Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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多系統萎縮症(MSA)に対しラサギリンは無効 ―失敗から得られたもの―

2015年02月28日 | 脊髄小脳変性症
Lancet Neurology誌に報告された二重盲検試験にて,MSAに対するラサギリン(rasagiline)の疾患修飾効果の可能性が検討されている.B型モノアミン酸化酵素(MAOB)阻害薬であるラサギリンが選ばれた理由には3つある.ひとつはMSAの動物モデル(α-synuclein transgenic mouse)にて,2.5mg/kgという量で黒質,線条体,小脳の神経細胞死を抑制し,行動異常を改善したこと(Exp Neirol 210; 421-427, 2008).2つ目は,ラサギリンは,治療歴のないパーキンソン病患者において病気の進行を遅らせる効果があることが示唆する報告があること(N Engl J Med 361: 1268-78, 2009).3つ目は,ラサギリンはすでにFDAで認可され使用されており(Azilect®),承認適応外使用で比較的速やかに開始できることである.

臨床試験の方法であるが,欧州,北米の12カ国40施設が参加し,30歳以上のGilman分類possibleおよびprobable MSA-Pを対象として行われた.ラサギリン1mg群と対照群に1:1で割付けが行われた.主要評価項目は48週(1年間)の時点でのUMSARSスコア(part 1+2;0~104点)の変化とした.ITT解析が行われた.

さて結果であるが,174名(ラサギリン群84名,対照群90名)が参加した.このうち前者では21名(25%),後者では15名(17%)が途中で継続を断念した.その理由は両群とも後に述べる副作用が多かった.主要評価項目UMSARSは,ラサギリン群は7.2±1.2の悪化,対照群は7.8±1.1の悪化で,有意差を認めなかった(P=0.70).(UMSARSの進行は,治療開始時が37のとき,年間8点程度であることが分かった).

安全性については,ラサギリン群68名(81%),対照群は67名(74%)に副作用は見られ,うち重篤な副作用はラサギリン群29名(35%),対照群は23名(26%)であった.ラサギリンによる副作用で多かったものは,めまい(10名,12%),末梢の浮腫(9名,11%),尿路感染(9名,11%),起立性低血圧(8名,10%)であった(ただし必ずしも薬剤によるものではなく,原疾患と関わりがある可能性が考察されている).

以上より,残念ながら,MSA-Pに対するラサギリン1mgの有効性は認められないという結論になった.しかしここで何故,ラサギリンが無効であったのか,また今回の臨床試験から得られたものは何であったのかを考察することは,今後の治療開発につながるものと思われる.

まず効果を示せなかった理由としては以下の考察ができる.
1)動物モデルがヒトのMSAの病態を反映していない.
2)薬剤の内服量が動物モデルと比べ相対的に少なかった.
3)早期介入を目指したため,Gilman分類possibleを含めたことから,診断がMSAではない症例が含まれている可能性がある.
4)対象患者が発症から平均3.9年であり,病態はかなり進行してしまっている.
5)既報同様に脱落例が多く(進行が早いためか),48週の時点で効果を検出するためのパワーがなくなっていた.

以上より,今後の治療薬開発において念頭に置くべきこととして以下が挙げられる.
1)よりヒトMSAの病態を反映する動物モデルを開発する(そのためにはヒトMSAの病態機序の解明が不可欠).
2)動物モデルでの薬効評価は,ヒトに投与できる用量の範囲で行う.
3)臨床試験の対象者は発症早期例が望ましく,そのためには早期診断を可能とし,かつ特異性の高い診断バイオマーカーの開発を行う.
4)多数例での検討を行い,かつ鋭敏で,臨床的に意義のある主要評価項目を設定する.

私が関わっている脳虚血の治療薬開発と比較すると,(1)と(3)が,よりハードルを高くしていると考えられた.容易にできることではないが,何とかクリアして,MSAの疾患修飾薬(disease modifying drug)が開発されることを期待したい.

Lancet Neurol 14; 145-152,

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国際脳卒中学会2015@ナシュビル

2015年02月13日 | 脳血管障害
テネシー州ナシュビルで開催された国際脳卒中学会2015(ISC2015)に参加した.今年のISC2015のプレナリーセッション(参加者が一同に集まって行われるシンポジウム)は大変盛り上がり,大きな拍手が沸き起こるものとなった.

2年前,ホノルルで開催されたISC 2013で,急性期脳梗塞に対する血管内治療の有効性に関する3つのランダム化試験の結果が報告され,3つの試験のすべてが否定的な結果となり,多くの医師は大変なショックを受けた(「ホノルルショック」と呼ばれた).その後,新しい血管内治療のデヴァイスを用い,背水の陣で行われた4つの試験(昨年発表されたMR CLEAN(※)を含む)の結果が報告され,今回はすべてで有効性を証明できたためである.つまり,Merciや Penumbraといった第一世代のデヴァイスを用いた血管内治療では有効性を示すことが難しかったものの,Solitaire(図上)やTrevoといった第二世代のデヴァイスを用いて有効性を示せたということである(※ミスター・クリーンと読むそうだ).

この4試験の結果について表にまとめた(図下).治療のtime windowは4.5~12時間で,画像検査による症例の選択はCT,CTアンギオ,ASPECTS,虚血中心や側副血行路の評価などが用いられた.発症から再灌流までにかかった時間は241分~290分,主要評価項目の90日後のmRS 0-2(予後良好群)の割合は33%~71%であった.再灌流に伴い生じうる症候性出血については,tPA群と比べると高いものの,その差は大きくはなかった.再灌流までの時間が短いほど効果は大きく,出血は少なかった.血管内手技に伴う合併症も低頻度であった.有効性についてはメタ解析でも確認され,time windowについては6時間までは可能という結果であった.絶対,失敗が許されない臨床試験を,デバイスとデザインを考えて万全の状態で行い,見事,成功したという印象である.学会はほとんどこの話題一色という感じであった.

脳梗塞治療の2大戦略は,再灌流と神経保護である.前者の代表がtPAで,後者は低体温療法やpreconditioning,エダラボンなどが挙げられるが,今回の結果を受けて,再灌流が大きくシフトすることになるものと思われる.患者の立場から考えると血管内治療を行える医師の治療を受けられるかが重要になってくる.シンポジウムの中で,今後,治療を受ける側にとって大事なことを示したスライドがあった.

1)血管内治療を行う医療機関の近所に住むこと
2)そしてあまり遠くに出かけないこと
3)あまりあちこち出かけない血管内治療医を主治医に持つこと
4)国際脳卒中学会でみな医師が出張している時期に,決して脳卒中を起こさないこと

みなの笑いを誘ったが,あながち冗談とは言い切れない時代に入ったという印象を持った.

ISC 2015 



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筋強直性ジストロフィーと球脊髄性筋萎縮症はBrugada症候群による突然死を来しうる

2015年02月01日 | 筋疾患
Brugada症候群は,1992年にスペインのブルガダ兄弟が報告したもので,12誘導心電図のV1からV2(V3)誘導における特徴的なST上昇と,致死性の不整脈である心室細動を主徴とする症候群である.ST上昇には,上向きに凸のcoved(入江)型と下向きに凸のsaddle back(馬鞍)型がある(図).男性に多く,夜間に心室細動の発作を起こすことが多い.常染色体優性遺伝形式をとり,現在までに7つの遺伝子型が報告されている.最初に報告された原因遺伝子はヒト心筋Na+チャネルαサブユニット(Nav1.5)をコードする SCN5A遺伝子で,最も頻度が高い.症候性ブルガダ症候群や家族歴を有する症例では植込み型除細動器(ICD)治療が必要で,突然死の予防に対してはICD植え込みによる発作時の除細動のみが確実な方法である.

さて,神経内科疾患も突然死を呈するものがある.原因は不明なことが多いが,最近,その原因としてBrugada症候群の関与が示唆された2つの疾患を紹介したい.

(1)筋強直性ジストロフィー(DM1)
筋強直性ジストロフィーは,成人で最も頻度の高い遺伝性筋疾患で,常染色体優性遺伝形式を取る.筋症状以外に多彩な全身症状を呈する.また3分の1の症例が突然死を来す.致死性の不整脈(心室細動や房室ブロック後の心停止)がその原因として重視されるが,その発生機序については不明であった.

DM1の原因遺伝子は,DMPK遺伝子の3’非翻訳領域のCTGリピートの異常伸長である.この変異は,スプライシング制御因子のアンバランスを招き,種々のmRNAのスプライシング異常(幼若型スプライシングアイソフォームの増加)を引き起こし,多彩な症状をもたらす.例えば,特徴的な筋症状であるミオトニアは,骨格筋型電位依存性クロライドチャネル(ClC1)をコードするCLCN1遺伝子のスプライシング異常により,正常な機能を持つClC1が産生されず,機能するチャネル量が減少した結果,筋細胞の興奮性が高まり,ミオトニアを引き起こすと考えられている.

同様のことがSCN5A遺伝子(!)でも生じうる.2013年,フランスのWahbiらは,914名のDM1患者の心電図を検討し,うち7例(0.8%)でBrugada心電図を認め,うち5例をBrugada症候群と診断した.末梢血ゲノムを用いた検討では,全例でSCN5A遺伝子変異を認めなかった.しかしDM1患者1名と拡張型心筋症3名の心筋を用いてSCN5A遺伝子のスプライシングを検討したところ,前者でのみスプライシング異常(幼若型の増加)を認めた.このことからDM1の突然死にSCN5A遺伝子のスプライシング異常に伴うBrugada症候群が関与している可能性が指摘された.

Arch Cardiovasc Dis 106; 635-643, 2013 

(2)球脊髄性筋萎縮症
球脊髄性筋萎縮症(SBMA)は伴性劣性遺伝形式をとり,成人男性に発症する下位運動ニューロン疾患である.原因遺伝子はアンドロゲン受容体で,CAG リピート病(ポリグルタミン病)である.四肢の筋力低下および筋萎縮,球麻痺を主徴とし,女性化乳房など軽度のアンドロゲン不全症などを合併する.

名古屋大学のArakiらは,SBMA 144名の心電図を検討し,うち70名(48.6%)で心電図異常,28名でST-T異常,17名(11.8%)でBrugada心電図を呈していたことを示した.うち2名は症候性で,かつ突然死を来たしていた.さらに病態機序について詳細に検討が行われた.まずBrugada症候群で報告されている原因遺伝子(SCN5A遺伝子等)について検討し,遺伝子変異を認めないことを確認した.そして,心筋におけるSCN5A遺伝子の発現が,mRNA(RT-PCR)および蛋白レベル(Western blot,免疫染色)で低下していることを見出した.この機序としては,SBMAでは変異アンドロゲン受容体が核内に蓄積されるが,この結果,遺伝子発現に異常が生じて,SCN5A遺伝子のdown regulationが生じ,心筋Naチャネルに関連した不整脈が引き起こされる可能性を指摘した.また不整脈死した2名では,低Na血症が不整脈のトリガーとなった可能性を指摘し,電解質異常には注意を要すると述べている.臨床的な観察から出発し,その病態を解明し,患者さんの突然死の防止につながったという点で,本当に素晴らしい研究である.

Neurology 82: 1813-1821, 2014

以上,DM1とSBMAはBrugada症候群による突然死を来しうること,およびそのメカニズムにSCN5A遺伝子のmRNAレベルでの発現低下が関わっていることを紹介した.原因不明であった突然死も,臨床を出発点とした基礎研究により徐々にメカニズムが明らかにされ,対策も可能となっていることを提示した.


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