Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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眼球運動制限と認知症を伴う若年性パーキンソニズム(PARK9)

2007年09月30日 | パーキンソン病
 Kufor–Rakeb症候群をご存知であろうか?これは1994年,両親に血族結婚を認めるヨルダン人において報告された病気である.発症は12 ~16歳で,パーキンソニズム(仮面様顔貌,筋強剛,寡動)を主徴とし,さらに,痙性,上方視麻痺,認知症も認める.MRIでは淡蒼球の萎縮を認め,のちにびまん性脳萎縮を呈する.著者は罹患者の出身地にちなみKufor–Rakeb症候群と名付けた(J Med Genet. 38: 680-682, 2001).のちに顔面・口蓋・趣旨ミオクローヌスや幻視,oculogyric dystonic spasmを呈することも報告された.常染色体劣性の家族性パーキンソン病(ARPD)の一つとしてPARK9とも呼ばれるようになった.興味深いことに,錐体外路症状にはL-DOPAが劇的に効くことが知られるが,徐々に効果は減弱しL-DOPAの治療域が狭くなる.

 原因遺伝子については,ARPDのうちparkin(PARK2),PINK1(PARK6),DJ-1(PARK7)のいずれも変異は認められず否定された.2006年,Ramirezらはneuronal P-type ATPase,ATP13A2が原因遺伝子であることをチリ人家系の検討の結果,明らかにした.遺伝子変異は欠失とsplice site mutationのヘテロ接合で,オリジナルのヨルダン人家系は22塩基対の重複をホモ接合性に認めた(Nat Genet 38: 1184-1191, 2006).

 つぎは当然,この遺伝子変異が,どの程度の頻度で,若年発症パーキンソニズムのなかに含まれているか知りたくなるが,最近のNeurology誌にイタリア人とブラジル人において検討した結果が報告された.対象は46例で,その内訳はjuvenile parkinsonism(20歳以下発症と定義)11名と,young onset PD(21~40歳発症と定義)35名.33例が常染色体劣性遺伝と考えられ,残り13例が孤発例.症状については42例はパーキンソニズムのみ,4名は多系統の症状を認めた.遺伝子解析の結果,ブラジル人の孤発性juvenile parkinsonismにおいて1名Gly504Arg変異をホモ接合性に認めた(臨床的にはオリジナルと似ているが,錐体路症状と認知症を認めない).さらにイタリア人のyoung onset PDにThr12Met,Gly533Argというミスセンス変異を,それぞれ1名ヘテロ接合性に認めた.
 
 以上の結果はATP13A2遺伝子変異ホモ接合が,家族性パーキンソン病(juvenile parkinsonism)の一つの原因であることを再確認するとともに,ヘテロ接合の場合,young onset PDと関連がある可能性を示唆するものである.つまり,若年性パーキンソニズムに,眼球運動制限,認知症を伴うような場合には遺伝子解析を行うべきであろう.今後,本邦例での解析の結果が待たれる.

Neurology 68; 1557-1562, 2007

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Camptocormia(腰曲り)をどう治療するか?

2007年09月22日 | パーキンソン病
 Camptocormiaは以前の記事に記載したが,ギリシア語のKamptos=bend(曲がる)と Kormia=trunk(体幹)がその語源で,顕著な腰曲がりを指すが,椅子に腰掛けたり,ベッドに横になったりすると腰曲がりが消失したり,両手を壁についたり,片足を椅子に乗せたりすると不思議なことに腰が伸びてしまう.Baylor大学における16例のcamptocormiaを呈する患者の検討では,その基礎疾患としParkinson病が11名,ジストニアが4名,Tourette syndromeが1例で,治療として12名でL-DOPA内服が行われ,いずれもわずかに改善,もしくは無効で,腹直筋botulinum toxinは9例中4名で著明な改善と報告されている(Neurology 65; 355-359, 2005).

 ではこのcamptocormiaをどのように治療すべきであろうか?興味深い症例報告があるので紹介したい.症例は49歳の男性でパーキンソン病の罹病期間は9年間で,以前はL-DOPAが有効であったものの,近年,peak-dose dyskinesiaとmotor fluctuationが出現・増強している.後者についてはwearing offが見られ,offにはすくみ現象に加え,camptocormiaを呈した.治療としてL-DOPA/carbidopa/entacapone(つまりスタレボのこと)の増量を行ったところ,camptocormiaおよびmotor fluctuationを軽減することができた.つまり進行期パーキンソン病症例のなかにはL-DOPA responsive camptocormiaが存在するという報告である(Nat Clin Neurol 3; 526-530, 2007).
 
 ここで自分なりのcamptocormiaを呈する症例の治療に関して提案を行ってみる.
①まずパーキンソニズムを認めるかどうか調べる.もしここでパーキンソニズムを認めない場合は,運動ニューロン病,ミオパチー,筋ジストロフィー,1次性・2次性ジストニア,Stiff-person症候群(抗GAD抗体測定),精神疾患,脊椎異常,ホジキンリンパ腫に伴う傍腫瘍症候群,バルプロ酸副作用などを鑑別する.
②パーキンソニズムを認めた場合は,それがパーキンソン病か否かを鑑別する.この鑑別には,臨床像(対称性の発症や,早期からの自律神経症状・姿勢反射障害・認知症,L-DOPA反応性不良,小脳失調・大脳皮質症状・著明なジストニアの合併などはパーキンソン病ではない可能性を示唆する)やMIBG心筋シンチが有用である.
③パーキンソン病であれば,()まず,上記のようなoff dystoniaの可能性がないか検討する.この場合,抗パ剤調節にて改善しうる(20%にパーキンソン病症例に有効という報告がある;JNNP 77; 1223-1228, 2006).()腹直筋ジストニアの有無を筋を触ったり表面筋電図で確認.もしそうであれば腹直筋botulinum toxin.()最後の手段は両側性視床下核DBS.無効という報告もあれば,有効性を示した症例報告もある(Parkinsonism and related Disord 12; 372-375, 2006).
④パーキンソン病でない場合,MSA-PやPSP, CBDを検討する.PSPは渉猟した範囲では合併する症例の報告は見つからなかったが,近年,PSPの疾患概念(臨床表現型の多様性)は大きく変貌しているので,本当に合併しないとは言えない.MSA-Pについては若干の症例報告があるが治療についてはほとんど分かっていない.抗パ剤抵抗性の疾患であるため,おそらく腹直筋botulinum toxinが行われることになるだろう.

みなさんはどうされていますか,治療のご経験などありましたらどうぞ教えてください. 

Nat Clin Neurol 3; 526-530, 2007 
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右に曲がるつもりが,左に曲がってしまう!?(Conflict of intentionsとは?)

2007年09月16日 | その他
 「右に曲がるつもりが,左に曲がってしまった」「ドアを開けるつもりが,窓を開けてしまった」「座るつもりが立ってしまった」「うどんをゆでるつもりが,ご飯を炊いてしまった」・・・このような意図に反した行動をとってしまうという何とも摩訶不思議な現象が脳梁の部分的な離断症状で生じる.
 
 脳梁は左右大脳半球を連絡する最大の交連線維で,約2億本以上の神経線維からなる.つまり,左右大脳半球の情報を相互に連絡し,協調する働きがあるため,その障害・切断により様々な症候が生じる(脳梁離断症状).脳梁を損傷する疾患としては,脳血管障害(脳梁辺縁動脈や脳梁周囲動脈の閉塞),脳腫瘍,外傷,外科手術,Marchiafava-Bignami病,多発性硬化症などがあるが,これらの疾患では部分的脳梁離断が生じることがあり,その結果,脳梁離断症状の一部が出現する.部分的脳梁離断の範囲を多数例で検討することにより,特定の大脳半球の機能が,脳梁のどこを通るかを明らかにする試みがなされている.また近年はMR tractographyがそれらの研究に用いられている.

 次に脳梁の損傷で生じることが知られている「行為・行動の抑制障害」について記載する.以下の3種類が有名であるが,いずれの症状も一側性に出現するという特徴がある.
1. Diagonistic dyspraxia(拮抗失行)
右手の意図的な動作,または両手動作の際,右手の動作と同時または交互に,左手が反対目的の動作やさまざまの無関係な動作を行う現象;脳梁全切断など脳梁が広範囲に損傷された場合生じる
2. Intermanual conflict
左手が反対目的の動作をすること(しばしば拮抗失行と同義に用いられる)
3. Compulsive manipulation of tools(道具の強迫的使用)
右手が眼前に置かれたものを意志に反して強迫的に使用してしまう現象;脳梁膝部?

 ここでDiagonistic dyspraxiaの原著をひも解いてみると(Akelaitis AJ. Am J Psychiatry 101, 594-9, 1945),てんかんに対する脳梁離断術後32ないし36日経過した後,intermanual conflictに加え,「座位から立ち上がろうとしたが,また座ってしまう」,「窓を開けようと窓に向って歩こうとしたら,反対にドアのほうに行ってしまう」といった,意図して行おうとした行為が,一側性でない別の全身の行為により妨げられた2症例の記載がある.ここでDiagonistic dyspraxiaは,手の動きの異常のみではないのではないか?というアイデアが生まれる.

 実はこのロジカル・フローは私のものではなく,次に紹介する論文の受け売りである(Nishikawa T et al. JNNP 71; 462-471, 2001).この論文では,部分的脳梁離断(2例が脳梗塞,1例が脳腫瘍術後)により,意図して行おうとした行為が,別の全身の行為により妨げられた3症例を報告している.この3例とAkelaitis AJの2例,その他文献の2例の計7例を集積し,この奇妙な行動異常をConflict of intentionsと命名している.論文の考察をまとめると以下のとおりである.

1. 全例で少なくとも脳梁体の後半分に病変を認め,1例を除き皮質病変を認めない.
2. 脳梁障害の4~8週間後に出現する → 脳梁離断後の半球機能の再構成の際に生じる?
3. 自発的運動の最中に生じるものであり,オートメーション化された行為の最中は生じない.また命令された行為の最中でも生じない.
4. 全例で行為の異常を自覚している.
5. これまで見逃されてきたのは,稀な病変により生じること,精神科疾患と混同されうること,検査で異常を示しにくいこと,が可能性として考えられる.

 文献を渉猟した範囲では,Nishikawaらの報告以降,Conflict of intentionsの報告はない.どのような機序で出現するのかについてもまだ分かっていないが,意識される意図は左大脳半球が関与していると考えられ,意識されない右半球の「意図」との競合があるのかもしれないという考察を教科書(高次脳機能障害―その概念と画像診断)の記載に見つけた.脳の不思議を実感する症状であるし,このような現象をきちんと記述し,考察した臨床力に脱帽である.

Akelaitis AJ. Studies on the corpus callosum. Diagonistic dyspraxia in epileptics following partial and complete section of the corpus callosum. Am J Psychiatry 101, 594-9, 1945

Nishikawa T et al. Conflict of intentions due to callosal disconnection. JNNP 71; 462-471, 2001

高次脳機能障害―その概念と画像診断 ← 画像が豊富で,高次機能を勉強するのにとても良いテキストだと思う
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APP遺伝子重複によるAlzheimer病の特徴

2007年09月02日 | 認知症
 第182回日本神経学会関東地方会にて,本邦初のAPP(アミロイド前駆体蛋白)遺伝子重複によるAlzheimer病症例が報告されたが,今回は,これまで報告されたAPP遺伝子重複によるAlzheimer病家系の特徴についてまとめたい.

 まずAPP遺伝子重複によるAlzheimer病は昨年,フランス人5家系においてはじめて報告され(Nat genet 38; 24-26, 2006; Brain 129; 2966-2976, 2006),次いでオランダ人家系(Brain 129; 2977-2983, 2006),フィンランド人家系(Neurology 63; 234-240, 2004; JNNP 2007 e-pub ahead)も報告された.各家系間において表現型の相違はあるが,以下の点でおおむね共通している.

1. 常染色体優性遺伝で,若年発症(40~50歳代発症)の認知機能障害が必発で,脳出血,てんかん発作を合併しうる.
2. 脳出血は,T2*画像における皮質下のmicrobleedsとしてとらえられることや,比較的大きな脳出血を呈することがある.
3. てんかん発作は脳出血後の症候性てんかんとして生じることがある一方,脳出血の既往のない症例でも生じうる(つまり原疾患に伴う症状として,てんかん発作が起こりうる).
4. APP遺伝子が存在する21番染色体のトリソミーが原因であるDown症候群類似の症状(精神発達遅延,外表奇形,奇形,血液疾患など)は呈さない.ただしDown症候群では加齢に従いてんかん発作を合併するが,この点は類似している.
5. MRI所見としてはperiventricular,parieto-occipital regionに虚血病変と考えられる異常信号を認める.

 病理所見としては
1. 脳実質におけるアミロイドの沈着に加え,高度の脳アミロイドアンギオパチー(CAA)を認める点が特徴的である.通常のアルツハイマー病ではスペアされる大脳白質でもCAAを認める.
2. 老人斑はAβ42,血管にはAβ40が主として蓄積している.Aβ40は神経細胞内にも沈着している(これは通常のアルツハイマー病では見られないが,Down症候群ではある).
3. 病理所見は通常のADやAPP点変異とよりもDown症候群に似ている

 遺伝子解析から分かることは
1. 優性遺伝性若年発症アルツハイマー病のおおむね10%程度が重複よ推測される(点変異はその倍の頻度).
2. 重複のサイズは表現型に影響しない.重複範囲の検討からAPP遺伝子のみの重複で,early-onset dementia + CAAという表現型が生じるらしい.
3. APP遺伝子重複のメカニズムは不明(今後,genomeのfine mappingが必要)

 以上の結果より,APP重複による早発型アルツハイマー病は臨床・病理学的にDown症候群と似た点が多い.もし若年発症例で,家族歴を認め,T2*画像におけるmicrobleedsを認める症例で,APP遺伝子の点変異を認めなかった場合には,積極的にAPP遺伝子重複についても検討する必要がある.

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