■ すっかり悪者にされてしまった日銀と白川総裁 ■
白川総裁が辞任を表明し、日経平均が400円も上昇するなど、
すっかり日銀と白川総裁は悪者にされてしまいました。
しかし、日銀の政策に何か問題はあったのでしょうか?
■ 世界にさきげけて非伝統的金融政策(量的緩和)を採用した日銀 ■
日銀が通貨を発行する為には、二つの方法があります。
1) 銀行の銀行として、金利を取って銀行に資金を融資する
日本はバブルの崩壊以降、経済が縮小し、高い金利での資金の借り手が居ません。
そこで、日銀は金利をほのゼロ%にしました。
ところが、金利が0%でも銀行はお金を借りてくれません。
金利はゼロ以上に下げられないので、市場に資金を供給する手立ては絶たれます。
これでは、日銀が通貨供給を増やして景気を刺激する事が出来ません。
2) 市場から資産を買い入れて、代わりに円を発行する。
そこで日銀は銀行から、市場を通じて主に国債を買い入れ、
銀行の日銀当座預金の準備預金を積みます政策に転じました。
これが所謂「量的緩和」という金融政策です。
量的緩和は、金利による伝統的な金融政策で無いので「非伝統的手法」などとも言われました。
バブル崩壊の後始末の過程で、日銀は世界に先駆けて「非伝統的金融政策」を実行します。
3) 時間軸の政策も日銀が始めて導入した
ところが、量的緩和もすぐに問題に突き当たります。
日銀が銀行の日銀当座預金に潤沢な資金を積み上げても、
銀行がそれを貸し付けに回さなかったのです。
銀行にしてみれば、安い金利での貸付は、金利が上昇した場合損失を生みます。
さらには、バブルの後遺症の経済状況では有望な貸し出し先も見つかりません。
以前、銀行から資金調達をしていた大手企業は、
株式市場や債券市場といった直接金融が発達した為に、
銀行融資よりも安い資金調達が可能になり、
銀行からお金をあまり借りてくれません。
銀行からお金を借りたいのは、直接金融市場で資金調達が困難な
経営の傾いた企業や、中小企業ばかりですが、
いつ経営破綻するか分からない企業には、さすがに銀行もお金を貸せません。
これを「流動性の罠」と呼びます。
流動性の罠が発生した状態では、量的緩和も思った様な効果を上げられません。
そこで、日銀は「金利を当分引き揚げない」と発表します。
これは、金利常用を恐れる金融機関がゼロ金利の継続機関中は
安心して融資できる状況を作る政策です。
これを「時間軸の政策」と言います。
日銀は世界に先がけれ、時間軸の政策を実行したのです。
■ 金融政策の限界 ■
しかし、供給が需要が大きく上回る状況では、消費や投資は活発化せず、
流動性の罠を解消する事は出来ません。
金融政策では、「流動性の罠」を解決する事は不可能なのです。
■ 株や不動産REITまで購入する ■
リーマンショック以降は、日銀は株や不動サンREITを資産として市場から購入します。
これは、中央銀行が国債のみならず民間の資産を買い入れるという大胆な政策です。
日銀は再建ファンドの真似事まで始めたのです。
こんなに、大胆な金融政策は、リーマンショック直後のFRBくらいしか実施していません。
■ 円高の原因は、通貨発行量では無く、金利差が無くなった事 ■
為替相場を動かすエンジンは金利差です。
金利の低い通貨で調達した資金を、金利の高い通貨で運用して金利差を稼ぎます。
ですから、米国が日本よりも高金利の時には、
円で資金を調達した後、円が売られ、ドルが買われます。
これが円キャリートレードです。
リーマンショック以前は、日銀はゼロ金利を実施し、
一方、アメリカは好景気でしたから、
金利差を求めて、円がキャリートレードが盛んに行なわれました。
その結果、円がドルに対して値下がりし、円安が続きました。
ところが、リーマンショックで各国の金利がゼロに張り付いたので、
ネンキャリートレードの強烈な巻き返しが発生します。
これが、リーマンショック後の円高の要因です。
そして、金利差が無い状態で円高は固定的になりました。
一方、ドルはQE1、QE2を立て続けに大量にドルをばら撒いたので、
ドルの信用は大きく損なわれます。
ドルは元々課題評価されていましたので、
この調整局面で、円はドルに対して大きく値上がりします。
■ 為替介入で米国債を買い支えた日本 ■
「過度の円高で輸出企業がダメージを受ける」事を理由に
民主党政権は何度も為替介入を繰り返しました。
しかし、通貨市場は巨大ですから、介入の効果は直ぐに薄れてしまいます。
為替介入によって、長期的に円安を維持する事は不可能なのです。
一方、日本政府の手元に残ったドルは米国債で運用されます。
アメリカはリーマンショック後、財政を急拡大させましたが、
大量に発行される米国債の少なからぬ量を、日本政府が購入しています。
結局、為替介入はアメリカ国債の買い支えの表向きの理由でしか無いのです。
しかし、世界経済がドル機軸制度のうえに成り立っている異常、
米国債やドルの信用の確保は、アメリカだけの問題ではありません。
日本は図らずも、世界経済を下支えしていたのです。
■ デフレは結果であって原因では無い ■
「デフレ=悪」と言われていますが、「デフレ」は結果であって原因ではありません。
では原因は何かと言えば、日本の経済成長力の鈍化と、
日本の企業の競争力の低下です。
自動車の国内市場が分かり易いのですが、
国内の普通乗用車販売の低下は、
最初はバブルの崩壊による需要低下によって発生します。
高級車が飛ぶ様に売れていたのは、バブル景気のおかげだったからです。
しかし、昨今の自動車の販売台数の落ち込みの原因は、
不景気もさる事ながら、若者人口の減少が確実に影響しています。
貧乏な若者が車を変えないという影響を排除したとしても
自動車の購買層の人口は確実に減少しているのです。
この様に、人口の減少という避ける事の出来ない事象が、
日本の経済成長力にマイナスのバイアスを生じさせています。
一方、海外においては日本車はかつての競争力を失っています。
韓国の現代自動車の躍進は、韓国の労働力とウォン安を武器としています。
しかし、成熟市場のアメリカでシェアを拡大するには、
ある程度の性能を満たす事が前提条件となります。
現代自動車の技術は、既に日本車と比べて大きく劣る事はありません。
最近、現代自動車が燃費性能を誤魔化していた事が発覚しましたが、
しかし、数年もすれば日本車に劣らぬ燃費を達成するでしょう。
結局、資本主義に経済においては、技術は絶えず労働力の安い国に移転され、
結果的に先進国の工業製品の価格競争力は失われてゆきます。
これに対抗する手段は、労働力の安い国への生産拠点の移動ですが、
これは空洞化として国内経済のマイナス要因となります。
この様、日本のデフレの原因は最初はバブルの崩壊による需要の低下でしたが、
近年は少子高齢化という国内の構造問題と、
グローバル化による製造業の衰退という構造問題にいつの間にか変わってきています。
円安によって日本の製造業の業績は一時的には改善しますが、
新興国の工業製品の性能が向上すれば、結局は人権費の安い国には敵いません。
結局、国内は過剰生産設備を抱え、
さらに海外から安い輸入品が流入するので
常に需要を供給が上回る状態が発生します。
結果的に需給ギャップは埋まる事が無く、常にデフレのバイアスが掛かります。
■ 金融政策はバブルは作れるが、好景気は作れない ■
リフレ論者は、金融政策によってデフレをインフレに転換できると考えています。
確かに、疲弊した若者世代の需要が回復すれば、国内の景気は上向きます。
では金融政策によって若者の所得は改善するでしょうか?
信用の無い若者にお金を貸す銀行はありません。
ですから、金利が安くとも若者がお金を借りて消費を拡大する事は出来ません。
消費者金融やカードローンは審査が甘い反面、金利が高く
結局、若者への貸付は不良債権化しました。
若者の所得向上の為には、若者の雇用環境の改善が必要ですが、
構造的に常にデフレのバイアスが掛かる状況で、
企業は若者の雇用を積極的に増やす事はしません。
さらに製造業の労働市場は常にグローバル化のコスト競争にさらされていますから、
仮に製造業での若者の雇用が増えたとしても、一人当たりの所得はあまり増えません。
金利がゼロに張り付いた状況で、金融政策は景気を刺激出来ないので、
結局金融政策によって、日本の景気を回復する事は不可能です。
それでも景気回復が起こせるとするならば、
それは「バブルの発生」を伴います。
安い金利で潤沢に供給される資金は、投資市場に流入します。
安い金利の資金供給が大量で、かつ継続的であるならば、
投資市場は、過剰流動性で溢れる事になり、これが相場を過熱させます。
株価や不動産価格が、実体経済の実力以上に膨れ上がる事をバブルと言います。
現在の日本の株式市場を見れば明確ですが、
日銀の緩和期待だけで、既に企業業績など無視して株価が膨れ上がっています。
バブルと言えども、株や不動産で儲かった人達の購買力は上昇します。
これら、実体経済にも溢れてくるので、実体経済も多少回復を見せます。
これが、現在のアメリカの状況です。
しかし、実体経済の歯車が本格回転し出すと金利が上昇します。
その途端に、バブルを支えていた、安い金利の資金が断たれ、バブルが崩壊します。
リフレ派は、実体経済の回復が、投資市場の崩壊を防ぐと考えていますが、
過去の事例を振り返れば、金利上昇時のバブル崩壊は確実に発生します。
それは、投資市場が収縮しだした瞬間に、海外投資家達が売り逃げるからです。
これは、暴落という減少として表れ、国内と投資家達も慌てて売りに転じるので
バブルは必ず破裂します。
アメリカの近年の経済も10年周期のバブル生成と崩壊が定常化しています
日本においては、日銀がバブルも目を小さなうちに摘み取っていますから、
バブルは大きな崩壊には至らず、私達の目には、景気回復の失速と写ります。
■ 白川総裁のエレガントな不景気政策 ■
白川総裁が実施していたのは、エレガントな不景気政策とも言えます。
1) 国債需給を不安定にする様な急激な景気回復(バブル)を発生させない
2) 米国債を安定化させるために、円高を維持して為替介入の口実を作る
この二点において、白川総裁の功績は評価されるべきでしょう。
しかし、これは日本をデフレの状態に放置する事になるので、
日本経済は回復する事が出来ません。
白川氏の政策は、成長よりも崩壊の防止を重きを置いていたとも言えます。
■ 変化したのは、アメリカの経済環境では無いか? ■
アベノミクスの効果で、円安が発生している様に言われています。
しかし、円安傾向はそれ以前に発生しています。
日本は昨年後半から貿易赤字や短期的な経常赤字に陥っていますから、
円安バイアスは、政治とは無関係に発生しています。
しかし、昨今の急激な円安は、それだけでは説明が付きません。
アメリカでは住宅市場の回復のきざしが現れ、景気回復への期待感が生まれています。
ヨロッパではユーロ危機がしばらく沈静化したので、過剰なユーロ安への揺り戻しが発生しています。
これら、アメリカとヨーロッパでリスクが低下したと目されるので、
日本に逃避していた資金が、ドルやユーロに戻っている事が円安の最大の原因でしょう。
しかし。多分これすらも表向きの説明で、
実体は、為替変動を利用して日本の資産をヘッジファンドが買上げている様にも思えます。
彼らは短期に利益を確定する必要があるので、
明らかに安すぎた日本の株価が、ある程度上昇したら確実に売りに転じます。
この時点は円安は円高にユリ戻されるはずです。
何故なら、彼らは為替差益を利用して利益を拡大しようとするからです。
■ 2年後に白川総裁が再評価されるかも知れない ■
今は諸悪の根源の様に言われている白川総裁ですが、
2年後の日本の景気や、世界の金融市場の状況によっては、
白川総裁が再評価されるかも知れません。
白川時代は日本経済も世界経済も安定していた・・・そう言われるかも知れません。
次期日銀総裁が、大幅な金融緩和に踏み切れば、
世界に供給される過剰流動性がさらに増える事になります。
それは、日本国内で景気を回復させる前に、
ドルのさらなる過剰発行を誘発して、
世界経済に過剰流動性を与えるきっかけとなるかも知れません。
日銀の金融緩和の拡大は、国内のバブルだけで無く、
国際金融市場のバブルを膨らめる原動力ともなるのです。
バブルはいつか弾けます。
その時、白川氏が主張されていた事の意味を日本人は痛烈に実感するのかも知れません。