医学部3年生に対する神経系集中講義のシーズンだ.私は,「神経診察法,ALS,睡眠障害,ケーススタディー」の4つを担当した.ケーススタディーは講義で学んだ知識を総動員してもらい,予め配布した症例について勉強してもらう形式だ.私は新潟大学卒であれば知っておいてほしい疾患,つまり新潟大学脳研究所と関わりの深い新潟水俣病やSMON(subacute myelo-optico-neuropathy),歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症などをテーマとした講義を行った.
例年,講義の最後に,脳研究所のネームプレート(図1)を学生に見てもらう.「どこか漢字が変でしょう?」と聞くと「脳」の字が「腦」と見慣れないものになっていることに気づく.旁(つくり)の「メ」の部分が「文」になっている!と気づく(図2).
このネームプレートは,初代脳研究所所長で,新潟大学に日本初の脳神経外科を設立した中田瑞穂先生が書かれたものだが,「腦」の字はその中田先生が自分で造られた漢字らしいということを先輩から伺ったことがある.「文」には文化・文教・文人・文武など,「学問・芸術・教養」といった意味があるが,脳研究所で「しっかり脳の学問に取り組んでほしい」いう意味を込めて造られた漢字だという話だった.私は感激し,それ以降,学生さんにその話を伝えてきた.
ところが,その説は間違いらしいことが最近分かり愕然とした.「頭のなかをのぞく 神経解剖学入門
」(萬年甫著,岩田誠編)のなかの,【「脳」と「腦」】というタイトルのエッセイを読み,もともとその漢字が存在していることが分かったのだ.エッセイによると,世界最大の漢和辞典「大漢和辞典(昭和33年)」の修訂者米山寅太郎の話で,「腦は大人用,脳は子供用」の漢字であって,「腦という字には,3本の頭髪の下に『なべぶた』があるのに,脳の字にはこれが無く,上が開いていて,小児の頭を表しています」というのだ!?
びっくりして白川静著の漢字辞典「新訂 字統」「新訂 字訓」を調べてみた.確かに「腦」の字が収載されており(図3),中田先生造字説は間違いであることが分かった.確かに問題の「文」の部分はよく見ると「文」ではなくて,「なべぶた」が「メ」の上に乗っていることが分かる.更に調べると,この部分だけで独立した漢字になることも分かった(図4).これは「シン,ひよめき」と読み,その意味は頭蓋骨の「泉門」と書かれていた!(図5).腦の象形文字は図6の通りで,左側の「にくづき」は体を曲げてこうべを垂れているところ,右上の「く3つ」は頭髪,右下は泉門が閉じた頭蓋骨と,まさに大人がBrainを前に突きだしている形に見える.うーん,泉門が閉じていないのが「脳」であるなら,脳研究所は子供のBrainの研究所になってしまうではないか(脳は腦の略字として使われたのかもしれないが・・・)
というわけで,今年の講義からは,「腦」の本当の意味を話すようにした.でもそれに加えて,中田瑞穂先生が「脳研究所で腦の学問をしっかり勉強してほしい」というメッセージを込めて「腦」の漢字を使ったのだという説もあるのだから,後輩のみんなも,ぜひ「腦」の勉強にしっかり取り組んでほしい,と伝えることにした.
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頭のなかをのぞく 神経解剖学入門
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例年,講義の最後に,脳研究所のネームプレート(図1)を学生に見てもらう.「どこか漢字が変でしょう?」と聞くと「脳」の字が「腦」と見慣れないものになっていることに気づく.旁(つくり)の「メ」の部分が「文」になっている!と気づく(図2).
このネームプレートは,初代脳研究所所長で,新潟大学に日本初の脳神経外科を設立した中田瑞穂先生が書かれたものだが,「腦」の字はその中田先生が自分で造られた漢字らしいということを先輩から伺ったことがある.「文」には文化・文教・文人・文武など,「学問・芸術・教養」といった意味があるが,脳研究所で「しっかり脳の学問に取り組んでほしい」いう意味を込めて造られた漢字だという話だった.私は感激し,それ以降,学生さんにその話を伝えてきた.
ところが,その説は間違いらしいことが最近分かり愕然とした.「頭のなかをのぞく 神経解剖学入門
びっくりして白川静著の漢字辞典「新訂 字統」「新訂 字訓」を調べてみた.確かに「腦」の字が収載されており(図3),中田先生造字説は間違いであることが分かった.確かに問題の「文」の部分はよく見ると「文」ではなくて,「なべぶた」が「メ」の上に乗っていることが分かる.更に調べると,この部分だけで独立した漢字になることも分かった(図4).これは「シン,ひよめき」と読み,その意味は頭蓋骨の「泉門」と書かれていた!(図5).腦の象形文字は図6の通りで,左側の「にくづき」は体を曲げてこうべを垂れているところ,右上の「く3つ」は頭髪,右下は泉門が閉じた頭蓋骨と,まさに大人がBrainを前に突きだしている形に見える.うーん,泉門が閉じていないのが「脳」であるなら,脳研究所は子供のBrainの研究所になってしまうではないか(脳は腦の略字として使われたのかもしれないが・・・)
というわけで,今年の講義からは,「腦」の本当の意味を話すようにした.でもそれに加えて,中田瑞穂先生が「脳研究所で腦の学問をしっかり勉強してほしい」というメッセージを込めて「腦」の漢字を使ったのだという説もあるのだから,後輩のみんなも,ぜひ「腦」の勉強にしっかり取り組んでほしい,と伝えることにした.
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頭のなかをのぞく 神経解剖学入門
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