Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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脳神経内科医の燃え尽き症候群を防ぐために@第59回日本神経学会学術大会(札幌)

2018年05月26日 | 医学と医療
【大盛況だったシンポジウム】
標題の学会にて上記シンポジウムを企画した.過去2回の米国神経学会年次総会にて燃え尽き症候群(バーンアウト)を防ぐためのさまざまな試みを体験したこと,自身の周辺にもバーンアウトを経験した知人がいることがきっかけであった.

会場は立ち見になるほど多くの医師が参加した.バーンアウトの基礎知識および海外の状況と対策について提示後(スライドシェア参照),若手医師,急性期病院医師,女性医師,大学病院医師の立場からバーンアウトの状況と対策について発表していただいた.若手および急性期病院医師として発表した安藤昭一朗先生(新潟大学医歯学総合病院),井島大輔先生(北里大学病院)の真摯な発表には胸が締め付けられた.高い理想をもち献身的に取り組めば取り組むほど,理想と現実のギャップに悩む多くの医師の姿を垣間見た気がした.

特筆すべきは,初めて日本人脳神経内科医における燃え尽き症候群の頻度・状況が報告されたことだ.女性専門医については饗場郁子先生(東名古屋病院),大学勤務医については服部信孝先生・横山和正先生(順天堂大学)が中心になり検討が行われ,以下の点を明らかにした.

1)女性専門医のバーンアウト
1265名を対象としたアンケートの結果,バーンアウト率(3徴候のうち1つ以上を認める)は64%と極めて高率であった.30歳代が最も多かった.しかし3徴候のうち「脱人格化(患者さんに対する紋切り型で,非人間的な対応をする)」は米国・中国の報告と比較しはるかに低い11%であった.バーンアウトを経験した女性医師のうち13%が休職,10%が転職,4.4%が退職をしていた.バーンアウトが女性であることと関連していると答えた医師は58%にのぼった.

2)大学病院医師のバーンアウト
82大学病院に対するアンケートの結果,バーンアウト率は44%と高率,さらにワークライフバランスに満足する者は極めて少なく26%であった.多変量解析でのバーンアウトのリスク因子は「転職を考えている,人間関係不良,脳神経内科を学生に勧めようと思わない,仕事に意義を見出せない」で,防御因子は「当直回数が少ない,事務仕事が少ない」であった.実際にバーンアウトした医師による自由コメントでは上司への不満・批判が目立った一方,「どうしょうもない」「分からない」という回答も多かった.

【シンポジウムを通して感じたこと】
シンポジウム後半では吉田一人先生(旭川赤十字病院),海野佳子先生(杏林大学)の司会で,十分な時間をとって自由討論が行われた.私が印象に残った点を4つ挙げたい.

1.本人も周囲もバーンアウトを理解していない!
自分もそうであったが「バーンアウトは他人事だと思っていた」「過去のある時期がバーンアウトに近い状態であったと初めて理解した」という意見が多かった.バーンアウトは年齢や立場により誘因は異なり,どの医師にも起こりうる.バーンアウトの徴候を認識し,それ以上増悪しないよう対策をたてること,1人で抱え込まないことが大切である.

また「今思えば自分の部下に起きたことはバーンアウトだった」と話す先輩医師もいた.周囲の仲間のバーンアウトの徴候を早くから気がつくこと,上司も「若手の甘えと考えないで」早めに対応を考える必要がある.

2.バーンアウトした医師への接し方・対応が分からない!
シンポジウム後,実際にバーンアウトを経験したという医師が自身の経験を話してくれた.今は立ち直って勤務をしているが,当時は周囲からの理解が得られず辛かったと述べておられた.一度バーンアウトしてしまった人に対し,どのように接したり,対応や治療をするのかについては調べた限りほとんど報告がなく,今後の重要な課題だと思った.バーンアウトしてしまった人を我々や社会が暖かく迎えられなければならない.

3.日本の脳神経内科医は必死に耐えている!
女性専門医に対するアンケートにて,「非人格化」が極めて少ない点は極めて印象的だった.バーンアウトに陥りつつも患者さんに対して非人間的な医療をしないように必死に耐えていることが窺える.勤勉で誠実な日本人医師の姿を示しているのだろう.ただし「非人格化」はバーンアウトに対する防御反応でもあることを忘れてはならない.防御の盾を持たないことでバーンアウトがより切迫する可能性がある.今後,日本人医師のバーンアウトの特徴を明らかにし,有用なサポートのあり方を示していく必要がある.

4.今後,リーダーシップ教育が極めて大切である!
服部信孝教授が強調していたことである.上司の方針は部下に対し極めて大きな影響を与えることを認識する必要がある.制度としてのリーダーシップ教育は日本の医学界ではほとんど行われていない.私は恵まれていて,前任地での准教授としての10年間,メンターに「君が私だったらどう行動するか?」とつねに問われ,リーダーとしてのあり方を教えていただいた.リーダーシップに関する書籍も濫読した.恐らく多くのリーダーの姿を見聞きして,自分の理想像を探すものだと思う.ただしリーダーシップ教育の必要性は上司に限ったことではない.若手医師,チーフレジデント,女性医師,研究のチームリーダー等さまざまな立場において必要なものである.

【まとめ】
本シンポジウムが契機となり,多くの人にバーンアウト問題を理解してもらい,自身がバーンアウトに陥ることを防止し,周囲の陥りそうな医師,陥ってしまった医師を守ることにつながれば本当に意義深いものとなる.個人,医局,病院,大学,学会,国家レベルでの取り組みが望まれる.今後継続して議論を行うことが大切であり,まずは脳神経内科医全体を対象としたアンケート調査の実施が必要である.



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驚愕のアスペルガーの真の姿 ―私たちはこの失望から何を学ぶべきか?-

2018年05月22日 | 医学と医療
【急増する自閉症とトランプ大統領が支持するワクチン原因説】
自閉症は近年,下図グラフのように急激に増加し,全米の最新の調査では「68人に1人」にまで増加したと言われている.自閉症の原因の1つとしてワクチン説がある.これは1998年にランセット誌に掲載された3種混合(麻疹,おたふく,風疹)ワクチンが自閉症の原因となるかもしれないという単なる仮説に基づくものなのだが,マスメディアが大々的に取り上げたため社会問題となった.その後この仮説は医学的に間違いであることが証明されたが,つぎにワクチンに含まれるチメロサールが原因とする仮説が出され,やはり同様に否定された.しかしトランプ大統領は科学的根拠のないワクチン説を支持し「ワクチン接種はホロコーストと同じ」という発言さえしている.2015年米国ディズニーランドで麻疹感染がアウトブレークした事件があったが,これは自閉症を恐れワクチン接種をさせない親がいかに多いかを示すものであった.まさに「誤った認識」のもたらした悲劇であった.


【アスペルガー症候群の劇的な歴史】

自閉症の一型である「アスペルガー症候群」にまつわる歴史は劇的である.この名称はオーストリア人の小児科医ハンス・アスペルガー(1906-1980)に由来するが,彼の業績はナチスから逃れ米国ジョン・ホプキンス大学で研究を行ったレオ・カナーの業績に隠れて忘れられていた.カナーは優秀な医師であったが,2つの決定的な過ちを犯した.(1)自閉症を極めてまれな小児精神病と考え,限られた一部の者だけが診断される狭い定義を作ったこと,(2)自閉症の原因は冷淡で愛情に欠けた親にあるという「毒親仮説」を唱えたことである.この影響は極めて大きく,自閉症は長期に渡り極めて稀な疾患と誤解され,自閉症児や親はスティグマを負うことになる.またカナーは一部の子供が音楽や数学,記憶などに特殊能力を持つことに気がついてはいたが,この能力を懐疑的とみなし無視した.
 しかし英国の精神科医ローナ・ウィングの登場により状況は変わる.彼女の子どもは自閉症であり「毒親が原因など馬鹿げた主張だ」と考えた.さらにウィングは自閉症を多種多様に幅のある状態と考え,カナーの定義とは異なる正しい診断基準のもとでの有病率を苦労して明らかにした.その結果,自閉症有病率は既報よりはるかに高いことが分かった.この解釈に困ったウィングは過去の研究を検討したが,ドイツ語で書かれたため注目されなかった「自閉性精神病質」という1944年の論文を見つけた.この論文の著者こそがアスペルガーであった.「決して稀な疾患ではない」「自閉症にはその症状には幅がある」という指摘は正鵠を射るもので,のちの「自閉症スペクトラム障害」という概念につながった.1981年,ウィングはアスペルガーを称え「アスペルガー症候群」という名称を初めて用いた.

【自閉症が急増した本当の理由】
1988年,ダスティン・ホフマンが自閉症の成人を見事に演じアカデミー賞を受賞した映画「レインマン」が大ヒットし,自閉症は社会的にも認知され始める.自閉症の中でもドラマチックな「アスペルガー症候群」は書籍やドラマなどでも度々取り上げられ,一般の人でも知るところとなった.一方,ウィングは米国精神医学会とともに広く包括的な診断基準の作成を成し遂げた.映画と診断基準の両者が相まって,それ以降,自閉症と診断されるひとが急増することになる.つまり自閉症の急増の原因は,カナーによる医学的な「誤った認識」が正されたことにあるのだ.
 この歴史は「自閉症の世界-多様性に満ちた内面の真実-(ブルーバックス)」というノンフィクションに詳しく書かれている.英国の名誉あるノンフィクション賞を受賞した本で,著者はスティーブ・シルバーマンである.また序文を映画「レナードの朝」の原作者として有名なオリバー・サックスが書いている..


【自閉症の子供をナチスから救おうとしたヒーロー,アスペルガー】
私はハンス・アスペルガーを前述の「自閉症の世界-多様性に満ちた内面の真実-」を読み初めて知った.このなかで,アスペルガーはナチスによる優生学思想に基づいて行われた,障害児を安楽死させる政策(Aktion T4)に抵抗した良心の医師として記載されていた.「自閉性精神病質」の子ども達を患者ではなくさまざまなことを教えてくれる「小さな教授たち」と呼んで尊重し,それぞれに合った思いやりのある支援や配慮,教育が必要だと考えた.そしてガス室送りの対象にならないように「自らの存在をかけて」子どもたちを守ろうとした.
 アスペルガーが働いていた病院には多くのユダヤ人が働いていた.驚いたことにオーストリアの精神科医で,名著「夜と霧」「それでも人生にイエスと言う」の著者で,ホロコーストを経験し,ユダヤ人収容所を生き延びたヴィクトール・フランクルも同僚であった.1938年,オーストリアがドイツ第三帝国に併合されたあと,彼らはユダヤ人ということで全員職場を追われたが,アスペルガーはオーストリア人であったため職にとどまった.しかしこの病院では発達障害児の治療のひとつとして安楽死を認め,ナチスの民族浄化の名の下に多くの子供達が悪名高き安楽死施設(シュピーゲルグルンド)に送られた.これに対しアスペルガーは自分が担当した障害児が安楽死にならないよう診断をごまかしたのだ!つまり「社会的に問題を起こすことがあるものの,彼らは知的には優れていて精神病ではない」と強調したのだ.そして自閉症のなかで知的に優れた一群はのちに「アスペルガー症候群」と呼ばれるようになった.
 戦後,連合国による調査が行われ,ナチスに抵抗したアスペルガーを除くこの病院で働いていた医師全員がナチスの協力者として病院から追放された.彼はその後,児童精神科医としてキャリアを全うし,1980年に死去した.よってこの本を読んだ私を含む多くの人にとって,アスペルガーは「自閉症の子供をナチスから救おうとしたヒーロー的存在」なのである.
(子供を診察するアスペルガー)

【驚愕のアスペルガーの真の姿】
自閉症に関する「誤った認識」を正し,啓発したスティーブ・シルバーマンであったが,皮肉にもその彼もさらに重大な「誤った認識」にとらわれていたことを知る.2018年4月19日,Molecular Autism誌に掲載された「ナチ支配下のウィーンにおけるハンス・アスペルガー・ナチス・そして民族浄化」という論文は世界中に大きな衝撃と失望をもたらした.著者はオーストリア・ウィーン医科大学の医史学者,ヘルビヒ・チェフである.安楽死させられた子供の記録を含む,さまざまな当時の資料を収集し歴史的記載の再検討を行なった.その結果,アスペルガーが反ナチスであったとするこれまでの根拠はすべて覆されたのである!要旨は以下の3点である.
1)アスペルガーはナチスには入党していないが,ナチスが認める関連組織に属していた,
2)ゲシュタポ(秘密国家警察)はアスペルガーを要注意人物としてマークしていなかった.
3)障害児の診断を軽めにして安楽死を防ごうとした痕跡はなく,むしろ安楽死施設の医師より重い診断を下し,障害児は親にとって負担になるとまで書いた診断書も見つかった(写真は安楽死施設に送られた子供とアスペルガーによる診断書).診断書には「Heil Hitler(ヒトラー万歳)」とサインされていた.つまりアスペルガーは「ナチスの安楽死プログラムに積極的に協力」し,「ナチス政権に取り入り,忠誠を誓う代わりに職の機会を得た」のである.これまで伝えられていたヒーロー像は完全な誤りであったのだ.


【アスペルガーを称える病名は使用すべきではない】
さらにこの論文と同じ趣旨の書籍「Asperger's Children: The Origins of Autism in Nazi Vienna(アスペルガーの子どもたち:ナチス・ウィーンにおける自閉症の起源)」が5月1日に出版された.University of California, Berkeleyの上級研究員エディス・シェファーが執筆したものだ.購入して読んでみたが,ナチス併合下のオーストリアの歴史やアスペルガーについてだけでなく,なぜナチスが障害児に対する安楽死プログラムを行なったかを知ることができた.民族浄化という理論が先にあり,それを達成するために始められたものとばかり思っていたが,「障害児の父親がヒトラーに安楽死を直訴したこと」がきっかけとなり,システム化されたという記載には驚いた.
 シェファーは診断名に「アスペルガー」の使用を止めるよう呼びかけている.すぐ連想したのは過去のプログでも紹介したHallervorden–Spatz病である.これはジストニアと知能低下を主徴とする疾患であるが,Julius Hallervordenとその上官のHugo Spatzの功績を称え名付けられたものである.しかし彼らはヒトラー政権下に,ガス室で安楽死させた障害児の脳を調べ論文を執筆したため,その非倫理的な研究が戦後厳しく批判され,現在,この病名は使用されなくなった.
 アスペルガー症候群という名称の是非に関する議論はしばらく続くだろうが,DSM-5の診断基準でもアスペルガー症候群はすでに自閉症スペクトラム障害(ASD)に統合されなくなっているため学術的には使用されなくなるだろう.むしろ専門家以外の多くの人に「アスペルガー症候群」の抱える問題を知っていただきたいと思う.さらに重要なことは医学用語からアスペルガーの文字を抹消しただけでは意味が乏しいということだ.

【私たちは何を学ぶべきなのか?】
ナチスドイツと障害者「安楽死」計画」という書籍を読むと,Aktion T4に対しドイツ人医師がどのように対応したかが詳しく書かれている.ナチス第三帝国の政策に異議を唱えることは重罪であったが,それにもかかわらず,密かに診断書をごまかし3000人もの生命を救ったヴァルター・クロイツ教授や,殺人計画に反対し公然と参加を拒否したゴッドフリード・エヴァルト教授のような医師も存在した.しかし自分が彼らの立場であったらどうしただろうかと考えてしまう.命をかけて抗議できるだろうか?
 多くの医師は「生きるに値しない」と判断された人々が殺害される状況に直面し「内面亡命」をしたと言われている.つまり内にこもり,感覚を麻痺させ,下を向き,口を閉ざしたままで,うずくまってひたすら堪えることで乗り切ったのだ.重要なことは,医師はそのような極限の状況に直面しないために,そうなる前に歴史から学び防ぐことだ.
 今回の議論は単にハンス・アスペルガーを糾弾することが目的ではない.つまり論文や書籍は昨年から右傾化の動きが目立つオーストリアの知識人に向けた著者らからの「一旦政治が暴走すると,なかなか抵抗などできない.手遅れになってからでは遅いのだ」というメッセージであると思う.日本も決して他人事ではない.731部隊や九州大学生体解剖事件に象徴される過去の過ちを医師が繰り返すことがないようしっかり現在を見据える必要がある.
 シルバーマンは自閉症の人は「世界で最大のマイノリティ集団だ」と述べている.彼らはネット上で繋がり,医学の発展により治療される対象となることを拒み,「神経の多様性(neurodiversity)」として認められることを望んでいるという.つまり自閉症は病気ではなく,ひとつの個性であるのだ.ぜひ多くの人にこの問題に関心を持っていただき,ともに社会でどのように生きていくかを考えていただきたい.

Czech H. Hans Asperger, National Socialism, and“race hygiene”in Nazi-era Vienna. Molecular Autism 9: 29, 2018

スティーブ・シルバーマンによるTEDのプレゼンテーション



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レジリエンスと変革マネジメント@米国神経学会2018

2018年05月03日 | 医学と医療
【医師も悩んでいる】
今年の米国神経学会年会では,燃え尽き症候群(バーンアウト)を防ぐことや,リーダーシップを養成することを目的としたさまざまな催しが行われ,たくさんの世界中の医師が参加していた.これを見て「医師も人間であり,悩みを抱えて生きている」という当たり前のことを再確認した.

日本においても私が研修医だった頃と比べると,医師をめぐる環境は格段に息苦しいものになっている.ストレスに適切に対処し,燃え尽きてしまわないような工夫をする必要がある.またそのような環境のなかで,患者さんや世の中の役に立つプロジェクトを成し遂げるためには,ただがむしゃらに行なうだけではなく,組織をまとめる戦略やリーダーシップ,マネジメントが必要となる.今回は私が参加したプログラムをご紹介することで,今後の議論に役立てたい.

【意識してバーンアウトを防止する工夫を行なう】
ストレスに晒されても「折れない心」を育むこと,すなわち「レジリエンス(復元力)」を鍛えることが大切である.そのためにどんな工夫をするべきかという,医師のより良い生活を考えるLive Wellと名付けられたセッションが多数行われた.その内容は非常に多岐に富んでいる.ヨガ,マインドフルネス,瞑想,油絵,ジョギング,ナラティブ(話術),鍼治療,そしてマッサージ・コーナーまであった!「これが学会か!?」と思える催しが行われていた.さらに難病や認知症患者さんへの告知方法に関するトークショウや,医師・患者関係の構築に関するトークショウも行われていた.少人数の集まりで,双方向のディスカッションが行われていた.


私は「燃え尽き症候群を予防する方法をみんなでシェアする」セッションに参加した.分かったことは,ストレスから身を守る方法は人それぞれであり(下図のアプリでの回答を参照),早くそれを見つけて生活に取り入れる必要があるということだ.「自分の場合はワインと猫,それと言いたいことをブログで書くことか(笑)」などと考えながら,みなさんの話を伺った.みんな悩みを持ちつつも,工夫して乗り切ろうとしているという経験談を聞かせてもらうだけでも効果があるように思えた.日本神経学会学術大会@札幌のシンポジウム「神経内科医の燃え尽き症候群を防ぐために」でもぜひ多くの医師の話を伺いたいと思う.

一方,「バーンアウトした場合,本人はどうしたらよいか?周囲はどう支えたら良いか?」についてはほとんど議論がなかった.今後,取り組むべき重要な課題である.


【変革を担うリーダーを育てる】
リーダーシップは,臨床・研究プロジェクトの成功に不可欠である.さらに上司のリーダーシップの欠如は,部下のバーンアウトの危険因子になる.このような理由で,リーダーシップ養成講座(Leadership University)も熱心に行われていた.内容としては,リーダーの資質,交渉法,戦略,ワーク・ライフバランスの改善法,教育・女性・チーフレジデントそれぞれの領域でのリーダーシップ養成にまで及んだ.


私が参加したのは,Cascino前AAN会長による「バーンアウト時代のリーダーシップ:真のリーダーになるための実践的アプローチ」であった.この講義に参加した理由は,これだけ大きな学会の変革に成功した人物がどのような人で,どんなことを語るのかを知りたかったためだ.「神経内科医における燃え尽き症候群の増加」という危機的な状況に直面した場合,従来の状況・組織文化に対する変革が必要になる.しかし一度根付いた組織文化を違う方向に変革させる際には大きな抵抗を受ける.つまり変革には抵抗がつきものであるが,変革への抵抗に打ち勝ち,変革を成功させるにはどうしたらよいかという話を中心にされていた.

これは「変革マネジメントモデルADKAR Change Management Model)」として知られるものであり,以下の5つのプロセスから成り立つ.大切なことはリーダーの考えを浸透させ,組織一丸となって取り組むこことだ.                                                        
Awareness(認識) – なぜその変革が必要なのか認識してもらう.
Desire(欲求) – 変革に参加したいという欲求をもってもらう.
Knowledge(知識) – どう変革するかという知識をもってもらう.
Ability(実践) – 実際に実践する場をもってもらう.
Reinforcement(強化) – 変革を定着させるためにさらに補強を行なう.

理解しておくべきことは,組織にはリーダーとマネージャーが必要で,リーダーはビジョンを示し変革を率いる人,マネージャーは計画を立て組織を統制する人である.ビジョンを持つには世の中の変化を捉える大局観と,それを支える質の高い情報を持つ必要がある.Cascino先生はこのような話をしつつ,組織の中で次代のリーダーを育てる大切さを強調していた.実は変革モデルもリーダーシップ論もオリジナルがあって,ビジネス書をよく読む人にはおなじみでの内容である.しかしそこに自身の経験を加えて話すレクチャーは非常に魅力的で迫力があった.帰国したら私も教室の若い医師に自分なりのリーダー論を話したいと思った.

【ライフ・ワークバランスの目指すところ】
以上のような内容が学会において議論されていることに驚かれたのではないだろうか.ライフ・ワークバランスの大切さが近年強調されているか,単に両者のバランスのみ論じるだけでは十分ではないと感じた.つまり燃え尽き症候群への対策として自分にあった工夫を見つけ,さらに生活の質・豊かさを高めること,ワークについても,さまざまな外的環境の変化に対しても,絶えず適切な変革を遂げていく能力を身につけることで,よりレベルの高いワーク・ライフが実現できるのだと感じた.

【参考図書】
第2版 リーダーシップ論(ジョン・コッター教授)
Jeffrey Hiatt, ADKAR:A model for change in business, government, our community, Prosci,2006


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