Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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Tardive syndromeの治療

2015年08月28日 | 舞踏病
抗精神病薬を長期間,内服していると,顔,口周辺,顎,舌,さらに手足や体にジスキネジアが出現しうる.内服開始後数カ月,ときには数年以上経ってから現れることがあるため,遅発性ジスキネジア(tardive dyskinesia; TDD)と呼ばれる(動画).またジストニアとなることがあり,遅発性ジストニアと呼ばれる.両者は近年,tardive syndrome(TDS)とまとめて記載されている.難治性の病態であり,予防が一番重要である.最近,TDS患者さんを治療する機会があり,米国神経学会(AAN)治療ガイドラインを勉強したのでまとめてみたい.5つのclinical questionに答える形で記載されている.

AANガイドラインでのエビデンスレベル
Level A. Established effective/ineffective
Level B. Probably effective/ineffective
Level C. Possibly effective/ineffective
Level U. Inadequately or conflicting

Q1: 神経遮断薬(ドパミン受容体遮断薬)の中止はTDS治療に有益か?
A: エビデンス不十分で分からない(Level U).American Psychiatric Association Task Forceは,抗精神薬の中止は可能な患者のみに行うべきと推奨している.経験的には短期間での中断はジスキネジアを増悪させる可能性があるとのこと.精神症状の再発の予見因子としては,若年,もともとの抗精神薬の用量が多いこと,短い入院期間が知られている.

Q2: 定型抗精神薬から非定型抗精神薬への切り替えは,TDSの症状を軽減するか?
A: エビデンス不十分で分からない(Level U, Class IV studies).

Q3: TDSの治療に有効な薬剤はなにか?
以下,薬剤ごとにエビデンスを記載する.

1. Amantadine
神経遮断薬と併用した場合,最初の7週間以内においてTDSを軽減しうる (Level C,1 Class II study, 2 Class III studies).長期の効果は不明であるが,短期間であれば神経遮断薬との併用を考慮して良い.

2. Acetazolamide
AcetazolamideとチアミンがTDSを軽減したという1つのClass III研究があるが,エビデンス不足である(Level U).

3. 第一世代抗精神病薬
Level U.Haloperidolは2週間までの使用でTDSを軽減する可能性があるが (2 Class II studies, 1 Class III study),副作用としてakinetic-rigid syndromeを来しうる(1 Class II study). Thiopropazateが口ジスキネジアを軽減するかは十分なエビデンスがない (1 Class III study).thiopropazate, molindone, sulpiride, fluperlapine, flupenthixolについてもエビデンスはない.
→ haloperidolはTDSを軽減しうるが,長期間の使用のデータはなく,akinetic-rigid syndromeをきたしうるため推奨されない.

4. 第二世代抗精神病薬
Level U.Clozapineについては相反する2つのデータがある(Class III studies).Risperidone恐らくTDDの軽減に有効(2 Class II studies, 1 Class III study).Olanzapineも恐らくTDDの軽減に有効である(2 Class III studies).Risperidoneとolanzapineの安全性は48週までしか評価がなされていない.quetiapine, ziprasidone, aripiprazole, sertindoleの有用性は不明.しかしこれらの薬剤はそれ自体がTDSを引き起こしうるため,治療への推奨はできない.Risperidoneやolanzapineで治療を行う場合,注意を要する.

5. 電気けいれん療法
エビデンス不十分で分からない(Level U).

6. ドパミン枯渇薬
Tetrabenazine (TBZ)はTDS症状を軽減する可能性がある(Level C,2つの同じ結果のClass III研究).TBZはTDSの治療として考えて良いかもしれない.Reserpineやα-methyldopaがTDS治療に有効という研究があるが(Class III),エビデンスは不十分である(Level U).
→TBZの長期内服がTDSを引き起こすかについてはエビデンスがないが,パーキンソニズムを引き起こしうるので注意が必要.

7. ドパミン・アゴニスト
エビデンス不十分で分からない(Level U).

8. コリン作動性薬剤・抗コリン薬
GalantamineはおそらくTDS治療には無効で (Level C negative,1 Class II study),治療として考えない方が良いかもしれない.その他のコリン作動薬,ないし抗コリン薬についてはエビデンス不十分で分からない(Level U).

9. Biperiden (Akineton)中止
エビデンス不十分で分からない(Level U,1 Class III study).

10. 抗酸化薬
イチョウ葉エキス(EGb-761) は恐らく有効だが(Level B,1 Class I study),統合失調症の入院患者に限定したデータである. エイコサペンタエン酸は恐らく無効である(Level C negative,1 Class II study).ビタミンEの有効性に関しては相反するデータが出ている(Level U,4 Class II and numerous Class III studies).Melatoninは2-mg/d doseでは無効だが (1 Class II study),10-mg/d doseでは有効 (1 Class II study)で,相反するデータが出ている(Level U).他の抗酸化剤であるビタミンB6 , selegiline, yi-gan san, in treating TDSについてはデータ不十分である(Level U).

11. GABAアゴニスト
clonazepam は短期間(約3ヶ月)であれば恐らく有効(Level B,1 Class I study).baclofenエビデンス不十分で分からない(Level U).

12. Levetiracetam
エビデンス不十分で分からない(Level U, 1 Class III study).

13. カルシウム・チャネル拮抗薬
Diltiazemは恐らくTDDを軽減しないので,治療として考えないほうが良い(Level B negative,1 Class I study).Nifedipineについてはデータ不十分(Level U).

14. Buspirone
エビデンス不十分で分からない(Level U,1 Class III study).

Q4: ボツリヌス毒素によるchemodenervationは有効か?
A: エビデンス不十分で分からない(Level U).

Q5: 手術は有効か?
A: 淡蒼球深部刺激療法についてはエビデンス不十分で分からない (Level U,Class IV studies).

以上,本ガイドラインに則って治療を行うとすると,まずClonazepamで治療を始める(ただし長期投与の影響については不明).イチョウ葉エキスは,日本で購入できるサプリメントとは成分が違うため,日本のサプリメントは薦めにくい.よって次はAmantadine,Tetrabenazine (TBZ)が候補になる(ただじいずれも保険適応なし).

Neurology 81; 463-469, 2013

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創薬研究の「死の谷」を乗り越えるために何が必要か?

2015年08月08日 | 脳血管障害
【我々の行っている脳梗塞の創薬研究】
脳梗塞に対する血栓溶解薬tPAを用いた血栓溶解療法は,発症から4.5時間を超えて行った場合,脳出血を合併するリスクが高くなる.脳出血合併症を防止する治療の開発は,予後の改善と,tPA療法の治療可能時間域の延長をもたらす可能性がある.我々は,血管リモデリング(脳虚血後の血管の構造上の変化)に関与する血管内皮増殖因子(VEGF)やアンギオポイエチン1(Ang1)を標的とした血管保護療法の可能性について検討し,ラット脳塞栓モデルにおいて,①VEGF抑制薬,および②組み換えAng1の投与が脳出血合併症を防止し,予後を改善することを明らかにした(JCBFM 2011; PLOS ONE 2014).tPAとVEGF抗体療法については,国内での産学連携はうまく行かず断念,しかし米国での特許の権利化とベンチャー企業ShimoJani LLCの設立を行い,現在,米国での臨床試験の実現を目指している.また血管保護作用に加え,神経細胞保護,抗炎症作用を併せ持つ「脳保護薬」を探索し,成長因子プログラニュリンが候補として有望であることを報告し(Brain 2015),現在,橋渡し研究のステージにある.

【創薬研究の死の谷】
我々の研究の目的は,基礎研究から産まれた創薬シーズ(seeds:種)を臨床応用できるところまで大切に育て,実際に脳梗塞患者さんに届けることである.しかし創薬シーズが動物実験の段階から,治験,承認,販売に至る間には大きな谷がある.この谷を超えることが極めて困難なことから,「創薬研究の死の谷」と例えられることもある.日本では基礎研究と本格的開発(治験・申請)をつなぐ創薬ベンチャーが発達しておらず,大きなギャップとなり,創薬研究の障害になってきた(図1).

【死の谷を乗り越えるために何が必要か】
我々のこれまでの創薬研究での経験から,アカデミア研究者が,創薬研究の「死の谷」を乗り越えるためには,以下の3つが少なくとも必要であると考えている.詳細はリンク先の論文に記載するが,以下,エッセンスをまとめる.

1.動物実験の質の改善
動物実験の質をヒトにおける臨床試験レベルまで高めること,動物モデルをヒトに近づける努力をすることが必要である.動物実験の評価が甘いと,ヒトでの治験でその結果を再現することは難しくなる.
2)知的財産権の確保(図)
創薬を目指すためには特許は不可欠であるが,アカデミア研究者が特許を確保するには2つの大きな問題を実感している.大学院生教育に及ぼす影響と特許費用の問題である.特許の要件として,新規性,非公知があるため出現が完了するまで,研究を行う大学院生は学会・論文発表ができないことになり,モチベーションを保つことが難しくなる.特許費用については創薬の場合,国内及び海外出願は不可欠であり,複数の出願が必要なため,その費用はかなりの高額になる(図2).大学やJSTによる支援を期待するがかなりの狭き門である.
3)産学連携の推進
創薬は産学連携を要するが,この実現のためにはNABC,すなわちN(Need,顧客と市場のニーズ),A(Approach,ニーズに応えるための独自のアプローチ),B(Benefits per costs,アプローチの費用対効果),C(Competition,費用対効果は競合品と比較してどのくらい優れているか)を考える必要があり,これを基礎研究の段階から考えておかないと産学連携がスムーズに進まない.

以上の内容は脳循環代謝学会雑誌オンラインから自由にダウンロードできるので,ぜひご覧いただきたい.

tPA 療法後の脳出血防止を目指したトランスレーショナルリサーチ
下畑 享良, 金澤 雅人, 川村 邦雄, 高橋 哲哉, 西澤 正豊(脳循環代謝26:93-97, 2015)






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