Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(9月29日):子供から健康な成人まである認知機能低下のリスク

2024年09月29日 | COVID-19
今回のキーワードは,long COVIDによる日本の経済的損失は2024年のGDPの1.6%に相当する,神経認知症状は小児期と青年期でもlong COVIDの主要症状であり,とくに小学生で記憶力や集中力の障害が多い,long COVID患者は「内部の震えや振動」を呈する,COVIDワクチンの効果が長持ちしないのは長寿命抗体産生細胞ができないためである,スパイク蛋白はフィブリンと結合して炎症性の血栓を形成し神経症状をきたす,long COVIDやワクチン後の副反応が女性に多い理由は性ホルモンで説明できる,健康な若年成人への感染で認知機能は低下するものの自覚的には気づかない,入院を経験した患者では感染1年後も脳損傷マーカーが高値を示す,です.

現在のCOVID-19の問題は認知機能の低下であり,成人のみならず,小児にも生じているという心配な研究が報告されています.一方,なぜ感染後に血栓ができやすいのか,なぜCOVID-19では症状の性差があるのか,なぜCOVIDワクチンは防御効果が長持ちしないのか,といった疑問に答えが出つつあります.

◆long COVIDによる日本の経済的損失は2024年のGDPの1.6%に相当する.
著名なEric Topol先生やAkiko Iwasaki先生らによるlong COVIDの現状を概説した総説.Long COVIDの世界的累積罹患者数は約4億人で,経済へのマイナス効果は年間約1兆ドル(世界経済の約1%に相当)と推定されている.日本経済に与える影響を見ると,総労働時間の損失が約1800万時間と推定され,GDPへの損失は約722億米ドルで,これは2024年の日本のGDPの1.6%に相当する.Long COVIDによる労働力の損失は,経済成長や産業に深刻な影響を及ぼしており,特に高齢化社会である日本においては,労働力不足がさらに顕著になることが懸念されている.long COVIDの問題は看過すべきでなく,世界的な研究と政策が必要である.(Topol先生は「悲しいことに,私たちは深い否定論に陥り,コロナウイルスの脅威を乗り越えたかのような妄想を抱いています」とおっしゃっています)
Al-Aly Z, et al. Long COVID science, research and policy. Nat Med. 2024 Aug;30(8):2148-2164.(doi.org/10.1038/s41591-024-03173-6)

◆神経認知症状は小児期と青年期でもlong COVIDの主要症状であり,とくに小学生で記憶力や集中力の障害が多い.
米国RECOVER研究.5367人の小児(6~11歳)および青年(12~17歳)のlong COVIDを検討した縦断的観察コホート研究.小児では記憶力や集中力の問題が最も顕著で,約62%に認められた.睡眠障害も64%で認めた.これらの神経認知症状は頭痛や身体の痛みにも関連していた.一方,青年期では,記憶力や集中力の障害は47%とやや少なく,しかし頭痛や疲労感を伴うことが特徴であった(頭痛は55%,日中の眠気や低エネルギー状態は約80%).年齢層ごとに異なる症状パターンが存在するため,個別の対応を要する.
Gross RS, et al. Characterizing Long COVID in Children and Adolescents. JAMA. 2024 Aug 21:e2412747.(doi.org/10.1001/jama.2024.12747)

◆long COVID患者は「内部の震えや振動」を呈する.
米国イェール大学よりオンライン調査を使用したlong COVIDにおける「内部の震えと振動感(internal tremor and vibrations)」というあまり知られていない症状に関する横断的研究.手足や体全体で震えや振動を感じる.「筋肉が震えているような感覚がある」,「皮膚のすぐ下で神経が振動している」などと表現されるが,外見からは分からないため注目されてこなかった.成人423人の37%に認め,特に女性に多かった.この症状を認める人は,ユーロQOLで測定した健康状態がより悪く (40対50ポイント,P = 0.007),肥満細胞障害(11%対2.6%, P = 0.008)や神経疾患(22%対8.3% , P = 0.004)の頻度が高かった.この症状を認める患者では,振戦,視覚的なフラッシュ,脱毛,手足のしびれ,胸の鋭い痛み,耳鳴などが多かった.自律神経の乱れや神経炎症,末梢神経障害が関与している可能性がある.この症状を理解し,適切に対応することが求められる.
Zhou T, et al. Am J Med. 2024 Jul 26:S0002-9343(24)00470-4.(doi.org/10.1016/j.amjmed.2024.07.008)

◆COVIDワクチンの効果が長持ちしないのは長寿命抗体産生細胞ができないためである.
米国エモリー大学からの研究.COVID-19 mRNAワクチンは重症化予防に有効であるが,接種後の抗体値が短期間で急速に減少するという問題があった.COVIDワクチンを接種した19名の成人を対象に,接種後2.5~33か月にわたって骨髄から採取したサンプルを分析した.対照であるインフルエンザや破傷風ワクチンでは骨髄に長寿命抗体産生細胞(long-lived plasma cell;LLPC)が定着し,その割合も高かったが,SARS-CoV-2に対する抗体産生細胞は短寿命抗体産生細胞に集中し,LLPCはほとんど認められなかった(図1;注).これがCOVIDワクチンで抗体応答が短期間で減少する理由と考えられた.長寿命細胞が抗体を産生し,長期的な免疫応答を提供できる新たなワクチンの開発が求められる.



注;PopA,PopB,PopDは,骨髄内の異なる抗体産生細胞のサブセットを指す.
PopA (CD19+CD38hiCD138−):新たに形成された抗体産生細胞の集団を指し,比較的短命で,骨髄内に移行したばかりの細胞
PopB (CD19+CD38hiCD138+):中間的な成熟段階にある抗体産生細胞
PopD (CD19−CD38hiCD138+):長寿命抗体産生細胞(LLPC),何年にもわたって抗体を産生し続けることができる成熟した抗体産生細胞の集団
Nguyen DC, et al. SARS-CoV-2-specific plasma cells are not durably established in the bone marrow long-lived compartment after mRNA vaccination. Nat Med. 2024 Sep 27.(doi.org/10.1038/s41591-024-03278-y)

◆スパイク蛋白はフィブリンと結合して炎症性の血栓を形成し神経症状をきたす.
COVID-19では血栓形成に伴う神経障害が生じる.米国UCSFなどの研究チームはスパイク蛋白がフィブリンと結合し,炎症性の血栓を形成することが明らかにした.この結合により分解が非常に困難になり,COVID-19患者で見られる分解されにくい血栓形成の原因となっていた.スパイク蛋白の存在下で,フィブリン線維が細くなった異常な血栓構造を認める(図2上).またスパイク蛋白はフィブリンの重合を促進し,異常な血栓の形成が進む(図2下).さらにフィブリンは肺における酸化ストレスとマクロファージの活性化,NK細胞の抑制を引き起こし,ウイルスの排除を妨げる.加えて脳の微小血管を損傷し,血液脳関門の破壊と神経障害の進行を促進する.フィブリンを標的とした治療法の開発が求められる.
Ryu JK, et al. Fibrin drives thromboinflammation and neuropathology in COVID-19. Nature. 2024 Sep;633(8031):905-913.(doi.org/10.1038/s41586-024-07873-4)



◆long COVIDやワクチン後の副反応が女性に多い理由は性ホルモンで説明できる.
トランス男性とは出生時に女性とされたが,その後,テストステロン療法を受け男性である人である.このため性ホルモンは著しく変化するが,免疫系にどのような影響が生じるか不明である.カロリンスカ研究所よりトランス男性23人の縦断的解析が報告された.この結果,テストステロンによりⅠ型インターフェロン(IFN-I)応答が減少し,腫瘍壊死因子(TNF)応答が強化されることが分かった.具体的にはプラズマサイトイド樹状細胞(外界のウイルス侵入を感知し,抗ウイルス因子発現を誘導する初期応答を行う細胞)や単球でのIFN-I応答が抑制され,NK細胞や単球でのTNF,IL-6,IL-15の産生が増加し,NF-κBシグナル伝達経路が活性化された.つまり免疫応答が性ホルモンによって動的に調節されることが示された.COVID-19における性差もこれにより説明できる可能性がある.
1)なぜ男性におけるCOVID-19感染は死亡率が高いか?
男性ではテストステロンによるIFN-I応答↓炎症性サイトカイン産生(TNFやIL-6)↑,つまりサイトカインストームが生じやすく,男性の死亡リスクが高まる
2)なぜ女性ではlong COVIDやワクチン副反応の頻度が高いのか?
女性ではIFN-I応答が強くウイルスの制御に役立つものの,強い免疫応答が慢性的な炎症や持続的な免疫活性を引き起こしやすく,これがlong COVIDの原因となる可能性がある.同様にIFN-I応答が強いためワクチン接種による免疫系の活性化が高く,副反応も強い可能性がある.
Lakshmikanth T, et al. Immune system adaptation during gender-affirming testosterone treatment. Nature. 2024 Sep;633(8028):155-164.(doi.org/10.1038/s41586-024-07789-z)

◆健康な若年成人への感染で認知機能は低下するものの自覚的には気づかない.
倫理的に物議を醸したヒトチャレンジ試験(感染実感)について英国からの報告.34人の健康な若年成人ボランティア(ワクチン接種なし)をSARS-CoV-2ウイルスに感染させ,その後1年間にわたり,記憶や認知機能の変化を詳細に追跡した.図3は総合認知スコア(bcGCCS)の結果であるが,感染者群(緑色の線)は,灰色の線の非感染者群と比較し,認知機能が著しく低下していること示されている(全時点の平均差 = −0.8631,p = 0.009)(非感染者群はタスクを繰り返すことで学習効果があるためスコアがベースラインより上昇するが,感染者群では認めず,むしろベースラインからの低下が持続している.感染による認知機能の低下は少なくとも1年間は持続する.重要なことは,感染者の多くが自覚的には認知機能の低下を感じていないにもかかわらず,客観的な認知テストでは明らかな差が観察された点である.
Trender W, et al. Changes in memory and cognition during the SARS-CoV-2 human challenge study
eClinicalMedicine, 76, 102842, 2024(https://www.thelancet.com/journals/eclinm/article/PIIS2589-5370(24)00421-8/fulltext)



◆入院を経験した患者では,感染1年後も脳損傷マーカーが高値を示す.
英国の研究.COVID-19で入院を経験した患者351人(ワクチン接種率19%)を対象に,感染後1年間にわたり追跡調査を行った.脳損傷マーカーは健常者と比較して有意に高く,特に神経学的合併症を伴った患者では顕著だった.図4は,脳損傷を示す血清マーカーである神経フィラメント軽鎖(NfL)とグリア線維性酸性タンパク質(GFAP)の値が,COVID-19患者では大幅に上昇し,とくに神経学的合併症を伴った患者で著しいことを示している(微小管障害を示すタウも上昇).感染後1年経過しても,これらのマーカーが高いことから,脳損傷が長期にわたり持続することが確認された.
Wood GK, et al. Post-hospitalisation COVID-19 cognitive deficits at one year are global and associated with elevated brain injury markers and grey matter volume reduction. Nat Med. 2024 Sep 23.(doi.org/10.1038/s41591-024-03309-8)




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機能性神経障害患者さんに「医原性の害」を与えないために ―ヒポクラテスの誓いの観点から―

2024年09月28日 | 機能性神経障害
古代ギリシャの医師ヒポクラテスが残した「ヒポクラテスの誓い」は,医師が患者を治療する際の倫理的なガイドラインとして今なお広く尊重されています.その中でも最も重要な教えの一つが「まず,害を与えない(Primum non nocere)」です.もちろん医師は患者さんに害を及ぼさないよう最善を尽くしています.しかし無意識のうちに「医原性の害(iatrogenic harm)」をもたらしていることがあります.その代表例が機能性神経障害(FND),歴史的にヒステリー,心因性疾患,解離性障害,転換性障害,身体表現性障害,心気症などと呼ばれてきた疾患への対応です.コロナ禍以降,複数の病院を受診したものの診断がつかず,回り回って来院したFND患者さんを少なからず診療しました.そのような患者さんは適切な対応がなされなかったため症状が悪化したり,精神的に傷ついたりしていました.このためFNDへの取り組みの必要性を感じ,先輩や仲間の先生方のお力をお借りして「機能性神経障害診療ハンドブック」を作ったわけです.

今回,Brain誌に掲載された総説は,FNDにおける「医原性の害」に焦点を当て,その原因と対策を提案しております.とくに重要なのは2つの表です.

◆「医原性の害」の8つの原因(表1)
① 誤診による不必要な治療:他の神経疾患と誤診されることによって,FND患者さんが不必要な薬物治療や手術を受けるケースが頻繁にあります.
② 誤診による心理社会的な害:誤診により他の疾患からFNDに診断が変わり,患者さんは混乱したりアイデンティティの喪失感を抱き,精神的な苦痛を経験します.
③ 診断と治療の遅れ:FNDの診断が遅れ,適切な治療を受けられない期間が長引くと,症状の慢性化やQOLの低下が起きます(FNDも治療が遅れると回復困難になります).
④ 医療現場での暴行や不適切な対応:緊急医療の現場では,FND患者に対する不適切な診察や対応(不要な痛み刺激や,意識障害を呈する臥位の患者の顔に手を落とすなど)が報告されています.
⑤ ラベリングによるスティグマ:FND患者は「仮病」とか「偽発作」として扱われることがあり,社会的なスティグマに苦しむことが多く,患者さんの自尊心を傷つけ,治療への意欲を削いでしまいます.
⑥ 機能性障害の概念の誤用と誤解:FNDが「精神的な問題」と誤解され,患者が正当な治療を受けられないことがあります.
⑦ 過小診断や過剰診断:FND患者が他の神経疾患も併発している場合,それが診断や治療の過程で見逃されることがあります.FND患者の新たな症状が出現した際に,十分な検査が行われないケースもあります.
⑧ その他の疾患との混同による誤診:精神疾患等を有する患者さんに対して,十分な評価を行わずにFNDと診断されることがある.

◆ 医原性の害を軽減するための5つの方法(表2)
① 誤診のリスクを減らすための診断基準の明確化:FNDは「除外診断」ではなく,診断基準,具体的には「陽性徴候」に基づいて正確に診断されるべきです.これにより,誤診のリスクが大幅に軽減されます.
② FNDを早期に診断リストに含める:診断の早期の段階からFNDを考慮することで,診断の遅れによる害を減らすことができます.
③ 教育・啓発を行う:医療従事者に対する教育を強化し,FNDに関する最新の知識を普及させることが重要です.患者さんのコミュニケーション不足やスティグマを防止します.
④ FNDに対する医療サービスの改善:FNDに対する治療の提供が,他の神経疾患と同等に行われるよう,リソースの充実や研究資金の増加が求められます.
⑤ 患者団体や専門家との連携強化:患者団体や専門家との協力を強化し,FNDに対する社会的認識を向上させる必要があります.

この論文は,医療現場においてFND患者のケアを改善し,被害を最小限に抑えるための重要な指針となるものだと思います.オープンアクセスですのでぜひご一読ください.
Mcloughlin C, Lee WH, Carson A, Stone J. Iatrogenic harm in functional neurological disorder. Brain. 2024 Sep 6:awae283.(doi.org/10.1093/brain/awae283


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AI時代を生き抜くための5つの力@「医師こそリベラルアーツ!」連載第6回

2024年09月27日 | 医学と医療
「医師こそリベラルアーツ!」の連載第6回が,日経メディカル「Cadetto.jp」にて公開されました.次週9月30日に,岐阜大学にて行ってきたリベラルアーツ研究会は30回目を迎えますが,各回で行なった私のミニレクチャーを紙面で再現する企画です.

今回の「AI時代を生き抜くための5つの力」では,AI技術がどんどん発展するなか,現代人が身につけるべき能力について考察しました.参考にしたのは,『サピエンス全史』で知られる歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリの『ホモ・デウス』と,人工知能プロジェクトのディレクター新井紀子教授の『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』の2冊です.これらから読み取れる教訓をご紹介しました.

まず,ハラリはAIやバイオテクノロジーが進化することで,人間が自らの能力を向上させる「アップデート」が可能になると予測しています.例えば,寿命延長や知能強化など,人間の限界を超えるような技術が登場し,それにより「ホモ・デウス」(神のような人間)が出現すると指摘しています.同時にこのアップデートを享受できる人とそうでない人の間に大きな格差が生まれるリスクや,技術が進歩することに伴う倫理的な問題も顕在化すると述べています(アミロイドβ抗体療法など,その一端はすでに始まっています).一方,新井は日本の中学生の読解力不足に警鐘を鳴らし,AIに対抗するためには,深い読解力と批判的思考力が必要であると強調しています.

この2冊を通して,私は「AI時代を生き抜くための5つの力」として,以下を挙げました.
1. 批判的な視点で物事を見る力
2. 倫理的な判断力
3. 学び続ける姿勢
4. 共感力
5. 創造力


本文では,これらの能力を養うために必要な読解法・批判的思考の訓練,倫理的思考の磨き方など,私の実践している方法をご紹介しました.また共感力や創造性といった人間特有の能力が,AI時代においてますます重要になると解説しました.



さて次回は創造性を磨くために必要な「芸術(Art)」をテーマにしたいと思います.課題図書は「芸術は爆発だ」の岡本太郎氏による『今日の芸術』(光文社、1999)と『自分の中に毒を持て』(青春出版社、2017)を取り上げます.なお本連載は,医師・医学生限定コンテンツで,医師または医学生の方は,会員登録すると記事全文がお読みいただけるようになります.

過去6回の内容はこちらからご覧いただけます(https://tinyurl.com/239ct6zb).




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進行性核上性麻痺と大脳皮質基底核症候群におけるαシヌクレイン共存の意義

2024年09月26日 | その他の変性疾患
進行性核上性麻痺(PSP)や大脳皮質基底核変性症(CBD)は,アミロイドβも関わるアルツハイマー病とは異なり,タウのみが病態に関わる「純粋な」タウオパチーと考えられてきました.しかし近年,αシヌクレイン(αSyn)も関与しうる可能性が示唆されています.今回,トロント大を中心とする研究チームから,αシヌクレインシード増幅アッセイ(αSyn-SAA)を行い,PSPおよび大脳皮質基底核症候群(CBS)患者におけるαシヌクレイン共存の意義を検討した研究がNeurology誌に報告されました.

対象となった68名(PSP 28名,CBS 40名)のうち,PSP患者の28.6%,CBS患者の35.9%がαSyn-SAA陽性でした.また興味深いことに,若年発症の患者においては,アルツハイマー病(AD)のバイオマーカー陽性(アミロイドβ42の低下など)とαSyn-SAA陽性との強い関連が見られました.

図1Aでは,若年発症(65歳未満)と高齢発症(65歳以上)に分けて,ADバイオマーカー(特に脳脊髄液Aβ42の低下)とαSyn-SAA陽性の関連を示しています.若年発症群では,ADバイオマーカー陽性患者のうち56%がαSyn-SAA陽性であり,ADバイオマーカー陰性だとαSyn-SAA陽性も12%と小さくなることが分かります.しかし高齢になると,AD病理と無関係にαシヌクレイン病理が陽性になることが示唆されます(ADバイオマーカー陰性でもαSyn-SAA陽性が46%と上昇している).



図1Bは,発症年齢と脳脊髄液中Aβ42の関連を示しています.αSyn-SAA陽性の患者では(オレンジ),若くなるほどAβ42レベルが低下しており,AD病理との関連が示唆されます.一方,αSyn-SAA陰性の患者では,発症年齢とAβ42には関連が見られません.



図1Cは,CBSおよびPSP患者の主要な臨床症候(振戦,安静時振戦,筋強剛,運動緩慢,失効,歩行障害,転倒,眼球運動障害)を,αSyn-SAA陽性と陰性で比較したものですが,大きな差は認めませんでした.ただしREM睡眠行動障害の既往は,αSyn-SAA陽性と強く関連していました(オッズ比60.2!,p < 0.01).PSPではRBDを合併しうることは有名でしたが,このような症例はαSyn-SAA陽性である可能性が高いことを意味し,個人的には驚きました.



図1Dは,神経細胞障害の指標であるNfL値を比較したもので,PSPの方がCBSよりも高い傾向がありますが,αSyn-SAA陽性と陰性の間で有意な差はなく,αSyn病理の合併が神経変性を促進するというわけではないものと考えられました.



以上より,αSyn病理の合併はCBSやPSPでは少なくないこと,αSyn病理の合併で大きく症候は修飾されないが,αSyn陽性例でRBDを呈しうること,若年発症例ではαSyn病理にAD病理が関連する可能性があることが分かりました.そしてこの論文は将来の治療において重要な意義を持つ可能性があります.最初に記載したとおり,これまでPSP/CBSはアルツハイマー病とは異なる「純粋な」タウオパチーであるため,TilavonemabやGosuranemabといった抗タウ抗体による治験が行われ,いずれも失敗したという経緯がありました.今後,αSyn-SAA等のバイオマーカーや年齢を用いて,対象患者を層別化し,ターゲットを絞ることが求められるかもしれません.また神経変性疾患における複数の病理(タウ,αシヌクレイン,βアミロイド)の複雑な相互作用を解明する必要性を感じました.
Anastassiadis C, et al. CSF α-Synuclein Seed Amplification Assay in Patients With Atypical Parkinsonian Disorders. Neurology. 2024 Sep 24;103(6):e209818.(doi.org/10.1212/WNL.0000000000209818

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パーキンソン病治療薬レボドパの吸収に影響を及ぼす要因と具体的な対策

2024年09月22日 | パーキンソン病
パーキンソン病治療の中心的な薬剤レボドパの吸収には個人差が大きく,さまざまな要因が関与することが知られています.私もレモン水は吸収に良いとか,高タンパク食は良くないとか患者さんにアドバイスしてきましたが,十分にメカニズムは理解していませんでした.今回,J Parkinsons Dis誌に分かりやすい総説がありましたので,ご紹介したいと思います.

【レボドパが小腸で吸収されるメカニズム】
複数のトランスポーターが関与し,腸管→細胞内→血中の順に取り込まれます(図1).

① rBAT/b(0,+)AT(中性・塩基性アミノ酸トランスポーター);レボドパを腸内から細胞内へ運ぶ.
② LAT2(大型アミノ酸トランスポーター);細胞内から血液中にレボドパを運ぶ.
③ PepT1(ペプチドトランスポーター1);ペプチドの輸送を担当し,レボドパ吸収にも関与する.
④ TAT1(芳香族アミノ酸トランスポーター1);芳香族アミノ酸(トリプトファンやフェニルアラニン)とともにレボドパの輸送を助け,腸内でのレボドパの排出に寄与する.



これらのトランスポーターではレボドパとアミノ酸が競合することが多く,高タンパク質の食事をとると吸収が阻害される可能性があります.特にアルギニンやロイシンなどのアミノ酸は,レボドパと同じトランスポーターを利用します.このためアルギニンやロイシンが多く含まれる食品(ナッツ類,海産物,卵,乳製品など)は少なくともレボドパ服用時には控えることが重要です.

レボドパ内服のタイミングは日本の添付文書では「食直後」となっています.おそらく空腹時にレボドパを服用することで起きる胃腸障害や不快感を避けるためと考えられます.しかしレボドパの吸収効率の最大化を考えると「食事の1時間前または食後2時間後」に服用することがこの論文では推奨されています.しかしジスキネジアを認める症例では,吸収が促進されてレボドパの血中濃度が高くなればジスキネジアがより顕著になる可能性もあります.つまり患者さんの状態により,内服タイミングを決める必要があるのだと考えられます.

【その他の吸収への影響因子】
① 消化管の機能:便秘や胃運動障害などで消化管の運動が低下している場合,レボドパの吸収が低下することがあります.このため十分な水分摂取,食物繊維の摂取,そして定期的な運動が推奨されます.ビタミンCはレボドパの吸収を促進し,その効果を持続させる可能性があります.β2作動薬は消化管の蠕動運動を促進し吸収を促す可能性があります.

② 薬物の併用:ガバペンチンやプレガバリン,トリプタン,一部の抗うつ薬などがレボドパと同じトランスポーターを共有することがあり,吸収が阻害される可能性があります.また鉄剤やカルシウムなどのサプリメントもレボドパの吸収を妨げることがあります.逆にカフェインの適度の摂取はレボドパの効果発現までの時間を短縮し,運動機能を改善する可能性があります.

③ 熱ストレス:レボドパの吸収を妨げることが示されています.高温の環境下ではトランスポーターの発現が低下し,吸収効率が低下するそうです.長時間のサウナや熱い風呂,過度な日光浴などは避けたほうが良いです.

【まとめ】(図2)
◆レボドパ吸収に良い影響を与える要因:
カフェイン,大豆,食物繊維,ビタミンC,β2作動薬,炭酸水,レボドパの溶解液

◆レボドパ吸収に悪い影響を与える要因:
抗コリン薬,プレガバリン/ガバペンチン,バクロフェン,アルファメチルドパ,メルファラン,三環系抗うつ薬,高タンパク質の食事,高温環境




Pedrosa de Menezes AL, et al. Molecular Variability in Levodopa Absorption and Clinical Implications for the Management of Parkinson's Disease. J Parkinsons Dis. 2024 Aug 31.(doi.org/10.3233/JPD-240036

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妊娠中の脳では,性ホルモンにより母親になるためのダイナミックな変化が生じる!

2024年09月19日 | 医学と医療
妊娠中は性ホルモンに大きな変化が生じます.しかしその過程で,脳にどのような変化が生じるかはほとんど分かっていませんでした.米国からの研究で,38歳の健康な初産婦1名に対し,妊娠前から出産後2年までにわたり,計26回の精密なMRI検査を行い,脳内で生じる変化を明らかにした研究がNature Neuroscience誌に報告されました.

図1aは妊娠ステージと週数,図1bは妊娠後の性ホルモンの変動(エストラジオール,プロゲステロン),図1cは研究デザイン(全脳T1,内側側頭葉,拡散強調画像,血清検査)です.そして注目すべきは図1dで,妊娠前から出産後2年間にわたって,脳の神経解剖学的な変化を示すグラフになっています.



順に灰白質体積(GMV),皮質の厚さ(CT),全脳体積,白質の微細構造(QA),側脳室の拡大,脳脊髄液量(CSF)を示しています.これらの指標は妊娠の進行に伴って大きく変動し,特に妊娠中には灰白質体積,皮質の厚さ,全脳体積が減少し,白質の微細構造が強化されることが分かります.とくに白質の微細構造は妊娠の第1・第2トリメスターにおいて強化され,出産後に元の状態に戻ります.一方,側脳室は拡大し,脳脊髄液量も増加するものの,出産後に急激に減少します.以上の変化は単に脳脊髄液量が増えたことによる変化ではなく,妊娠中の性ホルモンの急激な増加に伴い,脳が大規模な再編成を起こしていると考えられるそうです.

注目すべきは,灰白質の減少は社会的認知(social cognition)に関わる脳領域でとくに顕著であったことです.具体的には他者の感情や意図を理解する能力に関連する領域である前頭前皮質や側頭頭頂接合部で顕著に見られました.これらの領域は,母親が新生児の感覚に対して敏感に反応するための適応的な変化と関連している可能性があります.そしてこの変化は出産後も数年にわたって持続し,親子の絆や子供に対する敏感な反応に寄与していると考察されています.また白質の強化も,妊娠による脳の再構成が生じ,母性行動や感覚処理に関連する脳の領域間の連絡を改善する可能性があると推測されています.

つまり妊娠中に,母親としての行動を促進するために脳が適応的に再編成されるプロセスをこの研究は観察したのではないかと考えられます.以上をまとめると,母親が新生児に対してより敏感になるよう,ホルモンの増加によって脳内の特定の神経回路が再編成され,母性行動を支える重要な要因になるということのようです.このことは同時に,幼児期・発達期に主に認められる神経可塑性が成人期にも生じることを示しています.

それにしてもたった1人のひとを連続的にMRIで評価することで,これほどインパクトのある研究になるということに非常に驚かされました.素晴らしい研究ですし,被検者になられた女性もよく頑張ったと思います.
Pritschet, L., Taylor, C.M., Cossio, D. et al. Neuroanatomical changes observed over the course of a human pregnancy. Nat Neurosci (2024). https://doi.org/10.1038/s41593-024-01741-0

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みんなにも研究にチャレンジしてほしい!@岐阜大学医学部 臨床講義

2024年09月14日 | 医学と医療
5年生に「神経疾患の創薬 ―DRPLAと脳梗塞―」という講義をしました.伝えたいメッセージは「みんなにも研究にチャレンジしてほしい!」です.以前,数人の学生から「自分は地域枠入学なので地域医療をすれば良く,研究とは無縁,英語も不要です」という発言を聞き,それ以来,この講義に力を入れています.

講義では自分の研究歴を話しました.将来研究をするなど考えてなかった自分が,医師4年目に歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)の女の子,ひとみちゃんの主治医となり,自分の無力さを痛感して研究を志したこと(図1),大学院で立派な論文を書かせてもらったものの,指導教官と衝突しDRPLAの研究を断念したこと,失意から立ち直り脳卒中の治療研究に取り組むために留学したスタンフォード大で得たことは創薬・産学連携の経験と,真のグローバル化とは英語が流暢に話せることではなく「日本のこと」や「日本人としての自分」をしっかり考えられることだと理解したことを話しました.帰国後,仲間と取り組んだ創薬研究はいまだ成功と失敗の連続だが,諦めなければ研究は続くこと,創薬研究は「人とのつながりや信頼」が大切であることを話しました.


図1の説明.右は主治医として担当した1年半で,一度だけ笑ってくれたときに,看護師さんが撮ってくださったひとみちゃんの写真です.左はお花見に出かけたときのものです.ひとみちゃんは22歳で天国に召されました.Neurology. 1998 Jan;50(1):282-3.(doi.org/10.1212/wnl.50.1.282

最後に「研究・留学に必要なこと」として3つのキーワード「情熱と仲間をもつ(Passion and colleague)」「取り組むに値する問題を探す(Create questions)」「世界に発信せよ(be Global)」について説明しました.具体的には「情熱」は患者さんとの出会いによって強く芽生えること,患者さんとの出会いを通じて,取り組むべき問題を見つけられた人のモチベーションは強いこと,また日本の科学は閉塞状態に陥って久しくすでに科学の後進国にあること,これを打開するには若いうちから意識的にどんどん海外に出て高いレベルの医学に触れることが必要で,そのため当科では若手を支援してどんどん海外学会に参加させていることを話しました.オリンピックでの日本の活躍のように,必死に努力して取り組めば日本人の力はこんなもんじゃないと激励しました.

またDRPLAの女の子,クリちゃんとお母さんの動画も見てもらいました(下記).とくにハワイの医師が「研究が発表できることは素晴らしいことだが,研究をする理由はクリちゃんのためである.もしクリちゃんのことを念頭においていないのであれば研究の道に進むべきではない.そもそも医学の道に進むことも良い考えではない」と仰った場面は学生全員が食い入るように見ていました.講義後の感想文もみな立派で(図2),難病の研究に取り組んでみたいという学生も少なからずおり,とても嬉しく思いました.

YouTube動画:Don't give up hope!希望を捨てないで!
https://www.youtube.com/watch?v=Phufk4O7uLc


図2の説明.学生のみなさんの感想です.真剣に考えて書いてくださったことが伝わります(本人の許可を得て掲載しました)

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麻薬性鎮痛薬(オピオイド)によるCHANTER症候群の初めての病理所見と本邦初報告の意外な経過

2024年09月11日 | 機能性神経障害
図1Aと図2bの海馬のギザギザ,見慣れない所見だと思います.基底核/海馬/小脳の浮腫と制限拡散(restricted diffusion)を伴うこの画像所見をCerebellar Hippocampal and Basal Nuclei Transient Edema with Restricted Diffusion (CHANTER) と呼びます.この画像を呈するCHANTER症候群は,オピオイド(麻薬性鎮痛薬)使用後に生じる急性中毒による脳症です.急性小脳浮腫は徐々に増悪し,閉塞性水頭症に進行するパターンを呈します.この画像所見を知っておくことで早期診断が可能になり,外科的処置を含めた積極的な浮腫対策ができるようになります.



この症候群が初めて記載されたのは2019年(Jasne AS. et al)で,2022年から論文報告が増加しています.Mallikarjunらはフェンタニル(鎮痛薬として使用される非常に強力な合成オピオイド)の過量使用後に発症した3症例を報告しています.背景には「オピオイドクライシス」,すなわち米国で社会問題化している麻薬性鎮痛薬中毒患者の激増があります.日本はオピオイドに対する規制が厳しいと言われていましたが,一部に不適切使用があるとも言われて,さらに症例報告もなされはじめ,今後,この画像所見に遭遇する可能性があります.興味深い症例報告を2つご紹介します.
Jansen N, et al. CHANTER syndrome in the context of pain medication: a case report. BMC Neurol. 2024;24(1):249.(doi.org/10.1186/s12883-024-03748-3
Jasne AS, et al. Cerebellar Hippocampal and Basal Nuclei Transient Edema with Restricted diffusion (CHANTER) Syndrome. Neurocrit Care. 2019;31(2):288-296.(doi.org/10.1007/s12028-018-00666-4
Mallikarjun KS, et al. Neuroimaging Findings in CHANTER Syndrome: A Case Series. AJNR Am J Neuroradiol. 2022;43(8):1136-1141.(doi.org/10.3174/ajnr.A7569

【初めての病理所見の報告】
米国の報告.45歳男性.薬物依存の既往.意識障害にて救急搬送.尿検査でフェンタニルとカンナビノイド陽性.頭部CTで両側小脳半球の大きな低吸収域,脳幹圧迫と閉塞性水頭症あり.第2病日の頭部MRIでCHANTERを認めた(図2).減圧開頭術および後頭蓋窩組織の切除,C1椎骨の椎弓切除が行われたものの,発症4日後に死亡し剖検が行われた.病理所見は以下になる.
1)部位:小脳,海馬,淡蒼球の対称的かつ広範な浮腫,壊死,出血.とくに海馬のCA1領域と淡蒼球が顕著.
2)好酸球性神経細胞壊死の存在:低酸素性・虚血性損傷を反映.
3)血管変化:壊死した血管および反応性の血管変化が小脳や海馬で認められる.
4)軸索の膨化およびマクロファージ浸潤:淡蒼球および内包では,軸索の膨化や泡沫状のマクロファージの存在が観察され,亜急性の梗塞を示唆する.
5)出血および壊死:小脳における大きな出血と壊死.



つまりCHANTER症候群はオピオイドの細胞毒性のみならず,低酸素・虚血の両方の機序が関与していることを示唆しています.これまでの実験モデルを支持するものらしいのですが,標的治療法を開発するためには,より正確な細胞経路を明確にする必要があります.
Schwetye KE, et al. Histopathologic correlates of opioid-associated injury in CHANTER syndrome: first report of a post-mortem examination. Acta Neuropathol. 2024 Aug 31;148(1):33.(doi.org/10.1007/s00401-024-02797-9

【遅発性低酸素性白質脳症を呈した本邦例の報告】
京都大学の意識障害患者の症例報告で,当初,一酸化炭素(CO)中毒と診断されたものの,のちにオピオイドであるトラマドールの過剰摂取が判明しました.急性期MRI所見は,両側淡蒼球と小脳の異常信号を認め,CHANTER症候群が示唆されました.集中治療により意識レベルは回復したものの,入院3週目頃から徐々に意識状態が悪化.25日目の頭部MRIで新たなびまん性白質異常信号が認められ,遅発性低酸素性白質脳症(delayed post-hypoxic leukoencephalopathy;DPHL)が疑われました(図3).これは急性低酸素症の回復後に神経・精神症状が出現する病態で,ほとんどの症例はCO中毒に伴うものですが,一部は過剰なオピオイドの使用に関連して発症するそうです.脳脊髄液ミエリン塩基性蛋白の著しい上昇あり.58日目から高圧酸素療法を試験的に開始したところ,患者の状態は徐々に改善しました(計63回施行).この症例からもCHANTER症候群の病態では脳虚血が関与することが伺えます.



オピオイドの使用はおそらく整形外科疾患領域を中心に増加傾向にあるのではないかと思います.上記のような症例の増加を防ぐため,オピオイドの適切な処方を呼びかける必要があります.
Jingami N, et al. Case report: Consecutive hyperbaric oxygen therapy for delayed post-hypoxic leukoencephalopathy resulting from CHANTER syndrome caused by opioid intoxication. Front Med (Lausanne). 2024 Apr 17;11:1364038.(doi.org/10.3389/fmed.2024.1364038

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片頭痛予防の新しい抗体薬「PACAP抗体」臨床試験の成功!

2024年09月09日 | 頭痛や痛み
最新号のNew Eng J Med誌に片頭痛予防の新しい抗体薬,PACAP(下垂体アデニル酸シクラーゼ活性化ポリペプチド:pituitary adenylate cyclase-activating polypeptide)に対するモノクローナル抗体Lu AG09222の臨床試験(HOPE試験)の結果が報告されています.

まずPACAPについての説明です.片頭痛の病態メカニズムに関わるペプチドで,主にPAC1受容体を介して作用します(図A).ほかにもVPAC1およびVPAC2受容体を活性化します.PAC1受容体は脳幹や視床下部,三叉神経節,血管周囲の神経などに分布し,VPAC1およびVPAC2受容体は脳や末梢の血管,内臓器などに広範に分布しているそうです.PAC1受容体は脳幹や視床下部に存在することから,片頭痛の中枢病態機構に関与している可能性があります.ただし以前,PAC1受容体を標的としたモノクローナル抗体AMG301を用いた臨床試験が行われましたが,期待に反して有効性を示すことができませんでした(Cephalalgia. 2021 Jan;41(1):33-44. doi.org/10.1177/0333102420970889).このためPAC1受容体ではなく,今度はPACAP自体を標的とする臨床試験が行われたわけです.

研究デザインとしては片頭痛患者237名を対象として,Lu AG09222 750mg,1000mgを点滴静注した群と偽薬群を比較しました(順に97名:46名:94名,2:1:2割り付け).4週間にわたり片頭痛日数を記録しました.その結果,Lu AG09222 750mg群は,月あたりの片頭痛日数が平均6.2日,一方の偽薬群は4.2日で,月2日間の頭痛頻度が減少しました(P=0.02)(図B).副作用としては,COVID-19感染(7%対3%),鼻咽頭炎(7%対4%),疲労(5%対1%)を認めましたが,いずれも軽度であり,治療の中断を要するものではありませんでした(図C).COVID-19感染は気になりますが,PACAP抗体がCOVID-19感染のリスクを高めるという明確な証拠はないようです.研究自体の問題点としては,患者数が比較的少ないことと,観察期間が4週と短く,長期の効果や副作用が不明であることが挙げられます.投与法も点滴静注である点は不便ですが,自己注射可能な皮下注製剤の臨床試験が計画されているようです.



考察です.1つめはPACAP抗体による治療の意義です.効果は正直マイルドですが,それでも1年換算すると26日ぐらい頭痛は減少しますし,CGRP抗体とは異なるメカニズムで有効性を示したという点の意義は大きいと思います.すでにCGRP関連抗体が3剤,臨床応用されていますが,これらの治療で十分な効果を得られなかった患者さん(ノンレスポンダー)に対して,新たな選択肢になるものと期待されます.

2つめはPACAP抗体の長期使用の影響についてです.PACAPの片頭痛における作用を理解する必要があります.まず血管拡張や神経炎症の抑制に関与します.例えばPACAPを片頭痛患者に投与すると片頭痛様頭痛が誘発され,しかしスマトリプタンで抑制することができます.つまりこれらの作用を抗体薬でブロックすると,血管拡張の抑制→脳虚血や神経炎症増強を引き起こす懸念はあります.また私は以前,ポリグルタミン病や脳虚血で神経細胞の生存に重要な転写因子CREB(cAMP response element binding protein)を研究したことがありますが,PACAPはPAC1 受容体を介してcAMPの生成を促進し,その結果としてCREBによる遺伝子発現を活性化します.この経路はシナプス可塑性や神経細胞保護,成長を促進する遺伝子(例:BDNF)の発現に寄与します.このようなPACAPの生理作用を考えると抗体薬の長期的使用の影響を今後明らかにする必要はあるように思われました.

いずれにせよ,PACAP抗体薬の臨床試験の成功は片頭痛患者さんにとってHOPEとなる喜ばしいニュースです.今後,その使用方法や安全性についての検討が重要だと思いました.
Ashina M, et al. A Monoclonal Antibody to PACAP for Migraine Prevention. N Engl J Med. 2024 Sep 5;391(9):800-809.(doi.org/10.1056/NEJMoa2314577

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抗アミロイドβ療法時代のAPOE遺伝子検査の意義と対応@Brain Nerve誌9月号

2024年09月06日 | 認知症
今月号のテーマは「治療可能な認知症としてのアルツハイマー病」です.編集後記に神田隆先生が書かれておられるように,この難病に対し「治療」のみに特化した特集を組めることは非常に感慨深いものがあります.ただ新しい治療の開発は,新たな重大で難しい問題を生みだしたことも事実です.抗体療法はパンドラの匣を開けてしまったのではないかと思うことさえあります.例えば,この特集号の中では,津野田尚子先生らによる「レカネマブの光と影―早期受診者への診断ご支援―」と私の執筆した「抗アミロイドβ療法時代のAPOE遺伝子検査の意義と対応」がそれに相当します.

前者は抗体薬の使用のため,早期の病名告知が行われることになった影響を議論しています.早期の病名告知は「認知症の病名を背負いながらこれまで以上に長い人生を歩む」ことにつながります.抗体療法を希望して受診したものの,さまざまな理由により治療適用とならず失望する患者さんも少なくありません.早期の病名告知後に自殺率が高まるという報告も近年増えています.「早期診断=早期絶望」と言われる所以です.ガイドラインでは患者への最適な病名告知の方法や診断後の支援のあり方については示されておらず,明確なエビデンスもないため,その責任は事実上,担当医個人に一任される状況です.これに対し津野田先生は,認知症患者として生きる時間を可能な限り有意義なものにするために,患者さんのQOL向上にどのように関わっていくべきか,その試みについてご紹介されています.またTable 1の「筆者の定めている告知の際の約束事」はとても参考になりました.ぜひご一読いただければと思います.

後者のAPOE遺伝子診断は,これまでアルツハイマー病(AD)の日常診療において推奨されていませんでした.その理由は,予測精度に限界があること,結果によって治療方針を変更するだけのエビデンスがないこと,ADのリスクが高いことが示された場合,患者さんや家族に精神的負担を与えることがありました.しかし抗体療法が臨床応用された今日,この検査は治療の安全性に関する情報を提供するため,患者さんが治療を選択するか否かを判断する上で重要な意義を持つことになりました(つまり抗体療法を希望しなければ依然,適応はありません).このため米国のレカネマブの適正使用ガイドラインでは,APOE遺伝子検査を施行すべきと明記してありますが,本邦のものには示されていません.適切に施行しなければ臨床倫理的,法的,経済的問題を招くリスクがあります.本邦でもこれらの問題にどのように対応すべきか,急ぎ包括的議論を開始すべきと思います.私は総説の中で,副作用の予測因子としてのAPOE遺伝子検査,適正使用ガイドラインにおけるAPOE遺伝子検査の扱いと実際の運用,結果の告知と問題点,E4ホモ保有者の経過観察のあり方,そしてE4ホモ保有は危険因子ではなく,原因遺伝子であるという研究が報告されたことのインパクトについて記載しました.

「パンドラの匣」の神話において,箱の一番底に残っていたものは「希望(Elpis)」だそうです.患者さんや家族に希望をもたらすような仕組みを作る必要があると思います.

医学書院 Brain Nerve ホームページ


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