ALSの診断は難しい.上位ないし下位運動ニューロン徴候のいずれかしか認めない発症早期は当然のことながら,個人的に「難しい」と考えるのは,高齢発症ALSの診断と,救急外来で診察する場合だ.まず前者については,高齢発症者は経験的に球麻痺症状にて発症し,かつ比較的急速な経過をとることが少なからずある.球麻痺が初発症状である場合,すぐにALSは思いつかず,かつCTを撮ったらたまたま脳梗塞を合併していたりと,神経内科医でなければ脳梗塞と診断してしまう危険性もあるかもしれない.一方,後者については,ALSと診断されないまま在宅医療で経過が観察され,呼吸不全に陥って初めて救急外来に搬送されるという場合である.自分が未熟なせいもあるが,「このような状態になるまでALSの診断がついてないなんてことはありえない」という先入観が心のどこかで働いて,即座にALSと診断することはなかなかできない(ここで診断が遅れることはかなり問題である.というのは呼吸器装着の適応を考える上で,ALSの診断はきわめて重要であるためだ).実は個人的に2度ほどそのような経験をしたことがあり,救急外来でかなりあたふたした.神経内科医は救急外来でALSの診断を下さねばならない場面が起こりうるということを認識するとともに,ホームドクターにもALSについて啓蒙していく必要があるということだろう.
さて,話題はALSの診断を,近い将来,変えるかもしれないというバイオ・マーカーについてである.周知のごとく,ALSの診断は,厚生省の診断基準(1992年)に代表されるように,神経所見と臨床検査所見(針筋電図,神経伝導速度)に加え,鑑別すべき疾患を除外することで行われる(診断確実例となる).しかし,早期に本症を診断し,治療的介入を行うためには,病像が十分に完成しない段階,あるいは運動ニューロンが荒廃しない早期に診断することが望まれ,そのため,診断確実性にグレードをつける試みが世界的に工夫されてきた.その代表がEl Escorial改訂Airlie House診断基準(1998年)である.世界で評価される研究を行うには,これに照らし合わせた診断を行うことが不可欠である.とはいえ,行っていることは神経所見の評価と筋電図,神経伝導速度,画像検査のみなので,診断技術の面からは,厚生省基準と本質的な違いはないとも言える.
これに対し,最新号のNeurologyに掲載されたALSのバイオ・マーカーは,その診断を大きく変える可能性がある.というのは,検体は髄液と簡便で,かつsensitivity,specificityとも良好であるためだ.方法としてはまずALS(36名;El Escorialでdefiniteないしprobable以上)と健常者(21名)の髄液を最新のproteomics技術(プロテイン・アレイ)であるSELDI-MS(surface-enhanced laser desorption/ionization time-of-flight mass spectrometry)を用いて,比較した.pH4の条件下で,両群に30の陽性荷電した蛋白を認め,その発現量の比較を行ったところ,質量が4.8,6.7,13.4 kDaという3つの蛋白質がALS群において有意に低下していることが判明した.診断確度(accuracy)を高めるため,それぞれ単独ではなく,3つの蛋白を組み合わせてみると,
感度(ALS患者で検査が陽性となる割合)=91%
特異度(ALS患者以外で検査が陰性となる割合)=97%
診断確度(ALS患者をALSと診断できる割合)=95%
というきわめて良好な結果となった.しかも発症1.5年以内のALS患者に限っても
感度=95%,特異度=89%,診断確度=93%
という結果であった.
さらにこの診断法の有用性を別の独立した対象,すなわち新たなALS患者13名,disease controls (MMNなどのニューロパチー症例)7名,そして健常者25名を用いて検証したところ,disease controlと健常者では違いを認めず,その有効性が確認された.
さて問題はこれらの蛋白は一体,何であるか,ということである.もしかしたら病態に直接関与する可能性もある.ペプチドシークエンスの結果, 13.4 kDaの蛋白はcystatin C,4.8kDaの蛋白は神経内分泌物質VGFの断片であることが判明した.cystatin Cはカテプシンを含むシステインプロテアーゼの阻害物質であり,これまた最新号のAnn NeurolにMSの髄液でのバイオマーカーとして有用であることが報告されている(Ann Neurol. 59:237-47, 2006.;ただし総量の違いではなく,蛋白質断片の割合がMS群と健常者で違うというもの).cystatin CがALSの病態にどう関わっているのか分からないが,興味深いことにBunina小体はcystatin C抗体で陽性に染色される.VGFの役割についても不明だが,成長因子のひとつであることを考えると,病態に関与している可能性も否定はできない.いずれにしても,今回の研究はSELDI-MSを用いたproteomics研究の威力を思い知らせるとともに,臨床的に大きなインパクトを持つものになる可能性が高い.
Neurology 2006;66, published on line