大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・魔法少女マヂカ・032『空蝉橋』

2019-06-10 14:01:38 | 小説
魔法少女マヂカ・032  
 
『空蝉橋』語り手:マヂカ   

 

 

 信号を渡ると微妙に距離が近くなった。

 

 近くなったことに違和感がなく、こっちから質問した。

「なんで、わたしのことが分かったの?」

 魔法少女であることは秘密である。秘密にしておかなければ七十余年ぶりに休眠から覚めた意味がない。

 いまはポリコウ(日暮里高校)の生徒としてノンビリ生きていくのがテーマなんだ。

 だから、友里たちと調理研もやってるし、東池袋に住む羽目にもなっている。特務師団だろうが、こんな簡単に属性を知られてはかなわない。

「屋上で刀を振り回していたじゃないか」

 あ……江ノ島の蝦蟇をやっつけた勢いで風切り丸を振り回した。

 でも、人に見られないように屋上の給水タンクの陰でやったんだぞ。そのへんは気を付けている。

「上空をヘリコプターが飛んでいただろう」

「え?」

 記憶をたどると、のどかなヘリコプターの爆音が蘇った。

 しかし、あんなものは東京では単なる環境音だ。それに、あんな高さからではタガー程度でしかない風切り丸が見えるわけがない。

「朝日にキラリと輝いていた。妖刀の輝きは独特だからね」

 思わず胸ポケットでボールペンを手で押さえた。

「そうか、普段はボールペンに擬態させているんだ」

 しまった。

 

 いつの間にか空蝉橋に差しかかっていた。

 

 昔は川が流れていたが、いま、橋の下は山手線が走っている。引っ越しして間が無いし、通学路からも外れているので、ここまで来るのは初めてだ。

「なぜ、空蝉橋なのか知ってる?」

「むかし、明治天皇が蝉の抜け殻を見つけたことが由来だったわね」

 見かけは十七歳の女子高生だが、実年齢は、その百倍に近い。その程度の知識は豊富だ。

「蝉の抜け殻を最初に見つけたのは、君だよ」

「え?」

「数百年も生きていると記憶は淘汰されていく。まして、休養中だ、そこらへんは無意識に制御してるんだろう」

 思い出した。

 木の幹に張り付いていた抜け殻を見つけたのはわたしだ……それを陛下がご覧になって……。

「きみが見つけたことには意味がある。いまは、それだけ分かってくれていればいい」

 山手線を跨ぐ橋はいくらでもある。上野のパンダ橋などは、規模や面白さからでは、ずっと上だろう。

 来栖一佐の暗示なのかもしれないが、ここは格別だ。

「ん……あそこにだけ街路樹が?」

 橋の北詰斜面に沿った百メートルほどに唐突に街路樹がある。その向こうにもパラパラと街路樹はあるのだけど、大きさや植樹の密度が飛びぬけている。

「斜面の両脇が切り落としの法面(のりめん)になっていて、地盤の補強……ということになっているが、あれは地脈エネルギーを収束して射出するための仕掛けなんだ」

「地脈エネルギー……」

「いずれ、マヂカの目にも明らかになる。とりあえずは知っておいてくれればいい」

「わたしに、なにを?」

「休養中に申し訳ないが、時々でいい、特務師団に手を貸してもらいたい。風切丸の剣さばき、祖父さんが言っていたよりも力がある。また近いうちに会うことになるだろう。いきなりでは当惑もすることだろうし、ほんの予告編だ」

 そう言うと、来栖一佐はスマホを取り出し、一度だけタッチ、一拍置いて、わたしのスマホが鳴った。

 スマホの画面には―― 任 特務師団第一戦隊士 渡辺真智香一尉 ――と明記されている。

「あ、ちょっと!」

 顔をあげると、一佐の姿は無く、空蝉橋の真ん中に一人残された間抜けな魔法少女がいるだけだった。

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高校ライトノベル・連載戯曲 ダウンロード(改訂版④)

2019-06-10 07:08:48 | 戯曲

連載戯曲
 ダウンロード(改訂版④)



 モーツアルト、フェードインして素にもどる。モニターのフレーム上がる。

ノラ: ……と、こんなもんでよかった?
 うん、今のは演技。ダウンロードしても、あの子たちの心の中には無いの。
 お母さんも、マミーも、ムーテイーの記憶も愛情もなにもないのよ。
赤ちゃんの時にほっぽりだされちゃったからね。
 だからテキトー。
 あの秋園くずはも相当いいかげん……引き受けてくるオーナーも……
 嫌みいう前にマシンを見ろ?……オーーーーーーー新発売の美肌ドリンクじゃない!?
 これ高いのよ、出たばっかしで……ありがたくいただくわ……
 ん?……試供品……ケチ……いえ、ひとりごと(ドリンク片手に窓辺へ)
 あ……裏のビル取り壊したのね……気がつかなかった……ぐらいこきつかわれたのね……ううん、なんでも……
 大通りが見える……こんな時間に……ああ、卒業式の予行か……意外に近かったんだねフェリペって……
 あそこ、創立以来百九十年、制服かわってないんだよね。中身は現代の子なのにね……
 ハハハ、歩きながらJポッド。マンガだろうねケラケラ笑って……
 あの子は三つ編みほぐして……本当は好きほうだいしたいんだろうね、自由にさせてくれって……
 でも、今のまんまでも自由なんだぞ、君たちは! 
 こんなマシンにダウンロードされることもないし。なんたって自分のキッチン持ってるんだからね……
 え……着てみないかって……あの、制服?……フフ、ヘタなふりかた。どうせ仕事でしょ……はいはい……
(マシンから服とプリントをとりだす)……ゲ、また年寄りの相手!?
 松田電器の会長、松田孝之助……この人、ギネスブックにのってるんでしょ、世界最高齢のサラリーマン……百二十五歳!?
 ……それが近ごろ元気がない?……当然でしょ、このお歳なんだから。
 で……この人の娘さんに? あのねえ、何度も言うけど、わたしは、二十五歳プラスマイナス十歳……よく見ろ……

 フェリペの制服とキュートな猫顔のポートレート……ちょっとオードリー・ヘプバーンに似てるわね……でもこれって、大昔の写真でしょ。
 昭和生まれの 九十八歳……よく読め……だから、九十八……ああ、生きてれば……
 八十年以上前に死んでるんだ。なーる……(着替えはじめる)
 お母さんといっしょに……社員の人たちのアイデアで、一日、妻と娘をプレゼント。お母さんは?
 モリプロ……ああ、大手のロボットプロに……で、娘役がうちに。どうして?……
 ノラの魅力がピッタリ?……モリプロにも、こんなのいないって?……ヘタね、のせるの……まあ、いいけど……
 え、窓の外……大通りのカフェテリアのおじいちゃん……あ、あの人がそうね、わかったわ。じゃ、ダウンロードして……

 着替えおわってマシンに接続。スパークと振動。おさまると、モーツアルト、カットアウト。ノラはドアを開け、大通りのカフェテリアへ。テーブルとイスがセットされている様子。会長の背後に近寄り、後ろから目かくしをする。

ノラ: だーれだ!?
 ……だめだめ、あてなきゃ許してあげません。
アケミ:?……レイラ?……カルーセル!?……ユキエ?……それって、みんな銀座のオネエサンたちでしょ!
 ……わ・た・し……最初からわかってた!?
 ……社長さんとか重役の人たちに無理矢理休めって?……アハハ、会社の玄関にも入れてもらえなかったの?
 それで、このカフェテリアで座って待ってろって……
 で、察しがついた? さっすがお父さん!
 ……でも、わたしが来るとは思わなかった? それも突然後ろから目かくしされるとは……ハハハ。
 ……そう……小学校の入学式でも、わたし、そうしたんだ……
 お父さん仕事で、入学式も何もかも全部終わってから来たんだよね。
 お母さんに肩車してもらって、後ろから目かくし……その時のこと思い出したんだ。
 ……今日、何の日だか憶えてるよね?……記念日……そうだよ。
 何の?……春分の日?……サラダ記念日!?……結婚記念日だよ、お父さん。九十九回目! 知ってた?
 お母さんもお家で待ってるよ。お料理いっぱいこしらえて。
 きっと、お父さんの好物のたこ酢とか……少し歩く、弥生坂のあたりまで?
 ……うん。でも、大丈夫? お父さん百二十五歳だったのよね。
 フフフ、とてもそうは見えないけど……きっと、わたしとお母さんの分まで長生きしたんだよね……
 ……フェリペの入学式は、お父さん、ついてきてくれたよね……この坂道の土手……ずうっと桜並木で……
 見とれてるうちに、お母さん、迷子になっちゃって……その日はお母さんのほうが遅刻……
 あのころは携帯電話もない時代だったから……わたし、ちょっと背伸びしてフェリペに入っちゃったでしょ。
 最初の中間テストで欠点三つ。二学期の期末テストで、ようやくとりもどして……え、もういい?
 ……そうだね……お父さん、あやまることないよ。
 神戸に行きたいって言ったのは幸子の方なんだもん。北野の異人館が見たいって……まさか、あんな地震が……
 ああん、ごめん! こんな話しするつもりじゃなかったのに。
 幸子って、いつまでたってもおバカね……はい(ハンカチを差し出す)そんなに水分だしたら、ミイラになっちゃうよ。
 ちょと待ってて……
(無対象の自販機で缶コーヒーを買う)アチチ、ハンカチ貸しちゃったから……
 ハハハ、ほんと、わたしってアトサキ考えないのよね……もーー、お父さんが笑うことないでしょ。
 はい、糖分控えめ……え、アトサキなんか考えない方がいい? ああん、わたしにも、一口……
 お父さん……ハハハ、わたしもうつちゃった(手の甲で涙をぬぐう)
 お母さんは、桜とか花水木(はなみずき)が好きだったけど。わたしは、こういう春の木漏れ日がいい……
 光のシャワーみたいでしょ。
 ね……この坂を下りて曲がったところにドイツ人のおじさんがやってるケーキ屋さんがあるわ。
 そこでケーキでも買って……え、何十年も前の話しだろうって? 失礼ね。
 ちゃんと、今もあるのをチェックしてあります。
 マスターは四代目で、どこから見ても日本人なんだけど、名前はちゃんとヤコブさん。
 奥さん、フェリペの卒業生なんだよ。すごい美人。うん、わたしの次くらいに……
 アハハハ、そいで、そのケーキ屋さんからはタクシー拾ってお家へ行こう。
 お父さん、元気そうに見えても、百二十五歳なんだもんね。お母さんの待ってる銀座九丁目に。
 ……どうしたの、疲れた?
 ……え。
 ……銀座は八丁目までしかない?
 ……八丁目のむこうは海?
 ……だってわたしたちの家は九丁目のギンザシーサイド……でしょ。
 ベイエリアのマンションめっけて、お父さん、惚れ込んで買ったんだよ。
 バブルの最中だったから、それこそ億ションでさ、お母さん目を三角にして……
 でも、お父さん、飛ぶ鳥を落とす勢いだったから、即金で……朝起きると、目の高さにヨットのマストとかユリカモメとか……

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高校ライトノベル・時空戦艦カワチ・058『各科長は転送室へ!』

2019-06-10 06:57:11 | ノベル2

時空戦艦カワチ・058   
『各科長は転送室へ!』

 

 

 

 艦内放送の最中に再び時空ストームが起こった!

 

 ――隔壁閉鎖! 各員手近なものに掴まり衝撃に備えよ! 各科長は転送室へ! 各科長は転送室へ!――

 

 負傷者の対応のため医務室に残った美花以外の幹部が転送室に集まった。

「トラクタービームのブレでパラレルワールドとの境界面に穴が開いてるんだ、向こう側に行って問題解決をすることで閉じるようになっているらしい。前回は副長が行ってくれた、今回はわたしが行く。あとは副長の指揮に任せる、くわしい説明もできないままだが、各員よろしく頼む!」

「いけません艦長! カワチの前途はまだまだ長く、なにが起こるか分かりません、艦長は留まってください、自分が行きます!」

 松本機関長がまなじりを上げて名乗り出る。

「機関長!」

 艦長の制止を振り切って転送台に向かうが、時空ストームの暴風に吹き晒されるだけで、ストームは機関長を呑み込もうとはしない。

「クソ、なんで行けないんだ!?」

「わたしが行きます!」

「副長、きみは戻って来たばかりだ!」

「大丈夫です!」

 しかし、ストームは千早副長も呑み込もうとはしない。転送台に残った機関長共々暴風に嬲られているだけだ。

 バリバリ!

 暴風は二人の事業服の上着を引き裂き吹き飛ばしてしまった。

「二人とも、これに掴まって戻って!」

 砲雷長がロープを投げ、這う這うの体で戻ってくる。

「ストームの度に相性が変わるのかもしれません」

「相性?」

「そんな気がするんです。ストームの向こうは、おそらく前回とは違うパラレルワールドです。パラレルワールドは問題を抱えていて、その解決を要求しているように思えるんです、だから適性の有る者しか通れない。前回いけたのは、たまたまわたしに適性があったからでしょう」

「では、わたしが!」

 井上補給長が進み出る。

「万一のことがありましたら教育塔に祀ってください!」

 教育塔?

 みんなの頭に?マークが灯った。

「分からなければスマホでググってください。では、短い間でしたがお世話になりました!」

 みんながググって、教育塔の意味を理解すると、ニッコリ笑って転送台に向かう補給長。

 しかしストームは三度拒絶した。

 サイズの大きい事業服を着ていた補給長はズボンまで吹き飛ばされ、最後のパンツ一枚を死守して戻って来た。

「面目ありません(;゚Д゚)」

 残りのメンバーがボタンとベルトを締め直して転送台に向かったが、いずれも拒絶され船務長の番になった。

「わ、わたしですか……」

「カワチと日本のためだ、すまないが頼む」

 艦長が初めて向ける真剣な顔に船務長は抗えなかった。

「使えるかどうか分からないけど、わたしのスマホを持って行って。使えたらアドバイスできることがあるかもしれない」

 副長は楠正成の娘だ、七百年の時空を往来することができる。船務長は震える手でスマホを受け取った。

「わたし……」

 あとを続けようとしたら、悲鳴を上げる間もなくストームの中心に呑み込まれてしまった……。

 

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高校ライトノベル・時かける少女BETA・24《大和と信濃と・9》

2019-06-10 06:47:52 | 時かける少女
時かける少女BETA・24
 《大和と信濃と・9》
         


  昭和20年3月9日、信濃から6機の黒い紫電改は横須賀に向けて飛び立った。

 9日の深夜から未明にかけて行われる東京への大空襲に備えるためである。
 細井中佐に擬態したミナには忸怩(じくじ)たるものがあった。この戦争を五分五分で終わらせ、新しい日米関係を構築。同時にアジア諸国を独立に導き、ソ連を中心とした共産主義勢力を駆逐すること。
 以前に飛んだ世界はロシア革命前夜で、皇女アナスタシアを救出することで、世界平和を実現できた。でもこの世界では、ロシア革命はおろか、第二次大戦の真っ最中であった。それも日本の敗北間近の19年の11月。
 就役から一週間で沈むはずだった信濃を助けることから始めた。多少の有力な武器は持たせてもらったが、決定的なものではない。しかし、やりようによっては日本の大勝利にすることも可能だった。でも、それをやってはいけない。要求されているのは五分の勝利である。

 細井中佐の紫電改は、太陽エネルギーで動いているし攻撃もしている。日中は無限と言っていい力が発揮できるが、夜間は日中の充電に頼っている。おのずと行動に限界がある。
 レーダーで、テニアンからB29が300機あまり飛び立っているのは分かっていたので、相模湾の上空で、6機の紫電改は、他の陸海軍航空部隊120機あまりといっしょに待ち構えていた。
「敵機前方20海里一時の方向、高度6000。今です!」
 紫電改の編隊長田能村中尉が、編隊長に意見具申すると同時に6機の紫電改に急上昇を命じた。
「100機墜とせたらいいとこだな……」
 機関砲の威力を20ミリから12・7ミリに落とした。少しでも弾数を増やすためである。

 味方の編隊が上がってくるまでに30機あまりを墜とした。味方の編隊は普通のゼロ戦や紫電改、鐘馗などであった。彼らも善戦し、東京上空にたどり着けたB29は半分の140機あまりであった。
 しかし、おりからの強風にあおられ、深川区(今の江東区)から東にかけて、かなりの被害が出た。迎撃隊は給弾と給油のためいったんそれぞれの基地に降り立ち、補給を終えると再び飛び立った。信濃の6機の紫電改も、普通に弾と燃料を補給して飛び立ち、低空で帰路についていたB29を80機あまり撃墜。途中脱落する機体もあり、無事テニアンに戻れたのは50機に満たなかった。

 翌朝、信濃の紫電改は落穂ひろいに出撃した。

 相模湾を中心に撃墜されたB29の乗員たちが、2000人余り漂って救助の潜水艦が現れるのを待っていた。信濃の紫電改は潜水艦が浮上したところを見つけては攻撃し、結局救助の潜水艦10隻全てを撃沈、捕虜の数をさらに1000名近く増やした。
 海軍は、駆逐艦や特設警備艇(徴発した漁船)を多数派遣し、その7割を捕虜にした。

「また捕まったのか!」

 細井中佐は嬉しそうに言った。ウェンライト中佐が新しい潜水艦の艦長になって、また捕虜になったのである。
「オレは、今度の空襲には反対したんだ」
「やっと、俺のいうことが分かってくれたか!?」
「半分はな。今の日本に手を出したら大やけどをする。戻ってきたB29でまともに飛べるのは10機ほどしかなかった。そっちの収穫は?」
「捕虜が2400人ほどだ。また油と交換だ。ま、それまで間がある。また、ゆっくり話しようじゃないか」

  ウェンライト中佐は、嬉いのやら情けないのやらで複雑な表情になった……。 
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高校ライトノベル・『はるか 真田山学院高校演劇部物語・31』

2019-06-10 06:31:50 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
はるか 真田山学院高校演劇部物語・31  

『第四章 二転三転・2』

 一度だけの印象で人のことを決めつけないように気をつけている。

 女の子の「好き嫌い」なんて、たいていこの第一印象で決まる。

 そういう「第一印象決め」の浅はかさを、わたしは、東京にいたころから知っている。
 お父さんの会社関係の人とか、学校の友だちとか。
 荒川に越してきたころ、工場で働いているオジサンたちはおっかなかった。それまでのお父さんの会社の人たちと全然印象が違った。
 前の会社は、お父さんが社長ということもあり、わたしにはみんな優しかった。
 荒川の工場はまるで違った。
「ばか、ガキが工場の中うろつくんじゃねえ!」
 森さんという、オジサンに叱られたときは、びっくりして泣いちゃった。
 しばらくは、森さんや、田代さんたち、オジサンを避けていた。
 少し大きくなると分かった。工場は輪転機や裁断機とか、子どもにとっては危険なものが一杯ある。
 だから、森さんは最初に、ガキンチョのはるかにカマしておいたんだ。

 わけが分かるようになってからの森さんは優しかった。
 近所の人たちや、下町のシキタリを面白く教えてくれた。お昼の休み時間なんか、近所の仲鉄工のオジサンたちとボール遊びなんかしてくれた。隅田川の花火大会にも連れていってくれた。
「了見しなっくっちゃいけねえ」
 これが口癖で、一番若いシゲちゃん(茂田さん)なんかをよく意見していた。
 だから、自然に人に対しては、余裕のある目で見られるようになったつもり。

 だけど、逆に、了見しきってしまうと容易には変わらない。

 わたしは、お母さんが残している特別なゲラを見なおしてみた。
 赤、青、緑の三色のボールペンで「これでもか、これでもか」って感じで思案の跡が見て取れた。生々しい激戦場の跡を見る思いだった。
 これだけの苦悩の果てのスランプなんだ……。

 わたしは、おかあさんを了見し直した。

 明くる日、昼休みの中庭。タロくん先輩から大橋先生の手紙をもらった。

 ちょうどいい機会なので、昨日タマちゃん先輩と話した、クラブのことを相談しようと思った。
 先輩は他の部員にも「手紙を届けんとあかんから」と、ソソクサと行ってしまった。
 先生の手紙には、励ましの言葉とともに好子という役の特徴について、要領よくまとめてあった。
 そして手書きの好子のイラストが添えられていた。
 顔はわたしに似ていたが、ちょっと感情過多。ひとひらの雲に夢を乗せて頬笑んだり、枯れ葉一枚落ちただけで涙するような……。
 それだけ、好子が人間ではなく、アンドロイドと分かったときのショック。そして好子への哀惜が強く伝わる仕掛けになっているんだなあと感じた。
 サインは「目玉オヤジ大権現御使」とあった。
 なるほどね、と思って封筒に戻そうとしたら、B5のプリントがもう一枚入っていた。
「香盤表(こうばんひょう)……?」
 縦軸にシーン割り、横軸に役名……。
 なるほど、これを見たら、だれがどのシーンに出ているか、だれとシーンがかぶっているか一目瞭然。
 さらによく見ると、全員の出番が、ほぼ同じ長さになるように工夫がされていることも分かった。
 こんな手紙を六人みんなに書いている……。
 ということは、昨日タマちゃん先輩と心配していたのと同じこと。それに気がついて、それとなく先生はボールを投げてきたんだ。
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