Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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医療は理系なのか,文系なのか? @「医師こそリベラルアーツ!」連載第9回

2025年02月22日 | 医学と医療
「医師こそリベラルアーツ!」の連載第9回が,日経メディカル「Cadetto.jp」にて公開されました(https://tinyurl.com/26j4tq35).これまで岐阜大学で開催してきたリベラルアーツ研究会のミニレクチャーを紙面で再現しています.医師・医学生は会員登録のうえ,無料でご覧いただけます.

今回は,隠岐さや香著『文系と理系はなぜ分かれたのか』を課題図書とし,医療の学問的な位置づけと,今後の医療者に求められる視点について考察しました.本書によると,日本における「文系・理系」の分化は,18~19世紀の蘭学や洋学の流入を契機に始まったそうです.その後,明治時代以降の技術革新と経済成長の流れの中で,「理系偏重」が進み,科学技術に基づく「選択と集中」の改革が進行しました.しかし皮肉にも,現在の日本の科学研究の競争力は低下し,社会が直面する課題の多くが科学技術のみでは解決できないことが明らかになりつつあります.「理系」と「文系」を超えた思考力が求められているということだと思います.

このような考え方に立つのが,理系科目にアートを加えたSTEAM(Science, Technology, Engineering, Arts, Mathematics)教育です.科学的知識と人文的知見を融合し,より豊かな人間性をもつ医療者を育成することが,これからの時代に求められるのではないでしょうか.医学教育の礎を築いたウィリアム・オスラーも,「医療はアートであり,商売ではない.医療は使命であり,単なる仕事ではない.医療とは,頭と同様に心を働かせる使命である」と述べています.

次回は,稲盛和夫氏の『生き方』『心。』を題材に,「医療者としての生き方」について考察していきます.




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三浦謹之助先生の葉書

2025年02月11日 | 医学と医療
私はJean-Martin Charcot先生の晩年の弟子であり,日本の近代医学の父と言われる三浦謹之助先生(1864~1950)にとても関心を持っています.とくにおふたりの師弟関係に注目し,書籍や文献を読みました(ブログ参照).今年はシャルコー生誕200年の記念の年に当たり,記念の式典がパリで開催されますが,ありがたいことに岩田誠先生にご指導をいただいて,そこで三浦謹之助先生についてご紹介する機会を頂きました.また神経学会学術大会でも大会初日の午後に,シャルコー生誕200年特別企画「シャルコーと神経学(座長:山脇健盛先生,福武敏夫先生)」でも発表をさせていただきます.

このような背景もあって,三浦謹之助先生ゆかりの書籍を収集しています.先日,古書店で写真の葉書を見つけ入手しました.日佛協会宛てのもので,昭和23年に書かれたようです.一部は読めるのですが,ほとんど歯が立ちません.フェイスブックで「どなたか解読できる方はいらっしゃいませんでしょうか?」とお願いしたところ,おふたりの先生からご連絡をいただき,解読してくださいました.



◆拝誦然ハ此度貴会理事ニ御任命被下候趣拝承難有奉存候、不肖微力ニ候ヘ共、宜敷願上候 敬具 昭和廿三年七月九日

◆このたび,貴会の理事にご任命いただいたとのこと,誠にありがたく存じます.私の力は微力ではございますが,どうぞよろしくお願い申し上げます. 敬具  昭和23年7月9日

「拝誦然ハ」は「拝して読み上げますが」という意味で,古典的な敬意表現だそうです.
「難有奉存候」は,現代語で言えば「ありがたく存じます」という意味で,儒教的な敬意の文化が色濃く反映されているようです.
「不肖微力ニ候ヘ共」という表現は,自身を謙遜する際に用いられる典型的な漢学的な修辞です.
「宜敷願上候」 という表現は「どうぞよろしくお願い申し上げます」という意味で,相手との礼節を重んじる姿勢がわかります.

以上より,日佛協会,つまり日本とフランスの文化,経済,学術などの交流を促進することを目的とした団体の理事として,日本とフランスの架け橋の役目をなさっていたということのようです.お亡くなりになる2年前の出来事(1948)でした.それにしても三浦謹之助先生の達筆さに驚きましたし,教養の根本の違いを感じました.とくに漢学がバックボーンにあるように思いました.


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マイクロプラスチックは脳に高濃度で蓄積し,とくに認知症患者でその濃度が著しく高い!!

2025年02月05日 | 医学と医療
近年,環境中のマイクロナノプラスチック(MNPs)が健康に及ぼす影響について注目が集まっています.2023年3月,New Engl J Med誌に掲載されたイタリアの前方視的研究では,頸動脈の動脈硬化病変(プラーク)を切除する頸動脈内膜切除術を受けた312人のうち,検討を行った257人中150人(58%)でポリエチレン(PE)が検出され,電子顕微鏡検査ではギザギザしたMNPsが示されました.MNPsが検出された患者では,心筋梗塞+脳卒中等による死亡リスクが,ハザード比4.53(!)とMNPsが検出されない患者と比較して顕著に高いことが示され驚きました(ブログ解説参照:https://tinyurl.com/2bvtcd53).私はこの報告以来,大量にMNPsを含むことが報告されたペットボトル飲料(doi.org/10.1073/pnas.2300582121)はあまり飲まなくなりました.

また,2024年のScienceのレビュー(doi.org/10.1126/science.adl2746)では,MNPsが人体のあらゆる臓器に蓄積することが示されましたが,脳については明確な記述がありませんでした.しかし,今回のNature Medicineの論文で,なんと脳が他の臓器より濃度が高く,そしてとくに認知症患者でその濃度が著しく高いことが示されました!

この研究はアメリカ・ニューメキシコ大学などによって行われたもので,ヒトの肝臓,腎臓,脳におけるMNPsの濃度を解析しています.2016年および2024年に死亡したヒトの検体を用い,ガスクロマトグラフィー質量分析(Py-GC/MS),赤外分光法(FTIR),電子顕微鏡(SEM,TEM)などを駆使してMNPsを測定しています.この結果,脳内のMNPs濃度は,肝臓や腎臓の7~30倍に達していました(図1a)(縦軸を見ると対数グラフですので,見た目以上に差があることに注意!).またポリエチレン(PE)が蓄積するMNPsの主要成分であり,とくに脳には他の臓器よりも多くのPEを含んでいました(図1b:オレンジ).また,2016年と2024年の検体を比較すると,肝臓と脳で有意に増加し,脳のMNPs濃度は8年間で約50%増加していました.





また図1dは横軸が年代で,縦軸が認知症患者(紫)と健常者の脳のMNPs濃度になります.略号は,NCがノースカロライナ,MAがハーバード,MDがメリーランド,NMがニューメキシコと地域を示しています(地域によってMNPs曝露が異なる可能性を考慮しています).一見して分かるように,MNPs濃度は認知症患者で明らかに高く,健常者の2〜10倍高い濃度を示しました.認知症患者のMNPs濃度の中央値は26076μg/g,健常者は4917μg/gでした.前者は上述した動脈硬化性プラークでの濃度とほぼ一致しています.認知症患者では血液脳関門の機能低下,老廃物のクリアランス機構の低下のためMNPs濃度が上昇した可能性が推測されます.



そして電子顕微鏡を用いた分析では,脳内に蓄積したMNPsのサイズは100~200 nmの破片状・フレーク状で存在していることが確認され,脳ではかなり小さいナノプラスチックとして存在することが分かりました.そして認知症患者でとくにこの蓄積が目立ち,免疫細胞を伴う領域や血管壁に沈着していました(図2eと2f).免疫細胞を伴う領域にMNPsが沈着していたのは,MNPsが神経炎症を引き起こした可能性があります.血管壁への沈着は血液脳関門の機能低下と関連があるかもしれません.



以上より,ヒトの脳がMNPsの主要な蓄積部位であることが初めて明確に示されました.また本研究はMNPsと認知症の因果関係を直接証明したものではありませんが,図1dを見ると明らかに疑わしく,認知症の新たなリスク因子として検討・対策をしたほうが良いと思いました.まず社会として環境中のMNPs削減に向けた対策が必要です.例えばEUは使い捨てプラスチック製品の販売禁止や,化粧品やパーソナルケア製品へのマイクロプラスチックの使用を段階的に禁止するなどしています.そして個人レベルでも,多量のMNPsが含まれることが報告されているペットボトル飲料やプラスチック製のティーバッグなどの消費を減らすこと(ペットボトル1LのMNPsは約24万個,大半がナノプラスチック),食品・飲料のプラスチック包装を減らすこと,電子レンジでプラスチック容器を加熱しないこと,合成繊維製品の使用を控えることなどが考えられます.私はもうかなり暴露してしまったような気もしますが,まだ認知症で認める血液脳関門の機能低下,老廃物のクリアランス機構の低下はさほど起きていないと考えられるので,今からでも気をつければ効果はあるようにも思いました.

Nihart AJ et al. Bioaccumulation of microplastics in decedent human brains. Nature Medicine. https://doi.org/10.1038/s41591-024-03453-1

★最後の対策の部分は最近出版された下記書籍を参考にしました.
「プラスチックの逆襲: とけだす有害物質が少子化の原因に!?(水野玲子著.高文研 2025)」
非常に勉強になります.最終章の「あなたにもできる減プラ生活」はとても参考になりました.MNPsに敏感な胎児や子供を守る知恵も書かれています.


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味覚性発汗とFrey症候群とホロコースト

2025年01月09日 | 医学と医療
朝のカンファレンスで,味覚性発汗(gustatory sweating)とFrey症候群について議論しました.まず味覚性発汗とは味覚刺激により顔面に発汗が生じる現象で,一部の健常者には生理的味覚性発汗が認められますが,耳介側頭症候群(Frey 症候群)や交感神経切除後に生じる味覚性発汗など病的なものもあります.

Frey症候群は,耳側側頭神経(V3:下顎神経の分枝)が耳下腺周囲の手術などで損傷した際に生じます.同神経に含まれる唾液を分泌する副交感神経と発汗を引き起こす交感神経の間で異常な再生や交差神経支配が生じ,味覚刺激により顔面や頭皮で発汗が増加します.私は,Frey症候群は耳介周囲の発汗と記憶していたのですが,頭皮も発汗するようです(文献1).あと手術もなく両側性に生じた症例も報告されていました(文献2).耳下腺炎や帯状疱疹でも生じるようです.治療は発汗部位へのボトックスが有効のようです.



Freyという人物について知らなかったのでいつもの趣味で調べてみました.Lucja Frey(1889-1943?)という女性の神経内科医でした(文献3).1889年に現在のウクライナのリヴィウで生まれ,1923年にワルシャワ大学で医学の学位を取得.1925年に神経内科医としての資格を得た後,ワルシャワ大学の神経学クリニックで1928年まで勤務しました.この間,彼女は43本の学術論文を執筆しました.1923年,先生は耳介側頭神経の損傷により発生する味覚性発汗の病態生理を解明し,論文を発表しました.この病態を示す詳細な解剖学的図を示しています.



しかし,第二次世界大戦中のナチスによるユダヤ人迫害により,Frey先生の運命は一変します.ナチスはポーランドに,ユダヤ人を隔離するための強制居住地域(ゲットー:Ghetto)を多数設置しました.有名なものとして,ワルシャワ・ゲットー,クラクフ・ゲットー,リヴィウ・ゲットーなどがあります.1941年にドイツ軍がリヴィウを占領すると,彼女はゲットーに移送されます.そのなかのクリニックで医療活動を続けましたが,1943年にはクリニックの職員や患者とともに殺害されたか,強制収容所に送られたとされています.Frey先生の名前は,彼女が残した功績とともに,困難な時代を生き抜いた医療者の象徴として記憶されるべきと思いました.

1) Landman A, et al. Teaching neuro-image: a case of gustatory hyperhidrosis. Acta Neurol Belg. 2024 Apr;124(2):639-640.
2) Patrick B, et al. Botulinum Toxin for the Treatment of Postmenopausal Craniofacial Hyperhidrosis. Cureus. 2024 Sep 1;16(9):e68401.
3) Redleaf M. The Auriculotemporal Nerve Syndrome, Lucja Frey, and the Holocaust. Ear Nose Throat J. 2023 Sep 14:1455613231199357.

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哲学を通した「幸せ」の追求を@「医師こそリベラルアーツ!」連載第8回

2024年12月27日 | 医学と医療
「医師こそリベラルアーツ!」の連載第8回が,日経メディカル「Cadetto.jp」にて公開されました(https://tinyurl.com/26a33w8e).いままで岐阜大学にて31回のリベラルアーツ研究会を開催しましたが,各回で行なった私のミニレクチャーを紙面で再現する企画です.

医師はその忙しさから,自分自身の人生や「幸せ」について深く考える機会を失いがちです.しかしそのような中でも,哲学を学ぶことによって,生きる意味や幸せとは何かを問い直すことは,患者さんを理解し,自身の医療者としての役割を再確認する上でも役に立ちます.今回は,日本を代表する哲学者・三木清の著書『人生論ノート』を課題図書とし,医療者が「幸せ」を追求する意義を考えてみました.

三木清(1897-1945)の『人生論ノート』は,死,虚栄,孤独,嫉妬,成功など,誰もが一度は悩む人生のテーマを取り上げたエッセイ集であり,戦時下の厳しい言論弾圧の中で執筆されました.本書では,「幸福」を中心テーマに据え,個人の幸せが社会にとっていかに重要であるかを強調しています.三木清は,「成功」と「幸福」は異なるものであると説いています.成功は外部の評価や条件に左右される一方で,幸福は内面的な充実や自己の価値観に基づくものであり,自らの生き方次第で得られるものです.幸福を追求することなく成功ばかりを追い求めると,他者や社会にコントロールされる危険性があると警鐘を鳴らしています.



三木清の考えをさらに深めるため,19世紀の哲学者たちによる「三大幸福論」にも触れました.スイスのカール・ヒルティは「不幸を経験することで得られる使命感」が幸福につながると述べ,フランスのアランは「楽観的に行動することの重要性」を説きました.また,イギリスのバートランド・ラッセルは「他者や社会とのつながりが幸福に欠かせない」とし,人生の目的と仕事の一致を幸福の条件として挙げています.皆さんの「幸せ」とは何でしょうか.一度,哲学的な視点から考えてみてはいかがでしょうか.



次回は,隠岐さや香著『文系と理系はなぜ分かれたのか』を題材に,理系の人々にも必要な「文系とアートの力」について考察したいと思います.

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AIモデルに「認知機能検査」をして分かったその弱点@BMJクリスマス論文より

2024年12月24日 | 医学と医療
世界五大医学誌の一つBMJ誌は,毎年,クリスマスの時期になるとイグノーベル賞を凌駕するような面白論文の特集号を公開します.今年の原著論文は4つで,変形性手関節症患者の手指機能に対する電気加熱ミトンの効果を調べた論文や,タクシー運転手と救急車運転手におけるアルツハイマー病による死亡率を分析した論文などが報告されていますが,個人的に面白かったのは,今年急速に広まった大規模言語モデルであるChatGPT(OpenAI開発),Claude(Anthropic開発),そしてGemini(Alphabet開発)の「認知機能」を人間と同じようにテストした研究です.エルサレムにあるハダサ医療センターの脳神経内科チームが中心に行ったものです.

施行したのは軽度認知障害(MCI)の診断のために作られた「MoCA(Montreal Cognitive Assessment)」という認知機能検査です.視空間・遂行機能,命名,記憶,注意力,復唱,語想起,抽象概念,遅延再生,見当識などを評価します.所要時間は約10分です.

さて結果ですが,ChatGPT 4oが最高スコアの26点を獲得し,ClaudeとChatGPT 4が25点,Gemini 1.5が22点,そしてGemini 1.0が16点という結果でした.MoCAテストの基準では30点中26点以上が正常範囲とされるため,大半のモデルが軽度認知障害(MCI)に該当するスコアであることが分かりました(図1).



とくに興味深いのは,抽象化や言語課題など,テキストベースの領域では高い成績を収めた一方,すべてのモデルが視空間および遂行機能において低いパフォーマンスを示したことです.例えば,図2は視覚的な注意機能を評価するトレイル・メイキングB課題(経路描画課題)を行っていますがいずれも不正解です.立方体の模写もかなり苦戦しています.ChatGPT 4oはASCIIアートを用いることで正確な図を描くことに成功しています.



印象的なのは図3の時計描画タスクで,数字を正しく配置できなかったり,時刻を正確に示せなかったりと,人間の認知症患者に似たエラーが見られました.ChatGPT 4oは写真のように美しい時計を描きましたが,針の位置を間違えました.Gemini 1.5が描いた時計(E)を著者は「アボカドのような形」と評していますが,ユニークで笑いを誘う一方,アルツハイマー病患者の特徴的な描画に類似しています.AIの課題を浮き彫りにするものです.



以上の結果は,AIが医療分野でどの程度人間の役割を代替できるのかを考える上で重要な示唆を与えます. 大規模言語モデルは高度な認知能力を持ちながらも,視空間認知や遂行機能において人間の医師を完全に代替するには至らないことを示しています.医療分野におけるAIの活用が急速に進む中,AIにはなかなか敵わないという雰囲気があったので,まだまだ人間も捨てたものではないという気持ちになりましたが, AIのこの弱点も早晩,改良されそうな気もしています.
Dayan R, Uliel B, Koplewitz G. Age against the machine-susceptibility of large language models to cognitive impairment: cross sectional analysis. BMJ. 2024 Dec 19;387:e081948.(doi.org/10.1136/bmj-2024-081948

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ダークチョコレートを食べて2型糖尿病を予防しよう!

2024年12月18日 | 医学と医療
世界最高峰の医学誌の一つBMJ誌のクリスマス号は,毎年,面白論文を掲載することで知られています.そろそろ掲載されたかなとHPを眺めたところ,まだ早かったようですが,これはクリスマス号の論文かしら?と思ってしまうような論文が掲載されていました.チョコレート摂取と2型糖尿病のリスクを検討した研究で,ハーバード大学と上海の研究者たちによって行われたものです.糖尿病は脳神経疾患と密接な関連があるので読んでみました.

研究では 3つのアメリカの大規模前向きコホートデータが使用されました.これらのデータには,看護師や医療従事者約19万人の健康情報が含まれており,30年以上にわたる追跡調査が行われています.このなかには研究開始時点で糖尿病,心血管疾患,がんの診断を受けていない人が含まれています.そして,ダークチョコレート,ミルクチョコレート,そして総チョコレート摂取が2型糖尿病リスクに及ぼす影響を分析しています.主要評価項目は自己申告による2型糖尿病の発症で,質問票により診断を確認しています.体重変化も評価しました.

さて結果ですが,週5回以上のチョコレート摂取は,ほとんど摂取しない場合と比べて2型糖尿病リスクを10%低下させることが分かりました(ハザード比0.90; 95% CI: 0.83-0.98, P値=0.07).さらに,ダークチョコレートを週5回以上摂取した場合,2型糖尿病リスクが21%も低下していました(ハザード比0.79; 95% CI: 0.66-0.95, P値=0.006).線形回帰解析により,週1回の摂取増加ごとに2型糖尿病リスクが3%減少することが示されました(図は1週間におけるチョコレート摂取回数とハザード比の関連を示しています).一方,ミルクチョコレートの摂取は,2型糖尿病リスクとの有意な関連は認めませんでしたが,体重増加と関連していました(体重変化のハザード比1.05; 95% CI: 1.02-1.08).ダークチョコレート摂取は体重増加と関連しませんでした.



結論として,ダークチョコレートは2型糖尿病リスクの低下に寄与する一方,ミルクチョコレートは無効で,体重増加を引き起こす可能性が示唆されました.この結果は,チョコレートの種類による成分の違い,つまり強い抗酸化作用を持つフラボノールの豊富さや砂糖・脂肪の含有量,カロリーの違いが影響していることを示唆しています.今後,ランダム化比較試験を通じて因果関係をさらに検証し,具体的なメカニズムを解明することで創薬につながることが期待されます.
Liu B, et al. Chocolate intake and risk of type 2 diabetes: prospective cohort studies. BMJ. 2024 Dec 4;387:e078386.(doi.org/10.1136/bmj-2023-078386

追記:①ダークチョコレートはカカオ含有量45%以上(50~80%)で,ミルクチョコレートは約35%,フラボノールのフラバン-3-オールはダークで平均3.65 mg/g,ミルクは5分の1以下(平均0.69 mg/g)で,砂糖含有量が高い,と本文に書かれています.
②1食分は28gで,ガーナチョコレートにするとおよそ1/2枚ぐらいのようです.

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神経学者としてのレオナルド・ダ・ヴィンチ@「芸術家と神経学Ⅱ」(医学書院Brain Nerve誌)

2024年12月12日 | 医学と医療
普段とは異なる神経学の一面を楽しんでいただくために開始したクリスマス特集も,本年で4回目を迎えました.今回は初回の2021年12月号に特集した「芸術家と神経学」の続編をお届けします(Amazonへのリンク https://amzn.to/4gucURv).

私はレオナルド・ダ・ヴィンチの神経学者としての側面と彼の病跡学(人生や活動における疾病の意義)について執筆しました.彼の行なった神経学の研究を調べてみると「脳室の研究」や「魂の在り処の追求」など膨大で,その貢献はとても大きいです.また病跡学については,彼が晩年に絵を描けなくなった理由や,死因についても考察しました.以下,各執筆者のタイトルと抄録です.どの論文も非常に面白いです.クリスマスに神経学の魅力を味わっていただければと思います.



◆シューマンと神経梅毒 神田 隆 先生
ベルト・シューマン(1810-1856)は梅毒に罹患していた可能性の高い大作曲家の1人として有名な存在である.梅毒罹患は当時にあっても名誉なことではなく,シューマンの信奉者を中心に感染そのものを否定,または,感染の可能性を示す証拠を隠滅する動きがあって,いまだに確固たる証拠が示されたわけではない.しかし,死後130年を経て明らかになった精神病院入院中の記録などから,現時点では彼の梅毒感染はほぼ確実なことと見なされている.この小論の目的は,シューマンの音楽を愛する一愛好家として,梅毒感染から進行麻痺発症まで,この感染症がシューマンの創作活動にどのように影響を与えたかを考察することにある.

◆ベートーヴェンの病跡と芸術Ⅱ 酒井 邦嘉 先生
音楽家ベートーヴェンは進行性の難聴と腹痛を患ったが,どちらの症状も鉛中毒によって説明できる.Beggら(2023)はゲノム解析により,5房の毛髪がベートーヴェンの真正な遺髪であると認定して,彼の重い肝臓病の原因を解明した.またRifaiら(2024)は,真正な毛髪の房から異常に高い濃度の鉛を検出した.これらの新たな証拠により,ベートーヴェンを悩ませた病の原因は鉛中毒であったと結論できる.

◆神経学者としてのレオナルド・ダ・ヴィンチ 下畑 享良
レオナルド・ダ・ヴィンチは万能の画家であるが,医学,特に脳の研究にも情熱を傾けた.脳室を詳細に研究し,魂の在り処を追求した.彼に関する病跡学では,鏡文字の使用や注意欠如多動症と考えられることが注目され,非凡な創造性と仕事を完遂できない性格に寄与した可能性が議論されている.彼の死因は脳卒中と考えられているが,晩年に絵画を描けなくなった右上肢麻痺の原因としては尺骨ないし正中神経麻痺が推測されている.



◆脳科学の視点で読むカフカと孤独と創造性 虫明 元 先生
フランツ・カフカは現在のチェコ出身の小説家で,現代世界文学を象徴する人物の一人とされ,今年でちょうど没後100年である.彼は多くの作品を遺し,それらは100年以上前の作品であっても,現代社会を予見するかのような先見性を示し,非人間的な巨大システムの中で翻弄される個人を,独創的で非日常的な設定と極めて写実的な表現を用いて描いている.そのようなカフカの独創性と孤独な内面性の関係を,脳科学的に考察した.

◆アール・ブリュットと精神の変調 三村 將 先生
アール・ブリュット Art Brutの概念,提唱者であるジャン・デュビュッフェの考え,やや独自な展開を遂げてきた日本でのアール・ブリュットに関する取組み,日本の精神医学界におけるアール・ブリュットの話題について触れた.アール・ブリュットは精神障害者アートに限定されるものではない.アール・ブリュットは既存の文化や潮流に影響されない「生の」独創的なアートであり,実際にはその作品の多くに精神医学的背景が見出されるという点を強調した.さらに,アール・ブリュットの画家として代表的な佐伯祐三を取り上げ,ジャン・フォートリエとの類似点について述べた.最後に主に神経科学の視点から精神疾患,特に統合失調症を持つ人のアール・ブリュットにおける創造性について,遺伝的要因や脳機能の変調,精神疾患と創造性の相互作用といった観点から考察した.アール・ブリュットは「ぶるっと」くる体験をもたらす芸術そのものであるが,精神医療の観点からは,作品を創造することに伴うアートセラピーが精神疾患を持つ人の治療・ケア・福祉において二次的に重要な意味を持ってくる.精神医療と芸術の関係は未知の部分も多いが,今後の発展が大いに期待されている.

◆フランツ・ヨーゼフ・ハイドンと皮質下性脳血管疾患 髙尾 昌樹 先生
フランツ・ヨーゼフ・ハイドンは1700年代後半の音楽家である.一部の研究者によりハイドンが皮質下性の脳血管疾患であったという推察がある.こういった解釈は,残された伝記的な記載などから検討されたもので,あながち間違ってもいないのであろう.しかし,77歳という高齢で死亡したことを考慮すれば,現在言われている複数の脳病理学的変化を伴っていても不思議ではないし,むしろその可能性が高いように思われる.偉人というものは死後200年経っても,持病が何だったか興味を持たれるのだから安らかな眠りというわけにもいかない.

◆グールド・漱石・神経心理学—非人情の脳内機構再考 河村 満 先生
グレン・グールドはカナダのピアニストで,コンサート・ドロップアウトとして知られているが,録音に残された演奏は現在でも高い評価を得ている.グールドが夏目漱石の『草枕』を愛読していたのは有名で,その理由は漱石の「非人情」に対する共感である.本稿では,グールドと漱石の共通感覚・生きる姿勢である非人情の背景にある知・情・意の脳内機構について神経心理学的に考察した以前の筆者自身の論稿を再度掘り下げた.

◆岡本太郎とパーキンソン病 長田 高志 先生
芸術家,岡本太郎は,パーキンソン病を患っていた.パーキンソン病に関連した顔のパレイドリアは,「顔のグラス」の発想につながった.色覚障害,コントラスト感度の低下は,絵画の色彩に影響を与え,絵画から陶芸,彫刻などへ創作活動の中心をシフトさせた.彼の創造性に抗パーキンソン病薬が与えた影響を検討した.また,彼の死因である急性呼吸不全の原因についても考察を行った.




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2匹の蛇には重要な意味がある!@「アスクレピオスの杖」の酒杯

2024年11月17日 | 医学と医療
【幸兵衛窯七代加藤幸兵衛氏からの質問】
最初の写真は1ヶ月ほど前に注文した酒杯です.木箱の箱書きが完成して,手元に届きました.先月,岐阜県の東濃地方で作られている焼き物である美濃焼を見学するため,多治見市の「幸兵衛窯」を訪問しました.1804年,初代加藤幸兵衛により,美濃国市之倉郷にて開窯され,間もなく江戸城本丸,西御丸へ染付食器を納める御用窯となった名門です.現在の当主は七代加藤幸兵衛氏です.



いろいろな焼き物を拝見したあと,酒器のコーナーで,蛇の絵柄の酒杯を見つけました.すぐに「アスクレピオスの杖」だと気づきました.高価なので迷いましたが,私は臨床実習の学生に「アスクレピオスの杖」をいつも講義しているので,これもきっと縁だと思い購入しました.お店のかたに「もしかしたらお医者さんですか?」と尋ねられ,「はい,そうです」とお返事したところ,驚いたことに七代加藤幸兵衛氏を呼んでくださいました.それから自己紹介して,しばらく「アスクレピオスの杖」について意見交換をしました.その際に「なぜ蛇なのでしょうか?」というご質問をいただきました.また蛇2匹のバージョンもあるとお話したところ,「かなり調べましたが,2本のものは見たことはありません.おかしいなあ」という話になりました.



これらの質問に対し,きちんと回答ができませんでしたので,調べて七代幸兵衛氏にお手紙を書きました.その内容を以下にまとめてみたいと思います.

【なぜ蛇なのか?】
これは,古代ギリシャの名医であるアスクレピオスが患者を診察している時,彼を驚かせた蛇を杖で殺してしまいますが,他の蛇が,死んだ蛇の口に魔法の薬草を入れて蘇らせます.この力に感動した彼は杖に巻きついた一匹の蛇をシンボルとしたそうです.

アスクレピオスはもともと人間として生まれましたが,その医療技術があまりにも優れていたため,死者を蘇らせることまでできるようになったとされています.しかしこの行為により,人間の自然な生死の循環を脅かす存在とみなされ,ゼウスの怒りを買い,雷で彼は打ち倒されてしまいました.ただしアスクレピオスの医療への献身と功績が評価され,後に彼は神格化されました.

つぎに蛇と杖の解釈です.まず蛇についてです.医師であった下界(人間)のアスクレピオスも,医神になったアスクレピオスも,共に蛇を携えています.つまり蛇は医師も医神も行う「医術」を意味すると考えられています.

次に杖です.人間のアスクレピオスは杖を持っていますが,神となったアスクレピオスは杖を持っていません.人間は過ちを犯し,神は犯さない,つまり下界の身に必要で天空の神には不必要なもの,それは「医の倫理」と一般に考えられています.余談ですが,日本医師会のマークは図1の通り,他のマークでは必ず杖も一緒に描かれているのに,蛇だけであり,「医の倫理」を必要ないもの,あるいはそれほど重要でないものと考えているのでは?という批判もあります.

【蛇は1匹か,2匹か?】
アスクレピオスの杖の蛇は1匹のものと,2匹のものがあります.インターネットで画像検索をしたところ,確かに1匹のものが多いようです.有名な図柄として世界保健機構WHO(図2左)や米国医師会(図2中)のものがありました.



一方,古来より2匹の蛇が絡みつくデザインも存在しています(図2右).この2匹の蛇が絡む杖は,ギリシャ神話のヘルメス神の持ち物の杖「カドゥケウス」として知られ,平和・医術・医学・医師・商業・発明・雄弁・旅・錬金術など幅広い意味を持つようです.Wikipediaによると「アスクレピオスの杖とカドゥケウスはデザインがよく似ているが,両者は別のものである.ただ,二者の混同は欧米においてもしばしば見られる」と書かれています.カドゥケウスは杖に翼が付いているため装飾性が高く,アスクレピオスの杖として誤用された例があるようです.

【もう一つの蛇2匹のアスクレピオスの杖の意義】
ただ「蛇2匹のアスクレピオスの杖」には単なる誤用ではなく,古来から蛇2匹バージョンもあったようです!!

図3左は,あちこち調べて見つけた医神ヒポクラテスに関連する古い医学書の表紙ですが,杖に絡みついた2匹の蛇が描かれています.上部に「HIPPOCRATIS COI MEDICI」と書かれており,これは「コスの医師ヒポクラテス」を意味します.またラテン語やギリシャ語の記述があることから,16世紀ごろの医療文献であることが伺えます.



さらに図3右は,カナダのマギル大学で,全人的医療の権威であるTom A. Hutchinson教授の講義を受けた際の 1コマで,私が医学生の教育の際に使用しているスライドなのですが,アスクレピオスの杖として図のデザインが紹介されていました.教授は「杖は医師を意味し,白蛇は知識,黒蛇は知恵を意味する.言い換えると白蛇は治療であり,黒蛇は癒やしである」とおっしゃっていました.つまり医療には2面性があり,知識や治療だけではだめで,患者さんを癒やす知恵が必要である,そのための人間としての成長が必要であるというお話をされていました.

まとめると,蛇は医術,杖は医療倫理,蛇は1匹,2匹,いずれのバージョンがあるものの,2匹バージョンは医療の2面性を表しているということになります.

七代幸兵衛氏へのお手紙には,素晴らしい酒器に巡り会えたことへのお礼と「アスクレピオスの杖」について深く考える機会をいただいたことへの感謝を書かせていただきました.

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「計算づく」ではなく「情熱をほとばしらせた生き方」を@「医師こそリベラルアーツ!」連載第7回

2024年11月15日 | 医学と医療
「医師こそリベラルアーツ!」の連載第7回が,日経メディカル「Cadetto.jp」にて公開されました.いままで岐阜大学にて30回のリベラルアーツ研究会を開催しましたが,各回で行なった私のミニレクチャーを紙面で再現する企画です.

今回は「芸術」をテーマにしました.医学は日々,科学や合理性が求められますが,このような理系の職業においても芸術の視点が重要だと思います.とくに研究はゼロから新しい物事を生み出す創造力が必要であり,その原動力になるのは「何か新しいものを生み出したい」という情熱です.この情熱こそが芸術と結びついています.芸術は観察力を高め,既成の概念を疑い,新しい視点で物事を捉える力であるためです.

私が今回取り上げたいのは,日本を代表する芸術家である岡本太郎氏の生き方と思想です.彼の著書である『今日の芸術』『自分の中に毒を持て』を読むと,情熱的な生き方とその根底にある考え方が強く伝わってきます.「芸術は爆発だ」が有名ですが,この言葉は単なるフレーズ以上の意味を持っています.彼にとっての「爆発」は,瞬間ごとに情熱を解き放つ生き方そのものであり,人間として最も強烈に生きることこそが芸術だと考えていました.私は彼の作品と著作を通じて,このような情熱的な生き方に共感を覚えました.



また,彼は「積み重ねる生き方ではなく,積み減らすべきだ」と述べています.これは,知識や財産を蓄えることで自由が失われ,過去に縛られてしまう危険性を指摘した言葉だと私は受け取りました.むしろ,毎日新しいことに挑戦し,自分を新しく生まれ変わらせることが「本当に生きる」ことにつながるのだと彼は考えていたようです.私の座右の銘は會津八一の「日々真面目あるべし」ですが,日々新しいことに挑み,常に変化を恐れない姿勢を心がけたいと思っています.

次回第8回は,三木清の『人生論ノート』を取り上げ,哲学的な視点から人間の本質を探ることを通して,さらに深い自己理解を目指していきたいと思います.

【過去に取り上げた本とタイトル】
第1回 なぜ、“医師こそ”リベラルアーツなのか?
第2回 『リベラルアーツの学び方』『死ぬほど読書』 - 「ササラ型」の知識取得のために
第3回 『たかが英語!』 - 英語は伝える手段、完璧でなくてよいのです
第4回 『夜と霧』 - 逃げたくなる「悩み」を成長のきっかけに
第5回 『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』 - 幸せになるために必要な「利他の心」とは
第6回 『ホモ・デウス』『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』 - AI時代を生き抜くための5つの力
第7回 『今日の芸術』『自分の中に毒を持て』 - 「計算づく」ではなく「情熱をほとばしらせた生き方」を


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