最も頻度の高い脊髄小脳変性症である多系統萎縮症(MSA)では,高率に睡眠中の呼吸障害がみられる.その結果,夜間の低酸素血症を合併するような場合には,非侵襲的陽圧管理療法(CPAP)による無呼吸・低呼吸の治療が必要である.私ども新潟大学では,神経内科,呼吸器内科,耳鼻咽喉科,循環器科,摂食嚥下科がチームを作り,MSA症例の治療・ケアに取り組んできた.そのなかで,MSAの睡眠呼吸障害は,よく知られている声帯レベルの狭窄のみならず,舌・軟口蓋・喉頭蓋レベルにおける閉塞・狭窄によっても生じうることを報告した(Arch Neurol 2007).とくに喉頭蓋レベルの閉塞・狭窄はfloppy epiglottis(喉頭軟化症・ぐにゃぐにゃ喉頭蓋)と呼ばれている.喉頭蓋が吸気時に奥に引きこまれて気道を閉塞・狭窄させるのである.これは小児では先天的な軟骨の形成異常などで生じることが知られているが,MSAにおける機序についてはよくわかっていない.われわれは成人型アレキサンダー病でfloppy epiglottisを来した症例を経験しているが(Mov Disord 2010),両者とも脳幹の萎縮を呈する疾患であり,脳幹の神経変性が関与しているものと考えられる.
さてこのfloppy epiglottisの臨床上の問題は,この合併をみとめた場合,CPAPを行っても大丈夫なのかということである.つまり,陽圧をかけて,さらに喉頭蓋が気道の奥に押し込まれ,窒息がおこらないかという心配である.われわれのチームはこの問題に取り組むため,睡眠呼吸障害を認める患者さんに対し,プロポフォール鎮静下での声帯や喉頭蓋の観察を行なってきた.実際にマスクをつけて陽圧をかけ,声帯や喉頭蓋にどのような変化が生じるかを確認した.今回,17名の患者さん(probable MSAの診断)に関する検討をまとめNeurology誌に報告した.
罹病期間は平均54ヶ月,重症度はUMSARSで平均43点(中等症が多い).病型は,14名が小脳型,3名がパーキンソン型であった.ポリグラフ検査では無呼吸・低呼吸指数は39.5と高く,16名に睡眠呼吸障害の合併を認めた.喉頭内視鏡では覚醒時には1名もfloppy epiglottisは見られなかったが,プロポフォール鎮静後に観察すると12名(71%)に軽度のfloppy epiglottisが出現した(他の神経疾患・喉頭疾患でも多数の検査を行なっているが,前述のアレキサンダー病を除き経験はない).3名が重度(ほぼ気道を覆うタイプ),9名が軽度と分類された.重度例では,CPAPによる陽圧で気道狭窄が明らかに改善したといえる症例なし.9名の軽度例のうち,2名はCPAPにより喉頭蓋が奥に押し込まれてしまい,気道狭窄が悪化,酸素飽和度も低下した.残り7名では気道狭窄は改善した.軽度例のうち3名で検査の1年後に再検査を行なったが, 1名が重度化がみられた.
以上より,3点のことが分かった.①MSA,とくにprobable MSAの診断がつく症例では,軽度のfloppy epiglottisは稀ではないこと,②floppy epiglottisは進行しうる病態であり,定期的な鎮静下喉頭内視鏡による観察が必要であること,③従来から有効と考えられ行われてきたCPAPが,floppy epiglottis合併例では,かえって睡眠呼吸障害を悪化しうること,である.③は特に重要で,MSAではCPAPを行っても経過中に突然死が生じうることを経験しており(J Neurol 2008),そのような症例の一部にはfloppy epiglottisによる窒息が含まれていた可能性もあるのかもしれない.今後,MSAの睡眠呼吸障害に対するCPAPは,耳鼻咽喉科医との連携の上,鎮静下の喉頭内視鏡検査を行い,floppy epiglottisの有無に注意しながら行う必要が示唆された.
Floppy epiglottis as a contraindication of CPAP in patients with multiple system atrophy
Neurology 2011;76 1841-1842
さてこのfloppy epiglottisの臨床上の問題は,この合併をみとめた場合,CPAPを行っても大丈夫なのかということである.つまり,陽圧をかけて,さらに喉頭蓋が気道の奥に押し込まれ,窒息がおこらないかという心配である.われわれのチームはこの問題に取り組むため,睡眠呼吸障害を認める患者さんに対し,プロポフォール鎮静下での声帯や喉頭蓋の観察を行なってきた.実際にマスクをつけて陽圧をかけ,声帯や喉頭蓋にどのような変化が生じるかを確認した.今回,17名の患者さん(probable MSAの診断)に関する検討をまとめNeurology誌に報告した.
罹病期間は平均54ヶ月,重症度はUMSARSで平均43点(中等症が多い).病型は,14名が小脳型,3名がパーキンソン型であった.ポリグラフ検査では無呼吸・低呼吸指数は39.5と高く,16名に睡眠呼吸障害の合併を認めた.喉頭内視鏡では覚醒時には1名もfloppy epiglottisは見られなかったが,プロポフォール鎮静後に観察すると12名(71%)に軽度のfloppy epiglottisが出現した(他の神経疾患・喉頭疾患でも多数の検査を行なっているが,前述のアレキサンダー病を除き経験はない).3名が重度(ほぼ気道を覆うタイプ),9名が軽度と分類された.重度例では,CPAPによる陽圧で気道狭窄が明らかに改善したといえる症例なし.9名の軽度例のうち,2名はCPAPにより喉頭蓋が奥に押し込まれてしまい,気道狭窄が悪化,酸素飽和度も低下した.残り7名では気道狭窄は改善した.軽度例のうち3名で検査の1年後に再検査を行なったが, 1名が重度化がみられた.
以上より,3点のことが分かった.①MSA,とくにprobable MSAの診断がつく症例では,軽度のfloppy epiglottisは稀ではないこと,②floppy epiglottisは進行しうる病態であり,定期的な鎮静下喉頭内視鏡による観察が必要であること,③従来から有効と考えられ行われてきたCPAPが,floppy epiglottis合併例では,かえって睡眠呼吸障害を悪化しうること,である.③は特に重要で,MSAではCPAPを行っても経過中に突然死が生じうることを経験しており(J Neurol 2008),そのような症例の一部にはfloppy epiglottisによる窒息が含まれていた可能性もあるのかもしれない.今後,MSAの睡眠呼吸障害に対するCPAPは,耳鼻咽喉科医との連携の上,鎮静下の喉頭内視鏡検査を行い,floppy epiglottisの有無に注意しながら行う必要が示唆された.
Floppy epiglottis as a contraindication of CPAP in patients with multiple system atrophy
Neurology 2011;76 1841-1842
