日本内科学会総会のiPS細胞に関するシンポジウムを拝聴した.5人の演者による聴き応えのあるシンポジウムであったが,とくにパーキンソン病と,近々,臨床試験が始まる予定の加齢黄斑変性症の講演をとくに楽しみにして参加したので要旨をまとめてみたい.
A.パーキンソン病移植治療
胎児由来の細胞(ES cell)を用いた移植治療は歴史があり,すでに有効であることが分かっている.しかし問題点として①ひとりの治療に複数の個体(胎児)が必要であるという倫理的問題と,②治療後,ジスキネジアが起こりうるという問題があった.後者は移植細胞の純度が影響している可能性が考えられている.
問題点の①を解決できるiPS細胞利用の方向に研究が進んでいる.iPS細胞の利点としては,①培養により無限に増やせること,②必要な細胞(ドパミン神経細胞)だけを増やせること,③拒絶反応を心配しないで済む自家移植が可能であることがあげられる.安全な細胞を作る技術が日進月歩で開発されている.
これまでパーキンソン病モデルとして,カニクイザルのMPTPモデルにiPS細胞由来のドパミン神経細胞を投与し研究を行なってきた.治療1年後でも有効性は持続,組織的に移植細胞は生着し,iPS細胞に伴う腫瘍形成はなし.さらにPETを用いて,移植細胞の機能の有無を確認したり,腫瘍化した細胞を画像化したりできるようになった.
iPS細胞治療の課題としては,①合成基質によるドパミン神経誘導(通常,iPS細胞の培養にはマウスフィーダー細胞を使用するがこれを使用しないようにする),②ドパミン神経細胞の純化(未分化な細胞が残ると奇形腫が形成されるため),③霊長類を用いた評価系,の3つが挙げられる.しかし,これらは技術的にはほぼクリアしている.
治療の対象は孤発性パーキンソン病である.家族性パーキンソン病は別の病態と考えているため,現在は対象外である.今後,1~2年かけて有効性,安全性を検証する,そして平成27年をめどに臨床研究を開始したい.
B.加齢黄斑変性症
iPS細胞の臨床応用が最も早いと考えられている疾患である滲出型加齢黄斑変性症に対する現状の報告.まずこの疾患で障害される黄斑は,網膜の中で解像度が最も高い部分であり,視細胞の密度が高い.その視細胞をメンテナンスする細胞が網膜色素上皮で,いわば視細胞の元気を回復する作用をもつ.
滲出型加齢黄斑変性症では,網膜色素上皮が加齢で劣化し,その結果,新生血管が形成され,血漿成分が滲出し視力が低下する.数年前から抗VEGF(血管内皮細胞増殖因子)薬で初めて治療ができるようになった.しかしこの治療は1回10数万円かかり,かつ数カ月ごとに繰り返す必要がある.薬剤は海外製で,医療費はみな海外の製薬会社に行ってしまう.以上の理由で,iPS細胞から作った網膜色素上皮を移植する根本的療法を行いたいと考えた.
自家iPS細胞由来網膜色素上皮シートの品質規格と安全性の評価を徹底的に行なっている.品質は遺伝子発現パターンから見ているが,由来が異なるiPS細胞から作った場合も同一のパターンとなっている.安全性は,造腫瘍性試験を徹底的に行って確認している.網膜色素上皮は腫瘍を作りにくい.そもそも目では腫瘍はできにくく,万が一,腫瘍化してもOCT(光干渉断層計)で確認ができる.万が一の時はレーザーで焼灼できるので,何重にも安全弁があり,臨床応用をしやすい.
臨床試験は従来の治療でも効果がなかった6名を予定している.臨床試験は,網膜色素上皮シートを作るのに最低10ケ月かかる.主要評価項目は安全性の確認!である.有効性の評価は副次的評価項目となる.これは多くの研究者はiPS細胞による細胞治療は危険性があると考えているため,これを覆すことに大きな意義があると考えている.移植手術は手技的に現在の眼科医の10分の1ができるレベルのものである.また今後は自家移植より,iPS細胞バンクによるストック細胞を用いた他家移植が主流になるものと思われる.
再生医療には法律の整備が必要だが,日本は世界をリードしている.米国,欧州の良い制度を取り込み世界で最高のシステムができつつある.
しかしiPS細胞治療の効果はいきなり出るものではないことを強調したい.失明の人をロービションにするぐらいの効果である.再生医療は夢の治療ではない.期待し過ぎは困る.現在,効果は乏しく,費用が大きくかかる状況である.しかし,ライト兄弟の飛行機が,現在ではジェット機に発展したようにiPS細胞医療も大きく変わる可能性がある.効果が大きくなり,費用も下がると思う.これからの10-20年,効果が乏しく,かつ費用がかかる当面の時期をいかに支えていくかが大切である.
C. 印象
パーキンソン病におけるiPS細胞を用いた細胞治療の臨床試験の開始は案外早いのだと驚いた.成功を期待したいが,L-dopaなど抗パーキンソン剤を用いた内服治療と良い面,悪い面でどのように異なるのか,とくに抗パーキンソン剤で問題となる副作用は細胞療法ではどうなるのかという議論が必要と感じた.移植後長期的に発がんゼロという条件がどれだけクリアされているのかも重要と感じた.
また加齢黄斑変性症の講演での「再生医療は夢の治療ではない.期待し過ぎは困る」という発言はやはり印象的であった.再生医療に対する人々の期待はきわめて大きいが,iPS細胞療法の現状で期待される効果と問題点を正しく理解し,かつ見守っていく必要があると感じた.
A.パーキンソン病移植治療
胎児由来の細胞(ES cell)を用いた移植治療は歴史があり,すでに有効であることが分かっている.しかし問題点として①ひとりの治療に複数の個体(胎児)が必要であるという倫理的問題と,②治療後,ジスキネジアが起こりうるという問題があった.後者は移植細胞の純度が影響している可能性が考えられている.
問題点の①を解決できるiPS細胞利用の方向に研究が進んでいる.iPS細胞の利点としては,①培養により無限に増やせること,②必要な細胞(ドパミン神経細胞)だけを増やせること,③拒絶反応を心配しないで済む自家移植が可能であることがあげられる.安全な細胞を作る技術が日進月歩で開発されている.
これまでパーキンソン病モデルとして,カニクイザルのMPTPモデルにiPS細胞由来のドパミン神経細胞を投与し研究を行なってきた.治療1年後でも有効性は持続,組織的に移植細胞は生着し,iPS細胞に伴う腫瘍形成はなし.さらにPETを用いて,移植細胞の機能の有無を確認したり,腫瘍化した細胞を画像化したりできるようになった.
iPS細胞治療の課題としては,①合成基質によるドパミン神経誘導(通常,iPS細胞の培養にはマウスフィーダー細胞を使用するがこれを使用しないようにする),②ドパミン神経細胞の純化(未分化な細胞が残ると奇形腫が形成されるため),③霊長類を用いた評価系,の3つが挙げられる.しかし,これらは技術的にはほぼクリアしている.
治療の対象は孤発性パーキンソン病である.家族性パーキンソン病は別の病態と考えているため,現在は対象外である.今後,1~2年かけて有効性,安全性を検証する,そして平成27年をめどに臨床研究を開始したい.
B.加齢黄斑変性症
iPS細胞の臨床応用が最も早いと考えられている疾患である滲出型加齢黄斑変性症に対する現状の報告.まずこの疾患で障害される黄斑は,網膜の中で解像度が最も高い部分であり,視細胞の密度が高い.その視細胞をメンテナンスする細胞が網膜色素上皮で,いわば視細胞の元気を回復する作用をもつ.
滲出型加齢黄斑変性症では,網膜色素上皮が加齢で劣化し,その結果,新生血管が形成され,血漿成分が滲出し視力が低下する.数年前から抗VEGF(血管内皮細胞増殖因子)薬で初めて治療ができるようになった.しかしこの治療は1回10数万円かかり,かつ数カ月ごとに繰り返す必要がある.薬剤は海外製で,医療費はみな海外の製薬会社に行ってしまう.以上の理由で,iPS細胞から作った網膜色素上皮を移植する根本的療法を行いたいと考えた.
自家iPS細胞由来網膜色素上皮シートの品質規格と安全性の評価を徹底的に行なっている.品質は遺伝子発現パターンから見ているが,由来が異なるiPS細胞から作った場合も同一のパターンとなっている.安全性は,造腫瘍性試験を徹底的に行って確認している.網膜色素上皮は腫瘍を作りにくい.そもそも目では腫瘍はできにくく,万が一,腫瘍化してもOCT(光干渉断層計)で確認ができる.万が一の時はレーザーで焼灼できるので,何重にも安全弁があり,臨床応用をしやすい.
臨床試験は従来の治療でも効果がなかった6名を予定している.臨床試験は,網膜色素上皮シートを作るのに最低10ケ月かかる.主要評価項目は安全性の確認!である.有効性の評価は副次的評価項目となる.これは多くの研究者はiPS細胞による細胞治療は危険性があると考えているため,これを覆すことに大きな意義があると考えている.移植手術は手技的に現在の眼科医の10分の1ができるレベルのものである.また今後は自家移植より,iPS細胞バンクによるストック細胞を用いた他家移植が主流になるものと思われる.
再生医療には法律の整備が必要だが,日本は世界をリードしている.米国,欧州の良い制度を取り込み世界で最高のシステムができつつある.
しかしiPS細胞治療の効果はいきなり出るものではないことを強調したい.失明の人をロービションにするぐらいの効果である.再生医療は夢の治療ではない.期待し過ぎは困る.現在,効果は乏しく,費用が大きくかかる状況である.しかし,ライト兄弟の飛行機が,現在ではジェット機に発展したようにiPS細胞医療も大きく変わる可能性がある.効果が大きくなり,費用も下がると思う.これからの10-20年,効果が乏しく,かつ費用がかかる当面の時期をいかに支えていくかが大切である.
C. 印象
パーキンソン病におけるiPS細胞を用いた細胞治療の臨床試験の開始は案外早いのだと驚いた.成功を期待したいが,L-dopaなど抗パーキンソン剤を用いた内服治療と良い面,悪い面でどのように異なるのか,とくに抗パーキンソン剤で問題となる副作用は細胞療法ではどうなるのかという議論が必要と感じた.移植後長期的に発がんゼロという条件がどれだけクリアされているのかも重要と感じた.
また加齢黄斑変性症の講演での「再生医療は夢の治療ではない.期待し過ぎは困る」という発言はやはり印象的であった.再生医療に対する人々の期待はきわめて大きいが,iPS細胞療法の現状で期待される効果と問題点を正しく理解し,かつ見守っていく必要があると感じた.