私が以前留学中していたカルフォルニアの大学の脳卒中センターでは,tPAによる治療可能時間を過ぎてしまった脳梗塞患者に対しては,体温と血糖のコントロールを厳密に行なっていた.発熱している場合,解熱剤で下げ(normothermia),血糖はインスリンをsliding scaleにより使用し,厳密にコントロールを行っていた.発熱と高血糖は脳梗塞拡大をもたらすという考えに基づいてこれらの治療が行われている.
高血糖はなぜ脳梗塞の予後を増悪させるか?2つのメカニズムが提唱されている.ひとつは虚血に陥って死にかけている虚血性ペナンブラに存在する神経細胞が,高血糖と血流途絶に伴い生じた乳酸アシドーシスにより完全に死に至る(虚血中心に置き換わる)というもの.もうひとつは,高血糖はtPA後の出血合併のリスクを高めるという考えである.しかし,実際に高血糖をインスリンで是正することで,予後を改善出来るかという臨床的エビデンスは十分得られてはいなかった.
今回,イギリスからインスリンによる高血糖是正の効果を検討したランダム化比較試験が報告された.対象は18歳以上の脳梗塞患者で,血糖値が126 mg/dlを超えた40名.偽薬(生食)群15名とインスリン治療群25名に分け,後者はさらに治療時間で24時間,48時間,72時間の3群に分けた.具体的な血糖是正法としては5%グルコース500 mLに,20 mmolのKCLと16単位のインスリンを混入し,時間100 mLで持続点滴した(GKI療法).血糖72-126 mg/dlを目標とし,これを下回った場合,ブドウ糖静注にて補正を行った.評価については一次エンドポイントをMRIによる脳梗塞の拡大(入院時と7日目を比較)とし,副次エンドポイントでも脳梗塞拡大に関わる複数の評価項目を設定した.実際に乳酸アシドーシスを予防できていることを確認するために,発症3日目にMRSを用いて梗塞巣の乳酸濃度を測定した.
さて結果だが,MRSでの乳酸は低下したものの,一次エンドポイントの7日目における脳梗塞拡大は,偽薬群とインスリン群で有意差はなかった.治療持続時間別に効果を確認したが,いずれの群でも有効ではなかった.さらに驚くべきことに,血管が完全閉塞した症例に限って検討すると(N=11;偽薬4名,GKI 7名),むしろGKIは脳梗塞サイズの拡大が認められた(同様の所見がネコの虚血モデルで報告されている).副作用に関しては,GKIに伴う低血糖エピソードが42回と頻回に認められた(19/25名76%に認められた).つまりGKI療法は,脳梗塞拡大に対して有効でなく,むしろ血管閉塞例では増大をもたらし,さらに低血糖発作が頻回であるという点で推奨されないという結論になった.
ただし,今回の検討にはいくつかの問題がある.まず症例数が少ない.治療群を3群に分けているため,それぞれ24時間:48時間:72時間=10名:5名:10名しかいない.また介入後の血糖値変化のグラフを見ると,偽薬群より常に低い血糖を維持できたのは48時間群のみで,24時間群では24時間移行,むしろリバンドで高血糖が生じている.さらにいずれの介入群も開始直後の血糖低下が極めて高度である.その後,血糖は回復するのだが,これは低血糖による低エネルギー状態と,血糖を再上昇させる際のグルコース再灌流障害(フリーラジカル産生をもたらす)を引き起こす可能性がある.血糖コントロールをもうすこしうまく行けば,つまり血糖が乱高下しないでnormoglycemiaの状態をつくることが出来れば,結果は変わっていたようにも思うのだが・・・・今回の介入が理想通りうまくいったのかというとそうでもないように思える.いずれにしても脳梗塞に対し血糖コントロールが有用かさらに検討が必要である.
Ann Neurol 67: 570-578, 2010
追伸;脳梗塞の理解のためには臨床と基礎の双方を理解することが望ましく,脳卒中診療を志す若いドクターにはぜひ,基礎研究にとりくんでいただくことをおすすめしたい.
高血糖はなぜ脳梗塞の予後を増悪させるか?2つのメカニズムが提唱されている.ひとつは虚血に陥って死にかけている虚血性ペナンブラに存在する神経細胞が,高血糖と血流途絶に伴い生じた乳酸アシドーシスにより完全に死に至る(虚血中心に置き換わる)というもの.もうひとつは,高血糖はtPA後の出血合併のリスクを高めるという考えである.しかし,実際に高血糖をインスリンで是正することで,予後を改善出来るかという臨床的エビデンスは十分得られてはいなかった.
今回,イギリスからインスリンによる高血糖是正の効果を検討したランダム化比較試験が報告された.対象は18歳以上の脳梗塞患者で,血糖値が126 mg/dlを超えた40名.偽薬(生食)群15名とインスリン治療群25名に分け,後者はさらに治療時間で24時間,48時間,72時間の3群に分けた.具体的な血糖是正法としては5%グルコース500 mLに,20 mmolのKCLと16単位のインスリンを混入し,時間100 mLで持続点滴した(GKI療法).血糖72-126 mg/dlを目標とし,これを下回った場合,ブドウ糖静注にて補正を行った.評価については一次エンドポイントをMRIによる脳梗塞の拡大(入院時と7日目を比較)とし,副次エンドポイントでも脳梗塞拡大に関わる複数の評価項目を設定した.実際に乳酸アシドーシスを予防できていることを確認するために,発症3日目にMRSを用いて梗塞巣の乳酸濃度を測定した.
さて結果だが,MRSでの乳酸は低下したものの,一次エンドポイントの7日目における脳梗塞拡大は,偽薬群とインスリン群で有意差はなかった.治療持続時間別に効果を確認したが,いずれの群でも有効ではなかった.さらに驚くべきことに,血管が完全閉塞した症例に限って検討すると(N=11;偽薬4名,GKI 7名),むしろGKIは脳梗塞サイズの拡大が認められた(同様の所見がネコの虚血モデルで報告されている).副作用に関しては,GKIに伴う低血糖エピソードが42回と頻回に認められた(19/25名76%に認められた).つまりGKI療法は,脳梗塞拡大に対して有効でなく,むしろ血管閉塞例では増大をもたらし,さらに低血糖発作が頻回であるという点で推奨されないという結論になった.
ただし,今回の検討にはいくつかの問題がある.まず症例数が少ない.治療群を3群に分けているため,それぞれ24時間:48時間:72時間=10名:5名:10名しかいない.また介入後の血糖値変化のグラフを見ると,偽薬群より常に低い血糖を維持できたのは48時間群のみで,24時間群では24時間移行,むしろリバンドで高血糖が生じている.さらにいずれの介入群も開始直後の血糖低下が極めて高度である.その後,血糖は回復するのだが,これは低血糖による低エネルギー状態と,血糖を再上昇させる際のグルコース再灌流障害(フリーラジカル産生をもたらす)を引き起こす可能性がある.血糖コントロールをもうすこしうまく行けば,つまり血糖が乱高下しないでnormoglycemiaの状態をつくることが出来れば,結果は変わっていたようにも思うのだが・・・・今回の介入が理想通りうまくいったのかというとそうでもないように思える.いずれにしても脳梗塞に対し血糖コントロールが有用かさらに検討が必要である.
Ann Neurol 67: 570-578, 2010
追伸;脳梗塞の理解のためには臨床と基礎の双方を理解することが望ましく,脳卒中診療を志す若いドクターにはぜひ,基礎研究にとりくんでいただくことをおすすめしたい.