大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・せやさかい・026『カマイタチ・3』

2019-06-17 13:55:34 | ノベル
せやさかい・026
『カマイタチ・3』 

 

 

 ほんまにカマイタチがおったらええと思う。

 

 カマイタチが犯人やったら、誰も傷つかへんもん。

 そやけどカマイタチやない。クラスの誰かが切ったんや。

 めっちゃムナクソ悪いけど、あたしか田中さんのどっちかに陰湿な悪意持ってカッターナイフで切ったんや。

 学校は調査に入ったらしいけど、生徒にはなんにも言うてくれへん。

 菅ちゃんは「ほかの者には言わんように」と念を押した。「なんでですか?」と聞くと「噂が独り歩きするとまずいから」と言われた。

 そやけど、人の口に戸はたてられへん。二日目の昼には、あちこちで噂が立った。

――制服切られたのは田中さんらしいで――犯人はクラスの女子?――着替えは二組と合同やから、二組かも!――変質者かも――むかし、変質者が侵入してブルマ盗っていったて!――ブルマて、いつの話や――アハハハ――

 学校から説明もないから、みんな週刊誌的な噂で喜んでる。

 それに、なんちゅうても田中さん、あれから学校に来んようになってしもたし。あたしはいちおう平気な顔して登校してるんで。三日目の今日は、被害者は田中さんで確定したも同然。

 

「田中さん、来てたよ」

 

 留美ちゃんがこそっと教えてくれたんは、昼休みが半分終わったとこ。校長室に菅ちゃんといっしょに入っていくとこを見かけたらしい。

「制服は?」

「分からないけど……脇の所を気にしてる感じ……たぶん補修とかしたんで気になってるんじゃ……」

 あの切り口、よっぽど上手く補修しても痕は残るやろなあ……制服て値段高いし、サイズのが無かったら作る時間もかかるやろし、家の経済状況によっては、おいそれと新品は買うてもらわれへんやろし……なによりも入学三か月で、こんな目に遭うたらめっちゃくちゃショックやろし……。

 

「制服なんて、予備がいくらでもあるわよ」

 

 ハッキリ言うのは頼子さん。

 三年にも噂は広がっているようで、部室に着くと一番に聞かれた。

「卒業するときに、制服が不要なら寄付してくれって言われるの。いろんな事情で制服が買えないとか、修復できないほど痛んじゃったとか、無くなったときとかの為にね。まだ一年だから中古はやだろうけで、傷跡が生々しいのを着てるよりも、うんとマシでしょ……なにやってんだか、学校は……」

 そうボヤキながら、頼子さんは窓辺に寄った。部室である図書分室からは、中庭を隔てて校長室やら相談室がある本館の一階がよく見える。

「あ、あの子じゃない?」

「はい、田中さんです」

 田中さんは、中庭を通って部室のある旧館の方、それも端っこの外階段の方に向かっている。

 その姿を見下ろしてる頼子さんの目が険しくなってきた。

「……付いて来て」

 足早に部室を出る頼子さん。あたしも留美ちゃんも後を付いていく。

 階段を上がって四階へ、頼子さんはポケットから鍵を出すと、四階どん詰まりの外階段に出るドアのキーを開けた。

 キーを開けたけど、ドアは開けないで、ノブを握って様子をうかがう。

 スタスタスタ……田中さんの足音。

「屋上には通じてないから、ここで停まる……」

 頼子さんの予想通り足音は外階段の踊り場で停まった。

「今だ!」

 小さく言うと、頼子さんはドアをあけ放って田中さんにタックルした!

 ドアが硬かったので、コンマ二秒ほど遅れ、タックルした時には頼子さんの上半身は手すりから乗り出していた。

「下に回って!」

「はい!」

 下の踊り場にまわって、ぶら下がっている田中さんの脚と腰をホールドする。以前観た中二病のアニメにこんなシーンがあったことを思い出し、なんとか田中さんを確保できた。

 上半身乗り出してしまっている頼子さんは留美ちゃんが抱きかかえて無事やった……。

 

☆・・主な登場人物・・☆

  • 酒井 さくら      この物語の主人公 安泰中学一年 
  • 酒井 歌        さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。
  • 酒井 諦観       さくらの祖父 如来寺の隠居
  • 酒井 諦一       さくらの従兄 如来寺の新米坊主
  • 酒井 詩        さくらの従姉 聖真理愛女学院高校二年生
  • 酒井 美保       さくらの義理の伯母 諦一 詩の母
  • 榊原留美        さくらの同級生
  • 夕陽丘・スミス・頼子  文芸部部長
  • 瀬田と田中(男)       クラスメート
  • 田中さん(女)        クラスメート
  • 菅井先生        担任
  • 春日先生        学年主任
  • 米屋のお婆ちゃん

 

 

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高校ライトノベル・連載戯曲『あすかのマンダラ池奮戦記②』

2019-06-17 06:51:47 | 戯曲
連載戯曲
『あすかのマンダラ池奮戦記②』



あすか: ヌフ、ヌフフフ……フハハハ……やった! やったぜ金の成績! きっと百点満点のオンパレード、オール五の花ざかり……ジュルジュル~よだれが出るぜえ(#´艸`#)……な、なんじゃこりゃ!? オール零点、オール赤字の落第点……(間)ちょ、ちょっと神さま! 池の神さまあああああ!

 池の神、再びあらわれる。

イケスミ: はあいただいま……何かご不審な点でも?
あすか: ご不審、ご不審、大フシン! どうゆうことよっヽ(#`Д´#)ノ!?
イケスミ: そういうことよ。言っとくけどクーリングオフはなし! それから、神様見送る時は、あなかしこ、あなかしこって言うのが作法だから、おぼえときな! あなかしこ……
あすか: かしこくなってねえって! どうして金の成績票が、オール赤字の零点なのよ(;゚Д゚)!?
イケスミ: バッカだねえ。だって落ちた成績だろ。その金賞だから、一番落ちたオール零点の成績なわけじゃねえか。
あすか: そんな……
イケスミ: あすか、おもえ、変なこと考えていただろ?
あすか: で、でもさ、神さまがさ、仮にも神さまがさ。池に落ちると、成績が落ちるをひっかけちゃって、そんなおやじギャグみたいなサギやっていいわけ?
イケスミ: ちょっとまわりの景色を見てくれる……
あすか: まわり……?(二人同様に周囲を見渡す)
二人: ……きったねえ池!
イケスミ: だろ。みんな人が汚しちまったんだ、この万代池。
あすか: マンダイ池……マンダラ池じゃないのか?
イケスミ: 人が汚してからマンダラになっちまったんだ……もともとここは、江戸時代に、このあたりのお百姓たちが切り開いたため池。田畑を潤してくれるようにとな……
あすか それで万台池か……
イケスミ: その時、あたしは、池の守り神として西の国から、ここに招かれた。以来三百年、陰になり日向になって、この池とまわりの人間を護ってきてやってよ……明日、この池は埋め立てられっちまう。
あすか: そうなんだ……
イケスミ: で、あたしは帰ることにした。
あすか: ひっこし?
イケスミ: やってらんねえだろ、ウンコつきの靴洗われて……
あすか: ごめんなさい……
イケスミ: 汚されまくって、穢されまくって、ゴミほりまくられて……あげくに明日埋め立てられんの。
あすか: ……
イケスミ: ね、だから帰んの、故郷へ……
あすか: 西の国?
イケスミ: まあな、トヨアシハラミズホノオオミカミさま……そこで、相談。あたしを、オオミカミさまのところへ連れて行ってもらいたい。
あすか: 自分で帰ればア(迷惑そう)
イケスミ: 神には依代がいる。
あすか: ヨリシロ?
イケスミ: ふつうには御神体という、社の奥に祭られている玉とか鏡とか……あたしにはもうそれがない……オオミカミさまのもとまで、あたしの依代になってはくんないかなあ?
あすか: あたしが?
イケスミ: そのかわり、本当に成績はよくなるようにしてやる。あすかにのりうつって、その体と脳みそをビシバシ鍛えてやる。
あすか: 余計なお世話だ。
イケスミ: いやか?
あすか: やだ!
イケスミ: じゃ、オール赤字の成績に甘んじるんだな……偏差値もう二十も上げれば、真田コーチと同じ吾妻大うけて、かわいい後輩になれんのになえ……         
あすか: そんな……まるでサギのキャッチセールス。
イケスミ: 池の神さまだけに、ハメちゃったってか?
あすか: しゃれてる場合か!?
イケスミ: さ~て、どうする?
あすか: ……あたし、行き方なんて知らないし……
イケスミ: 大丈夫。あすかは、その体貸してくれるだけでオーケー。いわばハードだね。ソフトがあたし。
あすか: あたしはゲーム機か?
イケスミ: ほら、わかりやすくメモリーカードにしておいた。こいつを口にくわえて、このコントローラーで……
あすか: ちょっと待ったあ!
イケスミ: んだよ?
あすか: ほかにもいっぱいいるでしょ、この池のそばを通る人って、それに、今からじゃ無断外泊に……
イケスミ: やってんじゃねーか、月に一二度。知ってんだよな、親がブチギレル限界を……今月、まだやってないよな?
あすか: どうしてそこまで知ってんの!?
イケスミ: 見そこなっちゃあ困るなあ。神さまだよ一応……それになにより、あたしのソフトは、あすかのハードでなきゃ合わないんだ。エックスボックスのソフトは、プレステ4じゃかからないだろーが。ほら口にくわえる!
あすか: オオミカミさまのとこについたら、すぐに帰してくれるんでしょうねえ?
イケスミ: もちのろんだ。あすかの脳細胞もピカピカにしてな。さ、口にくわえる!
あすか: モゴモゴ……
イケスミ: さあ、いくぞ。ミッションスタート!

 閃光と電子音あって、一瞬闇。明るくなると、あすかにのりうつったイケスミ、手にコントローラー、その先の端子は背中についている。   

イケスミ: (あすかの姿)ヌハハハ……冴えわたる頭脳! みなぎる力! これなら故郷に帰ることができるぞ。誰に省みられることもなく、ゴミだめのように埋め立てられる万代池。それを恩知らずな人間どもとともに振り捨てて!……わが故郷、わがオオミカミさまの在(い)ますトヨアシハラミズホノサトへ……あれ、手と足がいっしょに出る!? R1ボタン……あれ、くるくる回っちまう。L2ボタンは左……△ジャンプ……□でしゃがむ……走るはどれだ?……×で駆け足足踏み、方向キーといっしょで……オー! やったァ全力疾走!

 舞台を走り回り、袖に入って暗転(ブリッジ=繋ぎに、この芝居のテーマ曲)舞台転換。鳥のさえずりなどして明るくなる。よろよろと歩くイケスミ。

イケスミ: (あすかの姿で)……この体、瞬発力のわりに持久力がない……よくこれでラクロスなんかやってんなあ……ああ、足が棒のよう……もうだめだ(肩で息をしている)あとどのくらいかなあ……山も川も様子が変わって……三百年ぶりだもんなあ(虫の声)……ブリ虫?……ああ、わが故郷のヒサシ村のブリ虫の声……あれ、笠松山……こっちのえぐれてんのが伴部(ともべ)山……だとすると、この目の前……鬼岩(虫の声)……ブリ虫……着いたんだ……着いた、着いた、着いたああああああああああああ!

 叫びながら舞台を走り回り、袖に入り込む。再びあらわれた時には、あすかと分離している。
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高校ライトノベル・時空戦艦カワチ・065『改名』

2019-06-17 06:30:17 | ノベル2
時空戦艦カワチ・065   
『改名
 
 
 慶応四年、十五代将軍徳川慶喜が大政奉還し年号も明治と改まって新政府が発足した。
 
 同時に大方の幕臣は領地も知行も家屋敷も失って零落してしまった。
 勝海舟ほか僅かの者たちが、その持っている技術や知識によって新政府に職を食むこととなった。
 その中に奈何の夫来輔も含まれていた。
 
「まあ、当然の成り行きだろうなあ……」
 
 零落した旧幕臣たちを憐れむ気持ちもないではないが、出自が越後の百姓であることや、生まれついての合理精神で師匠の勝ほどには呵責には思わなかった。なんせ、必要とあれば千五百年続いた漢字を止めようと思える人間である。
「新時代になったんだ、名前を変えましょう」
 表札を変えるような気楽さで改名を言い出した。
「前島の姓を捨てるのですか!?」
 生粋の旗本の娘である奈何には改名と言えば姓を捨てることを意味する。そして、それは主家である徳川家に殉ずる意味合いになる。
「いいえ、これからは日本国の為に働くのですから、その意味を込めて名を変えるのです。わたしは来輔を改め密(ひそか)と名乗ります」
「前島密……良いお名でございます!」
 そういう意味でならば奈何にとっても嬉しいことである。
「そんなに嬉しそうな顔は祝言以来初めてですね!」
「い、いやですわ、旦那様(n*´ω`*n)」
 少女のように照れる奈何を可愛く思った来輔……いや、密は、この愛しさを表したい衝動にかられた。
 
 後の世ならば、あたりまえに抱きしめたであろう。いや、この時代でも坂本龍馬や高杉晋作や土方歳三など第一線で命を落とした者たちなら、そうする。立場や想いは異なっても、幕末の空気は若者たちをして愛情表現を豊かに直截にさせた。
 男女の仲を糊を利かせすぎた浴衣のようにカチカチにしたのは、動乱を生き延びて新時代の基礎を作った若者たちだ。
 
「奈何さんも改名しましょう!」
「わ、わたしもでございますか!?」
 奈何は頬を染めて喜んだ。主ともども改名するということは、喜びを平等に分かち合うことであり、武家の嫁としては考えられないことであった。
 その夜は、めずらしく最初から同衾した。
 
「あ、あの……それで、わたしの新しい名は?」
 
 その夜、三度目の睦ごとが果てて、奈何は主の裸の胸に向かって訊ねた。
 
「あ、つい嬉しくて言い忘れました。あなたの名前は仲子……どうですか?」
「は、はい、とても良い名前です前島仲子……旦那様……新しい名前で呼んでくださいまし」
「は、はい!……仲子さん」
「さんは要りません、名前だけで……もう一度」
「な、な、仲子~♡」
「嬉しい、旦那さま~♡」
 
 この十月十日後、二人にとって最初の子どもが生まれることになった。
 
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高校ライトノベル・時かける少女BETA・31《コスモス坂から・4》

2019-06-17 06:22:42 | 時かける少女
時かける少女BETA・31
《コスモス坂から・4》


 タマもミーもモンローも、タンスや棚の上に上がって降りてこない。

 たった今まで、父の武雄と兄の勲が親子喧嘩していたからだ。「左翼小児病!」「アメリカ帝国主義のコバンザメ!」が双方の最後の言葉だった。
 父は江ノ電に乗って鎌倉の呑み屋にいってしまった。兄の勲は妹の久美子が用意した写真にサインをしている。
「なあに、このロシア語は?」
「インターナショナルだ。これ書いとくと、いかにも革命の勇者って感じだろう」
「さすがお兄ちゃん」
 と、久美子は感心しきり。
「そんなロシア語で書いたって、誰も読めやしないわ」
 芳子は、そう言い捨てて自分の部屋に向かった。モンローだけがヒョコヒョコと付いてくる。タマは母の国子が拾ってきた。名前の由来は『サザエさん』の飼い猫からきている。ミーは、いつの間にかタマが散歩から帰ってくると付いてきた野良の子猫だった。で、モンローは兄の勲が拾ってきた。モンローは拾ってきた勲には懐かず、三村家の姉妹に、そのときそのときの気分でくっついている。
「ノンポリだな、モンローは……」
「ノンポリって?」
「白根とかいう坊主に聞いてみるんだな。このロシア語は辞書ひいて自分で調べろって言っとけ。本気で日本を変えるつもりなら、ロシア語は必須だからな……それにしても、久美子、どうしてこんなに楽しげに笑ってる写真を選んだんだ」
「だって、アメリカのスターみたいにかっこいいもん」
「次に売る時は、こっちの使えよ」
 勲は、レーニンのように演壇で演説をぶっている写真を示した。
「しかし、オレ、なんでこんなにニヤケてるんだ?」
「ああ、これ『お熱いのがお好き(1959年のアメリカ映画。マリリンモンロー・トニーカーチス・ジャックレモン主演)』観に行った時の帰り道。覚えてないの『お兄ちゃん』って呼んだら、この顔で振り返ったんだよ。ありがと、これが最後の一枚ね」
「おい、待て。その写真はちょっと……!!」

 波の音が、校舎の中まで聞こえてくる。

 昼休みの食事時も終わって、生徒たちはお喋りや、映画の話や、安保問題を論じあったり、グラウンドでトスバレーをやったり、それぞれの昼休みを満喫していた。
「エヘヘ、300円の臨時収入だ!」
 久美子は、白根達に10円高く売りつけた写真の売り上げをジャラジャラ言わせて、松の根方でニンマリしていた。
「久美子、あんた、あれ30円で売ったんだって!?」
「うん、ダメ元でふっかけたら、あっさり出した」
「で、マルクスの『資本論』を読破したときの満面の笑みとか言ったの!?」
「ううん、三回読破してマルクスの深淵に到達したときの笑顔って言ったの」
「もう、あんたって子は!」

 芳子は、その日の放課後は、発作的に稲村ヶ崎の駅で降りて海岸に出てみた。

「ああ、もうどいつもこいつも!」

 周囲の人間の俗物根性には嫌気がさしていた。潮風に当たり、波しぶきに当たれば少しは気晴らしになる。理屈をつければそうだけど、要は衝動だった。同じ江ノ電の車両に乗っている七倉高校の生徒と同じ制服を着ていることさえうとましかった。
「あたしは、あんたたちとは違うんだ!」
 そういう思いだったけど、太宰治のように否定形でしか自分の在り様が思い浮かばないことがもどかしい。 
 誰が捨てたか路傍の空き缶を蹴飛ばしたい衝動にかられたが、久美子みたいだと思いなおし、上げた右足をグニっと下ろした方向に進んだ。足先は海を向いていた。
 
 海岸に降り、岩場を回ったところで意外な人物に出くわした……。
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高校ライトノベル・『はるか 真田山学院高校演劇部物語・38』

2019-06-17 06:00:51 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
はるか 真田山学院高校演劇部物語・38 


『第四章 二転三転8』

 明くる日の稽古は梅雨明け宣言の日だった。

 なんだか心機一転、気持ちがいい。
 
 そして、新しい仲間が増えた。
 正式な部員ではないが(わたしも、未だに入部届を出していないので、厳密には正式部員とは言えないかもしれないが)音響係、三年生の山中青葉さん。
 わたしと同じく、乙女先生の口車組のようだ。
 ただ、わたしとの違って、他のクラブと掛け持ち。週に二日しか来られないことがはっきりしていたこと。そして、山中さんは少林寺拳法部の元部長であった!
 夏休みを期に、二年生に部活の主導権を譲るために、少林寺に行く回数を減らした。そこのところを、乙女先生に目を付けられたらしい。
 ショートカットの頭に、キリッと引き締まった顔。だのに笑顔を絶やさない。
 制服の上からでも分かる鍛え上げた身体。
 最初から、高校生のアリカタとして負けているなあと思わされた。

 それから、N音大の『すみれ』を、みんなで観た。
 プレゼンの倍くらい、ホールとしてはけして大きくはない平場の空間。百席ほどの椅子が並べられ、高さ三十センチほどの仮設のステージ。ホリゾント幕は、大型のスクリーンで代用。道具は、上下(かみしも)に、椅子と長椅子くらいの大きさの箱がおいてあるだけ。

 正直、ショボイ。
 
 しかし、そこから始まったドラマはすごい!

 どのようにすごかったかは、これからのわたしたちの『すみれ』を観て感じてください。話だしたらきりがないから!
 ただ、これだけは言っときます、マネージメントがすごい!
 役者、生音の演奏、効果、照明が、一つのテーマ「命と希望」に向かってスクラムを組んでいた。だからお客さんと呼吸がぴたりと合っていた。
 これはマネージメントがよくできている証拠。
 わたしたちも、この二日間で、その土台はできた。
 スピードと目標を持った楽観。それが最初の第一歩。
 今のところ、わたしの表現力では、そうとしか言えません。


 この日は三時から、卒業アルバムのための部活写真の撮影が入っていた。
 N音大のDVDを観た後、一本通して、予定時間ちょうどに撮影場所の体育館に着いた。
 ここでムカツクことが二つあった。
 一つは、時間通りに着いたのに「遅い!」と、担当の細川先生に叱られたこと。
 全員にではない、タロくん先輩だけ舞台の隅に呼んで叱っていた。
「なんで!?」
「あの先生、自分の指示で予定より早よう進んでんのに、演劇部のためにテンポ崩されて、また怒ってんねん」
 タマちゃん先輩の解説。
「そんなのありですか、こっちは予定通りに来てんのに」
「まあ、また、ああいう先生やねん。言わしとったらええねん」
 タロくん先輩はおとなしく叱られていた。
 まあ、こんなところで、つまらないオッサンのために神経と時間を無駄にすることもない。叱るだけ叱ったら……。
「な、もう気がすんでるやろ」
 こういう点、タロくん先輩は人格者だ。
「さあ、写すで。そこのセミロングの彼女、ちょっと顔が怖いで」
 写真屋さんのチェック。わたしのことだ。はい、ホンワカと……。
 ズボッっとストロボ。カシャっとシャッター!
 そして二つ目に気がついた。
 列のはしっこに辞めたはずのルリちゃんが立っていた……。

 なんであの子が!?

「演劇には、これをとったら成立せんという要素が三つある。ええか、よう肝に銘じとけよ。観客、戯曲、役者や。それ以外は、できたらあったほうがええいうだけのもんや。照明、音響、装置、衣装、メイク。どないうまいことやっても『すごい!』と思てもらえんのは一瞬だけや。せやろ、イケメンでかっこええユニフォーム着た野球選手でも、打たれへん、投げられへん、走ったらドン亀、守ったらトンネルいうやつはすぐにブーイングや。今の芝居、特に高校演劇は、そういうイケメンでかっこええユニフォームみたいなもんにだけ気ぃとられてる。我々は、この基本に立ち返って『すみれ』をやりとげる。観客は、ええ芝居演ったらついてくる。ええ芝居を自分でこさえてる思たら、観客動員にも力が入る。戯曲は信じろ。『すみれ』は、ええ本や。残る一つは……役者や。せいだいがんばれよ!」

 先生は、その日の稽古をそう締めくくった。
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