Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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「エビ足の少年」の病気

2023年08月05日 | その他の変性疾患
最新号のBrain誌の表紙です.手足に障碍を抱えつつも,陽気で堂々とした態度の少年が印象的な絵です.私もルーブル美術館で見て,とても記憶に残っています.タイトルは「El patizambo」,日本語では「エビ足の少年」と呼ばれています.スペインの画家ホセ・デ・リベラが1642年に描いた傑作です.この物乞いの少年の右足は拘縮し,つま先立ちで,踵が地面についていません.これが「エビ足」の由来です.右手も拘縮し,左肩に松葉杖を担いでいます.もとは「小人」というタイトルが付けられていたそうで,低身長であり,やや特徴的な顔貌をしています.左手の紙切れにはラテン語で「神のお慈悲として,私に施しを与えたまえ」と書かれています.うまく話せないため,紙を見せて周囲の者に施しを訴えていたのです.

この少年の病気は先天性多発性関節拘縮症(Arthrogryposis Multiplex Congenita:AMC)と考えられています.Brain誌の表紙になったのは,遺伝性ジストニアDYT1の原因遺伝子TOR1Aのホモ接合性変異によるAMC5の40家系57人についての検討が報告され,それが少年に似ていたためでした.

AMC5の特徴は,調査時の年齢中央値3歳(0〜24歳)で,95%が重度の先天性屈曲拘縮を呈し,発達遅延を79%に認めました.運動症状も79%で,下肢痙縮や錐体路徴候,歩行障害などを認めました.ジストニアは35%程度.顔貌は特徴的で,鼻先の膨らみ,額の狭小化,頬の膨らみを認めます.正常認知機能と軽度の歩行障害を呈する軽症例から,発達遅延,知的障害,発語欠如,歩行不能に至るまでのスペクトラムがあります.頭部MRIでは,脳梁の低形成(72%),大脳白質の信号異常(55%),大脳白質のびまん性萎縮(45%)などを認めました.生存率は71%,死因は呼吸不全,心停止,敗血症でした.Torsin-1AのC末端ドメインに変異のホットスポットが存在し,予後不良となる遺伝子変異も同定されました.以上,常染色体潜性TOR1A遺伝子関連疾患の臨床像が示されたわけです.

なぜこの絵は印象に残るのでしょうか?少年は身体が不自由で物乞いをしなければ生きていけませんが,絵の雰囲気は決して重苦しくありません.それは広々とした空が背景に描かれていること,そして地平線が低く書かれていて,少年がそびえ立って見えることが影響しているのかもしれません.不遇な身の上でも,強く生き抜いているその笑顔に,私たちが勇気づけられているような気がします.
Saffari A, et al. The clinical and genetic spectrum of autosomal-recessive TOR1A-related disorders. Brain. 2023;146:3273-3288.






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弓道競技者を悩ます「もたれ」の病態機序の解明

2023年08月05日 | 運動異常症
弓道では古くから「早気,もたれ,びく,ゆすり」と呼ばれる上達に支障をきたす4種類の厄介な状態があります.「早気」は意図したタイミングより早く矢を放つこと,「もたれ」は意図したタイミングで矢を放つことができないこと,「びく」は矢を放ちかけること,「ゆすり」は弓を引いている途中に前腕や上腕がふるえることを指します.素人ながら弓道部の顧問になり,多くの部員がこの問題で悩んでいることを知りました.また昔から弓道競技者の間ではこれらはメンタルの弱さの問題として扱われてきたことも知りました.

しかしプレッシャーがあまりかからない練習でも改善しないこと, 練習では同じ動作を反復することから,一部は書痙や音楽家に見られる動作特異性局所ジストニア(TSFD)ではないかとアドバイスをし,当時の弓道部員と最初の研究を行いました(臨床神経2021; 61:522-529に報告).大学生を対象としたアンケートで65名中41名(63.1%)に4種類のいずれかの経験があり,「早気」が最も多く(85.3%),危険因子は経験年数が長いことでした.「もたれ」のみ単独で出現し,その特徴からもTSFDの関与が疑われました.

弓道部6年生の小木曽太知君と鈴木彩輝君が研究を引き継ぎ,全40大学の弓道部に声をかけ,「もたれ」3名,「早気」3名,正常3名に協力を依頼し,「もたれ」が症候学的および電気生理学的にTSFDとして矛盾しないことを示しました.一方,「早気」はこれとは異なる病態で,むしろ心理的要因が大きいと考えました.病態に合わせて克服を目指す必要があることを示したことになります.

今回「臨床神経」誌に掲載された2つの論文は,専攻医や学生が初めて研究に取り組んだもので,完成した論文を手にしたときは彼らはもちろんですが,私も我が事のように嬉しかったです.これから沢山の研究をすると思います.自信を持って,世の中の困っている人の役に立つような研究をしてほしいと思いました.

小木曽太知, 大野陽哉, 鈴木彩輝, 下畑享良.弓道における異常な運動「もたれ」は動作特異性局所ジストニアの特徴を有している.臨床神経63: 532-535, 2023



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非定型パーキンソニズムを呈する自己免疫性脳炎/傍腫瘍性神経症候群 ―スコーピングレビュー―

2023年08月01日 | 自己免疫性脳炎
8月号の「臨床神経」誌に当科から2つの論文が掲載されます.1つ目は専攻医,山原直紀先生とともに,大量の論文を精読して執筆した論文です.先日,開催されたMDSJ@大阪の教育講演・ポスター発表で報告し,反響を頂いた内容です.ちなみにスコーピングレビューは,比較的新しい文献レビューの手法で,既存の知見を網羅的に概観・整理し,まだ研究されていない範囲(ギャップ)を特定することを目的としています.文献検索はシステマティックに行いますが,システマティックレビューよりハードルは低いです.今後,総説を書く場合にナラティブレビューと使い分ける必要があります.

さて取り組んだ2つのclinical questionは「非定型パーキンソニズム(MSA,PSP,CBS)のなかに自己免疫性脳炎/傍腫瘍性神経症候群が含まれているか?(含まれる場合,陽性となる抗神経抗体はなにか?)」「どのようなときに自己免疫性脳炎/傍腫瘍性神経症候群を疑うべきか?」です.

前者については,非定型パーキンソニズムを呈する多数の自己免疫性脳炎/傍腫瘍性神経症候群が存在し,非定型パーキンソニズムの種類ごとに多数の抗神経抗体が報告されていることが分かりました.



後者については,亜急性・急性の経過をたどる例,脳脊髄液検査にて細胞増多,蛋白上昇,OCB 陽性,IgG index 上昇を認める例,腫瘍を認める症例の報告が多く,臨床経過の把握,脳脊髄液検査,全身の腫瘍の検索は重要と考えられました.さらに,40 歳未満の若年発症例,体重減少を認める症例,神経変性疾患ごとに特徴的な画像所見を認めない症例は注意が必要です.オープンアクセスです.詳細は下記からご覧いただけます.

山原直紀, 木村暁夫, 下畑享良.非定型パーキンソニズムを呈する自己免疫性脳炎/傍腫瘍性神経症候群―スコーピングレビュー―.臨床神経doi.org/10.5692/clinicalneurol.cn-001871



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