Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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パーキンソン病Practice parameter(その1)―診断と進行予測―

2006年04月29日 | パーキンソン病
 AANパーキンソン病ガイドラインは,2002年に発表されているが,今回,大幅な改定が行われた.前回のガイドラインでは,主としてどのように薬物治療を行うべきかに注目した内容であったが,今回は以下の4つの問題に対応する形でまとめられ,包括的な内容となった.
① 新しく発症した症例の診断法と予後予測因子
② 神経保護治療と代替治療
③ motor fluctuationおよびジスキネジアを伴う症例の治療
④ パーキンソン病に伴ううつ,精神症状,痴呆の評価・治療

 さて今回は①の「新しく発症した症例の診断法と予後予測因子」について勉強したい.同時にガイドラインがどのように作られていくのかも見てみたい.例えば病棟で,典型的所見に欠けるパーキンソニズムの患者さんを担当し,「どんな臨床所見,検査所見がパーキンソン病と類縁疾患の鑑別に有用か?」という課題を検討会で発表するよう割り当てられたとしたら,どのように過去の論文を選択・reviewし,最終的な結論を出すだろうか?このPractice parameterは,そんな疑問の解決方法を学ぶのにはモッテコイの教材となる.

疑問1;どんな臨床所見,検査所見がパーキンソン病とその類縁疾患の鑑別に有用か?

 さて解答の導き方のポイントとして,以下の点に注目すべきと思われる.
 どんなsearch termを用いて,どのデータベース(Medlineなど)を検索したのかを明示する
 検索した論文のうち使用可能と判断した論文の基準(inclusion criteria)を予め決めておく
 論文のエビデンスレベルを,診断の有用性の観点からClass I~IVにクラスわけする
 どのエビデンスレベル(Class I~IV)の論文がいくつ存在するかによって,推奨の度合いをLevel A, B, C, Uとしてレベル分けする

 例えば,疑問1の場合,search termとして,Parkinson disease,neurologic examination, clinical characteristics,neuroimaging,radionuclide imaging,ultrasonography,differential diagnosis,autopsy,SPECT,PET,challenge,olfactoryを選択している.inclusion criteriaは「少なくともPD群,比較する群とも10症例以上の論文」としている.結果として,176論文が検索され,48論文がreview articleもしくは内容が不適切であったため除外し,128論文をreviewした.うちinclusion criteriaを満たしたものはわずか31論文であった.次に31論文を内容別に,Drug challenge,Olfaction,Diagnostic neurophysiologic testing,Diagnostic neuroimagingに分類し,ついでエビデンスのClassの判定,最後に推奨レベルの決定という手順を踏んでいる.

 これらはいざ行うとなると労力を要し,研修医の先生方には嫌がられそうだが,疑問に対する解答を厳密に導き出すためにはこのような作業が必要ということを理解することは大事なことである(Medlineをざっと見て,都合の良さそうな論文を拾うだけではダメということ).またこういった観点から以前取り上げた「慢性頭痛の診療ガイドライン」を眺めてみると,臨床的疑問を掲げたのち解答を導き出すという同様の方法をとっているものの,論文のinclusionの基準や,論文のエビデンスレベルをどう判断した上で,推奨のレベルを決めたかという過程の記載にかなり乏しく,推奨レベルをどう決めたのか良く分からない部分が少なくないということが分かる.

 さて本題に戻り,以下,疑問に対する解答(勧告)を列挙する.

疑問1;どんな臨床所見,検査所見がパーキンソン病とその類縁疾患の鑑別に有用か?

推奨
①初期のパーキンソン病と類縁疾患の鑑別に有用な所見としては,
1) 発症時ないし病初期における転倒
2) Levodopaに対する反応性不良
3) 発症時において症状が対称性であること
4) 早い進行(3年間でHoehn and Yahr stage IIIに到達)
5) 振戦を認めない
6) 自律神経障害
(3 Class II + 1 Class III studies→Level B)

②初期のパーキンソン病と類縁疾患の鑑別に有用な検査に関して
1) Levodopaないしapomorphineによるchallenge testはパーキンソン病の診断確認に有用 (1 Class I + 1 Class II studies→Level B)
2) 嗅覚試験はパーキンソン病とPSP・CBDの鑑別に有用,しかしパーキンソン病とMSAの鑑別には有効ではない(3 Class II studies→Level B)
3) ただし,これらの検査が臨床的診断基準にまさるというエビデンスはなく(Level U),また検査所見の最適な組み合わせについてもエビデンスはない(Level U).
4) 以下の検査は鑑別診断に有用ではないと考えられる;clonidineによるGH刺激試験(1 Class II study),眼球電図(2 Class III studies),SPECT (1 Class III study)(いずれもLevel C).
5) 以下の検査はエビデンス不十分で判断ができない;ウロダイナミクス(1 Class III study),自律神経検査(4 Class III studies),尿道・肛門括約筋筋電図(1 Class III study),MRI (2 Class III studies),脳実質超音波(1 Class III study),FDG PET(1 Class III study).(いずれもLevel U).

疑問2;どんな臨床所見が進行具合の予測に有用か?
推奨
① 新しく診断されたパーキンソン病患者において,高齢発症(定義は57~78歳とさまざま)(2 Class II + 1 Class III studies),および初発症状が筋強剛・寡動であること(2 Class II studies)はパーキンソニズムの進行がより早いことを示す予測因子となる(Level B).
② 併存疾患の存在(脳卒中,聴覚・視覚障害)(1 Class II study),姿勢反射障害・歩行障害(1 Class II + 1 Class III studies),男性であること(1 Class II study)も予測因子になる可能性がある(Level C).
③ 初発症状が振戦であることは,予後が良好であること,およびlevodopaによる治療効果が長期つづく可能性を示唆する因子となるかもしれない(1 Class II + 1 Class III studies→Level C)
④ 高齢発症,痴呆,ドパミンハン反応性の減弱は早期からの介護施設への入居や生存期間の減少を予測因子として使用できるかもしれない(1 Class II study→Level C).

Neurology 66; 968-975, 2006

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パーキンソン病における3つの衝動的行為

2006年04月23日 | パーキンソン病

 American Academy of Neurology(AAN)において興味をもったトピックスの2つめ.
 pathological gambling(病的賭博・ギャンブル依存症)は,日本ではパチンコ店駐車場における乳幼児の「車中死亡事故」が契機となって注目され始めた.当初,「どうして似たような事故が続くのかなあ」とニュースを聞いていたが,昨年,7月13日に取り上げたパーキンソン病における病的賭博の論文(Mayo Clinicの報告)にて,強力なドパミンD3受容体アゴニストであるpramipexoleが,病的賭博を引き起こす可能性が示唆されたことから,親の責任感とかモラルの欠如だけでは説明がつかない,D3受容体の何らかの機能変化を背景にもったひとがそんな事故を引き起こしているのだろうかと考えるようになった. 
 さて,第58回AANのcontemporary clinical issues and case study plenary sessionにて,NINDSのValerie Voonは,パーキンソン病における「衝動的行動」の頻度について検討している.「3つの衝動的行動」には以下が含まれる.
① 病的賭博
② 性欲亢進
③ 衝動的な買い物  

 方法はprospective studyで,質問表を用いた調査である(例えば,衝動的買い物なら「Ladouceur’s compulsive shopping questionnaire」というものがあるらしい).297名(dopaminergic medicationを受けているが,過剰投与は否定されている)にscreeningを完了した.その結果,病的賭博,性欲亢進,衝動的な買い物の頻度はそれぞれ3.4%,2.4%,0.7%であった.さらに詳しく検討すると,
 病的賭博の危険因子としては,年齢が若いこと,男性,若年発症例,アルコール多飲が挙げられる.
 ドパミンアゴニストの種類による病的賭博の頻度に明らかな差は認めない.
 病的賭博の頻度は,levodopa単剤治療群と比較し,ドパミンアゴニスト併用群では有意に高い(P<0.001).
 性欲亢進も同様にドパミンアゴニスト併用群では有意に高い(P<0.05).
 全体をまとめると,パーキンソン病患者全体での衝動的行為の発現率は6%であったが,Levodopaとアゴニストを併用している患者では衝動的行為が16%にも及んだ.
 これらの衝動的行為のメカニズムについては不明だが,アゴニストの使用量はその出現に影響を及ぼさなかったことから,何らかの遺伝的素因が関与しているものと予測される.
 結論として,ドパミンアゴニストは,今回の「衝動的行為」以外にも,過眠症・睡眠発作,肺線維症・心臓弁膜線維症といった副作用も引き起こすので,開始後は十分な注意が必要ということになろう.もちろん,QOLの改善をもたらす非常によいくすりなので,過剰に副作用を恐れる必要はないが,問診の際,パチンコ,競馬などの賭け事について尋ねてみるといったことも今後必要となろう(日本人での頻度はどうなのでしょう.経験ありますか?).

  さて今回のAANでは,最新版のパーキンソン病ガイドラインであるpractice parameterも同時に発表されている.特徴としては臨床的な疑問に答えるかたちで,大きく4つのpractice parameterにまとめられている.次回よりpractice parameterについて勉強してみようと思う.

58th AAN(San Diego)

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「ALS患者の希望の光を奪わないで下さい!」というコメントに対して

2006年04月21日 | 運動ニューロン疾患
 以下,私の記事(「治験は難しい」と思った2つのくすり(上)ALSに対するエダラボン)に対するコメントのひとつです.正直言って,少しショックを受けました.

(こてつ)
私の友人もALS患者です。「簡単に藁を渡しちゃいけない.」と言うんだったら、それにかわる藁を今すぐに、与えてください!(ALS患者は期限付き)私も同感です。ALS患者の希望の光を奪わないで下さい!

 残念ながら,そのようなくすりを差し上げることはできませんし,「ALS患者さんの希望の光を奪う」つもりも毛頭ありません.繰り返しになりますが,私が申し上げたいのは「新しい治療薬は正しい方法で薬効の評価を行い,そして患者さんに及ぼす副作用が最小限であることを確認した上で承認されるべきだ」ということです.このようなプロセスが行われなかったために,効果のない薬剤が長期にわたり使用されたり,患者さんが薬害にさらされたりということが歴史的に繰り返されてきました.現在では幸いにもこのような過ちを極力,繰り返さないように,薬剤の効果を厳密に判定し,副作用を最低限に抑えるための臨床研究の方法がほぼ確立されています.しかし欧米と比較すると,日本ではなかなかこのような方法が定着してない現実があります.ALS患者さんに対するエダラボンについても例外ではなく,その有効性が科学的に明らかにされたとは言えません.薬害についても死亡例がなければよいというものではありません.ただ誤解のないように申し上げますが,私はネット上で行われている署名活動を邪魔するつもりはありませんし,ALSに対するエダラボンの有効性を,悲観視も楽観視もしていません.あくまでも「希望の光」かどうか明らかにするために,世界的にも通用する正しい評価を行うというプロセスを経る必要があると主張しているのです.
 
 トラックバックされていた「ALSの母の娘さん」のブログも拝見しました.「うだうだ言う前にALSを治す為に何かしてくれ」など耳の痛い意見も少なからずありましたが,議論がかみ合っていないというのが正直な感想です.ALS患者さんのために何かをしたいという気持ちはお互い変わらないはずなのに,議論がかみ合わないのは,単に「新しい薬剤をどう評価したらよいのか」という世界の標準となっている方法論を知っているか否かによるところが大きいと思いました.ブログを拝見し,努力家・勉強家の方と推察しましたので,ぜひ最後に掲げるような本を読んでみてください.治験や新薬承認に関するいくつかの疑問や誤解も解消すると思います.一例を挙げれば,私のブログに対する批判の中で書かれていた「医師主導の治験」という言葉に対するまったくの誤解も解けるのではないかと思います(「医師主導の医療」と混同して議論されていますが,本当の意味をご理解ください).

 これらの本により,より有効で安全なくすりを患者さんに提供するということがどういうことなのか,お分かりいただけると思います.そしてぜひ読後にあらためてコメントをお寄せください.またこれらの本は非常に優れた本であり,医療関係者にもぜひお勧めしたいと思います.私自身も,今回の件を通してALS患者さんに対し何ができるのか深く考えていかねばならないと,あらためて思いました.

くすりとエビデンス―「つくる」+「つたえる」

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診療報酬改定/リハビリ中止は死の宣告

2006年04月17日 | 医学と医療
以前の記事で取り上げさせていただいた,私の尊敬する多田富雄先生が,朝日新聞 4月8日の「私の視点」において,<診療報酬改定/リハビリ中止は死の宣告>という一文を寄せておられた.ネット著作権上,許されるのかどうか分からないが,asahi.com 上に記事を見つけることができないので,記事を紹介させていただく.目を通されていない方はご一読をお勧めする(右画像をクリックしてください).
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平成18年度の診療報酬改定とリハビリテーション ―原文を読む―

2006年04月16日 | 医学と医療
 平成18年度の診療報酬改定で,今月から,発症から180日を上限に医療機関でリハビリテーションを受けることができなくなった.これまで医療機関で,保険診療として無期限に受けられたリハビリテーションが,一部の疾患をのぞき,上限期間を過ぎると打ち切られるというわけだ.患者さんがリハビリを続けたいと思ってもそれができなくなり,また,医師が「必要あり,効果あり」と判断しても,そのような裁量が奪われてしまったわけである.この期間を過ぎると,介護保険を使って,自宅で訪問リハビリを受けるとか,自費で整骨院に通うぐらいしかできない.
 診療報酬に疎い私でも,さすがに今回のリハビリテーション改革には疑問を持ち,「まず原文を読もう」というポリシーに則って,「平成18年度の診療報酬改定における主要改定項目」を読んでみた(37ページあたりから記載が始まる).
 まず,リハビリテーションは「疾患別体系」へ見直しされるそうである.「理学療法,作業療法,言語聴覚療法を再編し,新たに4つの疾患別リハビリテーション科が新設」された.そして,それぞれ疾患群別に算定日数の上限が定められた.

脳血管疾患等リハビリテーション (180日)
運動器リハビリテーション (150日)
呼吸器リハビリテーション (90日)
心大血管リハビリテーション (150日)

そして以下の文章がつづく.
「長期間にわたって効果が明らかでないリハビリテーションが行われているとの指摘があることから,疾患の特性に応じた標準的な治療期間を踏まえ,長期にわたり継続的にリハビリテーションを行うことが医学的に有用であると認められる一部の疾患等を除き,算定日数に上限を設定する」

「リハビリテーション医療の必要度の高い患者に対し重点的にリハビリテーション医療を提供する観点から,集団療法にかかる評価は廃止し,個別療法のみにかかる評価とする」

 ・・・・はぁ??「長期間にわたって効果が明らかでないリハビリテーションが行われている」って誰が指摘しているのだろう?「疾患の特性に応じた標準的な治療期間」って誰が決めるのだろう?そして「長期にわたり継続的にリハビリテーションを行うことが医学的に有用であると認められる一部の疾患等を除き」とはどういうことだ?これはわれわれが初めて経験するEBMを治療切捨てのための道具として使用する「EBMの悪用」以外のなにものでもない.リハビリテーションが有効であるというエビデンスのない(もしくは,まだ検討できていない)疾患に対しては,リハビリテーションは打ち切らねばいけないと言っているのである(神経難病もこれに含まれてくる危惧さえある).

 そして一番大きな変化は,「PT,OT,STによるリハビリ」から,「4つの疾患群に分類したリハビリ」へという大きなパラダイム・シフトをむりやり起こしたことである(プロ意識を持っているPT,OT,STさんはさぞ悔しかろう).「疾病や傷害の特性に応じた評価体系に変える」そうだが,みんな納得できるのであろうか?リハビリをされているひとであれば,もしくは医療に関わっているものであれば,リハビリに要する治療期間や必要性は,疾患の種類によってのみ決まるという単純なものではなく,個々の状況とか意欲とかさまざまな要素によって決まることは知っているはずだ.もちろん,今回定められた上限で,リハビリテーションが十分なひともたくさんいるだろう.でも私が強調したいのは,上限を定めることによって,リハビリテーション医療を本当に必要としているひとから奪ってはいけないということだ.

 そのほかにも,回復期リハビリテーション病棟入院料も見直しされ,「脳血管疾患,脊髄損傷等の発症または手術後2ヶ月以内の状態」が算定対象になるそうだ(現行は3ヶ月以内).つまり急性期病院からの転院が発症から2ヶ月を越えてしまったら,回復期リハビリ病棟でのリハビリの機会が奪われてしまうことになった.幸い回復期リハビリ病院に転院できたとしても,発症後180日までしかリハビリは許されない.つまり嚥下障害による誤嚥性肺炎になんてかかっている暇はないのだ.患者・家族にしても,主治医にしても時間との戦いになるわけだ.

 医療ミスがどんどん糾弾される昨今だが,こんな医療政策ミスは放っておいていいのだろうか?国家財政が苦しいときほど,本当に医療やリハビリテーションを理解している人に政策の舵取りを取ってもらいたい.今回の改訂により患者,医療現場が受けるダメージはきわめて大きい.

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多発性硬化症の病態解明に向けた新たな視点

2006年04月11日 | 脱髄疾患
 今年の米国神経学会(AAN)は,San Diegoで開催された.個人的にこの学会は大好きで,夕方になり,会場で振舞われるワインを飲みながら,ポスターの内容をdiscussionするのは何とも楽しい.新しい知見や治療薬の話を聞くととってもワクワクする(同時に日本とのギャップを感じ,気分的に落ち込む学会でもある).今年の演題の内容はNeurology誌のsupplementで確認することができるので入手可能ならご覧いただきたいが,今回は個人的に注目した演題として,NMO-IgGの標的抗原が発見されたことを紹介したい.
 NMO-IgGは多発性硬化症の亜型と考えられてきたNeuromyelitis optica(NMO;いわゆるDevic病),および本邦に多い視神経脊髄型MS(OS-MS)において高率に認められる自己抗体である(Lancet 364; 2106-2112, 2004;2004年12月17日の記事参照).NMO-IgG陽性例では,①classical MSは否定できること,② IFNのような免疫調節作用のある薬ではなく,免疫抑制剤(アザチオプリン,ステロイド)を治療に用いる必要があるという意味で,診断的にも治療的にも抗体測定の意義は大きい.ではNMO-IgGは,NMOの病態にどう関与しているのだろうか?もしNMO-IgGが認識する「標的抗原」が判明すれば,病態解明に向けての大きなヒントとなる.今回,Mayo clinicの神経免疫学教授Vanda Lennonは,AAN plenary sessionのなかで,NMO-IgGの「標的抗原」がアクアポリン4(AQP4)であることを講演した.
 アクアポリンは水チャネルを構成する蛋白で,1988年,Peter Agreにより発見され,1992年に分子式が同定された(Agre は2003年ノーベル化学賞を受賞).最初のアクアポリンは赤血球膜で明らかにされたが,その後,遺伝子ファミリーを形成していることが明らかになり,現在,少なくとも13 の遺伝子とそのタンパクが知られ,全身に分布している.細胞間の水移動には欠かせない分子であるため,さまざまな病気と関係すると推測されているが,現在までに3つの疾患への関与が報告されていた(AQP2→腎性尿崩症,AQP0→先天性白内障,AQP5→シェーグレン症候群に伴うドライアイ).
 中枢神経においてはAQP4が存在する.AQP4ノックアウトマウスでは脳虚血後の脳浮腫がおこりにくく,脳虚血後の脳浮腫にAQP4が関与している可能性が示唆されている.脳浮腫の治療に用いられるステロイドホルモンがAQP4の発現をおさえることも報告されていて興味深い.
 そのAQP4がNMO-IgGの標的抗原であったことは2つの意味でインパクトがある.ひとつは「水チャネルに対する自己抗体により発症する疾患がある」というインパクトである.これまで水チャネルに対する自己抗体により発症する疾患は報告されておらず,今後,同様の疾患(autoimmune water channelopathy)が報告される可能性もあり興味深い.もうひとつのインパクトは,NMO-IgGの標的がミエリンやオリゴデンドロサイト由来の蛋白ではなかったことである.AQP4は,アストロサイトのfoot process膜に豊富に存在し,BBBにおける水のやりとりに重要な役目を果たしている.すなわち,アストロサイトを主座とした免疫異常が,中枢神経脱髄性疾患を引き起こす可能性があるわけで,今後の研究に従来とは全く異なる視点が必要であることを示唆する.今回の発見は脱髄性疾患の病態機序の解明に大きく寄与する可能性があるように思われた.

58th AAN (San Diego 2006)
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