Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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シャロン首相の主治医はどう考えたか?(その2;脳出血をどう止めるか?)

2006年01月31日 | 脳血管障害
ワーファリン開始後,2週間が経過した時点で脳出血を来たしたという仮説のもと話を進める.抗凝固療法中の脳出血はoral anticoagulant therapy-associated intracranial hemorrhage (OAT-ICH)という独立した呼称が最近使われることになったことからも分かるように,今後,その臨床的注目度・重要性は増すものと考えられる.というのは,高齢者における心房細動の合併頻度の急速な増加が報告され,それに伴い抗凝固療法を行っている症例数が増加しているためである.通常の脳出血では死亡率は30-55%といわれているが(死亡の予測因子は,血腫体積,テント下出血,脳室内出血),OAT使用例では67%にまで増加する.にもかかわらず,「血腫の伸展をいかに阻止するか?どんな治療法がベストなのか?治療のtime windowはどうなのか?」などほとんどエビデンスがない状態である.また前回述べたアミロイドアンギオパチーはOAT-ICHの危険因子と考えられるが,本来,これを除外した上で治療を行うべきなのではないだろうか?
では凝固が抑制された状態を回復する一般的な治療法はどうだろうか?私と親しい優秀な麻酔科医に,自分がシャロン首相の麻酔をかけねばならなくて,ワーファリン内服中であることを知ったとしたら,どうするのか尋ねてみた.彼女は「ビタミンK,それでダメならFFPね」と返答した.事実その通りなのだが,では凝固状態の回復にどのくらいの時間(Reversal time)を要するのであろうか?

ビタミンK; しばしば24h(最短で2-6h)
FFP; およそ8h

すなわち,手術中には回復しないのである.とくにビタミンKはそれ単独でPT-INRを正常化することはしばしば困難であると言われていて,同時に凝固因子を投与することが必要とも言われている.投与法としては静注が即効性だが,ビタミンKによるアレルギー・アナフィラキシーの危険もあり(3/10000投与;95%CI 0.04-11/10000),即効性に劣るものの皮下注が無難であろう.
 一方,FFPは全凝固因子を含むので理屈的には良いのだが,各凝固因子が濃縮された形で含まれているわけではないので,大量の点滴(たいてい数リットル!)が必要になる.Volume overloadになるわけで高齢者だったり,Afがあったり心機能に問題がある場合には急速投与は困難となるし,acute lung injuryや感染,クエン酸毒性,アレルギーといった問題も生じる.すなわちFFPも理想的な治療法とは言いがたい.
 ではお手上げか?じつは2つの新しい治療薬が今後使用される可能性がある.Prothronbin complex concentrates(PPC)とrFVIIa(遺伝子組換えVIIa因子)である.Reversal timeは以下の通り.

Prothronbin complex concentrates; 2-4h
Novoseven (rFVIIa) ; 10 min!

PPCはワーファリンが抑制するII, VII, IX, X因子に加え,Protein C, S, Zを凝縮した薬剤であるが,FFPのように解かす必要や適合試験の必要がない.FFPよりもreversal timeは短いが,問題は臨床的エビデンスは確立されていないことである.
 さらに強力なのはNovosevenである.1999年3月に血友病AおよびBの治療に関してアメリカFDAで承認を受けている薬剤で,これ以降,適応外使用という形で他の出血状態に本剤の使用が拡大されてきている.なぜ第VIIa因子かというと,血管損傷の際の凝固開始の機序を考えると分かる.すなわち,血管が損傷すると内皮細胞下のtissue factorが露出し,そこに第VIIa因子が結合した結果,第IX, X因子が活性化され,凝固カスケードがスタートする.ただし通常では第VIIa因子が消費されてしまい,凝固プロセスが追いつかないわけであるが,ここに組換え第VIIa因子を補充することで凝固を促進するわけである.ただし,PPCにも言えることだが,使用量によっては当然,血栓症のリスクが高まるわけで諸刃の剣とも言える.
しかしこのNovosevenを臨床に使用しようとする流れは着実に進んでいる.まず急性外傷性出血患者の死亡率を半減しうることがUS Trauma Trialで報告された(2004年).さらに脳出血に関しても超初期投与の有効性に関する多施設試験治験がコロンビア大学を中心に進行中である.主要エンドポイントは30日死亡率で,無作為に40,80,160μg/kgのNovosevenもしくはプラセボを投与する.第1相試験の結果としては,血腫体積の変化率は,プラセボ群で29%増加,40μg/kg群で16%減少,他の2群では4%減少であった.死亡率はプラセボ群では29%,Novoseven投与患者では18%であった.副作用としてはNovoseven使用群では有意ではないものの心筋梗塞の合併が増加した.やはり効果を損わずにどの程度まで投与量を減量できるかがポイントということである.
以上,Novosevenは急速に凝固抑制状態を回復するのみならず,血腫伸展を阻止し,さらに死亡率を改善させる可能性がある.シャロン首相もNovosevenを投与されていれば手術を受ける必要はなかったかもしれない.おそらくNovosevenは脳梗塞におけるt-PAと同じ程度,脳卒中診療に大きな変化をもたらすだろう.はたして今回も日本は乗り遅れてしまうのだろうか?誰が努力を怠っているお陰で,エビデンスのある薬が日本で使えないのか教えてほしいものだ.
 次回,出血をコントロールできず,大きくなる血腫に対し手術を行った主治医団の判断についての考えたい.

Stroke 37; 256-262, 2006
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「リンカーン病」として知られる脊髄小脳変性症(SCA5)遺伝子同定!

2006年01月27日 | 脊髄小脳変性症
 ワシントンDCは一度しか訪れたことはないが,落ち着いていて素敵な街だ.アメリカは歴史の浅い国としばしば言われるが,ワシントンを訪ねてみてアメリカなりの歴史を実感した.ワシントンは計算されつくされた人工の公園都市で,Capitol Hillという丘の上に国会議事堂を配置し,この丘からなだらかに下る平地にワシントン記念塔やケネディ大統領が眠るアーリントン墓地,そしてキング牧師の演説でも有名なリンカーン記念堂が直線状に配置されている.リンカーン記念堂にはとても大きなリンカーンの彫刻像があって,西の端から東の端にある国会議事堂をじっと見つめる(監視している?)という図式になっている.
 さて,第16代アメリカ合衆国大統領エイブラハム・リンカーン(Abraham Lincoln)の父方の祖父母を祖先とする脊髄小脳変性症の大家系が報告されていた(‘Lincoln disease’と呼ばれていた).この報告は1994年にRanumらによってなされ(RanumはのちにSCA8やMyotonic dystrophy type 2の原因遺伝子を同定する),連鎖解析の結果,11q13への連鎖が確認されSCA5と名づけられた.SCA5は臨床的にはcerebellar ataxiaに若干のbulbar signを合併するが,基本的に純粋小脳型ADCA-IIIに分類されている.リンカーン家系以外にドイツ,フランスからも同様の家系が報告されていたが,きわめて稀な疾患ではあることに変わりはない(計3家系).リンカーン家系の検討では,発症年齢は平均33歳と比較的若く(4~68歳),経過は緩徐進行性,anticipationの存在も疑われていた.MRIでは小脳萎縮のみで脳幹は保たれる.病理ではプルキンエ細胞の消失と分子層の菲薄化が報告されている.
 さて遺伝子同定にむけての研究は上記3家系を対象に進められた.リンカーン家系ではDNAサンプルは90名の罹患者を含む299名(11世代!)から採取したという.さらなる連鎖解析の結果,100遺伝子を含む2.9Mbの領域がcritical regionと判断され,さらにフランス家系との間でハプロタイプを比較した結果,255 kbの領域にまで絞りこみ,BAC libraryを作成後,ショットガンシークエンス(ランダムに読んだシークエンスをコンピュータ上で組み合わせ,配列を推定する方法)が行われた.この結果,beta-III スペクトリン (SPTBN2) という結構有名な細胞骨格蛋白をコードする遺伝子における遺伝子変異が,3家系すべてにおいて見出された.2家系ではin-frame deletion(リンカーン家系39bp, フランス家系15 bpの欠失),ドイツ家系ではactin/ARP1 binding regionにミスセンス変異(Leu253Pro)を認めた.
さてこのbeta-III スペクトリンは2390アミノ酸からなる蛋白で,小脳プルキンエ細胞に高発現している.alfa-スペクトリン2個とbeta-スペクトリン2個とで4量体を形成し細胞骨格蛋白として機能する.beta-III スペクトリンはGolgi体や小胞体膜に存在し,dynactin subunit ARP1と結合する.さらにプルキンエ細胞特異的で,シナプス膜に存在するグルタミン酸輸送体EAAT4を安定化する作用も報告されている.またdelta型グルタミン酸受容体(GluRdelta2)は,スペクトリンを介してアクチンフィラメントに固定されている.すなわち変異beta-スペクトリンはEAAT4の膜安定化に影響を及ぼす可能性が考えられたが,実際に患者剖検脳をsubcellular fractionation(detergent濃度や遠心速度を変えて,目的の分画だけ抽出する方法)したサンプルを用いたWestern blotで,膜分画におけるEAAT4の減少が示された.さらに同様の結果はSCA1 transgenic mouseでも示された(SCA1 transgenic mouseやstaggererマウス [IP3レセプターの欠失] のマイクロアレイではbeta-スペクトリンとEAAT4の転写産物が低下しているという).
 以上の結果は,dominant SCDの病態機序として,「プルキンエ細胞におけるグルタミン酸シグナリング異常」という新たなパラダイムを提唱するものである.例えば未知のSCDのひとつSCA20は11p13-q11が遺伝子座でSCA5と重複するし,さらに遺伝子未同定のSCA11やSCA25の遺伝子座にもbeta-スペクトリンサブユニットをコードする遺伝子(SPTBN5,ないしSPTBN1)が存在している.稀な疾患の遺伝子発見ではあるが,どうも話は今後,だんだん膨らみそうな雰囲気である.
 さてリンカーンご本人はこの病気だったのだろうか?当然,その可能性はあるわけで,実際に1861年の新聞記事に歩行の際にふらつきがあったとの記載も残っているそうである.リンカーンの死後,遺体盗掘と身代金要求未遂事件が発生し,遺体の盗掘を防ぐための地下墓所の建設が行われ,1901年には遺体の点検のため棺が開かれた.関係者の話によると遺体はことのほか状態よく保存されていたらしい.彼は長身であったため,1991年のMarfan症候群遺伝子発見の際には彼の遺伝子を調べるとか調べないとか論議が起きたそうである.当然,Marfan症候群よりSCA5の遺伝子を調べたほうが意義はあるわけだが,死者を冒涜するようなことはすべきではないだろう.でも著者らの考えはちょっと違っていて,「歴史的価値があり,さらに小脳失調症に対する一般の関心を高めることになるのでは?」との意見である.さあ,皆さんはどう考えるだろうか?

Nat Genet, published on line, Jan 22, 2006  
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シャロン首相の主治医はどう考えたか?(その1;なぜ脳出血が起きたか?)

2006年01月23日 | 脳血管障害
 1月6日にシャロン首相の脳出血に関する記載をした.いろいろ詮索するのは悪趣味かなとも思うのだが,先日のPFOに関する話題のみならず,色々な面で示唆に富み,勉強になるケースだと思われるので,再度,考察してみたい.

症例;77歳男性,BMI 約40.高血圧なし(推定).
経過; 12/18/05. TIA (transient aphasia)を主訴に来院.たぶんTEEでPFO without ASAの診断.
1/2/06. PFOに対する閉鎖術を1/5に行うと発表.
1/4/06. 大量の脳出血(右).第1回手術.術後,バルビツレート療法開始.
1/6/06. 脳出血再発.第2回手術.
1/8/06. 頭部CT改善傾向.
1/9/06. バルビツレート減量開始.自発呼吸出現.痛み刺激に反応.
1/9/06. 血圧低下から回復傾向.
1/14/06. バルビツレート中止.
1/15/06. 気管切開術.
1/16/06. 意識戻らず.
1/21/06. 人工呼吸器離脱検討.

 さて最初の問題は「なぜTIA後に脳出血を起こしたか?」まず自然経過でTIA後に脳出血を来たした可能性はきわめて低い.個人的には当初,1/4/06にまず脳塞栓を発症し,3hを越えた時点でt-PAを使用したため,結果としてparenchymal hemorrhage (PH),ないしextraischemic hematomaを来たしたのではないかと考えた.少し聞き慣れない言葉かもしれないが,両者はt-PA使用後の脳出血のパターンとして,NINDSやECASS 1 & 2で使用されている言葉なので,覚えておいても損はない(注1).病態的にはischemic vasculopathyが進行し,血管がt-PA使用後の再灌流圧に耐えられず破綻した状態といえる.
 もうひとつの可能性は,もともとアミロイドアンギオパチーが存在した可能性だ.つまりPFOの診断の後,(下肢深部静脈血栓の有無は不明だが)主治医はワーファリンを開始し,2週間が経過していた.そしてアミロイドアンギオパチーが存在したため,結果として脳葉型出血を引き起こした可能性が考えられる(個人的にはこの説のほうが信憑性が高いと考えている).アミロイドアンギオパチーによる脳内出血は高血圧の有無に関係なく,70才以上の高齢者に多く,大脳皮質に多発性に発生し,しかも再発率がいわゆる高血圧性脳内出血と比較して非常に高い.血腫除去術後の再出血の頻度も高い.教科書的には確定診断は剖検であるが,微小出血を繰り返すのでMRIのGREシークエンス(T2*)で疑うことはできたかもしれない(2005年11月5日の記事を参照).GREは今後の脳卒中診療ではきちんと使いこなせねばならない.
 ここでは後者の仮説で話を進める(他の可能性があるようなら,コメントください).つぎに主治医が考えねばならないことはなんだろうか?当然,ワーファリンがしっかり効いているので,易出血の状態を回復し,さらに脳出血が大きい場合,手術の適応があるのか考えるということである.
 次回,ワーファリンが効きすぎている症例に対してどういう治療を行うべきか,最新の治療について考えてみたい.

注1;基本的に3パターンに分けられていて,梗塞巣内に点状出血を来たすhemorrhagic infarct (HI),大きくmass effectを伴うPH,多発性に出現するextraischemic hematomaである.このなかでHIのみは予後に影響をしない.薬剤使用のルール違反はPH出現の危険因子である.またアミロイドアンギオパチー症例にt-PAを使用するとextraischemic hematomaになる頻度が高いと言われている.
注2;相変わらず好き勝手なことを書いておりますので,どうぞ批判的に読んでください.
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視床下核を見る

2006年01月21日 | その他
 視床下核(STN)は直径が2-4 mmぐらい(20-30 mm3)の小さな核で,フランスの神経学者Luys, Jules Bernard (1828-1898)にちなんでLuys体とも呼ばれている.脳の断面の肉眼観察の際にも目立つ神経核で,核の境界は明瞭,前頭断面では両凸レンズ形を呈し,矢状断面ではほぼ円形である.位置については多少,個人差があると言われている.STNが臨床的に話題になるのは,DRPLAにおける淡蒼球ルイ体路の変性とか,ヘミバリスムの責任病巣といったところであろうか?もちろん,1994年に,同じくフランスのベナビッドらにより報告されたパーキンソン病などの治療法としての連続電気刺激(脳深部刺激療法)も忘れてはいけない.
 おさらいだが,大脳皮質からの行動指令は主として線条体に入るが,線条体には大脳基底核の出力部である淡蒼球内節(GPi)および黒質網様部へ直接投射するニューロンがある(direct pathway).一方,淡蒼球外節(GPe)に投射するニューロンもあって,そこからSTNを経て出力部(GPiと黒質網様部)に至る経路もある(indirect pathway).このふたつのpathwayの活動が出力部でどうぶつかり合うかが,基底核の神経回路モデルの中核をなしている.そしてSTNに関しては,パーキンソン病ではその活動が亢進しているのではないかと考えられている.
 さてSTNを電気刺激するとどうなるのか?話は複雑になるが,STN自体はGPeとGPiに興奮性投射をしている.さらにGPeはGPiに抑制性投射をしているので,GPiはSTNから単シナプス性・興奮性(Glutamatergic)の作用と,GPeを介した2シナプス性・抑制性(GABAergic)の作用を受ける(二重支配).霊長類を用いてSTNを電気刺激した実験では,単発刺激の場合はGPeとGPiの両者が一過性に興奮し,引き続いて抑制されるのみだが,連続刺激してやると,STN-GPe-GPi路による抑制性作用がSTN-GPi路による興奮性作用に打ち勝ち,その結果,GPiが抑制されるらしい.すなわちSTNの連続電気刺激は,活動が亢進したSTNを逆に抑制することで症状の改善につながっているようだ.ならばSTNを破壊しても効果が得られるはずだが,その場合,バリスムを引き起こす可能性があったり,正確に部位を同定できず他の脳組織を損傷する可能性もあったりして,現在,行われていない.要は活動が亢進したSTNを適度に抑える必要があるわけだ.
 話は長くなったが,ここからが本題.話題にしたかったのは深部刺激の機序ではなくて,ふと「MRIで視床下核を見たことないな?どうやって刺激電極の位置を決めているのだろうか?」 ということ.術中に微小電極を用いた電気生理を行うとか,CTとMRIを組み合わせるとかいうなんて記載は見つかったが,WEBでシークエンスをうまく調節すればMRIだけで見えるなんて記載もあった(詳しい脳外科の先生がいらっしゃったら実際を教えてください).
 さて今回の論文は,術前に脳定位的3 Tesla-MRIを行ってSTNの描出に成功したという報告.条件は high-resolution T2-weighted fast spin-echo images.13例に施行し,STNはhypointenseのアーモンド形の構造物として全例で描出された.術中電気生理でも一発でSTNを示唆する所見が得られ,無用な検査時間の延長や脳組織の損傷を避けられたという(ただし実際の論文の画像はいまひとつといった感じがしないでもない).
 そもそも3T MRIの人体への安全性が確立されたとは言えず,日常診療に簡単に使えない状況ではあるが,それでも自分なら3T MRIを撮ってもらってから手術してもらいたいかなあ?

AJNR 27:80-84, 2006
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抗ヒスタミン薬によるジストニア

2006年01月16日 | その他の変性疾患
個人的な話で恐縮だが,私はアレルギー持ちだ.お世辞にもきれいと言えない某病院の当直室に泊まると,たとえ平穏な当直を過ごしたとしても,決まって翌朝は最悪の気分だった.私は第2世代の抗ヒスタミン薬のお世話になっているが,これらの薬は中枢神経への移行が少なく,さらに抗コリン作用が弱いため,眠気や口渇といった副作用が少ないと言われている.ところが,今回,第2世代抗ヒスタミン薬のひとつセチリジン(商品名ジルテック)による意外な副作用がカナダから報告された.
患者さんは4歳の女の子で,アレルギー性鼻炎に対しセチリジン 5mgを内服開始して18日目に,右目のチック(dystonic tic)が出現,翌日には肩をすくめるようなジストニアが出現した.その翌日には間欠的な頚部後屈が出現し,さらには上肢を外転させるような不随意運動もみられた.家族歴として母親はプロメタジン(商品名ピレチア;抗ヒスタミン剤/フェノチアジン系)およびプロクロロペラジネン(ノバミン)の使用にてジストニアの既往があり,父方の祖父はメトクロプラミド(プリンペラン)でアカシジアの既往があった.結局,セチリジン内服中止後,徐々に症状は改善し,8週後にはほぼ消失した.しかし後日,市販の去痰剤を内服したところ,数日後に同様の不随意運動が出現した.その市販薬には第 1 世代抗ヒスタミンであるメピラミンが少量配合されていることが判明した.
 セチリジンのおもな作用は当然H1受容体拮抗作用である.ではなぜ,ジストニアが起きたのだろうか?著者らはセチリジンがD2遮断作用を有している可能性を考えている,というのはセチリジンは向精神薬であるピペラジンの誘導体らしいのだが,この ピペラジンがD2遮断作用を有しているため,セチリジンにもD2遮断作用が残っているのではないだろうかという推論である.実際,文献的にセチリジンがoculogyric crisis(注視発作;上外側への発作性,攣縮性の共同性眼球偏位.dystoniaや眼瞼攣縮などを伴う)を来たしたという報告もあって,その可能性は高いのかもしれない.本例では父方,母方の双方に家族歴があり,セチリジンによるジストニアの出現には何らかの遺伝的要因が関わっている可能性が疑われ,誰にでも生じうるという副作用ではないのかもしれないが,抗ヒスタミン薬という使用頻度の高い薬の話でもあるので,一応,覚えておいてもよい知識かもしれない.

Neurology 66; 143-144, 2006

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キアリ奇形 I 型の知られざる臨床症状

2006年01月13日 | その他
 脊髄・延髄空洞症はSyringomyelia/ bulbiaないしSyrinxと呼ばれるが,私はSyrinxという言葉の響きが好きだ.Syrinxはもともとはギリシア神話に登場する妖精の名前である.ある日,ヤギの角と足を持つという音楽好きの牧神Panは妖精Syrinxに恋をする.Panは彼女を捕まえようとするが,身の軽いSyrinxはそれをかわしてしまう.今度こそと思って抱きしめたPanの両手をすり抜けてSyrinxは消えてしまい,水辺の葦(あし)の束に姿を変えてしまった.恋にやぶれたことを悟ったPanはその葦を笛にしてSyrinxの思い出を悲しく奏でる....だいたいそんな話だが,Syrinxは葦のように筒状のものという意味を持つことになり,神経学の世界では空洞症をSyrinxと呼ぶようになったらしい.
 閑話休題.Syrinxを高率に合併するChiari奇形は後頭蓋窩の先天奇形である.I型は小脳扁桃が脊柱管内に陥入した異常で,小児期以降に発症する.症状は頚部から上腕の疼痛や,Syrinxに伴う四肢の運動異常,感覚異常と言われている.ただし教科書には記載はないのだが,睡眠呼吸障害(sleep-disordered breathing; SDB)を呈しうることを認識すべきである.
 実は個人的にも経験があって,日中の睡眠発作を主徴とする若年女性の原因検索を行って,唯一,見つかったのがChiari奇形I型であった.文献的にはすでに複数の報告があり,発症年齢は1~55歳とさまざまで,神経所見も球症状や片麻痺,小脳性運動失調を呈する場合もあるが,過眠症以外は無症状である場合もある.PSGでは中枢型無呼吸,もしくは中枢型と閉塞型無呼吸の両者が認められることが多く,その原因として呼吸中枢の圧迫や虚血,下位脳神経麻痺に伴う声帯麻痺などが関与する可能性が指摘されていた.治療として大後頭孔減圧術が施行され,程度の差はあるもののSDBに有効であるという報告が多い.自験例ではいくつかの理由があって減圧術は見送ったが,当時は散発的な症例報告のみで,手術の有効性については確信が持てなかったことも理由のひとつだった.
 さて今回,Chiari奇形I型のPSGと,大後頭孔減圧術の効果についてのcase seriesがフランスより報告された.対象は16名のI型患者で,全例syringomyeliaを合併する.年齢は38.1±3.9歳で,BMIは25.9±1.1とわずかに重め.43%にいびきがあり,81.3%は日中の睡眠過多(Epworth sleepiness score; ESS 9.1±1.3)を呈した.apnea-hypopnea index (AHI) は36.6±7.7 と高値で,AHIが10以上である症例は75%を占めた.ESSとAHIには相関なし.AIは13.1±4.1で,apneaの48%は中枢型だった(これは驚き!).microarousal indexは33.0 ± 4.4で,睡眠の断片化が示唆される.
 最終的に12名が睡眠無呼吸症候群(SAS)の診断基準を満たし,うち8名に減圧術が施行された.8名のうち6名に術後平均203日目(127―313日)にPSGを再検.この結果,AHI は56.5±11.5→37.2±15,AIは23.5±7.9→9.8±6.6と有意差はないもののいずれも減少傾向.さらにcentral apnea indexに限定すると14.9±5.5→1.3±0.6と有意に減少(p=0.03).microarousal indexも有意に減少した(37.2±13.7→26.2±17.0;p=0.03).しかしながらESS scoreは改善を認めなかった(9.7±2.2→10.7±2.4).
 AHIやarousalが改善しながら日中の過眠が改善しなかったことについては,閉塞型のSASを呈した2症例では減圧術で効果がなく,さらにうつ病を合併した症例でも改善がなかったことから,これらの症例のため効果が相殺され,平均すると手術前後でESSの変化がなくなってしまったと著者は言っている.記載はないが,中枢性無呼吸が原因である過眠症に限ればおそらく減圧術は有効なのかもしれない.この辺は今後,さらに症例を増やしての検討が必要になる.
 いずれにしてもChiari奇形に限らず,パーキンソン病,ALS,MSAなど神経内科領域の多くの疾患がSDBを呈する.SDBは患者さんのQOLに大きな影響を及ぼすことが多いので,神経内科医は睡眠医学にも関心をもつ必要がある.

Neurology 66; 136-138, 2006
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フリードライヒ失調症は小脳萎縮を呈しうる

2006年01月09日 | 脊髄小脳変性症
フリードライヒ失調症(FA)は一番有名な脊髄小脳変性症かもしれない.学生さんが持つ国試対策本レベルでも必ず記載されている.しかしそんな有名な疾患であっても,日本国内では専門医でさえ診断したことがないという不思議な疾患でもある(知る限りにおいて本邦で報告例はないため).ではなぜFAがこれほど有名であるかというと,おそらく①欧米での有病率が非常に高いこと(4~5万人に1人)と,②この疾患が遺伝性の脊髄小脳変性症が存在することを示すきっかけとなった歴史的に重要な疾患であるためではなかろうか?FAは19世紀後半,ドイツのNikolaus Friedreich(1825-1882)により報告されたが(脊髄後索の変性萎縮症;1863,1876,1877年に報告された3家系9例の報告),これがきっかけとなり,以後,脊髄小脳変性症がぞくぞくと報告された.この報告を読んだパリのJM Charcot(1825-1893)は当初,MSを診断間違いしたのだろうと言って信じなかったそうだが,のちにサルペトリエール病院に同様の患者を発見し,その疾患の存在を認めたという逸話もある.
FAの原因遺伝子は1996年にScience誌に報告され,その原因蛋白はfrataxinと名づけられた.Frataxinは分子量17 kDaのミトコンドリア蛋白であるが,frataxinをコードするX25遺伝子イントロン内に存在するGAAリピートが100~1700回と伸長することによりFAを発症する(正確には伸長アリルのホモ接合体,もしくは,伸長アリルと点変異の複合へテロ接合体で発症する).近年,frataxinはミトコンドリアの鉄シャペロン蛋白として,活性酸素種によって低下したクエン酸回路のアコニターゼ活性を回復させる役割を担っていることも明らかになってきた.日本でかつて脳循環代謝改善剤として使用されていたアバン(イデベノン)が,欧米で第3相試験が行われている点も話題だ.
さて,この原因遺伝子の発見により明らかになったのは,X25遺伝子のGAAリピートが伸長しても,必ずしもHarding AEにより定義されたFAの典型的な臨床像を呈さない症例が存在することであった.具体的には①遅発発症例が存在すること(通常25歳以上と定義される;late-onset FA, LOFA),②腱反射が保たれる症例が存在すること(FA with retained reflexes; FARR)である.例えばHarding AEは1981年,FAのなかで深部腱反射が正常もしくは亢進しており,視神経萎縮,心筋症,糖尿病,高度の骨格異常を伴わない,進行が緩やかな一群をFAとは異なる疾患としてearly onset cerebellar ataxia with retained tendon reflexes(EOCA)と名づけたが,少なくともそのなかの一部はFAであったわけだ.
今回,SCA2研究で有名なUCLAのPulst博士らがLOFAの臨床像を典型的なFAと比較した研究が報告されている.対象は25歳以上で発症したLOFA 13名と,性別,進行度をマッチさせた典型的なFA 13名.結果としては,失調症状は両群全例で認められ,構音障害,振動覚消失,眼球運動障害も両群で高頻度.有意差が出たのは下肢痙性とretained reflexesがLOFAで高頻度に認められること(それぞれ40% vs 0%; chi2=4.0; P=0 .04,および46.1% vs 7.7%; chi2=3.46; P=0.05),またLOFAでは括約筋障害はなく,心エコー上心筋症の存在も認められなかった(chi2 = 4.0; P=0.04).
これらは従来の報告とも合致し,十分予想された結果ではあるが,一番興味深かったのは画像所見の違いである.すなわち,LOFAではMRI上,小脳虫部萎縮が高頻度(9例中5例)に認められた点である.小脳半球萎縮も3例で認められた.逆に典型例では小脳萎縮を認めたのは1例のみであった.本研究のノイエスは,機序は不明だが,LOFAでは小脳萎縮を呈しうることを示した点であり,逆に言えば,明らかな小脳萎縮を認めるからといってFAは臨床的に否定ができないということである.従来より,日本の劣性遺伝性脊髄小脳変性症は欧米のFAとは異なる可能性が指摘されてきたが,その根拠のひとつとして小脳萎縮を認める症例が多数を占めることが指摘されていた(廣田ら.1977).もちろん,FA全体における小脳萎縮合併の頻度は低いことに変わりはないが,それでもLOFAで小脳萎縮を呈しうることが判明したことは,本邦の小脳萎縮を認める劣性遺伝性脊髄小脳変性においても,診断がつかない場合(注),きちんとFAを除外する必要があるということを示唆している.

注;鑑別診断としてはataxia-oculomotor apraxia 1(AOA1),ARSACS(SACS遺伝子変異),AOA2,ataxia with isolated vitamin E deficiency (AVED)が挙げられるだろう.

Arch Neurol 62:1865-9, 2005

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卵円孔開存(PFO)は脳梗塞の危険因子か?

2006年01月06日 | 脳血管障害
 近年,原因が明らかでない脳梗塞患者において卵円孔開存(PFO)が注目されている.左心系に塞栓源がなくても,卵円孔の右→左シャントを介して,静脈血栓が脳塞栓を起こすというわけである.治療は(本当かどうか知らないが)静脈血栓が存在すれば,抗凝固薬ないし卵円孔の閉鎖術を検討すると一般に言われている.欧米では昨今,心カテ治療が熱心に行われている.
 ところが,本当にPFOが脳梗塞の危険因子かというと,決定的な疫学研究が存在せずいまだ論争が続いている.例えば,PFOは一般成人でも約1/4に存在すると言われているが,それだけ高頻度であれば併存疾患の影響は無視できない(しかしそれをきちんと除外したstudyはない).またこれまでの研究はprospective studyでなかったり,PFOの診断がblindで行われていなかったり,コントロールの選択バイアスがあったりと,要するにエビデンスレベルが低いわけである.
 話はそれるが,イスラエルのアリエル・シャロン首相が脳出血で重体だ.中東和平への影響が心配されるが,じつは先月18日に一時意識を失った(TIA?)とのニュースが報道されて以来,このような要人がどのような治療を受けるのか少し関心を持ってニュースを見ていた.今月2日には「エルサレム市内の病院で軽い脳卒中の原因となった心臓の小さな穴をふさぐ心臓カテーテル治療を5日に受ける」と発表され,「治療は30分程度で,6日に退院する予定」とも報道された.おそらく左心系に塞栓源が見出せず,経食道エコーでPFOか心房中隔瘤が見つかったのだろう(?)と勝手に考えていた.ところが,治療直前の4日夜に大量の脳出血を起こしてしまった.純粋な脳出血なのか,出血性梗塞なのか,t-PAが関与しているのか知る術もないが,これ以上の詮索は不謹慎なのでやめにする.でも「やっぱりPFOはそんなに危険なのだろうか?」と少し考え込んでしまった.
 じつは最近,Mayo Clinicから面白い研究結果が報告されている.研究目的は,PFOもしくは心房中隔瘤が脳梗塞の危険因子であるのかprospective studyにて明らかにすること(心房中隔瘤は卵円窩付近の薄くて可動性のある余剰組織で,心房間の相対的圧関係によって右房内に逸脱したもの.血栓が瘤内にできるため脳梗塞の危険因子と言われる.またPFOに合併する頻度が高いと言われる).方法はひとりの心エコー診断士がblindで経食道エコーを施行,対象はミネソタのある地域から無作為に抽出した45歳以上の成人585名.
 結果としては,PFOは140名 (24.3%;従来の報告と同程度),心房中隔瘤は11名 (1.9%)に認められた.PFO 140名中6名 (4.3%)が心房中隔瘤を合併,一方,PFOを認めない437名中5名が心房中隔瘤を合併 (1.1%; Fisher正確確率検定でp = 0.028),すなわち,PFOを有する人は心房中隔瘤の合併が多いという過去の報告を再確認したことになる.
 問題の脳血管障害イベント (死亡,脳梗塞,TIAを含む)は平均5.1年の観察期間で41名に起きた.年齢と併存疾患(心筋梗塞,糖尿病,Af)の影響を除外したのち,PFOの有無が脳血管障害の発症に影響するか調べたところ,ハザード比1.46(95%信頼区間 0.74―2.88, p = 0.28)で,両群間で有意差はなかった.心房中隔瘤に限るとハザート比は3.72と上昇したが,95%信頼区間は0.88―15.71で,p = 0.074であった(心房中隔瘤11名中,脳血管障害2名という結果で,患者数が少ないため有意差がでなかった).さらに静脈血栓症の既往が脳梗塞の危険因子であるかも忘れず調べていて,こちらはハザート比0.77,95%信頼区間は0.18―3.36.いずれも危険因子といえないという,なんとも驚きの結果だ.
 この研究に問題があるとすれば,有意差を導き出すには症例数がなお不十分であったということ.心房中隔瘤が危険因子であるかについてはより大規模なstudyが必要ということになるが,PFOはシロと考えたほうが良さそうだ.

J Am Coll Cardiol 2006; e-pub ahead 
Comments (8)
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多発性に生じる脳神経麻痺で頻度の多いものは?

2006年01月02日 | その他
 2005年10月4日に「両側性に生じる脳神経麻痺で頻度の多いもの」に関する論文(Neurology 65; 950952, 2005)を取り上げたが,今回は多発性脳神経麻痺の組み合わせについて.著者は前回と同じKeane JR教授(南カルフォルニア大学神経内科)で,彼の34年間に渡る個人的臨床経験を論文にしたものである(研究デザインはpersonal case seriesという見慣れない言葉が記載されている).前回も書いたが,個人的にはこういうお金がかからず,みんなの役に立つ臨床研究が大好きだ.
 今回の論文では,自身が経験した979例(!)の多発脳神経麻痺症例における,麻痺の組み合わせ,解剖学的病変部位,そしてその原因についてまとめている.対象は2種類以上の脳神経の麻痺を呈した入院患者.結果としては多発脳神経麻痺を来たす頻度の高い脳神経は順に,外転神経 (565例), 顔面神経(466例),三叉神経(353例),動眼神経 (339例).多い組み合わせは,動眼+外転(285例),三叉+外転(214例),三叉+顔面(209例),顔面+聴神経(135例).病変部位はさまざまでcavernous sinus(252例),脳幹(217例),個々の脳神経(182例),以下,頭蓋底,クモ膜下腔,CP angleと続く.原因としては腫瘍が一番多く(305例;schwannoma, metastasis, meningioma, lymphoma, pontine gliomaの順),次いで血管障害(128例),外傷(128例),感染症(102例),Guillain-Barre ないしFisher症候群(91例)であった.
 本研究で自分が一番関心を持ったのは再発性の多発神経麻痺の原因である.というのは個人的に診断がつかずとても難渋した経験があるためである(その患者さんは動眼神経と顔面神経麻痺を繰り返し,三叉神経麻痺の合併も疑われた.糖尿病以外に異常はなく,最終的に糖尿病性と診断したが,当時このような症例に関しては散発的な症例報告しかなく,診断に確証はなかった).本論文では再発性多発脳神経麻痺は43 例(106 エピドード, のべ136 神経)で,原因は順に糖尿病(14 例),特発性で自然寛解する良性例(14 例),特発性海綿静脈洞炎(10 例)という結果だった.脳神経の内訳は顔面神経,動眼神経,外転神経,三叉神経の順に多かった.ということは自分の経験例は再発性多発性脳神経麻痺としては案外典型的な症例だったのかもしれない.
 こういう論文は本当にありがたい.RCTばかりが大切ではないと改めて思わせてくれる論文だ.

Arch Neurol 62:1714-1717, 2005 

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脳梗塞からの“再生”―可塑性と神経リハビリ―

2006年01月01日 | リハビリ
 12月19日のブログで,「脳梗塞からの“再生”~免疫学者・多田富雄の闘い~」というテレビ番組を取り上げたが,なぜこの番組が「脳梗塞からの“再生”」というタイトルであったのかについては触れなかった.実は“再生”は番組の重要なキーワードであったのだが,自分自身,多田先生のおっしゃる“再生”をうまくイメージできなかった.以下は多田先生がご著書の「露の身ながら」のなかで語られたものだが,多田先生のおっしゃる“再生”とは以下のような“感覚”である.
 「それは電撃のように私を襲った.何かが私の中でぴくりと動いたようだった(中略)もし機能が回復するとしたら,単なる回復ではない.それは新たに獲得するものだ.新しい声は前の私の声ではあるまい.新たに一歩が踏み出されるなら,それは失われた私の足を借りて何ものかが歩き始めるのだ.もし万が一,私の右手が動いて何ものかを掴んだならば,それは私ではない新しい人間が掴んだはずなのだ(中略)新しいものよ,早く目覚めておくれ.それはいまは弱々しく鈍重だが,無限の可能性を秘めて私の中に胎動しているように思われた.私には彼が縛られ,痛めつけられた巨人のように思われた」
 「脳梗塞のリハビリはそういう機能の獲得のためにあるらしい.単にもともとあった機能を回復するものではない.もっと創造的な治療だと気づいて,一生懸命リハビリに精を出しました」
 このような感覚は脳梗塞を経験したことのない私には理解できないし,リハビリがそういうものであるという認識も持っていなかった.ではリハビリの科学的な背景とは現在どう考えられているのであろうか?脳梗塞を含めた脳損傷後の回復理論は大きく3つある.①diaschisisの逆転説,②行動学的補償説,③適応的可塑性説である.①のdiaschisisと言えばcrossed cerebellar diaschisisが有名で,虚血巣と離れた神経結合を持つ部位が虚血のあおりを受け,血流低下・代謝低下するのがdiaschisisで,損傷後,血流量が正常化し機能が回復していくことがdiaschisisの逆転である(よってこの回復は比較的早期に生じる).②は麻痺によってできなくなってしまった動作を,別な方法で補わせる方法で(例えば右麻痺なら左手の訓練),古典的なリハビリ理論.③は損傷を受けなかった部位が,損傷をした部位の機能に取って代わるということで,多田先生の考えは③の適応的可塑性説に近い.脳の可塑性とは,「状況に応じて役割を柔軟に変える性質」のことであるが,近年,脳の可塑性の原理に基づく「神経リハ(neuro-rehabilitation)」が注目され,実際に実践されつつあるようだ.
 実は最近,「脳から見たリハビリ治療」という本を読んだのだが,この本はリハビリ後に起こる脳の可塑性について平易な文章で解説している.とくに初めて神経可塑性を立証したカンザス大学の神経生理学者ランドルフ・ヌード先生による「リハビリで脳が変わる」の章は秀逸で,「新しいリハビリの考え方」に触れる良い機会になった.例えばこんなことが述べられている.
① 皮質下電極刺激を用いたリスザルの実験で,手の運動に関わる一次運動野は学習を行うことによりその領域が拡大し,組織学的にもシナプス結合が増加すること(synaptogenesis).
② 体性感覚野においても感覚刺激によりその領域の変化が生じうること.例えばリスザルに皿を持たせ続けるといった刺激を強制的に継続させると,体性感覚野地図に変化が生じ,最終的にはジストニアまで来たすこと(これはピアニストやタイピストに発症する局所性手ジストニアの動物モデルとなる).
③ 脳梗塞による麻痺の機能回復には「脳の機能的再構成」が関与していて,例えば右手を動かす左脳の一次運動野や錐体路が損傷しても,左脳の一次運動野以外の部分(運動前野や補足運動野)や,損傷を受けていない右脳からの交差しない錐体路(昔,意義も分からないまま覚えた錐体路非交叉線維のこと)が失われた機能を代償する予備力が脳に備わっている.
④ 促通手技などの神経リハビリはこの「脳の機能的再構成」を効率的に行わせることを目的としており,今後,神経可塑性の機序を解明し,その原理に裏付けられた新しい治療を発展させていく必要がある.
 神経可塑性に関しては,その機序やそれに関わるmoleculeなど不明な点が多いようだ.今後の脳梗塞の治療の方向性としては,神経保護薬の開発がほとんど頓挫してしまった状況を考えると,t-PAをいかに多くの患者さんに使用するか?という方向と,脳の可塑性の増強を目指す方法に進むような気が個人的にはしている.話題の神経幹細胞移植にしても,神経可塑性の機序が明らかになればその価値がさらにはっきりしてくるだろう.

脳から見たリハビリ治療―脳卒中の麻痺を治す新しいリハビリの考え方 久保田競・宮井一郎編著 講談社ブルーバックス

露の身ながら―往復書簡いのちへの対話 多田富雄・柳澤桂子 集英社

(本の題名をクリックすれば amazon にリンクします)

それでは本年も宜しくお願いします
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