Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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小児の自己免疫性脳炎の自己抗体のレパートリーは成人とまったく異なる

2023年12月07日 | 自己免疫性脳炎
スペインのJosepDalmau教授のグループから,自己免疫性脳炎が疑われる18歳未満の小児における抗神経抗体の種類と頻度を検討した研究が報告されています.2011年からの10年間で血清または脳脊髄液を検査した急性散在性脳脊髄炎以外の自己免疫性脳炎が疑われた患者を対象としています.組織化学(tissue-based assay;TBA)を用いてスクリーニングし,陽性例はcell-based assay(CBA),免疫ブロット,または神経細胞蛍光免疫染色をさらに検討しています.

結果は対象2750人のうち,542人(20%)の血清または脳脊髄液が陽性で,その大部分(90%以上)は神経細胞表面抗原に対するものでした!その理由はN-メチル-D-アスパラギン酸受容体(NMDAR)が76%と圧倒的に多いことが影響しています.2番めはなんとミエリンオリゴデンドロサイト糖タンパク質(MOG;5%)で,ほとんどが皮質脳炎を呈していました.次いでグルタミン酸脱炭酸酵素65(GAD65;2%),γ-アミノ酪酸A受容体(GABAA;2%)が続きます.その他の既知の細胞表面または細胞内抗原に対する抗体は陽性例の6%,そして未知の抗原に対する抗体はわずか9%でした.以上より,小児の自己免疫性脳炎における抗体のレパートリーは,成人とはかなり異なることが分かります.



なんといっても驚いたのは細胞表面抗原抗体が多いことで,例外はGAD65とHuぐらいです.機序としては合併しうるがんの種類の違い(小児では小細胞肺癌,乳癌,卵巣癌が少ない)や,免疫システムの違いが推定されますがまだ良く分かっていません.また細胞表面抗原抗体が多いことは,免疫療法が奏効する可能性が高いことを意味します.よって小児で自己免疫性脳炎を疑った場合,①まずNMDAR 抗体と MOG 抗体を測定すること(外注可能),②これらが陰性の場合,他の抗体の検索の可能性を探りつつ,免疫療法を検討することが重要かと思います(EUROLINE PNS 12 Ag を測定した場合,抗体と症候の組み合わせが合わないときは偽陽性を疑う必要があります).またこの論文でも1例含まれていますが,GFAP抗体陽性例もあります.当科は複数の小児GFAPアストロサイトパチーの診断の経験がありますのでご相談ください.

当科では自己免疫性脳炎の検体が集積しつつあり,新たな自己抗原の同定も含め,今後さまざまな研究ができる状況にあります(対象は小脳失調症やパーキンソニズムに及びます).最近,自己免疫性脳炎の研究をするために岐阜大学の大学院や専攻医に進まれる方が出てまいりました.研究はもちろん,臨床も深い議論が行われていますので,関心のある先生はぜひ見学におこしください.
Chen LW, et al. Antibody Investigations in 2,750 Children With Suspected Autoimmune Encephalitis. Neurol Neuroimmunol Neuroinflamm. 2023 Nov 15;11(1):e200182.(doi.org/10.1212/NXI.0000000000200182

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今年のクリスマス号「アガサ・クリスティーと神経毒」@Brain Nerve誌

2023年12月06日 | 医学と医療
Brain Nerve誌では,2年前からクリスマス特集号を企画し,2021年は「芸術家と神経学」,2022年は「映画を観て精神・神経疾患を知る」を刊行,非常に好評を博しました.そして今年は「アガサ・クリスティーと神経毒」です.一足お先に拝見しましたが,充実した内容で勉強になりますし,何より非常に面白いです!トリカブト,ヒ素,コカイン,ベロナール,ニコチン,シアン化合物,モルヒネ,ベラドンナ・・・私は「蒼ざめた馬」を題材に,無味・無臭・水溶性であるため,実際に静岡,名古屋,京都での殺人事件に使用されたタリウムによる中毒をいかに見抜き,診断・治療するかについて書かせていただきました.以下,私による本号のあとがきです.発売までもう少々です.あらためて告知したいと思います.
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あとがき 
 2021年から始まった恒例のクリスマス特集号の第3弾として,「アガサ・クリスティーと毒薬」をお届けします.課題図書となった「アガサ・クリスティーと14の毒薬(岩波書店)」は,タイトルの通り,クリスティーが作品に使用した14の毒薬を取り上げ,それぞれの特徴やエピソードを紹介したものです.薬理学の講義で,ここで紹介されているような話も併せて聞かせてあげたら,学生もワクワクしながら勉強できるように思います.
 さてクリスティーの作品群で特徴的なことは,何と言っても毒殺が多いことで,長編66作品のうち30人以上の犠牲者が毒殺されています.ではいつ彼女が薬理学に対して理解と知識を深めたのかというと,私の原稿「タリウム『蒼ざめた馬』」にも書きました通り,2つの大戦中に看護師と薬剤師として働いていた時だと考えられています(写真).



 そしてもう一つ,彼女の作品群で特徴的なことは,殺人犯の職業として医師が多いということです.クリスティーの長編作品に短編を加えた101作品の犯人の職業を調べると,不明および無職が32作品ありますが,それを除くと医師が11作品と最多であることが注目されています(Kinnell HG. Agatha Christie's doctors. BMJ. 2010;341:c6438.).ここではあえてタイトルを挙げませんが,確かに,彼女の代表作と言われる作品においても医師による殺人が行われています.もちろん作品に出てくる医師すべてが悪役というわけではなく,善人もいますが,上記のように犯人であったり,第一容疑者リストに含まれて疑われたりすることが多いです.
 ではなぜ殺人犯として医師が多いのでしょうか.単に毒物の専門的知識を有する職業として設定しやすかったとか,医師は社会において信頼されやすく,悪事を行うための隠れ蓑として使われたとかだけではないように思います.おそらく,彼女自身の医療における体験が,死に至らしめる薬剤を投与するという専門的な知識と機会を持つ医師に特殊な感情を抱かせ,医師を独創的な殺人者に仕立て上げたのではないでしょうか.そのような彼女の医師への複雑な感情を想像しながら作品を読むのも楽しいように思います.
 最後に,クリスティーの作品の中には「ポアロのクリスマス」「クリスマス・プディングの冒険」などクリスマスに因んだ作品もあります.クリスマスにクリスティーを楽しんでみてはいかがでしょうか.(下畑享良)


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安楽死・医師介助自殺における倫理@第11回難病医療ネットワーク学会学術集会

2023年12月02日 | 運動異常症
「死にたい」と話される患者さんにしばしば遭遇しますが,そのようなときに患者さんや主治医の若い医師にどのように声をかけたらよいか悩みます.「死にたい」という気持ちが本当に強くなると,その先には安楽死や医師介助自殺(physician-assisted suicide; PAS)という選択肢があり,実際にスイスでのPASを希望される患者さんが増加していること(デスツーリズム)が報道されています.また日本でも安楽死を法制化しても良いのではないかという意見も聞かれます.学術集会の大会長講演では,難病と安楽死・PASの倫理について議論しました.以下,要旨とスライドです.

◆安楽死・PAS・尊厳死の議論をする前に,それぞれの定義を正しく理解する必要がある.
◆安楽死を合法化した国において安楽死の目的は,肉体的苦痛の解放から,精神的苦痛の解放に変化した.その後,認知症や神経難病患者における増加が生じた.
◆オランダではすでにALS患者の死亡の25%が安楽死・PASになっている.
◆難病患者等からの「安楽死後臓器提供」が4つの国で合法化され,増加している.
◆カナダでは安楽死と緩和ケアが混同されている.
◆安楽死・PASを合法とした国で「すべり坂=本人の意思に反した安楽死」が起きている.
◆安楽死は「自己決定権」を根拠として行われている.
◆現代は個人の「自己決定権」が絶対視され,患者の家族や医療者などと患者の関係など,「関係のなかの医療」という視点が乏しい.          
◆「自己決定だから仕方がない」と安直に考え,向き合わないのでなく,「自己決定」の理由や背景を理解する必要がある.
◆精神的苦痛は安楽死によってのみ解決されるものではない.
◆死を望む人に対し,なぜ死にたいのかを理解しそれを思いとどませること,そして十分な緩和ケアのスキルを身につけることが大切である.

下図は今回ご紹介した本ですが,とくに「安楽死が合法の国で起こっていること」はご一読をお勧めします.
スライドへのリンク


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COVID-19から脳を守る必要がある@日本認知症学会,札幌市医師会講演会

2023年12月01日 | COVID-19
「COVID-19後遺症としての認知機能障害―病態機序と治療の展望―」という講演をさせていただきました.認知症の新しい危険因子であるCOVID-19について,最新情報にアップデートしご紹介しました.Long COVIDの病態機序はだいぶ明らかになりつつあり,COVID-19は急性期の呼吸器疾患から慢性期の神経疾患としての人体への影響が危惧され始めています.つまりCOVID-19から脳を守ることを啓発する必要があります.札幌市医師会の先生方から非常にたくさんのコメントを頂き,スライドのご希望がありました.こちらからダウンロードいただけます.

以下,講演要旨です.
◆入院患者の認知機能障害を予測する2 つの血液バイオマーカーとしてフィブリノゲンとD-ダイマーが同定された.
◆Long COVIDのなりやすさを規定する臨床的・遺伝学的・免疫学的要因が判明した.



◆Long COVIDは2年間の追跡でも回復しにくい.
◆COVID-19はアルツハイマー病のリスクを2倍程度上昇させる.
◆認知症を来しやすい要因として,高齢者,重症感染,3ヶ月以上の嗅覚障害が報告されている.
◆軽症感染でも(気が付かないだけで)高次脳機能に影響が生じている可能性がある
◆オミクロン株は嗅覚障害は生じにくいものの,神経侵襲性は武漢株を含めた他の変異株と変わっていない.
◆ヒトLong COVIDで脳内の幅広い領域で神経炎症が生じている.



◆認知症を含む神経後遺症の機序として,ウイルスの持続感染が重要視されている.
◆ほぼ全身の臓器にウイルススパイク蛋白が存在しうる.
◆Long COVIDの異なる病態を結びつけるメカニズムとしてセロトニン欠乏が同定された.



◆持続感染が認知機能障害を引き起こす機序についても解明されつつある.



◆持続感染による脳への障害を考慮すると,ワクチン接種によってCOVID-19を予防することが大切である.
◆治療戦略として,抗ウイルス薬の長期間投与や,ミトコンドリア機能の回復が有効であるかが注目されている.

スライドへのリンク 

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