Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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2匹の蛇には重要な意味がある!@「アスクレピオスの杖」の酒杯

2024年11月17日 | 医学と医療
【幸兵衛窯七代加藤幸兵衛氏からの質問】
最初の写真は1ヶ月ほど前に注文した酒杯です.木箱の箱書きが完成して,手元に届きました.先月,岐阜県の東濃地方で作られている焼き物である美濃焼を見学するため,多治見市の「幸兵衛窯」を訪問しました.1804年,初代加藤幸兵衛により,美濃国市之倉郷にて開窯され,間もなく江戸城本丸,西御丸へ染付食器を納める御用窯となった名門です.現在の当主は七代加藤幸兵衛氏です.



いろいろな焼き物を拝見したあと,酒器のコーナーで,蛇の絵柄の酒杯を見つけました.すぐに「アスクレピオスの杖」だと気づきました.高価なので迷いましたが,私は臨床実習の学生に「アスクレピオスの杖」をいつも講義しているので,これもきっと縁だと思い購入しました.お店のかたに「もしかしたらお医者さんですか?」と尋ねられ,「はい,そうです」とお返事したところ,驚いたことに七代加藤幸兵衛氏を呼んでくださいました.それから自己紹介して,しばらく「アスクレピオスの杖」について意見交換をしました.その際に「なぜ蛇なのでしょうか?」というご質問をいただきました.また蛇2匹のバージョンもあるとお話したところ,「かなり調べましたが,2本のものは見たことはありません.おかしいなあ」という話になりました.



これらの質問に対し,きちんと回答ができませんでしたので,調べて七代幸兵衛氏にお手紙を書きました.その内容を以下にまとめてみたいと思います.

【なぜ蛇なのか?】
これは,古代ギリシャの名医であるアスクレピオスが患者を診察している時,彼を驚かせた蛇を杖で殺してしまいますが,他の蛇が,死んだ蛇の口に魔法の薬草を入れて蘇らせます.この力に感動した彼は杖に巻きついた一匹の蛇をシンボルとしたそうです.

アスクレピオスはもともと人間として生まれましたが,その医療技術があまりにも優れていたため,死者を蘇らせることまでできるようになったとされています.しかしこの行為により,人間の自然な生死の循環を脅かす存在とみなされ,ゼウスの怒りを買い,雷で彼は打ち倒されてしまいました.ただしアスクレピオスの医療への献身と功績が評価され,後に彼は神格化されました.

つぎに蛇と杖の解釈です.まず蛇についてです.医師であった下界(人間)のアスクレピオスも,医神になったアスクレピオスも,共に蛇を携えています.つまり蛇は医師も医神も行う「医術」を意味すると考えられています.

次に杖です.人間のアスクレピオスは杖を持っていますが,神となったアスクレピオスは杖を持っていません.人間は過ちを犯し,神は犯さない,つまり下界の身に必要で天空の神には不必要なもの,それは「医の倫理」と一般に考えられています.余談ですが,日本医師会のマークは図1の通り,他のマークでは必ず杖も一緒に描かれているのに,蛇だけであり,「医の倫理」を必要ないもの,あるいはそれほど重要でないものと考えているのでは?という批判もあります.

【蛇は1匹か,2匹か?】
アスクレピオスの杖の蛇は1匹のものと,2匹のものがあります.インターネットで画像検索をしたところ,確かに1匹のものが多いようです.有名な図柄として世界保健機構WHO(図2左)や米国医師会(図2中)のものがありました.



一方,古来より2匹の蛇が絡みつくデザインも存在しています(図2右).この2匹の蛇が絡む杖は,ギリシャ神話のヘルメス神の持ち物の杖「カドゥケウス」として知られ,平和・医術・医学・医師・商業・発明・雄弁・旅・錬金術など幅広い意味を持つようです.Wikipediaによると「アスクレピオスの杖とカドゥケウスはデザインがよく似ているが,両者は別のものである.ただ,二者の混同は欧米においてもしばしば見られる」と書かれています.カドゥケウスは杖に翼が付いているため装飾性が高く,アスクレピオスの杖として誤用された例があるようです.

【もう一つの蛇2匹のアスクレピオスの杖の意義】
ただ「蛇2匹のアスクレピオスの杖」には単なる誤用ではなく,古来から蛇2匹バージョンもあったようです!!

図3左は,あちこち調べて見つけた医神ヒポクラテスに関連する古い医学書の表紙ですが,杖に絡みついた2匹の蛇が描かれています.上部に「HIPPOCRATIS COI MEDICI」と書かれており,これは「コスの医師ヒポクラテス」を意味します.またラテン語やギリシャ語の記述があることから,16世紀ごろの医療文献であることが伺えます.



さらに図3右は,カナダのマギル大学で,全人的医療の権威であるTom A. Hutchinson教授の講義を受けた際の 1コマで,私が医学生の教育の際に使用しているスライドなのですが,アスクレピオスの杖として図のデザインが紹介されていました.教授は「杖は医師を意味し,白蛇は知識,黒蛇は知恵を意味する.言い換えると白蛇は治療であり,黒蛇は癒やしである」とおっしゃっていました.つまり医療には2面性があり,知識や治療だけではだめで,患者さんを癒やす知恵が必要である,そのための人間としての成長が必要であるというお話をされていました.

まとめると,蛇は医術,杖は医療倫理,蛇は1匹,2匹,いずれのバージョンがあるものの,2匹バージョンは医療の2面性を表しているということになります.

七代幸兵衛氏へのお手紙には,素晴らしい酒器に巡り会えたことへのお礼と「アスクレピオスの杖」について深く考える機会をいただいたことへの感謝を書かせていただきました.

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「計算づく」ではなく「情熱をほとばしらせた生き方」を@「医師こそリベラルアーツ!」連載第7回

2024年11月15日 | 医学と医療
「医師こそリベラルアーツ!」の連載第7回が,日経メディカル「Cadetto.jp」にて公開されました.いままで岐阜大学にて30回のリベラルアーツ研究会を開催しましたが,各回で行なった私のミニレクチャーを紙面で再現する企画です.

今回は「芸術」をテーマにしました.医学は日々,科学や合理性が求められますが,このような理系の職業においても芸術の視点が重要だと思います.とくに研究はゼロから新しい物事を生み出す創造力が必要であり,その原動力になるのは「何か新しいものを生み出したい」という情熱です.この情熱こそが芸術と結びついています.芸術は観察力を高め,既成の概念を疑い,新しい視点で物事を捉える力であるためです.

私が今回取り上げたいのは,日本を代表する芸術家である岡本太郎氏の生き方と思想です.彼の著書である『今日の芸術』『自分の中に毒を持て』を読むと,情熱的な生き方とその根底にある考え方が強く伝わってきます.「芸術は爆発だ」が有名ですが,この言葉は単なるフレーズ以上の意味を持っています.彼にとっての「爆発」は,瞬間ごとに情熱を解き放つ生き方そのものであり,人間として最も強烈に生きることこそが芸術だと考えていました.私は彼の作品と著作を通じて,このような情熱的な生き方に共感を覚えました.



また,彼は「積み重ねる生き方ではなく,積み減らすべきだ」と述べています.これは,知識や財産を蓄えることで自由が失われ,過去に縛られてしまう危険性を指摘した言葉だと私は受け取りました.むしろ,毎日新しいことに挑戦し,自分を新しく生まれ変わらせることが「本当に生きる」ことにつながるのだと彼は考えていたようです.私の座右の銘は會津八一の「日々真面目あるべし」ですが,日々新しいことに挑み,常に変化を恐れない姿勢を心がけたいと思っています.

次回第8回は,三木清の『人生論ノート』を取り上げ,哲学的な視点から人間の本質を探ることを通して,さらに深い自己理解を目指していきたいと思います.

【過去に取り上げた本とタイトル】
第1回 なぜ、“医師こそ”リベラルアーツなのか?
第2回 『リベラルアーツの学び方』『死ぬほど読書』 - 「ササラ型」の知識取得のために
第3回 『たかが英語!』 - 英語は伝える手段、完璧でなくてよいのです
第4回 『夜と霧』 - 逃げたくなる「悩み」を成長のきっかけに
第5回 『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』 - 幸せになるために必要な「利他の心」とは
第6回 『ホモ・デウス』『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』 - AI時代を生き抜くための5つの力
第7回 『今日の芸術』『自分の中に毒を持て』 - 「計算づく」ではなく「情熱をほとばしらせた生き方」を


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岐阜大学脳神経内科における7年間の医学教育

2024年11月06日 | 医学と医療
私の母校,新潟大学の同窓会誌「学士会報」よりご依頼をいただき,標題の原稿を執筆しました.SNSでの転載許可をいただきました.もしよろしければご覧ください.

1.はじめに
学外特別寄稿の原稿依頼を頂戴しました.何を書いたらよいか迷いましたが,執筆テーマ例のひとつに医学教育がありました.私にとって最も重要なテーマのひとつです.着任後の7年間でどのように取り組んできたかをまとめておくことに意義があると考え執筆させていただきます.

2.岐阜における脳神経内科事情と3つの教育方針
私は岐阜大学脳神経内科の2代目教授として着任しました.前任の犬塚貴先生は大変なご苦労をされて基礎を築かれ,そして現在も暖かく見守ってくださっています.岐阜県は,古くからの脳神経内科の歴史をもつ新潟県と異なり,人口当たりの神経内科専門医数が私の赴任時,全国で一番少ない県で,脳神経内科を取り巻く状況はかなり異なりました.私は教室の一番の目標を「人材を育成すること」に決めました.そして教室の大方針として以下の3つを掲げました.

①意識して人を育てる
②臨床・研究は,患者さんや世の中の役に立つことをつねに念頭に置く
③リーダーシップを学び,レジリエンスを高め,チームの一員として考えて活動する


以下,医学生と研修医・専攻医に分けて,取り組んだ教育についてまとめます.

3.4~5年生の臨床実習
3つの特色があります.①担当患者に関する「問い」を自らつくり,答えを導き出すトレーニングをすること,②倫理感・道徳観を養う機会を提供すること,③若手医師もレクチャーを担当することです.①は2週間の実習中に担当患者のクリニカルクエスチョン(CQ)を自ら2つ作り,それぞれに対する文献を検索して適切なものを探し,答えを導いて担当患者に当てはめ,それを発表してもらうというSackett教授による「EBMの5つのステップ」を経験させることです.学生は与えられた問題を解くことには慣れていますが,自分で問題を探し,結果を出すという経験はほとんどありません.このため学生は四苦八苦しますが,課題をクリアしたあとは充実感あふれる表情で「頑張って良かった」と口を揃えます.②は私の担当ですが,職業倫理,研究倫理,臨床倫理について講義し考えてもらいます.キーワードを挙げると,ヒポクラテスの誓い,扶氏医戒之略,Hallervorden–Spatz病とヘルシンキ宣言,臨床倫理の4原則の衝突,リバタリアン・パターナリズムになります.ヒポクラテスの誓いの話の際には,新潟大学から株分けさせていただいた「ヒポクラテスの木」の話もしています.③は後述しますが,若手医師に「教えることの大切さ」を理解してもらうために行っています.

4.5~6年生の選択実習
5~6年生は主治医チームの一員として行動します.本格的な抄読会をクリアすることが難関です.コロナ禍を機に抄読会は録画し,教室のフェースブックで公開しておりますが,視聴された先生方から「レベルが非常に高い」という感想をたくさんいただきます.私も驚くような発表が少なからずあります.若い人に能力より少し高いハードルを与えると,それを飛び越えて大きく成長しうるのだと実感します.

また学生らしい研究に挑戦することを推奨しています.私が顧問を務める弓道部の学生は,自分たちがなかなか克服できず苦労した「弓道のイップス」を先輩から後輩に引き継いで2篇の論文にまとめました(「臨床神経学」誌に掲載されました).また今年の6年生の1人は自身が臨床実習で担当した症例を,実習終了後の外来にも同席してフォローを続け,その内容を日本神経学会学術大会で発表しました.10名を超える5年生も学会に参加していましたが(写真),彼女が見事に発表する姿を見て,非常に刺激を受けたようでした.熱心に指導した専攻医も立派でした.


図.2024年日本神経学会学術大会に参加した医学生らとともに

5.リベラルアーツ教育
私は若い皆さんに,医学以外のことにも関心を持ってほしいと思います.このため臨床実習の課題として読書をしてもらっています.現在は岩田誠先生著「医(メディシン)って何だろう?(中外医学社)」の感想文を書いてもらっています.彼らが今まで考えたことがないことがたくさん書かれており,大きな刺激を受けるようです.
また2~3ヶ月の1回の頻度ですが,「リベラルアーツ研究会」を開催しています.これは課題図書を読み,意見交換をして,最後に私がミニレクチャーをします.これまで28回開催し,「夜と霧(フランクル)」「人生ノート(三木清)」「南洲翁遺訓(西郷隆盛)」「わたしの信仰(メルケル)」などを読んできました.ピサを食べながらコンパのように楽しくやっていますが,議論の内容はハイレベルで,学生から学ぶことがあります.過去の内容は「日経メディカルcadetto」で連載を開始しましたので,宜しければご一読ください.

6.研修医・専攻医の教育
4つの特色があります.1つ目は毎日,私も参加する朝カンファレンスを行うことです.小さい教室であるため指導医層が少なく,若い学年から多くのことを経験でき力を伸ばせる環境になっています.しかし若いので当然おかしなこともしますので,こまめにチェックし,また報・連・相してもらえる仕組みが必要で,毎日の朝カンファレンスは大切です.この時間は私にとっても重要で,神経診察の連続講義を行ったり,関心を持った論文を紹介したり,先輩としての自分の考えを語ったりしています.

2つ目は研修医・専攻医による「教授?回診」です.当初は私が全例診察をしてそれを見てもらっていましたが,最近は6年生を含む担当医に受け持ち患者さんの回診をしてもらい,みんなでそれを見守ります.かなり緊張すると思いますが,しっかり準備して臨むようです.ただし不適切・不十分であれば途中から私が診察を変わり,どうすればうまく診察できるか見てもらいます.また廊下に出てからフィードバックもします.私の診察が見たいという者もおりますので,難しい症例などは朝カンファレンスのあとに主治医とともに診察をします.

3つ目は研修医・専攻医に医学生の教育を真剣に行ってもらうことです.これは指導することが,自身のレベルを向上することに直結するためです.人に教えるためには,自分がしっかり勉強して,他人に伝えられるレベルにまで言語化する必要があります.2週ごとに入れ替わる医学生のCQをともに考えて答えを出すことで,専攻医も急速に力をつけていきます.学生の実習の感想文も全員で共有します.

最後の特色は症例報告の執筆に全力で取り込んでもらうことです.大方針②の「臨床・研究は,患者さんや世の中の役に立つことをつねに念頭に置く」は,それだけでは具体性がなく,単なるスローガンになりかねません.このため自分のなかで,中間的な数値目標(いわゆるKPI)のひとつを症例報告の数としました.症例報告を書けないと,将来,指導医となったときに困ります.また症例報告を自ら書けるようになり,自分の経験を世の中に向けて発信することの大切さを理解すると,多くの先生はその次のステージ,つまり症例集積研究や原著論文などに自然に挑戦するようになります.先日発表された「臨床神経学」誌の過去5年間の論文掲載数で,当科は4番めに多い投稿数の施設になりました.小さなチームでもやればできると嬉しく思いました.

7.バーンアウトとリーダーシップの教育
大方針③の「リーダーシップを学び,レジリエンスを高め,チームの一員として考えて活動する」は少しあとになって追加しました.バーンアウトする仲間を複数経験したためです.私は日本神経学会の有志とともにバーンアウトに関する複数の研究を行い発表してきましたが,それでもバーンアウトを完全に防ぐことはできず愕然としました.これまでの経験で学んだことは,労働負荷を減らすだけが解決策でなく,各自が自分の仕事を有意義に感じることができるようにすること,そしてたとえ低い負荷でもバーンアウトしうる特性を抱えた医師がいることを理解し,サポートの仕方を考えることです.つまりリーダーがバーンアウトについて学ぶことが求められます.しばしば「どんな対策を行ってますか?」と質問されますが,ときどきバーンアウトとリーダーシップのレクチャーすることと,2ヶ月に1回程度,メンバーと個別に面談を行うことと回答しています.個別面談はメンバーの考えや希望を聞けるだけでなく,私が気付かないことや耳が痛いことも聞かせてもらうことができます.リーダーはどうしても自己を正当化して,ときに方向性を誤るため,仲間や後輩にいろいろな意見を遠慮なく言ってもらえる風通しの良い雰囲気を作ることは大切です.

また若手の先生には,入局後の早い段階で,米国神経学会総会への参加を推奨し,旅費もサポートしています.これは世界の研究レベルや英語力を磨く必要性を理解してもらうだけではなく,医師のウェル・ビーイングやリーダーシップに対する先進的な取り組みを知ってもらうために行っています.若い頃からこのようなことに関心をもつ医師が増えてくると,組織の未来は従来と違ったものになるのではないかと思います.また上述したように自分の仕事を有意義なものと感じることができるように,各自が勉強したいと臨むことを極力応援して,自身が持てるスペシャリストとしての領域を作れるよう後押ししています.

8.終わりに
これまで試行錯誤してきた医学教育についてまとめてみました.うまく回り始めた部分がある一方,「治らない患者さんの診療はもうやりたくない」と言って,脳神経内科医の道をやめた医師もおります.その出来事は赴任後,私が一番つらかったことで,自分は彼に何を教えてきたのかと非常に落胆しました.教育はやはり難しいものだと思います.しかし有り難いことに,チームの目標のために自分ができることを自ら考えて行動する仲間もたくさん出てきました.彼らひとりひとりの能力をさらに高め,私自身も彼らともに成長していくこと,そして将来的には新潟大学のような老舗にも負けないチームを作り,人間としても立派な脳神経内科医を岐阜の地に増やすことを目指したいと思います.これからもご指導,ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます.

★当科では専攻医,および大学院生(自己免疫性脳炎,神経変性疾患)を募集中です.お尋ねや見学はこちらよりご連絡ください.

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神経難病のアドバンス ケア プラニング・collaborative decision making

2024年10月29日 | 医学と医療
第12回難病医療ネットワーク学会@弘前のなかでもっとも印象に残った講演は,荻野美恵子先生(国際医療福祉大学)による標題の教育講演でした.取ったメモを教室メンバーに送り,自身のアドバンス ケア プラニング(ACP)のあり方を考えてもらいました.以下,そのなかの要点を5つ書き出しました(私の解釈も含まれているかもしれませんが,ご容赦ください).

1.「延命治療」という言葉には用心する
自分が今後どうなるかほとんど分かっていない状況での「延命治療は嫌だ」という言葉を鵜呑みにしてはいけない.例えば胃ろうは延命治療ではない.その人がその人らしく生きるチャンスを与えるものであり,意味のある時間を持つことができることを理解して頂く必要がある.

2.「治療の自己決定」はそう簡単にできるものではないことを理解する
治療方針は最初からそう簡単に決められるものではない.つまり医師は患者さんの最初の言葉を,そのままそれが最終結論だと受け取ってはいけない.患者さんの考えは振り子のように振れて徐々に収束していくものだ.また本人が自己決定できる(=自己決定能力がある)場合でも,本人ひとりに決めさせるのではなく,必ず本人と医療チームが十分に話し合い,合意形成することが大切である.



3.治療方針はいつでも変えられることを伝える
重要なことは,まだ治療を決めなくて良いときに最終決断させないことである.治療についての選択はいつでも変えることができることを理解いただく必要がある.

4.「もう考えたくない」と言う患者には話を聞きつつ時期が来るのを待つ
例えば「人工呼吸器を装着するかどうか,この問題は考えたくない」とほとんど議論を拒否される場合がある.そのような場合は,患者の話をじっと聞きながらチャンスを待つ.そうすると「ここだ」という時が来る.そのときに例えば人工呼吸器を装着した患者の事例を紹介する.大切なことは装着しなかった場合だけでなく,装着した場合のことも両方知っていただき,そのうえで決断してもらうことである.

5.専門家としての意見を恐れずに伝える
専門家としての意見は,パターナリズムのおしつけではない.「患者さんの希望はこうだから・・・」と言って,専門家が逃げてしまってはいけない.患者さんはプロとしての意見を求めている.おせっかいになってほしい.

朝のカンファレンスの際に,各先生方の感想や意見を述べていただき議論しました.「いままで延命治療という言葉を使っていたが,そのネガティブな影響に気付いた」「人工呼吸器の装着に関する各選択肢の意味を正しく伝えていきたいと思った」「治療の意思決定支援を医療チームとして行っていくことは重要だと思う」「治療の意思決定は入院中だけでなく,むしろ外来における継続したやり取りが大切になる」といった意見が聞かれました.



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岐阜県における難病患者さんの就労相談の現状と取り組みからみえてきた課題

2024年10月28日 | 医学と医療
タイトルは第12回難病医療ネットワーク学会@弘前にて,岐阜大学病院の医療支援課 野口史緒さん,看護部 齊藤麻衣子さんらを中心とするチームが発表した演題です.嬉しいことに最優秀演題賞をいただきました!多くの人にこの取り組みについて知っていただきたいのでご紹介します.キーワードは「超短時間労働」です.

近年,難病患者さんへの就労は重要な問題となっています.とくに神経難病は進行性,再発性であるため就労が難しいのです.また岐阜県は全国と比較して,中小規模事業所や非正規雇用の割合が高く,就労が一層難しいものになっています.このため岐阜県の難病診療連携拠点病院である岐阜大学医学部附属病院が中心となり,治療と仕事の両立支援に関するネットワークの体制構築を目指して,この問題に対する調査と啓発,支援を開始しました.

野口さん,齊藤さんらはまず就労支援の課題を明らかにするため,県内46医療機関における就労相談の現状に関する調査を行いました.結論として就労相談体制はあるものの,7割の医療機関では就労相談の実績はなく,両立支援指導料加算件数は0件でした.相談内容は仕事復帰の不安,復職準備が多く,関係機関との連携はハローワークが最多でした.

啓発に関しては,2022年から岐阜市が行っている「超短時間雇用創出事業」を主たるテーマにした研修会を行いました.これは長時間働くことが難しい人への社会参加・自立を推進するため,週20時間未満という今までにない新しい雇用に取り組むというものです.人手がほしい企業と,超短時間ワーカーをマッチングし,両者にとってメリットのある雇用を創出しようという取り組みです.また研修会後のアンケートから,相談機関とその役割がわかるリーフレットがあると嬉しいという意見があり,2024年度は岐阜県独自の就労支援に関するリーフレットの作成に取り組んでいます.「超短時間雇用」の仕組みがうまく広がっていくと良いなあと思っています.「超短時間雇用創出事業」については以下のリンクをご覧ください.
https://www.city.gifu.lg.jp/kenko/syougaisyafukushi/1015770/index.html





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AI時代を生き抜くための5つの力@「医師こそリベラルアーツ!」連載第6回

2024年09月27日 | 医学と医療
「医師こそリベラルアーツ!」の連載第6回が,日経メディカル「Cadetto.jp」にて公開されました.次週9月30日に,岐阜大学にて行ってきたリベラルアーツ研究会は30回目を迎えますが,各回で行なった私のミニレクチャーを紙面で再現する企画です.

今回の「AI時代を生き抜くための5つの力」では,AI技術がどんどん発展するなか,現代人が身につけるべき能力について考察しました.参考にしたのは,『サピエンス全史』で知られる歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリの『ホモ・デウス』と,人工知能プロジェクトのディレクター新井紀子教授の『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』の2冊です.これらから読み取れる教訓をご紹介しました.

まず,ハラリはAIやバイオテクノロジーが進化することで,人間が自らの能力を向上させる「アップデート」が可能になると予測しています.例えば,寿命延長や知能強化など,人間の限界を超えるような技術が登場し,それにより「ホモ・デウス」(神のような人間)が出現すると指摘しています.同時にこのアップデートを享受できる人とそうでない人の間に大きな格差が生まれるリスクや,技術が進歩することに伴う倫理的な問題も顕在化すると述べています(アミロイドβ抗体療法など,その一端はすでに始まっています).一方,新井は日本の中学生の読解力不足に警鐘を鳴らし,AIに対抗するためには,深い読解力と批判的思考力が必要であると強調しています.

この2冊を通して,私は「AI時代を生き抜くための5つの力」として,以下を挙げました.
1. 批判的な視点で物事を見る力
2. 倫理的な判断力
3. 学び続ける姿勢
4. 共感力
5. 創造力


本文では,これらの能力を養うために必要な読解法・批判的思考の訓練,倫理的思考の磨き方など,私の実践している方法をご紹介しました.また共感力や創造性といった人間特有の能力が,AI時代においてますます重要になると解説しました.



さて次回は創造性を磨くために必要な「芸術(Art)」をテーマにしたいと思います.課題図書は「芸術は爆発だ」の岡本太郎氏による『今日の芸術』(光文社、1999)と『自分の中に毒を持て』(青春出版社、2017)を取り上げます.なお本連載は,医師・医学生限定コンテンツで,医師または医学生の方は,会員登録すると記事全文がお読みいただけるようになります.

過去6回の内容はこちらからご覧いただけます(https://tinyurl.com/239ct6zb).




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妊娠中の脳では,性ホルモンにより母親になるためのダイナミックな変化が生じる!

2024年09月19日 | 医学と医療
妊娠中は性ホルモンに大きな変化が生じます.しかしその過程で,脳にどのような変化が生じるかはほとんど分かっていませんでした.米国からの研究で,38歳の健康な初産婦1名に対し,妊娠前から出産後2年までにわたり,計26回の精密なMRI検査を行い,脳内で生じる変化を明らかにした研究がNature Neuroscience誌に報告されました.

図1aは妊娠ステージと週数,図1bは妊娠後の性ホルモンの変動(エストラジオール,プロゲステロン),図1cは研究デザイン(全脳T1,内側側頭葉,拡散強調画像,血清検査)です.そして注目すべきは図1dで,妊娠前から出産後2年間にわたって,脳の神経解剖学的な変化を示すグラフになっています.



順に灰白質体積(GMV),皮質の厚さ(CT),全脳体積,白質の微細構造(QA),側脳室の拡大,脳脊髄液量(CSF)を示しています.これらの指標は妊娠の進行に伴って大きく変動し,特に妊娠中には灰白質体積,皮質の厚さ,全脳体積が減少し,白質の微細構造が強化されることが分かります.とくに白質の微細構造は妊娠の第1・第2トリメスターにおいて強化され,出産後に元の状態に戻ります.一方,側脳室は拡大し,脳脊髄液量も増加するものの,出産後に急激に減少します.以上の変化は単に脳脊髄液量が増えたことによる変化ではなく,妊娠中の性ホルモンの急激な増加に伴い,脳が大規模な再編成を起こしていると考えられるそうです.

注目すべきは,灰白質の減少は社会的認知(social cognition)に関わる脳領域でとくに顕著であったことです.具体的には他者の感情や意図を理解する能力に関連する領域である前頭前皮質や側頭頭頂接合部で顕著に見られました.これらの領域は,母親が新生児の感覚に対して敏感に反応するための適応的な変化と関連している可能性があります.そしてこの変化は出産後も数年にわたって持続し,親子の絆や子供に対する敏感な反応に寄与していると考察されています.また白質の強化も,妊娠による脳の再構成が生じ,母性行動や感覚処理に関連する脳の領域間の連絡を改善する可能性があると推測されています.

つまり妊娠中に,母親としての行動を促進するために脳が適応的に再編成されるプロセスをこの研究は観察したのではないかと考えられます.以上をまとめると,母親が新生児に対してより敏感になるよう,ホルモンの増加によって脳内の特定の神経回路が再編成され,母性行動を支える重要な要因になるということのようです.このことは同時に,幼児期・発達期に主に認められる神経可塑性が成人期にも生じることを示しています.

それにしてもたった1人のひとを連続的にMRIで評価することで,これほどインパクトのある研究になるということに非常に驚かされました.素晴らしい研究ですし,被検者になられた女性もよく頑張ったと思います.
Pritschet, L., Taylor, C.M., Cossio, D. et al. Neuroanatomical changes observed over the course of a human pregnancy. Nat Neurosci (2024). https://doi.org/10.1038/s41593-024-01741-0

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みんなにも研究にチャレンジしてほしい!@岐阜大学医学部 臨床講義

2024年09月14日 | 医学と医療
5年生に「神経疾患の創薬 ―DRPLAと脳梗塞―」という講義をしました.伝えたいメッセージは「みんなにも研究にチャレンジしてほしい!」です.以前,数人の学生から「自分は地域枠入学なので地域医療をすれば良く,研究とは無縁,英語も不要です」という発言を聞き,それ以来,この講義に力を入れています.

講義では自分の研究歴を話しました.将来研究をするなど考えてなかった自分が,医師4年目に歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)の女の子,ひとみちゃんの主治医となり,自分の無力さを痛感して研究を志したこと(図1),大学院で立派な論文を書かせてもらったものの,指導教官と衝突しDRPLAの研究を断念したこと,失意から立ち直り脳卒中の治療研究に取り組むために留学したスタンフォード大で得たことは創薬・産学連携の経験と,真のグローバル化とは英語が流暢に話せることではなく「日本のこと」や「日本人としての自分」をしっかり考えられることだと理解したことを話しました.帰国後,仲間と取り組んだ創薬研究はいまだ成功と失敗の連続だが,諦めなければ研究は続くこと,創薬研究は「人とのつながりや信頼」が大切であることを話しました.


図1の説明.右は主治医として担当した1年半で,一度だけ笑ってくれたときに,看護師さんが撮ってくださったひとみちゃんの写真です.左はお花見に出かけたときのものです.ひとみちゃんは22歳で天国に召されました.Neurology. 1998 Jan;50(1):282-3.(doi.org/10.1212/wnl.50.1.282

最後に「研究・留学に必要なこと」として3つのキーワード「情熱と仲間をもつ(Passion and colleague)」「取り組むに値する問題を探す(Create questions)」「世界に発信せよ(be Global)」について説明しました.具体的には「情熱」は患者さんとの出会いによって強く芽生えること,患者さんとの出会いを通じて,取り組むべき問題を見つけられた人のモチベーションは強いこと,また日本の科学は閉塞状態に陥って久しくすでに科学の後進国にあること,これを打開するには若いうちから意識的にどんどん海外に出て高いレベルの医学に触れることが必要で,そのため当科では若手を支援してどんどん海外学会に参加させていることを話しました.オリンピックでの日本の活躍のように,必死に努力して取り組めば日本人の力はこんなもんじゃないと激励しました.

またDRPLAの女の子,クリちゃんとお母さんの動画も見てもらいました(下記).とくにハワイの医師が「研究が発表できることは素晴らしいことだが,研究をする理由はクリちゃんのためである.もしクリちゃんのことを念頭においていないのであれば研究の道に進むべきではない.そもそも医学の道に進むことも良い考えではない」と仰った場面は学生全員が食い入るように見ていました.講義後の感想文もみな立派で(図2),難病の研究に取り組んでみたいという学生も少なからずおり,とても嬉しく思いました.

YouTube動画:Don't give up hope!希望を捨てないで!
https://www.youtube.com/watch?v=Phufk4O7uLc


図2の説明.学生のみなさんの感想です.真剣に考えて書いてくださったことが伝わります(本人の許可を得て掲載しました)

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Shimizu反射をどのように用いるか?

2024年08月29日 | 医学と医療
当科では朝の時間をつかって神経症候学の勉強会をしております.私がコツコツ収集した神経症候の写真や動画のパワーポイントを順に見て解説していきます.これまで顔面編,眼球運動編,口腔咽頭編,手足編,皮膚編が終わり,今週の第9回目は反射編に入りました.その前編として腹壁反射・腹筋反射解離,上下肢の逆転反射とその解釈,さまざまなクローヌスとその誘発法,そしてBabinskiの5大反射とその間を埋める反射の講義をしました.最後のトピックスの例がタイトルのShimizu反射です.つまり上腕二頭筋反射(C5およびC6)と下顎反射(橋)の間には高位レベルの空白がありますが,それを埋める反射がShimizu反射(C3およびC4)になります.

Shimizu反射の正式名称はscapulohumeral reflex(Shimizu)で,整形外科医である清水敬親先生が報告されました(文献1).肩甲棘中央部ないし肩峰を叩打し(図1A, B),肩甲骨挙上と肩関節外転を観察します(図1C).ルーチンで行ってもよいですし,忙しい外来などでは上腕二頭筋反射の亢進がある時に,この反射を追加すると良いように思います.つまりShimizu反射が低下・消失していればC3-4椎間板高位に障害があることが分かり,亢進していればより頭側に障害があることが分かります.図1Bのように患者さんの背後から叩打しても良いですが,福武敏夫先生は,患者さんの正面から施行するために,肩甲棘中央部の前方の僧帽筋縁を叩打していると著書に書かれています(文献2).この反射は海外の動画でも分かりやすく紹介されています(https://www.dailymotion.com/video/x3bvbz_the-scapulohumeral-reflex-of-shimiz_news).

(文献)
1. Shimizu T, et al. Scapulohumeral reflex (Shimizu). Its clinical significance and testing maneuver. Spine (Phila Pa 1976). 1993 Nov;18(15):2182-90.
2. 福武敏夫.肩甲上腕反射(Shimizu)の変法.脊髄臨床神経学ノート―脊髄から脳へ―.三輪書店2014. pp15


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マイハンマー 2024(No 28-35) ―この1年の成果―

2024年08月27日 | 医学と医療
医学部4年生に対する神経診察の実習が開始となり,診察用のハンマー(打腱器)について説明しました.私はハンマーを集める趣味があります.2年前にブログで紹介したときの写真を見ると19本,昨年は8本ほど増えて27本,この1年では7本増えていました(図1).面白いものがあるので解説します.



28.Taylor型(柄がリング状).現在,もっとも世界で使用されているタイプで,米国の小児神経内科医John Madison Taylor(Philadelphia)が 1888年に開発したものです.三角のゴムの素材や色,重さが異なるものは複数持っていますが,柄の部分はいずれもほぼ同じでした.しかしこのハンマーは柄の部分がリング状に穴が空いています.輸入品.

29. Rabiner型.Rabiner型は円盤型打腱器の1つ.Babinski(1857-1932)が考案した柄がニッケルで覆った鉄製のBabinski型を,Rabiner(1892-1986)が改良し,柄を円盤に対して垂直だけでなく,水平方向に付け替えられるようにしたものです.さらにこのハンマーは柄を伸縮できるようにしてあります.日本神経学会卒前・初期研修教育小委員会が医学生・研修医のために作成した学会公認ハンマー.近日,日本神経学会学会員1万人到達記念のプレミアムハンマー(金色のロゴ)の作成中です.

30.Queen Squareカナダ型.Babinski型に似ていますが,柄がプラスチック製です.右下の写真のNo. 21は竹製で,Queen Square型と呼ばれます(英国Queen SquareのNational Hospital for Nervous Diseasesの看護師であったMiss Wintleが1920年代に考案したと言われています).その竹の部分をプラスチックにしたものが通称Queen Squareカナダ型です(田代邦雄.Clin Neurosci 2004; 8: 892-6).輸入品.

注:過去にブログに記載したNo. 11-13(図2)は以前まとめてBabinski型と書いてしまいましたが,正確には11. Babinski型,12. Queen Square型,13. Rabiner型であることが分かりました.



31.Queen Squareカナダ型.国際医療福祉大学の竹内英之教授が教えてくださった名大〜横浜市大一門愛用の夏目製作所製ハンマー.柄がプラスチック(ナイロン)製で適度にしなるため,ヘッドに加速度がついて速い叩打ができ,反射が出やすく,しかも反射にムラが少ないと言われています.自分も試しましたが,慣れが必要なようで正確に腱を叩けず練習中です.

32. Déjerine型.Déjerine型はJoseph Jules Déjerineによるフランスモデルで,ヘッドが円筒型である点が特徴です(No. 9, 10, 20).海外から取り寄せましたが,柄が木製?(竹製?)で,かつ年季を感じさせる中古品で驚きました.どこで作られたのか,誰が使っていたのか,とても気になります.

33. Skoda型.No. 32とともにこの1年で1番の収穫.神経学の父Charcot(1825-1893)の有名な1887年の火曜講義のリトグラフのなかに書かれている打腱器であることが高橋昭先生らが紹介しており,古典的なハンマーとして知られていました(図3).チェコの医師Josef Skoda (1805-1881)が開発したハンマーで,Charcotは膝蓋腱反射を誘発するのに最適なハンマーと考えたそうです.のちに改良されBuck型(No. 22)ができたそうです.



34.大貫型.日本の歴史的打腱器の1つ.軽すぎて腱反射は出しにくいです.ただ大貫先生がどなたか,調べても分かりませんでした.日本の歴史的打腱器としては,No. 23の吉村型は吉村喜作先生,ほかに上述の田代先生の論文によると入澤型,三浦型,勝沼型が知られています.名称の由来が書かれていませんでしたが,おそらく順に入澤達吉先生,三浦謹之助先生,勝沼精藏先生なのではないかと考えています.

だんだん新しいハンマーの収集の難易度が高くなってきました.まだ持っていないタイプのハンマーとしてWintrich型,Vernon型,Krauss型があるのですが,いずれも歴史的価値のあるものなので入手は難しいかなと思います.日本の歴史的打腱器の収集などコツコツやっていきたいと思います.

あとおやっと思ったのは,上述の勝沼型の勝沼精藏先生は名古屋帝大内科教授で,川原汎先生の流れをくむのだと思いますが,どこで勝沼型からQueen Squareカナダ型にスイッチしたのかなということです.私が学んだ新潟大学はTaylor型が一般的で,円盤型を使っている先生はほとんどいなかったように思います.ハンマーに関わる各教室の歴史なども伺ってみたいと思いました.


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