Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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抗LGI1脳炎はfacio-brachio-crural dystonic seizureやdrop attackに伴う転倒を約1/4の症例で来たしうる!

2024年06月30日 | 自己免疫性脳炎
抗LGI1脳炎はてんかん発作,意識障害,認知機能低下,低Na 血症,睡眠障害(パラソムニア,不眠症,過眠症)などを呈する急性の自己免疫性脳炎です.Neurol Clon Pract誌に米国Mayo Clinicから,臨床をしっかり見ていて流石だなぁと思った論文が掲載されていますのでご紹介します.

抗LGI1脳炎136名における転倒やそれに準じる状態の頻度,原因,転帰について後方視的に検討しています.結果として,まず27%(36/136例)の症例に「発作」に関連した転倒またはそれに準じる状態が見られました.36例の年齢中央値は67歳(49~86歳),男性が64%(23/36)でした.原因としては,facio-brachio-crural dystonic seizure(FBCDS)が58%(21/36例)と最多,ついでdrop attack(転倒発作:意識消失の有無にかかわらず,姿勢時筋トーヌスの消失により突然,転倒すること)が25%(9/36例)でした(図A).ちなみにFBCDSのcruralは「脚の」という意味で,ラテン語のcrus「脚」から派生したものです.古典的なfacio-brachial dystonic seizure(FBDS)と同時に,同側の下肢の収縮と屈曲が起こるため,下肢の予期せぬバックリンクが生じて転倒します.

つぎに発作に関連した転倒による外傷は18/30例(60%)に認められ,具体的には皮膚の裂傷,関節脱臼,骨折から頭蓋内出血まで多岐にわたり,重篤な転倒が少なからず認められました(図B).drop attackでは外傷が高頻度の8/9例(89%)で生じていました(図C).発作に関連した転倒またはそれに準じる状態は,免疫療法により24/32例(75%)で消失しましたが,抗てんかん薬の単独では改善は不良でした(4/32例,13%).歩行補助具を使用して歩行した患者は33%にすぎませんでしたが,これはこの疾患における転倒リスクの認識不足を反映しているものと考えられました.

以上,抗LGI1脳炎ではFBDSは非常に有名ですが,発作は下肢にも及び,FBCDSを来すことを認識する必要があります.早期に診断すること,歩行補助具の使用などの転倒防止策を講じること,そして迅速に免疫療法を開始することが重要だと思いました.
Li X, Gupta P, et al. Seizure-Related Falls and Near Falls in LGI1-IgG Autoimmune Encephalitis. Neurol Clin Pract. 2024 Jun;14(3):e200301.(doi: 10.1212/CPJ.0000000000200301



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flexion contractureはなぜか副腎機能低下に伴って生じる屈曲性拘縮である

2024年06月29日 | 医学と医療
カンファレンスで,flexion contractureについて議論しました.これは筋硬直により,腰が曲がり,両股関節や両膝関節も屈曲して歩行が困難になる状態をいいます(図1).筋硬直は下肢から腹部に多くみられますが,顔面や上腕にも生じるため,フランス語でcontracture facio-brachio-abdomino-crurale en flexionとも呼ばれます.



また筋硬直に加え屈曲性拘縮,有痛性筋痙攣を呈します.このため臨床的に自己免疫性・傍腫瘍性のStiff-person症候群やIssacs症候群との鑑別を要することになります.原因は汎下垂体機能低下症,ACTH単独欠損症,Addison病,Sheehan症候群などに伴う副腎機能低下です.論文を渉猟してみましたが,副腎機能低下がなぜこのような症候を来すかはまだ解明されていないようです.ただし関節拘縮は不可逆的なものではなく,「ヒドロコルチゾンによるホルモン補充療法」を行えば回復します.その期間も早い症例では数日(!)から数週で回復します(長い症例では数ヶ月かかります;図2).いずれにせよ治療可能な病態ですので,このような症候を認識し,見逃さないことが重要だと思いました.


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無料で聴講いただけます!岐阜大学リベラルアーツGlocal Lesson「COVID-19 後遺症としての認知機能障害」

2024年06月27日 | COVID-19
Glocalとは「地球規模で考え,地域で行動する」という意味です.岐阜大学ではGlocal Lessonと称して,本学教員によるミニ講義を通じて,岐阜大学の魅力を知っていただき,かつ教養として知っておきたい情報を提供するという試みを始めました.リベラルアーツ教育の一環で,メールアドレスのみの登録で,どなたでもご覧いただけます.ほとんどの講義を無料で聴講いただけます.

今回,学外の方からリクエストを頂き,COVID-19 後遺症の最新情報について講義をさせていただきました.1回10分程度で5回に分けてのレクチャーになります.よろしければご視聴いただければと思います.

【COVID-19 後遺症としての認知機能障害 】
 Lesson1 Long COVIDの基礎知識
 ▶https://www.gu-glocal.com/distribution/view/243/

 Lesson2 COVID-19と認知症(注目される臨床研究)
 ▶https://www.gu-glocal.com/distribution/view/244/

 Lesson3 注目される画像・病理研究
 ▶https://www.gu-glocal.com/distribution/view/245/

 Lesson4 注目される病態研究
 ▶https://www.gu-glocal.com/distribution/view/246/

 Lesson5 Long COVIDの性差研究と注目される治療研究
 ▶https://www.gu-glocal.com/distribution/view/247/


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振戦が目立つ遺伝性脊髄小脳変性症はなにか?

2024年06月27日 | 脊髄小脳変性症
Tremor Other Hyperkinet Mov誌の最新号に興味深い図表が掲載されていましたのでご紹介します.標題の疑問に対するScoping review論文の表で,姿勢時(運動時)振戦,安静時振戦,頭部振戦の3項目についてヒートマップ図にしています.一目瞭然で分かりやすいです.とくに色の濃い(=出現頻度の高い)SCA12,SCA2,SCA3,SCA15/SCA16,SCA27について本文の解説を簡潔にまとめます.



①SCA12(インドに多く,本態性振戦と間違えうる)
PPP2R2Bの5’UTR領域にあるCAGリピートの伸長で,最初に発見されたのはドイツ系アメリカ人1家系.その後インド人家系が相次いで報告された.渉猟した限り日本人での報告はない.振戦はほぼ全例で認め,初発症状として高頻度に現れる.左右差あり.上肢の姿勢時振戦が最も多いが,運動時・安静時振戦もあり(コメント欄に動画).頭部振戦が多い.声帯,顎,舌,口周囲,体幹にも認める.ジストニアをよく合併し,dystonic tremorを呈する.振戦が出現したあとに運動失調が出現すること,アルコール摂取で改善することから,本態性振戦と誤診される.

②SCA2(頭部振戦が多い)
SCA2患者の49.6%に振戦が見られ,9.7%で初発症状となるという報告がある.姿勢時または運動時振戦が多く,安静時振戦は稀だが,パーキンソン病様の表現型を呈することがある.頭部,体幹(起立性),口唇,舌,軟口蓋の振戦を呈し,特に頭部が多く,35%に合併するという報告もある.パーキンソニズムを呈する症例ではレボドパに反応することがある.

③SCA3(2種類の振戦を呈し,ジストニアを伴いうる)
SCA3患者の8.3%に振戦が認められると言う報告がある.姿勢時・運動時および安静時振戦が認められる.体幹,起立時に認める.速い振戦と遅い振戦(6.5-8 Hzと3-4 Hz)の2種類が報告され,遅い振戦に対しレボドパが有効なことがある.振戦とジストニアの関連が示唆されている.クロナゼパムの有効例がある.

④SCA15/SCA16(日本人家系も報告されている)
同じITPR遺伝子変異より生じる同一の疾患と考えられる.上肢,体幹,頭部の姿勢時振戦を呈する.引用文献の2家系のうちの1家系の患者さんを診察したことがあるが,頭部振戦と起立時の振戦が目立ち,運動失調を認めるのに長距離マラソンができる患者さんで印象的であった.
Neurology. 2004;62(4):648-51.(doi.org/10.1212/01.wnl.0000110190.08412.25

⑤SCA27
FGF遺伝子変異で,SCA27Aと27Bが含まれる.SAC27AはFGF14遺伝子のヘテロ接合点突然変異,27Bは第1イントロンの深部に存在するGAAリピート伸長で,最近の報告では200リピート程度が発症の閾値となる.私達が経験することが多いのはSCA27Bで,姿勢時振戦が16%に認められるとする報告がある.

Table 1が各タイプごとの詳しい情報が書かれていますので,ご確認いただければと思います.

Mukherjee A, et al. Tremor in Spinocerebellar Ataxia: A Scoping Review. Tremor Other Hyperkinet Mov (N Y). 2024 Jun 20;14:31.(doi.org/10.5334/tohm.911)オープンアクセス

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(6月23日)  

2024年06月23日 | COVID-19
今回のキーワードは,long COVID患者由来の自己抗体を注射したマウスにlong COVIDの症状が再現された!COVID-19感染後,虚血性脳卒中,アルツハイマー病,パーキンソン病の発症リスクは増加する,COVID-19感染後のパーキンソン病の発症リスクには神経炎症が関与している,抗ウイルス薬リトナビルの15日間内服はlong COVIDに無効であった,COVID-19後の認知機能障害の機序にIL-1βが関与し,ワクチン接種は発症リスクを軽減する,です.

世界ではCOVID-19の脳への影響が注目されています.神経・血管における炎症を引き起こし,long COVID(疲労やブレインフォグ)を起こすだけでなく,脳梗塞,血管性認知症,アルツハイマー病,パーキンソン病発症の危険因子となります.今回,パーキンソン病のモデル動物にSARS-CoV-2ウイルスを感染させたところ,αシヌクレイン病態が促進されることが示されました.また治療として期待された抗ウイルス薬リトナビルの長期投与はまったく無効であることも報告されました.同様に持続感染を標的とする臨床試験が複数進行中ですが,期待できないのかもしれません.最後にCOVID-19後の認知障害の機序として,サイトカインIL-1βにより海馬の神経新生が阻害されることが明らかにされましたが,嬉しいことにこれはワクチン接種で抑制されました.まとめるとCOVID-19後の神経障害を抑える治療は今のところワクチン接種しかないという結論になります.認知機能の低下は検査でもしない限りなかなか自分では気が付きません.科学的根拠の基づくワクチン接種の有用性を多くの人に知っていただきたいと思います.

◆long COVID患者由来の自己抗体を注射したマウスにlong COVIDの症状が再現された!
SARS-CoV-2ウイルス感染は,軽症感染でも,多様で機能的な自己抗体を生成する.米国Yale大学から,21,000のヒトタンパク質を含むHuProtヒトプロテオームアレイを用いて,long COVID(LC)患者の症状と相関する自己抗体の標的を検討した研究が報告された.神経症状の強いLC患者55人,回復期対照42人,非感染対照39人を比較した.結果として,まず神経系のタンパク質に対する自己抗体の増加は,神経症状を有するLC患者で認められた.これらの患者から精製したIgGは,免疫染色ではヒト橋などと反応し(図1),さらにマウスの坐骨神経,髄膜,小脳とも反応した.LC患者のIgGは脳の様々な部位を染色し,何人かの患者は,複数の中枢神経領域を染色した.上述のヒトプロテオームアレイの解析では,自己免疫疾患で知られる自己抗原だけでなく,中枢神経に発現する多様な抗原に反応する自己抗体が多かった.マウス坐骨神経および髄膜に反応する抗体は,患者の頭痛および見当識障害と相関していた.



つぎに患者から精製したIgGを健常マウスに受動移入し,行動分析を行った.最も顕著な表現型は,熱に対する疼痛感受性が亢進(反応するまでの時間が短縮)していたマウスで,神経障害性疼痛を有するLC患者からのIgGを投与されていた(図2).



握力が低下したマウスのほとんどは,頭痛患者由来のIgGを投与されていた.同様に,ロータロッド試験でバランスの障害を示したマウスは,めまいを有する患者のIgGを注射されていた.最後に疼痛感受性の機序を調べる目的で,皮内神経線維の数と量を測定したところ,IgGを投与されたマウスは,small fiber neuropathyのマーカーであるIENFが急速に減少した.以上より,自己抗体がLC患者の一部に関与し,それを標的とする治療が有益である可能性が示された.
Guedes de Sa KS, et al. A causal link between autoantibodies and neurological symptoms in long COVID. medRxiv. June 19, 2024.(doi.org/10.1101/2024.06.18.24309100)

◆COVID-19感染後,虚血性脳卒中,アルツハイマー病,パーキンソン病の発症リスクは増加する.
既報の3つの論文からCOVID-19による脳血管障害および神経変性疾患のリスク増加を検討した小論文が報告された.COVID-19感染後6ヶ月間の虚血性脳卒中のリスクは2.8倍,12ヶ月間では2.7倍に増加した.神経変性疾患に関しては,6ないし12ヶ月後の相対危険度はアルツハイマー病で3程度で,入院と外来でほとんど変わらなかった(図3).またパーキンソン病も外来患者で相対危険度が2.5程度であった.神経炎症や酸化ストレス,アミロイド形成などが神経変性のメカニズムとして推測された.
Bonhenry D, et al. SARS-CoV-2 infection as a cause of neurodegeneration. Lancet Neurol. 2024 Jun;23(6):562-563.(doi.org/10.1016/S1474-4422(24)00178-9)



◆COVID-19感染後のパーキンソン病の発症リスクには神経炎症が関与している.
SARS-CoV-2ウイルス感染がパーキンソン病(PD)の進行に及ぼす影響については不明である.韓国から,ヒト胚性幹細胞(hESC)由来のドーパミン作動性(DA)ニューロンとヒトACE2(hACE2)Tgマウスモデルを用いて,SARS-CoV-2ウイルス感染がPD発症リスクを高めることを示した研究が報告された.具体的には,SARS-CoV-2ウイルス感染は,ヒトαシヌクレインpreformed fibrils(hPFFs)で前処理したDAニューロンの細胞死を悪化させた.さらに,SARS-CoV-2ウイルスの経鼻感染はhACE2 Tgマウスの脳内に伝播し,DAニューロンにまで感染が及び,hPFFによる障害を悪化させた(図4).SARS-CoV-2ウイルスに感染したマウスは,ウイルスが脳内で検出されなくなった後も,60日以上にわたって神経炎症の長期化をもたらした.包括的な解析から,アストロサイトとミクログリアによる炎症反応が,PD発症感受性に寄与している可能性が示唆された.
Lee B, et al. SARS-CoV-2 infection exacerbates the cellular pathology of Parkinson's disease in human dopaminergic neurons and a mouse model. Cell Rep Med. 2024 May 10:101570.(doi.org/10.1016/j.xcrm.2024.101570)



◆抗ウイルス薬リトナビルの15日間内服はlong COVIDに無効であった.
米国スタンフォード大学から抗ウイルス薬リトナビル(300mgと100mg)の15日間経口内服によるPASC(=long COVID)への効果を検証した研究が報告された.15週間の盲検プラセボ対照無作為化臨床試験である.主要評価項目は,10週時点における6つのPASC症状(疲労,ブレインフォグ,息切れ,体の痛み,消化器症状,心血管症状)の重症度の合計である.参加者155人(女性59%)のうち,102人がリトナビル群に,53人が偽薬群に割り付けられた(2:1).ほぼすべての参加者(n = 153)がワクチン接種を受けていた.結果として主要評価項目(図5),副次的評価項目とも有意差はなく,有害事象発生率も同程度であった.以上より,PASC患者におけるリトナビルの15日間コースは安全であることが示されたが,特定のPASC症状の改善に対する有益性は示されなかった.
Geng LN, et al. Nirmatrelvir-Ritonavir and Symptoms in Adults With Postacute Sequelae of SARS-CoV-2 Infection: The STOP-PASC Randomized Clinical Trial. JAMA Intern Med. 2024 Jun 7.(doi.org/10.1001/jamainternmed.2024.2007)



◆COVID-19後の認知機能障害の機序にIL-1βが関与し,ワクチン接種は発症リスクを軽減する.
SARS-CoV-2ウイルスに感染した人の最大25%が,感染後に認知機能障害を示す.このためCOVID-19に由来する記憶機能障害の症例は,世界中で数百万例にのぼると考えられている.米国からの研究で,認知機能障害のメカニズムとワクチン接種の効果を検討した研究が報告された.まずSARS-CoV-2ウイルス感染に対し,IL-1βはCOVID-19患者の海馬で上昇していた.C57BL/6JマウスにSARS-CoV-2β変異体を経鼻感染させると,脳内におけるウイルスの直接的な感染はなかったが,Ly6Chi単球(いわゆる炎症性単球)が浸潤し,ミクログリアも活性化していた.これらの細胞が神経炎症を引き起こすものと考えられた.炎症性サイトカインの産生,血液脳関門の障害,T細胞の浸潤も認められた.さらに研究では,SARS-CoV-2ウイルスが脳内IL-1βレベルを上昇させ,IL-1R1を介して海馬の神経新生の持続的な障害を誘導して認知障害を促進することが示された(この病態はH1N1インフルエンザウイルスでは認めなかった).最後に低用量のアデノウイルスベクターによるスパイクタンパク質のワクチン接種は,上述のSARS-CoV-2感染による海馬のIL-1β産生,神経新生の喪失,およびその後の記憶障害を予防することが示された.以上より,COVID-19による認知機能障害の機序にIL-1βが関与すること,ならびにワクチン接種がリスク軽減に寄与する可能性が示された.
Vanderheiden A, et al. Vaccination reduces central nervous system IL-1β and memory deficits after COVID-19 in mice. Nat Immunol (2024).(doi.org/10.1038/s41590-024-01868-z)




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英語は伝える手段,完璧でなくてよいのです@「医師こそリベラルアーツ!」連載第3回

2024年06月22日 | 医学と医療
日経メディカルcadetto連載中の「医師こそリベラルアーツ」の3回目です.今回は楽天グループの創業者,三木谷浩史さんの『たかが英語!(講談社,2012)』です.リベラルアーツと英語の組み合わせは意外かもしれませんが,学ぶべき情報をインプットしたりアウトプットしたりする際に,英語は不可欠です.しかし英語で苦労している医学生や医師がとても多いことは事実で,このテーマは避けて通れません.私自身も,2004年から2年間,米国に留学した際には,とても英語に苦労しました.いまだに英語は苦手ですが,この本に書かれている内容を知っていれば,留学はもっと気が楽だったのではないかと思います.

 楽天は2010年に社内公用語を英語にする方針を打ち出し,準備期間の2年間で7000人以上の日本人が英語の習得に取り組みました.同書には,その過程と結果,日本での英語教育における問題点がつづられています.示唆に富む言葉が満載です.本文ではその中でも特に印象に残った5つの言葉をご紹介し,議論しています.

(1)完璧な英語は必要ない
(2)日本の英語教育はほとんど犯罪的と言っていいくらいひどい
(3)世界に発信する
(4)専門用語を学ぶ
(5)英語より大切なのは伝える中身
あとひとつ,私が留学中に経験し学んだことを追加すると
(6)真の国際化には,自国(つまり日本や日本人)の理解が不可欠 になります.

(6)を少し解説すると,私は多くの外国人から「このようなときに日本や日本人はどのように考えるのか? 行動するのか?」という質問を受けました.そのときに「単に英語を流ちょうに使えることが国際化ではない.自分や母国を理解し,周囲にきちんと伝えられることが真の国際化だ」と感じました.日本の文化や伝統に精通していること重要ということです.そう考えると,リベラルアーツは国際化にもとても役に立つわけです.

さて次回,第4回の課題図書は,精神科医・心理学者であるヴィクトール・E・フランクルによる名著『夜と霧』です.いよいよ本格的にリベラルアーツの世界に入っていきたいと思います.



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アルツハイマー病の発症リスクは父と母のいずれから引き継ぐのか?

2024年06月18日 | 認知症
遅発性アルツハイマー病(AD)の発症において,家族歴は高齢に次ぐ最大の危険因子と言われています.しかし父と母の認知機能がどのように影響を与えるかは不明でした.JAMA Neurology誌に,記憶障害のない高齢者におけるアミロイドβの蓄積が,父と母のいずれの記憶障害に影響を受けるのかを検討した米国からの研究が掲載されています.

方法は抗体療法によるAD発症予防を目的として行われたA4試験に参加した4413人(平均年齢71歳,女性59.3%)のデータを用いています.1554人が両親ともに記憶障害なし,632人が父親のみ,1772人が母親のみ,455人が両親ともに記憶障害がありと自己申告しました.参加者は全例,ベースライン時に認知機能は正常でした.アミロイドPETを施行し,小脳を参照領域として関心領域値を算出するSUVR(平均標準化取り込み値比)を計算しています.

さて結果ですが,SUVRで測定したアミロイドPET負荷の平均値は,父母ともに記憶障害がある人(1.12)または母のみの既往がある人(1.10)では,父のみの既往がある人または家族歴がない人(いずれも1.08)に比べて有意に高いことが分かりました.また親の発症時年齢を調べたところ,父親では65歳未満の発症のみがアミロイドβ増加と関連していましたが,母親ではどの年齢でも関連していました.個人的には親からのリスクに性差があるのは意外でした.

以上のように母親の影響が強いメカニズムとしては,生物学的および社会的な可能性が考察されています.前者は,ADの母からの伝播は,母体のX染色体,ミトコンドリア,特定のゲノムインプリンティングを子供に伝えることに関連している可能性があります(図).一方の社会的要因としては,ADを発症した女性の世代は,男性に比べて正式な教育を受ける機会が少ないことから,脳の予備能力が低下した可能性があります.



また研究の限界としては,両親の既往歴は自己申告であり,AD以外の認知機能障害が含まれている可能性が高いこと,また横断研究でADの経時的変化について不明であることが挙げられます.あと「アミロイドβの蓄積=AD」と考えている点を問題とする意見もあるかと思います.

Seto M, et al. Parental History of Memory Impairment and β-Amyloid in Cognitively Unimpaired Older Adults. JAMA Neurol. 2024 Jun 17.(doi.org/10.1001/jamaneurol.2024.1763

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オミクロン変異株でも嗅覚伝導路を伝播する脳炎が生じる!

2024年06月08日 | COVID-19
岩田一輝先生,吉倉延亮先生らの症例報告がNeurol Clin Neurosci誌に掲載されました.糖尿病と神経疾患の既往がある80歳男性が,意識障害と全身のけいれん発作のために入院しました.頭部MRIでは両側嗅球と嗅覚伝導路に相当する脳実質に異常信号を認めました(図1).COVID-19 PCRは鼻腔ぬぐい液で陽性,脳脊髄液は陰性でした.CIVID-19脳炎と診断し,レムデシビルとステロイドパルス療法を行いました.意識レベルは回復し,認知機能も感染前のレベルまで改善しました.入院33日目に退院しましたが,嗅覚は改善せず,静脈性嗅覚機能検査にも無反応でした.

パンデミック初期にも嗅覚伝導路に沿った脳炎が報告されていますし(図2),マカクザルの感染実験でも鼻から入ったウイルスは嗅覚伝導路を介して眼窩前頭皮質まで伝播してしまうことがわかっています(図3)(眼窩前頭皮質はCOVID-19後に萎縮する部位として有名です).以上のようにオミクロン変異株の時代になっても脳に伝播しますし,後遺症を呈する方も少なくありません.



日本を除く先進国は2024年も高齢者等に対し年2回以上のワクチン接種を推奨していますが,なぜか日本では定期接種1回のみの助成となってしまいました.また感染を繰り返すとlong COVIDのリスクは増加するというエビデンスも確立しています.COVID-19から脳を守るため,とくに高齢者やなんらかの疾患を有する人は,感染予防とワクチン接種を継続すべきと思います.

ちなみに下図は,2024年の先進国における高齢者等に対する年間ワクチン接種推奨回数です.日本だけ1回で,その1回の助成は自己負担7,000円,ここに各自治体の補助がはいり,3,000円~5,000円程度になるそうです.ただしワクチン接種できる病院はかなり限られているようで,岐阜県ではないらしいです.



Iwata K, Yoshikura N, Kimura A, Shimohata T. Encephalitis mediated by the olfactory pathway can occur even during predominance of the Omicron mutant strain. Neurol Clin Neurosci. 2024;00:1-2.(doi.org/10.1111/ncn3.12836

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IgLON5抗体関連疾患の最近の進歩

2024年06月07日 | 自己免疫性脳炎
Curr Opin Neurol誌にIgLON5抗体関連疾患の最新の知見に関する総説が報告されていますので以下にまとめます.

1)臨床
慢性の経過をとること(ただし25%は亜急性)に加え,MRIの信号異常(5%未満),脳脊髄液の細胞増多(20~30%),蛋白の軽度上昇(40~50%)を必ずしも伴わないないことから,さまざまな神経変性疾患やstiff-person症候群などと誤診されることがある.



◆免疫療法は一般にNMDAR脳炎,LGI1脳炎などより有効ではないが,迅速に開始できれば改善しうる.
◆診断時の血清,脳脊髄液NFL高値は予後が悪い.
IgLON5 composite score(ICS)というスケールが開発された.さまざまな症候をカバーする5つのドメイン,17症状が含まれる(総スコアは0~69).(doi.org/10.1212/WNL.0000000000209213



2)病理
◆脳幹におけるタウ沈着は罹病期間の長期化と相関する → タウ沈着は病態の後期または2次的な現象である可能性が示唆される.
◆TDP-43の沈着を神経細胞とミクログリアに認めることがある.
◆早期例で,神経細胞におけるMHCクラスIの上昇,ミクログリアの活性化,B細胞やT細胞の血管周囲や実質の炎症性浸潤,ニューロピルにおけるIgG4の沈着が認められる → 病態の早期における自己免疫機序の関与.



3)病態機序
◆IgLON5抗体の主なサブクラスはIgG4であるが,ほぼ全例でさまざまな量のIgG1も有する.
◆ラットの海馬ニューロンの培養を用いたin-vitro実験では,IgG1が不可逆的内在化の原因である.
◆IgLON5抗体は培養海馬ニューロンにおいて細胞骨格の変化を招くが,それがタウオパチーを誘導する可能性がある.

Gaig C, Sabater L. New knowledge on anti-IgLON5 disease. Curr Opin Neurol. 2024 Jun 1;37(3):316-321. (doi.org/10.1097/WCO.0000000000001271

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MSA-PとMSA-Cは同じ疾患か? ―鉄沈着から眺めると両者の病態はまったく異なる―

2024年06月05日 | 脊髄小脳変性症
先月の日本神経精神薬理学会@東京にて,アミロイドβ,タウ,αシヌクレインに対する抗体療法のシンポジウムで演者を務めました.今後の展望を質問され,「病態メカニズムの全貌が解明されないかぎり,治療はうまくいかないだろう」という発言をして,治療の成功を期待する会場の雰囲気に水を差してしまいました.ただ脳虚血の治療研究にて脳の複雑さ・治療の難しさを痛感しており,抗体により単一の分子の発現を減らすだけで複雑な孤発性神経変性疾患を治療できるほど甘くはないと考えています.例えば今回ご紹介するカナダからの多系統萎縮症(MSA)についての論文を読むと,αシヌクレインは本当に病態の主役なのか,そもそも「MSAとは何なのか?」と考えさせられ,私達を混乱させます.

研究ではMSA 7例(MSA-P 4例,MSA-C 4例,C+P 1例)を対象として,鉄沈着の部位,細胞の種類,それぞれのサブタイプごとの違いについて検討し,以下の結果を見出しました.
・鉄沈着はMSA-Pでより顕著.
・鉄沈着が最も高度なのは淡蒼球,被殻,黒質.
MSA-Pでは基底核,MSA-Cでは脳幹に多く,分布が異なる.最も差を認めたのは被殻(図).
MSA-Pではミクログリアに鉄が蓄積する→鉄を含むミクログリアはフェロトーシスを誘発し,神経変性に関与する可能性がある.
MSA-Cではアストロサイトが主体か,もしくは同等 → アストロサイトは鉄毒性に対して耐性があり,フェロトーシスに対して保護的に作用する可能性がある.
・オリゴデンドロサイトの鉄沈着は黒質で最も高度.
・神経細胞の鉄沈着はは最も少ない.
・細胞外の領域に鉄が顕著に観察される → これもフェロトーシスに関与?
鉄とαシヌクレインの蓄積パターンには顕著な違いがあり,αシヌクレイン陽性神経細胞の鉄沈着も陰性である.
・αシヌクレイン陽性オリゴデンドロサイトにおける鉄沈着の頻度は,淡蒼球,被殻,黒質で10.1%,8.4%,24.3%(PSPのリン酸化タウ陽性アストロサイトと比べるとだいぶ低い)



以上より,鉄蓄積のパターンがMSA-PとCで異なり,かつαシヌクレイン蓄積と無関係に生じているため,鉄関連病態はαシヌクレイン病理の下流にあるわけではないことが示唆されます.もとともSND,OPCA,SDSという異なる疾患が,αシヌクレイン陽性GCIという共通の病理学的所見をもとに一つの疾患MSAに統合されたわけですが,鉄沈着から見てみると,MSA-PとCで,局在ばかりか蓄積する細胞も異なり,本当に同じ疾患として統合して良いのかと混乱してきます.現在,鉄をキレートする治療薬(ATH434)の臨床試験が海外で進行中ですが,今後,鉄代謝にさらに注目が集まっていくことは必然だろうと思います.
Lee S, et al. Cellular iron deposition patterns predict clinical subtypes of multiple system atrophy. Neurobiol Dis. 2024 May 16;197:106535.(doi.org/10.1016/j.nbd.2024.106535)オープン・アクセス

おまけ:フェロトーシス(ferroptosis):鉄依存性の酸化ストレスによって引き起こされるプログラムされた細胞死の一形態です.この過程では,細胞膜の脂質が過剰に酸化され,細胞が死に至ります.鉄は活性酸素種(ROS)の生成を促進し,脂質の過酸化を引き起こします.抗酸化物質であるグルタチオンの枯渇や,脂質過酸化を防ぐ酵素GPX4の機能低下がフェロトーシスを促進します.

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