Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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iPS細胞による細胞療法の現状

2013年04月15日 | パーキンソン病
日本内科学会総会のiPS細胞に関するシンポジウムを拝聴した.5人の演者による聴き応えのあるシンポジウムであったが,とくにパーキンソン病と,近々,臨床試験が始まる予定の加齢黄斑変性症の講演をとくに楽しみにして参加したので要旨をまとめてみたい.

A.パーキンソン病移植治療

胎児由来の細胞(ES cell)を用いた移植治療は歴史があり,すでに有効であることが分かっている.しかし問題点として①ひとりの治療に複数の個体(胎児)が必要であるという倫理的問題と,②治療後,ジスキネジアが起こりうるという問題があった.後者は移植細胞の純度が影響している可能性が考えられている.

問題点の①を解決できるiPS細胞利用の方向に研究が進んでいる.iPS細胞の利点としては,①培養により無限に増やせること,②必要な細胞(ドパミン神経細胞)だけを増やせること,③拒絶反応を心配しないで済む自家移植が可能であることがあげられる.安全な細胞を作る技術が日進月歩で開発されている.

これまでパーキンソン病モデルとして,カニクイザルのMPTPモデルにiPS細胞由来のドパミン神経細胞を投与し研究を行なってきた.治療1年後でも有効性は持続,組織的に移植細胞は生着し,iPS細胞に伴う腫瘍形成はなし.さらにPETを用いて,移植細胞の機能の有無を確認したり,腫瘍化した細胞を画像化したりできるようになった.

iPS細胞治療の課題としては,①合成基質によるドパミン神経誘導(通常,iPS細胞の培養にはマウスフィーダー細胞を使用するがこれを使用しないようにする),②ドパミン神経細胞の純化(未分化な細胞が残ると奇形腫が形成されるため),③霊長類を用いた評価系,の3つが挙げられる.しかし,これらは技術的にはほぼクリアしている.

治療の対象は孤発性パーキンソン病である.家族性パーキンソン病は別の病態と考えているため,現在は対象外である.今後,1~2年かけて有効性,安全性を検証する,そして平成27年をめどに臨床研究を開始したい.

B.加齢黄斑変性症

iPS細胞の臨床応用が最も早いと考えられている疾患である滲出型加齢黄斑変性症に対する現状の報告.まずこの疾患で障害される黄斑は,網膜の中で解像度が最も高い部分であり,視細胞の密度が高い.その視細胞をメンテナンスする細胞が網膜色素上皮で,いわば視細胞の元気を回復する作用をもつ.

滲出型加齢黄斑変性症では,網膜色素上皮が加齢で劣化し,その結果,新生血管が形成され,血漿成分が滲出し視力が低下する.数年前から抗VEGF(血管内皮細胞増殖因子)薬で初めて治療ができるようになった.しかしこの治療は1回10数万円かかり,かつ数カ月ごとに繰り返す必要がある.薬剤は海外製で,医療費はみな海外の製薬会社に行ってしまう.以上の理由で,iPS細胞から作った網膜色素上皮を移植する根本的療法を行いたいと考えた.

自家iPS細胞由来網膜色素上皮シートの品質規格と安全性の評価を徹底的に行なっている.品質は遺伝子発現パターンから見ているが,由来が異なるiPS細胞から作った場合も同一のパターンとなっている.安全性は,造腫瘍性試験を徹底的に行って確認している.網膜色素上皮は腫瘍を作りにくい.そもそも目では腫瘍はできにくく,万が一,腫瘍化してもOCT(光干渉断層計)で確認ができる.万が一の時はレーザーで焼灼できるので,何重にも安全弁があり,臨床応用をしやすい.

臨床試験は従来の治療でも効果がなかった6名を予定している.臨床試験は,網膜色素上皮シートを作るのに最低10ケ月かかる.主要評価項目は安全性の確認!である.有効性の評価は副次的評価項目となる.これは多くの研究者はiPS細胞による細胞治療は危険性があると考えているため,これを覆すことに大きな意義があると考えている.移植手術は手技的に現在の眼科医の10分の1ができるレベルのものである.また今後は自家移植より,iPS細胞バンクによるストック細胞を用いた他家移植が主流になるものと思われる.

再生医療には法律の整備が必要だが,日本は世界をリードしている.米国,欧州の良い制度を取り込み世界で最高のシステムができつつある.

しかしiPS細胞治療の効果はいきなり出るものではないことを強調したい.失明の人をロービションにするぐらいの効果である.再生医療は夢の治療ではない.期待し過ぎは困る.現在,効果は乏しく,費用が大きくかかる状況である.しかし,ライト兄弟の飛行機が,現在ではジェット機に発展したようにiPS細胞医療も大きく変わる可能性がある.効果が大きくなり,費用も下がると思う.これからの10-20年,効果が乏しく,かつ費用がかかる当面の時期をいかに支えていくかが大切である.

C. 印象
パーキンソン病におけるiPS細胞を用いた細胞治療の臨床試験の開始は案外早いのだと驚いた.成功を期待したいが,L-dopaなど抗パーキンソン剤を用いた内服治療と良い面,悪い面でどのように異なるのか,とくに抗パーキンソン剤で問題となる副作用は細胞療法ではどうなるのかという議論が必要と感じた.移植後長期的に発がんゼロという条件がどれだけクリアされているのかも重要と感じた.

また加齢黄斑変性症の講演での「再生医療は夢の治療ではない.期待し過ぎは困る」という発言はやはり印象的であった.再生医療に対する人々の期待はきわめて大きいが,iPS細胞療法の現状で期待される効果と問題点を正しく理解し,かつ見守っていく必要があると感じた.

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ハンチントン病における舞踏運動に対する薬物療法

2013年04月08日 | 舞踏病
舞踏運動は,認知機能障害や精神症状とともにハンチントン病(HD)の重要な徴候である.通常,発症早期から出現,徐々に増悪するADLを障害し,転倒の危険性を高め,体重減少をもたらす.HDでは舞踏運動の治療はとても大切である.

しかし舞踏運動の神経化学的背景は複雑で,十分に解明されていない.基本的にはドパミンやグルタミン酸伝達の異常により,線条体や大脳皮質障害を介して舞踏運動をきたすと考えられている.これまで上記に関わる神経伝達物質や受容体が検討され,酸化的ストレスやグルタミン酸による興奮性神経細胞毒性を標的とする神経保護薬が検討されてきたが,根本的治療はない.

さて,米国神経学会によるHDの舞踏運動に対する薬物療法のガイドラインをまとめたい.「成人のHD患者にみられる舞踏運動の治療として,確立された評価スケールによって有効性が確認されている薬剤は何か?」を検討している.systematic review は,2011年2月までに発表され,少なくとも20人以上を対象とした論文に対して行なわれた.評価スケールとしてはUnified Huntington's Disease Rating Scale(UHDRS)が用いられた(106点中28点が舞踏運動に対するもので,顔面,頬部,口,舌,体幹,四肢の舞踏運動を評価する.点数が大きいほど重症,点数の減少の程度で治療効果の大きさを定義している).長期的使用(12ヶ月を超える)と短期的使用(12ヶ月以下)に分けて,薬剤の有効性と副作用について検討している.

評価の対象となった薬剤は以下のとおりである.
A. ドパミン作用調節薬:テトラベナジン(小胞型モノアミントランスポーター阻害剤で,ドパミン減少作用をもつ),クロザピン(非定型抗精神病薬)
B. グルタミン酸作用調整薬:アマンタジン(黒質線条体からのドパミン放出促進),リルゾール(グルタミン酸受容体活性化の抑制作用)
C. エネルギー代謝物:エイコサペンタエン酸エチル,クレアチン
D. その他:ドネペジル,コエンザイムQ10,ミノサイクリン,ナビロン(合成カンナビノイド)

推奨は以下の6項目である.
1. テトラベナジン(100 mg/day), アマンタジン(300–400 mg/day), リルゾール (200 mg/day)は有効(Level B). とくにテトラベナジンは抑制効果が強く,リルゾールはそれにつぐ. アマンタジンの効果の程度は不明.副作用のチェックが重要で,テトラベナジンではうつ,自殺,パーキンソニズム,リルゾールでは肝酵素上昇に注意する.
2. ナビロンは舞踏運動を軽度抑制するが(Level C),とくに薬剤乱用の恐れがある場合には長期使用は勧められない(Level U).
3. リルゾール 200 mg/dayは舞踏運動を緩和する傾向があるが,100mgでは中等度以上の効果は望めず,長期的効果もない(Level B).
4. エイコサペンタエン酸エチル(Level B),ミノサイクリン(Level B),クレアチン(Level C)に高度の抑制効果はない.
5. コエンザイムQ10 に中等度以上の抑制効果はない(Level B).
6. クロザピン, その他の神経遮断薬,ドネペジルの効果は不明である(Level U).

ちなみにテトラベナジンはFDAがHDに対し認可した唯一の薬剤であり,その他は適応外使用ということになる.また本ガイドラインの問題点としては,①治験の対象が通常,歩行可能でADLが保たれている症例や,高度のうつ・認知症を認めない症例を対象としているため,進行期を含めた患者全体に当てはめられないこと,②臨床的に意義のあるUHDRSスケールの最小値が分かっていないこと,③治療に対する自己決定や,費用対効果(テトラベナジン, リルゾール,ナビロンは高額)について未検討であることが挙げられる.

今回のガイドラインを読んで,「日本とはだいぶ使用薬剤が違う!」と思った人が多いのではないだろうか.理由として2つのことが思いつく.ひとつは,日本で伝統的に使用されている神経遮断薬がクロザピンを除くと見当たらないためである.クロザピンのほかに,チアプリド(グラマリール)に対する2つの試験があるようだが,確立された評価スケールが使用されていなかった.つまり日本で使用されている神経遮断薬は,エビデンスは確立されておらず,さらに副作用として知られるパーキンソニズムが,どのような影響を与えているのか不明なまま長期間使用されてきたということだ.もう一つの理由は,海外では,神経保護薬だけでなく,対症療法についての治療研究が並行して行われているためである.日本では新規薬剤の介入研究自体が多くなく,行われたとしても病態解明研究に基づく将来の神経保護薬開発が主体で,今まさに症状で困っている人に有益な対症療法の研究が十分ではない可能性がある.このような研究の推進とサポートする体制が必要だと思う.

ちなみにテトラベナジンはXenazine/Nitoman の商品名で欧州,アメリカなどで販売されているが,日本でも昨年,製造販売承認が厚労省に提出されている.

Pharmacologic Treatment of Chorea in Huntington Disease
Evidence-based guidline: Pharmacologic treatment of chorea in Huntington disease
Neurology 79; 597-603, 2012


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