Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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Hyposkilliaという医師の病とワルテンベルグのことば

2018年06月23日 | 医学と医療
【恩師から頂いた論文】
私の恩師が一編の論文を送ってくださった.お知り合いの脳神経内科医が,近年の若手医師の臨床力低下を嘆き,教えてくださった論文だと言う.以前,私が恩師にお目にかかった際,岐阜大学において「教育を一番の目標としたい」とお話したのを覚えていてくださり,その論文を送ってくださったのだ.その論文タイトルは「Hyposkillia-Deficiency of clinical skills-」である.聞き慣れないことばだが,Hypo(低い)+skill(技術)+ia(病名の接尾辞),つまり「医師の臨床技術の低下という病」である.著者はアメリカの医学教育の第一人者Herbert L. Fred先生.50年以上に及ぶ卓越した医学教育で,尊敬を集める先生である.

【論文の要旨】
① Hyposkilliaという現代医師にはびこる病
現代の医師は多くの問題に直面している.オートノミーを失い,威信は失墜した.その背景にHyposkillia「臨床技術の欠如」がある.適切に病歴や身体所見が取れず,収集した情報を批判的に評価できず,適切な臨床計画を立てられず,コミニュケーション能力も劣る.患者さんを徹底的に理解しようとしない.ただし検査オーダーはできる.多くの検査を指示し,検査に依存した診断を行う.短時間で,最多の検査をオーダーし,最多の利益を得ることには適する.しかしいつ検査を行い,どのように解釈すべきかは分かっていない.

②Hyposkilliaの原因は医師の価値観の変化とハイテク医学の導入である
Hyposkilliaが増加した原因は,第一に医師の価値観が変わったことが挙げられる.1950年代に訓練を受けた私は,重労働,献身,厳しい責任は当然のこととして学んだ.しかし今日はそのようなことはなく,仕事時間の短縮や個人の利益,政治的な正しさが優先される.第二はハイテク医学の影響だ.1970年代以降に教育を受けた医師はハイテク医学の影響を受けている.これは「病歴聴取や身体診察をバイパスし,患者の症状からいきなりMRIやCTなどの検査オーダーをしてしまう」ことを指す.このバイパスは「患者と医師の結びつき」を弱いものにする.加えて習慣的な検査オーダーは,深く考えることにない医師を産む.

③対策は医学教育を行う教師の改革である
医学を教える教師は,教育する意義をよく認識し,若手医師とのコンタクトの時間を増やし,病歴聴取の方法,適切な診察,考えかた,そして責任の重さを教えなければならない.同じ情報を提供するのであれば最新式の検査機器よりも,従来からの診察を行える医師が必要である.チアノーゼの診断に血液ガスの前に皮膚を視診する医師,心臓弁膜症を疑うとき超音波の前に聴診する医師,頭蓋内圧亢進を疑う際にMRIでなく眼底鏡を用いる医師だ(※例として,パーキンソン病の診断にDATスキャンでなく,神経診察をきちんと行う医師も追加できるだろう).私が望んでいるのは,医学教育を行う教師がオスラー先生の精神,つまりヒューマニズム,常に患者さんを第一に考えるということを取り戻すことである.

【Robert Wartenbergのことば】
この論文を読み,Hyposkilliaこそがこれから取り組むべき相手であると思った.そして思い出したことは偉大な神経学者であるRobert Wartenberg(1887-1956)のことばである.以前購入し読んだ「神経学的診察法」(写真)に以下の記載がある.

・悲しむべき風潮は,臨床的診断を下すのに,簡単な診察で得られる所見よりも,むやみやたらに機械や新技術を用いた検査を行い,検査結果を重視する医師が増えていることである.
・医師として避けるべき行為:患者や家族からきちんと話を聞くことをせずに,患者を検査室に送ること.
・嘆かわしいこと:自分の目,耳,手指を働かせる匠の技が廃れて,未熟者でも実施できるような規格化された操作的診断基準を求める医師があまりに多いこと.
・新技術による検査の重要性と信頼性は極めて高い.問題は,これらの検査を用いるかいなかではなくて,いかなる場合に用いるかである.

お二人はまったく同じことを述べておられる.私も原点に立ち戻って,オーソドックスな臨床神経学を若手に教えられる教師にならねばならないと思った.適切に病歴や身体所見を取り,集めた情報を批判的に評価し,適切な臨床計画を立て,コミニュケーション能力にも優れ,患者さんを第一に考えられる医師を育てていきたい.

Fred HL. Hyposkillia: deficiency of clinical skills. Tex Heart Inst J. 2005;32(3):255-7.
葛原茂樹.Robert Wartenberg―偉大な神経学者の臨床神経学.神経治療2015;32,222-7




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必見!NHK特集「追跡!! アインシュタインの脳 ~失われた“天才脳”の秘密に迫る~」

2018年06月21日 | 医学と医療
アルベルト・アインシュタインは,1955年,米国プリンストン病院にて腹部大動脈破裂が原因で死去し,76年の生涯を閉じた.解剖を行ったのは病理医Dr. Thomas Harveyであったが,家族に許可を得ず脳を摘出し保存する.これを知った長男のHans Albertは激怒したが,アインシュタイン自身が生前,自分の遺体が科学研究に付されることに積極的な発言をしていたため,最終的には研究成果を専門誌に発表することを条件に承諾する.ところがHarveyは天才脳をどのように研究したらよいのか分からず,そのまま失踪し,以後40年間,その脳を隠し持つことになる.しかしHans Albertとの約束を律儀に守り,研究と論文発表を条件に少なくとも18人の研究者にアインシュタインの脳の切片を提供した.2人の日本人により脳の標本は日本にも持ち込まれ,一部は新潟大学脳研究所に保管されている.私はアインシュタイン脳に関心をもち,関連論文が出版されるたび耽読した.その理由は,神経学を学べばある程度「病気の脳のメカニズム」は分かるものの,「天才の脳のメカニズム」は皆目見当がつかず,そのメカニズムを知りたいと思ったためだ.おそらくそのヒントはコネクトームにあるはずだと思うのだが,いまだ不明である.

2012年に初期のアインシュタイン脳論文をブログにまとめたことがあるが,私と同様にアインシュタイン脳に関心を持っていたNHK番組制作者の目に止まり,3年前から一緒にアインシュタイン脳の過去の研究の解釈や,天才脳を現代の脳科学でどのようにアプローチするかについて議論させていただくようになった.脳科学を理解し,かつ行動力のあるそのプロデューサー氏は,日本の研究者はもちろんのこと,アメリカ,カナダ,アルゼンチンなど世界各地を取材し,その結果,多くのアインシュタイン脳のブロックや,解剖時に撮影された数百枚の写真にたどり着く.そしてそれだけでなくアインシュタイン脳を手にしたことにより数奇な人生を辿ることになる研究者たちを目の当たりにする.

ついに番組の第一弾が7月15日(日)21時からNHKスペシャル「追跡!! アインシュタインの脳 ~失われた“天才脳”の秘密に迫る~(仮)」というタイトルで放映される.多くの視聴者の知的好奇心をくすぐる番組になることを保証したい.御覧ください!

追跡!! アインシュタインの脳  ~失われた“天才脳”の秘密に迫る~ (仮)


アインシュタインの脳(過去ブログ)





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