Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

症候性ナルコレプシーの新たな原因

2009年12月19日 | 睡眠に伴う疾患
 何らかの基礎疾患に伴って発症するナルコレプシー(症候性ナルコレプシー)として,腫瘍や外傷に伴う症例が知られていたが,近年,脱髄性疾患においても過眠症を合併するという症例報告が散見されるようになった.本ブログにおいても,血清抗アクアポリン4(AQP4)抗体が陽性で,左右対称性の視床下部病変を呈した過眠症の症例報告を取り上げたが,今回,多発性硬化症やNMOに合併した症候性ナルコレプシー,および過眠症症例の臨床像の解析が報告された(秋田大,新潟大,東北大,スタンフォード大学等の共同研究).

 対象は,多発性硬化症やNMOと臨床診断され,日中の過眠症(excessive daytime sleepiness; EDS)を呈した7症例である(既報例を含む).いずれも日本人で,6名が女性であった.MRI所見,髄液オレキシン(ヒポクレチン),および血清抗AQP4抗体の評価を行っている.

 頭部MRIでは,全例に間脳・視床下部周辺の両側性・左右対称性病変を認めた(一度,見ると忘れない画像である).睡眠学的には,いずれも過眠症状を呈し,さらに7名中4名で,睡眠障害国際分類第2版(ICSD-2)のナルコレプシーの診断基準を満たしていた.ただ不思議なことにcataplexy(情動脱力発作を呈した症例はいなかった(いずれの症例も早期に治療をしたことがcataplexyの発症を阻止した可能性がある).REM異常については検索を行った2症例の両者にsleep-onset REMを認めた(ナルコレプシーの特徴的所見).

 髄液オレキシンは著明低値が4名,中等度低値が3名であった.これら髄液オレキシン値は,免疫抑制療法後にいずれも正常化した.問題の抗AQP4抗体は,3名で陽性で,NMOと診断され,うち2名はナルコレプシーの診断基準を満たした.4名において抗AQP4抗体が陰性であった点は興味深いが,抗AQP4抗体以外にも同様の病態を引き起こす抗体が存在する可能性がある一方,測定時期や測定方法により偽陰性になった可能性も否定できない.

 抗AQP4抗体が陽性であった症例では,間脳・視床下部と第四脳室周囲にはAQP4が高発現するため,この抗体を介した免疫学的機序による傷害が生じ,さらに同部位に存在するオレキシン(ヒポクレチン)ニューロンも二次的に傷害され,過眠症・ナルコレプシーを来した可能性が考えられた.本研究は,症候性ナルコレプシーの原因として脱髄性疾患を考慮すべきであることを示すとともに,早期に診断し,不可逆的な障害が生じる前に,ステロイドや免疫抑制療法によって治療介入することが重要であることを示している.

Arch Neurol 66; 1563-1566, 2009
Comments (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

不眠症治療を学ぶ

2009年12月08日 | 睡眠に伴う疾患
「不眠研究会」「不眠治療コンセンサス会議」というmeetingに週末参加し,不眠症治療についてみっちり勉強してきた.そこで話題となり参考になったことを列挙してみる.ただし不眠症治療についてはまだエビデンスが十分でないことも多く,経験則に基づいた部分が少なからずあるということをご了解いただいた上で,お読みいただきたい.

【不眠症治療の原則】
● 一般医(General Practitioner; GP)と,睡眠医療専門機関が連携して診療にあたるべき.
● 不眠症でも原因を追及することを忘れてはいけない.例えば,発熱に対しては解熱剤を処方するだけでなく原因検索を行うが,不眠症も同様で,睡眠薬を処方するだけでなく,その原因検索を行うことが大切である.
● 問診は十分に行い,必要以上の睡眠時間を確保するための睡眠薬にならないようにする.具体的には「4時に目がさめるので睡眠薬が欲しい」と言っても,いつも20時に眠ってしまう人であれば睡眠時間は十分で,睡眠薬は不要ということ.必要以上の睡眠を与える薬は「睡眠薬」ではなく,むしろ「麻酔薬」とも言える.また昼間寝ていないかの確認も必要である.
● つまり医師は,患者さんと相談のうえ,睡眠時間自体を決めてあげることができる.言い換えれば「睡眠を設計する」役割も果たす.


【不眠症治療のポイント】
● 2008年,厚労省清水班が発表した「不眠症の診断,治療,医療連携のガイドライン」において,GPが睡眠医療専門機関に紹介すべき症例に付いて詳しく書かれているが,まず大事なことは,不眠を訴える患者さんのなかから,「(原発性)うつ病,睡眠時無呼吸症候群,むずむず足症候群」の3疾患をしっかり探し出すことである.
● GPにおける不眠症の治療は,睡眠衛生指導と,ベンゾジアゼピン系睡眠薬の単剤処方で行う.もし4週程度継続しても,治療抵抗性である場合,睡眠医療専門機関への紹介を検討する.
● GPでは超短時間型と短時間型睡眠薬を処方するようにする.具体的には,現在8薬剤がこれに該当するが,筋弛緩作用で転倒リスクを上昇させるデパスを除いた7薬剤(マイスリー,アモバン,ハルシオン,レンドルミン,リスミー,ロラメット,エバミール)を処方する.ただしデパス以外でも,ω受容体に作用し,そのω受容体は小脳にも存在するため,ふらつき(失調)を呈する可能性は否定できず,注意を促す必要はある.
● 薬剤の半減期を考慮し,どのぐらいの時間ベッドにいなければならないか(起きだしてはいけないか)という安全性を考慮した服薬指導も必要である.具体的には,(いつまでもゆっくり寝てられる人を除き)午前2時以降の内服は避けてもらったほうが安全である.
● お酒と一緒に睡眠薬は内服してはいけない.事故が起こる可能性があるので医師はそれを是認すべきではない.
● 睡眠薬は多剤併用すべきではない.多剤併用してもあまり効果がない.むしろベースに存在する疾患を検討し,抗うつ剤などの処方を行うことが大切である.
● 睡眠に望ましくない睡眠環境を解消したり,心身の緊張状態を緩和したりすることを目的にした認知行動療法(CBT)も有効.例えば,不眠が続くと,睡眠時間を確保しようとして普段寝ない早い時間に床につくことがある.でもそもそも眠くならない時間なので余計眠れずあせり悪循環に陥る.「眠い時しか寝室に行かない,眠れなければ寝室を出る,起床時間を一定にし,就床時刻を遅くする」といった指導も必要となる.
● バルビタール系はもう睡眠薬として使用すべきではない.またうつ病を基礎疾患としてもつ患者さんの不眠薬としてSSRI/SNRIの眠前投与は無効と考えられ行うべきでない.
● 重症のSASでは睡眠薬が悪影響を及ぼす可能性があることを忘れない.
● 「長く睡眠薬を継続すると呆けてしまう」というエビデンスはない(らしい).睡眠薬を急いで中止しなければいけないとエビデンスもないらしい.
● 不眠症は,糖代謝や高血圧発症のリスクを高める可能性があるので治療が必要.


【不眠症治療の問題点】
● GPからの医療連携の行き先として睡眠医療専門機関を挙げたが,この専門機関が全く不足しているという問題がある.従来,精神科医に紹介されることが多かったが,精神科医は必ずしも不眠症の専門家ではないそうだ.むしろポリファーマシー(睡眠薬の必要以上の多剤併用)を行ってしまう医師は,精神科医に多いという指摘もあった.
● 一般に議論される不眠症は外来において治療されるものであるが,重要であるものの議論されてこなかった不眠症として,「入院患者の不眠症」がある.入院しなければならない身体状況に加え,ナース巡回のある大人数の部屋(例.4人部屋)に泊まり,しかも消灯時間が21時と来れば眠れる方がむしろ変である.そして「眠れない」と訴えたものなら,自動的に,いわゆる予測指示の睡眠薬が用意される.予測指示は自分もずいぶん行ってきたが,冷静に考えてみれば,かなりおかしなことをしてきたわけで,この「入院患者の不眠症」対策については病院システムも含めて考え直すべき時期に来ている.
● 不眠症を含め,医学部での教育が不十分である.複数の診療科が協力しての睡眠医学教育が行われる必要がある.
● 最後に外来において不眠症診療を行う時間的余裕がないという問題がある.通常,不眠症のみで来院する患者さんは少なく,他の病気の診療を行った残りの時間で不眠症診療を行っているわけである.つまり,5分程度の診察時間内に不眠症の訴えをじっくり伺うのは難しいということである.
● この発言を「確かにそうだよな・・・」と思って聞いていたが,実はこれに反論する意見があった.「大学院生が努力を重ねた1年間の研究成果を学会で発表する割り当て時間は,わずか6分程度だ.そこにすべてを詰め込んで話す.5分という診察時間も同様に貴重な時間であり,そのなかに問診し,伝えることをいかに詰め込むかを考えることは医師としての重大な責務だ」という発言であった.これを聞いて本当にびっくりした.「まいった!」と思ったが,でも確かにその通りだと考えさせられた.

初学者のための睡眠医療ハンドブック
とてもわかりやすく,ときどき眺めて参考にしている.参考図書としてあげておきたい.

Comment (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする