Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

第9回パーキンソン病・運動障害疾患コングレス(MDSJ 2015)@東京

2015年10月18日 | パーキンソン病
標題の学会が10月15日から17日にかけて行われました.教育的な講演から最新のトピックスまであり大変充実した学会ですが,とくに学会員が経験した貴重な患者さんのビデオを持ち寄り,その不随意運動や診断・治療について議論するイブニング・ビデオセッションは人気企画です.例年,日本を代表するエキスパートの先生方が議論をされていましたが,今年から指名された東日本,西日本の専門医が議論を戦わせる形に変わりました.私も東軍メンバーに選んでいただき,貴重な経験をしました.さて今年の13症例一覧を記載します.ちなみに東軍が勝ちました (^^).

【問題編】
症例1.振戦に対しL-dopa/DCI合剤を17年間服用した87歳男性
60歳で振戦にて発症.書字困難.筋強剛や無動なし.L-DOPAによる治療が開始され,効果がないにもかかわらず17年間継続された.神経学的に姿勢時の振戦のみ.ビデオでジスキネジアを認めるか?診断は?

症例2.歩行障害,構音障害の76歳男性
家族内類症あり(常染色体優性遺伝).55歳ふらつき・転倒,構音障害,slurred speech.難聴,腱反射亢進,ビデオは舌の萎縮と線維束性収縮.筋生検で上腕二頭筋のgroup atrophy.診断は?

症例3.3年の経過で,左手・体幹の舞踏様運動と右足のジストニアを呈した39歳男性
25歳,右足を引きずる(右下肢ジストニアで発症).36歳,左手が勝手に動く(コレア).右足の動かしにくさ増強(ジストニア).筋強剛軽度.診断は?

症例4.半年前から進行性に痙性対麻痺様歩行障害を呈した51歳女性
左臀部筋痛にて発症.2,3ヶ月の経過で筋痛の範囲が拡大,対側にも及ぶ.踵を地面に着くことが困難になる.神経所見はジストニア,左下肢痙性,下肢腱反射亢進.既往歴に橋本病,1型糖尿病.診断は?

症例5.進行性の筋萎縮に小脳性運動失調を合併した65歳男性
家族内類症あるが,罹患者は全員男性.20歳歩きにくさにて発症,緩徐に進行し50歳失調歩行.60歳動作時のふるえ.神経学的に線維束性収縮,女性化乳房.頭部MRIでは明らかな小脳萎縮.診断は?

症例6.血栓溶解療法後に不随意運動を呈した72歳女性
左片麻痺にて発症した脳塞栓症に対し,tPA療法を施行.症状は改善したが,その後,左上肢にバリスム,ないしコレア出現.何が起きたか?

症例7.右内頚動脈狭窄に伴い左半身不随意運動を生じた一例
運転中に左下肢をよじるような動き出現.その後,左上肢にも出現(ヘミコレアないしヘミバリスム).左顔面の叱っめ面のような動き(これはヘミコレア).画像では右内頚動脈狭窄.片麻痺なし.病態は?

症例8.日内変動のある運動障害を示した同胞例
姉は19歳で,早期からジストニアあり.日内変動がある.眼球の上転固定(Oculogyric crisis)を認めた.認知機能正常.弟も類症.髄液ビオプテリン低下なし.診断は?治療は?

症例9.著しい痙性斜頸と頭部振戦にボツリヌス注射とクロナゼパムが奏効した41歳男性(最優秀演題)
24歳ふらつき,27歳頭部振戦(3-4 Hz),41歳緩徐眼球運動,ジストニア,首下がり,頸部回旋.首のdystonic tremorは腕を挙げたりする動作で増強するため,食事を摂ることが困難.頭部MRIでHot cross bun sign陽性,DATスキャンとり込み低下.ボツリヌス注射有効で不随意運動改善.診断は?

症例10.左下肢に多様な不随意運動と筋緊張異常を認めた74歳女性例
左足が勝手に動く(比較的ゆっくりとした動きで表面筋電図では振戦).また下肢で文字を書かせるとうまくできない.L-DOPA無効.左足関節内反.左上肢失調.筋強剛,痙性,ジストニア,皮質性感覚障害.診断は?

症例11.Wide baseとkinesie paradoxaleを呈した70歳男性例
68歳肝性脳症,69歳肝性糖尿病.Wide baseな歩行障害,精神症状.パーキンソン病の診断で治療され,STN-DBSまで施行されたが,最終的に治療困難で,すくみ足が増悪した.診断は?

症例12.意識のある四肢強直発作の19歳男性
10歳体がつっぱり倒れてしまう.体が浮くような前兆があり.その後,体全体の強直発作が出現.右上肢に痙攣(非対称性強直発作).脳波上異常なし.診断は?

症例13.L-DOPA投与が有効であった失調歩行の50歳女性
46歳転倒,ふらつきある.眼振なし.L-DOPA投与が有効(ビデオでは軽度の改善).小脳性運動失調はあるか?診断は?


【解答編】
症例1.ジスキネジアはなし.診断は本態性振戦?パーキンソン病患者でなければ,L-DOPAを17年内服してもジスキネジアは起こらない.

症例2.SCA36(Asidan).岡山大学より報告された脊髄小脳変性症と運動ニューロン病の両方の特徴を併せ持つ遺伝性疾患(Asidanは,Asida river familyに由来).nucleolar protein 56(NOP56)遺伝子のイントロン1のGGCCTGリピートの伸長.

症例3. PARK2 Parkin遺伝子異常(exon 2とexon 8のheterozygous deletion).

症例4.抗GAD抗体に伴うStiff-leg syndrome.この症候群には抗GAD抗体陽性例と陰性例がある.http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/11748762
橋本病と1型糖尿病の合併から抗GAD抗体の関与を疑う.

症例5.球脊髄性筋萎縮症(SBMA).小脳性運動失調と小脳萎縮を合併しているが,一元的に考えるか,何らかの別の疾患の合併を考えるかが議論になったが,個人的には後者ではないかと思う.

症例6.視床下核や線条体などの病変(tPA療法に伴う出血)が想定されたが,MRI上は頭頂葉虚血病変がみられた.それが責任病変か,もしくは視床下核や線条体にMRIで捉えられない病変があるのか議論になった.

症例7.右大脳半球血流低下に伴うヘミコレア.もやもや病でも梗塞発症前に,ヘミコレアが生じることがあるが,これと同じ現象ではないかとの推論もあった.

症例8.チロシンヒドロキシラーゼ欠損症.常染色体劣性遺伝.治療はL-DOPAで良いとして,病態はGTP cyclohydrolase I(GCH1)欠損によるジストニアと思ったが,この疾患ではビオプテリン低下は生じなかった.チロシンヒドロキシラーゼ欠損ではoculogyric crisisが生じる(GCH1欠損・瀬川病でも生じるとのこと).チロシンヒドロキシラーゼ欠損症は遺伝子治療の適応もあり.

症例9.SCA2に伴う痙性斜頸,dystonic tremor.回答権がなく答えられなかったが,実は新潟大学でも同様の経験があり,過去に症例報告した.自験例でも4 Hzのdystonic tremorがADL上問題で,ボトックスが奏効しなかったが,L-DOPAが有効.SCA2のdystonic tremorの病態に黒質病変やpontocerebellar pathwayの関与が指摘されているが,L-DOPAの効果は前者の関与を示唆する.
Kitahara M, Shimohata T, Tokunaga J, Nishizawa M. Cervical dystonia associated with spinocerebellar ataxia type 2 successfully treated with levodopa: a case report. Mov Disord. 2009;24:2163-4.

症例10.Corticobasal syndrome.下肢で文字を書かせてうまくできないのは失行のようだ.背景病理までは分からず.

症例11.後天性肝脳変性症(Acquired hepatocerebral degeneration).肝硬変の0.8%で生じるという報告あり(Eur J Neurol. 2010;17:1463-70).パーキンソニズムと小脳症状が認められる.T1で淡蒼球高信号(マンガン蓄積).抗パーキンソン剤無効.肝移植で改善する例もある.

症例12.補足運動野てんかん.体が浮くような前兆は頭頂葉由来の症状で特徴的とのこと.意識が保たれている発作から,補足運動野てんかんも頭に浮かんだが,あまり向反発作ぽくはなく,脳波異常なしから違うなとてんかん以外の疾患を考えてしまった.補足運動野てんかんでは,脳波異常は同定できないことが多いようだ.

症例13.NIBA(Neurodegeneration with Brain Iron Accumulation)のひとつ,神経フェリチン症neuroferritinopathy(NBIA3:フェリチン軽鎖(FLT1)の遺伝子変異).あまり小脳性運動失調ぽくは見えなかった.MRIでeye of the tiger徴候的?(T2強調画像で鉄沈着による低信号はあったが,高信号の虎の眼球様状態はよくわからなかった).



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

パーキンソン病における慢性腰痛の特徴と増悪因子

2015年10月11日 | パーキンソン病
パーキンソン病(PD)では,難治性の慢性腰痛をきたす.しかし,その特徴や増悪因子については十分明らかにされておらず,明確な治療指針もない状況である.このため新潟大学脳研究所神経内科と新潟大学医歯学総合病院整形外科では共同研究を行い,それらの検討を行ったのでご紹介したい.

対象は腰痛を有するPD患者,連続44名(男24/女20例)である.平均年齢は68.7歳(55-85歳),罹病期間は11.0±10.1年,パーキンソン病統一スケールは17.1±11.6点であった.

【神経内科的観点から】
まず腰痛の特徴について神経内科的観点から検討した.腰痛の出現時期については,PDの発症と比較すると,腰痛が先が20名,PDが先が20名,同時が4名であった.これらの結果から,持病の腰痛がPDにより悪化したケース,PD発症後に腰痛が出現したケースのほか,さらに腰痛にて発症するPDが存在することが分かる.

腰痛の強い時間帯は「常に痛い」とする症例が23名(53%),次が「起床時」であった.「常に痛い」という訴えは通常の腰痛では多くないそうで,PDの腰痛の特徴かもしれないとの整形外科医との意見であった.

腰痛の誘因としては,同じ姿勢,動作時,歩行時に続き,オフ時,便秘時が見られた.オフ時,便秘時はPDにおける腰痛に特徴的で,これらの改善が腰痛の緩和に繋がる可能性がある.またパーキンソン症状との関連で,wearing off現象を認めた21名中9名(43%)がoffを腰痛の増悪因子と考え,dyskinesiaを認めた8名中2名(25%)がdyskinesiaを腰痛の増悪因子と考えていた.逆に抗パーキンソン剤の内服により11名(26%)で腰痛の改善が認められた.抗パーキンソン剤のL-DOPA当量は498±230 mgで,300 mgまでの症例は少なかった.L-DOPAのハネムーン期では腰痛が少ない可能性がある.

【整形外科的観点から】
つぎに腰痛の特徴について整形外科的観点から検討した.骨密度は軽度低下し,血中・尿中NTX(I 型コラーゲン架橋N-テロペプチド)は軽度上昇,Intact PTHは正常範囲で,ucOC(低カルボキシル化オステオカルシン)は増加,25(OH)Dは低下していた.以上よりビタミンD,Kの欠乏と,高代謝回転型の骨量低下が示唆された.X線全脊椎アライメント検討では,体幹の前傾が強いこと,腰椎の前弯は減少していること,胸腰椎の後弯が増加していること,脊柱の可動域が低下していることが分かった.VAS(10点法)の評価では,腰痛>下肢痛>下肢しびれの順に強かった.PS-39や日本整形外科学会腰痛疾患質問票(JOABPEQ)によるQOLの検討では,歩行機能障害や運動能が特に低かった.

【腰痛とQOLの増悪因子の検討】
VASによる腰痛と,PD-39による患者QOLに影響を及ぼす因子について検討したところ,改訂H & Yステージ,腰痛前弯,体幹の前傾,腰椎可動域が増悪因子であった.つまりパーキンソン病の運動障害が高度であること,腰椎前弯と可動域の減少を伴う体幹の前傾は腰痛を悪化させることが明らかになった.また上記のように運動合併症(wearing off現象,dyskinesia)も腰痛を増悪させた.

【PDにおける腰痛治療で重要なこと】
上記の検討から以下の4点が重要であると考えた.
1.PDの腰痛の治療には,整形外科医と神経内科医の連携が必要で,早期からの介入が望ましい.
2.PDの腰痛は,PDの病期や運動合併症により増悪することから,神経内科医による適切なPDの治療が必要である.
3.PD患者は骨粗しょう症になりやすいことが既報からも示されており,積極的な治療が必要である.
4.体幹の姿勢や可動域を維持するリハビリが有効である可能性があり,積極的に行う必要がある.

Watanabe K , Hirano T, Katsumi K, Ohashi M, Ishikawa A, Koike R, Endo N, Nishizawa M, Shimohata T. Characteristics of low back pain and trunk balance in Parkinson’s disease. International Orthopaedics (in press)


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

米国のトランスレーショナル・リサーチの現場で学んだこと

2015年10月03日 | 医学と医療
アカデミア(大学)における基礎研究の成果が具体的な事業化に結びつかないことは極めて多い.このため,研究開発と事業化の間にあるギャップは「死の谷」と呼ばれてきた.私は,これまでの体験から,アカデミア研究者が,「死の谷」を克服するためには,①動物実験の質の改善,②知的財産権の確保,③トランスレーショナル・リサーチ(translational research; TR)の考え方を理解することが重要であると考えた(リンク先のブログを参照).ちなみにトランスレーショナル・リサーチとは「基礎医学の成果を臨床に生かすための研究」を指す.
今回,マンスフィールド財団 – PhRMA(米国研究製薬工業協会) Research Scholars Program 2015に参加することができ,2週間をかけて,ワシントンDC,フィラデルフィア,ボストンを訪れ,米国におけるTRのシステムを学んだ.具体的には,米国政府の医療政策部署(下院の専門委員会,NIHの創薬部門,FDA),米国研究製薬工業協会(PhRMA),シンクタンク(Brooking institution),民間製薬会社(ファイザー,ヤンセン,ノバルティス,Biogenなど),大学研究機関(ペンシルバニア大学,MGH,マサチューセッツ工科大学,ハーバード大学,タフツ大学),患者会,投資家などを訪問した.薬剤シーズの段階から製品化に至るまでの過程でどのようにそれぞれが連携しているかというシステム(エコシステム)について学ぶことができた.本プログラムで学んだこと,5つにまとめてみたい.

1) 創薬の実現にはTRを学ぶ必要がある!
当たり前のことであるが,TRは日本では必ずしも浸透していない.アカデミア研究者が行う研究には「基礎生物学としての医学研究」と「臨床応用を明確に目指す医学研究」があるが,日本では後者に取り組むアカデミア研究者が圧倒的に少ない.日本には昔から「医は仁術」と,医学において,金儲けをすることを好ましいこととしない風潮があるが,アカデミア研究者は,患者さんに新薬を届けるためには,知的財産確保や産学連携が不可欠であることを認識する必要がある.分子標的を見つけるなど,途中まで研究を行ったら,後は誰かがやってくれるという考えでは,創薬には到達しない.むしろ本気で創薬を目指している者の妨げにもなりうることを認識する必要がある(その研究のため,新規性が認められない事態になり,知財が確保できない).

2) 2つの重大な選択を慎重に考える!
アカデミア研究者は,臨床応用への具体的な道筋を考えて研究を行う必要がある.この道筋を創薬領域では「パイプライン(図)」と呼び,通常,アイデアを見出してから承認されるまで,12~15年もかかる長い道のりである.このパイプラインにおいて,自身の創薬シーズの置かれている場所が,研究開発(research & development;R & D)のどの段階にあるかを常に意識する必要がある.
そしてそのパイプラインのなかで,2つの重大な選択がある.1つ目は何を標的分子として選択するか?2つ目は治験の際,どのような患者さんを選択するか?である.前者では,効果判定と毒性の評価を効率的に行う努力をすることが大事である(例:ロボットによるハイスループットスクリーニング,げっ歯類からイヌ・ネコモデルへの変更,組織チップなど).後者では,治験の際に,どのような患者さんを選ぶかによって結果が大きく変わるため,治療が効果を示す患者さんを見出すことができるバイオマーカーの発見も必要である.

3) アカデミアにおけるTRのサポートする仕組みをつくる!
アカデミアはTRのサポートをより積極的にする必要がある.まずイノベーションを可能にするcollaboration,つまりアカデミア研究者とその周囲を結びつけるネットワークづくりをサポートする必要がある.米国では,基礎研究者,臨床医,製薬企業,投資家,患者などと結びつける仕組みがすでに確立していた.
またTR教育も積極的に行う必要がある.米国におけるTRを学んだ我々スカラーが中心となり,各アカデミアにおけるTRの教育を強化・充実させることが大切である.医学部の場合,卒前,卒後といった,それぞれのステージごとに教育を行う必要がある.またTRの先駆者は,自身の成功体験を伝えていくことも大切である.

4) 患者さんの視点で考える!
近年,unmet medical needs(まだ治療法が見つかっていない疾患に対し,患者さんから強く求められている医療ニーズを指す)を意識した,患者さんを中心とする創薬アプローチの重要性が指摘されている(patient-centric approach).このほかにも患者の治療効果の判定を患者さんの視点から行うpatient-reported outcome(PRO)や,患者団体とともに創薬開発の研究費を求めていくなども考えられる.とくに患者さんが少ない希少疾患Rare diseaseにおいては,患者団体との連携が必要である.

5)  レギュラトリー・サイエンスの重要性を認識する!
創薬開発は,法律に則って実践する必要がある.すなわち薬事法と創薬の関係を理解しない限り,創薬開発は先に進まないというレギュラトリー・サイエンスの考え方を理解する必要がある.具体的には,アカデミア研究者は,医薬品の有効性および安全性の確保のために必要な規制が行われていることと,研究開発の促進のために必要な措置が講じられていることを理解する必要がある.

おわりに
今回のプログラムでは財団関係者を始め,米国の多くの方々にお世話になった.自身のTRを推進し,アカデミア研究者にTRを行う重要性を伝えることで恩返しをしたい.


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする