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自民党とアメリカの関係性の変化・・・対日要求の変化と自民党内の既得権勢力の争い

2012-10-02 02:56:00 | 時事/金融危機
 

■ 自民党とアメリカの関係の変化は、アメリカの対日要求の変化と自民党内の既得権の闘争 ■

昨日に続き、自民党とアメリカの関係をもう少し考察してみます。

自民党結党当時から現代に至るまでの、自民党とアメリカの関係の変化は、
アメリカの対日要求と、自民党内の既得権勢力との関係性の変化と言う事も出来ます。

■ アメリカの最初の要求は再軍備と軍備増強 ■

アメリカの最初の対日要求は、再軍備です。
日本は共産国家との戦いの橋頭堡とする為と、
軍事産業が武器を輸出する為に、日本の再軍備をアメリカを推進します。

吉田茂は、経済復興を優先する為に「警察予備隊」という中途半端な軍隊を設立し、
その後も自衛隊という枠組みで、軍備拡張に一定の歯止めを掛けてゆきます。

この頃、アメリカ国内ではロックフェラーが台頭し、
軍産複合体の政治的支配力が増大します。
彼らは、米ソ冷戦構造を確立する事で、アメリカの軍事大国化を推進します。

そして、属国である日本も、武器市場として育てようとしたのでしょう。

■ 日米安保と軍産複合体 ■

アメリカは次に、軍事同盟としての『日米安全保障条約』の批准を日本に迫ります。
これは、軍事同盟強化によって、日本の自衛隊をアメリカの安全保障の枠組みに組み入れると同時に、
共同防衛の為に、軍事システムの共有化という、武器の売り込み戦略でもありました。

増大する中ロの脅威に対して、日米の軍事同盟は不可欠でしたので、
自民党政権は、国内の反対を押し切って、『日米安全保障条約』を批准します。
安倍晋三氏の母方の祖父である岸信介氏は、国益の為に国内の反対を押さえ込みました。

■ 列島改造と、自民党の利権集団の確立 ■

この時代の自民党の方針は一貫していて、
安全保障をアメリカに依存する形で、国内の復興と経済発展を優先しています。

特に、インフラ整備は国家の基盤として重要でしたが、
田中角栄の列島改造以降の巨大公共工事の増加は、
自民党と土建屋との癒着を作り上げます。
自民党は利権団体となってゆいくのです。

■ 「日米経済戦争」と自民党の「下野」(1980年代)■

日本の経済発展は、輸出の支えられていました。
これは、現在の韓国や中国と似た様な状況です。

日本の対米輸出は、繊維産業から、造船、鉄鋼、
そして、家電、自動車産業へと変化して行きます。
同様の道を、韓国や中国は歩んでいます。

しかし、安価な日本製品は、次第にアメリカ国内の産業を圧迫します。
特に、自動車産業はアメリカの主要産業だったので、
自動車業界を中心に、反日感情が高まってゆきます。

『日米貿易摩擦』の始まりです。

この時代、ソ連を初めとする共産圏が衰退する時代と時を同じくしているので、
アメリカは国家の結束と、国民の不満の捌け口の為に、分かり易い敵を探していました。
アメリカは、日本をアメリカの敵に見立て『経済戦争』という新たな戦争を開始したのです。

■ プラザ合意とバブル経済の成長 ■

1985年9月。
アメリカのプラザホテルで行われたG5の蔵相会談で、
『プラザ合意』が成立します。

アメリカはドルを切り下げて、貿易赤字を抑制しようとしたのです。
円は235円代から、一年で150円代まで高騰します。

当然、輸出産業は大きなダメージを受け、日本は『円高不況』に陥ります。
日銀は金利を引き下げ、大量の資金を市場に供給します。

その結果生まれたのが『バブル経済』です。

潤沢に供給される資金で不動産市場は高騰し、
株式市場も活況を呈します。

人々は、見かけの資産の増大に酔いしれ、
消費を活性化させます。
当然、内需は拡大します。

プラザ合意によって、円が強くなっているので、
日本人は輸入品を安く購入する事が出来るようになります。
この時代を境に、日本人の消費が、必要品から、贅沢品に変化したとも言えます。

現在の中国を見ていると、バブル期の日本を思い出さずには居られません。

■ バブル崩壊と、失われた20年の始まり ■

1990年に日銀は過熱した景気を冷ます為、『総量規制』を開始します。
資金供給が減少した為に、バブル経済は一気に弾けます。『バブルの崩壊』です。

バブル時代、日本の資本は大量にアメリカに流入していました。
ロックフェラーセンターを三菱地所が購入したり、
CBSをソニーが買収したりして、
ジャパンマネーが唸りを上げていましたが、
バブルの崩壊を期に、日本企業は資産の売却を迫られ、
アメリカの資産を、二束三文で手放す事になります。
結局、日本はアメリカに大量の資金を貢いだ事になったのです。

バブルの崩壊で、日本は長期の不景気に陥ります。

ところがこの時代、一時円が下落した後、
ドル円レートは円高で推移します。

1995年には1ドル80円を割り込みます。

日本国内は不景気でしたが、円高にもかかわらず輸出は好調でした。
一方で、中国の台頭が目覚しく、アメリカの関心は次第に日本から中国に移って行きます。

■ アメリカ国内の製造業の衰退と、金融革命 ■

バブル崩壊後のアメリカの対日要求は、それ以前と大幅に変化しています。

バブル期までは、輸出の規制と、輸入の促進を要求していました。
自動車輸出交渉や、牛肉オレンジ自由化交渉などが行われていました。

しかし、90年代に入ってアメリカの要求は金融市場のの開放にシフトして行きます。
これは、アメリカ国内の産業構造が変化した事に由来します。

中国の台頭によって、アメリカ国内の製造業は中国に生産拠点を移します。
所謂、空洞化という現象が顕著になるのです。

一方で、アメリカとイギリスは金融市場の改革を進め、
世界から投資マネーを吸い上げる様になります。

日本はバブル後の不景気の最中で、金利もゼロ金利の時代です。
潤沢に供給さいれる日銀資金は、『円キャリートレード』という形でアメリカに流入し、
アメリカの金融革命に、燃料を供給し続けます。

アメリカの目は、日本の潤沢な個人資産にも向けられます。
しかし、自民党は金融市場の開放には積極的では無かったのでしょう。

アメリカはリクルート事件や佐川急便事件など、政治的スキャンダルを自民党に仕掛けます。
マスコミを中心に自民党の金権体質を徹底的に攻撃します。

1993年に自民党は野党に転落しますが、
自民党の下野と、アメリカの日本への構造改革要望は無縁では無かったはずです。

自民党の下野は、自民党の分裂によって実現します。
そして、小沢一郎氏の存在無くしては、政権交替は起こり得ませんでした。

■ 内需拡大から、構造改革への要求の変化 ■

自民党の一時に下野を経て、
社会党との連立内閣で、自民党は変則的ながら政権に復活します。

この時代から、アメリカは日本の「構造改革」明確に要求してきます。
『年次構造改革要望書』と呼ばれるものです。

正式には『日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく要望書』
(The U.S.-Japan Regulatory Reform and Competition Policy Initiative。
最初の『年次構造改革要望書』は1994年に提出されている様です。

内容をwikipediaから抜粋します。

1997年(平成9年)独占禁止法が改正される。持株会社が解禁される。
1998年(平成10年) 大規模小売店舗法が廃止される。大規模小売店舗立地法が成立する(平成12年(2000年)施行)。建築基準法が改正される。
1999年(平成11年) 労働者派遣法が改正される。人材派遣が自由化される。
2002年(平成14年) 健康保険において本人3割負担を導入する。
2003年(平成15年) 郵政事業庁が廃止される。日本郵政公社が成立する。
2004年(平成16年) 法科大学院の設置と司法試験制度が変更される。労働者派遣法が改正(製造業への派遣を解禁)される。
2005年(平成17年) 日本道路公団が解散する。分割民営化がされる。新会社法が成立した。
2007年(平成19年) 新会社法の中の三角合併制度が施行される。


主に小泉時代に粛々と遂行された、このらの構造改革は、結局次の結果を生み出します。

1) 日本の資産の海外流出
2) 大規模小売店の日本進出(半ば失敗ですが、日本の大型スーパーの米国からの輸入は大きい)
3) 三角合併や時価会計によって、日本の企業が欧米企業の傘下に入る


結局、小泉改革とは、アメリカが日本の既得利権に割り込む事に相違無く、
逆に、日本国内の既得利権を押さえていた、自民党にとっては迷惑な改革だったのです。


■ リーマンショックと、米国債危機 ■

順風万帆に見えたアメリカの金融革命も、
リーマンショックであえなく崩壊します。

アメリカは巨大な財政出動で金融界と米経済の崩壊を食い止めますが、
財政赤字も巨大に膨れ上がりました。

アメリカ国債は、日本と中国が大量に購入していますが、
アメリカは更なる国債購入を日本に迫ったのでしょう。

日本は小泉時代に『為替介入』によって、小泉時代の2003年から2004年だけでも
32兆円の為替介入を行い、結果として、それに相当する米国債を購入しています。

リーマンショック後、円キャリートレードの巻き戻しと、
ドルの信用低下、さらにドルの大増刷によって、円高が進行します。
しかし、為替介入が実施されるのは民主党政権になってからです。

自民党の末期政権は、さんざんマスコミに叩かれ、
結局、民主党への政権交替が起こります。

安倍首相の辞任や、福田首相の辞任、
中川元財務大臣の酩酊会見や、不可解な死などを考えると、
この時代の自民党政権と、アメリカとの関係が良好では無かった事が伺えます。

■ 日本国内の既得権と、アメリカの要求が食い違った事が自民党の衰退の原因 ■

自民党の盛衰と、アメリカの関係を眺めると、
自民党内の既得権と、アメリカの要求が対立する時、
自民党は、スキャンダルなどでマスコミに攻撃され
そして、政権交替が発生してきた歴史がうっすらと見えてきます。

バブル崩壊以降の日本の低迷は、
日本の富が、アメリカに収奪されるシステムが出来上がる歴史でもあります。

海外投資や、為替介入。
株式支配によって、従来国内に滞留していた資金が海外(アメリカ)に流出しています。

プラザ合意後の自民党の歴史は、小泉政権を除いては、
日本の国益(既得権)を守る自民党と、
日本の資産を狙うアメリカとの対立の歴史とも言えます。

■ 時代に乗れない自民党 ■

民主党政治がアメリカの言いなりな事に、国民は愛想を尽かしています。
自民党が政権に帰り咲く事を願う人達は、地方を中心に増えています。

一方で、グローバル化する世界に対して、
旧態然として、自民党の利権政治では対応出来ない事も国民は気付いています。

維新の会への期待は、そういった人達の期待の現れでもあります。
しかし、維新の会には、国政における実績も無ければ、実体すらもありません。

ただ明確なのは、『官僚機構の解体』を目指している事。
しかし、これこそが、アメリカの『構造改革要望』の最終目的である事に注意が必要です。

今まで書いて来た世に、アメリカと日本の関係は「奪う者と、奪われる者」の関係です。
そして、政党や政治家は、選挙の結果によっては、アメリカの要求に抵抗出来ません。

そんな日米の関係の中で、安定的に日本の利権を守って来たのが官僚組織です。

ところが、90年代以降、日本のマスコミは徹底的に官僚機構を攻撃しています。
最近は、その傾向がさらに顕著になっています。
メディアが何故官僚機構を攻撃するのか?
それは、アメリカにとって、官僚機構こそが邪魔な存在だからで無いでしょうか?

メディアに騙される日本人は、又、間違った選択をしてしまいそうですが、
本来、維新の会と対抗するはずの自民党の安倍氏が、
『官僚機構の解体』を主張して維新の会と共闘するならば、
私達は、警戒する必要があると思います。

古き良き日本政治?を自民党に期待したら、最後の砦の官僚機構まで壊されてしまった・・・
こんな事にならない様に、安倍氏の言動には注意が必要です。