昨夜のNHK Eテレ『にっぽんの芸能』では二世中村吉右衛門丈による新作歌舞伎を取り上げていました。
昨年、コロナ禍で歌舞伎座も公演を休止した時期に吉右衛門丈みずから書かれた作品で、作・演出・主演をつとめられましたが、配信のための作品ということです。
通常の歌舞伎と大きく違うのは、まず舞台が歌舞伎座や国立劇場ではなく観世流の能舞台ということ、下座音楽が太夫と三味線・笛・小鼓・大鼓各一人ということ、歌舞伎の扮装ではなく紋付袴の素であること、登場するのは吉右衛門丈だけで太夫が相手役のせりふもナレーションも受け持っているということなどで、能に近いイメージですね。
演目は『一谷嫩軍記』から一、堀川御所、二、須磨の浦の二場を主題として吉右衛門丈が松貫四名義で書かれたもの。
『一谷嫩軍記』の熊谷直実役といえば吉右衛門丈の当たり役ですものねぇ。
源義経に堀川御所に呼び出され平敦盛を討てと命じられた熊谷、悩みます。
義経は現在の主君ですが、敦盛は実は後白河天皇の御落胤で熊谷は後白河天皇に恩ある身、敦盛を討てば天皇を裏切ることになり討たねば義経に背くことになる、さて…、悩んだ末に義経の言葉を思い出し気が付きます、でもそれはとてもとても辛いことです
敦盛卿を討たんと須磨の浦に出向いた熊谷、そこで首討たれたのは実は熊谷の実子小次郎です、両人ともにそれと知って得心してのことでした
私は歌舞伎本来の型や扮装・化粧・道具立てでの吉右衛門丈の熊谷直実が好きですけど、今回観た新作の素での熊谷の迫力に魅入られてしまいました。
名文句のせりふ回しがあるでなく、華やかな所作や見得があるでなく、一切の装飾を取り払った簡素で静謐な一人芝居でしたけど、何と豊かで奥深いことか
もう一度観たいなぁ…。