Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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哲学を通した「幸せ」の追求を@「医師こそリベラルアーツ!」連載第8回

2024年12月27日 | 医学と医療
「医師こそリベラルアーツ!」の連載第8回が,日経メディカル「Cadetto.jp」にて公開されました(https://tinyurl.com/26a33w8e).いままで岐阜大学にて31回のリベラルアーツ研究会を開催しましたが,各回で行なった私のミニレクチャーを紙面で再現する企画です.

医師はその忙しさから,自分自身の人生や「幸せ」について深く考える機会を失いがちです.しかしそのような中でも,哲学を学ぶことによって,生きる意味や幸せとは何かを問い直すことは,患者さんを理解し,自身の医療者としての役割を再確認する上でも役に立ちます.今回は,日本を代表する哲学者・三木清の著書『人生論ノート』を課題図書とし,医療者が「幸せ」を追求する意義を考えてみました.

三木清(1897-1945)の『人生論ノート』は,死,虚栄,孤独,嫉妬,成功など,誰もが一度は悩む人生のテーマを取り上げたエッセイ集であり,戦時下の厳しい言論弾圧の中で執筆されました.本書では,「幸福」を中心テーマに据え,個人の幸せが社会にとっていかに重要であるかを強調しています.三木清は,「成功」と「幸福」は異なるものであると説いています.成功は外部の評価や条件に左右される一方で,幸福は内面的な充実や自己の価値観に基づくものであり,自らの生き方次第で得られるものです.幸福を追求することなく成功ばかりを追い求めると,他者や社会にコントロールされる危険性があると警鐘を鳴らしています.



三木清の考えをさらに深めるため,19世紀の哲学者たちによる「三大幸福論」にも触れました.スイスのカール・ヒルティは「不幸を経験することで得られる使命感」が幸福につながると述べ,フランスのアランは「楽観的に行動することの重要性」を説きました.また,イギリスのバートランド・ラッセルは「他者や社会とのつながりが幸福に欠かせない」とし,人生の目的と仕事の一致を幸福の条件として挙げています.皆さんの「幸せ」とは何でしょうか.一度,哲学的な視点から考えてみてはいかがでしょうか.



次回は,隠岐さや香著『文系と理系はなぜ分かれたのか』を題材に,理系の人々にも必要な「文系とアートの力」について考察したいと思います.

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AIモデルに「認知機能検査」をして分かったその弱点@BMJクリスマス論文より

2024年12月24日 | 医学と医療
世界五大医学誌の一つBMJ誌は,毎年,クリスマスの時期になるとイグノーベル賞を凌駕するような面白論文の特集号を公開します.今年の原著論文は4つで,変形性手関節症患者の手指機能に対する電気加熱ミトンの効果を調べた論文や,タクシー運転手と救急車運転手におけるアルツハイマー病による死亡率を分析した論文などが報告されていますが,個人的に面白かったのは,今年急速に広まった大規模言語モデルであるChatGPT(OpenAI開発),Claude(Anthropic開発),そしてGemini(Alphabet開発)の「認知機能」を人間と同じようにテストした研究です.エルサレムにあるハダサ医療センターの脳神経内科チームが中心に行ったものです.

施行したのは軽度認知障害(MCI)の診断のために作られた「MoCA(Montreal Cognitive Assessment)」という認知機能検査です.視空間・遂行機能,命名,記憶,注意力,復唱,語想起,抽象概念,遅延再生,見当識などを評価します.所要時間は約10分です.

さて結果ですが,ChatGPT 4oが最高スコアの26点を獲得し,ClaudeとChatGPT 4が25点,Gemini 1.5が22点,そしてGemini 1.0が16点という結果でした.MoCAテストの基準では30点中26点以上が正常範囲とされるため,大半のモデルが軽度認知障害(MCI)に該当するスコアであることが分かりました(図1).



とくに興味深いのは,抽象化や言語課題など,テキストベースの領域では高い成績を収めた一方,すべてのモデルが視空間および遂行機能において低いパフォーマンスを示したことです.例えば,図2は視覚的な注意機能を評価するトレイル・メイキングB課題(経路描画課題)を行っていますがいずれも不正解です.立方体の模写もかなり苦戦しています.ChatGPT 4oはASCIIアートを用いることで正確な図を描くことに成功しています.



印象的なのは図3の時計描画タスクで,数字を正しく配置できなかったり,時刻を正確に示せなかったりと,人間の認知症患者に似たエラーが見られました.ChatGPT 4oは写真のように美しい時計を描きましたが,針の位置を間違えました.Gemini 1.5が描いた時計(E)を著者は「アボカドのような形」と評していますが,ユニークで笑いを誘う一方,アルツハイマー病患者の特徴的な描画に類似しています.AIの課題を浮き彫りにするものです.



以上の結果は,AIが医療分野でどの程度人間の役割を代替できるのかを考える上で重要な示唆を与えます. 大規模言語モデルは高度な認知能力を持ちながらも,視空間認知や遂行機能において人間の医師を完全に代替するには至らないことを示しています.医療分野におけるAIの活用が急速に進む中,AIにはなかなか敵わないという雰囲気があったので,まだまだ人間も捨てたものではないという気持ちになりましたが, AIのこの弱点も早晩,改良されそうな気もしています.
Dayan R, Uliel B, Koplewitz G. Age against the machine-susceptibility of large language models to cognitive impairment: cross sectional analysis. BMJ. 2024 Dec 19;387:e081948.(doi.org/10.1136/bmj-2024-081948

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ダークチョコレートを食べて2型糖尿病を予防しよう!

2024年12月18日 | 医学と医療
世界最高峰の医学誌の一つBMJ誌のクリスマス号は,毎年,面白論文を掲載することで知られています.そろそろ掲載されたかなとHPを眺めたところ,まだ早かったようですが,これはクリスマス号の論文かしら?と思ってしまうような論文が掲載されていました.チョコレート摂取と2型糖尿病のリスクを検討した研究で,ハーバード大学と上海の研究者たちによって行われたものです.糖尿病は脳神経疾患と密接な関連があるので読んでみました.

研究では 3つのアメリカの大規模前向きコホートデータが使用されました.これらのデータには,看護師や医療従事者約19万人の健康情報が含まれており,30年以上にわたる追跡調査が行われています.このなかには研究開始時点で糖尿病,心血管疾患,がんの診断を受けていない人が含まれています.そして,ダークチョコレート,ミルクチョコレート,そして総チョコレート摂取が2型糖尿病リスクに及ぼす影響を分析しています.主要評価項目は自己申告による2型糖尿病の発症で,質問票により診断を確認しています.体重変化も評価しました.

さて結果ですが,週5回以上のチョコレート摂取は,ほとんど摂取しない場合と比べて2型糖尿病リスクを10%低下させることが分かりました(ハザード比0.90; 95% CI: 0.83-0.98, P値=0.07).さらに,ダークチョコレートを週5回以上摂取した場合,2型糖尿病リスクが21%も低下していました(ハザード比0.79; 95% CI: 0.66-0.95, P値=0.006).線形回帰解析により,週1回の摂取増加ごとに2型糖尿病リスクが3%減少することが示されました(図は1週間におけるチョコレート摂取回数とハザード比の関連を示しています).一方,ミルクチョコレートの摂取は,2型糖尿病リスクとの有意な関連は認めませんでしたが,体重増加と関連していました(体重変化のハザード比1.05; 95% CI: 1.02-1.08).ダークチョコレート摂取は体重増加と関連しませんでした.



結論として,ダークチョコレートは2型糖尿病リスクの低下に寄与する一方,ミルクチョコレートは無効で,体重増加を引き起こす可能性が示唆されました.この結果は,チョコレートの種類による成分の違い,つまり強い抗酸化作用を持つフラボノールの豊富さや砂糖・脂肪の含有量,カロリーの違いが影響していることを示唆しています.今後,ランダム化比較試験を通じて因果関係をさらに検証し,具体的なメカニズムを解明することで創薬につながることが期待されます.
Liu B, et al. Chocolate intake and risk of type 2 diabetes: prospective cohort studies. BMJ. 2024 Dec 4;387:e078386.(doi.org/10.1136/bmj-2023-078386

追記:①ダークチョコレートはカカオ含有量45%以上(50~80%)で,ミルクチョコレートは約35%,フラボノールのフラバン-3-オールはダークで平均3.65 mg/g,ミルクは5分の1以下(平均0.69 mg/g)で,砂糖含有量が高い,と本文に書かれています.
②1食分は28gで,ガーナチョコレートにするとおよそ1/2枚ぐらいのようです.

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神経学者としてのレオナルド・ダ・ヴィンチ@「芸術家と神経学Ⅱ」(医学書院Brain Nerve誌)

2024年12月12日 | 医学と医療
普段とは異なる神経学の一面を楽しんでいただくために開始したクリスマス特集も,本年で4回目を迎えました.今回は初回の2021年12月号に特集した「芸術家と神経学」の続編をお届けします(Amazonへのリンク https://amzn.to/4gucURv).

私はレオナルド・ダ・ヴィンチの神経学者としての側面と彼の病跡学(人生や活動における疾病の意義)について執筆しました.彼の行なった神経学の研究を調べてみると「脳室の研究」や「魂の在り処の追求」など膨大で,その貢献はとても大きいです.また病跡学については,彼が晩年に絵を描けなくなった理由や,死因についても考察しました.以下,各執筆者のタイトルと抄録です.どの論文も非常に面白いです.クリスマスに神経学の魅力を味わっていただければと思います.



◆シューマンと神経梅毒 神田 隆 先生
ベルト・シューマン(1810-1856)は梅毒に罹患していた可能性の高い大作曲家の1人として有名な存在である.梅毒罹患は当時にあっても名誉なことではなく,シューマンの信奉者を中心に感染そのものを否定,または,感染の可能性を示す証拠を隠滅する動きがあって,いまだに確固たる証拠が示されたわけではない.しかし,死後130年を経て明らかになった精神病院入院中の記録などから,現時点では彼の梅毒感染はほぼ確実なことと見なされている.この小論の目的は,シューマンの音楽を愛する一愛好家として,梅毒感染から進行麻痺発症まで,この感染症がシューマンの創作活動にどのように影響を与えたかを考察することにある.

◆ベートーヴェンの病跡と芸術Ⅱ 酒井 邦嘉 先生
音楽家ベートーヴェンは進行性の難聴と腹痛を患ったが,どちらの症状も鉛中毒によって説明できる.Beggら(2023)はゲノム解析により,5房の毛髪がベートーヴェンの真正な遺髪であると認定して,彼の重い肝臓病の原因を解明した.またRifaiら(2024)は,真正な毛髪の房から異常に高い濃度の鉛を検出した.これらの新たな証拠により,ベートーヴェンを悩ませた病の原因は鉛中毒であったと結論できる.

◆神経学者としてのレオナルド・ダ・ヴィンチ 下畑 享良
レオナルド・ダ・ヴィンチは万能の画家であるが,医学,特に脳の研究にも情熱を傾けた.脳室を詳細に研究し,魂の在り処を追求した.彼に関する病跡学では,鏡文字の使用や注意欠如多動症と考えられることが注目され,非凡な創造性と仕事を完遂できない性格に寄与した可能性が議論されている.彼の死因は脳卒中と考えられているが,晩年に絵画を描けなくなった右上肢麻痺の原因としては尺骨ないし正中神経麻痺が推測されている.



◆脳科学の視点で読むカフカと孤独と創造性 虫明 元 先生
フランツ・カフカは現在のチェコ出身の小説家で,現代世界文学を象徴する人物の一人とされ,今年でちょうど没後100年である.彼は多くの作品を遺し,それらは100年以上前の作品であっても,現代社会を予見するかのような先見性を示し,非人間的な巨大システムの中で翻弄される個人を,独創的で非日常的な設定と極めて写実的な表現を用いて描いている.そのようなカフカの独創性と孤独な内面性の関係を,脳科学的に考察した.

◆アール・ブリュットと精神の変調 三村 將 先生
アール・ブリュット Art Brutの概念,提唱者であるジャン・デュビュッフェの考え,やや独自な展開を遂げてきた日本でのアール・ブリュットに関する取組み,日本の精神医学界におけるアール・ブリュットの話題について触れた.アール・ブリュットは精神障害者アートに限定されるものではない.アール・ブリュットは既存の文化や潮流に影響されない「生の」独創的なアートであり,実際にはその作品の多くに精神医学的背景が見出されるという点を強調した.さらに,アール・ブリュットの画家として代表的な佐伯祐三を取り上げ,ジャン・フォートリエとの類似点について述べた.最後に主に神経科学の視点から精神疾患,特に統合失調症を持つ人のアール・ブリュットにおける創造性について,遺伝的要因や脳機能の変調,精神疾患と創造性の相互作用といった観点から考察した.アール・ブリュットは「ぶるっと」くる体験をもたらす芸術そのものであるが,精神医療の観点からは,作品を創造することに伴うアートセラピーが精神疾患を持つ人の治療・ケア・福祉において二次的に重要な意味を持ってくる.精神医療と芸術の関係は未知の部分も多いが,今後の発展が大いに期待されている.

◆フランツ・ヨーゼフ・ハイドンと皮質下性脳血管疾患 髙尾 昌樹 先生
フランツ・ヨーゼフ・ハイドンは1700年代後半の音楽家である.一部の研究者によりハイドンが皮質下性の脳血管疾患であったという推察がある.こういった解釈は,残された伝記的な記載などから検討されたもので,あながち間違ってもいないのであろう.しかし,77歳という高齢で死亡したことを考慮すれば,現在言われている複数の脳病理学的変化を伴っていても不思議ではないし,むしろその可能性が高いように思われる.偉人というものは死後200年経っても,持病が何だったか興味を持たれるのだから安らかな眠りというわけにもいかない.

◆グールド・漱石・神経心理学—非人情の脳内機構再考 河村 満 先生
グレン・グールドはカナダのピアニストで,コンサート・ドロップアウトとして知られているが,録音に残された演奏は現在でも高い評価を得ている.グールドが夏目漱石の『草枕』を愛読していたのは有名で,その理由は漱石の「非人情」に対する共感である.本稿では,グールドと漱石の共通感覚・生きる姿勢である非人情の背景にある知・情・意の脳内機構について神経心理学的に考察した以前の筆者自身の論稿を再度掘り下げた.

◆岡本太郎とパーキンソン病 長田 高志 先生
芸術家,岡本太郎は,パーキンソン病を患っていた.パーキンソン病に関連した顔のパレイドリアは,「顔のグラス」の発想につながった.色覚障害,コントラスト感度の低下は,絵画の色彩に影響を与え,絵画から陶芸,彫刻などへ創作活動の中心をシフトさせた.彼の創造性に抗パーキンソン病薬が与えた影響を検討した.また,彼の死因である急性呼吸不全の原因についても考察を行った.




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2匹の蛇には重要な意味がある!@「アスクレピオスの杖」の酒杯

2024年11月17日 | 医学と医療
【幸兵衛窯七代加藤幸兵衛氏からの質問】
最初の写真は1ヶ月ほど前に注文した酒杯です.木箱の箱書きが完成して,手元に届きました.先月,岐阜県の東濃地方で作られている焼き物である美濃焼を見学するため,多治見市の「幸兵衛窯」を訪問しました.1804年,初代加藤幸兵衛により,美濃国市之倉郷にて開窯され,間もなく江戸城本丸,西御丸へ染付食器を納める御用窯となった名門です.現在の当主は七代加藤幸兵衛氏です.



いろいろな焼き物を拝見したあと,酒器のコーナーで,蛇の絵柄の酒杯を見つけました.すぐに「アスクレピオスの杖」だと気づきました.高価なので迷いましたが,私は臨床実習の学生に「アスクレピオスの杖」をいつも講義しているので,これもきっと縁だと思い購入しました.お店のかたに「もしかしたらお医者さんですか?」と尋ねられ,「はい,そうです」とお返事したところ,驚いたことに七代加藤幸兵衛氏を呼んでくださいました.それから自己紹介して,しばらく「アスクレピオスの杖」について意見交換をしました.その際に「なぜ蛇なのでしょうか?」というご質問をいただきました.また蛇2匹のバージョンもあるとお話したところ,「かなり調べましたが,2本のものは見たことはありません.おかしいなあ」という話になりました.



これらの質問に対し,きちんと回答ができませんでしたので,調べて七代幸兵衛氏にお手紙を書きました.その内容を以下にまとめてみたいと思います.

【なぜ蛇なのか?】
これは,古代ギリシャの名医であるアスクレピオスが患者を診察している時,彼を驚かせた蛇を杖で殺してしまいますが,他の蛇が,死んだ蛇の口に魔法の薬草を入れて蘇らせます.この力に感動した彼は杖に巻きついた一匹の蛇をシンボルとしたそうです.

アスクレピオスはもともと人間として生まれましたが,その医療技術があまりにも優れていたため,死者を蘇らせることまでできるようになったとされています.しかしこの行為により,人間の自然な生死の循環を脅かす存在とみなされ,ゼウスの怒りを買い,雷で彼は打ち倒されてしまいました.ただしアスクレピオスの医療への献身と功績が評価され,後に彼は神格化されました.

つぎに蛇と杖の解釈です.まず蛇についてです.医師であった下界(人間)のアスクレピオスも,医神になったアスクレピオスも,共に蛇を携えています.つまり蛇は医師も医神も行う「医術」を意味すると考えられています.

次に杖です.人間のアスクレピオスは杖を持っていますが,神となったアスクレピオスは杖を持っていません.人間は過ちを犯し,神は犯さない,つまり下界の身に必要で天空の神には不必要なもの,それは「医の倫理」と一般に考えられています.余談ですが,日本医師会のマークは図1の通り,他のマークでは必ず杖も一緒に描かれているのに,蛇だけであり,「医の倫理」を必要ないもの,あるいはそれほど重要でないものと考えているのでは?という批判もあります.

【蛇は1匹か,2匹か?】
アスクレピオスの杖の蛇は1匹のものと,2匹のものがあります.インターネットで画像検索をしたところ,確かに1匹のものが多いようです.有名な図柄として世界保健機構WHO(図2左)や米国医師会(図2中)のものがありました.



一方,古来より2匹の蛇が絡みつくデザインも存在しています(図2右).この2匹の蛇が絡む杖は,ギリシャ神話のヘルメス神の持ち物の杖「カドゥケウス」として知られ,平和・医術・医学・医師・商業・発明・雄弁・旅・錬金術など幅広い意味を持つようです.Wikipediaによると「アスクレピオスの杖とカドゥケウスはデザインがよく似ているが,両者は別のものである.ただ,二者の混同は欧米においてもしばしば見られる」と書かれています.カドゥケウスは杖に翼が付いているため装飾性が高く,アスクレピオスの杖として誤用された例があるようです.

【もう一つの蛇2匹のアスクレピオスの杖の意義】
ただ「蛇2匹のアスクレピオスの杖」には単なる誤用ではなく,古来から蛇2匹バージョンもあったようです!!

図3左は,あちこち調べて見つけた医神ヒポクラテスに関連する古い医学書の表紙ですが,杖に絡みついた2匹の蛇が描かれています.上部に「HIPPOCRATIS COI MEDICI」と書かれており,これは「コスの医師ヒポクラテス」を意味します.またラテン語やギリシャ語の記述があることから,16世紀ごろの医療文献であることが伺えます.



さらに図3右は,カナダのマギル大学で,全人的医療の権威であるTom A. Hutchinson教授の講義を受けた際の 1コマで,私が医学生の教育の際に使用しているスライドなのですが,アスクレピオスの杖として図のデザインが紹介されていました.教授は「杖は医師を意味し,白蛇は知識,黒蛇は知恵を意味する.言い換えると白蛇は治療であり,黒蛇は癒やしである」とおっしゃっていました.つまり医療には2面性があり,知識や治療だけではだめで,患者さんを癒やす知恵が必要である,そのための人間としての成長が必要であるというお話をされていました.

まとめると,蛇は医術,杖は医療倫理,蛇は1匹,2匹,いずれのバージョンがあるものの,2匹バージョンは医療の2面性を表しているということになります.

七代幸兵衛氏へのお手紙には,素晴らしい酒器に巡り会えたことへのお礼と「アスクレピオスの杖」について深く考える機会をいただいたことへの感謝を書かせていただきました.

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「計算づく」ではなく「情熱をほとばしらせた生き方」を@「医師こそリベラルアーツ!」連載第7回

2024年11月15日 | 医学と医療
「医師こそリベラルアーツ!」の連載第7回が,日経メディカル「Cadetto.jp」にて公開されました.いままで岐阜大学にて30回のリベラルアーツ研究会を開催しましたが,各回で行なった私のミニレクチャーを紙面で再現する企画です.

今回は「芸術」をテーマにしました.医学は日々,科学や合理性が求められますが,このような理系の職業においても芸術の視点が重要だと思います.とくに研究はゼロから新しい物事を生み出す創造力が必要であり,その原動力になるのは「何か新しいものを生み出したい」という情熱です.この情熱こそが芸術と結びついています.芸術は観察力を高め,既成の概念を疑い,新しい視点で物事を捉える力であるためです.

私が今回取り上げたいのは,日本を代表する芸術家である岡本太郎氏の生き方と思想です.彼の著書である『今日の芸術』『自分の中に毒を持て』を読むと,情熱的な生き方とその根底にある考え方が強く伝わってきます.「芸術は爆発だ」が有名ですが,この言葉は単なるフレーズ以上の意味を持っています.彼にとっての「爆発」は,瞬間ごとに情熱を解き放つ生き方そのものであり,人間として最も強烈に生きることこそが芸術だと考えていました.私は彼の作品と著作を通じて,このような情熱的な生き方に共感を覚えました.



また,彼は「積み重ねる生き方ではなく,積み減らすべきだ」と述べています.これは,知識や財産を蓄えることで自由が失われ,過去に縛られてしまう危険性を指摘した言葉だと私は受け取りました.むしろ,毎日新しいことに挑戦し,自分を新しく生まれ変わらせることが「本当に生きる」ことにつながるのだと彼は考えていたようです.私の座右の銘は會津八一の「日々真面目あるべし」ですが,日々新しいことに挑み,常に変化を恐れない姿勢を心がけたいと思っています.

次回第8回は,三木清の『人生論ノート』を取り上げ,哲学的な視点から人間の本質を探ることを通して,さらに深い自己理解を目指していきたいと思います.

【過去に取り上げた本とタイトル】
第1回 なぜ、“医師こそ”リベラルアーツなのか?
第2回 『リベラルアーツの学び方』『死ぬほど読書』 - 「ササラ型」の知識取得のために
第3回 『たかが英語!』 - 英語は伝える手段、完璧でなくてよいのです
第4回 『夜と霧』 - 逃げたくなる「悩み」を成長のきっかけに
第5回 『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』 - 幸せになるために必要な「利他の心」とは
第6回 『ホモ・デウス』『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』 - AI時代を生き抜くための5つの力
第7回 『今日の芸術』『自分の中に毒を持て』 - 「計算づく」ではなく「情熱をほとばしらせた生き方」を


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岐阜大学脳神経内科における7年間の医学教育

2024年11月06日 | 医学と医療
私の母校,新潟大学の同窓会誌「学士会報」よりご依頼をいただき,標題の原稿を執筆しました.SNSでの転載許可をいただきました.もしよろしければご覧ください.

1.はじめに
学外特別寄稿の原稿依頼を頂戴しました.何を書いたらよいか迷いましたが,執筆テーマ例のひとつに医学教育がありました.私にとって最も重要なテーマのひとつです.着任後の7年間でどのように取り組んできたかをまとめておくことに意義があると考え執筆させていただきます.

2.岐阜における脳神経内科事情と3つの教育方針
私は岐阜大学脳神経内科の2代目教授として着任しました.前任の犬塚貴先生は大変なご苦労をされて基礎を築かれ,そして現在も暖かく見守ってくださっています.岐阜県は,古くからの脳神経内科の歴史をもつ新潟県と異なり,人口当たりの神経内科専門医数が私の赴任時,全国で一番少ない県で,脳神経内科を取り巻く状況はかなり異なりました.私は教室の一番の目標を「人材を育成すること」に決めました.そして教室の大方針として以下の3つを掲げました.

①意識して人を育てる
②臨床・研究は,患者さんや世の中の役に立つことをつねに念頭に置く
③リーダーシップを学び,レジリエンスを高め,チームの一員として考えて活動する


以下,医学生と研修医・専攻医に分けて,取り組んだ教育についてまとめます.

3.4~5年生の臨床実習
3つの特色があります.①担当患者に関する「問い」を自らつくり,答えを導き出すトレーニングをすること,②倫理感・道徳観を養う機会を提供すること,③若手医師もレクチャーを担当することです.①は2週間の実習中に担当患者のクリニカルクエスチョン(CQ)を自ら2つ作り,それぞれに対する文献を検索して適切なものを探し,答えを導いて担当患者に当てはめ,それを発表してもらうというSackett教授による「EBMの5つのステップ」を経験させることです.学生は与えられた問題を解くことには慣れていますが,自分で問題を探し,結果を出すという経験はほとんどありません.このため学生は四苦八苦しますが,課題をクリアしたあとは充実感あふれる表情で「頑張って良かった」と口を揃えます.②は私の担当ですが,職業倫理,研究倫理,臨床倫理について講義し考えてもらいます.キーワードを挙げると,ヒポクラテスの誓い,扶氏医戒之略,Hallervorden–Spatz病とヘルシンキ宣言,臨床倫理の4原則の衝突,リバタリアン・パターナリズムになります.ヒポクラテスの誓いの話の際には,新潟大学から株分けさせていただいた「ヒポクラテスの木」の話もしています.③は後述しますが,若手医師に「教えることの大切さ」を理解してもらうために行っています.

4.5~6年生の選択実習
5~6年生は主治医チームの一員として行動します.本格的な抄読会をクリアすることが難関です.コロナ禍を機に抄読会は録画し,教室のフェースブックで公開しておりますが,視聴された先生方から「レベルが非常に高い」という感想をたくさんいただきます.私も驚くような発表が少なからずあります.若い人に能力より少し高いハードルを与えると,それを飛び越えて大きく成長しうるのだと実感します.

また学生らしい研究に挑戦することを推奨しています.私が顧問を務める弓道部の学生は,自分たちがなかなか克服できず苦労した「弓道のイップス」を先輩から後輩に引き継いで2篇の論文にまとめました(「臨床神経学」誌に掲載されました).また今年の6年生の1人は自身が臨床実習で担当した症例を,実習終了後の外来にも同席してフォローを続け,その内容を日本神経学会学術大会で発表しました.10名を超える5年生も学会に参加していましたが(写真),彼女が見事に発表する姿を見て,非常に刺激を受けたようでした.熱心に指導した専攻医も立派でした.


図.2024年日本神経学会学術大会に参加した医学生らとともに

5.リベラルアーツ教育
私は若い皆さんに,医学以外のことにも関心を持ってほしいと思います.このため臨床実習の課題として読書をしてもらっています.現在は岩田誠先生著「医(メディシン)って何だろう?(中外医学社)」の感想文を書いてもらっています.彼らが今まで考えたことがないことがたくさん書かれており,大きな刺激を受けるようです.
また2~3ヶ月の1回の頻度ですが,「リベラルアーツ研究会」を開催しています.これは課題図書を読み,意見交換をして,最後に私がミニレクチャーをします.これまで28回開催し,「夜と霧(フランクル)」「人生ノート(三木清)」「南洲翁遺訓(西郷隆盛)」「わたしの信仰(メルケル)」などを読んできました.ピサを食べながらコンパのように楽しくやっていますが,議論の内容はハイレベルで,学生から学ぶことがあります.過去の内容は「日経メディカルcadetto」で連載を開始しましたので,宜しければご一読ください.

6.研修医・専攻医の教育
4つの特色があります.1つ目は毎日,私も参加する朝カンファレンスを行うことです.小さい教室であるため指導医層が少なく,若い学年から多くのことを経験でき力を伸ばせる環境になっています.しかし若いので当然おかしなこともしますので,こまめにチェックし,また報・連・相してもらえる仕組みが必要で,毎日の朝カンファレンスは大切です.この時間は私にとっても重要で,神経診察の連続講義を行ったり,関心を持った論文を紹介したり,先輩としての自分の考えを語ったりしています.

2つ目は研修医・専攻医による「教授?回診」です.当初は私が全例診察をしてそれを見てもらっていましたが,最近は6年生を含む担当医に受け持ち患者さんの回診をしてもらい,みんなでそれを見守ります.かなり緊張すると思いますが,しっかり準備して臨むようです.ただし不適切・不十分であれば途中から私が診察を変わり,どうすればうまく診察できるか見てもらいます.また廊下に出てからフィードバックもします.私の診察が見たいという者もおりますので,難しい症例などは朝カンファレンスのあとに主治医とともに診察をします.

3つ目は研修医・専攻医に医学生の教育を真剣に行ってもらうことです.これは指導することが,自身のレベルを向上することに直結するためです.人に教えるためには,自分がしっかり勉強して,他人に伝えられるレベルにまで言語化する必要があります.2週ごとに入れ替わる医学生のCQをともに考えて答えを出すことで,専攻医も急速に力をつけていきます.学生の実習の感想文も全員で共有します.

最後の特色は症例報告の執筆に全力で取り込んでもらうことです.大方針②の「臨床・研究は,患者さんや世の中の役に立つことをつねに念頭に置く」は,それだけでは具体性がなく,単なるスローガンになりかねません.このため自分のなかで,中間的な数値目標(いわゆるKPI)のひとつを症例報告の数としました.症例報告を書けないと,将来,指導医となったときに困ります.また症例報告を自ら書けるようになり,自分の経験を世の中に向けて発信することの大切さを理解すると,多くの先生はその次のステージ,つまり症例集積研究や原著論文などに自然に挑戦するようになります.先日発表された「臨床神経学」誌の過去5年間の論文掲載数で,当科は4番めに多い投稿数の施設になりました.小さなチームでもやればできると嬉しく思いました.

7.バーンアウトとリーダーシップの教育
大方針③の「リーダーシップを学び,レジリエンスを高め,チームの一員として考えて活動する」は少しあとになって追加しました.バーンアウトする仲間を複数経験したためです.私は日本神経学会の有志とともにバーンアウトに関する複数の研究を行い発表してきましたが,それでもバーンアウトを完全に防ぐことはできず愕然としました.これまでの経験で学んだことは,労働負荷を減らすだけが解決策でなく,各自が自分の仕事を有意義に感じることができるようにすること,そしてたとえ低い負荷でもバーンアウトしうる特性を抱えた医師がいることを理解し,サポートの仕方を考えることです.つまりリーダーがバーンアウトについて学ぶことが求められます.しばしば「どんな対策を行ってますか?」と質問されますが,ときどきバーンアウトとリーダーシップのレクチャーすることと,2ヶ月に1回程度,メンバーと個別に面談を行うことと回答しています.個別面談はメンバーの考えや希望を聞けるだけでなく,私が気付かないことや耳が痛いことも聞かせてもらうことができます.リーダーはどうしても自己を正当化して,ときに方向性を誤るため,仲間や後輩にいろいろな意見を遠慮なく言ってもらえる風通しの良い雰囲気を作ることは大切です.

また若手の先生には,入局後の早い段階で,米国神経学会総会への参加を推奨し,旅費もサポートしています.これは世界の研究レベルや英語力を磨く必要性を理解してもらうだけではなく,医師のウェル・ビーイングやリーダーシップに対する先進的な取り組みを知ってもらうために行っています.若い頃からこのようなことに関心をもつ医師が増えてくると,組織の未来は従来と違ったものになるのではないかと思います.また上述したように自分の仕事を有意義なものと感じることができるように,各自が勉強したいと臨むことを極力応援して,自身が持てるスペシャリストとしての領域を作れるよう後押ししています.

8.終わりに
これまで試行錯誤してきた医学教育についてまとめてみました.うまく回り始めた部分がある一方,「治らない患者さんの診療はもうやりたくない」と言って,脳神経内科医の道をやめた医師もおります.その出来事は赴任後,私が一番つらかったことで,自分は彼に何を教えてきたのかと非常に落胆しました.教育はやはり難しいものだと思います.しかし有り難いことに,チームの目標のために自分ができることを自ら考えて行動する仲間もたくさん出てきました.彼らひとりひとりの能力をさらに高め,私自身も彼らともに成長していくこと,そして将来的には新潟大学のような老舗にも負けないチームを作り,人間としても立派な脳神経内科医を岐阜の地に増やすことを目指したいと思います.これからもご指導,ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます.

★当科では専攻医,および大学院生(自己免疫性脳炎,神経変性疾患)を募集中です.お尋ねや見学はこちらよりご連絡ください.

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神経難病のアドバンス ケア プラニング・collaborative decision making

2024年10月29日 | 医学と医療
第12回難病医療ネットワーク学会@弘前のなかでもっとも印象に残った講演は,荻野美恵子先生(国際医療福祉大学)による標題の教育講演でした.取ったメモを教室メンバーに送り,自身のアドバンス ケア プラニング(ACP)のあり方を考えてもらいました.以下,そのなかの要点を5つ書き出しました(私の解釈も含まれているかもしれませんが,ご容赦ください).

1.「延命治療」という言葉には用心する
自分が今後どうなるかほとんど分かっていない状況での「延命治療は嫌だ」という言葉を鵜呑みにしてはいけない.例えば胃ろうは延命治療ではない.その人がその人らしく生きるチャンスを与えるものであり,意味のある時間を持つことができることを理解して頂く必要がある.

2.「治療の自己決定」はそう簡単にできるものではないことを理解する
治療方針は最初からそう簡単に決められるものではない.つまり医師は患者さんの最初の言葉を,そのままそれが最終結論だと受け取ってはいけない.患者さんの考えは振り子のように振れて徐々に収束していくものだ.また本人が自己決定できる(=自己決定能力がある)場合でも,本人ひとりに決めさせるのではなく,必ず本人と医療チームが十分に話し合い,合意形成することが大切である.



3.治療方針はいつでも変えられることを伝える
重要なことは,まだ治療を決めなくて良いときに最終決断させないことである.治療についての選択はいつでも変えることができることを理解いただく必要がある.

4.「もう考えたくない」と言う患者には話を聞きつつ時期が来るのを待つ
例えば「人工呼吸器を装着するかどうか,この問題は考えたくない」とほとんど議論を拒否される場合がある.そのような場合は,患者の話をじっと聞きながらチャンスを待つ.そうすると「ここだ」という時が来る.そのときに例えば人工呼吸器を装着した患者の事例を紹介する.大切なことは装着しなかった場合だけでなく,装着した場合のことも両方知っていただき,そのうえで決断してもらうことである.

5.専門家としての意見を恐れずに伝える
専門家としての意見は,パターナリズムのおしつけではない.「患者さんの希望はこうだから・・・」と言って,専門家が逃げてしまってはいけない.患者さんはプロとしての意見を求めている.おせっかいになってほしい.

朝のカンファレンスの際に,各先生方の感想や意見を述べていただき議論しました.「いままで延命治療という言葉を使っていたが,そのネガティブな影響に気付いた」「人工呼吸器の装着に関する各選択肢の意味を正しく伝えていきたいと思った」「治療の意思決定支援を医療チームとして行っていくことは重要だと思う」「治療の意思決定は入院中だけでなく,むしろ外来における継続したやり取りが大切になる」といった意見が聞かれました.



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岐阜県における難病患者さんの就労相談の現状と取り組みからみえてきた課題

2024年10月28日 | 医学と医療
タイトルは第12回難病医療ネットワーク学会@弘前にて,岐阜大学病院の医療支援課 野口史緒さん,看護部 齊藤麻衣子さんらを中心とするチームが発表した演題です.嬉しいことに最優秀演題賞をいただきました!多くの人にこの取り組みについて知っていただきたいのでご紹介します.キーワードは「超短時間労働」です.

近年,難病患者さんへの就労は重要な問題となっています.とくに神経難病は進行性,再発性であるため就労が難しいのです.また岐阜県は全国と比較して,中小規模事業所や非正規雇用の割合が高く,就労が一層難しいものになっています.このため岐阜県の難病診療連携拠点病院である岐阜大学医学部附属病院が中心となり,治療と仕事の両立支援に関するネットワークの体制構築を目指して,この問題に対する調査と啓発,支援を開始しました.

野口さん,齊藤さんらはまず就労支援の課題を明らかにするため,県内46医療機関における就労相談の現状に関する調査を行いました.結論として就労相談体制はあるものの,7割の医療機関では就労相談の実績はなく,両立支援指導料加算件数は0件でした.相談内容は仕事復帰の不安,復職準備が多く,関係機関との連携はハローワークが最多でした.

啓発に関しては,2022年から岐阜市が行っている「超短時間雇用創出事業」を主たるテーマにした研修会を行いました.これは長時間働くことが難しい人への社会参加・自立を推進するため,週20時間未満という今までにない新しい雇用に取り組むというものです.人手がほしい企業と,超短時間ワーカーをマッチングし,両者にとってメリットのある雇用を創出しようという取り組みです.また研修会後のアンケートから,相談機関とその役割がわかるリーフレットがあると嬉しいという意見があり,2024年度は岐阜県独自の就労支援に関するリーフレットの作成に取り組んでいます.「超短時間雇用」の仕組みがうまく広がっていくと良いなあと思っています.「超短時間雇用創出事業」については以下のリンクをご覧ください.
https://www.city.gifu.lg.jp/kenko/syougaisyafukushi/1015770/index.html





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AI時代を生き抜くための5つの力@「医師こそリベラルアーツ!」連載第6回

2024年09月27日 | 医学と医療
「医師こそリベラルアーツ!」の連載第6回が,日経メディカル「Cadetto.jp」にて公開されました.次週9月30日に,岐阜大学にて行ってきたリベラルアーツ研究会は30回目を迎えますが,各回で行なった私のミニレクチャーを紙面で再現する企画です.

今回の「AI時代を生き抜くための5つの力」では,AI技術がどんどん発展するなか,現代人が身につけるべき能力について考察しました.参考にしたのは,『サピエンス全史』で知られる歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリの『ホモ・デウス』と,人工知能プロジェクトのディレクター新井紀子教授の『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』の2冊です.これらから読み取れる教訓をご紹介しました.

まず,ハラリはAIやバイオテクノロジーが進化することで,人間が自らの能力を向上させる「アップデート」が可能になると予測しています.例えば,寿命延長や知能強化など,人間の限界を超えるような技術が登場し,それにより「ホモ・デウス」(神のような人間)が出現すると指摘しています.同時にこのアップデートを享受できる人とそうでない人の間に大きな格差が生まれるリスクや,技術が進歩することに伴う倫理的な問題も顕在化すると述べています(アミロイドβ抗体療法など,その一端はすでに始まっています).一方,新井は日本の中学生の読解力不足に警鐘を鳴らし,AIに対抗するためには,深い読解力と批判的思考力が必要であると強調しています.

この2冊を通して,私は「AI時代を生き抜くための5つの力」として,以下を挙げました.
1. 批判的な視点で物事を見る力
2. 倫理的な判断力
3. 学び続ける姿勢
4. 共感力
5. 創造力


本文では,これらの能力を養うために必要な読解法・批判的思考の訓練,倫理的思考の磨き方など,私の実践している方法をご紹介しました.また共感力や創造性といった人間特有の能力が,AI時代においてますます重要になると解説しました.



さて次回は創造性を磨くために必要な「芸術(Art)」をテーマにしたいと思います.課題図書は「芸術は爆発だ」の岡本太郎氏による『今日の芸術』(光文社、1999)と『自分の中に毒を持て』(青春出版社、2017)を取り上げます.なお本連載は,医師・医学生限定コンテンツで,医師または医学生の方は,会員登録すると記事全文がお読みいただけるようになります.

過去6回の内容はこちらからご覧いただけます(https://tinyurl.com/239ct6zb).




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