARCT-154は従来のmRNAワクチンよりも持続的な免疫応答を提供し,特に高齢者への有効性が期待されます.副反応については,日本の国内第3相臨床試験のデータを見てもほぼ同等です.「日本でしか行われていないから不安」との意見もありますが,ベトナムでは追加免疫について承認申請されている他,欧州でも承認申請の段階であり,米国ではFDAと交渉し,承認申請に向けて準備中とのことです.日本が誇る非常に素晴らしい技術と言えるのではないかと思います.この論文を読み,個人的にはコスタイベを接種してもいいかなと思っていますが,1バイアル16人分で取り扱いがしにくいらしく,どのクリニックでも接種ができるというものではないのかもしれません.

Oda Y, et al. 12-month persistence of immune responses to self-amplifying mRNA COVID-19 vaccines: ARCT-154 versus BNT162b2 vaccine. Lancet Infect Dis. 2024 Oct 7
(24)00615-7.(doi.org/10.1016/S1473-3099(24)00615-7


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

えっ,大脳皮質基底核症候群に左右差が生じる理由はそういうことなの!?

2024年10月13日 | その他の変性疾患
ちょっと驚いた論文です.大脳皮質基底核症候群(corticobasal syndrome;CBS)は,医学生でも症候や画像所見に明らかな左右差(非対称性)があることを知っています.しかしなぜ左右差が生じるかは専門家も答えられません.最新号のNeuol Clin Pract誌に,ヒューストンのベイラー医科大学から「CBSの左右差は発症前に,末梢性または中枢性に何らかの誘因がある」という仮説を検証した研究が報告されました.つまり病変と対側の手足,もしくは同じ側の脳に外傷などをしていなかったか?を調べたわけです.

著者らは,72名のCBS患者と同数のパーキンソン病(PD)患者の医療記録を調査し,CBS症状発現前の1年間に末梢性または中枢性の誘因があったかどうかを検討しました.この結果,PD患者では発症前の誘因は1.4%のみであったのに対し,CBS患者では20.8%と明らかに高率でした(p < 0.001)(図1).



そして誘因の多くが末梢性でした.
■末梢性の誘因(13件)(図2)
 手術:回旋腱板修復手術,手根管開放手術,足の手術,上腕骨骨折の固定,腱鞘炎手術
 外傷:手の鈍的外傷や刺傷
 骨折後のギプス固定:骨折後の四肢ギプス固定
 歯の手術:20本の歯を抜歯する特定の歯科手術
■中枢性の誘因(2件)
 脳卒中
 頭部外傷



以上より,CBSにおける左右差は,主に対側の手足における手術や外傷が契機となって神経変性プロセスが開始される,例えば局所的なタウタンパクのミスフォールディングや異常な伝播が生じるという可能性が示唆されました.本当かどうか,まだ半信半疑ですが,今後,大規模な前向き研究が行われることで,結論が出るかもしれません.いずれにせよ,今後,CBS患者の問診で追加すべき質問が増えたということになります.

Lenka A, et al. Corticobasal Syndrome: Are There Central or Peripheral Triggers? Neurol Clin Pract. 2025. https://doi.org/10.1212/CPJ.0000000000200365

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする