Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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オープン・イノベーションとマッチング -産学連携開始を目指して-

2019年08月29日 | 医学と医療
日本神経学会が主催するサマースクール「神経疾患に対する創薬トランスレーショナルリサーチを学ぶ」において実例紹介の講師を務めた.私達が取り組んでいる脳梗塞に対する3つの創薬シーズ(t-PAとVEGF抑制薬の併用,成長因子プログラニュリン,低酸素・低糖刺激細胞療法)を紹介し,これまでの経験から創薬の成功の鍵を握る以下の5点について説明を行った.

❶ 対象疾患,標的分子を慎重に選択すること
❷ 動物実験の質を高めること(ヒトの臨床を反映させること)
❸ 特許の要件,とくに新規性と進歩性について理解すること
❹ 資金と出口戦略を考えること
❺ 産学連携で求められることを理解すること


❹は,研究資金をどのように獲得し,製薬企業にどのような形でシーズを引き継ぐかを考えることである.私達は,創薬シーズが早期の段階から製薬企業との積極的な議論を目指すようになった.それは公的資金の獲得でつまずきうまく行かず,途方に暮れていたとき,産学連携という道があることを友人が教えてくれたがきっかけであったが,それ以外にも,必ず最終目的地(出口)が製薬企業であり(薬剤の承認申請,製造,販売を行うのは製薬企業であるため),製薬企業との何らかの合意に達するまでの期間が,特許の各国移行の期限=出願後30ヶ月と極めて短いためである.

しかし,製薬企業との連携開始は容易なことではない.その理由は①シーズが未熟なearly stageでは製薬企業が関心を持たない,もしくは連携開始の決断をしないこと,②それ以前にアカデミア研究者が同じ目標をもつパートナー(製薬企業)にどのように巡り合ったらよいか分からないことが挙げられる.ここでは②に関連して,パートナーに巡り合う方法としてのオープン・イノベーションとマッチングについて紹介したい.たとえシーズが未熟で産学連携がうまく行かなくても,製薬企業との議論は必ず研究の推進に役立つ.

1)オープン・イノベーション
これは組織内部のイノベーションを促進するため,組織の枠を超えて「外部の知見を活用する」こととである.疾患標的分子の枯渇や,研究費に対する新薬創出の成功率の低下などを背景に,製薬企業でも近年,積極的な取り組みが行われている.「製薬会社の研究公募活動の一覧」というホームページで最新の情報を入手できる.私達は第一三共株式会社TaNeDSに採択され,2年弱,成長因子プログラニュリンに関する共同研究をしたが,企業の研究者との交流を通して非常に多くのことを学ばせていただいた.



2)マッチング
以下のようなマッチングの機会を提供するという試みがあり,以下のものがある.私は何度もこのような機会に参加し,直接,創薬シーズをプレゼンテーションすることで,製薬企業が何を求めているのか,何が自分たちのシーズに足らないのかを理解することができる.ぜひトライしていただきたい.

DSANJ Bio Conference(旧DSANJ疾患別相談会)
日本医療研究開発機構,日本製薬工業協会,大阪商工会議所等が主催.事前に情報提供を行い,関心を持った企業と面談.

BioJapan
BioJapan 組織委員会が主催.ブースにポスターや資料などを配置し,来場した製薬企業の担当者と名刺交換や面談する. 

BIO tech
リード エグジビション ジャパン 株式会社が主催.

新技術説明会
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が主催.

創薬シーズ相談会
医学系大学産学連携ネットワーク協議会(medU-net)が主催.


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多系統萎縮症に対するPROMESA試験の失敗 ~学ぶべきものはなにか?~

2019年08月07日 | その他の変性疾患
【期待されたPROMESA試験】
多系統萎縮症(MSA)に対する臨床試験(PROMESA試験)の結果が報告された.PROMESAはPROgression rate of Msa under Egcg Supplementation as Anti-aggregation-approachの略で,αシヌクレイン凝集を顕著に阻害し,これに関連した神経毒性を減らす作用がある没食子酸(もっしょくしさん)エピガロカテキン(Epigallocatechin gallate;EGCG)が,MSAの進行速度を抑制するのではないかと非常に期待された臨床試験である.EGCGはカテキン(ポリフェノールの一種で,昔からタンニンと呼ばれてきた緑茶の渋みの主成分)のひとつで,エピガロカテキンと没食子酸のエステルである.抗酸化活性を示すと同時に,αシヌクレイン・オリゴマーにモノマーが結合し,凝集することを強力に抑制することが,in vitroおよび動物を用いた前臨床試験で明らかにされていた.

【方法と結果】

本試験はランダム化比較試験として,ドイツにおける12施設で実施された.対象は30歳以上のGilman分類probableないしpossible MSAに該当する患者で,かつYahr分類で1-3とした.92名が参加し,EGCGまたはプラセボを無作為に1:1(実薬47名,偽薬45名)で割り付けた(またMSA-PとCでブロック・ランダム化が行われた).最初の4週間は1日1回経口内服(計400 mg),つぎの4週間は1日2回(計800 mg),そ してつぎの40週間は1日3回,副作用によっては2回内服とした(計1200 mgないし800 mg).48週間後, 4週間の休薬期間を設けた.主要評価項目は52週後のUMSARSの運動スコアの変化とし,安全性も確認した.

さて結果であるが,67名が治療介入を,64名が試験を完遂した.EGCG群におけるUMSARS運動スコアは,偽薬群と比較して,有意差を認めなかった(EGCG群5·66±1·01,偽薬群6·60±0·99: 平均値の差 –0·94±1·41(95% CI –3·71~1·83; p=0·51). EGCG群のうち4名,偽薬群のうち2名が試験期間中に死亡した.またEGCG群のうち2名が肝毒性のため治療を中止した.
以上のように, EGCGによる48週間の治療はMSAの進行を抑制できなかった. 安全性に関しては,概して忍容性は良好であったものの,一部の患者では肝毒性を認めたことから,1200 mgを超えて使用すべきではないと考えられた.

【果たせなかった約束】
PROMESAはスペイン語で「約束」の意味である.試験に関わった者は,患者との「治療を実現するという約束を果たそうとした」のかもしれない.もしくはこの臨床試験を,万全を期して計画し,「成功は約束されている」と考えたのかもしれない.事実,ROMESA試験は従来の試験の結果を参考にしてさまざまな工夫がなされている.

・過去の自然歴データを利用し,綿密にパワー計算を行い参加人数を決め,主要評価項目を設定した(検出力80%,p値5%,効果サイズ50%,脱落率20%に設定した).
・これまでで最多の参加者をエントリーした.
・使用可能な最大投与量まで増量した.
・理論的にMSAの病態を修飾しうる薬剤を用い,前臨床試験でも有効性を確認した.

しかし,これだけ行ったにもかかわらず臨床試験は失敗した.関係者はもちろんのこと,私どもこの試験に期待をしていた医師,そして患者さん,家族は大きく失望したのである.

【失敗から学ぶべきものはなにか?】
では今回の失敗から学ぶべきものはなにか?著者らは以下を挙げている.
・遺伝的要素,および,より詳細な病態の理解.
・最適な(非運動症状を含む)エンドポイントの決定
・最適な(早期診断と治療効果判定のための)バイオマーカーの同定.
・より病態を反映する前臨床モデル.
・(間違っている可能性のある)病態仮説によらないモデルの構築(例えばiPS細胞モデルのような患者由来のモデル).

そして現行のMSAの臨床診断基準(改訂Gilman基準)の改訂が必要であろう.早期診断に限界がある.実際に,2020年を目標に,MSA criteria revision task forceによる診断基準の改訂が進められている(Stankovic I et al. Mov Disord 2019;34: 975-984).以下がその方針である.

1.診断の確かさの改善(感度・特異度>80%)
2.さまざまな臨床亜型の取り込み
3.レボドパ抵抗性の適切な定義                       
4.診断を支持しない項目の見直し
5.補助診断(画像診断,OHの定義の見直し)

個人的にはmultiple systemではなく,mono systemの変性の段階で治療を開始する必要を感じる.失敗を糧として,知恵を総動員して,MSAの病態抑止療法を成功させる必要がある.

Johannes L, et al. Safety and efficacy of epigallocatechin gallate in multiple system atrophy (PROMESA): a randomized, double-blind placebo-controlled trial. Lancet Neurol 2019 Published Online July 2, 2019



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