多系統萎縮症(MSA)における自律神経障害は,診断や重症度の判定に必要なだけでなく,発症早期からの出現は生命予後不良を示唆する(文献).自律神経障害の評価の指標としては,起立性低血圧の程度,尿失禁の有無・残尿量,血漿ノルエピネフリン値,CVRR(心電図R-R間隔変動係数)等がある.しかし,心臓自律神経機能を詳細に評価することは困難であった.
心臓機能は交感神経と副交感神経の相互作用を通して調節されている.心拍数も交感神経と副交感神経の双方から調節を受けていることから,心拍数の変動から自律神経系が心臓に及ぼす影響について研究されてきた.具体的にはホルター心電図における心拍数変動(Heart rate variability;HRV)を,周波数領域解析(frequency domain法)と時間領域解析(time domain法)を用いて研究するようになってから,多くの知見が得られるようになった.しかし,MSAにおけるHRVについては既報に乏しく,frequency domain法のみによる評価の報告で,かつ診断基準や症状のばらつきを反映してか,必ずしも一定の結果が得られていなかった.
新潟大学では2001年よりMSA患者に対する診療の向上と突然死予防をめざして,複数診療科(呼吸器内科,耳鼻咽喉科,摂食嚥下リハビリ,循環器内科,病理学,MRI画像評価)による共同研究「新潟MSA study」を行なってきた(下記参照※).そのプロジェクトのひとつに循環器内科医と共に進めてきたHRVの検討がある.目的はMSA患者における心臓自律神経機能の評価としてHRVパラメーターが有効であるかを明らかにすることである.調べた範囲ではMSA患者において周波数領域と時間領域の双方を解析した初めての報告である.
対象はGilman分類におけるprobable MSA患者連続17例(MSA-C 14名,MSA-P 3名)と対照27名.方法としては,HRVのtime domainおよびfrequency domainを患者・対照間で比較した.MSAにしばしば合併する睡眠呼吸障害(SDB)は交感神経活動の亢進を引き起こすため,ポリソムノグラフィー(PSG)も行い,SDBが及ぼす影響も検討した.
さて結果であるが,MSA患者の重症度はUMSARSスコアで44±18であった.罹病期間は12~96ヶ月とさまざまであった.ポリソムノグラフィーは16名で施行し,AHIは46±32/hourで,13名が睡眠呼吸障害(SDB;ここではAHI>10と定義)を呈していた.Holter心電図に関しては,持続性の心室性頻拍や徐脈は認めなかった.
さてHRVの結果であるが,time domainのパラメーターはMSA患者では対照と比較して顕著に低下していた.同様にfrequency domainのパラメーターも対照と比較して有意に低下していた.この結果はMSA患者では交感神経活動性および副交感神経活動性の双方が減少していることを示唆している.さらにHRVパラメーターと罹病期間,および疾患重症度(UMSARS)が逆相関していることも明らかになった.
一方,HRVパラメーターは他の自律神経機能障害の指標,つまり残尿量や起立性低血圧の低下とは相関をしなかった.つまりHRVパラメーターは排尿障害や起立性低血圧とは異なる独立した自律神経機能を見ている可能性がある.またHRVパラメーターはPSG所見の無呼吸・低呼吸指数(AHI)とは相関しなかった.前述のように睡眠時無呼吸症候群では交感神経活動が亢進することが知られているが,MSA患者では交感神経活動性,副交感神経活動性とも減少していたことから,睡眠呼吸障害より,疾患自体がHRVに大きな影響を及ぼしている可能性が考えられた.
以上より,MSAにおける心臓自律神経機能の特徴は,交感および副交感機能双方の低下と考えられた.排尿障害や起立性低血圧といった他の自律神経障害の程度に影響を受けないことから,HRVは独立した自律神経機能評価法となるものと考えられた.今後,MSA-CとMSA-Pの比較や,予後予測因子としての有効性について検討する必要がある.
Mov Disord. 2012 Jan 30. doi: 10.1002/mds.24929.
※新潟MSA studyで明らかになったこと
①上気道閉塞は,声帯のみでなく,さまざまな部位(舌根部,軟口蓋,披裂部,喉頭蓋)で生じること.病期の進行とともにAaDO2の開大を伴う低酸素血症が進行すること(Arch Neurol. 2007 Jun;64(6):856-61.).過去ブログ記事
②覚醒時における披裂部の振戦様不随意運動は,声帯開大不全を予見する所見として重要であること(Mov Disord. 2010 Jul 30;25(10):1418-23.).
③口腔ケアの徹底や胃瘻の造設を行った場合,死因における突然死の割合は70%と高率であること,突然死は睡眠中に多く,気管切開やCPAPでは完全には防ぐことができず,上気道閉塞以外の機序による突然死もありうること(J Neurol. 2008 Oct;255(10):1483-5.).過去ブログ記事
④突然死の原因として,中枢性呼吸障害に伴う低酸素血症が関与する可能性があること(Eur Neurol. 2006;56(4):258-60. ).(Neurology. 2008 Mar 18;70(12):980-1) 過去ブログ記事
⑤floppy epiglottisを認める場合,CPAPは上気道閉塞や酸素飽和度を増悪させることがあること(Neurology. 2011 May 24;76(21):1841-2. ).過去ブログ記事
⑥睡眠呼吸障害や起立性低血圧の程度と認知機能低下は相関しないこと(Mov Disord. 2010 Dec 15;25(16):2891-2. ).
心臓機能は交感神経と副交感神経の相互作用を通して調節されている.心拍数も交感神経と副交感神経の双方から調節を受けていることから,心拍数の変動から自律神経系が心臓に及ぼす影響について研究されてきた.具体的にはホルター心電図における心拍数変動(Heart rate variability;HRV)を,周波数領域解析(frequency domain法)と時間領域解析(time domain法)を用いて研究するようになってから,多くの知見が得られるようになった.しかし,MSAにおけるHRVについては既報に乏しく,frequency domain法のみによる評価の報告で,かつ診断基準や症状のばらつきを反映してか,必ずしも一定の結果が得られていなかった.
新潟大学では2001年よりMSA患者に対する診療の向上と突然死予防をめざして,複数診療科(呼吸器内科,耳鼻咽喉科,摂食嚥下リハビリ,循環器内科,病理学,MRI画像評価)による共同研究「新潟MSA study」を行なってきた(下記参照※).そのプロジェクトのひとつに循環器内科医と共に進めてきたHRVの検討がある.目的はMSA患者における心臓自律神経機能の評価としてHRVパラメーターが有効であるかを明らかにすることである.調べた範囲ではMSA患者において周波数領域と時間領域の双方を解析した初めての報告である.
対象はGilman分類におけるprobable MSA患者連続17例(MSA-C 14名,MSA-P 3名)と対照27名.方法としては,HRVのtime domainおよびfrequency domainを患者・対照間で比較した.MSAにしばしば合併する睡眠呼吸障害(SDB)は交感神経活動の亢進を引き起こすため,ポリソムノグラフィー(PSG)も行い,SDBが及ぼす影響も検討した.
さて結果であるが,MSA患者の重症度はUMSARSスコアで44±18であった.罹病期間は12~96ヶ月とさまざまであった.ポリソムノグラフィーは16名で施行し,AHIは46±32/hourで,13名が睡眠呼吸障害(SDB;ここではAHI>10と定義)を呈していた.Holter心電図に関しては,持続性の心室性頻拍や徐脈は認めなかった.
さてHRVの結果であるが,time domainのパラメーターはMSA患者では対照と比較して顕著に低下していた.同様にfrequency domainのパラメーターも対照と比較して有意に低下していた.この結果はMSA患者では交感神経活動性および副交感神経活動性の双方が減少していることを示唆している.さらにHRVパラメーターと罹病期間,および疾患重症度(UMSARS)が逆相関していることも明らかになった.
一方,HRVパラメーターは他の自律神経機能障害の指標,つまり残尿量や起立性低血圧の低下とは相関をしなかった.つまりHRVパラメーターは排尿障害や起立性低血圧とは異なる独立した自律神経機能を見ている可能性がある.またHRVパラメーターはPSG所見の無呼吸・低呼吸指数(AHI)とは相関しなかった.前述のように睡眠時無呼吸症候群では交感神経活動が亢進することが知られているが,MSA患者では交感神経活動性,副交感神経活動性とも減少していたことから,睡眠呼吸障害より,疾患自体がHRVに大きな影響を及ぼしている可能性が考えられた.
以上より,MSAにおける心臓自律神経機能の特徴は,交感および副交感機能双方の低下と考えられた.排尿障害や起立性低血圧といった他の自律神経障害の程度に影響を受けないことから,HRVは独立した自律神経機能評価法となるものと考えられた.今後,MSA-CとMSA-Pの比較や,予後予測因子としての有効性について検討する必要がある.
Mov Disord. 2012 Jan 30. doi: 10.1002/mds.24929.
※新潟MSA studyで明らかになったこと
①上気道閉塞は,声帯のみでなく,さまざまな部位(舌根部,軟口蓋,披裂部,喉頭蓋)で生じること.病期の進行とともにAaDO2の開大を伴う低酸素血症が進行すること(Arch Neurol. 2007 Jun;64(6):856-61.).過去ブログ記事
②覚醒時における披裂部の振戦様不随意運動は,声帯開大不全を予見する所見として重要であること(Mov Disord. 2010 Jul 30;25(10):1418-23.).
③口腔ケアの徹底や胃瘻の造設を行った場合,死因における突然死の割合は70%と高率であること,突然死は睡眠中に多く,気管切開やCPAPでは完全には防ぐことができず,上気道閉塞以外の機序による突然死もありうること(J Neurol. 2008 Oct;255(10):1483-5.).過去ブログ記事
④突然死の原因として,中枢性呼吸障害に伴う低酸素血症が関与する可能性があること(Eur Neurol. 2006;56(4):258-60. ).(Neurology. 2008 Mar 18;70(12):980-1) 過去ブログ記事
⑤floppy epiglottisを認める場合,CPAPは上気道閉塞や酸素飽和度を増悪させることがあること(Neurology. 2011 May 24;76(21):1841-2. ).過去ブログ記事
⑥睡眠呼吸障害や起立性低血圧の程度と認知機能低下は相関しないこと(Mov Disord. 2010 Dec 15;25(16):2891-2. ).