Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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パーキンソン病治療の戦略と今後の研究についての総説

2024年11月11日 | パーキンソン病
最新号のNat Rev Neurol誌に分かりやすい図がありました.最新情報を含む,今後の講義にも使える良い図だと思いました.神経細胞のどの部位にどのような変化が生じているか,また治療の標的が何なのかがよく分かります.アルツハイマー病病理のタウやアミロイドβも書かれて,おやっと思われるかもしれませんが,いわゆる混合病理が病態にも関わっているという立場を取られています.



著者らは主にαシヌクレインの凝集,リソソーム機能障害,ミトコンドリア機能障害の3つがPDの病態において重要な役割を果たすと考えています.そして治療としては,凝集阻害剤によってαシヌクレインのmisfoldingや凝集を防ぎ,モノクローナル抗体を用いてαシヌクレインのクリアランスを促進することが提案されています.またグルコセレブロシダーゼの活性を上昇させる薬剤によりリソソームの機能を改善することや,Leucine-rich repeat kinase 2(LRRK2)阻害剤によってミトコンドリアの機能を回復することも期待されています.さらに,炎症や酸化ストレスといった病態もPDの進行に関与しており,これらも治療標的となっています.

また著者らは,PD治療の将来像として,早期診断とそのための疾患啓発活動,そして進行モニタリングのためのバイオマーカー開発が重要であると強調しています.血液や脳脊髄液中のαシヌクレインや神経フィラメント軽鎖(NfL),リソソーム関連マーカーなど,病態の進行をより正確に把握できる指標が確立されることで,PDの治療を大きく前進させる可能性があると述べています.特にRT-QuIC法を用いたαシヌクレインの検出は,診断精度の向上に寄与すると考えられます.

さらに,患者さんの生活の質(QOL)を高めるために個別化(オーダーメイド)治療が今後の研究の主軸となります.具体的には,遺伝的な背景や個々の病態に応じた治療を行うことが望ましく,がん治療など他分野で行われている複合治療戦略が,PDでも応用されることが期待されます.
Stocchi F, A. et al. Parkinson disease therapy: current strategies and future research priorities. Nat Rev Neurol (2024). https://doi.org/10.1038/s41582-024-01034-x

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パーキンソン病の進行はαシヌクレイン抗体の長期使用で抑制できる!!

2024年10月19日 | パーキンソン病
アルツハイマー病に対するアミロイドβ抗体は,細胞外に蓄積するタンパクを標的にするのに対し,αシヌクレインやタウ抗体は細胞内で作用する必要があり,抗体療法が有効である可能性は低いと考えられてきました.しかし近年,タウ抗体が細胞内でタウの分解を促進することが分かってきており,αシヌクレイン抗体も同様に有効性を発揮する可能性があります.候補となっているαシヌクレイン抗体は3種類あり,プラシネズマブは凝集したαシヌクレインを主に標的とし,BIIB054はフリーフォーム,MEDI1341は両方の形態に作用すると言われています.

最新号のNat Med誌に,プラシネズマブの早期パーキンソン病(PD)患者の運動機能に対する効果を検討したPASADENA試験が報告されました.この研究はロシュ社による第II相試験で,その目的はプラシネズマブ(PRX002/RG7935;月1回の静脈内投与)の効果を評価することです.最初の12ヶ月間は偽薬群と実薬群に分かれた二重盲検試験,その後,偽薬群はプラシネズマブに切り替えられ,すべての参加者が5年間のオープンラベル延長に進みました.この時期の偽薬群はないため,代わりに,PPMIコホート(国際的な観察研究)を外部比較群として使用しています.

図1は試験のタイムラインが示され,遅延開始群が最初の1年間偽薬を投与された後にプラシネズマブに切り替えられたこと,早期開始群は試験開始からプラシネズマブを継続して投与されたことが示されています.これにより,両群の治療開始タイミングの違いを踏まえた効果の比較が可能となります.



まず最初の12ヶ月間の二重盲検期間では,MDS–UPDRS Part IIIスコアの変化をみると,実薬群は偽薬群に比べて運動機能の進行が抑えられていましたが,主要評価項目であるMDS–UPDRS総合スコアの改善は有意ではありませんでした(2022年に報告:N Engl J Med. 2022;387(5):421-432).

つぎに5年間のオープンラベル延長フェーズについては,運動機能を示すMDS–UPDRS Part IIIのスコアは,早期開始群および遅延開始群のいずれにおいても,PPMIコホートと比較して進行が抑えられていました.とくにOFF状態とON状態のいずれにおいても,プラシネズマブ群はスコアの悪化が大幅に抑制され,早期開始群でスコアのOFF状態の進行が65%,ON状態では118%抑えられており,遅延開始群でもそれぞれ51%,94%の進行抑制が見られました.また日常生活の運動機能を示すMDS–UPDRS Part IIでも,早期開始群が−40%,遅延開始群が−48%の改善を示しました.これらの結果は,プラシネズマブが運動機能の低下を長期的に抑制する可能性を示唆しています.

図2は上記の結果がグラフ化されています.治療開始後の数年で早期開始群と遅延開始群のスコアをPPMIコホートと比べると顕著な差が生じたことが分かります.しかし早期開始群と遅延開始群の間で,開始早期からすぐに差が現れるわけではなく,3年目から4年目にかけて明確になってきたことが言及されています.プラシネズマブの効果は時間をかけて発現する可能性があるようです.またDaT-SPECTでは,脳画像上の改善は見られなかったことから,プラシネズマブはドーパミンシナプスの機能維持に寄与するものの,輸送体の機能には直接的な影響を及ぼさない可能性が示唆されました.



以上より,プラシネズマブは早期PD患者の運動機能の進行を抑制する有望な治療法である可能性が示唆されます.しかしオープンラベル延長研究であるため偽薬群がなく,プラセボ効果の影響を完全に排除することが難しい点が問題です.今後,効果と安全性を検証するさらなる長期的な試験が必要と考えられます(現在PADOVA試験=P2b試験という別のプラシネズマブを用いた臨床試験が進行中です).

Pagano G, et al. Sustained effect of prasinezumab on Parkinson's disease motor progression in the open-label extension of the PASADENA trial. Nat Med. 2024 Oct 8.(doi.org/10.1038/s41591-024-03270-6

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パーキンソン病治療薬レボドパの吸収に影響を及ぼす要因と具体的な対策

2024年09月22日 | パーキンソン病
パーキンソン病治療の中心的な薬剤レボドパの吸収には個人差が大きく,さまざまな要因が関与することが知られています.私もレモン水は吸収に良いとか,高タンパク食は良くないとか患者さんにアドバイスしてきましたが,十分にメカニズムは理解していませんでした.今回,J Parkinsons Dis誌に分かりやすい総説がありましたので,ご紹介したいと思います.

【レボドパが小腸で吸収されるメカニズム】
複数のトランスポーターが関与し,腸管→細胞内→血中の順に取り込まれます(図1).

① rBAT/b(0,+)AT(中性・塩基性アミノ酸トランスポーター);レボドパを腸内から細胞内へ運ぶ.
② LAT2(大型アミノ酸トランスポーター);細胞内から血液中にレボドパを運ぶ.
③ PepT1(ペプチドトランスポーター1);ペプチドの輸送を担当し,レボドパ吸収にも関与する.
④ TAT1(芳香族アミノ酸トランスポーター1);芳香族アミノ酸(トリプトファンやフェニルアラニン)とともにレボドパの輸送を助け,腸内でのレボドパの排出に寄与する.



これらのトランスポーターではレボドパとアミノ酸が競合することが多く,高タンパク質の食事をとると吸収が阻害される可能性があります.特にアルギニンやロイシンなどのアミノ酸は,レボドパと同じトランスポーターを利用します.このためアルギニンやロイシンが多く含まれる食品(ナッツ類,海産物,卵,乳製品など)は少なくともレボドパ服用時には控えることが重要です.

レボドパ内服のタイミングは日本の添付文書では「食直後」となっています.おそらく空腹時にレボドパを服用することで起きる胃腸障害や不快感を避けるためと考えられます.しかしレボドパの吸収効率の最大化を考えると「食事の1時間前または食後2時間後」に服用することがこの論文では推奨されています.しかしジスキネジアを認める症例では,吸収が促進されてレボドパの血中濃度が高くなればジスキネジアがより顕著になる可能性もあります.つまり患者さんの状態により,内服タイミングを決める必要があるのだと考えられます.

【その他の吸収への影響因子】
① 消化管の機能:便秘や胃運動障害などで消化管の運動が低下している場合,レボドパの吸収が低下することがあります.このため十分な水分摂取,食物繊維の摂取,そして定期的な運動が推奨されます.ビタミンCはレボドパの吸収を促進し,その効果を持続させる可能性があります.β2作動薬は消化管の蠕動運動を促進し吸収を促す可能性があります.

② 薬物の併用:ガバペンチンやプレガバリン,トリプタン,一部の抗うつ薬などがレボドパと同じトランスポーターを共有することがあり,吸収が阻害される可能性があります.また鉄剤やカルシウムなどのサプリメントもレボドパの吸収を妨げることがあります.逆にカフェインの適度の摂取はレボドパの効果発現までの時間を短縮し,運動機能を改善する可能性があります.

③ 熱ストレス:レボドパの吸収を妨げることが示されています.高温の環境下ではトランスポーターの発現が低下し,吸収効率が低下するそうです.長時間のサウナや熱い風呂,過度な日光浴などは避けたほうが良いです.

【まとめ】(図2)
◆レボドパ吸収に良い影響を与える要因:
カフェイン,大豆,食物繊維,ビタミンC,β2作動薬,炭酸水,レボドパの溶解液

◆レボドパ吸収に悪い影響を与える要因:
抗コリン薬,プレガバリン/ガバペンチン,バクロフェン,アルファメチルドパ,メルファラン,三環系抗うつ薬,高タンパク質の食事,高温環境




Pedrosa de Menezes AL, et al. Molecular Variability in Levodopa Absorption and Clinical Implications for the Management of Parkinson's Disease. J Parkinsons Dis. 2024 Aug 31.(doi.org/10.3233/JPD-240036

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パーキンソン病患者の認知症移行率は既報よりだいぶ低い

2024年08月13日 | パーキンソン病
パーキンソン病(PD)患者では最大80%で認知症が発症すると言われてきました.よく引用されるノルウェーの報告では8年間で78%,オーストラリアの報告では20年間で83%の発症率でした.しかしこれらは20年以上前に発表されたもので,かつ症例数も224人および136人と少ない報告でした.今回,Neurology誌に米国からPD患者の認知症リスクを検討した研究が報告されました.大規模前向き観察研究のPPMI(多施設共同国際研究)と,ペンシルバニア大学(Penn)のPD研究コホートのデータを用いています.

結果として,PPMIコホートでは,417人(平均年齢61.6歳,男性65%)が追跡され,罹病期間10年目の認知症推定確率は9%(治験担当医師の診断),15%(MoCA),12%(MDS-UPDRS Part I認知機能)と既報より低い確率でした.Pennコホートでは,389人(平均年齢69.3歳,男性67%)が追跡され,最終的に184人(コホートの47%)が認知症と診断されました.

図1は2つのコホートでPDの診断を受けてから認知症と診断されるまでの年数を示しています. PPMIコホートの認知症発症の累積確率は,観察期間全体を通じて50%を超えませんでした(よって認知症の診断の中央値不明).一方,Pennコホートでは,認知症の診断の中央値は15.2年で,認知症の推定確率は罹病期間10年で27%,15年で50%,20年で74%でした.

図2A-Cは認知症に影響を与える因子の検討です.56歳未満でPDと診断された者の中央値は19.4年,56〜70歳では14.6年,70歳以上では9.2年でした(p < 0.001).性別では女性で19.4年,男性で13.3年でした(p = 0.004).教育レベルでは,13年未満で11.6年,13年以上で15.2年でした(p = 0.006).よってPDの認知症発症リスクに影響を与える要因として,年齢が高いこと,男性であること,教育レベルが低いことが示されました.

以上より,PDにおける認知症の発生頻度は,既報よりも低く,かつ経過も遅いことが示唆されます.またPD患者における認知症予防に個別化された戦略が必要である可能性が示されました.
Gallagher J, et al. Long-Term Dementia Risk in Parkinson Disease. Neurology. 2024 Sep 10;103(5):e209699. (doi.org/10.1212/WNL.0000000000209699


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脳のなかの細胞のように人と人も助け合おう!

2024年08月01日 | パーキンソン病
タイトルは昨日の朝のカンファレンスで教室のみんなに話したことです.由来は最新号のNeuron誌の論文で,ボン大学などの国際共同研究になります.パーキンソン病の病因タンパクとされるαシヌクレイン(αSyn)を発現する初代培養神経細胞(ニューロン)を,免疫細胞ミクログリアと共培養すると,ミクログリアの細胞内のアクチンが再構成されてできる「ナノチューブのトンネル」を通してニューロンと結合し,有害な凝集αSynを引き受けてそれを除去することが示されました(図1, 2).さらに驚くべきことにミクログリアは,細胞の動力源ともいえるミトコンドリアをニューロンに送り込み,その結果,ニューロンの酸化的ストレスを大幅に軽減させてその生存を助けることも示されました.





加えてパーキンソン病に関連するLRRK2遺伝子(PARK8の原因遺伝子),もしくは前頭側頭型認知症やアルツハイマー病に関連するTrem2遺伝子に変異をもつミクログリアを準備し,同様の実験を行ったところ,ニューロンに対する保護効果は弱まってしまうそうです.つまりこれらの遺伝性疾患の病態にミクログリアによる保護効果の減弱が関わっているのではないかと推察しています.もしかしたら孤発性(非遺伝性)のパーキンソン病でも,ミクログリアによるαSynの分解能の個人差があって,発症に関与するかもしれません.やはりミクログリアは重要な研究ターゲットだと思いました.

ちなみにこのチームは2021年にCell誌に注目すべき研究を報告しています(過去にブログで紹介しました:下記).ミクログリアは炎症を引き起こす悪玉細胞というイメージがありますが,それを否定する内容です.まずミクログリアは凝集αSynを分解しようと迅速に取り込みます.しかし取り組み量が増えるにつれ分解能力は低下するだけでなく,炎症性サイトカインや活性酸素種を放出し,これが自身の細胞死につながります.これを防ぐため,瀕死のミクログリアの周りに元気なミクログリアが集まり,ナノチューブのトンネルによって繋がります.図3の緑がαSyn,青がミクログリアの核,赤がミクログリアの細胞骨格のFアクチンを示しますが,αSynを取り込んだ中央下のミクログリアの周囲に元気なミクログリアが複数集まって協力するのです.



教室のみんなには「脳の中では細胞同士が健気に助け合っているのに,どうして本体の人間の方は戦争など争いごとが絶えないのだろう.脳の中の細胞のように助け合っていかねばならないよね」と話しました.

Scheiblich H, et al. Microglia rescue neurons from aggregate-induced neuronal dysfunction and death through tunneling nanotubes. Neuron. 2024 Jul 23:S0896-6273(24)00491-4. (doi.org/10.1016/j.neuron.2024.06.029

論文の解説と図2の動画を見ることができます.
https://www.uni.lu/lcsb-en/news/building-bridges-between-cells-for-brain-health/

Cell論文の解説ブログ
https://blog.goo.ne.jp/pkcdelta/e/65b35c0bf632b8d4c2c238b68f0e65d6

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早期パーキンソン病におけるGLP-1受容体作動薬の神経保護効果! ―ただしまだ慌てない方が良い―

2024年04月06日 | パーキンソン病
過去の研究で,糖尿病がパーキンソン病(PD)のリスクを増加することが知られています.またPDモデルマウスにおいて糖尿病治療薬「グルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)受容体作動薬」が神経保護作用を有することも報告されていました.今回,フランスから,GLP-1受容体作動薬のひとつ,リキシセナチド(lixisenatide,商品名リキスミア)の皮下注射が,第2相二重盲検無作為化プラセボ対照試験LixiParkにて,PDの進行を遅らせる効果が示され,NEJM誌に発表されました.「GLP-1受容体作動薬」のうち脳に到達するものは,PDに対し神経保護効果を示すことを示した意味で素晴らしい研究ですが,一方で慎重に考える必要性を感じました.なぜならこの薬剤は最近,「GLP-1ダイエット」などと呼ばれるやせ薬として自由診療で処方され,安全性の面で懸念が生じているためです(https://tinyurl.com/2crd5uhw).

研究の対象は診断されて3年未満で,抗パーキンソン病薬による治療中であるが運動合併症のない者です.リキシセナチドまたはプラセボを12ヵ月間毎日皮下投与する群に1:1の割合で割り付け,その後,2ヵ月のウォッシュアウト期間を設けました.主要エンドポイントは,MDS-UPDRSパートIII(範囲:0~132,スコアが高いほど症状が重い)のスコアのベースラインからの変化で,12ヵ月後に評価しました.

さて結果ですが,78人ずつ両群に割り付けられました.ベースライン時のMDS-UPDRSパートIIIはいずれも約15点でした.12ヵ月後,リキシセナチド群で0.04点の改善(ほぼ不変),プラセボ群で3.04点の悪化を示しました(差,3.08;95%信頼区間0.86~5.30;P=0.007).2ヵ月のウォッシュアウト後(リキシセナチドの2ヶ月の中止後),リキシセナチド群17.7点,プラセボ群20.6点で,効果は保たれていました(とはいえ,かなり短い期間での評価です).MDS-UPDRSサブスコアなどの副次エンドポイントは両群間に差はありませんでした.副作用については,吐き気はリキシセナチド投与群の46%(プラセボ群は13%のみ),嘔吐は13%にみられました.以上より,初期のPD患者において,リキシセナチドは12ヵ月後の運動障害の進行を抑制し有望と考えられました.しかし消化器症状を伴うことが示され,著者らはリキシセナチドの効果と安全性を明らかにするために,より長期かつ大規模な試験が必要と述べています.



私の意見は,1点目は病態修飾療法でしばしば問題になる点で,「この差は本当に臨床的意義があるか?」ということです.統計的に有意であっても効果は小さいと思いました.アルツハイマー病におけるレカネマブと同様,専門家の中でも意見が分かれるだろうと思います(もちろん将来の可能性を予感させるものですが・・・).2点目はこの情報を得たPD患者さんは「慌ててこの内服を開始すべきではない」ということです.まだ第2相試験であり,これから大規模な第3相試験で結論が出ます.発症3年以内の運動合併症のない人限定の効果であることも理解が必要です.さらに上述の通り安全性=副作用が問題になります.吐き気や嘔吐は抗パーキンソン病薬の内服に影響するため避けるべき症状ですし,体重減少もただでさえ進行期に痩せるPDでは好ましくありません.さらにGLP-1受容体作動薬の重篤な副作用として低血糖と急性膵炎があります.決して慌てて内服開始する薬ではないことを認識する必要があります.

研究に疑問もあります.例えば副次エンドポイントで有効性が示せなかった理由が不明ですし,これだけ副作用が多いと盲検とならなかった可能性もあります.作用機序も完全に解明されていません.これからに期待したいと思います.
Meissner WG, et al. Trial of Lixisenatide in Early Parkinson’s Disease. New Engl J Med. April 3, 2024. (doi.org/10.1056/NEJMoa2312323


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神経疾患の危険因子としての起立性低血圧 (純粋自律神経不全症)

2024年02月20日 | パーキンソン病
2月15日の投稿で,若年性認知症の危険因子の1番目が起立性低血圧であることをご紹介し,パーキンソン病に伴う認知症やレビー小体型認知症(DLB)の早期徴候が捉えられた可能性があると記載しました.ちょうどこれに関連する研究が最新のBrain誌に報告されています.

純粋自律神経不全症(PAF)はαシヌクレインが自律神経系の神経細胞・グリア細胞に蓄積し,血管や心臓を支配する交感神経終末からのノルエピネフリン放出障害が生じる疾患で,起立性低血圧を主徴とします.PAFはパーキンソン病(PD),レビー小体型認知症(DLB),多系統萎縮症(MSA)といったαシヌクレイノパチーの前駆症状であることが知られ,将来,これらの疾患を発症する(phenoconversionする)可能性があります.今回,米国および欧州のPAF患者を最長10年間前向きに追跡した縦断的観察コホート研究が報告されました.

罹病期間の中央値が6年のPAF患者209人が登録され,うち149人が解析の対象となりました.平均追跡期間の3年間で48人(33%)がphenoconversionしました(PD 20人:42%,DLB 17人:35%,MSA 11人:23%).PAF患者は年間12%の確率でαシヌクレイノパチーにphenoconversionしました(図).いずれかに診断されるまでの早さは,登録時の排尿障害および性機能障害[HR:5.9および3.6],軽微な運動徴候(腕振りの左右差,小歩症,瞬目の減少,表情の乏しさ)[HR:2.7],嚥下障害[HR:2.5],発話の変化[HR:2.4]と関連していました.





文字の書にくさを報告した患者はPDになる可能性が高く(HR:2.6),台所の調理器具の扱いにくさを報告した患者はDLBになる可能性が高く(HR:6.8),さらにPAFの発症年齢が若い患者[HR:11],嗅覚が保たれている患者[HR:8.7],無汗症患者[HR:1.8],重度の排尿障害患者[HR:1.6]はMSAになる可能性が高くなりました.PDの自律神経学的な予測因子として最も優れていたのはtilt-table testの心拍数上昇の鈍化で,心臓交感神経性の障害を反映するものと考えられました(HR:6.1).

論文を読み,起立性低血圧を呈する患者を対象とした病態抑止療法の臨床試験が現実味を帯びてきたと思いました.例えばMSAに関しては,起立性低血圧に他の自律神経障害を認め,さらに嗅覚障害を認めない患者を対象とすることになると思います(prodromal MSA).

Vernetti PM, et al. Phenoconversion in pure autonomic failure: a multicentre prospective longitudinal cohort study. Brain. 15 February 2024. awae033, https://doi.org/10.1093/brain/awae033

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αシヌクレインやアミロイドβのみを標的とする疾患修飾薬には限界がある!?

2023年09月26日 | パーキンソン病
パーキンソン病(PD)研究において,治療標的分子としてαシヌクレインを見出したことは極めて重要な発見で,近年,αシヌクレインを標的とする疾患修飾療薬が複数開発されました.しかし,これまでのところ,これらの薬剤がPDの進行を遅らせるという有効性を証明できていません.この理由についていろいろな説明が可能ですが,結局のところ,αシヌクレインの生理作用および病態機序が完全に分かっていないことが問題と言えます.

図は最新号のBrain 誌の総説のサマリーです.αシヌクレインは赤く示されていますが,層になっているのがフィブリルで,くるんと丸くなっているのがオリゴマーです.



イタリアのCalabresiらはまずトランスジェニック技術,ウイルスベクター,αシヌクレイン・フィブリルの脳内注入などの,近年開発された細胞モデルや動物モデルについて紹介しています.そしてこれらを用いてわかったこととして(図の時計回りに),αシヌクレインがエキソサイトーシス(細胞から細胞外への分泌)の障害,エンドサイトーシス(細胞が細胞外の物質を取り込む)の障害,NMDA受容体やドパミントランスポータ―の障害,シナプスの高頻度刺激の後に起きる長期増強の消失,認知・運動障害,脳内ネットワークへの伝播と変化をきたすことを紹介しています.つまりαシヌクレイン凝集は病態の中心にあり,脳内伝播や神経細胞脱落をきたすもののそれだけではなく,シナプスや可塑性の障害などの生理機能を阻害することを強調しているという総説です.そして著者らはαシヌクレインはそれらの生理機能の中で他のタンパクと相互作用するため,αシヌクレインだけを治療標的にしても十分ではなく,将来的には何らかの併用療法を考慮すべきと述べています.

同様のことはアルツハイマー病にも当てはまって,話題のレカネマブの治療標的アミロイドβ(Aβ)も生理的な機能が存在することが知られています.有名な論文は2019年にScience誌に掲載されたAβはGABAb受容体1aのリガンドとして作用してシナプスを調節するというものかと思います.

以上より,PDにしてもアルツハイマー病にしても,αシヌクレインやAβを中和抗体で除去すれば治るという単純なものではなく,もう少し病態が解明できたときに真の治療介入ができるような気がします.

Calabresi P, et al. Brain. 2023 Sep 1;146(9):3587-3597.(doi.org/10.1093/brain/awad150

Rice HC, et al. Secreted amyloid-β precursor protein functions as a GABABR1a ligand to modulate synaptic transmission. Science. 2019 Jan 11;363(6423):eaao4827.(doi.org/10.1126/science.aao4827

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発症前パーキンソン病を同定し,非定型パーキンソニズムも鑑別できる新たな血漿バイオマーカーの発見!!

2023年09月23日 | パーキンソン病
スウェーデンのルンド大学等のチームがパーキンソン病の発症前診断を可能にするバイオマーカーをNature Aging誌に報告しています.著者らはDOPA脱炭酸酵素(DDC; DOPA Decarboxylase)別名,芳香族L-アミノ酸脱炭酸酵素(aromatic L-amino acid decarboxylase; AADC)の脳脊髄液レベルが,レビー小体病(LBD)患者(パーキンソン病48名,レビー小体型認知症33名)を正確に同定できること(AUC=0.89;PFDR=2.6×10-13;図1左),ならびに認知機能の低下と関連することを示しています(P<0.05).DDCは外因性のL-DOPAからドーパミンを生成するのに必須の酵素です.

また,脳脊髄液DDCは,シード増幅αシヌクレインアッセイ陽性(seed amplification α-synuclein assay)で臨床症状を認めないpreclinical LBD stageを検出できました(AUC=0.81,P=1.0×10-5;図1右).



このDDC値は,preclinical症例の3年間のLBD発症を予測できることも明らかにしました(ハザード比=3.7/s.d.変化;図2).さらにDDC値は非定型パーキンソニズムでも上昇しましたが,アルツハイマー病などのその他の神経変性疾患では上昇しませんでした.これらの結果は,別の独立したコホート(パーキンソン病32名,レビー小体型認知症1名)でも再現されました.



さらに重要な発見として,血漿中のDDC値も健常対照より上昇し(AUC = 0.92,P = 1.3 × 10-14;図3),かつLBDと非定型パーキンソニズムを識別できることが分かりました.



以上の結果は,DDC値が,発症前(preclinical phase)であってもパーキンソン病とその類縁疾患を検出し,臨床症状の出現を予測するためのバイオマーカーとして,今後使用される可能性があることを示しています.著者らはDDC値とseed amplification α-synuclein assayを組み合わせることで,パーキンソン病と非定型パーキンソニズムを鑑別することを提案しています.今後,発症前パーキンソン病に対して,疾患修飾療法の有効性を評価する臨床試験が行われることが容易に予測されます.

またDDCの産生増加は,ドパミン入力を受けている線条体のニューロンなどが,ドパミンレベルの低下を補うための手段であると推測されます(つまり脳内ドーパミンシグナル伝達の低下を示すマーカーと言えます).そうであれば経時的にDDC値がどのように変化するのかに関心が持たれますが,著者らは縦断的なデータがなく,今後の検討が必要と述べています.

Pereira, J.B., Kumar, A., Hall, S. et al. DOPA decarboxylase is an emerging biomarker for Parkinsonian disorders including preclinical Lewy body disease. Nat Aging (2023). https://doi.org/10.1038/s43587-023-00478-y

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パーキンソン病に対する2つのαシヌクレイン抗体による臨床試験の失敗

2022年08月06日 | パーキンソン病
New Engl J Med誌の最新号に,凝集αシヌクレインに結合するヒト由来のモノクローナル抗体を用いた2つの臨床試験(シンパネマブCinpanemabとプラシネスマブPrasinezumab)の結果が報告されました.パーキンソン病の進行を初めて抑制する病態修飾薬となるのではないかと期待された臨床試験でしたが,結果はまったく効果がありませんでした.私も落胆した反面,やはりそうかという感じもしました.

いずれも病初期のパーキンソン病患者(発症3年以内,修正版 Hoehn-Yahr 重症度分類2~2.5以内等で,両試験で異なるため詳細は論文参照)を対象とした52週間の多施設共同二重盲検第2相試験でした.前者は偽薬またはシンパネマブ(250 mg,1250 mg,3500 mg)を4週間ごとに静脈内投与するもので,2:1:2:2の割合(100人: 55人:102人: 100人)で割り付けています.一方,後者は偽薬またはプラシネズマブ(1500mg,4500mg)を4週間ごとに静脈内投与するもので,1:1:1(105人,105人,106人)で割り付けています.主要評価項目は,52週目(および72週目)におけるMDS-UPDRS合計スコア(範囲0〜236,スコアが高いほど不良)のベースラインからの変化です.結果は,両試験とも偽薬群と比較して,主要評価項目において有意な効果が得られませんでした(図).画像バイオマーカーを含む副次評価項目でもまったく効果はありませんでした.



ちなみにシンパネマブはαシヌクレインのN末端を認識し,モノマーとの結合親和性は低く,プラシネスマブはαシヌクレインのC末端を認識し,モノマーともよく結合できる特徴をもちます.性質の異なる2つの抗体で効果がなかったことは,細胞外のαシヌクレインを標的とする抗体療法単独では少なくとも病初期の患者の進行を抑制できない可能性がかなり高まったように思います.試験失敗の原因に関する議論は深くなされていませんが,介入のタイミングの遅さのみ記載されていました.「αシヌクレインオリゴマーが神経細胞内に入り機能不全をきたすのはより早期のイベントであり,発症前もしくは前駆症状期に治療介入を行う必要がある」と述べています.アミロイドβ抗体はいままで明らかな成功はなく,進行性核上性麻痺のタウ抗体も2つのN末端抗体で無効,そして今回の結果です.多系統萎縮症に関するαシヌクレイン抗体LuAF8242も国内も含め進行中ですが,標的タンパクに対する抗体療法はそう簡単には行かない様相を呈してきました.
N Engl J Med 2022; 387:408-420(doi.org/10.1056/NEJMoa2203395)
N Engl J Med 2022; 387:421-432(doi.org/10.1056/NEJMoa2202867)

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