パーキンソン病に対する治療は,主にレボドパにより行われる.しかし患者により効果や副作用の発現に差が見られる.また便秘により効果が減弱することもある.これらの機序についてさまざまな議論がなされてきたが,これらの解決や新しい治療薬開発に繋がると予測される重要な研究がScience誌に報告された.
【レボドパの代謝と患者ごとの多様性】
レボドパがパーキンソン病患者に対し効果を発揮するためには脳内に届く必要がある.このためにはレボドパが芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(Aromatic L-amino acid decarboxylase;AADC)によって「脱炭酸化」され,神経伝達物質ドパミンに変換される必要がある.ちなみに脱炭酸化(Decarboxylation)とは,カルボキシル基 (−COOH) を持つ化合物から二酸化炭素 (CO2) が抜け落ちる反応である.R-C(=O)OH → R-H + O=C=O
このレボドパの脱炭酸化は消化管で行われると考えられている.この代謝は臨床的に重要である.つまり末梢で生成されたドパミンは血液脳関門を通過できず無効であるばかりか,起立性低血圧や不整脈などの副作用をもたらす.これを防止するためにレボドパは脱炭酸酵素阻害剤との合剤として処方される.その代表がAADC阻害剤であるカルビドパである.しかし合剤として使用しても,投与したレボドパの56%は脳に到達しないという報告もある.またレボドパの利用率と副作用は,患者ごとに大きく異なるが,この多様性を患者の代謝の違いのみで説明することは困難と考えられている.
【腸内細菌はドパミンの産生と分解に関わる】
では何が多様性を生むのか?これまでのヒト,動物モデルにおける検討で,腸内細菌叢がレボドパ代謝に関与する可能性が示唆されていた.具体的には,まずレボドパがある細菌によりドパミンに脱炭酸化され,さらにそのドパミンが別の細菌により脱水素化され,mチラミンに変換されと副作用を呈さなくなる可能性が指摘されていた.しかしこれらに関わる細菌や遺伝子,酵素は不明であった.またカルビドパのような薬剤が,腸管における脱炭酸化を阻害するかについても不明であった.このためハーバード大学の研究者らは,腸内細菌叢によるレボドパ代謝の分子病態を解明するための研究を行った.
まず著者らはレボドパの脱炭酸化が,ピリドキサールリン酸(PLP;活性型ビタミンB6)依存性酵素によって行われると仮説を立て,データベースの腸内細菌叢ゲノムの中から候補を検索し,小腸に存在するEnterococcus faecalisに由来するチロシン脱炭酸酵素(TyrDC)を見出した.そして遺伝子および生化学的検討を行い,TyrDCがレボドパとその基質であるチロシンの両者を実際に脱炭酸化することを示した.
つぎに著者らはドパミンを分解する細菌と酵素の検討を行った.以前から薬剤代謝に関わると指摘されてきたEggerthella lentaのなかから,ドパミンを脱水素化する作用をもつ株を単離した.これに関わる酵素は,モリブデン補因子依存性ドパミン脱水素酵素(Dadh)であった.ヒトの腸内でこの細菌がレボドパを実際に分解しているかを検討し,17例中12例でドパミンがmチラミンに分解されることを確認した.さらに著者らはDadh遺伝子において,酵素活性に影響を与えるSNP(スニップ)を同定した.具体的には506番目のアミノ酸がアルギニンである系統のみ,ドパミン分解に関与していることを示した.結果的にE. facecalisの量とTyrDC活性がドパミンの産生に,Dadh遺伝子のSNPがドパミンの分解に関与していることを明らかにした.つまり内服したレボドパの代謝に異なる菌種が協力して関わっていたのである.
【新しい治療薬への応用】
最後に著者らは,AADC阻害剤カルビドパが,E. faecalisのTyrDCによるレボドパの脱炭酸化を抑制するかを検討し,カルビドパは腸内細菌叢に対しては効果を持たないことを明らかにした.つまり,カルビドパは腸内におけるレボドパ代謝には無効であることを示したのだ.さらに著者らは腸内における脱炭酸化の選択的阻害剤を同定することを目指し,TyrDCのチロシンに対する作用に着目し,チロシン類似物のAFMTが脱炭酸化を抑制することを明らかにした.実際に,レボドパとAFMTの同時投与は,E. faecalisを保菌するマウスにおいて,レボドパ血中濃度を上昇させた.
以上,著者らは腸内細菌叢におけるレボドパ代謝経路を明らかにした.患者ごとの腸内細菌叢の多様性が,末梢におけるレボドパの産生と分解の多様性,つまり効果や副作用の違いに関わっているものと考えられた.今後,腸内細菌叢のレボドパ代謝の状況を把握する臨床検査が開発され,治療の参考にしたり,さらには腸内細菌叢をターゲットとした治療薬の開発が行われていくだろう.パーキンソン病研究の歴史において,非常に重要な論文になると考えられた.
Maini Rekdal et al. Science 364; eaau6323 (2019)
【レボドパの代謝と患者ごとの多様性】
レボドパがパーキンソン病患者に対し効果を発揮するためには脳内に届く必要がある.このためにはレボドパが芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(Aromatic L-amino acid decarboxylase;AADC)によって「脱炭酸化」され,神経伝達物質ドパミンに変換される必要がある.ちなみに脱炭酸化(Decarboxylation)とは,カルボキシル基 (−COOH) を持つ化合物から二酸化炭素 (CO2) が抜け落ちる反応である.R-C(=O)OH → R-H + O=C=O
このレボドパの脱炭酸化は消化管で行われると考えられている.この代謝は臨床的に重要である.つまり末梢で生成されたドパミンは血液脳関門を通過できず無効であるばかりか,起立性低血圧や不整脈などの副作用をもたらす.これを防止するためにレボドパは脱炭酸酵素阻害剤との合剤として処方される.その代表がAADC阻害剤であるカルビドパである.しかし合剤として使用しても,投与したレボドパの56%は脳に到達しないという報告もある.またレボドパの利用率と副作用は,患者ごとに大きく異なるが,この多様性を患者の代謝の違いのみで説明することは困難と考えられている.
【腸内細菌はドパミンの産生と分解に関わる】
では何が多様性を生むのか?これまでのヒト,動物モデルにおける検討で,腸内細菌叢がレボドパ代謝に関与する可能性が示唆されていた.具体的には,まずレボドパがある細菌によりドパミンに脱炭酸化され,さらにそのドパミンが別の細菌により脱水素化され,mチラミンに変換されと副作用を呈さなくなる可能性が指摘されていた.しかしこれらに関わる細菌や遺伝子,酵素は不明であった.またカルビドパのような薬剤が,腸管における脱炭酸化を阻害するかについても不明であった.このためハーバード大学の研究者らは,腸内細菌叢によるレボドパ代謝の分子病態を解明するための研究を行った.
まず著者らはレボドパの脱炭酸化が,ピリドキサールリン酸(PLP;活性型ビタミンB6)依存性酵素によって行われると仮説を立て,データベースの腸内細菌叢ゲノムの中から候補を検索し,小腸に存在するEnterococcus faecalisに由来するチロシン脱炭酸酵素(TyrDC)を見出した.そして遺伝子および生化学的検討を行い,TyrDCがレボドパとその基質であるチロシンの両者を実際に脱炭酸化することを示した.
つぎに著者らはドパミンを分解する細菌と酵素の検討を行った.以前から薬剤代謝に関わると指摘されてきたEggerthella lentaのなかから,ドパミンを脱水素化する作用をもつ株を単離した.これに関わる酵素は,モリブデン補因子依存性ドパミン脱水素酵素(Dadh)であった.ヒトの腸内でこの細菌がレボドパを実際に分解しているかを検討し,17例中12例でドパミンがmチラミンに分解されることを確認した.さらに著者らはDadh遺伝子において,酵素活性に影響を与えるSNP(スニップ)を同定した.具体的には506番目のアミノ酸がアルギニンである系統のみ,ドパミン分解に関与していることを示した.結果的にE. facecalisの量とTyrDC活性がドパミンの産生に,Dadh遺伝子のSNPがドパミンの分解に関与していることを明らかにした.つまり内服したレボドパの代謝に異なる菌種が協力して関わっていたのである.
【新しい治療薬への応用】
最後に著者らは,AADC阻害剤カルビドパが,E. faecalisのTyrDCによるレボドパの脱炭酸化を抑制するかを検討し,カルビドパは腸内細菌叢に対しては効果を持たないことを明らかにした.つまり,カルビドパは腸内におけるレボドパ代謝には無効であることを示したのだ.さらに著者らは腸内における脱炭酸化の選択的阻害剤を同定することを目指し,TyrDCのチロシンに対する作用に着目し,チロシン類似物のAFMTが脱炭酸化を抑制することを明らかにした.実際に,レボドパとAFMTの同時投与は,E. faecalisを保菌するマウスにおいて,レボドパ血中濃度を上昇させた.
以上,著者らは腸内細菌叢におけるレボドパ代謝経路を明らかにした.患者ごとの腸内細菌叢の多様性が,末梢におけるレボドパの産生と分解の多様性,つまり効果や副作用の違いに関わっているものと考えられた.今後,腸内細菌叢のレボドパ代謝の状況を把握する臨床検査が開発され,治療の参考にしたり,さらには腸内細菌叢をターゲットとした治療薬の開発が行われていくだろう.パーキンソン病研究の歴史において,非常に重要な論文になると考えられた.
Maini Rekdal et al. Science 364; eaau6323 (2019)