Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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大きな進歩!片頭痛における前兆から頭痛発作までのメカニズムが解明された.

2024年07月09日 | 頭痛や痛み
片頭痛患者は,頭痛発作に先立ち,皮質拡延性抑制(CSD)と呼ばれる病的脱分極に伴う一過性の前兆(aura)を経験します.症状としては一過性の視覚障害や感覚障害です.このCSDは片頭痛の引き金になると考えられてきましたが,そのメカニズムは不明でした.コペンハーゲン大学のKaag Rasmussen先生らは,最新号のScience誌に,げっ歯類片頭痛モデルを用いて,CSDが脳脊髄液のプロテオームの変化を引き起こし,頭痛に関わるタンパク質の発現を増加させること,そしてそのタンパク質が三叉神経の痛覚受容体(侵害受容体)に結合して活性化させ,片頭痛発作を誘発することを初めて明らかにしました.

つまり三叉神経節は血液脳関門の「外側」に存在するため脳脊髄液に直接さらされることはないと考えられてきたのですが,それは間違いで,三叉神経節の根元ではバリアが欠落しているため,脳脊髄液中の物質が侵入して頭痛を引き起こすということです.言い換えると,脳脊髄液が三叉神経節に流入し,中枢(脳)と末梢(三叉神経)間の非シナプス性シグナル伝達が生じることを示したことになります.古典的な経路と今回示された経路については下図で説明しました.



また片頭痛が一般に片側性である理由も解明されました.三叉神経を活性化するタンパク質は頭蓋内全体に運ばれるのではなく,主に同じ側の三叉神経に運ばれるためです.そして睡眠と片頭痛の関連がよく知られていますが,睡眠がglymphatic systemを介して,片頭痛に関連するタンパク質のクモ膜下腔からの排出と,三叉神経節間質コンパートメントからの排出の両方に影響しているためと推測されました(論文に対するperspective欄参照).

もう少し具体的に論文のデータを見てみると,マウスのCSD後,脳脊髄液に認められるプロテオームの11%(155/1425種類)に変化が生じ,そのなかには三叉神経節の受容体28種類に対応する12種類のリガンドの発現が増加していました.またCSDを来したマウスの脳脊髄液内のたんぱく質群は,ナイーブマウスの三叉神経を活性化し,その活性化作用の一部は,三叉神経C線維末端から,片頭痛の治療標的であCGRPの放出を促進し,硬膜上とクモ膜下腔内の血管に作用して血管拡張させるため頭痛がおこることになります(注:最初アップした文章に誤りがあり訂正しています).

今後の展望として,前兆と頭痛をつなぐシグナルが同定されたことで,片頭痛の予防と治療に新たな道が開けるかもしれません.具体的には,CSD後の脳脊髄液で発現が2倍以上に上昇したリガンド(例;SPP1, EFNB3, CNTN2, EFEMP1, S100A8, S100A9)を標的にした治療薬の開発が試みられるものと思われます.これを契機に片頭痛研究が進展する間違いないだろうと思います.

Kaag Rasmussen M, et al. Trigeminal ganglion neurons are directly activated by influx of 脳脊髄液 solutes in a migraine model. Science. 2024 Jul 5;385(6704):80-86.(doi.org/10.1126/science.adl0544

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上肢の機能性運動異常症に対する理学療法(注意をそらす技術とフィードバックを活かす)

2024年07月08日 | 機能性神経障害
機能性神経障害のひとつ,機能性運動異常症の治療法は難しく,情報も限られています.認知行動療法を試みても症状が改善しない場合,次の一手はリハビリになります.Tremor Other Hyperkinet Mov誌に,外来リハビリが有効であった2症例のケースレポートが出ていて「こうやって治療するのか!!」ととても参考になりましたのでご紹介します.

症例1: ジャグリング(お手玉)を使う
21歳女性.19歳から眼瞼開閉障害と口周囲けいれんに悩まされていた.治療としてジャグリングを導入した.これは症状から注意をそらす効果がある.まず1つのボールから始め,慣れてきたら2つ,3つと増やしていった.その効果を鏡で直接,確認してもらったり,ビデオで撮影して後で再生してもらったり,自分で認識しながら,症状を制御することを促した.3週間後,症状は消失し,仕事に復帰した.1年以上.再発はない.→ジャグリングのような注意をそらす技術とフィードバックを組み合わせることが有用である.



症例2: 触覚と聴覚をうまく使う
58歳女性.左手の振戦,疲労,痛みで6年間悩んでいた.治療として質感(テクスチャー)による感覚刺激とリズム運動課題を行った.異なる質感の物体,例えば,砂,布,プラスチックなどに触れることで感覚入力が増え,振戦への意識をそらした.また手拍子や足踏みなど,リズムに合わせた動きを取り入れることで,手の動きがしやすくなるだけでなく,症状からも注意をそらすことができた.ビデオフィードバックを用いて症状の回復を視覚化した.治療の結果,改善し,仕事に復帰した.

つまり機能性運動異常症の治療は以下の3本柱からなります.
1. 心理教育: 患者が自身の病状を理解し受け入れることを促進する(=認知行動療法).
2. 注意訓練: 患者の注意を症状からそらし,症状の軽減を図る.
3. 自己効力感: 患者の主体性を高め,個々の興味を取り入れることで治療の効果を高める.


今回の論文は,このうちの2と3に関わるわけです.従来の理学療法とは異なり,機能不全や影響を受けた肢体に焦点を当てず,自動的な内在的な動きを重視し,病的な動きを減少させることを目指すということになります.大変勉強になりました.
Degen-Plöger C, et al. Individualized Physiotherapy of Upper Body Functional Movement Disorder - Two Illustrative Cases. Tremor Other Hyperkinet Mov (N Y). 2024 Jun 28;14:29.(doi.org/10.5334/tohm.895)フリーアクセス

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症状がないアルツハイマー病の存在を認めるべきか? ―2024年改訂診断基準をめぐる全面対決―

2024年07月03日 | 認知症
2024年4月,アルツハイマー病(AD)の診断基準の改訂が発表されました.衝撃的な内容で,ADは症候学的に(症状から)定義するのではなく,生物学的に(すなわちバイオマーカー:検査データにより)定義するという大きな転換です.つまりADは特異的な神経病理学的変化(ADNPC),つまりアミロイドβ蓄積とタウ神経原線維変化により始まる生物学的過程であり,無症状であってもADと診断できるというものです.

具体的には,バイオマーカーを①AD特異的バイオマーカー,② AD非特異的バイオマーカー(AD以外の他の神経疾患にも関連するもの),③併存病理(copathology)のバイオマーカーに分類しています(図1).①はさらにCore 1とCore 2に分類されます.早期から変動するCore 1バイオマーカー(アミロイドPETとアミロイドβバイオマーカー,リン酸化タウバイオマーカー[リン酸化タウ217])はADNPCを反映するもので,これが異常であればADと診断を確定でき,抗体薬などによる治療の対象になりうると考えます.遅れて変動するCore 2バイオマーカー(その他の体液バイオマーカー,タウPET)は病期や予後情報を提供します.
Jack CR Jr, et al. Revised criteria for diagnosis and staging of Alzheimer's disease: Alzheimer's Association Workgroup. Alzheimers Dement. 2024 Jun 27.(doi.org/10.1002/alz.13859



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この先進的な診断基準に対する称賛がある一方,多くの批判がパブリックコメントやSNS等で発表されました.私はいずれかというと慎重派で,以下の3つの感想を持ちました.

①アミロイドβが脳に蓄積していても症状のない人を本当にADと呼んでよいのか?(例えば両親が検査して検査陽性であったとき,ADと診断を伝える子供は一般的か)
②アミロイドβが本当に悪玉であるか決着していないのではないか?
③発症後に使用しても効果が微妙である抗体薬を,未発症者に使用するための診断基準改訂なのではないか?

例えば図2はシンシナティ大学Albert Espay教授が「無症状のAD患者への説明文書」として発表したものですが,85歳ではアミロイド陽性を示す患者(緑)は60%もいますが,実際に認知症の人は15%しかいないことになります.多くのアミロイド陽性者は認知症ではありません.



また図3は2002年から2023年にかけて非常に多くのアミロイドβを標的とする治験薬が評価されたものの,ほとんどが失敗で,わずか8.9%しか成功していないことを示します.



この歴史を考えると本当にアミロイドβが悪玉かどうかは不明で,アミロイドβに完全に依存した診断が正しいのだろうか?と逡巡してしまいます.(https://x.com/AlbertoEspay/status/1806646390031802876/photo/1
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そして最新号のNature Medicine誌のCommet欄に,これら改訂診断基準への反論に対する反論が掲載されました.代表的な主張はおよそ以下の通りで,明確に対決姿勢を示しものと言えます.

①ADという診断名は,あいまいな診断名である認知症と同義語として使用すべきではない.効果的な治療を可能にするためには,症状の根底にある病因が理解され,正確に診断されなければならない.医学の進歩のためには,ADは生物学的に定義されなければならない.

②ADの診断に症状は必要ではない.腫瘍学などの他の医学領域でも,患者が無症状のうちに診断されることはよくあることである.発症前からの治療は,発症を遅らせる,もしくは予防するための最も効果的なアプローチである.生涯,発症しない人がいるのは事実だが,加齢に伴い全死亡率が増加するためであって,ADが発症前に良性であるためではない.

バイオマーカー陽性となった無症状の人を心理的・社会的・経済的に害のある立場に置くことになりかねないという批判に対しては,無症状の人に対する治療はまだ承認されていないため,観察研究または治療研究をのぞき,無症状の人にバイオマーカー検査を行うことは考えていない.ただし研究で治療効果が確認されれば,検査の方針が変更される可能性はある.

以上のように意見の対立が明確になったわけですが,この議論は早晩,日本でも本格化すると思われます.さて,みなさんは「無症状の人もADである」という診断基準の改訂をどう考えますでしょうか?いろいろな立場のステークホルダーの意見が取り上げられ,尊重されることが望まれます.最後にこの議論において懸念されていることとして,Nature Medicine誌のCommet論文に対するSNSの反応として,「利益相反」欄が注目されています(図4).



米国のオピニオンリーダーであるEric Topol先生もTwitterでわざわざこの部分を紹介して暗に批判しています.利益相反は表明しさえすればそれで良いのだろうかということだと思います.一部の強い意見だけでなく,幅広い意見をすくい上げる必要があると思います.
Jack CR Jr, et al. Revised criteria for the diagnosis and staging of Alzheimer's disease. Nat Med. 2024 Jun 28.(doi.org/10.1038/s41591-024-02988-7

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第14回日本脳血管・認知症学会総会@長良国際会議場にお越しください!

2024年07月02日 | 医学と医療
準備してまいりました標題の学会がいよいよ今月20日(土),21日(日)に開催されます.プログラムをHPで公開しておりますが,非常に充実した内容になりました.

私は「アルツハイマー病に対する抗体療法の課題と将来の展望」という大会長講演をさせていただきます.シンポジウムでも「抗Aβ抗体療法の光と影」と題して,抗体療法に鋭く切り込んでいただく予定です.

また魅力的な講演が目白押しで,渡嘉敷崇先生は「地域在住高齢者から学ぶ認知症対策」という副大会長講演をなさいます.教育講演としては池田佳生理事長の「新時代の認知症トータルマネージメント」,長田乾顧問の「心房細動と認知症」があります.シンポジウムはほかに「認知症予防エビデンス2024」「血管性要因は中枢神経・筋疾患にどう影響するか?」,そして「血管障害と認知症」という脳と血管に注目した内容で行われます.一味違った学びの場になるものと思います.



また20日(土)の懇親会では大型の鵜飼い船を予約しました.1300年の歴史があり,織田信長公が保護し,徳川家康公もたびたび訪れて見物した鵜飼を楽しんでいただきたく思います.非学会員の先生の学会参加もOKです(ただし鵜飼は先着70人までです).皆様にお目にかかることを楽しみにいたしております!!



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