信号を渡ると微妙に距離が近くなった。
近くなったことに違和感がなく、こっちから質問した。
「なんで、わたしのことが分かったの?」
魔法少女であることは秘密である。秘密にしておかなければ七十余年ぶりに休眠から覚めた意味がない。
いまはポリコウ(日暮里高校)の生徒としてノンビリ生きていくのがテーマなんだ。
だから、友里たちと調理研もやってるし、東池袋に住む羽目にもなっている。特務師団だろうが、こんな簡単に属性を知られてはかなわない。
「屋上で刀を振り回していたじゃないか」
あ……江ノ島の蝦蟇をやっつけた勢いで風切り丸を振り回した。
でも、人に見られないように屋上の給水タンクの陰でやったんだぞ。そのへんは気を付けている。
「上空をヘリコプターが飛んでいただろう」
「え?」
記憶をたどると、のどかなヘリコプターの爆音が蘇った。
しかし、あんなものは東京では単なる環境音だ。それに、あんな高さからではタガー程度でしかない風切り丸が見えるわけがない。
「朝日にキラリと輝いていた。妖刀の輝きは独特だからね」
思わず胸ポケットでボールペンを手で押さえた。
「そうか、普段はボールペンに擬態させているんだ」
しまった。
いつの間にか空蝉橋に差しかかっていた。
昔は川が流れていたが、いま、橋の下は山手線が走っている。引っ越しして間が無いし、通学路からも外れているので、ここまで来るのは初めてだ。
「なぜ、空蝉橋なのか知ってる?」
「むかし、明治天皇が蝉の抜け殻を見つけたことが由来だったわね」
見かけは十七歳の女子高生だが、実年齢は、その百倍に近い。その程度の知識は豊富だ。
「蝉の抜け殻を最初に見つけたのは、君だよ」
「え?」
「数百年も生きていると記憶は淘汰されていく。まして、休養中だ、そこらへんは無意識に制御してるんだろう」
思い出した。
木の幹に張り付いていた抜け殻を見つけたのはわたしだ……それを陛下がご覧になって……。
「きみが見つけたことには意味がある。いまは、それだけ分かってくれていればいい」
山手線を跨ぐ橋はいくらでもある。上野のパンダ橋などは、規模や面白さからでは、ずっと上だろう。
来栖一佐の暗示なのかもしれないが、ここは格別だ。
「ん……あそこにだけ街路樹が?」
橋の北詰斜面に沿った百メートルほどに唐突に街路樹がある。その向こうにもパラパラと街路樹はあるのだけど、大きさや植樹の密度が飛びぬけている。
「斜面の両脇が切り落としの法面(のりめん)になっていて、地盤の補強……ということになっているが、あれは地脈エネルギーを収束して射出するための仕掛けなんだ」
「地脈エネルギー……」
「いずれ、マヂカの目にも明らかになる。とりあえずは知っておいてくれればいい」
「わたしに、なにを?」
「休養中に申し訳ないが、時々でいい、特務師団に手を貸してもらいたい。風切丸の剣さばき、祖父さんが言っていたよりも力がある。また近いうちに会うことになるだろう。いきなりでは当惑もすることだろうし、ほんの予告編だ」
そう言うと、来栖一佐はスマホを取り出し、一度だけタッチ、一拍置いて、わたしのスマホが鳴った。
スマホの画面には―― 任 特務師団第一戦隊士 渡辺真智香一尉 ――と明記されている。
「あ、ちょっと!」
顔をあげると、一佐の姿は無く、空蝉橋の真ん中に一人残された間抜けな魔法少女がいるだけだった。