Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

神経内科医を取り巻く難しい状況(AAN2014より)

2014年05月04日 | 医学と医療
フィラデルフィアで開催された米国神経学会年次総会に参加した.今年は例年より,日本からの参加者が少ない印象を受けた.若手医師にとって刺激的な学会であり,世界の神経内科医がどのようなことに関心をもって取り組んでいるか知ることはとても有益と思う.ユニークであれば,症例報告や少数例の症例集積研究でもアクセプトされるので,ぜひ挑戦することをお勧めしたい.

さて,学会のなかで参加者全員が大会場に集まり,注目のテーマに関して講演を聴くPlenary sessionがある(写真).そのなかで大会長の企画するセッションがあるが,例年,その最初の講演は,神経内科をめぐる社会的・経済的・教育的側面を取り上げたものが多い.今年はJames Bernat教授(Geisel School of Medicine)が「現代の神経内科医が直面する倫理とプロフェッショナリズムをめぐる課題」と題する講演を行ったので紹介したい.
原題 ”Challenges to ethics and professionalism facing the contemporary neurologist”
神経内科医を取り巻く環境は大きく変化しており,それは倫理観やプロフェッショナリズムといった医師としての根幹を脅かしかねない状況となっている.具体的には以下の変化を挙げておられた.米国も日本も抱える問題は似ているようである.

①医学・医療の商品化
医学のビジネスとしての側面が無視できなくなってきている.しかし医学とビスネスとでは,患者さんの意味付け・捉え方がまったく異なる.つまりビジネスでは,患者さんは単にお金儲けの対象にすぎない.また医師の産学連携活動に伴う利益相反も今後さらに問題になる.

②保険医療制度の影響
また診療において,Medicare billing code(メディケアの支払いシステム)が悪影響をしている.つまり保険点数を大きくする方向に医療の舵が切られている.今やカルテの目的は,患者さんの状態や診療を詳細に記載するためより,診療報酬を算出するための記録になりつつある.

③病院の被雇用者としての立場
勤務医は病院に雇用されている.各人の医師としての働きに対するグレーディング(売上げ等による評価)が進んでおり,医師は否が応でも意識せざるを得ない.

④医療の電子記録の弊害
IT化は医療を変化させた.電子カルテは記述の簡素化や,退院総括などにおける安直なコピーペーストをもたらした.回診も様変わりし,患者さんを直に診るより,電子カルテでデータを見ながら行っている.いわばindirect patient careが日常化した(J Gen Intern Med 2013; 80, 1057-61).また患者とのe-mailやSNSを用いたコミュニケーションも行われる機会が出てきた.

⑤医師の果たす役割の低下・権威の失墜
患者さん自身によるautonomy(自己決定)が尊重されている.医学知識の乏しい患者さんにどこまで適切な判断ができるかという問題がありながら,医師によるbeneficence(恩恵・貢献)が減ってしまった.また患者さんのケアは,看護師や理学療法士等が行っており,ここでも医師の役割は減ってしまった.またさまざまな原因のため,医師の権威は失墜し,信頼を喪失しつつある.医師のdeprofessionalizationとも呼べる状況が進んでいる.

⑥医学大学の困難
研究,教育,経営の安定が困難な状況になりつつある.

⑦医師のバーンアウト
上記のような複雑化した状況は医師を精神面,体力面において追い詰め,燃え尽き症候群が起こりうる状況をもたらした.

このよう難しい状況下において,いかに医師としての倫理感とプロフェッショナリズムを貫き,患者中心主義を維持するか極めて重要な課題である.Bernat教授は難しい問題はあるが,解決策として,基本に立ち戻ること,若手医師をきちんと教育することが大切であることを強調されておられた.学会が行われているフィラデルフィアは,ウィリアム・オスラー先生(1849-1919)が教鞭をとられた地であり,まさにオスラー先生の教えを振り返る必要があると述べて講演を終えられた.
最後に,ペンシルバニア大学シラバスに記載されている「オスラーの3原則」を記載しておく.患者さんを目の前にして,次のことを常に念頭に置くことを強調されている.
① 患者さんはどのような問題で病院にやってきているのか?
② それに対して何ができるのか?
③ そうした場合,患者さんのこれからの人生はどうなるのか?

なお最近,オスラー先生の伝記「医学するこころ――オスラー博士の生涯 (岩波現代文庫)」(日野原重明著)が岩波書店により復刻された.今回の学会中,久しぶりに読み直し,またペンシルバニア大学にも足を延ばしてみた.難しい時代だからこそ,オスラー先生に倣い,「医師が治療するものは疾患でなく,患者さんである」ことを再確認し,「毎日,最善を尽くす」必要があるのだろう.

AAN2014@Philadelphia

医学するこころ――オスラー博士の生涯 (岩波現代文庫) 



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする