国際脳卒中学会(ISC2014@San Diego)の開催前日,Animal model 2.0という聞きなれないタイトルのシンポジウムが行われた.2.0は第二世代を示す.では第一世代は何を指すかと言うと,脳虚血の病態や神経保護薬候補をつぎつぎと明らかにした脳虚血急性期げっ歯類モデルを指している.しかしそれら神経保護薬候補は,ヒトにおける臨床試験において,tPAを除き,ことごとくその有効性を証明することができなかった.このため,近年,第一世代動物モデルの問題点が議論されてきたが,さらに一歩進めて,それらの問題点を克服する新しい動物モデルが提唱されつつある.ここでは第一世代の動物モデルの問題点と,新世代の動物モデル(Animal model 2.0)を紹介したい.
1)第一世代の動物モデルの問題点
第一世代の動物モデルの問題点バイアスを軽減する努力が不十分であったことに要約される.つまり治療介入の方法,ならびに評価法が不十分であった.具体的には,ランダム化,inclusionおよびexclusion criteriaの提示,処置や評価の盲検化,Nを決めるサンプルサイズ計算が多くの実験で行われていなかった(これらが行われた論文と行われなかった論文で,当該薬剤の有効率を比較すると,行われた論文で有意に低くなることが証明されている).今後はこれらをきちんと評価し,Proof of concept(概念実証)からProof of efficacy(実際の治療効果の実証)へのパラダイムシフトが必要となる.
2)Animal model 2.0
第二世代は第一世代の問題点の解消を行い,さらにこれまで見落とされていた視点から新たな動物モデルを作成することになる.
① 第一世代の問題点の解消
ランダム化,inclusionおよびexclusion criteriaの提示,盲検化,複数の行動解析による評価,サンプルサイズ計算を行う必要がある.実験匹数は現状の10程度から100(!)のレベルに引き上げることが望ましいとの発現があった.上記はARRIVEガイドライン等に明記されている.
ARRIVEガイドライン
薬剤については,単一薬剤のみでなく,薬剤の組み合わせ(tPA+αなど)の有効性についても検証すること,ヒトの臨床に則した治療タイミング・投与方法を再現すること,薬剤の血液脳関門通過能,化学構造・サイズ・生物学的分布,薬効評価のタイミングも考えることが必要となる.
② 新たな試みの例
A. 動物モデルにおける国際多施設ランダム化前臨床試験
実験匹数を増やし,評価のバイアスを減らすことを目的に,欧州ではなんと動物モデルにおける国際多施設ランダム化前臨床試験が行われている.例えばAnti-CD49d抗体の有効性の評価は5カ国でおこなわれた(the Multi-PART consortium).
www.multi-part.org
今後,動物モデルでもヒトと同様の手続きを踏む必要があるが,ここまで進展しているとは衝撃的であった.
B. 加齢,性の考慮
加齢,性差を考慮してこなかった点も問題点に挙げられる.加齢で免疫能は大きく変化する.高齢マウスの腸は細菌繁殖しやすいうえにleakyで,血漿エンドトキシン濃度が高く,NFkB値が高いという背景がある.病態に合わせた年齢の動物を選択する必要がある.
性差も重要である.実験モデルではもっぱらオスが用いられてきたが,ホルモンの影響による性差は見られ,例えばメス・ホルモン除去(閉経後)マウスの梗塞サイズは大きくなる.ヒトの臨床でも,脳卒中は女性(とくに80歳以上)で頻度が高く,脳梗塞後のうつも女性に多い.さらに女性は特有の危険因子を持つ(妊娠関連血管病,マイクロキメリズム:妊娠中における母親と胎児の間で少量の細胞の相互移動).性差を考慮した実験が必要である.
C. 危険因子,ライフスタイルの考慮
目的によっては,糖尿病,高血圧などの危険因子を有するモデル動物を使用する必要がある(糖尿病モデルとしてのストレプトゾシンモデルなど).
ライフスタイルとして,ヒトでは女性は男性より長生きで,夫が先に亡くなり,一人暮らしとなる可能性が高くなるが,このようなsocial isolationの状態を動物で再現すると,なんと梗塞サイズが大きくなり,その機序の一部はNFkBを介する炎症であることもわかっている.ヒトでも,脳梗塞の重症度にライフスタイルが影響しうることを示唆している.
D. 種差の考慮
ヒトにおける薬剤の有効性をそもそもげっ歯類で評価することは困難であり,種としてヒトに近い非ヒト哺乳類(Baboon, Marmoset, Rhesus macaque, Cynomolgus macaque)を用いるべきという考え方がある.利点はヒトでの薬効を良く予測できる可能性があること,ヒトでの無用な治験を避けられることが挙げられる.一方,問題点としては,倫理的問題,専用の実験装置(アンギオ,PET, MRI)や持続的モニタリングを要すること,高額な動物の値段,高い技術の必要性が挙げられる.現時点での適応は,見込みの高い前臨床試験であること,ヒトにおけるPhase 1が終了していること,研究デザインが臨床試験にマッチしていること(tPA使用,薬剤量・投与法・評価法・代理マーカーの確立)が挙げられる.具体的な例として,NA-1の前臨床試験が提示されたが,N=5ずつでcross overさせ,有効性を示した(のちにヒトにおけるPhase 2 trialが行われ,Lancet Neurol誌に2012年に報告されている).
E. 新しく精度の高い評価方法の確立
脳梗塞後の麻痺についても,適切なモデルを感度の高い方法で評価しなければならない.上肢麻痺の評価方法としては,さまざまなreaching test(餌を手を伸ばして取るなど)が行われてきたが,ラットではVermicelli handling testといった,パスタを,両手を使って食べるときのadjustment(持ち替え?)の回数を数えるとか,運動感覚能の評価法として,Sticky tape test(両手に貼った紙テープを剥がす,つまり前肢の感覚・注意と運動の両方を評価する),Schallert Cylinder test(透明な筒に入れて,患肢をつく割合を数える),Foot fault test(ジャングルジムのようなところを歩かせて足が落ちる数を数える)などが開発されている.これらラットで開発された評価をマウスに移行させる試みもなされている(Capelliniといった細いパスタを用いるなどの工夫をしている).
3)まとめ
以上,第一世代の動物モデルの問題点と,それを克服するための注意点,新しい試みを記載した.創薬研究では,動物モデルにおける効果の検証のステップは不可欠で,その成功のためには動物モデルの正しい使用・選択・評価を熟知する必要がある.脳虚血モデルの現状の理解は,他の疾患における動物モデルの検討においても有益であり,模範となるものと思われる.
International Stroke Conference 2014 @San Diego
1)第一世代の動物モデルの問題点
第一世代の動物モデルの問題点バイアスを軽減する努力が不十分であったことに要約される.つまり治療介入の方法,ならびに評価法が不十分であった.具体的には,ランダム化,inclusionおよびexclusion criteriaの提示,処置や評価の盲検化,Nを決めるサンプルサイズ計算が多くの実験で行われていなかった(これらが行われた論文と行われなかった論文で,当該薬剤の有効率を比較すると,行われた論文で有意に低くなることが証明されている).今後はこれらをきちんと評価し,Proof of concept(概念実証)からProof of efficacy(実際の治療効果の実証)へのパラダイムシフトが必要となる.
2)Animal model 2.0
第二世代は第一世代の問題点の解消を行い,さらにこれまで見落とされていた視点から新たな動物モデルを作成することになる.
① 第一世代の問題点の解消
ランダム化,inclusionおよびexclusion criteriaの提示,盲検化,複数の行動解析による評価,サンプルサイズ計算を行う必要がある.実験匹数は現状の10程度から100(!)のレベルに引き上げることが望ましいとの発現があった.上記はARRIVEガイドライン等に明記されている.
ARRIVEガイドライン
薬剤については,単一薬剤のみでなく,薬剤の組み合わせ(tPA+αなど)の有効性についても検証すること,ヒトの臨床に則した治療タイミング・投与方法を再現すること,薬剤の血液脳関門通過能,化学構造・サイズ・生物学的分布,薬効評価のタイミングも考えることが必要となる.
② 新たな試みの例
A. 動物モデルにおける国際多施設ランダム化前臨床試験
実験匹数を増やし,評価のバイアスを減らすことを目的に,欧州ではなんと動物モデルにおける国際多施設ランダム化前臨床試験が行われている.例えばAnti-CD49d抗体の有効性の評価は5カ国でおこなわれた(the Multi-PART consortium).
www.multi-part.org
今後,動物モデルでもヒトと同様の手続きを踏む必要があるが,ここまで進展しているとは衝撃的であった.
B. 加齢,性の考慮
加齢,性差を考慮してこなかった点も問題点に挙げられる.加齢で免疫能は大きく変化する.高齢マウスの腸は細菌繁殖しやすいうえにleakyで,血漿エンドトキシン濃度が高く,NFkB値が高いという背景がある.病態に合わせた年齢の動物を選択する必要がある.
性差も重要である.実験モデルではもっぱらオスが用いられてきたが,ホルモンの影響による性差は見られ,例えばメス・ホルモン除去(閉経後)マウスの梗塞サイズは大きくなる.ヒトの臨床でも,脳卒中は女性(とくに80歳以上)で頻度が高く,脳梗塞後のうつも女性に多い.さらに女性は特有の危険因子を持つ(妊娠関連血管病,マイクロキメリズム:妊娠中における母親と胎児の間で少量の細胞の相互移動).性差を考慮した実験が必要である.
C. 危険因子,ライフスタイルの考慮
目的によっては,糖尿病,高血圧などの危険因子を有するモデル動物を使用する必要がある(糖尿病モデルとしてのストレプトゾシンモデルなど).
ライフスタイルとして,ヒトでは女性は男性より長生きで,夫が先に亡くなり,一人暮らしとなる可能性が高くなるが,このようなsocial isolationの状態を動物で再現すると,なんと梗塞サイズが大きくなり,その機序の一部はNFkBを介する炎症であることもわかっている.ヒトでも,脳梗塞の重症度にライフスタイルが影響しうることを示唆している.
D. 種差の考慮
ヒトにおける薬剤の有効性をそもそもげっ歯類で評価することは困難であり,種としてヒトに近い非ヒト哺乳類(Baboon, Marmoset, Rhesus macaque, Cynomolgus macaque)を用いるべきという考え方がある.利点はヒトでの薬効を良く予測できる可能性があること,ヒトでの無用な治験を避けられることが挙げられる.一方,問題点としては,倫理的問題,専用の実験装置(アンギオ,PET, MRI)や持続的モニタリングを要すること,高額な動物の値段,高い技術の必要性が挙げられる.現時点での適応は,見込みの高い前臨床試験であること,ヒトにおけるPhase 1が終了していること,研究デザインが臨床試験にマッチしていること(tPA使用,薬剤量・投与法・評価法・代理マーカーの確立)が挙げられる.具体的な例として,NA-1の前臨床試験が提示されたが,N=5ずつでcross overさせ,有効性を示した(のちにヒトにおけるPhase 2 trialが行われ,Lancet Neurol誌に2012年に報告されている).
E. 新しく精度の高い評価方法の確立
脳梗塞後の麻痺についても,適切なモデルを感度の高い方法で評価しなければならない.上肢麻痺の評価方法としては,さまざまなreaching test(餌を手を伸ばして取るなど)が行われてきたが,ラットではVermicelli handling testといった,パスタを,両手を使って食べるときのadjustment(持ち替え?)の回数を数えるとか,運動感覚能の評価法として,Sticky tape test(両手に貼った紙テープを剥がす,つまり前肢の感覚・注意と運動の両方を評価する),Schallert Cylinder test(透明な筒に入れて,患肢をつく割合を数える),Foot fault test(ジャングルジムのようなところを歩かせて足が落ちる数を数える)などが開発されている.これらラットで開発された評価をマウスに移行させる試みもなされている(Capelliniといった細いパスタを用いるなどの工夫をしている).
3)まとめ
以上,第一世代の動物モデルの問題点と,それを克服するための注意点,新しい試みを記載した.創薬研究では,動物モデルにおける効果の検証のステップは不可欠で,その成功のためには動物モデルの正しい使用・選択・評価を熟知する必要がある.脳虚血モデルの現状の理解は,他の疾患における動物モデルの検討においても有益であり,模範となるものと思われる.
International Stroke Conference 2014 @San Diego