Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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PSPと運動失調における評価尺度の進化 ― 米国食品医薬品局(FDA)が進める評価尺度の改訂の意義

2024年12月29日 | その他の変性疾患
進行性核上性麻痺(PSP)は,運動障害,認知機能障害,行動変化など多彩な症候を呈する神経変性疾患です.このため臨床評価尺度も多彩な項目を要します.現在,使用されているProgressive Supranuclear Palsy Rating Scale(PSPRS)は28項目から構成されます.なんと米国食品医薬品局FDAがPSPRSを改訂し,10項目から構成されるPSPRS-10という評価尺度を作成したようです.その有用性を検証した論文がスウェーデンからMov Disord誌に報告されています(文献1).

この研究では,従来のPSPRS(PSPRS-28)とFDAが提案した10項目サブスケール(PSPRS-10および再スコアリング版rPSPRS-10)を比較しています.アイテム応答理論(Item Response Theory, IRT)は統計モデルのひとつで,テストや評価尺度を構築・解析するための方法です.被験者の潜在特性(例:能力,病気の重症度,態度など)と,個々のテスト項目(質問や評価基準)の特性との関係を数学的にモデル化する方法のようです.つまりIRTを用いて,28項目のうち情報量が低い項目や,疾患重症度との相関が弱いものが特定され削除されました.その結果できたものが以下の10項目による簡略版です.
1. Gait(歩行)
2. Arising from chair(椅子からの立ち上がり)
3. Postural stability(姿勢の安定性)
4. Sitting down(座る動作)
5. Neck rigidity(頸部筋強剛)
6. Dysphagia for liquids(液体の嚥下障害)
7. Dysphagia for solids(固形物の嚥下障害)
8. Voluntary downward saccades(自発的下向きサッケード)
9. Postural reflexes(姿勢保持)
10. Impact on daily life(日常生活への影響)

著者らは4つの臨床試験および2つのレジストリから得られた979名分のデータを分析し,各尺度の有用性を評価しました.この結果,PSPRS-28では項目間の相関が低く(平均相関係数r=0.17±0.14),特に「イライラ感」「睡眠困難」「姿勢振戦」の3つの項目は他の項目とほぼ相関がないことを示しました.一方,PSPRS-10では選択された10項目が全体の76%の情報量を保持しており,相関も高い(r=0.35±0.14)ことが示されました.また臨床試験シミュレーションでは,治療効果を検出するための被験者数をPSPRS-10は大幅に削減できることが確認されました.例えば,50%の治療効果を検出する場合,PSPRS-10では19名の被験者で済むのに対し,PSPRS-28では102名が必要でした.「rPSPRS-10」はさらにスコアリング方法を変更したものですが,PSPRS-10ほどの感度を示さない可能性があることが示されました.まとめるとPSPRS-10とPSPRS-28はそれぞれ利点があり,PSPRS-10は臨床試験における評価尺度として効率的で,PSPRS-28は疾患の全体像を詳細に把握するために有用です.表にまとめましたが,それぞれの特性を活かし,目的に応じて適切な評価尺度を選択することが重要となります.



この論文に対する論説も掲載され,FDAが主導し,PSPRSの改訂が行われた背景について論じています(文献2).FDAが希少疾患における臨床試験の効率性を高めるため,既存の評価尺度を改善する取り組みを進めていることが強調されています.つまり臨床試験のエンドポイントとして使用されるスケールの「目的適合性(fit-for-purpose)」を重視し,不要な項目を削除し,機能的評価を重視した改訂をすることにより,治療効果の判定をより効率的・効果的にできると述べられています.FDAはPSPRSだけでなく小脳性運動失調の評価尺度であるSARA(Scale for the Assessment and Rating of Ataxia)も改訂しています(文献3).改訂版は「functional SARA(f-SARA)」と呼ばれるもので,もとの8項目のうち,以下の4項目に絞っています.
1. Gait(歩行)
2. Stance(立位)
3. Sitting(坐位)
4. Speech(発語)
著者らは,他の評価スケールにも同様の改訂が必要であると述べています.



1. Gewily M, et al. Quantitative Comparisons of Progressive Supranuclear Palsy Rating Scale Versions Using Item Response Theory. Mov Disord. 2024 Dec;39(12):2181-2189.(doi.org/10.1002/mds.30001

2. Sampaio C. FDA Boosts the Progressive Supranuclear Palsy Rating Scale! Mov Disord. 2024 Dec;39(12):2127-2129.(doi.org/10.1002/mds.30040

3. Potashman M, et al. Content Validity of the Modified Functional Scale for the Assessment and Rating of Ataxia (f-SARA) Instrument in Spinocerebellar Ataxia. Cerebellum. 2024 Oct;23(5):2012-2027.(doi.org/10.1007/s12311-024-01700-2

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進行性核上性麻痺・大脳皮質基底核変性症をめぐる最近の進歩

2024年11月22日 | その他の変性疾患
第43回認知症学会(郡山)にて,東名古屋病院の饗場郁子先生に座長をしていただき,標題の学術教育講演をさせていただきました.これら2疾患はタウ蛋白のみ蓄積する「純粋な」タウオパチーと考えられ,タウ抗体を用いた2つの臨床試験が行われましたが,いずれも失敗しました.講演では「失敗の原因は何なのか?」の考察から始まり,将来の治療の成功につながりうる最近の驚くべきブレイクスルー「アンチセンスオリゴンヌクレオチドによる治療,TRIM21を利用した細胞内タウの分解,治療標的としてのオリゴデンドロサイトと補体C4a,proteinopenia仮説」について解説しました.ありがたいことに会場には立ち見の先生も出るほど多くの方がご参加くださいました.スライドは以下からご覧いただけます.

使用スライド


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進行性核上性麻痺の新たなリスク遺伝子と病態におけるオリゴデンドロサイトと補体の重要性

2024年10月26日 | その他の変性疾患
進行性核上性麻痺(PSP)の新たな遺伝的要因と病態機序について,米国Mount Sinai医科大学から重要な知見が報告されました.PSPにおける最大規模のゲノムワイド関連解析(GWAS)で, PSP患者2779人(なんと2595人は病理診断で確認済み)と5584人の対照群を検討し,PSPのリスク遺伝子を解析した研究です.その結果,6つの独立したPSP感受性遺伝子座を特定しました.その中には,既知の5つの遺伝子座(MAPT,MOBP,STX6,RUNX2,SLCO1A2)と,新規の1つの遺伝子座(補体C4A)が含まれていました.さらにC4A遺伝子のコピー数変異がPSPのリスクに関係することが示されました.C4Aは補体系に関連したタンパクであり,PSPにおいて補体の関わる炎症反応が神経変性に関与する可能性が考えられました.このため補体C4Aを標的とした検討がなされました.

この研究で特に注目されるのは,PSPの病態進行にオリゴデンドロサイトが関与している可能性が示唆された点です.オリゴデンドロサイトの重要性は2022年にも指摘されていました.図の上段はC4A(マゼンタ),リン酸化タウ(AT8,緑),およびOLIG2(オリゴデンドロサイトのマーカー,茶色)の三重免疫染色です.対照群(a)ではリン酸化タウとC4Aはほとんど染まりませんが,PSP群(b)ではOLIG2陽性のcoiled body(PSPで認めるオリゴデンドロサイトにおけるタウ蓄積:緑および茶色)においてC4Aの共局在が示されています.一方,アストロサイト(tufted astrocyte)や神経細胞(神経原線維変化)ではC4Aは陰性でした.またC4A陽性軸索数(c)は,PSP群で有意に多く,C4A陽性軸索の長さ(d)は,PSP群で有意に短いことも分かりました.C4Aα鎖の免疫ブロット(e)ではPSP群で有意に発現レベルが高いこと,さらに末梢血全血におけるC4A mRNA発現(f)もPSP群で有意に高いことが分かり,診断マーカーとして使用できる可能性も出てきました.



以上より,PSPは単なるタウタンパクの異常に起因する神経変性疾患ではなく,免疫系・補体系が病態の進行に深く関与することが示唆されました.PSPやその他のタウオパチーにおいて,C4Aやオリゴデンドロサイトが治療標的として検討されることになると思います.
Farrell K, et al. Genetic, transcriptomic, histological, and biochemical analysis of progressive supranuclear palsy implicates glial activation and novel risk genes. Nat Commun. 2024 Sep 9;15(1):7880. doi: 10.1038/s41467-024-52025-x.

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えっ,大脳皮質基底核症候群に左右差が生じる理由はそういうことなの!?

2024年10月13日 | その他の変性疾患
ちょっと驚いた論文です.大脳皮質基底核症候群(corticobasal syndrome;CBS)は,医学生でも症候や画像所見に明らかな左右差(非対称性)があることを知っています.しかしなぜ左右差が生じるかは専門家も答えられません.最新号のNeuol Clin Pract誌に,ヒューストンのベイラー医科大学から「CBSの左右差は発症前に,末梢性または中枢性に何らかの誘因がある」という仮説を検証した研究が報告されました.つまり病変と対側の手足,もしくは同じ側の脳に外傷などをしていなかったか?を調べたわけです.

著者らは,72名のCBS患者と同数のパーキンソン病(PD)患者の医療記録を調査し,CBS症状発現前の1年間に末梢性または中枢性の誘因があったかどうかを検討しました.この結果,PD患者では発症前の誘因は1.4%のみであったのに対し,CBS患者では20.8%と明らかに高率でした(p < 0.001)(図1).



そして誘因の多くが末梢性でした.
■末梢性の誘因(13件)(図2)
 手術:回旋腱板修復手術,手根管開放手術,足の手術,上腕骨骨折の固定,腱鞘炎手術
 外傷:手の鈍的外傷や刺傷
 骨折後のギプス固定:骨折後の四肢ギプス固定
 歯の手術:20本の歯を抜歯する特定の歯科手術
■中枢性の誘因(2件)
 脳卒中
 頭部外傷



以上より,CBSにおける左右差は,主に対側の手足における手術や外傷が契機となって神経変性プロセスが開始される,例えば局所的なタウタンパクのミスフォールディングや異常な伝播が生じるという可能性が示唆されました.本当かどうか,まだ半信半疑ですが,今後,大規模な前向き研究が行われることで,結論が出るかもしれません.いずれにせよ,今後,CBS患者の問診で追加すべき質問が増えたということになります.

Lenka A, et al. Corticobasal Syndrome: Are There Central or Peripheral Triggers? Neurol Clin Pract. 2025. https://doi.org/10.1212/CPJ.0000000000200365

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進行性核上性麻痺と大脳皮質基底核症候群におけるαシヌクレイン共存の意義

2024年09月26日 | その他の変性疾患
進行性核上性麻痺(PSP)や大脳皮質基底核変性症(CBD)は,アミロイドβも関わるアルツハイマー病とは異なり,タウのみが病態に関わる「純粋な」タウオパチーと考えられてきました.しかし近年,αシヌクレイン(αSyn)も関与しうる可能性が示唆されています.今回,トロント大を中心とする研究チームから,αシヌクレインシード増幅アッセイ(αSyn-SAA)を行い,PSPおよび大脳皮質基底核症候群(CBS)患者におけるαシヌクレイン共存の意義を検討した研究がNeurology誌に報告されました.

対象となった68名(PSP 28名,CBS 40名)のうち,PSP患者の28.6%,CBS患者の35.9%がαSyn-SAA陽性でした.また興味深いことに,若年発症の患者においては,アルツハイマー病(AD)のバイオマーカー陽性(アミロイドβ42の低下など)とαSyn-SAA陽性との強い関連が見られました.

図1Aでは,若年発症(65歳未満)と高齢発症(65歳以上)に分けて,ADバイオマーカー(特に脳脊髄液Aβ42の低下)とαSyn-SAA陽性の関連を示しています.若年発症群では,ADバイオマーカー陽性患者のうち56%がαSyn-SAA陽性であり,ADバイオマーカー陰性だとαSyn-SAA陽性も12%と小さくなることが分かります.しかし高齢になると,AD病理と無関係にαシヌクレイン病理が陽性になることが示唆されます(ADバイオマーカー陰性でもαSyn-SAA陽性が46%と上昇している).



図1Bは,発症年齢と脳脊髄液中Aβ42の関連を示しています.αSyn-SAA陽性の患者では(オレンジ),若くなるほどAβ42レベルが低下しており,AD病理との関連が示唆されます.一方,αSyn-SAA陰性の患者では,発症年齢とAβ42には関連が見られません.



図1Cは,CBSおよびPSP患者の主要な臨床症候(振戦,安静時振戦,筋強剛,運動緩慢,失効,歩行障害,転倒,眼球運動障害)を,αSyn-SAA陽性と陰性で比較したものですが,大きな差は認めませんでした.ただしREM睡眠行動障害の既往は,αSyn-SAA陽性と強く関連していました(オッズ比60.2!,p < 0.01).PSPではRBDを合併しうることは有名でしたが,このような症例はαSyn-SAA陽性である可能性が高いことを意味し,個人的には驚きました.



図1Dは,神経細胞障害の指標であるNfL値を比較したもので,PSPの方がCBSよりも高い傾向がありますが,αSyn-SAA陽性と陰性の間で有意な差はなく,αSyn病理の合併が神経変性を促進するというわけではないものと考えられました.



以上より,αSyn病理の合併はCBSやPSPでは少なくないこと,αSyn病理の合併で大きく症候は修飾されないが,αSyn陽性例でRBDを呈しうること,若年発症例ではαSyn病理にAD病理が関連する可能性があることが分かりました.そしてこの論文は将来の治療において重要な意義を持つ可能性があります.最初に記載したとおり,これまでPSP/CBSはアルツハイマー病とは異なる「純粋な」タウオパチーであるため,TilavonemabやGosuranemabといった抗タウ抗体による治験が行われ,いずれも失敗したという経緯がありました.今後,αSyn-SAA等のバイオマーカーや年齢を用いて,対象患者を層別化し,ターゲットを絞ることが求められるかもしれません.また神経変性疾患における複数の病理(タウ,αシヌクレイン,βアミロイド)の複雑な相互作用を解明する必要性を感じました.
Anastassiadis C, et al. CSF α-Synuclein Seed Amplification Assay in Patients With Atypical Parkinsonian Disorders. Neurology. 2024 Sep 24;103(6):e209818.(doi.org/10.1212/WNL.0000000000209818

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脳神経内科医1年目の私のカルテに久しぶりに対面した話

2024年08月07日 | その他の変性疾患
3年ほど前に,小脳失調症の研究でご一緒させていただいている信州大学中村勝哉先生から,信州大学で診療している患者さんの学会発表の共同演者になってほしいというお話をいただきました.症例は家族性痙性対麻痺SPG26の原因遺伝子であるB4GALNT1に新規ミスセンス変異があることが判明した44歳女性です.なぜ私が共同演者になるのか思い当たることがありませんでしたが,お話を伺うと,20歳時に信州大学に入院歴があり,そのカルテを調べたところ,なんと私の書いた入院サマリーが出てきて,これまでの経過を理解するのに役に立ったということでした.それは患者さんが17歳のときに,脳神経内科医1年目の私が新潟の市中病院で主治医となり,その後,長野県に転居されたということです.

中村先生が私にそのカルテを送ってくださり,27年前に書いたカルテと対面したわけですが,感想は「分からないなりに全力で取り組んでいる」と思いました.恥ずかしくもありましたが,教室の若い先生がたにも1年目の私のカルテを見てもらいました.彼らに伝えたかったことは,診断が分からない難しい症例を経験したときに「分からないながらもしっかりと病歴や神経所見を記載し,可能な限り勉強してベストの考察を残しておけば,いつか誰かが見て役に立つかもしれない」ということです.これまでも遺伝性神経疾患において同様の事例がいくつもありますし,おそらくこれから発見される未知の抗神経抗体を有する自己免疫性神経疾患でも同様のことが起こるだろうと思います.自戒の念を込めてですが,できるだけしっかりとしたカルテを残す必要性を改めて感じました.

以下は最近発表された論文です.1症例報告でもここまで詳細な検討ができるのだと非常に感心し勉強になりました.中村先生,どうもありがとうございました!

Inamori E, Nakamura K, et al. Functional evaluation of novel variants of B4GALNT1 in a patient with hereditary spastic paraplegia and the general population. Front Neurosci. 31 July 2024. Vol18(doi.org/10.3389/fnins.2024.1437668)オープンアクセス



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IgLON5抗体関連疾患では免疫療法を行っても脳内タウ沈着は進行する

2023年10月30日 | その他の変性疾患
IgLON5抗体関連疾患は中核症状として,睡眠障害(パラソムニア,閉塞型無呼吸,喉頭喘鳴),脳幹障害(嚥下・構音障害,眼球運動障害,呼吸障害など),舞踏運動などの不随意運動,パーキンソニズム,歩行障害,姿勢保持障害,自律神経症状などを呈します.当科で抗体測定(cell-based assay)が可能ですが,4症例を経験し,診断まで2~7年,臨床診断はCBS,PAF→MSA+球麻痺,MSA(鑑別診断ALS),PD→呼吸不全がそれぞれ1例ずつ,全例免疫療法で何らかの症状の改善を認めています.

病理学的には脳幹および視床下部のリン酸化タウ沈着(AT8)を認めます.病初期には神経炎症(脳脊髄液細胞数↑),進行すると神経変性(抗体価↑)が主体となり,リン酸化タウが蓄積してくると推測されています.このため「自己免疫性タウオパチー」とも呼ばれています.今回,ドイツより第2世代のタウPETトレーサー(18F-PI-2620)を用いて,4名の患者のタウ沈着を検討した研究が報告されました.

まず図左に4名の所見を提示したように,橋,延髄背側,小脳にタウ沈着を認めました.これは既報の剖検における所見と一致していました.またこの蓄積部位は,睡眠障害,自律神経障害,眼球運動障害,歩行障害の責任病変として矛盾はありませんでした.

今回,明らかになったのは,症例2の28ヵ月の縦断的検討で,免疫療法(ステロイド,IVIG,アザチオプリン)により症状や抗体価が改善したにもかかわらず,延髄におけるタウ沈着が増加しており,免疫療法を行っても神経変性が進行する可能性が示唆された点です(図右上).またタウ沈着は,抗体価が高いほど(図右下),NfL値が高いほど,臨床症状の重症度が高いほど沈着が増加することが分かりました(治療までの期間と罹病期間とは明らかな相関はなし).



著者は,本症におけるタウ沈着は,自己抗体によって引き起こされるタウリン酸化の亢進に続発するものと考えています.まだ4症例における検討であり,今後,より大規模な縦断的研究が必要と考えられます.神経変性疾患として非典型的な症候を呈する症例,脳脊髄液で細胞数・蛋白上昇を認める症例,HLA-DRB1*10:01ないしDQB1*05:01を認める症例ではぜひ,抗体のcell-based assayをご相談ください.
Theis H, et al. In Vivo Measurement of Tau Depositions in Anti-IgLON5 Disease Using 18F-PI-2620 PET. Neurology. 2023 Oct 25:10.1212/WNL.0000000000207870. (doi.org/10.1212/WNL.0000000000207870


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「エビ足の少年」の病気

2023年08月05日 | その他の変性疾患
最新号のBrain誌の表紙です.手足に障碍を抱えつつも,陽気で堂々とした態度の少年が印象的な絵です.私もルーブル美術館で見て,とても記憶に残っています.タイトルは「El patizambo」,日本語では「エビ足の少年」と呼ばれています.スペインの画家ホセ・デ・リベラが1642年に描いた傑作です.この物乞いの少年の右足は拘縮し,つま先立ちで,踵が地面についていません.これが「エビ足」の由来です.右手も拘縮し,左肩に松葉杖を担いでいます.もとは「小人」というタイトルが付けられていたそうで,低身長であり,やや特徴的な顔貌をしています.左手の紙切れにはラテン語で「神のお慈悲として,私に施しを与えたまえ」と書かれています.うまく話せないため,紙を見せて周囲の者に施しを訴えていたのです.

この少年の病気は先天性多発性関節拘縮症(Arthrogryposis Multiplex Congenita:AMC)と考えられています.Brain誌の表紙になったのは,遺伝性ジストニアDYT1の原因遺伝子TOR1Aのホモ接合性変異によるAMC5の40家系57人についての検討が報告され,それが少年に似ていたためでした.

AMC5の特徴は,調査時の年齢中央値3歳(0〜24歳)で,95%が重度の先天性屈曲拘縮を呈し,発達遅延を79%に認めました.運動症状も79%で,下肢痙縮や錐体路徴候,歩行障害などを認めました.ジストニアは35%程度.顔貌は特徴的で,鼻先の膨らみ,額の狭小化,頬の膨らみを認めます.正常認知機能と軽度の歩行障害を呈する軽症例から,発達遅延,知的障害,発語欠如,歩行不能に至るまでのスペクトラムがあります.頭部MRIでは,脳梁の低形成(72%),大脳白質の信号異常(55%),大脳白質のびまん性萎縮(45%)などを認めました.生存率は71%,死因は呼吸不全,心停止,敗血症でした.Torsin-1AのC末端ドメインに変異のホットスポットが存在し,予後不良となる遺伝子変異も同定されました.以上,常染色体潜性TOR1A遺伝子関連疾患の臨床像が示されたわけです.

なぜこの絵は印象に残るのでしょうか?少年は身体が不自由で物乞いをしなければ生きていけませんが,絵の雰囲気は決して重苦しくありません.それは広々とした空が背景に描かれていること,そして地平線が低く書かれていて,少年がそびえ立って見えることが影響しているのかもしれません.不遇な身の上でも,強く生き抜いているその笑顔に,私たちが勇気づけられているような気がします.
Saffari A, et al. The clinical and genetic spectrum of autosomal-recessive TOR1A-related disorders. Brain. 2023;146:3273-3288.






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進行性核上性麻痺長期生存例 -予後予測因子としての眼球運動障害とオリゴデンドログリアの重要性-

2022年08月19日 | その他の変性疾患
進行性核上性麻痺(PSP)の臨床および病態を考えるうえで重要な論文が報告されています.これまでの研究が表現型に重きをおいて検討されたのに対し,この研究は罹病期間により3群に分けた点がユニークで,この発想の転換により重要な発見がもたらされました.

研究の目的は,「予後良好なPSP,すなわち罹病期間の長いサブグループの臨床・病理学的特徴を明らかにすること」と明確です.剖検で診断が確定したPSP 186例を,罹病期間により3群に分けています(短期間群:5年未満,中間群:5年以上10年未満,長期間群:10年以上).

結果としては,まず罹病期間10年以上の長期間群は24.2%(45例)存在しました.そしてまず重要な知見として,「発症から3年以内に眼球運動異常がないことが,罹病期間が長くなる唯一の独立した臨床的予測因子であること」が分かりました.図1のように核上性注視麻痺や異常衝動性・滑動性眼球運動は短期間群・中間群で時間経過とともに急速に頻度が増加するのに対し,長期間群ではなかなか増加しません.



図2では3群の症候出現の時期が分かりやすく図示されていますが,長期間群で核上性注視麻痺は本当の最後に出現することが分かります.



つぎに病理的検討でも驚くべきことが判明し,PSPはprimary oligodendrogliopathyではないかという仮説が提唱されます(図3).まず神経変性の程度は神経細胞のタウ病理(細胞質内封入体)の程度とパラレルでしたが,アストロサイトのタウ病理(tufted astrocyte)の程度は逆パターンを呈しました.つまりアストロサイトの挙動は神経細胞と反対で,神経変性に対して保護的に作用している可能性が示唆されました.そして最も重要なことは,罹病期間が長い患者ではオリゴデンドログリアのタウ病理(coiled body)が有意に少なく,罹病期間が短くなるに連れて高度となるということです.すなわちオリゴデンドログリアのタウ病理は,神経細胞のタウ病理や神経変性と同じ挙動を示すということになります.言い換えると,神経細胞とオリゴデンドログリアのタウの伝播は共通のメカニズムでリンクしている可能性があるということになります.



著者はここで2つの可能性を提唱しています(図4).
(1a)神経細胞のタウ病理が出発点で,オリゴデンドログリアは神経細胞に由来するタウを除去しようとして巻き込まれてしまう.
(1b)オリゴデンドログリアのタウ病理が出発点で,神経細胞にもタウが伝播して神経変性が生じる.
一方,アストロサイトは細胞外のタウを捕捉し,伝播に対し抑制的に作用する.ミクログリアは炎症に関わり,グリオーシスと神経変性を招く.



著者は(1b)を主として考えているようで,病気の進行速度は,オリゴデンドログリアのタウ病理によって決定されると推測しています.つまり上述したように,PSPはprimary oligodendrogliopathyであるという仮説です.PSPというとtufted astrocyteが頭に浮かんで,アストロサイトの病気という印象が強くありましたが,アストロサイトはむしろ保護的に作用している本論文の結果は驚きです.今後,細胞モデルや動物モデルでさらに検証されることになると思います.
研究に行き詰まったときに発想を転換することの大切を示した論文でもあります.

Jecmenica Lukic M, et al. Long-duration progressive supranuclear palsy: clinical course and pathological underpinnings. Ann Neurol. 2022 Jul 25. doi: 10.1002/ana.26455.


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PSP-Cを応援してくださったSteele先生の思い出

2022年08月17日 | その他の変性疾患
PSP-C,すなわち小脳性運動失調を主徴とする進行性核上性麻痺(PSP)の総説を書く機会をいただきました.資料を整理していて,5月にお亡くなりになったJohn Steele先生とやり取りをしたメールを読み直し,感慨に耽りました.PSPはSteele-Richardson-Olszewski diseaseとも呼ばれますが(図1),先生はPSPが最初に報告された原著論文(1964)の筆頭著者です.



私たちは2009年にPSP-C論文をMov Disord誌に報告したものの,欧米ではそのような患者は皆無で,PSPの亜型として認めてもらえない状況が5年ほど続いていました.PSPに対する治験も進行していたため,私はこのまま認められないのではないかと焦っていました.海外の先生がたにこの病型を知っていただきたいと考え,2014年10月,PSP発見50周年記念の国際研究シンポジウム@ボルチモアに応募し幸い採択され,そこでSteele先生に初めてお目にかかりました.図2は共同研究者の饗場郁子先生が「宝物」と仰っている記念の写真ですが,お写真の通りとても穏やかな先生でした.



PSP-Cの存在を訴えたところ,この分野を牽引するLarry Golbe先生,David Williams先生,Guenter Höglinger先生らに「PSP-Cを認めてはどうか」というメールを送ってくださいました.その影響もあってか,2015年6月のMDS@サンディエゴにて暫定診断基準案を講演する機会をいただき(図3),その後,この亜型は急速に認知されました.2017年に発表されたMDS-PSP診断基準には残念ながら含まれませんでしたが,それでも「この亜型の存在は認めているが,希少であり,生前診断が可能な状況とはなっていない」という理由が記載されました.「苦境にあっても真摯に一所懸命に取り組んでいれば誰かが助けてくれる」という経験を私は何度かしていますが,まさにSteele先生は恩人のひとりです.



Steele先生は1960年,トロント大学の研修医としてPSP患者を担当されました.師匠のRichardson教授にとっては4人目の患者でした.当初,剖検で感染後パーキンソニズムと診断され,病理学者Olszewski教授に巡り合い,詳細な解析が行われるまでは苦労されたようです.先生はその後,脳神経内科医としてユニークなキャリアを送ります.1972年からは太平洋地域に生活の場を移し,船医になったり,マーシャル諸島や東カロリン諸島で働いたり,ハワイ大学の教授を務めたり,1982年からはグアム島の米海軍基地の病院に勤務しました.そこで運命に導かれるように,先住民チャモロ族特有の疾患で,症候や病態が一部,類似する疾患,ALS-パーキンソン病-認知症複合体(ALS/PDC)に出会われました.詳細な家系図の作成をし,血液試料や脳の剖検の同意を得て,他の研究者と協力してALS/PDCの原因究明に取り組みました(友人であるオリヴァー・サックス先生の小説にも詳しく書かれています).おそらく先生は,PSPやALS/PDCという従来なかった疾患の確立のために努力を重ねたご経験から,PSP-Cの状況を理解しご支援くださったのではないかと思います.



先生からいただいた最後のメールには「グアムでは紀伊半島と同様,ALS/PDCという病気がほぼ消滅したため,研究を終了することになりました.私が最も尊敬している素晴らしい科学者であり友人である葛原茂樹教授と一緒にこのグアムの地を訪れ,この病気の終息を目の当たりにしていただければ光栄に思います.先生がたとの再会を楽しみにしています」と書かれていました.グアムを訪問することが叶わなかったことは本当に残念です.ご冥福をお祈りしたいと思います.
Dr. John Steele, Fondly Remembered
Steele JC. Historical perspectives and memories of progressive supranuclear palsy. Semin Neurol. 2014 Apr;34(2):121-8(doi.org/10.1055/s-0034-1381740)

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