時差ぼけはつらい。みなさん対策をいろいろ講じているものと思われるが、メラトニンを内服するという方法がある。アメリカではサプリメントとして販売されているため,ドラッグストアや空港などで容易に入手可能である。一方、ヨーロッパではニューロホルモンと考えられ,OTC(over the counter)としては販売されていない。日本でも正式に認可・販売はされていないが、容易に個人輸入ができ、入手に対する規制は行われていない(このとき、天然性,動物性のメラトニンでないことを確認すべき;感染や抗原抗体反応を起すタンパクを含む可能性がある。人工・合成のものを購入する)。時差の程度にもよるが、通常は就眠前30分に1~10mg服用をする。
メラトニンは松果体において,トリプトファンからセロトニンを経て合成されるインドールアミン誘導体であるが,ヒトでは夜間上昇し,日中の約10~20倍に達する。生体リズムの調節作用,催眠作用,色素細胞に対する退色作用,性腺抑制作用,深部体温低下作用などの作用を持つ.よって時差ぼけに対しては、睡眠促進作用と、体内時計のリセットを期待して就眠前に内服するわけだ。
さて個人的な使用感であるが、「効いているかもしれない」という印象だ。でもエビデンスはあるのだろうか?実は「時差ぼけやシフトワーク等の睡眠不足を伴う睡眠障害に効果はない」というメタ解析がカナダから報告された。方法は13のデータベースから、有効性の評価に関してはrandomized controlled trialを、安全性の評価に関してはrandomized ならびにnon-randomized controlled trialを抽出した。1人のレビュアーが論文を抽出し、方法論的な質は別の1人のレビュアーが評価した.試験のデザインの吟味は、メタ解析ではしばしば使用される2つの方法(Jadadの方法とSchulzの方法)が使われている。ひとつひとつのRCTの重み付けに関しては、inverse variance method が用いられている。
注; Jadad(ハダッド)の方法は,ランダム化されているか,二重盲検か,そしてフォローアップは適切にされたかが報告されているか,という3項目を検討する。Schulzの方法は,concealment(ランダム化が崩れていないかどうかということ)が保たれているかどうかという1項目を検討する。
さて結果であるが、身体・物質的原因で生じる2次的な睡眠障害を呈するひとを検討したRCTは6つで(97症例を含む)、睡眠潜時(入眠までの時間)に効果を認めなかった(weighted mean difference(WMD) は-13.2分, 95%CI -27.3~0.9)。つぎに時差ぼけやシフトワークなどの睡眠不足を伴う睡眠障害を呈するひとを検討したRCTは9つで(427症例を含む)、やはり睡眠潜時に効果を認めなかった(weighted mean difference(WMD) は-1.0分, 95%CI -2.3~0.3)。一方、17のRCT(651症例を含む)による安全性の検討では、少なくとも短期間の使用(3ヶ月以内)では明らかな副作用は認めなかった。つまり、メラトニンが時差ぼけに効果があるというエビデンスは存在しないことになる。
ただこの結果を持って、時差ぼけに対するメラトニンの使用を否定できるだろうか?ここからは推論だが、メラトニン感受性に個人差がある可能性は否定できない。メラトニン受容体遺伝子は1994年にクローニングされているが(メラトニン受容体は G 蛋白結合性),3種類存在することが判明している。その遺伝子によりコードされる受容体はヒトではMT1とMT2受容体が知られる(主として視交叉上核に存在する)。つまり受容体遺伝子に多型が認められれば、メラトニンに対する親和性も変わってくるはずである。さらに考えを進めて、メラトニン受容体に対する強力なアゴニストを使用すれば、催眠作用および概日リズムの調整が可能になるのではないか?
実は4月にSanDiegoで行われたAANの企業の展示ブースで、ROZEREM (ロゼレム、ramelteon)という薬の説明を聞いた。概日リズムの調整に関与しているのが主としてMT1受容体であることに着目し,MT1受容体に高い親和性(メラトニンの約10倍)と選択性を持った薬剤を開発したということだ。慢性不眠患者を対象にしたプラセボ対照二重盲検第3相試験にて、睡眠潜時を短縮する効果を認め(プラセボに比べて50%短縮)、反跳性不眠や離脱症状も起こさなかったという。従来の睡眠薬との違いはベンゾジアゼピン系が覚醒に関わる神経機構を抑制することで催眠するのに対しメラトニンは睡眠に関与する機構を賦活する、という説が言われている。つまり、この薬剤はより自然な生理的睡眠をもたらし、依存などの副作用も回避できるということが売りである(第4世代睡眠薬といわれる)。実際、アメリカでは非指定薬物で、長期処方も可能となっている。日本でもおそらく近いうちに発売され、その安全性から頻繁に使用される薬になる可能性が高い。しかし、その作用メカニズムを理解することは必要で、神経症的な要素を認める不眠患者では、当然、ベンゾジアゼピン系のほうが有効である。不眠症治療も原因をきちんとタイプわけをし、睡眠薬のタイプを選ぶという時代に入ったということだ。
BMJ. 332:385-393, 2006
メラトニンは松果体において,トリプトファンからセロトニンを経て合成されるインドールアミン誘導体であるが,ヒトでは夜間上昇し,日中の約10~20倍に達する。生体リズムの調節作用,催眠作用,色素細胞に対する退色作用,性腺抑制作用,深部体温低下作用などの作用を持つ.よって時差ぼけに対しては、睡眠促進作用と、体内時計のリセットを期待して就眠前に内服するわけだ。
さて個人的な使用感であるが、「効いているかもしれない」という印象だ。でもエビデンスはあるのだろうか?実は「時差ぼけやシフトワーク等の睡眠不足を伴う睡眠障害に効果はない」というメタ解析がカナダから報告された。方法は13のデータベースから、有効性の評価に関してはrandomized controlled trialを、安全性の評価に関してはrandomized ならびにnon-randomized controlled trialを抽出した。1人のレビュアーが論文を抽出し、方法論的な質は別の1人のレビュアーが評価した.試験のデザインの吟味は、メタ解析ではしばしば使用される2つの方法(Jadadの方法とSchulzの方法)が使われている。ひとつひとつのRCTの重み付けに関しては、inverse variance method が用いられている。
注; Jadad(ハダッド)の方法は,ランダム化されているか,二重盲検か,そしてフォローアップは適切にされたかが報告されているか,という3項目を検討する。Schulzの方法は,concealment(ランダム化が崩れていないかどうかということ)が保たれているかどうかという1項目を検討する。
さて結果であるが、身体・物質的原因で生じる2次的な睡眠障害を呈するひとを検討したRCTは6つで(97症例を含む)、睡眠潜時(入眠までの時間)に効果を認めなかった(weighted mean difference(WMD) は-13.2分, 95%CI -27.3~0.9)。つぎに時差ぼけやシフトワークなどの睡眠不足を伴う睡眠障害を呈するひとを検討したRCTは9つで(427症例を含む)、やはり睡眠潜時に効果を認めなかった(weighted mean difference(WMD) は-1.0分, 95%CI -2.3~0.3)。一方、17のRCT(651症例を含む)による安全性の検討では、少なくとも短期間の使用(3ヶ月以内)では明らかな副作用は認めなかった。つまり、メラトニンが時差ぼけに効果があるというエビデンスは存在しないことになる。
ただこの結果を持って、時差ぼけに対するメラトニンの使用を否定できるだろうか?ここからは推論だが、メラトニン感受性に個人差がある可能性は否定できない。メラトニン受容体遺伝子は1994年にクローニングされているが(メラトニン受容体は G 蛋白結合性),3種類存在することが判明している。その遺伝子によりコードされる受容体はヒトではMT1とMT2受容体が知られる(主として視交叉上核に存在する)。つまり受容体遺伝子に多型が認められれば、メラトニンに対する親和性も変わってくるはずである。さらに考えを進めて、メラトニン受容体に対する強力なアゴニストを使用すれば、催眠作用および概日リズムの調整が可能になるのではないか?
実は4月にSanDiegoで行われたAANの企業の展示ブースで、ROZEREM (ロゼレム、ramelteon)という薬の説明を聞いた。概日リズムの調整に関与しているのが主としてMT1受容体であることに着目し,MT1受容体に高い親和性(メラトニンの約10倍)と選択性を持った薬剤を開発したということだ。慢性不眠患者を対象にしたプラセボ対照二重盲検第3相試験にて、睡眠潜時を短縮する効果を認め(プラセボに比べて50%短縮)、反跳性不眠や離脱症状も起こさなかったという。従来の睡眠薬との違いはベンゾジアゼピン系が覚醒に関わる神経機構を抑制することで催眠するのに対しメラトニンは睡眠に関与する機構を賦活する、という説が言われている。つまり、この薬剤はより自然な生理的睡眠をもたらし、依存などの副作用も回避できるということが売りである(第4世代睡眠薬といわれる)。実際、アメリカでは非指定薬物で、長期処方も可能となっている。日本でもおそらく近いうちに発売され、その安全性から頻繁に使用される薬になる可能性が高い。しかし、その作用メカニズムを理解することは必要で、神経症的な要素を認める不眠患者では、当然、ベンゾジアゼピン系のほうが有効である。不眠症治療も原因をきちんとタイプわけをし、睡眠薬のタイプを選ぶという時代に入ったということだ。
BMJ. 332:385-393, 2006