Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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医師のバーンアウト対策に必要な視点とは

2018年09月25日 | 医学と医療
医学書院の企画による「医師のバーンアウト対策に必要な視点とは」というテーマの座談会に出席し,司会をつとめた.同志社大学大学政策学部久保真人教授,順天堂大学服部信孝教授,国立病院機構東名古屋病院饗場郁子先生とともに議論を行った.座談会の内容は10月末に週刊医学界新聞に掲載されるので,ここでは個人的に印象に残った言葉について記載したい.座談会の目的は,医療者におけるバーンアウト問題において,脳神経内科領域における現状や取り組みを例にあげて,基礎知識や問題を共有し,今後の対策を考えていくことである.

【時代の変化が医師のバーンアウトを招いた】
燃え尽き症候群の本邦における第一人者である久保教授によると,バーンアウト研究を開始した当初の1990年代には,医師や弁護士はバーンアウトしない職業の代表(!)と考えられていたそうだ.しかしその後の時代の変化により,両職業ともクライアントや患者さんとの関係が変わり,サービス業,および経済的な側面が重視されるようになり,ストレスフルな職業に変化し,その結果として,バーンアウト問題が顕在化したと考えられる.

【バーニングアウトのうちに介入を行う】
バーンアウトの3症状は「情緒的消耗感,脱人格化,個人的達成感の低下」である(図).これらは並列に生じるものではない.つまり,情緒的消耗感から患者さんに対して非人間的な対応をしたり,無関心や思いやりに欠ける言動などをする「脱人格化」に至るには「職業人・人間としての倫理観」という大きなハードルがある.すなわち,このハードルを乗り越える以前の情緒的消耗感を呈している早期の段階(まだ燃え尽きてしまっていないという意味でバーニングアウトと呼ぶ)にある医師を見出し,介入を行うことが重要になってくる.


【バーンアウトの啓発活動が必要である】

世間一般で使われるバーンアウトと,学術的なバーンアウトではその意味に乖離がある.つまり前者は燃え尽きてしまった状態を指すのに対し,後者は前述のような燃え尽きつつある状態(バーニングアウト)を含む.学術的なバーンアウトの意味を理解することは「情緒的消耗感を呈している早期の段階のひと」を見出し,介入することにつながる.バーンアウトを正しく理解していただくための啓発活動が必要である.

【ワークとライフは別々のものではない】

バーンアウト対策のなかで,ワークライフバランスを良好に保つことはに有効であるという議論になった.しかし「ワークとライフはそれぞれ別個のものであり,両者の配分を変えることがワークライフバランスの改善である」という考え方は正しくはないという議論を行った.というのは,両者は互いに密接に関係しており,ワークが楽しければライフにも良い影響が出て好循環する.当然,その逆もありうる.ワークに問題があり,つまらないと思える場合,なぜそうなっているのかを見直すことで,間接的にライフも改善し,ワークライフバランスの改善につながる.

【リーダーシップ教育が重要である】
チームを率いる大学教授や病院の診療科長は,自らのリーダーシップにより,チームが大きな影響を受けることを認識する必要がある.米国神経学会はLeadership Universityと名付けたリーダーシップ教育を開始している.内容の一部は過去のブログに記載したが,とくに医師に特別なものがあるわけではなく,有名ビジネス書などからも容易に学ぶことができる.またリーダーシップ教育は指導者のみが必要なのではない.事実,米国神経学会でも女性医師向けやレジデント向けなど,さまざまな立場に対するリーダーシップ教育が行われている.

【病院や組織における対策は,働き方改革と密接にリンクする】

バーンアウト対策として,個人でレジリエンスを向上させる工夫を見出すことに加え,医療労働環境の改善は不可欠である.医療における働き方改革の問題が現在議論されているが,この結果によってバーンアウトは大きく影響を受ける.とくに直接,影響が出るのは「他の労働者と同様に,医師にも残業上限を当てはめるか否かという問題」である.残業上限が応召義務などを理由に撤廃されると,医師のバーンアウトは増加するものになるだろう.個人的には「患者さんの医療安全のために医療事故を防止するためには,医師の過重労働を防ぐことが不可欠である」と考える.つまり医師にも残業上限は当てはめるべきだという立場である.ただし単に就労時間制限を決めるような方法ではすぐに破綻してしまうであろう.まずは認識の共有を行い,現状の業務の無駄を見つけ省き,他業種に任せられるものは任せ(とくに専門ナースへのタスク・シフティング),当直後の勤務間インターバルを確保を目指すという必要がある.医師の偏在の是正も不可欠である.

【日本型組織から脱皮し,スピードある変革を行う】

米国神経学会は2014年の年次総会のプレナリーセッションにおいて初めて,医師のバーンアウトの問題を取り上げた.その後,矢継ぎ早に3つの論文を発表し,さらにLive wellと名付けた,医師がより良い生活を行うための試みやLeadership Universityを開始した.この変革はわずか数年で完成し,その迅速さに驚かされた.最近読んだ村木敦子さん(厚労省元局長)著「日本型組織の病を考える」によると,「世界と比べ日本の変革のスピードはあまりに遅い」そうだ.さらにその本質は「本音と建前」だとおっしゃっている.つまり建前は建前で祀っておいて,実際は「その建前は無理」「それは現実的ではない」と,こっそりと本音ベースで対応してしまうことが問題だと述べている.「そうは言っても必要悪だから仕方ない」ということがなされていないかがリトマス試験紙になるとのことだ.

10月末発行予定の週刊医学界新聞をぜひご覧頂きたい.

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脳卒中後てんかんの診断と治療

2018年09月20日 | てんかん
Epilepsy symposium in Tokai というシンポジウムにおいて,国立循環器病研究センター脳神経内科の福間一樹先生による「脳卒中後転換の最前線」というご講演の座長を担当した.とても勉強になったので,若干,文献的な記載を追加し,要点をまとめたい.

【疫学:脳卒中の7%で認められる】
脳卒中後てんかんは,脳卒中生存者の7%に認められ(東田ら.臨床神経2018;58,217-222),QOLを損なう原因の一つとなっている.またアルツハイマー病とともに,高齢者てんかんの主な原因ともなっている.しかしながら全国的にてんかんの専門医が少なく,十分に専門的診療が行われていると言いがたい.

【分類と特徴:遅発発作は再発する】
早期発作(early seizure)と遅発発作(late seizure)に分類される.早期発作は急性症候性発作のひとつとも言える.早期発作は,一般的に脳卒中発症1週間以内の発作と定義される.両者の病態は異なり,早期発作は脳卒中による脳の局所的な代謝変化や血液分解産物の大脳皮質への直接刺激等によりてんかん閾値が低下することにより出現する.一方,遅発発作は器質化機転が始まった皮質のグリオーシスにより,てんかん原性焦点が形成されたことにより出現する.てんかんは通常,24時間以上あけて,2回以上の発作を認めた場合に診断されるが,遅発発作は一度生じると,再発率が高く,1回の発作でてんかんと考えてよい.

脳卒中後てんかんの再発の予測スコアとして,脳出血ではCAVEスコア(皮質を含む出血,<65歳,血腫体積>10mL,7日以内のてんかんの4項目を各1点として, 0−4点で評価する),脳梗塞ではSeLECT スコア(脳梗塞の重症度, 大血管動脈硬化, 早期痙攣, 皮質障害, MCA領域の5項目で,0-9点で評価する)がある.

脳卒中後てんかんの危険因子としては,早期発作ではけいれん重積発作が,遅発発作では若年であることが国立循環器センターから報告されている(Tomari et al. Seizure 2017;52.22-26).後者については若年の脳梗塞では塞栓症等による大きな脳梗塞が多いことが理由として考えられている.

【診断:脳波の陽性率は低い】
脳卒中後てんかんは,明らかなけいれん発作があり,脳波でてんかん性放電が確認できれば診断は容易であるが,そう容易ではないことも多い.例えばけいれん発作を伴わない非けいれん性発作(意識減損発作)は症候の正しい評価が難しい.また発作中に脳波検査を行うことは非常に困難であり,かつ発作後(発作間欠期)に1回のルーチン脳波検査を行っても陽性率は極めて低い.国立循環器病センターが行ったアンケート調査では,86%で脳波診断に有用では無いとの回答であった.また異常検出率に関する質問で,検出率が半数以上と答えた施設の頻度は,脳波,頭部MRI,脳SPECTの順に13%(2+21/184),9%(1+15/186),11%(2+6/70)とかなり低いことがわかる(図).てんかん性放電を捉えるためにはルーチン脳波検査を繰り返す,持続脳波モニタリング(理想的には5時間以上)を行うなどの工夫が必要となる.また灌流画像としてASL(Arterial Spin Labeling)法やSPECTが有効である可能性があり,現在,検討が進められている.

【治療:エビデンスはまだ乏しい】

治療については早期発作,遅発発作とも一次予防は推奨されていない.二次予防については,早期発作では推奨されておらず,遅発発作ではエビデンスは乏しいが,再発が高いことから臨床的に治療が行われている.前述のアンケート調査では,発作の再発抑制にはカルバマゼピン,バルプロ酸,レベチラセタムの順に第一選択薬とされていた.ここでバルプロ酸が第2位となっているが,脳卒中後てんかんは部分てんかんであることが多いことから理屈に合わないが,事実,再発が多いことが明らかとなっている.脳卒中患者では,他の薬剤の使用,脳卒中合併症,その他の併存症が見られることから,副作用や他の薬剤との相互作用の少ない第3世代抗てんかん薬が使用しやすい.

最後に抗てんかん薬の使用量については,高齢者てんかんでは少量でも有効であることが指摘されているが,脳卒中後てんかんでも比較的少量でコントロール可能な人が多いとの講師のコメントであった.

【まとめ】
臨床的に重要でありながら,診断および治療ともエビデンスが乏しい領域である.てんかん診療ガイドライン2018でも記載が乏しい.今後の研究が必要な分野である.



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いかに過剰医療を減らすか:Top Five ListとChoosing Wisely(てんかん診療を例にして)

2018年09月04日 | てんかん
【過剰医療防止のためのTop Five List】
患者さんに身体的,経済的負担をもたらし,無駄な医療費の膨張にもつながる「過剰医療」を見直そうとする試みがある.過剰医療の原因として,以下が知られている.

① 診療報酬における出来高払い制度
② 患者側の希望
③ 製薬・医療機器メーカーの営業圧力
④ コスト意識の欠如
防衛医療(医療過誤の賠償責任・刑事責任の危険を減らすために「念のために」行われるもの)

とくに⑤の問題は,日常診療でしばしば実感する.この過剰医療の実例を具体的に提唱することは,一定の抑止力となることが期待される.その試みが「Top Five Listキャンペーン」である.2010年,Engl J Med誌に,Medicine's ethical responsibility for health care reform- the top five listという論文が掲載された.テキサス大学家庭医学科のHoward Brody教授は,各領域の専門家に自らの領域を批判的に検討してもらい,エビデンスが乏しいにも関わらず,日常的に行われている診療を5つあげるよう呼びかけたものだ.

【医師と患者さんをつなぐChoosing Wiselyキャンペーン】
このキャンペーンをさらに発展させる形で,American Board of Internal Medicine財団が,2012年に「Choosing Wisely」,すなわち「賢く選ぼう」キャンペーンである.
オリジナルサイト)(日本語サイト
一般の人でも理解できる,カラフルで分かりやすい説明文書を作成し,医療者のみならずその医療を受ける患者さんにも情報の提供を開始するものである.つまり医療者と患者の会話を促進し,両者が情報や価値観を共有しながら,治療方針を決定していくShared Decision Makingを行うための有用なツールになるのである.

【てんかん診療におけるChoosing Wiselyの実例】
今回,てんかん診療におけるTop Five List,すなわち「行うべきでない5つのこと」が米国てんかん学会(American Epilepsy Society)より報告された.意外な記載も多く,とても参考になるため,以下にまとめたい.

① 発作が抑制できていて,副作用の疑いもない患者では,抗てんかん薬の血中濃度検査を漫然と行ってはいけない
抗てんかん薬の血中濃度を治療域に厳密にコントロールする必要はなく,その効果や忍容性は臨床的によって決定すべきである.血中濃度測定は,何らかの問題が生じた場合,例えば小児における体重を考慮した用量の決定,アドヒアランスの確認,毒性(副作用)疑い,妊婦といった場合に行う.

② バルプロ酸以外の治療が有効な妊娠可能女性へのバルプロ酸治療は避ける

どうしてもバルプロ酸が必要な場合は,最低用量を用いる.女性にバルプロ酸を処方する場合,その危険性について,受胎前にカウンセリングを行うべきである.妊娠第1期からの暴露は奇形を起こす可能性があること,また全経過を通しての暴露は,認知・行動異常を引き起こしうること,すなわちIQ低下や自閉症スペクトラム障害,ADHD(注意欠陥・多動性障害)のリスクが上昇しうることを説明する.

③ 失神の精査で,最初に行う検査として脳波は不要である

てんかん患者の大部分では脳波異常を認めず,逆にてんかんを認めない患者において脳波異常を認めることがある.つまり脳波における偽陽性所見は,不必要な抗てんかん薬の処方につながり,さらに失神の診断や治療を遅らせる可能性がある.脳波検査は単なる失神ではなく,てんかんの可能性が高いケース,すなわち病歴や検査,臨床症候からてんかんが積極的に疑われる場合において行う.

④ アルコールやその他薬物に対する離脱症状としてのけいれんに対し抗てんかん薬長期処方は不要

アルコール離脱症状としてのけいれん発作に対し,抗てんかん薬の適用はない.しかし,てんかんのリスクが高い場合,具体的にはてんかんの既往,アルコール中毒に伴う脳障害,離脱症状ではなくアルコール中毒に伴ってけいれんを認めた場合には必要になりうる.

⑤ てんかんと診断されている患者さんの発作のたびに脳画像検査をする必要はない
不必要な画像検査は放射線被曝を増やし,医療費の膨張につながる.画像検査は,けいれんに伴い頭部外傷を来した場合や,けいれん発作後に何らかの神経症状を呈する場合に行う.

なお上記の根拠となる論文は下記PDF(フルーダウンロード)をご参照いただきたい.
American Epilepsy Society;Five Things Physicians and Patients Should Question(August 15, 2018)
医薬ジャーナル2016; 52:27-29



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